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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


アルバイト募集(秘密厳守致します?)


■オープニング■


 ある日の草間興信所。
 …何か気に掛かる事があるような態度で、真咲御言が現れた。
 来て早々、主への挨拶もそこそこにずーっと何やら考え込んでいる。
「…どうしたんだ? なんか変だぞ?」
「………………ああ、すみません。少し言い難い事がありまして」
 でも言わなくてはならないので。
 …言わないと俺が困りますので。
 ですが言うのも困るんです。
 どうしましょう。
「…はぁ? いったい何なんだ」
「接客業のアルバイト、こちらで募って良いですか?」
「…ウチは探偵だが?」
「バイトで調査員なさってる方も多いでしょう。そんな方々にお話だけでも回してやってはくれませんか」
「…まぁ、構わんが。で、何の接客業だ。『暁闇』のか?」
「いえ、ウチの店ではなくて…紫藤の腐れ縁がママをやっているお店なんですが」
「…どちらにしろ酒場な事には変わりないんだな?」
「ええまあ」
「…となると未成年はマズいな」
「…いえ、未成年じゃなくてもある意味マズい気がするんですが」
「…だからどうした真咲。何だか挙動不審だぞ」
「ついでに言えば男性のみの募集をお願いしたいんですよ」
「………………ホストか?」
 …でもそれでママって?
「…まあ、近いです」
「…違うのか?」
「…ええ。ところで…『MIDNIGHT ANGEL』って店名聞いた事あります? 結構ここの近所なんですが」
「…いや」
「そうですか…少し安心しました…。…実はゲイバーです」
「………………………………何?」
「いえね、どう言う訳か一気にたくさん『ホステスさん』が辞めちゃいまして、困ってるそうなんですよ。で…助けを求められちゃって」
「お前が?」
「ええ…ほら、俺この通りあまり癖の無い顔立ち…と言うかちょっと童顔なので少し若く見られる上に背が低いじゃないですか…で、目を付けられてしまいまして…。しかもですね、紫藤まで面白がっちゃって俺の貸し出し乗り気なんですよ。ウチは元々それ程客が多くは無いですし、そちらの忙しい時ならいつでも、と俺の意志抜きでいつの間にやら決定しちゃいまして…」
「で?」
「…どうせだから草間さんのところに行って何人か連れて来たら、と言う話にまで紫藤とママさんの方で何故か発展してしまいまして…」
 で、かなり無理矢理背中押されて俺が結局頼みに来た訳です。
 はぁ、と嘆息。

 と、言う訳で…どうぞ、助けると思ってバイトに来て下さいませんかね…。
 …仕事柄、報酬はそれなりに弾んで下さると思いますから…。



■協力者の皆々様■


「…面白そうじゃないですか」
 零の煎れた緑茶に口を付けつつ、にっこりと微笑んでいたのは朔夜・ラインフォード。
 のほほんと興信所の来客用ソファでくつろいでいる。
 今現在その場に居るのは、面白そうだと言ってのけた金髪碧眼に整った顔立ちのその彼に、所長の草間武彦、普段と比べやや挙動不審(それでも初対面の面子が大半なこの場に於いては、特に問題無くかなり冷静そうには見えている)な様子で現れた真咲御言、大学に受かって漸く一段落着いたところに遊びに来ていた葛城樹、そして…落ち着いた穏やかな雰囲気のある美大生・柏木アトリに、鬼龍の里の神官である和服の似合う清楚な美少女・鬼龍真名がたまたま東京まで出て来て興信所に来訪していたところ。
 御言が応接間に来てこの話をするまでは、アトリの存在故か朔夜の女性陣への態度が微妙に普段と違う事の意外さの話題で花が咲いていたのだが、そんな中ある意味素っ頓狂な話を持ち込まれ、いきなりそちらの話に路線ががらりと変えられている。
「ゲイバー、ですか?」
「男性でホステスさん、ですか?」
 要領を得ない様子で小首を傾げるアトリと真名。
 説明するように御言が噛み砕く。
「つまりもう少し具体的に言いますと『酒場でおかまさんに扮して接客業をやって欲しい』って事ですね」
「…」
 無言で顔を見合わせるアトリと真名。
 …さすがにどう言う事なのかわかったらしい。
「需要があるから供給はある訳で。この店もそれなりに流行っているみたいなんですが」
 だから急にお店の人がたくさん辞めてしまったら困る訳ですね。
 …まぁ元々、切羽詰まってなかったらこんな話をこんなところに持って来はしませんけど。
「色々な世界があるものなんですね…」
 感心しつつ、アトリ。
 真名も似たような態度。
「俺、手伝ってやっても良いですよ」
「本当ですか」
「暇潰しにゃちょうど良さそうじゃないですか♪」
 にこにこと微笑みつつ、あっさりと朔夜。
 それを受けてか、アトリも小さく手を挙げる。
「私も…何か出来る事があったらお手伝いします、けど」
 真名もそれに頷いた。
「そうですね。わたくしも…。ですがそう言うお話では…女手は必要無いでしょうか…?」
「いえ、単純に人手が足らないと言う部分もあるらしいので、その御申し出も有難い限りです」
「でしたら是非に」
「…じゃあ、ここに居る面子がひとまず協力してくれるって事で良いんだな?」
 纏める武彦。
 と、ちょっと待って下さいと焦った樹からストップが掛かる。
「草間さん、あの、僕、未成年なんですが…」
「困っている人を黙って見ていられるのか、お前は。受験も終わってちょうど手が空いたところなんだろ?」
「え、いやあの、それもそうですが…」
 ぐさ、と突付かれ困る樹。
「やってくれるな?」
 駄目押しのひとこと。
 その優しさと純粋さに付け込んでいるような…。
「…じゃあ、僕を紹介したからには草間さんもお客さんとして絶対来て下さいね! 逃げるのは無しですよ!」
 と、やけっぱちで怒鳴る樹に対する、わかったわかった、と答える武彦の声には…あまり信用性は無し。
 その時。
『よぉ草間の旦那』
「…ん?」
 武彦の座る後ろの窓から当然の如く室内に飛び込んで来たのは巨大な銀色狼。
 ついでに何やらその狼は明らかに人語を発していた。
「刹那(せつな)か」
『おう。…邪魔するぜ。つーかこう見えても客なんだから茶くらい出してくれよな』
「…その前に。お前って人間の姿を取れたよな?」
『あ? …まぁな』
「年齢は幾つだったっけ?」
『…二十』
「わかった。一番茶やろう。…何なら美味い珈琲淹れてやっても良いぞ?」
『………………はあ?』
 刹那――久遠(くおん)刹那にしてみると草間興信所で出涸らしでない茶が出てくる事は果てしなく珍しい。
 奇妙な待遇の良さに何事かと思うが、折角なので日本茶の方くれと頼んで来客用ソファにちんまりと座る。
 と。
「…狼、さんですか?」
 暫くじーっと見てから、アトリ。
 と、刹那もじーっと見返した。
『おう。…あんた名前は? あ、俺は久遠刹那ってのな』
「私は柏木アトリと申します。えと、狼さんは絵で見た事があるだけなので…正しいかどうかは自信が無かったんですけども」
 すみません当てずっぽうで言ってしまって、とアトリは済まなそうな顔をする。
 が。
『いやいやいや、ありがとよ。…ふふふ…わかる奴はわかってくれるもんだな〜♪』
 肝心の刹那の方は犬扱いされずに上機嫌。
 やがて、お待たせしましたと零から…確かに煎れたてのばっちり色が付いた中身の入った湯呑みが置かれた。
 深く考えず刹那はそれに口を付ける。

 と。

「飲んだな?」
『…んだよ』
 してやったりとした武彦の科白に、刹那はやや不審げな顔をする。
 と。
「…確保」
 いつの間に話が通っていたのか…面白がる朔夜、どうせなので道連れにと樹、ついでとばかりに御言、の男性陣三人の手により武彦の思惑通り刹那の身柄が確保されていた。…かなり唐突に予想外だった故か、生まれ持ったその身ごなしの速さは今回ばかりは全然活かされなかった模様。
「…今日の茶は高価いんだよ。刹那」
 意味ありげににやりと笑った武彦の顔とその場に居合わせた面子の行動に、やっぱりいったい何事かと刹那は改めて停止した。



■『MIDNIGHT ANGEL』御当地にて■


 化粧と香水の香りが漂う『MIDNIGHT ANGEL』控え室内。
 ついでにそこはかとなく男臭い気がするのは御愛嬌。…て事にして下さい。
 ともあれ、碧ママの予想通り、手応えがあるのは草間興信所に集う面子が大方の模様。

 まず御言に連れられて来た、今はチャイナドレスを着せられてスタンバイOK状態になっている彼(正体は秘密との要望通り取り敢えず秘密の模様)。そして彼の用意が終わった頃に次いで来たのが、失礼ながらも花粉症ですかと伺いたくなるような大きなマスクをした――けれど彫りの深い整った顔立ちと見て取れる本業バーテンダー、丹裏鏡子。彼女は碧ママが商店会に泣き付いた結果お手伝いに来てくれた貴重と言える――草間サン関連では無い方、との事。
 次にはどうやってか不精髭を消して来た――取り敢えず剃った訳ではないらしいが――天音神孝と、興味津々と言った様子でそこらをうろうろと見、とても男とは思えないチャイナドレスの美人さんに、おおっ、と反応したりして、逆に、きっ、と睨まれている――と思ったら別の大柄な「お姐さん」にひょいっと確保され化粧台の前に自動的に座らせられている相澤蓮。
 その後には…こんにちは。噂を耳にしましてお手伝いに来ました、とにっこり微笑んで現れたお嬢さん――綾瀬まあや。既に来ているふたりを見て早速、やりがいのありそうな良い土台ですね? などと褒めているのだか貶しているのだか微妙な声を掛けている。貴方もそう思うー? などとママ――碧ママさんも彼女に同意見らしく嬉しそうな受け答えをしていた。…何故か速攻で馴染んでいる。
 そのまた次に現れたのはちょっぴり大人数。何処かワイルドな印象の銀髪の大柄な青年――久遠刹那を囲んで和気藹々と――否、黒髪に銀髪メッシュのこれまた美形な好青年こと葛城樹の方はどちらかと言うと道連れは多い方が良いから刹那も逃がすまじ、とでも言いたげな微妙に必死な様子で――勝手口から来訪していた。一方の刹那と樹以外のお連れさんこと朔夜・ラインフォードに柏木アトリ、鬼龍真名の三人は、のほほんと楽しそうにバイトと言うかお手伝いに来ましたー、とあっけらかんとお声掛け。あら美人さん、と碧ママに言われた朔夜はどうせなので完璧に化けさせて下さい。と悪戯っぽく頼んでみる。了解よ綺麗にしてあげるわ☆ と来たのはちょうど手の空いた元々お店のひとなおかまさん。そんな中アトリと真名もあら可愛いコじゃなーい☆ と碧ママに抱き付かれ頭を撫で撫でされていた。で、きょとん、とびっくりした顔をしてもいる。…何やら陽気なおかまさんパワーにやや呑まれてしまっている様子。
 更に次に現れたのは青い髪が目立つ高校生…と言うかさすがに建前未成年不可なので制服は脱いで来た芹沢青に、背の高さと髪型からして好むと好まざるとに関らず目立ってしまう容姿の真柴尚道のふたりが…勝手口から中を覗いた時点で固まっていた。と、その後ろから、バイトに来られた方ですか? と青と尚道に声を掛けて来る、特に目立つところのない女性がひとり――香坂瑪瑙。次いで、遅れてごめんなさい碧さんと中に声を掛け、あー来てくれたのー瑪瑙ちゃんありがとねー☆ とこれまたママさんらしい人が彼女に対して歓迎モード。目を瞬かせる青に尚道。それを見上げた瑪瑙は、宜しくお願いしますねとにっこり笑顔で彼らふたりを当然の如く中へと促す。…ある意味問答無用。そして彼らふたりも結局諦め、促されるまま控え室へ。
 で、次に来たのは酒場のバイトの筈なのにお子様ふたり――ブルームーンストーンそのままのような青い瞳の石神月弥に、数体の小悪魔連れた瀬川蓮が微妙に火花を散らしつつ勝手口から入ってくる。更に彼らの保護者? のように後ろに付いて来ていたのは人当たりの良さそうなスーツの美青年ことモーリス・ラジアル。中に入るなり、そこに居る面子をそれとなく物色。好みのタイプは居ないかなと探してでもいる模様。モーリスが入ってくるなり、あら、と碧ママの反応も何故か少し違っていた。で、彼に対し宜しくお願いしますねー。とにっこりスマイルで頭を下げると、碧ママは奥の化粧台を示す。…そちらでおかまさんや協力者のお嬢さんたちに弄ば…もとい、準備してもらっている数名を見ると、モーリスは嬉しそうに微笑んだ。…どうやら碧ママの示したそちらにはモーリスの趣味に合致しそうな方々が。何やら彼とママさん、初対面ながらも感覚的にわかりあってしまった様子。
 で、最後、勝手口から現れたのは真咲御言。
「…取り敢えず、今日のところは…ここまでのようです」
「ありがとー御言クン。うふふ。草間サンのところって頼れるわぁ☆」
 暁ちゃんの言う通りねー困った事があったらまた頼んじゃおっかしら♪ と碧ママは御機嫌で御言に抱き付き、ひょいと担ぎ上げると化粧台前まで連行。あのー、と困ったような御言の声が聞こえたが碧ママは無視して手馴れた様子で御言の顔にぱたぱたぱたと御化粧開始。…殆どおもちゃ。


■■■


「わー、綺麗です朔夜さん」
「そう? …やっぱり土台が良いからかな?」
 くすりと悪戯っぽく笑いつつ、褒めるアトリに答える朔夜。
 ちなみに今の朔夜の格好、碧ママさんの見立てにより、髪はそのまま下ろして薄化粧。で、濃く鮮やかな青色のイブニングドレスを纏っている。…勿論伊達眼鏡は取っている。
「…さすがに化けるな」
 ちょっとびっくりしたように、尚道。
「当然」
 にやり、と笑って見せる朔夜。

 一方、刹那のところ。
「簪にこれ付けても良いですか?」
 と、アトリが取り出したのは和紙で出来た折り鶴。とは言えただの鶴では無く、一枚から繋がって四羽作られているもの。普段なら箸置き等にする事もある物だが、今は…他の用途にも使えそうだと思ったらしい。
「あら可愛い。…アトリちゃんて器用なのねえ」
「似合うかな、と思ったのでやってみたんですけれど…」
「勿論採用よ☆」
「有難う御座います」
 嬉しそうにぺこりと頭を下げるアトリ。
 で、その折り鶴を付けたのはまず刹那の頭の簪に。…碧ママの一声で彼の衣装は着物に落ち着いてしまったらしい。まぁ、わかりやすい理由として、ここにある彼に入りそうなサイズの衣装が着物だけだったと言う話もあるのだが…。ちなみに同様の理由で、尚道も着物らしい。
 …ので、普段から着物を身に着けている真名も色々ちょうど良いとばかりにお手伝い。
「あまり締めると後が大変ですから、余裕持った方が良いですよ」
 だからって緩過ぎても着崩れてしまいますけど。…自分で調節出来るようになるのが後々一番楽なんですよね。
 …等々、色々注意しながら彼らに着付けの指導をしている。
 で、真名の指導と手を貸しているアトリの真面目さが移ってか、ふたりは妙に大真面目に着付けに挑み始める。
 そんな中、帯留めってこれじゃない? あ、こっちの色の方が合いそうかも、等々…自分の用意が終わったからと彼らにさりげなく手を貸してもいる朔夜。こちらはなんだかとっても和気藹々。


■■■


「はい、撮りま〜す!」
 ぱちり。
 マネージャーさんの手により続々指名用の写真が撮られていく。
 顔を真っ赤にしている者やらとびきりの笑顔を見せる者、最早、男とは思えぬ程の妖艶さを見せる者に…仕事と割り切っているのか普段とあまり変わらん態度のままの者、引き攣り笑いが大変そうな者などそれぞれ個性溢れる色とりどりな顔を見せている。
 撮り終わった時点で、はー、とこの世の終わりの如き顔をしている面子やら、既にぐったりしている面子も数名。そろそろ見兼ねたか、マスクの目立つ、外部のお手伝いさんらしいこちらは本物の生まれつきなお姉さんこと鏡子がコンパニオンな面子に向かい口を開いた。
「何だったら私がマスク外しましょうか」
「?」
 いきなりそう言われても要領を得ない。
「…いえ、数合わせのバイトって事はコンパニオンさんにノンケの方も多いかと思いまして、そこを気遣うつもりもあって私が送り出されたって部分もあるんですよ」
 …で、鏡子曰く、私の吐く息に掛かると、同性を好きになるようになっちゃう事が多いんです、との事。
 その発言に草間さんとこから送り込まれた一同、さすがに退いた。
「…だから通常はマスクしてるんですけどね」
「絶対取らないで下さい」
 即、ぴしゃりと叩き付けたのは一番最初に送り込まれたらしいチャイナドレスの正体不明な美人さん。
 一応、好き好んで来ているのでは無い事だけは確からしい。…綺麗に装われている何処かオリエンタルテイストな顔が勿体無いくらい渋くなっている。
「…それもそれで面白そうじゃない?」
 椅子に座ったまま色っぽく足を組み直しつつ、かなり他人事のように言う朔夜。
「勘弁してくれ…」
「…右に同じ」
「…同感」
 今の時点で既にげっそりと項垂れている孝に青に刹那。
 変わった能力お持ちなんですね、と意外にも平然と聞いている樹。…それが自分にも適用される可能性があるとは思わないようにしているらしい。
「元々、同性も対象の場合は何か効果が?」
 そんな中、さりげなく訊くモーリス。
「その場合は…特に趣向に変化は起きませんが…ただ、元々より積極的になる傾向がありますね」
「では、私の場合はあまり問題ありませんね」
 今以上に積極的になったとしてもそれはそれで歓迎ですし。
 にっこりと頷くモーリス。
 …ちょっぴり怖いと思ったのは計何名様だったか。
 鏡子はそんな一同を見遣りつつ、ぴ、と人差し指を立てる。
「と言う訳で…接客に当たって『どうしても困る』ようだったら、ある程度楽にしてあげられると思いますけど?」
 その指をこれ見よがしにマスクに引っ掛け、鏡子。
 が、マスクの理由を聞いた後でそれは…かなり、嫌。
「…それはあくまで我慢し切れなくなった時の最終手段、って事で、ね☆」
 たらりと冷汗かきつつも、金銭的にどうあってもこのバイトから脱落不能な相澤蓮がにこりと笑いそう纏め。

 で。
 そろそろ。

 ………………『MIDNIGHT ANGEL』、開店。


■■■


「あら、お客さん折角逞しくて素敵な方だと思ったのに」
 本命が居たんだー。残念。
 残念そうに儚く微笑み、その客の隣に座っていたのはストレートの金髪に藍色のイブニングドレスの『お姐さん』。その態度に、困ったように客が続ける。
「いや、そうじゃなくて」
「違うの?」
 その『お姐さん』は縋るような流し目で問う。と、お客さんが『彼女』を見つめた。
「勿論、香月ちゃんの方がずっと良いよ」
「本当に?」
「ああ」
「やぁん。…嬉しい☆」
 香月と呼ばれた『お姐さん』はにっこり笑顔でお客さんにお酒を注いでいる。
 一方、香月ちゃんが客を誑かしてどんどん飲ませているのを良い事に、黙ってひとりそれとなくグラスを傾けているチャイナドレスの『お姐さん』。
 と。
 碧ママからお声が掛かる。
「香月ちゃーん、次五番テーブルおねがーい」
「はーい」
 素直に受け答える香月。…実は現在、指名一位。
「おい、もう行っちまうのかよ」
「…ごめんなさいね、また指名して☆」
 と、お客さんを残し香月ちゃんこと朔夜・ラインフォードはあっさりと席を立ち五番テーブルへ。
 残された『ホステスさん』はチャイナドレスの『お姐さん』こと早百合ちゃん。
 ひとり残された事に反射的に凍り付いている。
 気が付くと舐めるような視線で見つめられていた。
「もっと近くに来なよ。あー、ひょっとしてキミ初めてなのかな〜?」
 で、にこっ、と微笑んで早百合ちゃんを手招くお客さん。

 ………………さて、やって来ました試練の時。


■■■


 ひとり現れたのは銀縁眼鏡の知的なお姉さん。
 彼女が『暁闇』のマスターに紹介されて来たと碧ママさんに伝えたら、誰か指名したいコはいます? とにこやかに写真メニューを手渡され。
 …じっくり見るまでも無く、指名の相手はすぐに決定した。
「崇乃さんお願いします」
 はーい、とお姉さんの指名が予想通りだったのか、嬉しそうな碧ママの声。
 で。
 現れたのはワンレンに赤いスーツの『お姐さん』。
「…」
 同じ席に着く前に、『彼女』は何やら頭が痛そうな顔をしているのは気のせいだっただろうか。
 指名したお客さんな彼女の方はくすくすくすと堪えられないとでも言いたげに笑っている。
「こんばんは」
「…紫藤の差し金ですか」
「はい」
「…ま、こうなってしまったら仕方ありませんが。…改めまして、いらっしゃいませ。御指名有難う御座います。何を頼みましょうか?」
「言葉遣いは殆ど普段通りなんですね」
「…それで違和感無いようなので。取り敢えず俺ではなくわたし、とは言っていますけれど」
 他も、違和感ありそうなところは気を付けているつもりですしね、と崇乃こと真咲御言。
「真咲さんにこんな趣味があったなんて、全然知りませんでした」
「こんな趣味ははじめから無いです。…あんまりからかうと適当に高価い物頼みますよ?」
 と、大真面目に返す崇乃に、思わず噴き出すお客さん。
「………………あのですね、汐耶さん」
 汐耶さんとお客さんを呼んだ崇乃は、そこでがっくりと項垂れる。
 と。
「あらあらあら、なーに? 崇乃サン、知り合い?」
 にこっと微笑んで後ろからソファの背凭れに寄り掛かっていたのは香月こと朔夜。
「…ええ。こちら友人の綾和泉汐耶さんです。いつもはウチの店に来て下さる事が多いんですが、今日はこちらを勧められて遊びに来たそうで」
「って崇乃サンの本業の方のお店の常連サンて事?」
「はい。それと、草間さんともお付き合いはありますよ」
「…んじゃアタシたちとも御身内って事か。初めまして。香月と申します☆ …ってのはこのお店向けのお話で。俺の本名は朔夜・ラインフォードってんですが。宜しくお願いしますね、お姉様?」
 と、香月と言うより朔夜の顔でふわりと笑い、握手を求めるように汐耶に手を伸ばす。
 草間さんのところで紹介されて今日はここにバイトに来てます、と説明しつつ。
「…どう言う事?」
「…さすがにそこまでは紫藤に聞いていませんか。いえね、紫藤に草間さんのところでわたし以外にももう何人か集まらないかと言われてしまいまして。今日のこの店は興信所で頼んだ結果バイトに来て下さっている方も多いんですよ」
 なので本物の女性でお手伝いして下さってる方も結構いらして下さってまして。と崇乃こと御言がそれとなく奥を示すと、それがわかったのかひっそり奥の方で手を振っている女性陣数名。
 それを見て、こいこいと手招く香月。招かれた方は少しそのままで考えていたようだが、結局こんばんはー、とそのテーブルまで四人現れた。柏木アトリに鬼龍真名、綾瀬まあやに香坂瑪瑙の四人である。建前と言うか何と言うか、開店した後も店内を動きやすいようにと彼女らはボーイさんたちとお揃いの制服を身に着けていた。
「…香坂さん?」
「お客さんでいらしてたんですか綾和泉さん」
「って何で香坂さんがここに」
「ここのママさんの碧さんは父の友人なんですよ。つまり私にとって碧さんは紫藤さんみたいな相手になるんです」
 で、困ってると伺ったのでお手伝いに来ました。
「私たちは草間さんのところで偶然お話を伺って…」
「わたくしたちで何かのお役に立てるなら、と参りました」
 アトリと真名がそれぞれ説明。
 …ママさんはじめ素敵な方が多くて面白いですよ、などとこっそり汐耶に告げつつ、アトリは香月…もとい朔夜に同意を求めたり。確かに陽気な良い人が多いみたいだよね、ここ。…綾和泉さんみたいな綺麗な人もたまに来てくれるよーな店だし。と朔夜も普段の顔を忘れないまま、アトリの言葉にあっさり頷いている。
 そんな中、まあやは暫く黙って汐耶をじーっと見ていたかと思うと、ねえねえねえ、とその場の面子に悪戯っぽく囁いた。
「…ちょっと思いついたんだけど、本物の女性がコンパニオンの中にひとりくらい混じってても…面白そうだと思わない?」
 有無を言わせぬ微笑みを見せたまあやは、ちらりと意味ありげに汐耶の肩をぽん、と叩いた。


■■■


 暫し後。
「詩織ちゃーん、宜しくねー☆」
「…」
 ………………何処か憮然とした態度のコンパニオンさんがひとり増えていた。
 黒いレースがあしらってある…と言うよりレース部分の方が多いようなワンピースを着せられている『お姐さん』。スカートも…結構きわどい。
 きょとんとした顔で『彼女』を見ている、おさげに清楚なお嬢様風のひばりちゃん。
 …新しく来た人身御供がいったい誰だかわからない。
「…あの…草間さん繋がりの方…ですよね?」
 気に入られてしまったかお客さんのすぐ隣に座らせられている中、こそりと現実逃避がてら詩織ちゃんに耳打ちするひばりちゃんこと葛城樹。
 と、にっこりと微笑み返された。
「どうかしらね? …あ、そのボトル頂けるかしら?」
 お客さんの返答も聞かないまま、詩織ちゃんはテーブルに置かれていたブランデーのボトルから自分のグラスにどぼどぼどぼ。それをあっさり干すと、きみ飲みっぷり良いねーおじちゃん負けそうだよーなどとけらけら笑っているお客さんがそこに居た。…そちらもそちらで出来上がっている模様。
「………………………………大丈夫ですか、詩織さん」
「ええ勿論。…ねぇお客さん、もう一本ボトル入れてもいーい?」
 怖いくらいに艶やかな微笑みでお客さんに迫る詩織ちゃん。…少々ヤケ。
 その姿を見て、空ボトル一本持ったままどーも無口になっている崇乃ちゃん。と、何暗い顔してるのーこっちおいでよ折角可愛い顔が台無しだよーとお客さんに手を引かれちゃったりしている。…そうすると確かに元通りに復活はするのだが、何か気懸かりな点があるのは変わらないよう。

 で、気が付いたらそのテーブルではボトル二本程あっさり空いていた。
 …飲んだのは九割以上詩織ちゃんだが、全部お客さん持ちである。
 だけどお客さんは良いよ良いよもっと飲んでー☆ と上機嫌。…客に楽しくお金を使わせていると言う意味ではこれも正しい接客の姿なのか?
 ………………ちなみに今更ながら詩織ちゃんの正体、綾和泉汐耶。
 裏方女性陣の悪戯により、何故か本物の女性である彼女がコンパニオン投入。
 元々、中性的な容貌だったのが目を付けられた一番の理由だったか、何か言われたら草間さん繋がりの男の人だと思ってたって事にしましょう! と後の言い訳まで予め用意しておく始末。…とか言いつつ実は碧ママもひっそり遠目に黙認していたりするのだが、仕掛けた方々の方は…元々の碧ママの知り合い以外はその事にも気付いていない模様。そして出来上がりがまるで別人だった為、事前の状況を知っている方々しか詩織ちゃんの正体には気付いていない。
 …また、崇乃こと御言が時々止まっているのも詩織こと汐耶の格好のせいだと言う話もあるが…実際のところはこれ如何に。
「ねえねえねえお客さん、私のお友達呼んだら構ってくれる?」
 可愛いコなんだけど、お客さんの好みに合いそうな気がするの☆ と詩織は自分の携帯電話をちらりと引っ張り出して見せる。
「…詩織さん?」
「…崇乃さん、香坂さんがここに居るのは空五倍子くん知ってるのかしら?」
「…ええ多分。碧ママさんの頼みって事なら…瑪瑙に声掛けられてるでしょうから。このお店の事も知ってると思いますよ」
 今ここに居ないって事は断って逃げたんでしょうがね。
「じゃ、こうしましょう」
 と、詩織ちゃんはおもむろに電話を掛け始めた。
 詩織ちゃんは電話に向かって何やら色々並べ立てている。
 曰く――香坂さんがね、バイトに来た皆に迫られて困っちゃってるみたいなの。え、碧ママと真咲さんが居てそんな事になる訳がない? …それは甘いわよ。忙しそうでそっちまで手が回らないみたいだから。手が届く時は助けられるけどお手伝いに来てくれてる人の方がやっぱり多いから…。
 と、そこまで詩織が話した時点で、また後ろからひょっこり現れる現在のところ指名No.1の香月ちゃん。
「そーゆー事。前に言ってた瑪瑙サンって可愛い人じゃないですか♪」
 にやりと笑って詩織の後押し。
 瞬間、通話相手が沈黙した。
 どうやら、香月こと朔夜の声に聞き覚えがあったらしい様子。
「――…香坂さんがどうなっても良いのかなー? このままだとねー誰かに取られちゃうかもしれないわよー」
 じゃ、間に合わなくなる前にいらっしゃいねー。
 と、駄目押ししてから、ぴ、と電話を切った詩織ちゃんは、すぐ来てくれるって言ってましたから、待ってて下さいね? とお客さんに向かってにっこり。香月ちゃんとも顔を見合わせ笑い合っている。
 ………………詩織ちゃんこと汐耶さんの微笑みの裏側がそろそろ怖いです。


■■■


 またもお店のドアが開く。
 迎える『ホステスさん』がおらず、ごめんなさーい三名様ですね少々お待ち下さーい、と甘えたような声を掛ける碧ママ。
 で、何とか余裕のあるテーブルから連れて来たあまねちゃんこと天音神孝と早百合ちゃんこと正体不明希望の陰陽師(それ言ったらバレるから)にそのお客さんたちの案内をお願いする。
 ふたりともそのお客さんを見て一瞬止まっている様子だったが…果たしていったいどうしたものやら?

「…うーん。まだちょっと足りないかしらねー」
 それを見送ってから、はぁ、と困ったように溜息を吐く碧ママ。


■■■


 三人連れで現れたお客さんたちは出版関係のお仕事をなさっている方だと言う話。
 そして何故か、草間興信所経由で紹介された『ホステスさん』たちの動きが先程までよりぎこちなくなっている。
「…」
 テーブルに案内され座った三人の中のひとり、赤いスーツを纏った長身のお姉さんは頭の上に幾つか疑問符浮かべて一緒に座っている『ホステスさん』を見た。隣に座った淡い緑の髪のあまねちゃんは顔を見ようとすると顔を背け、もうひとりいるチャイナドレスの早百合ちゃんはいっそ清々しいまでに完全に素知らぬ顔でにこやかに微笑んでいる。
 で、編集さんと言う方のお客さんがオーダーしたお酒とスナックを持ってきたのは、ワンレンの崇乃ちゃんと穏やかな印象のスーツの似合う男性スタッフの方。
 翻訳家だと紹介されたお客さんこと中性的な容貌のお姉さん――シュライン・エマは、その時点で首を傾げた。
 ………………何故こんなところに見覚えある人たちが?
 つまりは筒抜け。…足音の癖からしてもう正体がバレている。本業翻訳家なシュラインの副業と言うか日常は草間興信所の事務員であり、もっとぶっちゃけてしまえば彼女は草間さんのところの家族のようなものなので興信所に出入りする面子は大抵把握済みだと言えたりする。
 シュラインはちょっとごめんなさいと連れのふたりに言い置き、テーブルから離れた。その途中で自分の着いたテーブルに色々運んで来てくれた崇乃ちゃんと男性スタッフさんのふたりを密かにちょいちょいと手招きつつ、あまり目に付かないだろう物影に呼び付ける。
「…こんなところで何してるんですか真咲さん」
 汐耶さんが居ながらこーゆー趣味に走るともちょっと思えないんだけど? と言いつつ真咲さんこと崇乃ちゃんに問うシュライン。言われて早々、呼び付けられた崇乃は、はぁ、と溜息を吐いている。
「…単なる数合わせのバイトです。こちら、何故かたくさんホステスさんが辞めちゃったり色々あって出られない人が重なったりで危機的状況だったらしいんですよ。で、こちらのママさんに助けを求められてしまいまして」
 いえ、紫藤と腐れ縁なんですよね、こちらのママの碧さん。
「で、俺を貸すと言う話に何故か決められてしまったんですが、ついでに草間さんのところに行って何人か連れて来たらと言う話になりまして、その旨興信所でお話しした結果、請け負って下さった方が今ここにいらっしゃる訳で」
「…中々に個性的な方がいらっしゃるので。私も楽しませて頂いてますよ」
 と、崇乃の後に続け、とても嬉しそうにくすりと笑う男性スタッフさんことモーリス・ラジアル。
「ふぅん…そう言う事」
 シュラインは納得。…確かに、知る人ぞ知るだが草間興信所は人材の宝庫と言えば宝庫。咄嗟の数合わせと言うなら水が向けられるのもわからないでもない。
 と、そこで。
「何してるのー崇乃ちゃんにモーリスくーん?」
 碧ママの呼ばわる声が聞こえた。で、シュラインたち三人が居るここに顔を出してくる。
「何かあった?」
「いえ何も。すみません碧ママさんこんなところで油売っちゃって」
「…あら、さっきの『詩織ちゃん』と同じでお知り合い?」
「ええ」
「やっぱり。…ごめんねぇ、今日忙しくってゆっくり話もさせてあげられなくて。…その代わりバイト料は弾むから宜しく頼むわ☆」
「はい。じゃ、そう言う事なんで…失礼します。エマさん」
「では私も失礼させて頂く事にして」
 静かに会釈した崇乃に続き、優雅に一礼して仕事に戻ろうとするモーリス。じゃ、ゆっくりしてって頂戴ね☆ と碧ママはシュラインに告げる。
 と、シュラインの方がふと彼らを呼び止めた。
「ちょっと待って下さい」
「はい?」
「…お話は今崇乃さんから伺ったんですが、ママさん、今日の『ホステスさん』の頭数は足りてます?」
 すぐにシュラインに話を振られ、少し考え込む碧ママ。
「実はまだちょっと微妙なのよね…」
 ふぅ、と伏せ目がちに碧ママはそう答える。
 それを見て。
「でしたら私も協力しますよ」
 にっこりとシュラインは微笑んだ。
 ………………ほら、まだ一番重要なひとが居ないじゃないの♪ と。

 だってほら、困ってるって話なら。
 店の雰囲気や、ママさんの人柄、紫藤さんの紹介…と言うなら安心なお店でしょうし。
 ここは助けてあげなきゃ男が廃るわよ☆
 ………………決して最近誰かさんに対してあれやこれやそれ等々仕事や私事で腹据えかねてたから、じゃないわよー?

 一応建前は。


■■■


 で。
 碧ママとモーリスの手により、殆ど時を置かずまたひとり『ホステスさん』が完成していた。
 …慣れ故か碧ママに任せるとこの手の用意は異様に手際良く完成する。更に『その筋』なモーリスの手も加わり、この場にあっては妙に完璧?とも。
 結果、髪型そのまま、下手すりゃ本人と即わかるような薄化粧、けれど土台故かやっぱりそれなりに美人さん――てゆーか最近のひとって男でも女でも皮一枚の見た目自体って性差があんまり無いとも言えるんで結局『作りよう』とも言えるのですけれど――に、肩を露出させている形のボルドーカラーなイブニングドレス。
 …妙に似合うと言って良いのか悪いのか。
「煙草たくさん喫われる方ですから肌荒れが少し気になりますが…予想していたより…」
 と、語尾を濁らせたままで、堪え切れないと言った風にくくくくくと抑えた調子で笑い出すモーリス。

 ………………気付けば控え室に時々雇われ『ホステスさん』たちがちょこちょこ顔を出していた。
 武彦さん連れて来たわよー、とのシュラインの伝言が伝わった結果の話。

「やっぱこう来たなら草間さんが居ないってのは無しっすよね☆」
 スタンバイOKな武彦の姿を見、爽やかに微笑んで見せるみちるちゃんこと真柴尚道。

「さっすがシュラインお姉ちゃん♪ 頼りになるぅ」
 …武彦の登場に、わーい、と騒ぐくるみちゃんこと瀬川蓮。

「とってもお似合いですよ。草間サン☆」
 …クス、と微笑む香月こと朔夜・ラインフォード。

「こうなる前にお客さんでいらした方がまだマシだったんじゃありませんか?」
 ここぞとばかりににこにこと嬉しそうに告げるひばりちゃんこと葛城樹。

「草間…あんた素で似合うの気のせいか…?」
 控え室を覗くなり、ん? と妙な顔をしている、酒に釣られて鈴子ちゃんとして復活した久遠刹那。

「…さて源氏名は何にしましょうか?」
 こちらも控え室にひょこりと顔を出し、御機嫌そうに微笑むチャイナドレスの早百合ちゃん。…そう、騙されて連れて来られた恨みを今こそ思い知れ☆

 …などなどなど。
「くぅっ…何が楽しくて俺がこんな事をせにゃならんのだ…」
 裏方時点で既に先行の『ホステスさん』方に散々冷やかされ、がっくりと壁に向かいつつ項垂れる武彦。
「ま、バイト料の方は騙す気はまったくありませんから、折角ですから家計の足しにでもしてやって下さい」
 で、やっぱりくすくすと笑いつつも、崇乃こと真咲御言が宥めたり。


■■■


「…伍宮…春華…」
 そのお客さんの前でぼそりと呟き止まっていたのはあまねちゃんこと天音神孝。
「うわ」
 ちょっとびっくりしてその顔を見ている春華。…勿論速攻で何処の誰かはわかっている。
「かわいー。えーと、あまねちゃんだっけ? ふーん」
 春華はまじまじと観察し、じゃ、お酒ちょーだいあんまり強くないやつ☆ と満面の笑みで頼んでみる。と、物凄い渋い顔で、かしこまりました、では注文入れますね。と通りすがりのボーイさんを捕まえていた。
 一方、何故俺はここに居る、と遠い目になっているイブニングドレスのまりこちゃん。
 そちらを見るなり、春華はぶ、と噴き出し掛けた。
「うわー、すげー…」
「…黙れ伍宮」
「あー、良いのかなーお客様に対してそんな口聞いてー?」
「くっ…。………………そんなに、からかわないで下さるかしら?」
「…」
 瞬間。
 だはははははは、と爆笑する春華。
 やっぱり来て正解だこれ最高〜! とばしばしテーブルを叩いている。
 まりこちゃんこと武彦は春華のその反応に、笑い過ぎだ…とがっくり俯いてしまっている。
 と、お待たせしましたと早百合ちゃんとはまた別のチャイナドレスを纏ったおかっぱ頭な『ホステスさん』こと唯ちゃんが現れ、春華の前にグラスを置く。
「あまり強くない物が良いと仰ってましたよね? どうぞ」
「…」
 春華は新たに来た『彼女』をじーっと見上げ、問うようにまりこちゃんを見る。
「こちらも興信所絡み?」
「興信所とは別件。…但し俺も数合わせ人員である事は確かですが。てゆーか俺の場合誰かさん同様八つ当たりで呼び出されただけの気もするんすけどね。ついでに草間さんの事も知らない訳じゃあない」
 さくっと返った答えは『彼女』こと唯ちゃん――空五倍子唯継自身の口から。
「こいつは基本的にアトラス関係。ウチの調査員と言うより麗香の下に居る方だな」
 唯ちゃんを指してついでに説明するまりこちゃん。
「ところで伍宮」
「?」
「…こうなったらどうせだからお前もやってみないか?」
 既に全然女言葉で無くなっているまりこちゃんが思い付きをヤケ気味にそう言ってみる。
 …こうなったら知り合いは誰でも連れ込んでしまえ。そう、『赤信号、皆で渡れば怖くない(止めなさい)』…それが本音。
「俺?」
 自分を指す春華に、その場に居た『ホステスさん』方、無言で肯定。
 と。
「じゃあ、やってみる」
 こくりとあっさり頷く春華。
 …その時点で、よっしゃまた仲間がひとり、と内心で握り拳を固める『ホステスさん』も居たとか居ないとか。


■■■


 で、またひとり増えた『ホステスさん』の桜花ちゃんこと伍宮春華。
「いらっしゃいませぇ。『MIDNIGHT ANGEL』へようこそぉん…で、良いのか?」
 言った側から隣の早百合ちゃんに聞く、セーラー服姿の桜花ちゃん。
 と、しっ、と肘で軽く小突かれた。
「…お席に案内致します。どうぞ」
 にこにこと笑顔で御案内に努める早百合ちゃん。
 なんか駄目だったのかなあ? と考えながら桜花ちゃんもそれに付いて行く。

 …近くのテーブル。
 そろそろ達観の域に入っているあまねちゃんこと天音神孝の姿があった。
 空いたグラスにお酒を注ぎ、ひとまずどうぞと差し出している。
 が。
「ねえねえねえ、携帯の番号教えて。ワタシ貴方が欲しいの。ねぇあまねちゃん…き・て☆」
 無言。
「つれなくしないで。ねえ? ねぇってばぁん☆」
 更に無言。
「ワタシのこと、嫌い?」
 と、そろそろとあまねちゃんに手を伸ばして来る、オネエ言葉なスーツのおっさんなお客さん。
 …さすがにそろそろあまねちゃんも達観通り越して思考停止した。
 じ、とおっさんを真正面から見る。と、おっさんは、きゃ、などと声質に不釣合いな可愛らしい?言い方で照れて見せる。次の瞬間には今度はあまねちゃんの手がおっさんに伸びていた。もうどうにでもして、とでも言いたげなうっとりした瞳が見えたかと思うと、次の瞬間あまねちゃんはおっさんを投げ飛ばしていた。
 …実際のところ投げる為に触れるのさえも気が退けたのだが、そこはそれ。
 ずだーんと派手な音がして、キャー、と元々店員なおかまさんたちになんだなんだと興信所からの雇われホステスさんたちもそちらを注目している。きゃー、と更に慌てて飛んで来たのが碧ママさん。申し訳ありません申し訳ありません、お怪我は!? 大丈夫ですかっ! と、投げ飛ばされたオネエ言葉のおっさんに声をかけている。
 事態がそこまでなって漸く、あまねちゃんも、あ、ヤバい…と思いはするが、後の祭。やっちゃったもんはしょうがない。
 ………………あまねちゃんダメでしょっ、と碧ママさんに怒られ、冷汗たらり。

 一方。
「紫ちゃん顔上げてよー。もっと良く見せてー?」
「…」
 お客さんの要望に困る紫ちゃんこと芹沢青。
 先程、隣に座ったら抱き寄せられてしまい、どうにか逃れた今も物凄く渋い顔になっている。
 で、何か思い付いたのかちょっとテーブルから離れると、お盆に載せてグラスを持って来た。
「どうぞ☆ 紫ちゃん特製です♪」
 と、引き攣り笑いながらも紫ちゃんが丁寧にお客さんに差し出したのは…かーなーり度数の高い酒の滅茶苦茶なちゃんぽん。
 …その横では。
 同席しているお客さんの元で、何事かの話を、へー、そうなんだー、と特に女言葉を使う事もせず、相槌打ちながらじっくりと真剣に聞いている桜花ちゃんの姿。
「…でもそれってお客さんの方がかわいそうじゃねぇか?」
「そう思ってくれるのか?」
「いや、うん。…だって置いてかれりゃそりゃ寂しいし」
「そっか。…いや、桜花ちゃん、有難うよ」
 と、しみじみ言われるなり、唐突にぎゅー、と抱き締められ、桜花ちゃんは頭に疑問符飛ばしながらも、結局わーい、と喜んで抱き返していたりする。
 ………………結構、向いてます?


■■■


 そのまた後。夜遅く。
「えぇと…」
 いらっしゃいませと案内された先のテーブルできょろきょろと辺りを見回す色っぽいお姉さん。
 そこはかとある妖艶さからして、どうやら彼女もまた本業のおミズさんっぽくはある。
 が、それ以上に。
 今雇われホステスさんたちの姿――特にまりこちゃんを見る目からして…またまたちょっと問題が。
 ………………即ち、『知り合い』。
「何? 何よ? 草間興信所とうとう多角経営着手?」
 いやまぁ止めないけども。つかむしろもっとやれーみたいなー? と、けらけら笑ってテーブルに着く。
「何なら良いお医者さん紹介するわよー」
 これでモロッコに行く必要無しねー♪ ばんばん工事できるわよーと何やら不穏な発言をしつつ、お隣に座らせたまりこちゃんこと草間武彦の肩をばんばんと叩いているお客さん――葛生摩耶。
 そう、彼女は時折草間興信所で雇われ調査員をやっていたりもする。
「…葛生」
 今にも死にそうな声で摩耶の科白を止めようと試みるまりこちゃん。けれど最早へべれけの酔っ払いにはそんな儚い呼び声聞こえる筈も無い。
「…御注文は」
「テキトーに持って来ちゃってー。それよりこっちで遊びたいー」
 はーい、と受け答えたのはボーイさん仕様のアトリにまあや。顔を見合わせると、メニューを畳んで裏に引っ込んでいる。
 それを見送った後。
 王様ゲームやろー王様ゲームー! と摩耶は元気に宣言し。
 気が付いたら籤が作られ、近場に居たお客さんから『ホステスさん』から幅広く回されていた。
 で。
「やったー私が王様だー」
 と、気が付けば一番なって欲しくない気がする? 相手な摩耶さんが王様になってしまった模様。
「じゃーねー、一番のコが三番のコにー♪ キスー♪」
「あ、俺三番」
 はい、とあっさり手を上げたのは桜花ちゃんこと伍宮春華。
 ふぅん? と反応したのは香月ちゃんこと朔夜・ラインフォード。
「アタシ一番なんだけど?」
 苦笑しながら香月ちゃんはそう告げ、こいこいと桜花ちゃんを呼ぶ。と、おう、と元気に答えて桜花ちゃんも呼ばれるまま香月ちゃんに近付く。香月ちゃんは桜花ちゃんのその額にちょいと口付けた。
 …やっぱり女性相手じゃないと本気でキスする気にはなれないよね〜と内心で思いつつ。
「で、御命令通りキスしましたけれど?」
 あっさりと艶やかに微笑む香月ちゃん。
 何だかそれじゃつまんなーい、と王様は御不満の様子。
 だけどまぁいいや、と諦め、次の王様決め籤引きぐるぐるぐる。
 と。
「わーいまった王様だー☆」
 再び籤を開きつつ、ふふふふふと含み笑う葛生摩耶。
 ………………誰か仕組んでませんかこのゲーム。
「じゃーねー、今度はー。四番のコが六番のコにー」
 摩耶の発言を固唾を飲んで見守る『ホステスさん』たち。
 思いっきり溜めてから、摩耶ははーいっ、と元気良く手を上げる。
「やっぱりキスしてちょーだい! 今度は額とか軽いの不可。口にでぃーぷでねー♪」
 楽しそーうに言い切る摩耶さん。
「あー、かおるちゃんが四番だってー」
 と、自分の目が信じられないとばかりに目を瞬かせているかおるちゃんの手から籤を引っ手繰り皆に知らせる香月ちゃん。
「お、俺…じゃないアタシ…かっ…! …くぅっ」
 …幾ら酒の上でのお遊びと言っても何が悲しゅうて男に手を出さねばならんのか。とは言ってもここに居る面子…相手が相手なら…女性の可能性だってある。もしそうならばこんな機会は滅多に無いじゃあないか、ならばここはひとつその可能性にかけて…! とかおるちゃんこと相澤蓮は内心で握り拳。
「じゃー六番だぁれ?」
 るみな三番だったのー、とるみなちゃんこと石神月弥は自分の籤をぴらりと見せてねーねー六番だぁれ? と周りにひとりひとり聞きまくる。と、ひとり顔色が青くなっている『ホステスさん』発見。手の中に籤を握り込んでしまって取れない模様。…わかりやすいその『彼女』は――まりこちゃんこと草間武彦。
「…六番なんですか?」
 可愛らしく小首を傾げてまりこちゃんを見上げる早百合ちゃんこと正体不明希望さん。
 と、諦めたようにまりこちゃんの手の籤を握る力が緩んだ。そこにすかさずくるみちゃんが取り出して、うん六番だよ☆ と確認。
 嗚呼、運命の神様呪います、と四番だったかおるちゃんは派手に嘆息するが、きっ、と顔を上げると思い切ったようにまりこちゃんを見た。
「…行くわよ、まりこちゃん!」
「…まて」
「王様の命令なのよっ」
「いや…だから…」
 一方、本気で勘弁してくれと言った体のまりこちゃん。
 けれどかおるちゃんの方は開き直ってソノ気のようで。
 かおるちゃんは覚悟しなさいとまりこちゃんに迫ると、その両肩をがしっと掴む。
「いや、待て、早まるな相澤」
 思いっきり素に戻っているまりこちゃん。
 が。
「かぁくごぉっ」
 と、あんまり欲しくない気合いが一発。
 直後、ぶっちゅうううううとかおるちゃんの唇がまりこちゃんの唇に押し付けられていた。で、王様の御要望通りすぐに離れずもうちょっと長々と☆

 そこで。

「はーい、折角なので撮りまーす☆」
 …なぁんて宣言が聞こえて、直後にぱしゃり。
 瞬間、フラッシュの気配にぎょっとする雇われホステスの大方の皆さん。
 お、と興味深そうにフラッシュの源――お隣のお客さんことシュラインの手許を見ていたのは香月ちゃんに桜花ちゃん。おお、やるゥと上機嫌なのはやっぱりお客さんな摩耶。

 ………………そのカメラにばっちり収まったのは、当然、今の図で。

 時間が止まる。

 解放された次の瞬間、すっくと立ち上がるまりこちゃん。で、無言のままテーブルからすたすた歩き出す。
「…あ。えと、大丈夫?」
 シュラインはそんなまりこちゃんに通りすがりに声を掛けてみるが、『彼女』からは、ああ、とか何とかちょっと虚ろで曖昧な反応しか無し。
 これはちょっとやりすぎちゃったかな? とシュラインちょっと後悔。
 ………………そろそろ気も晴れたし、さすがにかなり気の毒になってきたかも。


■■■


「お兄さん」
「…」
「あの、僕、ここに居たら邪魔なんでしょうか」
 でしたら席を外しますけど…。
 と、ひとまずピアノの弾き語りを休んでいるひばりちゃんこと葛城樹は金髪にサングラスを掛けた黒服のお客さんに告げてみる。何故ならどうもこのテーブル、他の場所と雰囲気が違う。
 お客さんは喫っていた煙草を灰皿に押し付けた。
「…あんた未成年に見えるんだが」
「や、えと、あの…僕は…」
「…まぁ、承知でやってるんなら俺がどうこう言う事でもないが」
 言ってのほほんとグラスを空けている。
 そのままでお客さんはふと後ろを見遣った。
「…我妻さん、…どーも今日の店、人外やらその筋の連中が多いのは気のせいですか?」
「あら気付かれちゃったー? やっぱり善クンの目は誤魔化せないかー☆」
 我妻さんと呼ばれ答えたのは何故か碧ママ。
「…素人呼ぶと面倒起きるって言ってなかったですっけ」
「のっぴきならない事情ってモンがあるのよ今回は。…ひとが足りなくなっちゃって」
「…ああ、そう簡単に店が閉められないんでしたっけ、ここは」
「そーなのー。でも一応信用できる筋からしか募ってないから大丈夫な筈なの☆」
「…ならどうでも良いですが」
 あっさり言うと、善と呼ばれたそのお客さんはそこに居るひばりちゃんに頼む事もせず改めて手酌酒。
 直後。
「ここに来れば休めるって聞いて来た…っ」
「頼む…助けてくれ」
 げっそりとした顔で相次いで来たのは、亜麻色ポニーテールの紫ちゃん――芹沢青に、とっても大柄な鈴子ちゃん――久遠刹那。
 その後から、最早言葉もなくすたすたとボルドーのイブニングドレスを着たまりこちゃん――草間武彦まで歩いて来た。テーブルまで来ると、問答無用に青い顔で座り込む。
 そんな彼らを、何も言わずに見ている善。
 やがてそのままで、はぁ、と溜息を吐いた。
「…別に避難所にでも何でもしてくれて構わんからここのテーブルに来たなら騒ぐなよ。…静かに飲ませてくれ」
 と、善は何処か面倒そうに再び煙草に火を点けている。
 ………………この彼、何やら他のお客さんとはここに居る目的が違う様子。


■■■


 …やたら膨らんだデカい鞄をぶら下げているお嬢さんがどっかりとテーブルに着いていた。
 何故か碧ママさんも慌てだし。
 なんだなんだと疑問に思う雇われホステスさん一同だが、曰く、お大尽様よ! と何やら特別扱いらしいお客様な御様子。 …つまり羽振りのよさげなお客さんが来たって事ですね。
「――あー金はなんぼでもあるんや。この店で一番高いお酒と別嬪さん持ってきたってーな☆」
 得意満面で言ってのける彼女の目の下には泣きぼくろのように緑の星がちんまり煌いている。抜け目の無さそうな同色の瞳が…今はちょっぴり熱を持っていた。既に少々出来上がっている模様。
 そして、ほーら、と鞄から札束数枚適当に引っ張り出し、更にはまだ帯封がしてあるような分厚い札束まで無造作に出して店のおねえちゃん?たちに見せもする。こんな稼げる事滅多に無いんや。たまにの事やからな、ツカせてもろた礼も兼ねてぱーっと景気良く使ったろ思うてこのホストクラブ来たんや♪
 と、その時点で、ん? と首を傾げた方数名。…ここはゲイバーと言うか俗に言うオカマバー。看板にある言い方でもニューハーフパブ。少なくともホストクラブでは無い事だけは確か。
 けれどその辺りは初めから全然気にするつもりはないのか、じゃあ指名上位のコ連れてきますねー良いコがたくさんいるんですよーと碧ママはさくっと言ってのけテーブルから香月ちゃーんかおるちゃーんと呼ばわり始める。問答無用。
 と、その時点で、うん? とお客さんが――後ろをひっそりと通り縋ろうとするまりこちゃんに気付き、じーっとその顔を見上げている。咄嗟にまりこちゃんの顔も背けられてはいるが、どーもあまり意味は無いよう。
 ぴたりと時間が静止した。
「…なんや、あんさん草間はんによう似とるなー、でもあのお人にはホストなんて勤まる甲斐性無いし別人やな」
 うん。とひとり頷きその年若そうなお客さんはにこっと笑う。
 どうやら入ってくる前の時点で自販機チューハイの一本でも空けて来た模様。
 素面なら多分即バレの筈。
「でもまあおもろそーやからあんさんも来ぃや☆」
 と、こいこいと手招きし…お客さんには逆らわないのっと言う碧ママの無言の圧力により、まりこちゃんお客さんのテーブルに。

 で、暫し後。
 高い酒と言う事で持って来られた二百万とゆードンペリわパーっと開けつつ、大騒ぎ。
「なんやええケツしとるやん。うらやましーなー」
 ホストクラブに来たつもりでどーしてそこで違和感を持たないのか。とにかくお客さんはひょいっとまりこちゃんのお尻に触ろうとしてけらけらけら。
「…」
 悲鳴やら怒声を噛み殺して真っ赤になっているまりこちゃん。
「何や別嬪さんおーいなー、イケメンに囲まれるんは気持ちえーのー」
 シャンパングラス惜しげも無く傾けつつ、そのお客さんは香月ちゃんにかおるちゃん両脇に抱き寄せつつけらけらけら。
 その様子を撮りまーす、と言って嬉々としてぱしゃりと撮影したのは誰だったか。
「お、あんさんも別嬪さんや無いか。座りぃ」
「私ですか?」
 おー他に誰がいるー、とボトルを足しに来たモーリスににっこりと微笑み掛けるお客さん。
「御指名とあらば失礼しましょう。可愛らしいお嬢さん」
「うぅん。心得てるやないのーはよこっちこっちーあんさん名前はー?」
「モーリス・ラジアルと申します。以後お見知り置きを」
「ほー、外人か。んじゃモーリスでええんやな」
 にこにこにこと上機嫌なお大尽様。
 と、碧ママが少し離れた位置にいる、淡い緑の髪がとってもお似合いなあまねちゃんに声を掛ける。
「あまねちゃんも折角だからこっちにいらっしゃい☆ そこは切りの良いところで止めて良いから」
 碧ママのその声に気付いたか、あまねちゃんは素直にはいと受け答え自分の破壊した備品の片付け(…)を言われた通りに切りの良いところで取り止め、お大尽様なお客さんの方を見た。
 と、何故かお客さんも反応してそちらのあまねちゃんを見ている。
 そして、ぽつり。
「…今あまねちゃん言うた?」
「へ? え、ええ」
「奇遇やなぁ。うち、南宮寺天音ってゆうんや。同じ名前どうし仲良くしよなー」
「…」
 意外な言葉にちょっと目を瞬かせつつテーブルに来るあまねちゃん。
 と、お客さんこと南宮寺天音は、側に座ったあまねちゃんの背中を、ばんばんばんと豪快に叩いていた。
 けらけら笑っているのは変わらない。…酔っ払い暴走中。

「こっちも盛り上がってるわねー」
 賑やかなテーブルを見咎め、グラス片手にひょこりと顔を出したのは摩耶ちゃんと詩織ちゃん。
「む? ねーちゃんらお客人か。てーかどっちもきわどい格好しとるなぁ。うん採用ッ。ねーちゃんらええ趣味しとるっ♪」
 こっち来て一緒に飲みィ。折角や、人数多い方が楽しいわ☆
 そんな豪快な天音の言に、あら本当? 良いの? と遠慮している風にしつつも行動の方はちゃっかり天音に同席、摩耶ちゃんと詩織ちゃんは高給ドンペリ遠慮無くグラスに注いでもらって飲んでいる。
 ちなみに先程の出版関係者三人組――内一名は半分お手伝いさんしてくれたシュライン――に、何故か引きずり込まれてそれっきりな白衣の気の弱そうな青年――などなどなど、元々居たお客さんも何となく賑やかなこちらの席に紛れ出してお大尽様な天音のおこぼれに預っている。
 と。
 んじゃここらでそろそろからおけデュエットの定番行くで! 銀座の鯉の物語っ!
 わー、と沸きつつ、天音ちゃんまりこちゃん頑張ってぇ♪ と甘えた声でみちるちゃんやら鈴子ちゃんもそろそろ開き直りで後押しコール。
 …何でも良いですが一部曲タイトルの字が違う。

 ………………ところでそろそろ、ぐー、と紫ちゃんと桜花ちゃんがお互いひしっと抱き合って寝込んじゃってたりします。
 誰が悪戯心を起こしたか、そこにも一応、どなたかのカメラのフラッシュがぱちり。


■■■


「ここかぁっ!」
「出て来い南宮寺天音ぇっ!!!」
 と。
 ドスを利かせつつ扉を開けるが、店内の状況を見て停止する厳つい男たち。
 彼らは追っ手の方々。
 …何の追っ手か? それは南宮寺天音に店中の金を巻き上げられた闇賭場の用心棒らしい連中。彼らは彼女によって齎されたこの多大なる損失を補填しようと彼女をひたすら追い詰めにかかっていたのだ。
 が。
 ここだと目を付けた酒場の中から彼らをお迎えしたのは目の据わったガタイの良いオネェ様方。
 中からじろりと彼らを見ている。
 何やら異様な雰囲気がある。
「なぁにぃ…?」
「あんたも客かい…?」
「ちょうど良かったーだははあんさんらもこっち来ていっしょにやらへんー?」
 そんな中、上機嫌な親父ギャルひとり。…目的の相手…は相手…だが。
「わーい、やろやろー次は三番と七番がー」
 元気にそう言ったゴスロリドレスのアンティークドール? の側に、悪魔とでも呼んだ方が良いような、この世のモノとは思えぬ生命体がこの世の物とも思えぬ扮装をさせられ数体ふわふわと浮いている。
 で、ソファの上でぐーと寝込んでいるセーラー服姿のコの背中には、何故か作り物とは到底思えない黒い翼が生えており。
 そして扉の近くには、あぉーん、と追っ手の兄ちゃんらなんかより余程ドスのある遠吠えをする巨大な銀色狼がのしのしと歩いていた…。


 ばたん。
 自動的に外から閉められる扉。
 つまり、追っ手の方が恐れを為して逃げ出した。


 ………………そんなこんなで『MIDNIGHT ANGEL』の何が何やら訳がわからん乱痴気騒ぎは朝まで続きそうなのでありました まる



■後日談■


 ぽかぽか陽気の昼下がり。
 草間興信所。

 …草間零が先日シュライン・エマからお土産だと渡された数枚の写真をじーっと見て考え込んでいる。
 逃げたいのは山々だったが一応観念して普段の定位置に座り、いつもの如く煙草を吹かしている草間武彦にしてみると…あの写真を見ている零が何も言わない事が余計に怖い。ママさんや店のオネェ様方からオススメのお店情報手に入れてきたから今度は零ちゃんも連れて家族団欒で食べに行きましょ? とシュラインに宥められたが…肝心の武彦が立ち直るまでにはまだちょっと掛かりそうな気配。

 面白かったよねー綺麗なお姉様――本物の――もたくさん居たし、とにこにこ笑っている朔夜・ラインフォード。うん面白かったー、ジュースも美味しかったしー、と相槌を打つのは小悪魔や使い魔連れた瀬川蓮。
 助かったこれで給料日まで生き延びられる、と一応興信所内に一声掛けて、即、姿を消した相澤蓮。
 …以上三名プラス石神月弥、先日の某店での結果としては指名数ほぼ同数。初めから飛ばしていた朔夜が僅差で一応一位にはなるが、店の閉店がもう少し遅ければ恐らく並んでいたと思われる。つまり彼らはその分お手当て上乗せされて、楽しんで来た上に懐も潤うと言う幸運に恵まれた模様。

 あれくらいで音を上げるようじゃ、例えバイトでも水商売の仕事は勤まらないわよー? と笑顔でにっこり武彦を諭す葛生摩耶。…確かに草間さんはあれじゃ無理そうですよねさすがに今回限りですかとあっさり肯定する真咲御言。でも可愛かったですよ、草間さんも、とくすりと笑うモーリス・ラジアル。
 …何も聞こえないと言いたげに完全無視する草間武彦。
 そもそもあの状況に陥った理由からして完全不本意だったので。
 同様、不本意だったり成り行きだったりする方々はどーもほとぼりが冷めるまで興信所に顔は出すまいとでも思っている様子で今は姿無し。…但し石神月弥や柏木アトリ辺りの面子は例外。前者は芹沢青を宥めに、後者は雑貨屋さんにちょっとした用事があって居ないだけらしい。また、鬼龍真名も御家族のところに帰宅している様子であるし。

 …ちなみにあの後のお店の状況としては、居なくなった方々ぼちぼち復活したり新しいコを雇い始めて、ホステスさんと言うかコンパニオンさんの数は戻りつつあるらしい。
 そんな中、天音神孝はお客さん投げて壊した備品の弁償の為、未だに『あまねちゃん』の名でひとり働いている…と言う話だが真実は如何に。


【了】



×××××××××××××××××××××××××××
    登場人物(この物語に登場した人物の一覧)
×××××××××××××××××××××××××××

 ■整理番号/PC名:場合により今回の源氏名
 性別/年齢/職業

 ■0086/シュライン・エマ
 女/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員

 ■1449/綾和泉・汐耶(あやいずみ・せきや):詩織(しおり)
 女/23歳/都立図書館司書

 ■2318/モーリス・ラジアル
 男/527歳/ガードナー・医師・調和者

 ■2109/朔夜・ラインフォード(さくや・-):香月(かづき)
 男/19歳/大学生・雑誌モデル

 ■1985/葛城・樹(かつらぎ・しげる):ひばり
 男/18歳/音大予備校生

 ■1990/天音神・孝(あまねがみ・こう):あまね
 男/367歳/フリーの運び屋・フリーター・異世界監視員

 ■1892/伍宮・春華(いつみや・はるか):桜花(おうか)
 男/75歳/中学生

 ■2269/石神・月弥(いしがみ・つきや):るみな
 男/100歳/つくも神

 ■2259/芹沢・青(せりざわ・あお):紫(ゆかり)
 男/16歳/高校生/半鬼?/便利屋のバイト

 ■2295/相澤・蓮(あいざわ・れん):かおる
 男/29歳/しがないサラリーマン

 ■2528/柏木・アトリ(かしわぎ・-)
 女/20歳/和紙細工師・美大生

 ■0461/宮小路・皇騎(みやこうじ・こうき):早百合(さゆり)
 男/20歳/大学生(財閥御曹司・陰陽師)

 ■1790/瀬川・蓮(せがわ・れん):くるみ
 男/13歳/ストリートキッド(デビルサモナー)

 ■0576/南宮寺・天音(なんぐうじ・あまね)
 女/16歳/ギャンブラー(高校生)

 ■1979/葛生・摩耶(くずう・まや)
 女/20歳/泡姫

 ■1628/久遠・刹那(くおん・せつな):鈴子(すずこ)
 男/20歳/妖狼

 ■2158/真柴・尚道(ましば・なおみち):みちる
 男/21歳/フリーター(壊し屋…もとい…元破壊神)

 ※表記は発注の順番になってます

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 ※以下、公式外の関連NPC

 ■碧(みどり):我妻・正宗(あづま・まさむね)
 男/?歳/ニューハーフパブ『MIDNIGHT ANGEL』のオーナーでママ

 ■真咲・御言(しんざき・みこと):崇乃(たかの)
 男/32歳/本業はバー『暁闇』のバーテンダー兼、用心棒

 ■空五倍子・唯継(うつぶし・ただつぐ):唯(ゆい)
 男/20歳/大学生・似非陰陽師・霊能ライター

 ■鬼龍・真名(きりゅう・まな) ※WR「ソラノ」様のNPCさんです
 女/16歳/神官

 ■綾瀬・まあや(あやせ・-) ※WR「草摩一護」様のNPCさんです
 女/17歳/闇の調律師

 ■丹裏・鏡子(にうら・きょうこ) ※IL「江間なっく」様のNPCさんです
 女/29歳/飲食店店員/バーテンダー

 ■妙王・蛇之助(みょうおう・じゃのすけ) ※WR「神無月」様のNPCさんです
 男/?歳/弁財天の眷属

 ■北城・善(きたしろ・ぜん) ※IL「緋烏」様のNPCさんです
 男/30歳/狛鬼使い

 ■倣 李晋(ファン・リシン) ※WR「那季 契」様のNPCさんです
 男/28歳/【紺青茶房】の店主(実年齢不詳)

 ■香坂・瑪瑙(こうさか・めのう)
 女/20歳/大学生・ネットカフェのバイト長

 ■紫藤・暁(しとう・あきら)
 男/53歳/バー『暁闇』のマスター

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          ライター通信
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 …バカでしたごめんなさい(おい)
 と、のっけから微妙に後悔している深海残月ですこんにちは。
 軽い気持ちの思い付きって怖いものですね(今更)
 ともあれ、こんなイロモノ確定な依頼への御参加、本当に有難う御座いました(礼)
 毎度の如く、窓開けたその日付の内に発注下さった方こと今回は7名様の納期当日にお渡し…するつもりだったんですがリテイクやりましてズレ込んでます申し訳ありません期日ぎりぎりで納品しようとするのいい加減やめたいと思います…特に今回初めて参加下さった方、初っ端から遅れまして色々とすみません…(土下座)

 それと…察してらっしゃるかと思われますが実は今回、他クリエーター様のNPCさん数名に、各担当クリエーター様の了承を取った上でゲスト出演して頂いております。
 突然の事ですが御容赦下さい(礼)

 これは『今回限りの特別版』と言う事で…即ち『今回のノベルは、各クリエーター様それぞれの本編とは一切関係ありません』ので御注意を(元々、内容的に関係持たせたくもないと各方面から言われそうな気もしますが/汗)
 皆様のプレイングを頂いた後になって色々考えた結果、勝手にこうしてしまいました…と、毎度の如くいきあたりばったりな話なのですけれど(汗)
 と言う訳で今回のように他クリエーター様のNPCさんが突然ぞろっと登場するのはあくまで今回限りです。すべて私が決めた事ですので、今回登場した各NPCさんの担当クリエーター様へのお問い合わせは御遠慮下さいまし。意味ありげな登場をしている気がするところもありますが(?)それはあくまで気のせいに過ぎません。

 今後は『事前告知の上』でしか他クリエーター様のNPCさんが登場する事はありませんので、御了承下さい。

 で、内容としては今回は皆様、個別ごちゃまぜ状態で。
 同時参加な他の方のパートにも自PCの活躍?があったりするかもしれません。
 そして人数が多いだけ普段にも増し長くなってます(やめ)
 …これでも削ったんですがたぶんそろそろぎりぎりではと…(汗×∞)

 ちなみに。
 一番手間取ったのはホステス協力者なPC様方の源氏名と格好だったりします…なかなか決まらない…(汗×∞)
 ………………OP時点で希望源氏名と格好の記載頼めば良かったとまた更に後悔…(泣)
 いえ、服装は書いて下さった方も居ますが(汗)

 そしてやっぱり個別のライター通信は挫折しました…(遠)
 ここまでやってしまったらピンポイントな言い訳(言い訳かい)が何も書けません(そしてNPCにこの通信を任せるのも今回ばかりは完全に拒否されました/汗×∞)
 …また、資料的なものが実は全然あっぱらぱーなので(汗×∞)絶対嘘だと冷静に突っ込まれる可能性もあるかと思います…その場合も御容赦下さい…。

 と、言う訳で…こんなんなってしまいましたが、少なくとも対価分は楽しんで頂けていれば幸いです。
 また、何かやらせて頂ける機会がありましたら…その時は…。

 深海残月 拝

(………………ここまで書き終えた直後、自宅PC前にて密かに吐血☆/ばたり)