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<東京怪談ノベル(シングル)>


TRUTH

 銀河に旋律を奏でるあの汽車に乗って遠くへいってしまったカムパネラを探しても無駄。
 だけど、きっと誰でもカムパネルラと同じ切符を持っている。
 もう二度と一緒には歩めないけれど。
 ほんとう(真実)を探し歩いていくの。
 その道でだけはカムパネラといつまでも一緒に行けるから――。


 小さい頃は本を読むのが好きだった。
 ページに広がる物語の世界も、目の前の現実の世界も、私にとっては本当の世界だった。
 銀河に在るものすべてが真実だった頃。
 今は少し違う。
 真実はたった一つ。
 それを教えてくれたのは……。


□■


 月刊アトラス編集部――。
 
「碇さん、こんにちは〜」
 慣れた様子でドアを開け、ひょっこと顔を覗かせた崎咲・里美(さきざき・さとみ)に気付いた碇・麗香が資料に埋もれたデスクから精悍な双眸を上げる。
「あら、里美ちゃんじゃない。いらっしゃい」
 月刊アトラス。
 不思議を扱う、いわゆるオカルト雑誌であるが鬼編集長こと碇の指揮の下、取材は丁寧に行われ、この手の雑誌にみられがちな強引さや矛盾が感じられるというような半端な企画はない。
 面白いものをより面白くを方針に、真実に迫り斬り込む姿勢は読者だけではなく業界でも定評がある。それ故に、日夜事件を追い危険に身を晒す記者も多いのではあるが……里美は時折、自らここへ訪れる。
「また持ってきました。どうでしょうかー?」
 纏め上げたばかりの原稿を手渡し、大きな呼吸を一つ。
「……いいわね。面白いわ。テーマもいいし、そしていつもながら貴方の文章には魅力があるのよね。すぐ次号に差し込む手配をかけるわ」
 読み終えた原稿から瞳を上げた碇が静かに微笑む。
「ほんとですか? よかったー」
 両の手を打ち鳴らして笑顔を浮かべた里美に碇も心なしか目を細める。
 大きな黒の瞳を輝かせて笑う姿は、小柄であるという事も加算されて実際の年齢よりは幾許か幼く感じられる。
 そう、まだ少女なのだ。
「うちに来てくれると嬉しんだけどね」
 半ば溜息まじりの独り言を漏らす碇に里美が苦笑する。
「そう言って頂けるのは本当に嬉しいですけど……」
「いいのよ。貴方の気が変わるまで諦めないから」
 毎度繰り返される会話。
 事実、碇は里美の実力と才能を買っているし、里美にしても碇を上司として、また人間として深く尊敬している。だからして本業の新聞記者の傍らネタを掴んでは個人的に取材を重ね今日のように原稿を片手にここを訪れるのである。
 しかし、一つの場所に留まって真実を追究するのではなく、自由な場で真実を追究したい。それが彼女の望み。
 そして何より、個人的に請け負う裏での仕事にも差支えがありそうだから……。というのが彼女の本音。
 里美には敏腕新聞記者という肩書きの他にももう一つの顔がある。
 彼女にとって『真実』を追究することが全てなのだ。
「編集長ー」
 大きな声を上げて駆け込んできた男はアトラスの記者であろう。度々ここに出入りする里美にも顔に覚えがあった。
「まだ公にはなっていないのですが……」
 言い掛けて里美を視界に捉えると言葉を切った。
「彼女はいいのよ。続けて」
 碇に促され手にしたメモを広げて顰めた声で言葉を続けた彼から聞いた話は紛れも無く大事件だった。
「碇さん、あの……」
「いってらっしゃいな。でも見返りは要求するわよ? いい記事期待してるから」
「はい。ありがとうございます」
 見送る碇の笑顔に深くお辞儀をして編集部を飛び出した。


□■


「えーっと……、この辺だよね」
 例の記者から聞いた話を頼りにまずは聞き込みに乗り出した里美は地図と睨めっこ。
 連続殺人事件。
 こんな大事件が世間にはあまり公にされていないのには理由があった。
 ただの殺人事件ではなかったのだ。同一犯の犯行とみられ今月に入って既に四回目。被害者は六人。
 遺体はいずれも獣に喰い千切られたかのような壮絶な終焉を晒していたらしい。
 特異なこの事件に警察は都内に緊急警備を敷き、捜査は極秘に特捜チームが組まれ行われている。
 里美は過去に一件、類似した事件が起きているのを知っていた。
 それは他ならぬ里美の両親が殺された事件――。
 十年近く経つ今も、謎のまま解決されていない。もちろん里美も仕事の合間にその事件は追い続けている。
 両親は何を追っていたのだろう……。
 手掛かりは少なく、時々犯人が嘲笑っているかのように感じて口惜しい胸の痛みを覚える。
 長い年月、闇に閉ざされた真実。
 でも里美は決して諦めない。
『真実は常に一つであり、真実のないものはない』
 それは彼女がここに在る、そして在り続けるたった一つの真実。

 里美は第一の被害者の近辺から調査を開始した。
 数日後、最後の被害者の調査まで終えて立ち寄ったカフェで大きな溜息を漏らす。
 被害に遭った人達に共通点は見出せなかった。
 一男、二女を儲ける中年サラリーマンに女子大生アルバイター、海外旅行が趣味の熟年夫婦に結婚を控えた婚約中のカップル……。
「年齢も性別もバラバラ……被害者にそれぞれ面識はないし」
 店員が運んできたカフェラテから氷の崩れるカランという音が響いた。
「それにしても、もうすぐ結婚だっていう幸せな時に、巻き込まれちゃったなんて……」
 最後の被害者であるカップルの資料を取り出して目を留めた。
「結婚式……」

 思い立ったが吉日。
 気になる事はとにかく当たれ。
 これ取材の基本である。
 そんな訳で、里美の姿は都内の某ホテルにあった。

「お二人はどんな様子でしたか?」
 式、披露宴の打ち合わせは日程が差し迫るほど本格化し、衣装、進行、引き出物、列席者の席次表など、何かと休みの度に出向いては担当者と相談を進めることになる。
 その他にも新婚旅行の手配や新居の準備など忙しさは日毎に増してなかなか友人とゆっくり遊ぶ事もままならない。
 となれば、ウエディングプランナーは最近の彼らの様子を友人、知人以上に知っている可能性が高い。
「とても幸せそうであんなに楽しみにしてたのに……」
 既に警察の捜査が入っていたのであろう、里美が事情を説明する前に担当者はその場で号泣した。
 話を聞いてみると彼女は殺された新婦――になる予定だった女性とは学生時代からの友人なのだそうだ。
「辛い事をお伺いしてすみません……でも、真実が知りたいんです。ご協力お願いします」
 人生の舞台から何の前触れも無く引き摺り下ろされる悲劇。そして残された者の痛みを里美はよく知っていた。
 彼女がまだ十歳だった頃に揃ってこの世を去った両親。
 それは突然の出来事であり、幼い彼女にとってどれ程辛く悲しい現実であったことか。
 両親もまた今の里美と同じ新聞記者であった。
 忙しく飛びまわり、家族で遊びに出かけた記憶はあまりないが、それでも里美には尊敬する自慢の両親だった。父や母の働く背を見るのが好きだった。
 それは今も変わらない。
 両親を誇りに思うように、この仕事にも誇りを持っている。
 まだまだ父や母には及ばなくても真実を探し求める気持ち、それだけはきっと負けない。
「彼女……ウエディングドレスにはブーケの代わりに……テディベアを抱くんだって……とっても可愛いベアが見付かったのよ、って……本当に嬉しそうに……ううっ」
 何度も言葉を詰まらせながらハンカチで涙を拭い話してくれた。
「オープンしたばかりのアンティークショップで、オーナーが定期的に海外に仕入れに行くそうです……いいお店を見付けたって喜んでました……今度一緒に行こうねって言ってたんです……」
 里美は涙ながらに語ってくれた被害者の友人に何度も礼を述べ、必ず真相をつきとめてみせると約束するとホテルを後にした。
「そう言えば、第一被害者の男性は次女がもうすぐ誕生日だったし、女子大生アルバイターはぬいぐるみを集めてたって言ってたよね……老夫婦には三人目の孫が生まれたばかり……これって」
 何かが繋がった気がした。
「とにかく行ってみなくちゃ」
 足早に今聞いたばかりのアンティークショップへと向かう。


□■


 小さなビルの一階にその店はあった。
 オレンジ色の明かりが落ち着いた深緋の家具を優しく照らしている。
 オーナーらしき品の良い女性に話を聞くと事件の被害者達は確かにこの店でテディベアを購入したとの事だった。
「仕入れはご自身で海外まで行かれるそうですね」
「ええ。半年に一度。自分で選んだ物をお客様にご紹介できるお店を持つのが夢だったのよ。出す予定だった場所が急遽だめになってしまって新しい場所を探すのに苦労したのですけど、良い場所が見付かって良かったわ」
 小さいながらも手入れの行き届いた綺麗な店内に並べられた可愛らしい小物の数々を手に取り核心へと導く。
「可愛いですねー。テディベアは人気があるでしょう?」
「そうですねぇ、今回は五体用意したのだけどすぐ売れてしまって今はこの子だけなのよ。この子は私の私物で売り物じゃないのだけど……寂しいでしょう? だからそこに座って貰ってるの」
 我が子を慈しむようにそっとテディベアの頭を撫でる。
(「事件は四件。五体という事は……」)
「それ売れたのいつですか?」
「えーっと……少し待って下さる? 新しい商品が入ったらお知らせできるようにお名前と連絡先をお伺いした記録があるわ」
 架空の『テディベアの魅力』なる記事の取材を装ってベアを購入した客に連絡を取って貰った。
「ありがとうございます。今から伺ってみます」
 ペコリと頭を下げ慌てて店を飛び出した。
(「……まだ事件は起きていない。けれど急がなくちゃ。」)
 取るもの取らず駆けつけた里美だったが、まだ早い夕方、ベアを購入した客はアパートには居なかった。
 連絡は携帯電話だったようだ。若い女性だと言っていたし、もしかしたら部屋に電話はないのかも……推測してみて息を吐く。
「とりあえず“視”てみるか」
 独りごちて静かに目を閉じる。
 
 里美の視るビジョン――。
 四日後、このアパートで事件は起こった。
 深夜、乗り付けられたワゴンから飛び出す豹のような大きな金の獣の瞳が不気味に闇夜に赤く輝いている。
 ベアを購入した女性の部屋へと侵入すると喉許に喰らい付き、鮮血が飛沫となって部屋に飛散する。
 悲鳴を上げる間もなく骸になった女性が血の海に肢体を浮かべている。
「っ」
 里美は息を呑んだ。
 リアルな映像が頭から離れない。力が入らず震える手を感覚もなくバッグへと突っ込むと慌てて携帯電話を取り出した。
「もしもし――」

 両親が殺されたショックで突如目覚めた不思議な能力。
 里美は先一ヶ月くらいを自由に時間飛行できる。
 いわゆる『予知能力』というものだ。
 周囲には悟られぬように生活しているが、ただ一人、里美の両親の事件を担当していた刑事だけは知っている。
 その刑事に連絡を取り、今自身の眸で『視た』ことを伝える。

 四日後。里美の予知した通りワゴンが現れ、運転していた男が逮捕された。
 五件目になるはずだった事件は未然に防がれ、犯人も捕まり事件は解決したかに思えた。


□■


「ビースト・アウェイク?」
 獣の目覚め――。
「ああ、ヤツがそう言っていた」
 刑事からの電話で昼下がりの公園で待ち合わせた里美はコンビニで買ってきたおにぎりとお茶を手渡しながら聞き返した。
 逮捕後、取調べを受けた男は里美の両親を殺した事も自白し謎の言葉を残し発狂して死んだのだと言う。
 その死体は刑事たちの目の前で金の豹に変わったそうだ。今も司法解剖が続いているそうだが……とても信じられない話だった。

 結局、四件の事件は犯人が捕まった後も世間に公表される事はなかった。
 事件後、五体目のベアを調べてみると中からヘロインが出てきた。
 綺麗なけしの花から作られるアヘンから精製した強い鎮痛効果のある薬品。
 それが禁断症状を持つ麻薬であることは皆が知っている。
 多くの商品に紛れ日本に持ち込まれるベアに目を付け、取引に利用する予定だったが、予定外に店の場所が変更になった事を知らずベアを持ち出す事が出来なかったのだろう。
 お店を持つのが夢だったと語った嬉しそうなオーナーの顔が浮かんだ。
(「何も知らない人を利用した上に、幸せな人達を殺すだなんて……」)
 もしかしたら他に人目に触れてはいけない重要な物も入っていたのかも知れない。
 確かに犯人は捕まったけど――。
 長い間、捜し求めた真実。その欠片が明らかになった今も、もっと真実を知りたいという気持ちは変わらない。
「犯人は、実行犯だけど組織に飼われていただけに過ぎないんですね」
「ああ、恐らく」
「私、何年かかってもやっぱり真実が知りたい」
「それは俺も同じだ。里美ちゃん……無茶はするなよ?」
「大丈夫! 無茶はしない。でも……無理はするかも」
「おい!」
「忙しいからって不精しないでちゃんと栄養のある食事取って下さいよ? それじゃ、私取材があるので、また。」
 ぺろっと舌を出し、駆け出した里美が振り返って大きく手を振る。

 途中、通りかかった花屋にて。
「いらっしゃいませ」
「こんにちは。これ沢山下さい」
 里美が包んで貰ったのは白い小さなマーガレット。
 花言葉は『真実』
「カムパネラに会いに行くの。ちょっとおまけしてね?」

『真実は常に一つであり、真実のないものはない』
 だから私は、諦めたりしない。真実をこの手に掴むまで――。




=END=




■■□□
 ライターより

 崎咲・里美さまはじめまして。幸護(こうもり)です。
 まずは、お届けが遅くなりまして申し訳ありませんでした。

 今回はご指名頂き、素敵なお話を書かせて頂きまして本当に有難う御座います。
 死者と生者の繋がり、絆、共鳴する想いなどから『銀河鉄道の夜』のカムパネラを今は亡き両親にオーバーラップさせて綴らせて頂きました。
 もう少し深く里美さんの心にも触れさせて頂きたかったのですが事件の方で字数を割いてしまいました(汗)

 少しでもお気に召して頂けると嬉しいのですが……。
 では、今後も里美さんのご活躍を楽しみにそっと見守らせて頂きたいと思います。
 今回は本当に有難うございました。

 幸護。