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東京怪談 remix FAITH-FATALITY ■ 01.『探偵』の来訪
■オープニング■
暖色のライトに照らされた店内。
黒服の男がふたり、カウンターに着いていた。
彼らの前にはグラスが置かれている。
「………………どうして『ここ』なんだ、ディテクター」
「…嫌ならお前まで来る事は無かったんだが？」
「俺が手前のお目付け役だって事忘れてんじゃねえだろうな…」
「…それもお互い様の話だろう？ 狂犬染みた男と付き合わにゃならんのは俺も大変でね」
「…ンだとぉ！？」
「…騒ぐと追い出されるぞ？ 俺はそれでも構わんが。…仕事で無い時くらいはお前の姿が無い方が落ち着ける」
「くっ…何考えてるかわからねえような…いつ裏切るとも知れねえ野郎を放置出来ると思ってンのかよ…」
その何処か筋者風な男の方は、ち、と舌打つと、じろり、とカウンターの中にいる小柄な男を睨め付けるよう見上げる。睨まれた小柄な男――赤みを帯びた金、と言う異形の双眸を持つバーテンダーは、素知らぬ顔でグラスを磨いていた。
一方、ディテクターと呼ばれた男はその発言を聞き、ふ、と呆れたように笑う。
「…それもお互い様なんだがな。お前も下手に放置しておいたら危険な男だろうよ、鬼鮫」
そして、無造作に煙草を一本銜えた。
と。
当然のようにカウンターの中、グラスを置いたバーテンダーが店の名の入ったマッチを取り出した。
それを見て、ディテクターと呼ばれた男は少々意外そうな顔をする。
「…今日は『手品』は見せてくれないのか？」
「…すみません。今後はやらない事に決めたんですよ」
「…そうか」
「期待して下さっていたのなら、申し訳ありません」
バーテンダーの手許で、擦られたマッチの先端に小さな火が灯る。
ディテクターと呼ばれた男は当然のようにそこに煙草の先端を近付けた。点火する。
黒いグラスの奥に透ける瞳が満足そうに細められると、煙が吐かれた。
「…いや、構わんさ。これで充分だ」
「…有難う御座います」
バーテンダーは、すぐさまマッチの火を消すと、静かに目礼。
ディテクターの隣に座る鬼鮫と呼ばれた男は、それを視界に入れるなりこれ見よがしに、ふん、と鼻を鳴らすと顔を背けていた。
それを宥めるように、バーテンダーはオーダーされていた次のグラスを鬼鮫と呼ばれた男に差し出している。
…とある日の『暁闇』の風景。
そこに、からんとドアベルを鳴らし、入ってきたのは――。
■不意の御招待の訳は：天薙・撫子■
………………『今晩辺り、御暇でしたら是非御越し下さい』。
何か含むところがあるように、草間興信所でそうお誘い下さいました真咲様の科白。
少し、その事に引っ掛かりはしましたが、わたくしは素直に真咲様の仰るお店…『暁闇』に伺う事に致しました。
とは言え何分、このようなお店は初めてなのでちょっと緊張しています。
開店の時間帯。
街のネオンが灯る街並み、そんな中見つけた、目的のお店の小さな看板。
ドアに手を掛けようとします…が。
思わず、その手を止めてしまいました。
感じられたのは奇妙な気配。
ドアの向こうから。
…なんでしょう？
ひどく、引っ掛かる気配です。
胸騒ぎ染みたものまで起きる始末。
特に悪意のある霊気…ではないと思うのですが。
…わたくしはどうも霊気に対しては鋭敏に反応してしまうようなので、頭ではまずそちらを考えてしまいます。
考えるまでもなく、それは違うとわかっていても。
逃避…なのかもしれません。
無意識の内の。
ひとまず、『嫌なもの』だと思った訳ではありません。
気になると言っても、危険だとか…警告染みたものとか。そんな風に思えた訳でもありませんし。
よって、それ以上は特に気に留める事なく、店の中に入ります。
………………『わたくしは、気にしてはいけない』のですから。
ドアを開くと、からんとドアベルの音が鳴りました。
「いらっしゃいませ。…ああ、天薙さん」
いらして下さったんですね。
…と、中で迎えて下さった丁寧な声は真咲様のもの。
ですが。
それ以上に。
カウンターのところの異様な雰囲気に返す言葉が出てきません。
………………すぐに、わかりました。
真咲様が、ここにお誘い下さった理由が。
それはわたくしの予想通りでも…あったのかもしれません。
ちょうど真咲様の前の辺り、カウンター席に座っていたのはディテクター様と、鬼鮫様。
ＩＯ２関係では有名と言える方々です。
…面識は、ありました。
そう思った途端、鬼鮫様の方がわたくしを振り返りました。
ディテクター様はカウンターを向いたままです。こちらを見る事はしません。…ただ、わたくしの存在に気付いてはいらっしゃる様子で。
その、この方の喫われる煙草の煙が懐かしいと思えてしまうのは、わたくしも少しおかしいのかもしれません。
煙草の煙など、ずっと、出来れば避けたいと思っていたものな筈なのに。
「…こんばんは。鬼鮫様。…ディテクター様も」
無視をする訳にも行かず、挨拶をすると鬼鮫様は少し考えるような顔をしつつわたくしを見ます。
「…天薙の？」
「撫子と申します」
丁寧にお辞儀をし、鬼鮫様に名乗ります。
鬼鮫様は一旦顔を顰めると、曖昧に誤魔化し、カウンターに向き直ります。
わたくしに、何かお気に障る事でもあったのでしょうか。
…いえ、『天薙』である事それ自体がお気に障るのかも…しれません、か。
貴方様は超常能力者や人外の者を嫌う方ですから。
組織としての目的はある程度似てはいても、少なくとも鬼鮫様とは…決定的なスタンスが違います。
けれど決して敵ではない…故に、『天薙』には手が出せないだけ…お気に障るのかもしれません。
ディテクター様は何の反応もして下さらない様子。
少し寂しいですが、それも仕方無い事かと思い、ひとまず、御招待下さった真咲様の側――カウンター席に着く事に致しました。とは言え同じカウンターの…ディテクター様と鬼鮫様の側…はさすがに座り難いです。結局、御二方から少し離れた位置のスツールに、決めました。
と。
そこで初めて、ディテクター様がこちらに顔を向けて静かに少しだけ、頭を下げて下さいました。
無言で。
…他人行儀過ぎます、と責めたくなる自分がまずいと思います。
わたくしは『ディテクター様とは、ほんの少し面識があるだけ』の事。
決して近しい方では御座いません。
…『そうでなくてはならない』のです。
カウンターの向こう、真咲様がわたくしの前まで来て下さいました。
「お招き下さいまして有難う御座います」
「いえ。無理をお願いしたのはこちらのような気もしますから。御迷惑でなければ良かったのですけれど」
そんな真咲様の、笑みを含んだ科白に、ディテクター様と鬼鮫様の気配だけがこちらを向きます。
わたくしがここに居る理由を察されたからでしょうか。
真咲様が――わたくしをここに呼んだようなものだと。
恐らくは、ディテクター様の存在を、知らせる為に。
「御迷惑だなんて、そんな事はありませんわ」
「そうですか？」
「ただ、こんなお店は初めてなので…」
ひとまず素直にそう告げ、わたくしは苦笑していました。
と、真咲様はわたくしの緊張を解かせるつもりか、静かな微笑を見せて下さいます。
黒服の御二方の雰囲気を割るような強さがありました。
…そうでした。真咲様もまた、常ならぬ道に居た事のある御方。今はこの店のバーテンダーだとしても。
「あまり緊張なさらなくても大丈夫ですよ。…何をお出ししましょうか？」
言われ、少し考えてみました。
やはり勝手がわからないのでどうも注文すべき物が出て来ません。
…お酒を出して下さるところ…と言っても、清酒とお願いしてしまうと少し違う気もしますし。だからと言って洋酒もあまり良くわかりません。
何かジュースだと…この場では…どうも気が引ける気もします。
「…何か軽いものをお任せします」
「かしこまりました。ではお好みと…何か駄目なものがあるか…だけをお伺いしても宜しいでしょうか」
「駄目なものは…特にありません。好みと仰いますと…どちらかと言えばすっきりしたものの方が…」
「わかりました」
少々お待ち下さい、と軽く頭を下げ、真咲様はカウンターの中に居るもう御一方の元に向かいます。上役の方でしょうか。その方に何か告げ、再び軽く頭を下げます。と、そちらの方が薄暗い棚からお酒の瓶を取り出していました。その方が、作って下さるようです。
真咲様はこちらに戻って来られる前に、ディテクター様と鬼鮫様の前でふと止まりました。
「…まだ熱は冷めてらっしゃいませんか」
「…特にこいつがな」
真咲様は御二方を見ると、おもむろに問い掛けていました。
するとディテクター様が煙草を持った手で指すように鬼鮫様を示します。
…鬼鮫様の前、カウンターテーブルには空のグラスが置かれていました。
「もう一杯お出ししましょうか？」
「…同じもの、ストレート」
鬼鮫様は片手の指を三本揃え、真咲様に見せるように掲げます。
ただ、鬼鮫様は真咲様の顔を見ようとはしません。何処か不機嫌そうな態度で、ぶっきらぼうな話し振りです。
「かしこまりました。…それから。もう少し気配を落ち着かせて頂けると有難いのですが、御無理でしょうか」
鬼鮫様にそう仰いながら、真咲様はわたくしを見ました。
つられるようにディテクター様もこちらを見ます。
確かに、鬼鮫様程では無いですが、ディテクター様の方にも、何処か、はっとするような気配があります。
わたくしが異様な気配と思ったものと、真咲様の仰った熱と言うのは、同じものの事かもしれません。
カウンター席の御二方は共にそんな気配を纏っていて。
大丈夫かしらと気になります。
妙に殺気立っていると言うのか、いえ、そこまで具体的ではないのですが…何処か、恐ろしいような、そんな気配がありますので。
以前お会いした時とは、また何かが違っておりました。
………………『何者か』の『命』を、屠ってきた帰り道なのかもしれません。
それならば、納得が行きますから。
…わたくしも、優しいだけの世界に居る者ではありませんし。
御二方の『お仕事』――『その事』を、責める立場にも称える立場にもありません。
ただ、ひどく哀しくはありますが。
何故なら、他ならぬ………………。
思ったところで。
カウンターの中のもう御一方が、わたくしの元まで来て下さいました。静かに会釈して淡い桜色のカクテルが入ったグラスを差し出して下さいます。曰く、ダイキリ、と言うカクテルのバリエーションのひとつでロゼ・ワイン・ダイキリとの事。…洋酒にはあまり馴染みは無いかもしれませんが、お試しにどうぞ、と。
軽いものとの注文、それから特に、お酒の色をわたくしの着物の色に合わせて下さったようでした。
「有難う御座います。頂きます」
「…お待たせ致しました」
わたくしがグラスに口を付けるのと殆ど同時に、鬼鮫様の前にも真咲様の手でお酒が置かれます。先程掲げられた三本の指の意味がわかりました。ストレートのまま、グラスの中にそれだけの量を入れろと言う事。剣の道に居るだろう殿方の指、三本分。グラスの中身が何かは存じませんが、強いものなら相当の量だと思います。それに、真咲様とディテクター様の態度を見ていると、これが初めてのおかわりでもないようです。
鬼鮫様は、オーダーの伺い以外の事で真咲様と話す事はありません。
けれど真咲様も真咲様で、それが当然でもあるかのように、特に気にした様子は無さそうです。
少々、困ったような顔をしてはいましたが。
そんな中、からん、とドアベルの音が鳴りました。
店のドアを押していたのは、ステッキを突いた美しい殿方でした。わたくしもお会いした事はあります。セレスティ・カーニンガム様。リンスターと言う財閥の総帥をなさっている方でもあります。カーニンガム様はカウンターの中に優雅に頭を下げていました。柔らかく煌く長い銀髪が揺らめいています。いらっしゃいませ、カーニンガムさん、とカウンターの中からも丁寧に迎える声が投げられました。わたくしだけではなく真咲様とも顔見知りの方でもあります。
カーニンガム様はドアから入ったところでやや止まっていましたが、やがてゆっくりと中に入っていらっしゃいました。そして、鬼鮫様、ディテクター様の後ろを通ったかと思うと、そのすぐ隣のスツールに手を伸ばします。
初めから意識してはいましたが、わたくしではさすがに躊躇ってしまったその位置に。
「お隣、構いませんか？」
「…ああ」
「有難う御座います。では、失礼させて頂きますよ」
カーニンガム様は何事も無いようにそのスツールに座ります。
そして、そこで少し離れた位置に座るわたくしの方を見て、静かに微笑んで下さいました。
「…天薙君ですね。お久しぶりです」
「御無沙汰しております。カーニンガム様」
わたくしも丁寧に挨拶を返します。
「こんなところでお会いするとは思いませんでした」
「真咲様に御招待頂いたのです」
「そうだったのですか。私は少し顔を出してみようと思ったところだったので…奇遇ですね」
カーニンガム様はそう言うと、真咲様ではない方のカウンターの中の方を呼び、ラスティ・ネールを、と頼んでらっしゃいました。
続けて、またわたくしの方を向きます。
と、その時。
ディテクター様から声が掛かりました。
「そちらに…移動したら如何です？」
わたくしの方を見ながら、ディテクター様。
そんなディテクター様を振り返ると、カーニンガム様は心外そうに目を瞬かせます。
「お邪魔でしたか？」
「…いや、邪魔じゃありませんが…その方が話し易いのではないかと思いましてね」
「お気遣い有難う御座います。…そうですね、でしたら天薙君がこちらに来ては下さいませんか？ 見ての通り私は少々足が弱いもので一度座ると移動するのも大変なのですよ。
…年寄りの我侭を聞いて頂けると嬉しいのですけれど？」
何処か悪戯っぽく微笑むカーニンガム様。
わたくしは少し慌てました。
…わたくしがディテクター様と鬼鮫様の事をずっと気に留めている事に、気付いてらっしゃるようなので。
それにこんな言われ方をしては、こちらが移動しない訳には行きません。
頂いたグラスを持って、カーニンガム様の隣の席に移動しようと席を立ちます。
「え、あ、はい。…ではお隣に失礼致します」
「どうぞ。こちらの我侭を聞いて下さって有難う御座います。
…それから、お優しいんですね。君も」
カーニンガム様はさりげなくディテクター様にそう振ります。
…カーニンガム様も、お気付きのようです。
ディテクター様が、ほんの数週間前まで、いったい誰であったのかを。
「…優しい？」
ディテクター様は意味がわからない、とでも言いたげな顔をなさっています。
カーニンガム様は静かに頷きました。
「ええ。…『変わってらっしゃらない』ようで安心しましたよ」
その科白で。
ディテクター様の雰囲気がまた変わったのがわかりました。
やや、険呑な方向に。
「…何のお話でしょう？」
「わからないと仰るのでしたら、問い詰めない方が良いのでしょうね」
「…」
ディテクター様は黒いレンズ越し、何処か探るような目でカーニンガム様を見ています。
それでもカーニンガム様の方は、穏やかな波間のように静かなままです。
「…御仕事帰りなのですか？」
「何故？」
「いえ、御連れ様がいらっしゃるようですので」
カーニンガム様はディテクター様の御隣の鬼鮫様を目で示します。
鬼鮫様はグラスの中身をあっさりと呷ってらっしゃいました。
「…それに」
「ああ、この気配のせい…ですか」
わたくしが異様な気配と思い、真咲様が冷めない熱と仰ったそれ、だと。
少しでも『わかる』御方であるなら、『それ』は決して無視し切れないものです。
明らかに、一線を踏み越えていらっしゃるとわかる、その気配。
カーニンガム様は静かに目を伏せました。
「…真咲君の居るこのお店にいらっしゃるのなら、御一人である方が自然では、と思いましてね」
「…そうでもありませんよ」
「そうなのですか？」
「ですが…まぁ、今回は貴方の仰る通りでもあります」
「………………おい、ディテクター」
咎めるような口調で鬼鮫様。
するとその科白を遮るように、煙草を持った手を翳すディテクター様。
「いい。問題無い」
「…それは手前が決める事じゃねえ」
「お前が決める事でも無い。…今のＩＯ２の方針を忘れたか？」
「…勝手にしろ」
不貞腐れたように、もう一杯と真咲様に頼む鬼鮫様。
ディテクター様の仰います、今のＩＯ２の方針――それは、場合によっては民間の霊能力者や超常能力者、人外の者からさえも手を借りる――と言う事。
…ですからこそ、わたくしも『御二方』と面識がある訳なのですけれど。
以前までは、わたくしのような立場では…ＩＯ２の存在は知っていても、その組織に関る人間がそれ程近くに姿を現しはしませんでした。詳しくはわたくしも知りませんでしたが、ＩＯ２と言う組織はどうも日本の退魔組織とは折り合いが悪かったようです。
彼らが日本の退魔組織…特にわたくしの家、『天薙』にも歩み寄りを見せたのは、ごく最近。
そして、ディテクター様と言う存在を知ったのは、もっと近い時期の事になります。
………………草間様が居なくなって、程無くでしたから。
『初めて』ディテクター様にお会いしたその時は、怖いくらいに、初対面だと――他人だと扱われました。
わたくしも、人を間違えているかと思ってしまったくらいですから。
ディテクター様は鬼鮫様を押さえると、再び口を開きます。
「仰る通り、仕事帰りですよ。…貴方も、お帰りの際は気を付けた方が良い。ひとまず始末は付けましたが…それでも、まだ予断を許さない状況ではありますから。
…連中が、狙う場所に再び来る可能性は否定出来ない」
「御忠告、有難う御座います」
「いえ、いずれリンスターの御力を借りる事もあるかもしれませんからね。…名を知られた財閥としての力が物を言う事もある」
「その場合は、喜んで御協力させて頂こうと思いますよ。…それが君の為になるのなら」
「そう言って頂けると、ＩＯ２は大変感謝致しますが」
…言っている事が、微妙に噛み合って無いような気が致しました。
カーニンガム様は、ディテクター様個人に対しての自分の協力を。
ディテクター様は、ＩＯ２と言う組織に対してのリンスターの協力を。
それぞれ、約束したような。
勘違いと言う訳でもありません。
御二方とも、わかっているような気がします。
それでも、御二方とも訂正しません。
…それがお互い、譲れない一線と言う事なのでしょうか。
沈黙が続きます。
カウンターの中のもう御一方がカーニンガム様の前に淡い茶に色付いた甘い香りのするお酒と氷が入ったグラスを置いた事、真咲様が鬼鮫様の前に再びのおかわりを置いた事、それだけが動きと言えるすべてで。
後は、ディテクター様の持つ煙草からの、紫煙が燻るだけでした。
やがて、暫くの無言を通した後、ひどく抑えた声で…ディテクター様が口を開きます。
「…本当に『変わっていない』と思いますか」
「ええ」
即座に頷くカーニンガム様。
何の事かと確認もしません。
…今、そんな言い方で問われる事はひとつしか、ありませんから。
何の含みも無いカーニンガム様のその態度を確かめてから、何か、考えるようにディテクター様は煙草を唇に挟んでいます。
それっきりで、もう何も仰いません。
ですが、カーニンガム様の方が。
供されたグラスに指を伸ばしながら。
さりげなく。
「…ですから、決して二度と戻れないとは思わないで下さい。君の本質は何も変わっていない」
瞬間、ディテクター様の動きがぴたりと止まるのがわかりました。
訝しげな表情で、鬼鮫様がディテクター様の様子を窺っています。
カーニンガム様は特に気に留める事無く、静かに言葉を続けていらっしゃいました。
「すべてが終わったなら、帰る場所がある事はお忘れ無きよう。…どうも今の君はそこからして忘れてしまいそうに思えます。すべてが終わった時に、最早…『草間武彦』と言う人間は存在しない、と思い込んでしまいそうな程に」
「…」
何も答えずに、ディテクター様は灰皿に煙草の火を押し付けました。
カーニンガム様は、ゆっくりとグラスを傾けています。
真咲様も、何も仰いません。
…わたくしは、ずっとそちらが気になってしまいました。
折角、御招待頂いたと言うのに。
黒服の御二方、それとカーニンガム様の事ばかり。
お酒の味も…美味しいとは思いますが、心置きなく楽しむ事が出来ません。
…気が付けば、グラスの中身がありませんでした。
わたくしはいつの間に空けてしまったのでしょう？
「…草間様」
「…」
「…誰だって？」
「………………零様の事、放っておくつもりだったのですか」
「…天薙？」
「草間様が急に居なくなって、どれ程心を痛めているのか想像も付きませんか。わたくしは詳しい事情は存じませんが、貴方様が興信所から姿を消した、そこまではのっぴきならない事情があったと、仕方無いとしましょう。…ですがそれっきりでもう二度と帰らないつもりだったとなれば話は違います。そんなつもりで姿を消したのですか。それは自分が手を汚すとわかっていたからですか。以前の自分とはどうしても変わってしまうと思えるからですか。…そんな事は何も関係無い筈です。貴方様が居る事、それが零様にとっても皆にとっても一番かけがえの無い事だと草間様はわかってらっしゃる筈です。手を汚したの勝手をしただのそんな事は何も関係無いんです。勝手に決め付けて動かないで下さい。わたくしたちはずっと待っております。例え貴方様がどれ程手を汚そうと関係無いんです。わたくしたちを巻き込まない為に姿を消したと仰るかもしれませんが、勝手に消えられた方が残されたものが追い掛けてくるとは思わないのですか。今のままでは、草間様のわからないところで零様や皆様が巻き込まれる可能性は増えますよ」
「…あの、天薙さん？」
「鬼鮫様も鬼鮫様です。貴方様はもう不惑にもなると伺いました。それで超常能力者だ人間だと区別を付けいちいちこだわり意地を張る…他ならぬＩＯ２にいらっしゃる方がそれで良いんですか。普通の表の機関に居られる方ならそれは仕方無いと思います。ですが貴方様は違いますでしょう。法に則る組織であるならそれらしく、外見では無く内面で善良な市民か犯罪者か区別して動くべきでは無いのですか。超常能力者や人外だと思ったら問答無用で殺す程子供のままで宜しいのですか。わたくしに対する態度だってそうです。わたくしの、『天薙』の存在が不愉快であるならそれで構いません。ですがそれに対し御自分の半分以下の年の小娘でもすぐに拙いとわかるような態度を取るのは如何かと思います。…違いますか」
「…」
誰からも返答が帰ってきません。
呑まれてしまったような気配です。
…って、どなたにでしょう…？
「…真咲」
「…はい？」
「…天薙は未成年だ」
「…それは大変失礼致しました」
ディテクター様の指摘で、真咲様の…少し驚いたような声が聞こえました。
…ところでわたくし、何か変…ではないでしょうか。
頭に来て仕方がありません。
ディテクター様の事も。
鬼鮫様の事も。
………………肩肘張って、格好ばかり付けないで下さい！
草間様には零様と言う守らなければならない方が居たでしょう！？
鬼鮫様だって他に大切な事があって、今居るその道で戦っていたのでは無いのですか！？
遠くで溜息が聞こえます。
困ったような顔が見えます。
「…どうする？」
「どうもこうも…何も知らずにお誘いしてしまったのは俺ですから。責任持ってお送り致します」
「私が部下に送らせても構いませんが？」
「お客様に御迷惑をお掛けする訳には参りませんよ」
「そうですか？」
遠くで聞こえるふたつの声。
お誘い下さったこちらの店員様と。
足が少々弱そうな、けれど美しい、銀髪の…財閥総帥様。
「…まったく、な」
「何なんだその娘っ子は」
「…随分鋭いところを突かれたんじゃないか？」
「そりゃ手前だろ。『草間様』？」
「…お前こそ、『忘れ物』を思い出したんじゃないのか？」
「…黙りな」
「…同じ事をそっくりそのまま返そう」
次には『居なくなってしまった人』の声がします。
別の場所に居る事は、元々知ってはいます。
…わたくしの家も、日本の裏側ではそれなりに知られた退魔の血族ではありますから。
ＩＯ２の方、とはわかります。
有名な方ですから。
ディテクター様と、鬼鮫様。
知っていました。
けれど皆に言えはしません。
止めさせるつもりもありません。
わたくしも、わたくしの立場がありますから。
その行動を止めさせる事も、零様に名を知らせる事も出来ません。
わかっています。
ですが。
それでも。
………………本当の本音は、別のところにあっても良いでしょう…？
駄目ですよ。
駄目です。
ひとりですべてをなさろうとするなんて、駄目ですよ。
こんな時にこそ仲間の手は必要なのではないですか。
要らないと言うのなら、いったい何の為に仲間が存在するのですか。
ディテクター様――否、草間様。
………………零様や、興信所の皆様を悲しませるような事は…どうかなさらないで下さい…！
【了】
×××××××××××××××××××××××××××
登場人物（この物語に登場した人物の一覧）
×××××××××××××××××××××××××××
■整理番号／ＰＣ名
性別／年齢／職業
■0328／天薙・撫子（あまなぎ・なでしこ）
女／18歳／大学生（巫女）
■1883／セレスティ・カーニンガム
男／725歳／財閥総帥・占い師・水霊使い
※表記は発注の順番になってます
×××××××××××××××××××××××××××
※以下、関連ＮＰＣ
■ディテクター：草間・武彦（くさま・たけひこ）
男／30歳／ＩＯ２エージェント：草間興信所所長
■鬼鮫（おにざめ）
男／40歳／ＩＯ２エージェント ジーンキャリア
■真咲・御言（しんざき・みこと）
男／32歳／バー『暁闇』のバーテンダー兼、用心棒（兼、草間興信所調査員）
■紫藤・暁（しとう・あきら）
男／53歳／バー『暁闇』のマスター
■草間・零（くさま・れい）
女／？歳／草間興信所所長代理、探偵見習い
×××××××××××××××××××××××××××
ライター通信
×××××××××××××××××××××××××××
いつもお世話になっております深海残月です。
何やら手が出し難かったかもしれない（汗）異界にまで御参加下さり有難う御座いました。
お酒…の件が未成年様に果たして良いのだろうかと迷った結果、当方の小柄なバーテンは天薙様の事をてっきり成人だと思っていた、と言う事で落ち着けてみました（笑）
確りしてらっしゃるお嬢さんですので。
ただ…「お酒が過ぎると」と言うには少々アルコールに弱過ぎましたかも（汗）。…えー、他の事を気にしながらだったので酒の方に殆ど意識が行かない状態で空けてしまい、つまりは飲み方のピッチが早くアルコールの回りが早かったって事で…お願いします（汗）
今回は…諸々の都合により、二名様の御参加になりました。
視点はPC様完全一人称で。とは言え最後にプレイングの『御説教』の部分を採用させて頂いたもので一人称では多少未消化っぽいかも知れませんが（汗）
二名様参加になったのは、頂いたプレイングから考えた結果です。
同時参加になりました他の方のノベルを見ますと、PC様がどう見られていたのかがわかります。
他、内容について語るべき事は特に何も無く…（と言うか今の時点では何も語れないとも／汗）
当方異界こと『東京怪談 remix』では、色々な路線を御用意させて頂く予定ですので、お気が向かれましたらまたどうぞ。
基本的には、何処から手を出しても構わない話にするつもりですから。
ちなみに異界窓口に関しては、後三回は連続で「FAITH-FATALITY」からOPを出す予定です（実際の受注は間に他の依頼系を挟みますが）
では、また気が向かれましたらその時は…。
深海残月 拝
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