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<東京怪談・PCゲームノベル>


駅前マンション〜ある日の回覧板

 その日まわって来た回覧板の中の一文に、冠城流人はふと目を止めた。
 でかでかと大きな文字で書かれた『求む、綺麗な水場!』という言葉。人間の工事により行き場を失った蛟(みずち)に、新しい住処を探して欲しいとのことらしい。
「…さて」
 おもむろに茶葉を手にした琉人は、水場募集の記事が書かれた紙を持って立ちあがった。
 詳しい話を聞きがてら、お茶でもしようと思ったのだ。

 チャイムを鳴らすと、いつもより少し遅れて扉が開けられた。
「待たせてすまないね」
「いえいえ」
 今回が待たされたというより、いつもが早過ぎるのだ。普通このくらいのタイミングだろう。いやむしろもっと遅いかもしれない。
「さ、どうぞ」
 こちらの用事を聞く前に、老人はあっさりと中へ入るよう促してくる。
「お邪魔します」
 部屋の中にはすでに先客がいた。最近よく大家の部屋で見かける女性――天薙撫子だ。
「こんにちわ」
「こんにちは」
 お互い軽く会釈して笑みを交わす。
「天薙さんも蛟の件で?」
 お茶会用に持参してきた美味しいお茶と、もちろんそのお茶に合わせて吟味したお茶請けとをテーブルの上に出し、勝手知ったるとばかりに――というか、大家がすでに琉人の行動パターンを察知していたらしく、いつの間にやら沸かしたてのお茶と急須と湯のみが机の上に並べられていた――お茶を淹れ、他愛のない世間話のノリで口にする。
 が、撫子にはその件はまったく知らないことであったらしい。
「蛟の件?」
「まだ聞いていなかったんですね」
 オウム返しに聞き返してきた撫子の前にお茶を出し、持って来た回覧板の紙を見せた。
「これは?」
「ここの回覧板だよ」
 老人の答えを聞きながら、撫子は紙に書かれた内容に目を走らせる。
 撫子がそれを読み終わるのを待つ間に――ほんの数分程度だが――のんびりまったりお茶を飲む。至福のひと時である。
 しばらくして、撫子は紙から目線を上げて穏やかに微笑んだ。
「そういうことなら是非お手伝いさせてください。…その蛟さんはどこにいらっしゃるんですか?」
「ええ、私もそれを聞きたくて来たんですよ。他に協力者がいるならその方たちともお茶会……いえいえ、会議を開いた方が良いと思いまして」
「そうですねえ…」
「蛟の住処はここから歩いて十分くらいの場所にあるのだが、マンションの新築とやらで住処の池が半分以上も潰されてしまってなあ…――」
 と。老人が唐突に立ち上がって玄関に向かう――その十数秒後。なんともちょうど良いタイミングでチャイムが鳴らされたのだった。

 さて、老人に連れられてやって来たのは三人――シュライン・エマと海原みその、それに龍神吠音。知らない顔もいるということでさらりと自己紹介をして、集まった理由をそれぞれに話す。撫子、琉人、吠音の三人は蛟の住処探し。シュラインとみそのは、流れが乱れていてそれを一時的に整えている人がここにいると思われたのでそれが気になって…とのことらしい。
 シュラインとみそのの問いの答えは大家の老人が持っていた。
 蛟の池が潰されたことで流れが乱れ、新しい住処が見つかるまで蛟が少しでも生きやすいように流れを整えているのだそうだ――大家本人が。
 話を聞いて、シュラインとみそのも蛟の新しい住処探しに協力することとなった。
 シュラインの元の仕事はその新築マンションの怪奇現象の解決。おそらく池を潰された蛟が原因なのであろうとすぐに予想がついたのだ。ならば、蛟の新しい住処を探すのは怪奇現象の解決にも繋がる。
 一方みそのはもともとが神に仕える巫女である。それに蛟といえば龍に属する神の者。可能な限りお手伝いしたいと思うのは自然な流れであろう。
「まずは水場を探すのが先決ね」
 シュラインの発言に、一同そろって頷いた。
「…まず水場を見つけなければ、住めるかどうか相性をみることもできませんものね」
「綺麗な水場探しか、得意分野だ」
 多少胸を張りつつ、吠音が言う。
「ああ、あとは別の龍神様にお聞きしてみるというのも手ですわ」
 ぽんっと撫子が穏やかに告げた。
「別の龍神様?」
 琉人の問いに、シュラインとみそのは思い当たるところがあった。
「水龍(すいり)様のことですね」
「そうねえ。何か良いアドバイスをくれるかもしれないし」
 こうして話し合った結果。一行は二手に分かれることとなった。
 この周辺で水辺を探す組と、水龍のところに話を聞きに行く組だ。
「候補を出したら実際に本人に見てもらった方が良いと思うんだけど…。動かしても大丈夫かしら」
「いや、止めといたほうがいいと思うな。結構参ってる感じだった」
 この中で実際の蛟に会っている唯一の人物、吠音が告げる。
「そうですねえ…。ではこちらから出向いて、先に蛟さんにどのような場所が良いか聞いてみましょう。そうすれば探す段階から絞ることもできるでしょう」
 そうしておおまかな方針も出してから、五人は駅前マンションを出発した。

 知り合いの龍神のところへ行くという二人を見送って、残る三人――琉人、みその、吠音――はまず蛟のいる池へと向かった。
 池はマンションによって半分どころかほとんど潰され、今は申し訳程度に水場が残るのみとなっている。
「わたくしが見つけた乱れはここのものだったのですね…」
 言いながらも、みそのはともかくこの周囲の流れを確認する。乱れた流れはマンションに導かれ、そこで少し正されてこちらに戻ってきている。
「蛟さん、いらっしゃいますか?」
 何故か魔法瓶の水筒と急須と湯のみをしっかり手にして、琉人が池の方へと声をかけた。
 と。
「はぁい〜」
 よれよれとした声が池の中から返ってくる。
 白く細長い――蛇のような姿をした蛟は、三人の前まで出てくるとぺこりと頭を下げた。
「お世話かけましてすみません〜。ありがとうございますぅ〜。本当は何かお礼をすべきなんでしょうけど、今はこうやって姿を見せるのも辛く…」
「そんなふうに言わないでくさいな。力を失ってしまったのももとはあのマンションが原因。貴方のせいではありませんもの」
「そうそう。だからさ、あんまり気になるなら、引越しした先で新しい場所を守ってくれればそれで良いし」
「どんな場所に住みたいんですか?」
 お茶を差し出しながら聞く琉人――が。蛇の姿の蛟は、手がないため、お茶を受け取れなかった。仕方なくお茶は地面に置かれたが、元気のない今の蛟では湯のみのところまで頭を持ち上げるのも大変そうである。
「ええと……私が生きていける場所であればどこでも…。住めば都と言いますし、多少向かない場所でも、住んでいればそのうち慣れると思いますぅ」
「そうですか?」
 蛟の答えを聞いて、三人はそれぞれに能力を発揮する。
 琉人は霊たちに水場の調査を頼み、みそのは流れを見る力である程度の力の集う場所を探す。そして吠音はこの場の水を通して龍の力を借り、水鏡を作って周辺の水場を探す。
 ちょうどその探索が終わった頃――龍神の元へ行っていた二人が蛟の池の方へと合流した。

 見つけた水場の場所や地形を蛟に伝え、最終的に残った候補は二つ。
「えーと、あんまり離れない方が良いのよね?」
「そうですねえ……。あんまり長い時間池から離れるのは辛いですぅ」
 言いながらも、蛟はするすると吠音の方へと寄って行った。
「あら?」
「龍神さんが気に入ったんですかねえ?」
 不思議そうな琉人や撫子を余所に、吠音は蛟に手を伸ばす。蛟はそのまま吠音の手に乗った。
「ん?」
 軽い調子で尋ねる吠音に、蛟は弱々しくも明るい声で答えた。
「龍神様に仕えてる方だからでしょうか…傍にいるとちょっとラクですぅ。これなら、引越し先を見て回るくらいはできそうですぅ〜」
「そうですか? それはよかった」
「それじゃ、行きましょうか」
 そして一行は一番近いところから順に水場を見て行くことにした。

 まず近い方の水場。そこはあまり広い池ではないが、神社のほとりでなかなかに静かな場所であった。
 それに、神社の敷地内であれば今回のように住宅建築で池が潰されてしまうこともそうはなかろう。
 問題はといえば、神社ということはすでになんらかの神様が住んでいるだろうと言うことである。
「すみません……少々お願いがあるのですけれど……」
「話をしてくださらないでしょうか?」
 みそのと吠音が声をかけると、その神社の神様らしき者はすぐに姿を現わした。
「ん?」
「こちらの蛟さんが住んでた池を潰されて困っているの。こちらの池に住まわせてもらえません?」
 シュラインがそう説明をすると、その神様はじーっと蛟を見つめる。
「まあ、構わぬか。どうせその池には今はなにも住んでいない。別に問題はないと思うぞ」
 案外とあっさり決まって、一行は少々拍子抜けもしたが、きちんと礼を告げて、再度蛟に意思確認をする。
「一応、候補地はもう一つありますけど…どうしますか?」
「ここで大丈夫ですぅ。せっかく見つけてくれたのにすみませんけどぉ、良いって言ってもらえましたし〜。それに静かで居心地も良さそうですぅ」
 琉人の問いに、蛟はにこにこと明るい声音で答えた。
「そう? なら良かったわ」
「いやあ、無事新しい住処が決まって良かったなあ」
「はいぃ。いろいろありがとうございますぅ」
 ひょいと池に飛び降りた蛟は、次の瞬間、ふわりと長い髪を揺らして振り返った。
「先ほどはせっかくのお茶をいただけずにごめんなさいね〜」
「あら、もしかして白い着物の女性って…」
「はいですぅ。最近は人の姿になる力もありませんでしたけど、最初の頃はなんとか気付いてもらおうと頑張ってたんですぅ」
「では今ならお茶を飲めるんですねっ」
 妙に意気込んで言う琉人に、蛟はにっこりと微笑んで見せた。
 その笑顔を受けて琉人はますます気合を入れて、宣言する。
「ではせっかくです。皆で引っ越し祝いのお茶会をしましょう」
「ここで騒いだら神様にご迷惑になりませんか?」
 みそのの言葉に、吠音も同感だと頷いた。が。
「構わぬよ。何も知らぬ人間に騒がれるのは腹が立つが、おぬしらのような者ならば歓迎するぞ」
 響いた声に一行は顔を見合わせて明るく笑った。

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   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  
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整理番号|PC名|性別|年齢|職業

2209|冠城琉人 |男|84|神父(悪魔狩り)
1388|海原みその|女|13|深淵の巫女
0328|天薙撫子 |女|18|大学生(巫女)
2619|龍神吠音 |男|19|プロボクサー
0086|シュライン・エマ|女|26|翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員

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         ライター通信          
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 こんにちわ、日向 葵です。依頼にご参加いただき、どうもありがとうございます。
 蛟さんの引越し先探索、お疲れ様でした。

 いつもながら楽しく書かせて頂いております、お茶会(笑)
 今回あまりお茶の描写が出せなかったので、最後の最後に大活躍(?)していだたきました。