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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


dimension

 こう言う社会のシステムが、悪人を作る羽目になるんだ、と玲璽は空に向かって悪態を付いた。
 大体、ろくな話もしねぇでヒトの性格が分かるかっつーの。ただ単に履歴書に書いてあった事を、しかもナナメに見ただけじゃねーか。どうせ、大した学歴もねぇからロクでもねぇ奴だと思ったんだろ、それなら元より、正直に『前科あり』って書いたって同じ事じゃねぇかよ。
 と、ぶつぶつ悪態を付いていたのは勿論口の中だけでだ。大した感情の昂ぶりではないとは言え、音で聞こえる言葉がヘタに言霊になったりして、周囲に影響を与えでもしたら面倒臭い事になるからだ。基本的に、玲璽がそうと意図して発した言葉でなければ、言霊にはなり得ないのだが、こう言う不安定な情緒の時には、気をつけるに越した事はない。
 …それぐれーの分別は付いてるっつうの。誰彼構わず牙を剥くのは、ホンモノのバカがする事さ。
 ちょっとした若気の至りで前科持ちとなり、一昔前なら腕に印の刺青でもされている所だが、勿論現代の世ではそれはない。が、玲璽が放つオーラの所為かどうなのか、真っ当な職に就こうとしてもなかなか上手くいかない。俺程度の悪人の情報が、世間に広く流通している筈などないから、これは単なる第一印象だの、書面上の経歴だのが影響しているに違いない、と腐って不貞腐れた末のツーリングだった。
 そんな、気軽な憂さ晴らしのつもりが、こんな事態を引き起こす事になろうとは。

 憂さ晴らし目的でのバイク転がしとなれば、交通規制など守っていては気分が晴れる訳もなく。玲璽は快調にエンジンを吹かしてタイヤを鳴らしていたのだが、ツイていない時はとことんツキがないと言う事だろうか。運悪く巡回中のパトカーに制限速度オーバーを見咎められ、真夜中の湾岸道路でちょっとした鬼ごっこをする羽目になった。
 っつか、こんな事で捕まる程、間抜けじゃねぇって。
 言葉どおり、鮮やかにパトカーを振り切って、対面二車線の広い道路から脇道へと逃れる。未だ響くサイレンの音をやり過ごそうと、暫しの休憩を決めた玲璽が迷い込んだのは、どうやら古い湾岸倉庫街のようであった。エンジンを切ってただの鉄の塊となったバイクを引きながら、街灯さえまともにない倉庫の間を歩いていく。点滅しているぐらいならまだましな方で、ヘタすると明かりがついていないどころか、街灯の柱が真ん中でぽっきり折れていたりする。今でも本当に活用されている場所なのかどうかさえ怪しい、寂れた倉庫街であった。重いバイクを押して歩くのがいい加減厭になった頃、玲璽は曲がり角の向こうで何か蠢く影を見た。何しろ、こんなに寂れた人通りのない場所だ。何かの犯罪行為が行われていたとしても全然不思議ではなく、違和感も全くない。玲璽とて、そんな悪事を取り立てて阻止しよう等と言う考えは毛頭なく、ただ単に好奇心だけで、玲璽はバイクのスタンドを立ててその場に残し、足音を忍ばせて曲がり角のこっちから向こうの様子を覗き見た。
 こっちに背を向けている人物、これは女性であろうか。光源が余りに少なく、はっきりとした様相や服装などは分からない。ただ、うっすらとした輪郭が見えるだけで、それから察するに、背は高いが線の細さが、女性的なラインを描いているから、そうではないかと予想をつけただけだ。
 もうひとり、その女性と向き合う体勢でいる人物は男性のようだ。背の高さや体格の良さなどからそうと知れる。この場所でこの組み合わせでは、どう考えても男が女を襲っている、としか想像できなかったのだが。
 …―――……ッ、…な、何…!?
 玲璽は、思わず我が目を疑った。もしかして、自分が予想した性別は間違いであったかとまで思った。何故なら、玲璽に背を向けている女が男の喉元を片手で鷲掴みしたかと思ったら、そのまま頭上へ大柄なと男を軽々と持ち上げたからだ。
 身長差や体格差どころか、重力さえも無視した行為だった。暗闇の中で何故かそこだけはっきりと見て取れた、女の赤い爪が男の喉に食い込む。男が手足をばたつかせて何とかその手を剥がそうとするが、食い込んだ爪がそのまま男の喉に生えてしまったかのよう、女の手はそこから離れる気配は全く無い。あの体格であれだけ暴れられれば、かなり厄介だとそれなりに格闘経験のある玲璽は思うのだが、女は寧ろそんな男の抵抗が楽しいとばかりに、時折指の力を緩めてわざと隙を作ったりして、完全に男を弄んでいる。それでも男の体力と生命力は、次第に弱くなっていく。抵抗もただの反射だけのようになった頃、女は遊び飽きたおもちゃを捨てるように、男の身体をドサリと無造作に放り捨てた。
 女の足元で、男の身体は冷たい道路で横たわったまま動かなくなった。それを女は、細腰に両の拳を宛がって見下ろしていた。やがて彼女はその場にしゃがみ込む。その場でごそごそと何かをする女の様子に、もしかしてこれは、少々手荒いがただの物取りかと、半ば玲璽が呆れ掛けた時だった。女が持ち上げたのは、男の財布でもなければ貴金属でもない。最早動かなくなり血の通わなくなりつつある、男の二の腕だ。何をするのかと玲璽の好奇心が身体を壁の影から乗り出すと、女は持ち上げた男の腕を、徐に口に咥えたのだ。
 ……な、んだ…ありゃ…?
 いや、噛み付いたと言うよりは齧ったと表現する方が正解か。ごり、と骨を砕く厭な音に続いて、何かを引き裂くような音がする。それが何を意味するのか、玲璽には分かるようで分かりたくないようで。とにかく、係わり合いにならない方が無難だと、玲璽の本能が警鐘を鳴らしている。視線は凍りついたように、その光景から離す事が出来ないまま、玲璽は爪先を地面に擦り付けたまま後退りをした。その踵が、これまたツキが無い所為だろうか。カツンと蹴飛ばした小石が飛んで、それがトタンの壁に当たって派手な音を立てた。
 派手な音、と思ったのは玲璽が酷く緊張していた所為かもしれない。或いは辺りがあまりに静かだった所為か。いずれにせよ、玲璽が蹴飛ばした小石が立てた音は女の耳にも入り、そこに第三者が存在する事を知らしめた。女が口から腕を離してゆっくりと振り返る。その顔は美しく魅力的な容貌であったが、今の玲璽には何より恐ろしい、、まさに鬼のように見えた。
 それが単なる例えでない事を、玲璽は後で知る事になるのだが。

 ゆらりと立ち上がった女は着物を着崩したような恰好をしており、そのしどけなさがまた色気となって纏わり付いているようだ。右肩を下げて片足に重心を乗せ、左手を細腰に添える。僅かな光の中、しかも近くはない距離が互いの間にあるのにも係わらず、玲璽には彼女が笑っている事がはっきりと見て取れた。
 「まさか、こんな所でこんな無粋な観客がいたとはねぇ…」
 笑いを含んだその声は妖艶ではあるがどこかに冷淡さも含んでいる。誰が無粋だ、そっちが勝手に殺ってたんだろ、といつもの玲璽なら言い返している所だが、今回は何故か声が出ない。恐怖の為、と言うのは少し違うような気がする。あえて言うのなら、異質なものに触れたが為の戸惑い…と言った所だろうか。それ程、女からは何か自分達とは別の何かを感じたのだ。
 「目撃者は消さないとねぇ…私も色々と背負ってる身、なんでね」
 くくく、と女が喉で笑う。女が言う、消すと言う言葉の意味が何なのかはすぐに分かる。恐らく、逃げ出しても完全に逃げ切る事は敵わないだろう。だとすれば、この場で決着を付けるしか、玲璽が生き続ける術はない。
 ヤるしかねぇな。…使うしかねぇ。

 「来な。食らっておしまい」
 女の静かな声が響いた。途端、玲璽の目前の空間が歪んでぼやけたかと思うと、そこから幼稚園児程の大きさの餓鬼がわらわらと落ちて来た。飢えと渇きにぎらぎらと血走った目を見開き、ぼってりと張り出した腹が異様だ。ぞわっと全身の毛が総毛立つのを感じた玲璽は、反射的に振り上げた片足で餓鬼共に踵落としを食らわせる。靴の踵でぐしゃっと潰れる厭な感覚は、到底生きた生物の物ではない。再びざわざわと鳥肌が立ち、思わず玲璽は意思を込めて言葉を放っていた。
 『消えろ!』
 言霊はその力を持って、目の前にいた数匹の餓鬼を瞬く間に煙のように消してしまった。それを見た女が、目を丸くする。
 「へぇ、おまえ、面白い技を持ってるねぇ…こんな人間が今の世にもまだいるとはね」
 「面白いって人の事言えるのかよ。あんただって、こんなの呼び出したり、さっきは…」
 「人の肉を食らってたじゃないか、って?」
 玲璽が言い淀んだ言葉をあっさり口に出して女が笑う。
 「ま、食らった所で腹の足しにもなりゃしない小者だけどね。私の仕事を邪魔するような輩はゴミと一緒さ」
 「仕事のライバルってだけで、ゴミ扱いされちゃな……」
 何となく、殺された男への同情を感じて玲璽はぼそりと呟く。そんな態度が気に入ったか、女はからからと乾いた笑い声を立てた。
 「それが当たり前の世界もあるのさ。おまえには分からぬ世界かも知れないがね。…さぁ、茶番はお終いだ。行くよ、ボウヤ」
 そう言った瞬間、女の赤い目がぎらりと光った気がした。今度は先程のように空間が歪む事もなく、何処からともなく飛び出して来た剣や刀が玲璽目掛けてすっ飛んでくる。それを水平方向に飛んで避けながら、『落ちろ!』と言霊を放った。けたたましい金属音を立てておちる武器を横目で見ながら、玲璽は先手を取ろうとした。地面を蹴って、女の方へと駆け出そうとする。が、それを一早く見切った女が、片手を静に空へと差し伸べる。その見た目たおやかな手に導かれたか、雨雲も無いのに空から雷が降り注ぎ、駆け寄る玲璽の歩みを止める。靴先の地面が黒々と焦げて煙がぶすぶすと吹きだすのを見、玲璽の目が丸くなる。と、同時に首筋の後ろを厭な汗が流れた。
 …マジでこの女、ヤバいんじゃねぇの……?
 言霊が操れるとは言え、己は唯の人間。だが、この女からは同族だと言う雰囲気が全くしない。次、とでも言うように立てた人差し指をこちらへと向ける女を、玲璽が険しい視線で見詰めていると、女のその指先から炎が噴き出て、玲璽目掛けて渦を巻いて襲ってくる。
 『消えろ!』
 咄嗟にそう叫んで炎に命じた玲璽だが、それとほぼ同時に女が放った「甘いね!」との言葉に言霊が打ち消される。いや、打ち消されると言うよりは、気迫で押し返されたと言うべきか。地面を転がりながら炎を避けた玲璽だったが、前髪が少し焦げてしまったようだ。改めて、自分の分の悪さを感じ取る。と同時に、口端には笑みが浮かんでいた。
 たまにはな、こう言う緊張感も必要だろ。
 一発勝負だ、玲璽は己自身に言い聞かせる。これが効かなければ、俺は終わりかもしれない。ゆらり立ち上がしっかりと二本の足で地面を踏み締める玲璽の全身から、篭める気合いがオーラとなって湯気のように立ち昇る。握り締める拳も爪が手の平に食い込みそうだ。視線は女から一瞬たりとも離すまいと睨みつけ、ぎりっと奥歯を噛み締めると、全身全霊の力と気迫を込めて渾身の言霊を放った。

 『動くな!!』

 ぴきぃっと、その場の空気が凍ったような気がした。女へと向けられた言霊は、その余りの威力の大きさに、女のみならず、辺りの大気にまでも作用したようだった。女は、言霊に囚われ、その動きを止める。玲璽の方へと伸ばした指先を動かす事ができず、初めて女の表情に焦りのようなものが浮かんだ。だが、それも一瞬。女の気迫は、玲璽の能力をも上回るのか、その指先がひくりと動き出すのを見、玲璽は咄嗟に女へと飛び掛かり、動きを封じるべく、伸ばされたその腕を捉えて捩じ上げようとした。
 「……ッち!勾音さんともあろうものが、油断しちまうとは……!」
 女は勾音と言う名前らしい。そう呟いたかと思うと、勾音は、自分の腕に組み付いた玲璽の腕へと、尖ったその歯で躊躇いもなく食らいつく。歯が食い込む痛みに顔を歪めながら、玲璽は咄嗟に勾音の頭にある【もの】を片手で掴んだ。
 その時初めて、玲璽は勾音の額に 鬼の角 がある事に気付いたのだ。
 ……こ、こりゃ……確かに【人】じゃねぇなぁ……。
 『砕けろ!』
 今度の言霊は、前回ほど気迫を篭めなくても能力を発揮したらしい。玲璽が握り込んでいた部分の角が、ばきりと硬いものが砕ける音を響かせて、粉々になって砕けてしまったのだ。
 「ぎ、ぎゃああぁぁあ!!」
 途端に凄まじい叫び声を上げて勾音が苦悶する。砕けた角の断面からは煙のようなものが登り立ち、それが収まる頃には勾音はその場に倒れ伏して動かなくなった。
 「……や、やった…のか……?」
 ぴくりとも動かない勾音に、ややビビりながらも玲璽は、面倒事はゴメンとばかりにその場から立ち去ろうとした。が、その足首を、いきなり勾音ががっしりと掴んで逃亡を阻止する。
 「うわぁ!生きてたのかよ!」
 「…おまえ、女を見捨てて一人で立ち去ろうなんて、男の風上にも置けないねぇ」
 むっくりと上体を起こして地面に座り込んだ勾音は、涙目でコメカミの辺りを押さえながら呻いた。
 「あ、……イタタタタ……酷い事をするねぇ、このボウヤは。私を殺す気かい、全く」
 「ンな事言ったって、あんたは俺を殺す気満々だっただろうがよ。さっきの男みたいに、俺まで食おうとした癖に」
 「何言ってンだい、男は女に食いもんにされて当然だろ?」
 意味が違う、と玲璽は首を横に振る。その様子を見て勾音はまたカラカラと乾いた声で笑った。
 「どうでもいいよ、とにかく私は、おまえの所為で頭痛が酷いんだ。女をこんな目に遭わせておいて、このまんまじゃ男が廃るってもんさねぇ?」
 「…何をして欲しいんだよ。言っとくが、金ならねぇぞ」
 憮然としてそう言う玲璽に、口許でにやりと笑いながら勾音は立ち上がる。
 「金なんてのは、男から貢がれても嬉しかないね。家まで送ってきな。…もう咬み付きゃしないからさ」
 「…立ち直りの早いオンナだな」
 呆れたような声で玲璽が言う。それでも、こっちだ、と停めたバイクの方へと案内する所を見ると、送って行こうと言う意味なのだろう。勾音もそれを察して口端で笑い、玲璽の後に付いて行く。
 「そりゃおまえ、キハクの違いさ」
 「気迫?」
 玲璽がそう尋ね返すと、勾音がゆるりとその頭を横に振る。
 「鬼迫さ。……もう分かってるんだろう?」