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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


散花 -前篇-


[ 序 ]

 花が夜風に吹かれ、揺れていた。
 開花の季節などとうに過ぎたはずの火焔にも似た赤い花が。
 一面を鮮烈なまでの赤に染め上げ、花は風に揺れていた。


 一人息子の死と時を同じくして庭先に花が咲き始めたのだと昼下がりの草間興信所を訪れた初老の女性は語った。
「何があったというわけではないのです…。ですが…」
 一面が真っ赤に燃えているような庭を見ると、息子が何かを訴えたいのではないのか。何か心残りがあったのではないのかとそう思えて仕方がない。
 所長である草間にそう訴えるとそっと目元を拭う。
 息子に先立たれた母の悲哀を前に、草間は使い古された慰めも使うことは出来ずに次の言葉を待った。
「どうか…調査をしてはいただけませんでしょうか」
 搾り出すような言葉を前に、草間は諾と頷いた。


[ 1 ]

 古びた雑居ビルにかつかつと階段を駆け上る音が軽やかに響いた。
 制服の裾を翻し、海原みなもはビルの中の一室へと急ぐ。
 特に急ぎの用があるという訳ではなかったのだが、一度弾みをつけて上り始めた階段をどうせなら一気に上りきってしまいたかった。
 それに何より、学年末試験が今日で終了したという事もみなもの行動を軽やかにしているのかもしれない。
 目的の階層につくと、みなもはうつむいてふぅと軽く息を整える。
 手に持った鞄を両の腕に抱え直し、さらに二呼吸。少しだけ早くなった心臓の鼓動が収まるのを確認してから、みなもは顔を上げる。
 再び元気に歩き出し、草間興信所と書かれたドアの前に立つと、うるさい音を立てるブザーをあえて押す事はせずに、軽くノックをしてドアノブを回した。
 みなもにとって、この草間興信所に通う事はすでに日課の一部のようなものだ。
 中学生である自分が本当に役に立っているのか多少の不安はあるのだが、少しでも誰かの助けになるのならばと考えて、アルバイト代わりにすでにいくつもの依頼をこなしてきている。
 今日もいつものように、学校帰りに立ち寄ったのだった。
 軽く挨拶を済ませ、窓に背を向けて座るこの興信所の所長、草間武彦に何か仕事はと持ちかけようとした矢先に、玄関のブザーがけたたましい音で来客を告げる。
 その音に草間と無言で顔を見合わせると、みなもは床に置いた鞄を拾い上げ、さっと応接間を辞した。みなもが姿を隠したのを確認して、草間の“妹”である零が玄関先へと向かう。
 零がドアを開けるとそこには神妙な面持ちをした初老の女性が立っていた。


 みなもは結果的に盗み聞くような状況になってしまった事は不本意ではあったものの、女性の状況を聞くに放って置けないような気分になっていた。女性が興信所を後にした時にはすでに、自分がこの依頼を受ける事を決定事項になっていたといってもよい。
 依頼人が興信所に入ってきた後にやって来た女性と自分と同じ歳ぐらいの少年の二人連れが自分と同じように依頼を受けるべく草間に交渉しているのを後ろから見守っていた。
 二人が調査員として派遣される事が確定した後に、みなもは自ら草間へと調査に出る事を持ち掛ける。
 みなもの言葉に草間は短く「助かる」とだけ答えた。みなもを信頼しての草間の言葉に小さく微笑んだ。
 先の二人が依頼馴れしていないであろう事は、みなもにも見て取れた。みなもにしたところで、決して自信があるというわけではなかったがそれでも経験を積んでいるがゆえの慣れというものは身についているだろう。
「…とは言え、もう一人ぐらい大人の手があった方がいいかなと思うんだが」
 草間の言葉にみなもは頷く。自分が、中学生という立場である事はみなも自身が一番承知している事だ。
 調査員として派遣された人間が、そのような年齢の者ばかりだったとしたら依頼人とて不安になる事は容易に想像出来る。ならばこそ、依頼人に不安を与えないために、誰か大人と呼ばれる年齢の人間が加わる事に反対するはずもなかった。
「で、誰にお願いする予定なんですか?」
「ん? …あぁ、いや。
 実の所、まだ決まっていない。
 誰か適当に捕まえるさ」
 最後の最後で頼りない言葉にみなもは苦笑する。
「じゃあ、明日になって誰がいらっしゃるか楽しみにしてます」
 最後に、頼りにしてますよという言葉を忘れずに付け加えてからみなもは草間興信所を後にした。


[ 2 ]

 緩やかな坂の上に広がる住宅地。世間では、その土地に家を建てる事自体がステイタスと評される場所である。
 閑静な住宅街は、綺麗に整備され、一般よりも少し背の高い塀が通りすがりの他者の視線を拒絶していた。
 草間から手渡されたメモだけを頼りに目的の家を探し出す。慣れない土地で方向すら危うい状態であったが、電柱に掲げられた何丁目何番地という札を一つ一つ確かめながら、メモが示すのと同じ住所を探し当てる。
 先行していた柏木アトリ、昨日少年と連れ立って草間興信所を訪れた女性は、みなも達を振り返り、間違いはないか確かめる。
「間違いないみたいですね」
 みなもがそう答えると、他の者も肯定の意を示す。
 同行者は柏木アトリ、アールレイ・アドルファス、武田隆之の三名に増えていた。
 最後の調査員が武田になった経緯まではみなもには分からなかったが、最後の一人が依頼を一緒した事もある人間だった事が嬉しかった。
 四人を代表して、アトリがインターホンを押す姿を後ろから見守った。
 インターホン越しにいくつかの問答を終えた後、中から昨日草間興信所を訪れた女性、その人が姿を現した。
 はじめは、探るようにゆっくりと玄関のドアをわずかに開けてアールレイ達の姿を確認すると、今度は玄関のドアを開け放ち、深々と頭を下げた。


 通された居間はきれいに片付けられていた。草間興信所のそれよりも大きく立派な応接セットが余裕をもって据えられている。
 しかし、四人の目を引いたのは、応接間それ自体ではなく、そのガラス窓越しに見える庭一面をを埋め尽くす真っ赤な花であった。
 なるほど、女性の語った通りそれは火焔に似ていた。
 勧められてソファに腰掛ける四人に、女性は煎茶を用意すると自身もソファにゆっくり腰掛けた。
「何から、お話すべきなのでしょうか…」
 こういった事に慣れていないのだろう、僅かに困ったように首を傾げてから女性はポツリと呟く。
「息子が他界してから…、三ヶ月になります」
 最初は一輪だけ。その後、その花は枯れる様子もなく徐々に増えて、庭一面を覆うまでに増えたのだと言う。
「えぇと…。 あの花は彼岸花ですよね。
 最初から、このお庭にあった花なんですか?」
 彼岸花は野草としても一般的なものだ。群生していたものが単に狂い咲きしただけの可能性もある。
 みなもの質問は、それを考慮した上でのものだ。
「いいえ。 
 見ていただけばお分りいただけるよう、あまり縁起のよい花ではないですから…」
 別名を曼珠沙華。
 天上に咲く花と言われる事もあるが、やはりどちらかというと彼岸花と呼称する方が一般的である。家に持って入ると火事になるとも言われる花だけに、観賞用に育てた花ではないようだった。
 ならば、花を女性の息子が植えた可能性はない。あるいは、そこに何か埋められているのではとみなもは考えていたのだが、その可能性が消えた事が分かると。即座に何か他に情報はないかを探し始める。
「あのお聞きし辛いのですけど…、息子さんが亡くなられた理由は…」
 果たして口に出してよい事なのか迷ったが、けれどこの人の願いを叶えるためには訊いておくべき事だろう。多少の躊躇はあったが、みなもは女性に質問を投げかける。
「…息子は病気を患っておりまして。
 膵臓に癌が…。発見した時にはすでに…」
 三ヶ月。それは人によっては短いのかもしれないが、女性にとってはつい最近の事なのだろう。わずかに声が詰まったようだった。
「…申し訳ありません。
 息子の部屋に案内しましょうか?
 それとも庭へ?」
 そう言うと女性は四人の顔を見回した。


[ 3 ]

 アールレイと武田は許可を得て、庭へ。みなもとアトリは女性と共に息子の部屋へと別れた。
 女性が案内した部屋は、男性の部屋の割りにはにきちんと整頓されていた。窓際に据えられたベッドからは、庭が見渡せるようになっている。ベッドに横たわっていてもわずかに身を起こせば、庭に咲く彼岸花も目に入る位置取りになっていた。
 部屋にあるのは、机とその上のパソコン。オーディオに本棚、それにベッド。ごく一般的なものばかりである。
 部屋へ通されたアトリは、まずはどうしてよいのか分からないようで部屋の中をきょろきょろと見渡していた。
 ならば、多少勝手を知っている者が動くべきだろう。
「あの、息子さんの心残りのようなものに
 何かお気付きの点があるのでは…」
 みなもは息子の部屋に入る事で、生前の事を懐かしむような様子を見せ始めた女性にそっと促す。
「え…えぇ。そうですね。
 告知は致しました。息子も…自分の運命を受け入れているようでした。
 我々、少なくとも私と主人の前では…うらんだ様子もなく…。
 ただ時折、…寂しげな瞳をさせておりました」
 死にたいする想いではないというのならば、後は…。
「『また会う日まで』、『悲しい思い出』、『思うのはあなたひとり』。
 これらの言葉に心当たりはございませんか?」
 みなもの行動に促されたように今度は、アトリが質問する。
 全て彼岸花の持つ花言葉だ。道すがら、武田が話題に上らせたのであった。
 今回の依頼の話を聞いた時に、即座に思い出したのだと言う。柄にもないからと武田自身は一笑に伏していたのだが、なぜか無性に気になった。
「いえ…申し訳ないのですが。
 特定の女性とお付き合いをしていたというような事は…。
 ただ、写真を見ては思いに耽っていたようでした」
 その言葉で思い出したように、女性は本棚の中を探り始める。しばらくして、一冊のアルバムを取り出すと、みなもとアトリにあるページを開いて見せた。
 そこには空に咲く、色とりどりの大輪の花が浮かんでいる。
「花火…ですか?」
「はい。昨年の夏に末期であるという事を知らされた後
 しばらく旅行がしたいと…。
 おそらくその時のものだと思うのですが」
 アルバムは数ページに渡って花火ばかりが写されている。その他には海や空といった風景写真。
 素人の手による物のためか、きれいな写真ではなかった。だが、本人にとっては思い出を切り抜いたものと同じような物であったのだろう。
 みなもとアトリはさらに数ページを捲り、同時にひとつの写真に目を留めて互いに顔を見合わせた。
「みなもさん…」
「すみません。この写真は?」
 アトリの促しにみなもは強くうなづくと、女性へと呼びかける。
 みなもの呼びかけになんでしょうと答えると、二人が手にしたアルバムを覗き込んだ。
「…そ、それは…」
 写真には、庭に咲いているのと同様の彼岸花が写されている。ただ、写真に刻まれている日付からすると、まさしく彼岸の頃に咲いたものである。
「こんな写真があったなんて知りませんでした…。
 ……部屋を見るのも辛くて、しばらくは立ち入らないようにしていたので」
「この写真、調べさせていただいても良いですか」
 女性が小さくうなずくのと同時にアトリは、アルバムからその写真を抜き出す。
 撮影されたのは夜だろうか。背景は暗い。闇夜の中に、花だけがぼうっと浮かんでいる。
 写真を裏返すとそこには、性格が見て取れるような几帳面な文字で短い文が書かれていた。
『あの人に』
 みなもとアトリは異口同音に、その文を読み上げると確信を持った表情で顔を見合わせ、ゆっくりと頷いた。


[ 4 ]

 庭に降り立った武田とアールレイの二人は、花に圧倒されたように立ち竦んでいた。
 花は、庭を埋め尽くす勢いで咲いていた。おそらく花壇のあったであろう場所や、飛び石が置かれていたのであろうと思われる場所も占拠している。
「なんてぇか…、これはすごいな」
 武田は、思わずそう漏らすとガサゴソと仕事道具の用意を始める。
 これは絵になる。カメラマンとしての長年の感覚もそう告げていたし、また、『何か撮れる』と、これまでの経験もまた同様にシャッターを切るべきであると告げている。
 絞りを合わせ、ファインダー越しに見る風景は、武田が普段目にしている物と変わらない。けれど、カシャカシャと規則正しく軽快な音が続いていくと、時折不思議な気分になる事がある。
 そんな時は必ずといっていいほど、『何か』が写っているのだ。自分が望んでそうしている訳ではない。
 今回も、シャッターを切ってる内にそんな感覚に襲われた。これは…きたな。それは確信に近い予想だ。
 レンズを下げ、武田は一息吐くときょろきょろと周囲を見渡す。アールレイが満足げな表情をして立っている。
「綺麗だよね」
「あ、…あぁ、そうだな」
 いきなり掛けられた言葉の真意が汲み取れず、武田は生返事を返した。アールレイは、それに対しても気にしたような素振りを見せずにうんうんと頷く。
 もし、気に入らなかったらどうしようかと思ったけど。いい暇つぶしにはなったし。
「うん、満足。気に入った。
 これなら、協力しても…いいかな」
 そういうとアールレイはあどけない表情で満面の笑みを浮かべる。
「じゃ、一仕事しようかな」
 言うや踵を返し、アールレイは家の中へと入っていく、武田は事態が飲み込めず首を傾げただけであったが真っ赤な花の中で微笑むアールレイの姿に惹かれて、思わずシャッターを切っていた。


「ずっと、生臭い匂いがしていたんだよね〜」
 そう言うや、アールレイはいきなり女性とみなも、アトリの三人がいた息子の部屋へと乱入した。
「生臭い?」
 女性はアールレイの言葉の意味を汲み取る事が出来ず、鸚鵡返しに返答する。
「そう、潮臭いっていうのかな…。
 そこのオネーさんからも、近いものは感じるけど
 それはさほどでもないんだ」
 みなもはアールレイの言葉にわずかに動揺した。
 自身が、海に生きる者の末であればこそ、潮の匂いというものに心当たりがない訳がない。けれど、それが今、この状況にどう関係するのかが分からなかった。
 アールレイはうんうんと一人だけ得心がいった様子でうなづくと、部屋の中央に立ち、小さく鼻をひくつかせた。
 しばらく、それを続けるとおもむろに本棚をガサゴソと探り始める。それが何段目かになると、ようやく手を止めた。
「何か…あったのですか?」
 やはりアールレイの行動の意図が読み取れないでいたアトリが、そっと様子を探る。
 振り向いたアールレイの手の中には、小さく光る物の入った小瓶が収められたいた。
「はい、こんなのがあったよ」
 本棚の奥にしまわれていた小瓶。おそらく、人の目に触れさせないためであろう、その前には幅の狭い本が並べられ、目隠しの役割をしていた。
 手渡された小瓶をアトリと女性は様々な角度から見ている。けれど、虹色をしたそれが一体なんであるのか、心当たりがないようであった。
 二人から一歩離れた所で見守っていたみなもは、それが一体なんであるのか。おそらく、それを探り当てたアールレイよりもよく知っていた。


 帰宅後、一人現像のために暗室に篭った武田は現像液の中で、ゆったりと浮かび上がってくる画像を見つめていた。
 何枚目かの写真の現像に入った時に、撮影した時の確信が現実の物となった事に武田はやはりと言う思いと同時に困ったような笑みを浮かべた。
 心霊カメラマンってのは、うれしくないんだけどなぁ。
 とは言え、写真に写したものに嘘がない事は自分自身が証明出来る。ならば、これは本物だ。
 草間への報告には、外す事は出来ないだろう。
 最後の一枚の現像を終え、部屋を出ようとした武田はアールレイを写したはずの写真に予想外のものが写っていた事に、再び困ったような笑いを浮かべた。


[ 終 ]

 後日、草間興信所へと集った四人は所長である草間に、依頼の途中経過を報告していた。
 調査の結果、発見した物品を借りてきている。それらを、草間の前に一つ一つ提示していく。
 依頼人の息子が取ったと思われる彼岸花の写真に、その裏の一文。そして、小瓶に納められた小さな光る物。
 最後は、武田以外の者はまだ目にしていない、彼岸花を撮った写真のうちの一枚だ。
 そこには真っ赤な花に重なるように、長髪の女性の姿があった。
「…これが、心残りってやつか」
 ポツリと草間が呟いた。


 今だ花は咲き続けている。
 彼岸へと旅立った者が此岸へと寄せる想いを伝える花が。
 想いは、まだ果たされてはいない。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)   ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

 1252/海原・みなも/女性/13歳/中学生
 2797/アールレイ・アドルファス/男性/999歳/放浪する仔狼
 1466/武田・隆之/男性/35歳/カメラマン
 2528/柏木・アトリ/女性/20歳/和紙細工師・美大生


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■         ライター通信          ■
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こんにちは。それから、はじめまして。
新人のシマキです。

この度は、初依頼への参加ありがとうございました。
さて、いかがでしたでしょうか?
私にとって皆さんが正真正銘、初のお客様となります。
少しでも記憶に残る物になっていればよいなぁと思ってます。

今回は解決には到っていませんが、後篇が随分楽になる展開になりました。
もし、気が向かれましたら『散花-後篇-』への参加お待ちしております。