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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


切り刻まれたアタシの行方


『アタシの足はどこなの?アタシの手はどこにいったの?ねえ、かえして?ねえってば……アタシの手も足も目も……一体どこに隠しちゃったの?』
赤黒いカタマリの前に蹲り、小さな白い手で彼女は何度も何度も揺さぶった。
 だが、それは応えない。
『ここにかくしたの?それともここ?』
 ぐちゃぐちゃと内側を掻き混ぜてみても、求めるものはどこにも見つからない。
『ねえ?アタシの体、どこにあるの?ねえ?ねえってば……どこにやっちゃったの?』



 相変わらず、世間は陰惨な事件で溢れ返っている。
 何気なく手にした新聞の三面記事に目を走らせてから、草間は憂鬱そうに溜息をひとつ吐いた。
 ろくな記事が載っていない。
 交通事故や家庭内暴力、虐待に横領。そんなものに紛れてバラバラに切り刻まれて放置された中年男の死がひっそりと綴られている。
 損傷の激しい遺体は、一部がいまだ見つかっていないという話だ。
 そうして、これは1週間前に起きた別の男の死体遺棄事件と関連付けて考えられるか否かが論じられてもいた。
 彼ら2人はいわゆる社会的地位の高さでは負けず劣らずの資産家でもあった。
「…………」
 朝から食欲を削ぐようなものを眺めさせるというのは実は結構悪趣味なんじゃないかと思う。
 だが、気分を変えるためにテレビをつければ、今度はもっと生々しく、もっとセンセーショナルに脚色された『情報』がまるで真実のように報道されていることだろう。
 それはそれでうんざりする光景だ。
 出来る事なら係わり合いにはなりたくない。
 そう結論付けて新聞をたたんだ朝から数えてまる4日後。
 興信所の電話がけたたましく鳴り響いた。
「…………………はい、草間興信所」
 心地よい眠りを妨げられた草間がやや不機嫌な声で応答する。
 これで間違い電話だったら損ねたこの機嫌をどうしてくれようかとすら思う。
 だが、幸いというべきだろうか。
 電話の主は草間本人であることを確認すると、黒岩清士郎の代理人と名乗り、淡々とした声で仕事の依頼を語り始めた。
 信じられないかもしれないが、バケモノが先生を殺しにくる。
 警察沙汰にはしたくない。もちろん、取り合ってももらえないだろうがこちらは命が掛かっている。報酬は弾むから秘密裏にこの現象を解決してもらいたい。
 こちらからの一切の質問を受け付けず、詳細な内容を大幅に隠蔽したまま、男は引き受けてもらいたいと繰り返す。
 草間は断るつもりでいた。
 『怪奇探偵』は自分が目指すところではないし、なにより彼の言葉は冷たすぎて何も訴えてくるものがない。
 だがそれでも、草間は引き受ける旨を最期には相手に告げていた。
 遠回しに脅されたとか法外な報酬を提示されたとか、そんなことではなくて、ただその裏に更に陰惨で胸の悪くなる何かが隠されているような、そんな予感がしたからだ。
 自身の勘の命ずるままに、彼は再び黒電話の受話器を取った。



 アタシの体をどこにかくしちゃったの…………?



 興信所の手狭な応接間は、ひとたび調査が開始されるとその打ち合わせであっという間に占拠されるものらしい。
「バラバラ死体なんて珍しくもなんともないってのが嫌な世の中だね」
「最近特に多く聞くものね」
 窓のサッシに寄りかかり肩をすくめる藤井百合枝に、シュライン・エマは調査ファイルを手に苦笑を返す。
「その事件の裏にもっと嫌なものがある確率の高さの方がもっと怖いけど」
 行き過ぎた愛情。行き過ぎた好奇心。行き過ぎた支配欲。そして、歪ませてしまった、もしくは狂わされた歯車を止められなかったがゆえの末路。
 今回の事件の裏側に潜んでいるのは、一体なんであるのか。
「これまでの事件との関連性を調べてみることも必要だとは思うんだけど……まずは依頼主との接触もしたいかな……」
 榊遠夜は感情を乗せない無表情のまま、傍らに蹲る黒猫の背を撫でる。
 黒岩清士郎、せめてその代理人と接触したいという調査員の申し出に対し、今日の15時30分に草間興信所に迎えを寄越す、それが向こうの回答だった。
 時計を確認すると、もう間もなく約束の時間がやってくる。
 現場での調査をするには、今は時間がなさ過ぎる。
「……響、汕吏、いっておいで」
 榊の声に反応し、黒猫と鷲の影はすっと首をもたげると、そのままふわりとこの空間から何処かへと消えた。
「わたしもまずは接触希望ね。このチャンスを逃しちゃったら交渉の余地もなくなりそうだし」
 ふわふわと波打つキレイな髪を茶色のカツラにしまい込み、黒縁の伊達眼鏡をかければ、アイドル歌手『イヴ・ソマリア』は、ごく普通のどちらかといえば地味な18歳の少女『朝比奈舞』となる。
 自分の持つ『知名度』が調査範囲に制限を掛けるなら、それは外してしまった方がいい。
 そして、この肩書きは利用価値の高いところで使用するからこそ意味がある。
「裏側はもうひとりに頑張ってもらえばいいんだし」
 くすりと小さく笑ってこぼしたその独り言を聞きとがめるものはいなかった。
「私もまずは依頼人に会うのが先かな。うまくいけば例のバケモノとやらにも遭えるかもしれないねぇ」
「あ、百合枝さんもそれ狙いなんだ?」
「というか、些か引っ掛かる物言いだったからね」
 バケモノが殺しにくる。
 そうはっきりと告げられるのは、それを目撃したか、もしくはそうされるだけの後ろ暗い何かがあるということだ。
「時間のようですよ」
 榊の声にあわせて、興信所の時計が鈍く調子の外れた機械音で3時半を告げる。
 そして、まるでそれを計っていたかのような正確さで一台の車が興信所の前に停車した。
「おや、お迎えが来たね」
「あの車はわたし達を一体どこに連れて行ってくれるのかしら?ワクワクするわね」
 イタズラじみた笑みを浮かべて、舞(イヴ)は百合枝と共にそれを窓から見下ろす。
「とにかく、黒岩氏の現在状況、周辺の聞き込み、バケモノの詳細、何故付き纏われるようになったのか、背後に何が隠されているのか、しっかり解明しましょ?」
 シュラインの言葉に、全員が了解の意思を返す。
「それじゃ、彼からの情報収集はお願いね?」
 調査ファイルやモバイルパソコンを鞄に滑り込ませながら、彼女は扉に向かった3人を見送るように手を上げた。
「え?シュラインさんはどうするの?」
「あんたは来ないのかい?」
 珍しいこともあるものだね、そう言いたげに百合枝が声をかける。
「ちょっと予定が重なってしまったの。あんまり大勢で押しかけるのも相手に威圧感を与えかねないし。だから、今回はちょっとだけ別行動」
「ふうん…なるほど」
「じゃあ、あとで情報交換って感じになる?待ち合わせしたくても今の段階じゃ無理よね?」
「そうね。とりあえず詳細な打ち合わせはこれを片付けてからにしましょっか?舞ちゃんたちには悪いんだけど……」
 階段を上がる足音が聞こえる。
 そして、興信所の扉が遠慮がちに3回叩かれ、向こう側から訪問を告げられた。
 最初に反応したのは榊だ。
 席を立ち、扉を押し開くと、そこには初老の小男が自分を出迎えてくれた彼に恭しく頭を下げ、黒沢の遣いだと名乗った。
 それに無言で礼を返すと、彼は肩越しに百合枝たちへ出発を促す視線を投げ掛ける。
「榊君が呼んでるわよ?」
「じゃあ、いってくるね?」
「何かあったら後で連絡するよ。じゃあ」
 迎えに連れられて、百合枝たちは興信所を後にした。
 そうして扉の向こうに消える彼女たちの背を見送ったシュラインの携帯にメールが届く。
「あら?」
バッグから拾い上げて確認すると、そこには待っていた相手の名前が表示されていた。
 件名は『これから地下へ』。
 今回、興信所に集まった調査員は自分を含めて4人。
 だがもうひとり、裏方に徹すると言ってこちらに姿を現さなかったものがいるのだ。
 彼からの連絡次第で、今後の自分の行動が少々変わってくる可能性もある。
「………あっちはとりあえず被害者の繋がりを調査なのね。了解」
 自分の行動と他の調査員たちの状況をレスし終えると、シュラインは階段を降りきり、その足で駅前通に向かって歩き出した。
 約束の時間まであと30分。少し急いだ方がいいかもしれない。



 シュラインからの返信メールを読み終えると、藍原和馬は手土産を抱えて薄暗く淀んだ裏路地に佇むビルの扉を押し開いた。
 護衛すべき相手の情報は正確に掴んでおきたい。
 これまでの経験上、センセーと呼ばれる人種でバケモノに付け狙われている場合、そのほとんどは自業自得という結論に落ち着く。
 清廉潔白な人物には、ついぞお目に掛かったことがなかった。
「百合枝、あぶねえ目に会わなきゃいいけどな……」
 黒岩邸へ探りを入れに行くのは3名。榊という少年の力は分からないが、イヴの能力なら少なからず自分は知っている。
 おそらく、多少のことは大丈夫だろう。
「ん?」
 ふと視線を横に滑らせると、自分の後を追うように、薄闇の中を黒猫の影が音もなくついてくる。
「どこの使いだ?」
 階段に反響する自分の足音を聞きながら、藍原は何気なく声を掛けてみたが、ソレが答える気配はない。
「ま、いっか」
 今回の調査員のひとりであることは確かだろう。
 自分に似た魔のニオイはするが、攻撃を仕掛けてくるわけでもなし。どちらかといえばむしろ協力的といえなくもない気がする。
 藍原はとりあえず自分の勘に従って、その猫を拾い上げると自分の肩に乗せた。
 しんと静まり返った廊下を通り、地下に続く冷たく狭い階段を一段飛ばして降りていき、そうして辿り着いた開店前のBARである。
 防音処置を施してある重い扉に手を掛ければ、それはギシリと軋みながらも口を開けた。
「さてと、シュウさんは出てっかな」
 体を滑り込ませた室内はぎりぎりまで照明が落とされ、道順を示すように並べられたキャンドルは仄かな香をまとって揺らいでいる。
 敏感な嗅覚を刺激するこの匂いだけは何度来ても慣れないのだが、ここの店主の趣味にとやかく言うことも出来ない。
 ほんの少し首を捻れば、肩の上の猫も不快そうにしているのが分かる。
 薄暗い店内を無難に進み、自分と同じ黒服の青年と軽く挨拶を交わしながら細い通路を数回曲がれば、その突き当たりにまた扉が浮かび上がる。
 軽くノックをして声を掛けると、少し間を置いて入って来いと了解の声がくぐもって返ってきた。
 遠慮なく入り込んだその場所は、ブラックライトに照らされた大きな水槽を中心に据えた、更に闇の濃い部屋だった。
 藍原は、熱帯魚達の住処を目隠しにして置かれたソファまでずかずかと突き進む。
「ども。ご無沙汰してます、シュウさん」
 屈み込んで声をかけると、眠気を纏わりつかせながらも気だるげに彼が上半身を起こす。
「おう、カズマか。めずらしいな、どうした?」
「実はちょっと今首を突っ込んでる事件があってね。シュウさんとこになんか入ってないかと思って」
 手土産の長方形の木箱を掲げて見せて、ウィンクする。
 男の目の前でゆるゆると勿体つけるようにその蓋を開け、包んでいる上品な布を解いていけば、青みがかった陶磁器の徳利が顔を覗かせる。
「これは……ほお…ほほお……」
 そこに書かれた銘柄を目にした途端、彼は年甲斐もなく破顔した。
「どうしても手に入らなかった限定モンの銘酒じゃねえか。なんだなんだ?何を聞きたい?今なら何でも答えてやるぜ?」
 ご機嫌な声で、獲物を狙う爬虫類のような視線を向けてチロリと舌で唇を舐める。
「てめえが聞きてえのは、一体どこのどいつの悪事だ?」
 藍原はそれを正面から受け止め、にぃっと口元を歪めて笑った。
「とりあえずこの3人をちょこっとね」
 酒の箱と一緒に彼へと手渡したカードの裏には、3人の男の名があまり上手いとはいえない文字で綴られている。
「はぁん……こいつらね。なるほど……」
 それを一瞥すると、気だるげに立ち上がり、彼は壁に打ち付けられている書棚の奥をがさごそと引っ掻き回した。
 そうして、『ほらよ』とぞんざいに投げ渡されたのは一枚のCD-ROMだった。
「そっちのパソコンで見ていけや。コイツは持ち出し厳禁。大事なお得意様が絡んでるモンだからな」
「ども。んでは、遠慮なく」
 藍原は猫を乗せたまま、日々オンラインゲームで鍛えているタイピング技術でキーボードの上に指を滑らせた。
 一瞬のタイムラグの後、25人の名前がずらりと表示される。
 ソレは、チカラ有るものにだけ許された類稀な嗜好のひととき。
 他者にはけして踏み込むことの出来ない特権階級的領域。
 そう信じて疑わない人間の欲望がデジタル化された文字となって次々と目の前に提示されていく。
 蛇の道は蛇という言葉がこれほど的確に当てはまる『世界』も珍しいかもしれない。
 黒猫は無言でそれを見つめていた。



 黒塗りの高級車は、調査員達を乗せるとどこに行くとも告げぬままに郊外へ向かって走り出していた。
 窓にはフィルムが貼ってあり景色も上手く拾えない状況で、運転手を務める彼は、最初に挨拶をしたきりずっと口を閉ざしている。
 だが、その様子は無愛想であるとか特別に自分達を警戒しているというふうでもない。しいて言うならば極度の緊張状態だと思われた。
 車内に沈黙が訪れてから30分は経過しただろうところで、2列に並んだ後部座席の前方から百合枝がやや身を乗り出して声をかける。
「あのさ……」
「……は、はい!な、なんでございしょう?」
 身を竦ませるようにびくりと肩を跳ね上げて過剰反応を示しながらも、彼はバックミラー越しに視線を合わせてきた。
「いや、そんなにびくつかなくてもいいんだけど……そろそろ、どこに向かっているのか聞きたかったんだ」
「……あ、ああ、はい…旦那さまが皆様とお会いになると仰ってましたので、屋敷にご案内しているところです」
 体に強張りを残しつつ、ようやく声を絞りだす。それがどこかしら震えているように思えるのは錯覚ではないだろう。
 鏡に映る彼の目には怯えや不安を無理矢理抑え込もうと必死になっている様が揺らぎとなって現れている。
「あら、本当にわたし達に会ってくれるのね」
 舞(イヴ)は少しだけ意外そうに声を上げた。
「ああ……私も本人は出てこないもんだと思ってたよ」
「そのように仰せつかっておりますので……」
 視線が宙を彷徨う。ハンドルを握る手は必要以上に力が入っているようだ。
「じゃあ、興信所に電話してきた代理人ってのは誰だい?」
「それは旦那さまの秘書をなさっている北条さまでございます。本日こうしてお迎えにあがらせて頂いたのも、あの方を通しての指示でして」
「ふうん」
「化け物については?」
 一番奥の席から、不要な修飾の一切を削ぎ落として、榊が男に質問を差し向ける。
「あ……」
 3人の視線に晒され、彼は目に見えて動揺する。
「………あの…これからお話しすることは、どうぞ内密に願えますでしょうか?けして私から聞いたとは洩らさないと、お約束いただけますか?」
 何度も念を押してから、男はどこかしら救いを求めるような視線を向けてゆっくりと話し始めた。
「アレは非常に醜い軟体動物のようでございました……なんと申しましょうか……ずりずりと庭を這いずりまして、四方八方に触手のようなものを突き出しては引っ込め、探っていくのでございます」
 どこか蒼ざめた硬い表情は、思い出すことにすら苦痛を感じているようだった。
「アレが姿を見せる時間帯はこれといって決まっておりません。ただ、そうですね。旦那さまがどちらにいらしても必ずそこに現れるということだけは確かなのです」
「どこにいても?それって、間違いなく黒岩氏を目指してくるってことなの?」
 相手に判別能力が備わっているとしたら、舞(イヴ)が手段のひとつに数えている身代わりという策が使用不可能ということになる。
 だが、彼の答えは予想に反して否定を返した。
「ええ、おそらく……ただし、あのバケモノには旦那さまの姿がはっきりとは見えていないようでございます」
「見えていないのに、彼の前に現れるのね……」
 舞(イヴ)は軽く親指の爪を噛む。
 被害者は全員繋がっている。多分それは間違いない。そして、バケモノと呼ばれる存在は、おそらく全員の前に姿を現している。
「何かバケモノを曳き付ける因子があるってことか」
 舞(イヴ)の思考を汲み取るようにして、百合枝が言葉を続ける。
「ただ、その……」
 言いあぐね、言葉を淀ませ、男はどうしようかと惑う。
「ただ、なんだい?」
「…………その……なんと申しましょうか……」
 恐る恐るといった体で、男は呟くように俯きながら答えを返した。
「バケモノを見る旦那さまや北条様の方がよほど怖いと感じてしまいまして」
 不安と怖れ。そして、言いようのない不可解なものに直面してしまったことへの動揺と混乱。
 自分達の眼に移るこの運転手は、どこまでも実直でかつ小心者の普通の人間だった。



 駅前通りに面したこのフルーツパーラーの一番人気は、なんと言っても巨大なイチゴのパフェだ。
 チューリップ型のグラスに盛り付けられた生クリームとアイスとイチゴ、そして色とりどりの角切りフルーツにレアチーズケーキ。仕上げにイチゴのソースをたっぷりと流せば、豪華の一言で片付けるにはあまりに惜しい芸術作品が出来上がる。
「エマちゃんさ、ほんと変わった事件にばっかり興味持つよね」
 目の前に鎮座ましましているこの魅惑のパフェを頬張るのは、シュライン馴染みの刑事である。
 彼の表情はこれ以上ないほどの幸福感に満ちていた。
「あら?そうかしら?」
 対してシュラインは、ブラックコーヒーを手に首を傾げてみせる。
「そうだって。わざわざこの手の事件の写真を見たいなんて言うあたり、キワドイとこ行ってるよ」
 自分の隣に置いたカバンに片手を突っ込み、厚みのある事務用の茶封筒を掴み出すと、シュラインの元まで滑らせる。
「ま、俺としては怪我しないでいてくれりゃそれでいいんだけどさ。はい、これ。頼まれたブツ」
「ん、有難う、片山さん」
 コーヒーをテーブルに置いて、シュラインは中を改める。
 彼から提示される鑑識用の現場写真は、正直、観葉植物が遮蔽物となるこの席であってもそうそう広げて見られる代物ではない。
 食事中ならなおさら目にする気にはなれないだろう物が写りこんでいる。
「……なんか、想像以上ね………」
 バラバラ死体などという生易しいものではない。
 自宅の石畳の上で無残な中身を晒しているそれは、切り刻まれているというよりも、明らかに何かの強い力で引き裂かれたようにしか見えなかった。
 そして異様なのは、裂かれた内部を掻き混ぜ、探っている痕跡が残っていることだ。
「ね?すごいキワモノだろ?しばらく肉は食えないかもって気がしない?」
 そう言いながらも、彼はイチゴの赤と生クリームの白のコントラストを眺め、嬉しげにそれを掬い上げては口に運んでいる。
 やはりこういう職につくと自然と神経も太くなるものなのだろうか。
「まあ、確実に食欲はなくなるわね。夢に見そうだわ」
 だがシュラインは、そんなことを思いながら平然とそれを眺めてしまえている自分に気付いていない。
「どこが欠損したままとか分かるかしら?出来ればこの方達の背景なんかもそちらで掴んでいることがあれば聞きたいんだけど?」
「………あのさ、エマちゃん?」
「出来れば犯罪歴、といっても出てこない可能性の方が高いのかもしれないんだけど」
「えーとさ、一応俺らが関わってんのはおエライさんなんだよ……?」
 パフェを食べる手を止め、片山は、困ったような迷うような試すような非常に微妙な表情でシュラインを見上げた。
「………追加、なにか頼む?」
 そろりと切り出した言葉に、片山はにっこりと笑う。
「じゃあ苺のクリームミルクティをひとつ」
「はいはい」
 丁度客席に回ってきたウェイトレスにシュラインが追加を頼むと、片山はにっこり笑って胸ポケットから取り出した手帳を広げた。
「では独り言行きますか」
 麗らかな春の陽を受けながら可愛らしいパフェと紅茶をテーブルに並べた2人の会話は、どこまでも不釣合いに陰惨だった。



 連続ドラマのセットが組み立てられたテレビ局の第二スタジオは、今、スタッフ総出でリハーサル前の最終チェックが為されている。
 台本を片手に収録待ちをするキャストたちの中で、イヴはディレクターをさりげなく隅の方へ誘導し、何気ない調子で世間話から始めていく。
 朝比奈舞として迎えの車に乗った彼女とは別に、本体から分離した存在であるもうひとりのイヴは、芸能人という肩書きを以って黒岩清士郎の周辺に探りを入れていた。
 黒岩清士郎。長谷川隆夫。幾田衛。被害者がいずれも資産家であり、多かれ少なかれ政財界とも関わりと持っているとしたら、必ずどこかに接点があるはずだった。
 似たような境遇にある人間が立て続けに不審な死を遂げる―――これが単なる偶然であるはずがないのだ。
「そういえば聞きました?」
 そんなふうに切り出して、後は瞳を合わせるだけでいい。
 そうと気付かないうちに、相手はイヴの術中に落ちていく。
「ああ、イヴちゃんは知らないんだったかな?」
「何を、ですか?」
「黒岩さんはね、慈善事業家でもあるんだ。なんでも孤児院に多額の寄付をしているらしくてね、その筋じゃちょっと有名だよ」
「ふぅん…じゃあ、凄くいい人なのかしら?」
「さあ、どうかな」
 姿形も、記憶も、思考回路も、全てがキレイにコピーされた分身は、そうして業界に張り巡らされているいくつかの糸を辿っていく。
 行き着く先に待っているものが何かはまだ分からない。だが、おそらく碌なものではないのだという確信だけはあった。



 幼い少女の手を取って、紳士は穏やかに微笑みかける。
 これからステキな世界に案内してあげよう。
 ナイショ話のように囁きかけるその言葉に、何も知らない少女は嬉しそうに笑い返した。



 広大な敷地に垣根をめぐらせた日本家屋のその玄関で、車を出迎えたのは40歳前後と思われる背の高い男だった。
 運転手に別の指示を言い渡すと、降り立った榊たちへ恭しく頭を垂れる。
「お待ちしておりました」
 興信所に代理人として電話をかけてきたのは、この男だった。
 草間から聞いたとおり、確かに何の感情も切迫した状況も窺えない。
「どうぞこちらへ」
 百合枝と舞(イヴ)は互いに顔をあわせ、結局何も言わずに促されるまま彼の後について門をくぐった。
 車内でたったひとつぶつけた質問以外は終始無言だった榊は、ここでも言葉を発しないまま、男と、そして周囲を観察する。
 気の流れがおかしい。
 どこがどうということは現状では掴みかねるが、それでも、ここがけして清浄な地ではないことを感覚で知る。
 榊は綻びを探るように漆黒の目をすぅっと細め、神経を研ぎ澄ました。
 そうして露になっていくのは、屋敷を取り巻く翳りだ。
 本来ならば樹木などによって自然の結界も張れるだろうこの場所に、魔が入り込む隙がいくつも出来ている。
 それは全て、この家に住まうものが背負う深い罪業が為すものだ。
「どうかした?」
 訝しげに百合枝が振り返って声をかける。舞(イヴ)と秘書も自分の方に視線を向けてきた。
 気付くと、いつの間にか屋敷へと続く石畳を歩く足が止まっており、自然先を行く彼女達と距離が開いている。
「……………」
 どう伝えるべきか、榊は思考をめぐらせる。だが、逡巡は一瞬ののちに申し出というカタチをとって秘書に向けられた。
「お話を伺う前に、ひとつお願いがあるのですが宜しいですか?」
「なんでございましょう?」
「バケモノが来る、というお話でしたよね?」
「はい」
「では、それを食い止めるため、屋敷内に結界を張る自由を僕に与えてください」
 異質なチカラを宿した強い眼差しでまっすぐに男を見つめ、榊は告げる。
 相手はそれに逆らい異を唱える術を持っていなかった。
 従順に頷きを返し、自分が仕えるものにその承諾を得るための手続きを始めていた。
「ふうん……面白いことできるんだ」
「…………」
 舞(イヴ)が興味深げにそれを観察しているが、一瞥しただけで問いには沈黙で返す。
 人好きのする可愛らしい笑みの下に隠された本性を、榊はイヴに見ていた。
 ほどなくして、彼は屋敷内での自由を獲得した。



 三叉の燭台の上でキャンドルの火が揺れる。仄かな明かりを受けるのは繊細な刺繍を施された白のテーブルクロスと、赤ワインのグラスである。
 厳かな雰囲気の中、席についた男達はこれから執り行われる儀式をただ静かに待っていた。



 1人目の被害者・長谷川隆夫の現場は、おそらく接待か何かで使用したのだろう高級料亭から程近い路地の裏側だった。
 シュラインはすぐ傍の喫茶店で別行動を取っていた藍原と待ち合わせると、彼と共にそこへ足を踏み入れる。
「何でこんなとこに独りで入ったんかねぇ?まぁだ血の臭いが残ってる……」
 すんっと周囲のニオイを嗅ぐ藍原。
 事件が起きてから2週間は経っているにもかかわらず、コンクリートにこびりついた異臭が鼻につく。
「……入らざるを得ない状況だった、という可能性もあるかもね」
 何かに呼ばれた。興味を引くものを追いかけた。もしくは、追い込まれてしまった。あるいは……。そんなふうに仮定ならばいくらでも思い描ける。
 刑事から税込価格1,580円で入手した現場写真と比較しながら、シュラインはその足取りを丁寧に辿る。
 彼ほどの人物なら、料亭の前に車を待たせているはずなのだ。徒歩で移動する可能性は限りなく低い。にもかかわらず、彼はここにひとりで倒れていた。
「うわあ、すげえ……原形留めてねえな」
 後ろから写真を除きこんだ藍原は、純粋に感心した声でコメントする。
「1人目は右前腕、2人目は左大腿部がいまだ行方不明よ。ちなみに腹部は何かに引っ掻き回されたような痕跡がある」
 ずっとシュラインの頭の片隅に置かれているある種の予感。
 飛躍しすぎているかもしれないソレが出来れば当たっていなければいいと願う。
 だが、この手の中に集まっていく情報が指し示す結論は常にそこから動かない。
「ちなみになあ、そいつら皆、同じクラブの会員さんってご関係らしいや」
「クラブ?会員?」
「全部で25人のおエライさんが集まってなにやら慈善事業とかしてるらしいんだけどな……共同出資者で組まれた秘密のクラブが存在してるんだとさ」
 藍原が世間話の延長のような感覚でもたらした情報が、シュラインの推理を更に嫌な方向へ確定する。
「それって……」
「黒〜い噂もあるぜ?持ち出し厳禁のお得意様リストに載ってた」
 赤黒い染みの残るビルの壁に手をついて何かを読み取ろうとしているようにも見える藍原が、自分を振り返った。
 青と黒の視線が繋がる。
 しばし無言となる2人。
 ビルの壁に添って頭上にのびる非常階段の手すりから、いるはずのない鷲がじっと彼女たちを見下ろしていた。



 少女は見たこともない橙色のランプを見上げ、それから手を引く男に視線を移す。
 彼は、何も言わず微笑んだ。
 いつの間にか、自分の周りに何人も人が並ぶ。
 口々に、少女の長い髪を褒め、肌理の細やかさを褒め、なんとも言いようのない笑みで迎える。



 黒岩清士郎は、本来ならば名前や使用人の話からイメージする姿とのギャップに驚くほど小柄で柔和な印象を与える男だっただろう。
 もしこんな事情がなければもっと威厳に満ちた優しい面差しに見えたのかもしれない。
 だが、いま彼の頬はげっそりとこけ、生気のかけた表情には憔悴の色が濃い。
 そして、百合枝の目に映るのは、男を取り巻く異様な炎だった。
 狂気や愛憎などというものではない。感情と呼ぶにはあまりにも生々しくどろどろとしたものが渦巻いている。
 彼を前にしてしばし言葉を失ったのは自分だけではないらしい。
 隣に座す舞(イヴ)もまた、表情にこそ出してはいないが、微かに嫌悪を示しているのがその心の揺らぎで分かる。
「詳しい話を聞かせていただけますか?いつどのようにして、こんな事態になったのか」
 赤黒く流動するものに吐き気すら覚えながら、それでも視線を逸らさずに問いかける。
 彼は不本意そうに眉を顰めながら、理不尽な出来事を打ち明けた。
 曰く。
 バケモノは夜毎、黒岩の前に姿を現す。
 この邸内だろうと、出先であろうと関係なく、それはひたひたと醜悪な空気を振りまいて、おぞましい声で鳴いて迫るのだ。
 はじめは物音だけだった。
 だが、そのうち声が聞こえるようになり、今ではおぼろげながら姿も見える。
 1週間前から始まったこの悪夢に、男の神経は日々消耗し、次第に日常生活や仕事にも支障をきたすようになっていた。
「……何かお心当たりは?」
「そんなものはありませんな……」
 嘘だ。
 直感が告げている。
「仕事柄、あらぬ方向から人の恨みを買う怖れもあるにはあるが、このような事態になることなどまったく理解不能なのですよ」
 そう告げる黒岩の背後には、今も濁りきった炎が渦巻いている。

 カリン…コキン……カツカツ……カチャカチャ……カキン……………ごくん………

 聞こえないはずの何かを咀嚼する音が、どこからともなく耳の中へと滑り込んでくる。
 誰が何を食べているのだろうか。
 不吉な予感に百合枝の肌が粟立つ。
 イヴには見えていないのだろうか。何も彼から感じるものはないのだろうか。
 百合枝は隣に座る彼女へそっと視線を向けた。
「………」
 舞(イヴ)の耳は、百合枝以上に明確な音を拾っていた。
ざわざわと声がする。
 聞こえるはずのない、この場にいるはずのない人間達のざわめき。
 笑い、泣き、争い、嘆願し、そうして手に入れたヒトカケを、今度は別のものが手を伸ばす。
 今、榊がこの屋敷に結界を張っている。
 にもかかわらず、闇の気配はどんどん膨れ上がっていくのが分かった。


 邸内に結界を張ることを許された榊はひとり、木目の美しい床を軋ませながら長い渡り廊下をゆっくりと歩いていた。
 要所要所に符を張り、呪を施しながら、神経を巡らせる。
 2階の窓から見下ろす景色は無機質と感じるほど整えられた作り物の庭園だ。
 植樹が並び、石で池を囲み、シシオドシが時折音を鳴らすこの場所は、本来ならばもっと生気に溢れていても良いはずなのに、それがまったく感じられない。
 だが、この家自体には、別段何かの呪が掛けられている様子はないのだ。
 陰の気はそこかしこに蟠ってはいるが、それ自体がいますぐ何か事を起こせるとは思えなかった。
 むしろ、あの代理人と名乗った秘書の男、そして黒岩本人の方がよほど問題がありそうだ。
 もし何かを曳き付けているとしたら、それはおそらく彼ら自身に起因している。
「…………響?」
 何の前触れもなく唐突に、空間から黒猫が榊の薄い左肩にすとんと着地する。
 黒服の男から得た情報が猫の目から視神経を通じて榊へと移される。
「ああ、その人も調査に関わっているんだ……ん……面白いルートを持っているんだね」
 薄暗い部屋の中。水槽と熱帯魚。棚に囲まれた机の上のパソコン。ディスプレイに羅列されていく25人の名前。いくつかのぼやけた写真画像。そこに写っているのは、幼い子供達のように見える。
「………慈善事業?で、その子たちは?……ああ……」
 廊下を進み、符を張りながら、榊は黒猫の情報を自身の内側へと取り込んでいく。
『アタシの手はどこ……?』
 不意に、使い魔からの伝達を遮るように少女の声が意識の端を掠めた。
 先程まで大人しかったこの屋敷の闇が、急激にざわめき立ち、膨れ上がっていくのが分かる。
「……来た」
 榊はいまだ不完全な結界からこちら側へと入り込んできたものの気配を探ると、蠢く闇の進入を食い止めるべく踵を返した。


 突然、空気が変わった。陰鬱な影が滞りひっそりとさざめくだけのこの場所が、にわかに騒々しさを増す。
「来たね」
「来たみたい」
 2人同時に庭に続く縁側へ振り返る。
『アタシの足はどこ?アタシの目はどこ?』
 ゆるゆると這いずるこの世ならざるものの気配。
「………ひっ……」
 男の目が微かに怯えを含んで揺らぎ、引き攣れた悲鳴が喉の奥から漏れ聞こえる。
 だが、百合枝と舞(イヴ)が見たものは、けしておぞましい触手のバケモノではなかった。
 男は軟体動物めいた怪物をそこに見ているらしい。
 だが、彼女たちの目にソレは幼い少女としてしか認識されない。
 雪のちらつくこの寒空の下でノースリーブのワンピース一枚のみを纏うという異様さだけが、彼女の存在を不可思議なものに変えていた。
『アタシの手……』
 少女は白い手を宙に突き出し、幼い顔に不安を湛え、ふらふらと頼りなげに庭園を彷徨う。
「ん〜……ちょっと困った、かな……」
 舞(イヴ)は目を凝らしてそれを見る。
 自分とは違う世界のバケモノという存在に、少なからず知的好奇心が刺激されていた。
 実際見てみたいと思ったし、もし必要なら異界からモンスターを召喚して戦わせてみるのも一興かもしれないとさえ思っていた。
 だが、迷子のように頼りないあの姿では、攻撃を仕掛けることすらためらわれる。
『アタシの足は……ねぇ…どこ……?』
 少女が言葉を発する度、百合枝の中へと流れ込んでくる断片的な映像は、自分にはまるで馴染みのない風景だった。
 屋根。広い庭。白い壁。やや錆付いた鉄柵がぐるりと周囲を囲っている。時計塔。走り回る子供。傍に立つのはエプロン姿の夫婦らしき壮年の男女。手を差し伸べる長身の男。闇。燭台。恐怖。
 彼女から流れ込んでくるこの記憶は一体何を示しているのだろうか。
「ここだったんだ」
「榊さん」
 16歳の少年が、まるで自身を盾にするかのごとく、彼女と依頼人の間に立ちはだかる。
 印を組めば、それを容易に退けることは出来るのだ。
 だが、彼がそうするより先に、少女は一瞬榊を通り越して百合枝を見つめ、そのまま空に解けて消えた。
 いっそ怯えている男が滑稽に見えるほど、少女の気配はあっけなく消失してしまったのだ。
「響、彼女の後を」
 寄り添っていた主の傍からするりと庭先へ滑り降りた猫は、主の命に従って奇妙な闇が姿を消した庭園へと走り去った。
 この世ならざる存在の訪問者は確かにいた。
 だが、それははじめに聞かされ、イメージしたものからは程遠い。
「黒岩さん、ここでひとつわたしから提案があるんですけど」
 舞(イヴ)は、いまだ逃げ腰のまま硬直を解けない男のすぐ傍まで行って膝をつき、その目の奥を覗き込む。
「わたしを貴方の身代わりにしていただけないかしら?」
「あんたを?」
「ええ、わたしを。狙われているのでしたら、それくらいの用心はなさった方がいいと思いますから」
 目を合わせたまま、その口元に艶やかな笑みを浮かべて言葉を紡ぐ。まるで呪文のように抑揚をつけた、深く浸透する囁き。
 百合枝には、淡い薄紅色の炎が揺らめき、男の心を示す炎を覆っていく様が見えている。
 魅了。
 その能力が発動する様を、まさか目の当たりに出来るとは思わなかった。
「では、僕が黒岩さんのためにごく小さな結界を張ります。明日までそこに隠れていただきましょう」
 すいっと音もなく彼は近付き、そして無表情のまま黒岩に手を差し伸べる。
「貴方の身の安全は僕が確保します」
 そこに隠された真の意味を知らないまま、男は縋るように何度も頷いた。



 手も足も目も耳もなにもかもがなくなっていく。
 誰かがケンカしている声がする。取り合いをしてるみたい。

 ねえ、それはアタシのカラダだよ………?



『……ぇ………こ……?』
 不意に聴覚に触れてきた細く切ない子供の声に、藍原はぴくりと反応する。
 どこから来る誰のものなのか。
 五感を研ぎ澄ませ、視線を周囲にめぐらせる。
「どうかした?」
 訝しげにシュラインが藍原を見る。
「んぁ……なんか声がしてる。ちまっこい子供みたいだな」
 言葉として汲み取ることも困難なほどに、かすかな音だ。
「……ありゃぁ、残留思念か?」
 薄暗い路地裏でゆらゆらと不定形にたゆたう白い影は、けして力ある存在ではない。
 いくつかの弱い思念が混じりあい、辛うじてひとつのカタチを成しているそれは、一体どれくらいの間この場所に留まっているのだろうか。
「藍原さん、その子と話は出来るかしら?せめて何を言っているのか聞き取ってくれると助かるんだけど」
 霊感のない彼女には、いくら耳をそばだて、目を凝らそうと、そこに揺らぐものの存在を知ることは出来ない。
「ん、ではリクエストにお応えしてやってみますか」
 両手を組んで、口の中で短く呪文を詠唱する。
 チカラが生まれ、そして弱きものに明瞭な形を与えるためにそれは注がれていく。
 シュラインは肌で空気の変化を感じ取る。
 何かがそこに収束していく。
『……ねえ……どこにかくしちゃったの………?』
 明確な言葉が、不意に耳に飛び込んできた。
「……これ」
「成功したな」
 丁度長谷川の遺体が発見されたその真上に少女は立っていた。
 手から滴るのは、赤黒い血液に見える。
『アタシの……』
 10歳にも満たない華奢な体を白いワンピースに包み、裸足のまま目の前で宛てもなく頼りなげにさまよい歩く彼女は、何かを見ているようで何も見ていない。
『アタシの手はどこ?』
 周囲の何も、すぐ傍に立っている藍原すら彼女は知覚出来ていないらしい。
 ただひたすらに、同じ言葉を繰り返し、不定形な炎の様に揺らめいてはこの場に囚われている。
 眼窩にぽっかりと空いた暗い闇を見つめ、シュラインは重く溜息を吐き出した。
 訴えかける子供の姿があまりにも不完全で切なくなる。
『ねえ……アタシのカラダ……どこ……?』
 聞こえないはずの何かを咀嚼する音が、どこからともなく耳の中へと滑り込んでくる。
 誰かが何かを食べている。
 これは、彼女が持つ記憶なのだろうか。
 血塗れの両手を伸ばし、血塗れの両足で壁の前に立ち尽くす。白い服をじわじわと侵食し、地面へと滴り落ちていく赤の色彩が少女の身に起きた悲劇を物語っている。
『………ねえ……ねえ………どうして………こんなことするの……?』
 シュラインと藍原は、彼女の問いかけに沈黙でしか応えられない。
 ましてこの苦痛に満ちた姿に、こちらから何があったのかと問いを返すことなど出来るはずがないのだ。
 虚ろな少女の言葉は、どこまでも深く暗く救いのない響きを含んで紡がれていく。
「………藍原さん……」
「ん?」
「この子を……」
「ああ、分かってる」
 視線を合わせることなく頷いて、藍原はチカラを与えた少女に再びその手を伸ばす。
 彼の手の平から生まれた不可視の光が頭上に注がれると、紅く穢れた残留思念はゆるやかに浄化されていく。
 もう少女の声は聞こえない。
「これはどっかに『本体』がいるな」
「……黒岩氏を悩ませているっていうバケモノは彼女のこと…でいいのよね?」
 思案するように眉をひそめ顎に指を添えて、シュラインは呟く。
 もし第2の現場でも同じように想いが残っていたとしたら、そして、今まさに彼と接触しているだろう百合枝たちが少女を迎えているとしたら―――――
「あの子の本体ならたった今黒岩邸に現れて消えたわよ?」
 袋小路になっているこの狭い空間、壁を背にしていたはずの2人の後ろから声がした。
「なっ!?」
「イヴちゃん!?どうやってここに―――っ」
 シュラインの鋭敏な聴覚にも、藍原の鋭敏な嗅覚にも悟らせずに、彼女はそこに立っていた。それも、百合枝や榊と行動をともにしている『朝比奈舞』ではない、イヴ・ソマリアの姿でだ。
「黒岩さんには触手のバケモノに見えてるみたい。庭を少し歩いて、こちらが何か行動を起こす前に消えちゃったわ」
 軽い混乱が生じるがそんなことには構いもせずに、イヴはくるりと周囲を見回し、それから小鳥のように可愛らしく首を傾げる。
 ふわりと風に波打つ彼女の髪が頬を撫でる
「こっちは彼女の一部を浄化したのね?」
「……まあな。って、百合枝たちはどうした?」
「ん〜と……あの2人なら黒岩さんを結界で隔離した後に孤児院に行ったわ。ちゃんと黒岩氏の身代わりも屋敷に用意してるから安心して?」
「孤児院……?もしかして黒岩氏が関わっている施設のことかしら?」
「シュラインさんも知ってるのね」
「知ってるというか……」
 この情報を得たのはつい十数分前、隣に立つ彼から何気ない口調で告げられたものだ。
「ま、一見善良そうに見えても大抵は黒いウワサ満載だよな、センセーって生きモンわさ」
 ヘラリと、藍原が笑みを返す。
「………そう、なのよね……そう………」
 呟いたまま、事実を知るたびに確信へと変わっていくあの予感に思考をめぐらせる。
 組み立てられていく推理を推理で終わらせないための決定的な裏付けと証拠が欲しい。それから、出来る事ならあの少女のために――――
「何考え込んでるの、シュラインさん?」
「ん?ん〜……証拠集めは百合枝さんと榊君に頼んだ方がいいかもしれないかなって。私は別にやることが出来たし」
「やること?どこかにいくの?」
「人形を作ってくれる場所。あんまり時間はないんだけど、頼み込めばデータを基に彼女そっくりの体を作ってあげられるかもしれない」
「そっか。じゃあ、いきましょ?送ってあげるわ」
「え?」
 にっこりと笑って、イヴは手を伸ばしてシュラインの腕を取る。
「あ……」
 引き摺りこまれるような感覚の後にシュラインを襲ったのは、一瞬の浮遊感だ。
 藍原の目の前で、路地裏から彼女たちの姿が掻き消えた。
 さて、どうしようか。
取り残された自分をかえりみて、くしゃりと髪を掻き撫でつつ思案する時間はほぼ数十秒。
「……俺はセンセー宅の護衛にでも向かいますかね……」
 少女の本体があの屋敷に来るのなら、自分にも彼女のためにしてやれることがあるかもしれない。



 百合枝が少女と黒岩の中に見た記憶は、ひどく断片的で、何かを特定するには情報が曖昧すぎる。
 だが、舞(イヴ)にも、そして榊にもそれが何かを指し示しているか既に分かっているようだった。
「なんでそれを?」
「ん?ナイショ」
 彼女はくすりと笑うだけで身を翻し、着替えを済ませるからと北条に付き添われて屋敷の奥に姿を消してしまった。
「榊は?何で知ってるわけ?」
「……黒服の男が突き止めていたから」
「黒服?」
「響と汕吏が見てきた。あの子の残留思念もいた……多分、ここに来たのは彼女ひとりだけど、彼女と同じ目に遭ったのはひとりやふたりじゃないと思う」
 渡り廊下から彼女が現れた庭園を見下ろし、榊はそのまま押し黙った。
 その沈黙の意味は心を覗かなくても分かる。
 だから、百合枝は彼と共に一度屋敷を出ることにした。
 疑惑があるのなら、徹底的に解明する。依頼主の安全を守ることだけが今回の仕事ではないように思えたから。
 そして2人は、ある場所に辿り着く。
 黒岩を初めとする慈善団体が経営を手掛け、寄付を施しているといういくつもの孤児院を榊と百合枝はひとつひとつ回り、最後に辿り着いたのがここなのだ。
 人好きのする穏やかな老夫婦が2人を出迎えた。
 院の成り立ちや現在の状況、子供たちの将来的な展望などを、彼らは問われるままに答えてくれる。
「この子だ」
 アルバムの中で、少女が笑っている。8歳か9歳ぐらいだという。彼女は里親に引き取られたはずだった。その後音信は途絶えているが、おそらく幸せに暮らしているのだろうと院長は微笑んだ。
 そういう子は何人もいるし、別に珍しいことじゃない。子供というのは環境に慣れてしまうと、以前のことがすっかり抜け落ちてしまうことだってあるのだからと。
 彼は子供たちの幸福を信じ、そこから続いていくであろう未来をまるで疑っていない。
「……」
 無愛想な言葉で返す少年の心の炎は、寂寥感ややるせなさ、哀切を含みながら今も青紫の色彩を持って静かに揺らいでいる。
「ん?」
 百合枝の携帯電話にシュラインからの連絡が入ったのは、少女の写真を得たその直後だった。
「あれ、どうしたんだい?……え?ああ、いま丁度出て来たとこ。写真を借りて来たんだけど………名簿も?ああ、分かった。まとめてそっちにデータを送るよ」
 ぷつりと通信を切ると、百合枝は隣でじっとそれを見つめていた榊へ視線を向ける。
「ちょっとこっちに手を貸してもらってもいい?」
「………」
 シュラインからの内容を手身近に説明すると、彼は一度だけ無言で頷き、そして次の孤児院へと足を向けた。
 彼の背を見送ると、百合枝は踵を返していま来た道を引き返す。



 アタシのカラダがそこにある。
 分かっているのに、見つけられない。
 アタシのカラダ……アタシの………ねえ、かえして………




 陽は落ち、黒岩邸を見下ろす薄曇の空は黄昏から夜の闇へとゆるやかに色を変える。
 ばらばらだった全ての情報が、パズルのピースを合わせるようにぴたりとひとつになる。
「………嫌な話になったわ……」
 全ての調査資料を纏め上げたシュラインは、庭園の見える座敷でこつんと紙の束を指で弾いた。
 依頼遂行後の情報提出を条件に、彼女は孤児院から引き取られていった少女たちの名簿とともに藍原がCDに直接写し込んだあの白い少女の画像を刑事である片山に渡し、その後の行方を追ってもらった。
 その結果がここにある。
「ロクなことしてないとは思ってたけど、ここまでっていうのがビックリだね」
 自分の集めた情報の行き着いた場所に、百合枝は不快な感情を示す。
 バラバラの死体になって発見された資産家。バケモノから命を護ってくれと言って来た依頼人。彼らの犯してきた罪が、今ここに綴られているのだ。
「依頼主のために働くつもりはあまりないかもしれない。でも……僕はあの子の哀しみを終わらせてあげたい……」
 ポツリと呟きをこぼした榊の本音に、全員から優しい視線が注がれる。
「多分、わたしたち皆同じ気持ちよ」
 黒岩の姿をとった舞(イヴ)が、肩越しに可愛らしくウィンクしてみせた。
 今、黒岩は2階の自室に護符を張られ、完全に隔離されている。
 榊が屋敷全体に施した結界は単に侵入する魔を退けるためのものではない。
 舞(イヴ)が黒岩の代わりとなる。
 ならばそれを活用するために、彼女の元へ導くための道筋を少女に対し用意することが必要になる。
 この結界は、その道筋を示すために作られたものだ。
 あの男の身体の中には、少女の欠片が飲み込まれている。だが、すでに消化されてしまったそれを取り出すことなど出来はしないから。
 ふと、彼ら全員の耳に微かな声が届く。
 ずるりずるりと何かの這いずる音が、暗く混沌とした気配と共に屋敷に迫ってくる。


「来た」


『アタシの手はどこ?アタシの目はどこ?ねえ?どこに隠しちゃったの?』
 ゆるゆると闇の向こう側からやってくるものが、彼らの視線を集めていく。
『ねえ、どこに隠してしまったの?』
 赤の色彩がいつの間にかうっすらと積もった雪の上に滴り落ちる。
『アタシの足はどこ?アタシの手は?ねえ……アタシの体をどこにかくしたの?』
 表情はほとんど読み取れない。
 それでも彼女の切なく訴えかける感覚だけは確かに伝わる。
 バチッ―――――
『あ……』
 屋敷に張り巡らされた符のために、彼女の体は見事に結界の壁によって後ろに弾かれ、よろめいた。
 だが、求めているものはすぐ傍にある。ちゃんと感じる。ちゃんと見えている。
 だから彼女は進める道を求めてまた彷徨う。
『返して……ねえ、返して………』
 幾度となく見えない壁に阻まれ、道を選びなおし、また弾かれては別の道を進みながら、少女は確実に舞(イヴ)たちの元へ誘導されていく。
「…………」
 庭園の端、他の調査員達からは離れた位置で、藍原は黒猫と共に幼く不安定に揺らぐ少女を見つめていた。
 なにもかもが真っ白で弱々しい彼女からは絶えず血の匂いがしている。濃い闇に捕らわれ、魂を蝕まれていくのが分かる。怒りと憎しみと慟哭が黒い霧となって彼女を取り巻いている。
『………返して……』
 哀しい声がする。
 結界の内側から、舞(イヴ)たちは彼女が辿り着くのをじっと待っていた。
『アタシの手はどこ?アタシの足はどこ?ねえ……?』
 誰も何も言えないまま、ただ無言で彼女を迎える。
『………どうして…アタシを食べちゃったの?』
 少女の目が、自分の体を飲み込んだ男に似せた虚構の存在を捕らえ、訴えかける。
 誰も見えていなかった少女が、彷徨うことをやめ、ただ舞(イヴ)にだけ視線を合わせる。
『ねえ、どうして――――っ?』
 ようやく見つけた―――自分を食べた3人目の人間に、彼女は苦痛に顔を歪めながら、理不尽な行いを糾弾する。
『どうして……アタシのカラダなのに、返して返して返して―――――っ』
 昂っていく少女の感情に呼応して、この屋敷にわだかまる雑霊や様々な念の塊が彼女の周囲に集まり闇を増大させていく。
「こんなんになって、それでも……」
 藍原が、口の中でポツリと呟く。
 路地裏で出会った残留思念よりもずっと強く鋭く、彼女の想いが自分の中に突き刺さる。
 混沌とした魂はどこまでも頼りなく、自分ともイヴとも違う存在なのだと確かに感じた。
 そして、彼女が後もう少しでも穢れたら、自我を完全に飲まれた異形に変わってしまうだろうことも自分には分かる。
 藍原はさまよい歩く少女の体に向けて、拘束の呪を紡いだ。
 ただし、優しく。出来る限り苦しくないように。
 衝撃が彼女に痛みを与えたりしないように、やわらかくそっと抱きしめるように四肢を絡め取る。
『………なんで』
 動きを止められ、それでもなお少女は切なげに問いかける。
 榊がうっすらと雪の積もった庭に降り立った。
「もう、やめよう?」
 深淵を覗く漆黒の瞳が彼女の魂を正面から捉える。
 凍える温度が地面から直にカラダへと伝わってきた。だが、それを厭う感覚が彼にはない。
「これ以上続けても、キミが辛いだけだよ………」
 血塗れの幼い手を榊はそっと握る。
「身体なら、ここにあるわよ」
 榊の後に続き、庭に降り立ったシュラインが差し出したのは精巧な一体の人形だった。
 艶やかな黒髪も、あどけなさを残る頬のラインも、幼く華奢な体つきも、一分の狂いもなく復元された50センチほどのそれは、少女の詳細なデータをもとに人形師の手から生まれたものだ。
「だから、ね?」
「………だから、もう休もう」
 冷え切っていた手を包むように握り、震える肩を抱いて、諭す声はどこまでも優しく心地いい。
『アタシの……カラダ………アタシの…………』
 少女は手を伸ばし、触れ、そして人形へとその身を重ねた。
「……………せめて来世のために…今はゆっくり眠ろう………」
 シュラインの腕から人形を抱き上げると、榊はそっと手をかざして呪を唱える。
 冷たい手から生まれる、哀しい魂を優しく包み込む安息と浄化の光。

 5人が見守る中、人形の体を得た少女はゆっくりとこの世界からとけていく。
 そして、あれほど騒がしかった黒い念の塊も、感覚を研ぎ澄まさなければ分からないほどに緩やかに解けて元の場所へと収まっていった。

 榊は目を凝らし、気配を探り、そして彼女が完全に病んだ穢れと呪縛から解放されたことが分かると、僅かに硬くなっていた表情を緩める。
「………これで終わったかな」
 溜息のように、そっと言葉を吐き出す。
「ん〜じゃあ、私はまず元の姿に戻らなくっちゃ」
 舞(イヴ)はくすりと笑って、奥の部屋へと姿を消した。
 張り詰めていた緊張の糸が少しずつ解けていく。
 だが、シュラインの表情はいまだ厳しいままだ。
「……まだ終わってないわ。多分、これから始まるのよ」
「シュライン?」
 既に警察へ提出する書類は出来上がっている。
 25人の名簿、行方不明の少女達、孤児院の経過、そして、繋がりから見えてくるおぞましい犯行の全て。
 もしかしたら、どこからかの圧力が掛かり、不起訴処分になるかもしれない。
 それでも、彼はバツを受けなければならないのだ。
「さてと、依頼主に調査終了の旨を伝えますか」
 藍原が庭から縁側へと足をかける。
「あ、そういえば……和馬。あんた、何で今回ほとんど裏方に徹してたわけ?」
 ふと思い出したように、百合枝が声を掛ける。
 ぴくりと藍原の動きが止まった。
 それから明らかに動揺を隠しているような素振りで、あらぬ方向を見ながらポツリと言葉を返す。
「………いや、あんま深い意味はない方向で……」
 言えるわけがなかった。
 自分が大切に思う女性の姉本人を前にして、どうやら自分は嫌われているみたいだから出来るだけこっそり動こうと思ったなど、子供じみた理由など絶対に言えないのだ。
「……まあ、いいけどね」
 そういった百合枝の目がほんの少し優しげだったことに、藍原は気づいていない。


 屋敷全体に張り巡らせていた全ての結界を解き終え、舞(イヴ)が戻ってくるのを待って、榊は他の調査員たちと共に彼のいる部屋に足を踏み入れた。
「黒岩さん……」
 絶対に安全だという保証を与えられながら、それでも不安に苛まれていたのだろう。
呼びかけに、ベッドの端に腰掛けたまま憔悴した顔で彼は見上げてきた。
「………あんたたち、アイツを始末したのか?」
「黒岩さん。今回のこの事件の発端がどこにあるのか、もうお分かりですよね?」
 榊は静かに問いを投げ掛ける。
 だが、見つめ返す男にそれは届かない。
「終わったのか?終わったんだな?そうなんだな!?」
 ただ安心を得たいがために、その一言を求めて繰り返す。
 百合枝は翠の瞳をそっと彼から外した。
 赤黒い炎が、彼を取り巻いている。少女が眠った今も彼の背負った業は消えない。
「道徳倫理、人の道、踏み外しちゃいけないモンをあんた達は踏み外した。そして踏み躙った」
 口元に薄く笑みを浮かべながらも、男を見下ろす藍原の目は獣のそれだ。
 冷たく研ぎ澄まされた刃のような視線が黒岩を貫き、本能的な恐怖を揺り動かす。
「あの子はもう来ないわ。もう、けして現れない。でも、これから貴方は己の罪を贖うことになる。法の裁きが待っていると思ってちょうだい」
 人形を抱いたシュラインのそれは宣告である。
 黒沢の顔色が一変する。
「では、我々はこれで失礼します」
 それぞれが礼をすると調査員たちは彼をそこに置いて部屋を出て行く。
 そして最後に舞(イヴ)が残る。
 別の脅威に苛まれ、がたがたと震える黒沢の顔を覗き込むように屈むと、眼鏡越しに大きな瞳で彼を見つめた。
「……わたし達、貴方を助けたわけじゃないわ。あの子が可哀相だから、解放してあげたくなったの」
 甘い声とは裏腹に、その瞳はどこまでも冷たく凍えている。
「逃げちゃダメよ?絶対に」
 一瞬閃く光が、彼の中にひとつの呪を植えつけた。


 黒沢から始まる崩壊。
 そして、25人の紳士に切り刻まれ食べられた幼い少女たちの悲劇が終わりを告げる。




END

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【0086/シュライン・エマ/女/26/翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト】
【0642/榊・遠夜(さかき・とおや)/男/16/高校生・陰陽師】
【1533/藍原・和馬(あいはら・かずま)/男/920/フリーター(何でも屋)】
【1548/イヴ・ソマリア/女/502/アイドル歌手兼異世界調査員】
【1873/藤井・百合枝(ふじい・ゆりえ)/女/25/派遣社員】

【NPC/黒岩・清士郎(くろいわ・せいしろう)/男/50/代議士】

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■         ライター通信          ■
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 春の新作スイーツに胸が高鳴る今日この頃、皆様いかがお過ごしでしょうか?
 はじめまして、こんにちは。スイーツ系テーマパークに想いを馳せる甘党ライター・高槻ひかるです☆
 この度は当依頼にご参加くださり、誠に有難うございます!
 大変お待たせいたしました!
 今回で13タイトル目となる調査依頼:『切り刻まれたアタシの行方』ようやくお届けいたします。
 相変わらずの文章量と相変わらずの遅筆さっぷりですが(加えて相変わらず以上のダークっぷりですが)少しでも楽しんでいただければ幸いです。
 なお、調査段階で微妙に個別描写が多くなってしまった今回のノベルですが、シナリオ自体は全編共通となっております。


<シュライン・エマPL様
 10度目のご参加有難うございますvvついに同一PC様での調査依頼参加数が二桁となりました☆
 ……じょ、常連様とお呼びしても宜しいでしょうか?(どきどき)
 情報収集の着眼点や推理の組み立ては、いつもながら感嘆の溜息が出る鋭さでございますvv
 シュライン様の分析や推理を拝読するのは本当に楽しいですし、この物語を紡ぐ上でも重要な位置付けとさせていただいております。
 また、今回はプレイングにて例の情報提供NPCをご指名くださり有難うございました!

 それではまた、別の事件でお会いできますように(祈)