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<東京怪談・PCゲームノベル>



嘘吐きと正直者


■序章■

 その青年は嘘吐きと正直者という、2つの人格を持っていました。
 両親は既になく、妹と2人で暮らしていました。兄妹仲は良く、兄も妹もよく働きました。それでも生活は苦しかったようですが、取り敢えず2人は幸せのようでした。

 ある日、妹は家に身なりのいい男を連れてきました。驚いて何も言えないでいる兄に向かって、妹が言いました。
「私、この人と結婚するわ」
 兄は何も言いませんでしたが、男が帰るとすぐに妹に向かって「構わないよ」と告げました。
 ところが翌朝、妹が兄にそのことを話すと兄は怒って言いました。「俺は絶対に許さない!」

 何日もそんな風なことを繰り返して、妹はようやく兄が分裂症を起こしているということに思い当たりました。けれどもそれがわかったところで、彼女は兄の本心を計りかねました。兄はそのような状態でもよく働きましたし、大体のことは嘘を吐いても正直に話しても、どちらなのかわからないのですから。
 それに兄がいつ正直になって、いつ嘘吐きになるというのに規則性は見当たりません。

 困り果てた妹は友人や知り合いをあたって、少しでもいい方法がないかと尋ねまわりました。そうしてようやくその様な状態を解決してくれる、という薬を手に入れたのです。

 妹はすぐにそれを兄に飲ませてやりました。するとどうしたことか、兄は突然苦しみだし、床をごろごろと転がっているうちに、なんと2人になってしまったのです。
 右の兄は妹に言いました。「俺は結婚に賛成だ」
 左の兄は妹に言いました。「俺は結婚に反対だ」
 妹はとうとうわけがわからなくなって、再び幾人かの友人を訪ねたのでした。


■1.心優しき友人■

 妹が最初に訪ねたのは、ウィンという、金髪の見目麗しい女性のところでした。
 ウィンは突然の来訪者に少々戸惑ったようでしたが、すぐに友人を家の中に招き入れました。
 一言も喋らず、浮かない顔をしてソファに身を沈めた友人の様子に、何か並々ならぬ事情を感じ取ったウィンは、取り敢えず彼女の緊張をほぐしてやろうと温かい紅茶とクッキーを勧めました。妹は突然訪ねて来たことの非礼と、出された物に対する礼を述べると、紅茶を一口啜り、喉を潤しました。
 友人が一息吐いたのを見計らって、ウィンは口を開きます。
「一体、何があったの?」
 ウィンの静かな問いに、妹はびくりと肩を震わせました。伏せていた目を恐る恐るウィンへと向けると、何もかも見透かしてしまいそうな青にぶつかります。気まずさを感じてそっと、不自然にならないように目を逸らすと、妹は自分を落ち着けるために大きく深呼吸をしました。
「驚かないで聞いて欲しいの」
 妹はそう前置きして、彼女と兄に怒ったことを端的に話しました。何度か言葉に詰ったり、口篭もったりもしたのですが、ウィンは一切口を挟まず、ただ友人が全てを話し終えるのを待っていました。
 話を終えた妹は、乗り出していた身をそのままに、顔を両手で覆いました。それから髪を掻き揚げる仕草のままに、顔を俯かせてしまいました。
 2人の間に奇妙な沈黙が流れました。ウィンは降って湧いたような現実感の乏しい話に、何を言おうか示唆しているようでした。反対に妹は、ウィンの反応を待っているようで、それ以上何かを喋ろうとしている様子はありませんでした。
「……まずはお兄さんを元に戻すことね」
 妹が顔を上げると、ウィンは苦笑しながらも立ち上がっていました。どうやら一緒について来てくれるようです。妹はこの心優しい友人に、心の中で感謝の気持ちを叫びました。神に、それからこの友人に、心から感謝します!
 実はあの薬を貰う時に、妹は何度も忠告をされていたので、もう一度そこを訪れるのは少々バツが悪いのでした。それに、兄のことは心配で堪りませんが、あの得体の知れない人を一人で訪ねるというのは不安でならなかったのです。ですからウィンの同行は、妹にとって願ってもないことなのでした。
 そうして2人は、薬をくれた老人のもとを訪ねることにしたのでした。


■2.得体の知れぬ老人■

 その家はいわゆる裏通りというものから更に外れたところに位置していました。
 家全体を灰色の、薄気味悪い空気が取り巻いています。みすぼらしくはないものの、古く重厚な雰囲気に気圧されて、妹は呼び鈴を鳴らすのを躊躇っていました。それを見兼ねたウィンが、代わりに玄関扉をノックしました。
 間も無く、扉はがちゃりと音を立てて開き、その隙間から年老いた男が顔を覗かせました。老人は白い髭を蓄えており、目元にはたくさんの皺が刻まれています。髭よりも僅かばかり灰色を帯びている頭髪は、大半が彼の被っているウィッチ・ハットに隠れていました。
 この様子ならきっと裾を引き摺って歩くローブを身に纏っているに違いありません。
 老人は妹の顔を見ると見通したかのように鼻を鳴らし、入れ、としわがれた声で言いました。扉が大きく開かれ、2人の訪問者を招き入れます。老人は少し先を、やはりローブの裾を引き摺って、杖をつきながら歩いて行きました。
 2人が通されたのは2階の端の暖炉のある部屋でした。昼間なのにカーテンを閉め切っていて薄暗い部屋の中は、暖炉に灯った火で丸く橙色に照らされていました。老人は暖炉の脇にあるロッキングチェアに腰掛け、2人に窓の側の古びたソファに座るよう、目で促しました。
「さて、何か問題があるようだが」
 老人はまずこう切り出しました。4人掛けのソファの隅に座っていた妹は、老人の真っ黒な目に見据えられて、膝の上に乗せていた手を堅く握りました。それを見ていたウィンが、また助け舟を出しました。
「ご存知かと思うけれど、あなたに頂いた薬を飲んで、不具合を起こした人がいるの」
 ウィンはまったく物怖じした様子はありませんでした。老人は目を細めて、それから次に眉をしかめて言いました。
「忠告はしたはずだが」
 老人の少し突き放した物言いに、妹は俯かせていた顔を上げて、悲愴な声で訴えました。
「お願いです、兄を助けて下さい!兄は何も知らなかったんです!!」
「物事は対になるとは限らないのだよ」
 老人は一際声を落として言いました。その予言めいた言葉ははじめ、何を意味するのか、2人にはまったく理解できませんでした。
 老人は更に続けました。
「有と無がそうでないように、始まりと終わりがそうでないように。対に思えるものは皆、そう見せかけられているだけで、本当に真逆なわけではない」
 妹はわけがわからなくて、助けを求めるようにウィンの方を見ましたが、ウィンは黙って老人を見つめていただけでした。やがて秀麗な眉を僅かに寄せて、
「つまり元には戻せないと?」
 その時ようやく意味を理解した妹の顔から、さっと血の気が引きました。目は不安げに見開かれ、何を言うでもないのに口が開いています。ウィンはちらりと友人の様子を確認すると、慰めるために膝の上に置かれたままの手に、自分の手を重ねました。
 老人は質問には答えずに、おもむろに立ち上がると、暖炉の上に置いてあった小瓶を手に取り、それをソファ近くのサイドテーブルの上に乗せました。瓶の中には淡いグリーンの液体が満たされていて、それはまるで若草を絞ったような色をしていました。
 老人は言いました。
「先に言っておくが、これは『消す薬』だ。使い方は先の薬とまったく同じ。……お前さんが前のを正しく使ったかどうかは知らんが」
 老人は再びロッキングチェアに深く腰掛けて、のんびりと椅子を揺らしました。心地よい揺れに自然と瞼が下りてきます。
「持っていけ……あとは自分で考えること。それが……ふあぁ……ああ、眠い」
 最後まで言わずに老人は眠りについてしまいました。ウィンは立ち上がると、ソファのアームに掛けてあった膝掛けを老人に掛けてやり、サイドテーブルに置かれた瓶を持って友人を振り返りました。
「さあ、帰るわよ」
 妹はやっと立ち上がって、早足でウィンのあとを追いました。


■終章■

「聞くけど、あなたはもしお兄さんが結婚に反対したら、取り止めてしまうつもりなの?」
 友人と、友人の2人の兄を前にウィンは尋ねました。2人の兄はどちらも小難しい顔をして、ウィンと妹の様子をじっと眺めています。
「それは……」
 妹は微かに瞳を揺らしました。ウィンはその表情に俄かに確信を得たのです。もしかすると、彼女は……。
 ウィンは訊きかけた言葉を飲み込んで、2人に分かれてしまった青年をじっと見比べました。見た目に異なるところのない2人は、双子以上に奇妙な存在でした。ウィンがこっそり読心術を働かせたところによると、2人はまったく同じ信念を携えていながら異なった意見を言うのです。
「……まぁいいわ。それで、どちらに飲ませるか決めた?」
 ウィンが質問を変えると、今度は妹の顔は泣きそうに歪みました。彼女にとっては間違えられない選択なのですから、当たり前の反応でした。
「ねぇ、ゆっくりでいいから、落ち着いて考えて答えを出して。あなたにとって何が大切で、お兄さんがどんな人なのか。あなたは既に知っているはずだわ」

 静かに時間は流れました。窓から入って来ていた陽光は途絶え、かわりに玄関から西日が零れて来ます。その頃になってようやく、妹が話し始めました。
「私が馬鹿だったのよ……!兄さんを試すような真似をして。お金持ちの彼と結婚をするって言えば、兄さんは喜んでくれるのか、それとも寂しがってくれるのか……兄さんはちゃんと私のことを愛してくれてるってわかってて、それでも私は真実が知りたかった」
 妹は泣きながら2人の兄にごめんなさい、と繰り返した。
「選べないわ。どちらも本当の兄さんなの」
 妹がそう言うと、テーブルの上に置かれていた小瓶が割れ、中に入っていた液体が2人の兄にかかりました。すると瞬く間に2人だった兄は一人になり、妹を強く抱きしめたのです。妹は酷く驚いていましたが、すぐに兄を抱きしめ返し、泣き笑いの表情を作りました。
「俺は、お前が本当に幸せになれたら、それでいいんだ。金があってもなくても祝福する!」
 固い絆で結ばれた兄妹にウィンは微笑みました。彼女にはこうなることがわかっていたようでした。そして静かに立ち上がって、玄関扉の前に立つと、振り向かずに一言だけ告げました。
「結婚は本当に好きな人とするものよ」
 扉を開けた彼女の背中に、声の揃った『ありがとう』の言葉が降りかかりました。ウィンはやはり振り返らずに、手を振ることでそれに答えたのでした。
 橙色の温かい空だけが、彼女の笑顔を見ていました。


                           ―了―



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【1588/ウィン・ルクセンブルク(うぃん・るくせんぶるく)/女/25歳/万年大学生】<妹の友人役

(※受付順に記載)


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■         ライター通信          ■
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 はじめまして、ライターの燈です。
 この度は「嘘吐きと正直者」に御参加いただき、ありがとうございました!

>ウィン・ルクセンブルク様
 性格など非常に好みの女性で楽しかったです。
 妹を結婚させるかどうか迷ったのですが……妹と婚約者の結びつき、というものを書き切れる自信がなかったので、結局させないことにしてしまいました。ウィンさんも婚約なさっているそうなので、シチュノベ等を読ませていただいたんですが……とすると個人的に最後の台詞を言っていただきたくなったので(笑)

 それではこの辺で失礼致します。ここまでお付き合い下さりありがとうございました。