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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


散花 -前篇-


[ 序 ]

 花が夜風に吹かれ、揺れていた。
 開花の季節などとうに過ぎたはずの火焔にも似た赤い花が。
 一面を鮮烈なまでの赤に染め上げ、花は風に揺れていた。


 一人息子の死と時を同じくして庭先に花が咲き始めたのだと昼下がりの草間興信所を訪れた初老の女性は語った。
「何があったというわけではないのです…。ですが…」
 一面が真っ赤に燃えているような庭を見ると、息子が何かを訴えたいのではないのか。何か心残りがあったのではないのかとそう思えて仕方がない。
 所長である草間にそう訴えるとそっと目元を拭う。
 息子に先立たれた母の悲哀を前に、草間は使い古された慰めも使うことは出来ずに次の言葉を待った。
「どうか…調査をしてはいただけませんでしょうか」
 搾り出すような言葉を前に、草間は諾と頷いた。


[ 1 ]

 久しぶりに武田隆之が訪れた草間興信所は、所長である草間武彦がヘビースモーカーでもあるためか相変わらずヤニの匂いがした。
 草間の妹である草間零がこまめに掃除しているのであろうが、染み付いたヤニの匂いばかりはそう簡単になくなるものでもないらしい。もっとも、愛煙家である武田はそんな事に頓着はしないのだが。
 ソファに腰掛け、窓から入るオレンジ色の光を浴びながら、武田は今日、草間が引き受けた依頼の話を聞いていた。
 この手の仕事において、秘密厳守は基本である。それを何故、今、自分に話すのか。
 その事に、少しだけ疑念が湧いたが、武田はあえて口にせず取り出した煙草に火をつけた。

 
「…と言う訳で、悪いんだが協力してもらえないか?」
 差し向かいでソファにどかりと腰を落ち着かせ、潰れかけた白と赤の箱から煙草を一本取り出した草間は、話を終えるやいなや、武田に協力を求めた。
 ここへは一仕事終えた帰りにたまたま近くを通りかかったから足を運んだだけのこと。歩き煙草もなんだからと、軽く一服でもしようかという軽い気持ちで立ち寄ったのだ。それがまさか、いきなり頼まれ事があるとは思わず、武田はしばし呆気に取られた。
 とは言え、互いに喫煙しながら上った話題ではあっても、それが決して軽い気持ちで発せられた言葉ではない事を武田はよく分かっていた。
 草間が武田に協力を求めるには訳がある。
 すでに、自分の他に三人の人間が派遣される事になっている。しかし、そのうちの二名は初の依頼だ。かつ、二人は十代の幼い少女と少年であるとの事だった。
 可能であるならば、そこに武田に入って欲しい。それは草間自身の不安から来る要請と言うよりは、依頼人である女性の心情を慮って事だと用意に推測出来た。
 話を聞いてしまった以上、断わるのも申し訳ない気がした。先に協力を求めるのではなく、依頼内容から話したのも、草間が武田の性格をある程度見抜いているからかもしれなかった。
 武田自身、この話に興味がないと言っては嘘になる。
 依頼人の女性も、相当気落ちしている状況のようだ。何とかしてやりたいと言うのが人情というもの。
 それに、話を聞いた限りにおいて、それは彼岸花に間違いないだろう。
 彼岸花は、彼岸の頃に咲くからその名が付いた。しかし、それは春の彼岸ではなく、秋の彼岸の頃のはずであった。
 季節を間違えないとさえ言われる花が、庭を埋め尽くす勢いで咲いているというのだ。
 彼岸花の花言葉を思い出し、武田は考えに耽る。
 もし、本当にそれが依頼人である女性の息子の思いを受けて咲いているのだとしたら、驚嘆すべき情念ではないか。
 焔のように咲き誇る、真っ赤な花々は良い被写体になるかもしれない。
 その想像が、カメラマンとしての武田の琴線に触れた。
「どうだ、引き受けてくれるか?」
 返事を促すように草間は軽く口をすぼめて、溜息を吐くように長く煙を吐き出した。
 一先ず、今は仕事が一つ片付いたばかりだ。
 時間を作る事は出来るだろう。
「分かった。引き受けよう」
 了承の言葉を受けて、礼を告げようとした草間を制して応じる。
「礼の必要なんてないさ。
 いい被写体がある。
 とすれば、カメラマンとしては行かないわけにはいかないだろ」 
 武田はそう言って破顔すると、すでにフィルター近くまで短くなった煙草の火を灰皿で捻り消した。


[ 2 ]

 緩やかな坂の上に広がる住宅地。世間では、その土地に家を建てる事自体がステイタスと評される場所である。
 閑静な住宅街は、綺麗に整備され、一般よりも少し背の高い塀が通りすがりの他者の視線を拒絶していた。
 草間から手渡されたメモだけを頼りに目的の家を探し出す。慣れない土地で方向すら危うい状態であったが、電柱に掲げられた何丁目何番地という札を一つ一つ確かめながら、メモが示すのと同じ住所を探し当てる。
 今朝ほど、合流した三名の同行者が武田の前を歩いている。
 同行者は、海原みなも、柏木アトリ、アールレイ・アドルファスの三名だ。
 一人がすでに何度も顔を合わせているみなもである事に武田は安堵したが、もう一人の女性が20代の女性である事への戸惑いは隠せずにいた。
 女性が嫌いというわけではない。嫌いではないのだが、苦手なのだ。
 それは個人的な、過去のとある出来事に起因していた。
 もっとも、それは仕事にまで影響が出ることではない。とは言え、それを草間はあえて隠していたように思えて、武田は内心で毒づいた。
 先行していた柏木アトリが振り返り、間違いはないか確かめる。
 武田はそれに頷いて、肯定の意を示す。
 四人を代表して、アトリがインターホンを押す姿を後ろから見守った。
 インターホン越しにいくつかの問答を終えた後、中から昨日草間興信所を訪れた女性、その人が姿を現した。
 はじめは、探るようにゆっくりと玄関のドアをわずかに開けて武田達の姿を確認すると、今度は玄関のドアを開け放ち、深々と頭を下げた。


 通された居間はきれいに片付けられていた。草間興信所のそれよりも大きく立派な応接セットが余裕をもって据えられている。
 しかし、四人の目を引いたのは、応接間それ自体ではなく、そのガラス窓越しに見える庭一面をを埋め尽くす真っ赤な花であった。
 なるほど、女性の語った通りそれは火焔に似ていた。
 勧められてソファに腰掛ける四人に、女性は煎茶を用意すると自身もソファにゆっくり腰掛けた。
「何から、お話すべきなのでしょうか…」
 こういった事に慣れていないのだろう、僅かに困ったように首を傾げてから女性はポツリと呟く。
「息子が他界してから…、三ヶ月になります」
 最初は一輪だけ。その後、その花は枯れる様子もなく徐々に増えて、庭一面を覆うまでに増えたのだと言う。
「えぇと…。 あの花は彼岸花ですよね。
 最初から、このお庭にあった花なんですか?」
 彼岸花は野草としても一般的なものだ。群生していたものが単に狂い咲きしただけの可能性もある。
 みなもの質問は、それを考慮した上でのものだろう。
「いいえ。 
 見ていただけばお分りいただけるよう、あまり縁起のよい花ではないですから…」 別名を曼珠沙華。
 天上に咲く花と言われる事もあるが、やはりどちらかというと彼岸花と呼称する方が一般的である。家に持って入ると火事になるとも言われる花だけに、観賞用に育てた花ではないようだった。
 ならば、花を女性の息子が植えた可能性はない。あるいは、そこに何か埋められているのではとみなもは考えていたのだが、その可能性が消えた事が分かると。即座に何か他に情報はないかを探し始める。
「あのお聞きし辛いのですけど…、息子さんが亡くなられた理由は…」
 果たして口に出してよい事なのか迷ったが、けれどこの人の願いを叶えるためには訊いておくべき事だろう。多少の躊躇はあったが、みなもは女性に質問を投げかける。
「…息子は病気を患っておりまして。
 膵臓に癌が…。発見した時にはすでに…」
 三ヶ月。それは人によっては短いのかもしれないが、女性にとってはつい最近の事なのだろう。わずかに声が詰まったようだった。
「…申し訳ありません。
 息子の部屋に案内しましょうか?
 それとも庭へ?」
 そう言うと女性は四人の顔を見回した。


[ 3 ]

 武田とアールレイは許可を得て、庭へ。みなもとアトリは女性と共に息子の部屋へと別れた。
 女性が案内した部屋は、男性の部屋の割りにはにきちんと整頓されていた。窓際に据えられたベッドからは、庭が見渡せるようになっている。ベッドに横たわっていてもわずかに身を起こせば、庭に咲く彼岸花も目に入る位置取りになっていた。
 部屋にあるのは、机とその上のパソコン。オーディオに本棚、それにベッド。ごく一般的なものばかりである。
 部屋へ通されたアトリは、まずはどうしてよいのか分からずに部屋の中をきょろきょろと見渡していた。
 すでにいくつかの依頼をこなしているみなもは、勝手が分かっているのだろう。
「あの、息子さんの心残りのようなものに
 何かお気付きの点があるのでは…」
 息子の部屋に入る事で、生前の事を懐かしむような様子を見せ始めた女性にそっと促す。
「え…えぇ。そうですね。
 告知は致しました。息子も…自分の運命を受け入れているようでした。
 我々、少なくとも私と主人の前では…うらんだ様子もなく…。
 ただ時折、…寂しげな瞳をさせておりました」
 死にたいする想いではないというのならば、後は…。
「『また会う日まで』、『悲しい思い出』、『思うのはあなたひとり』。
 これらの言葉に心当たりはございませんか?」
 全て彼岸花の持つ花言葉だ。道すがら、武田が話題に上らせたのであった。
 今回の依頼の話を聞いた時に、即座に思い出したのだと言う。柄にもないからと武田自身は一笑に伏していたのだが、なぜか無性に気になった。
 それら全てから、どこか寂しげな印象を受けるのはアトリの気のせいだろうか。
「いえ…申し訳ないのですが。
 特定の女性とお付き合いをしていたというような事は…。
 ただ、写真を見ては思いに耽っていたようでした」
 その言葉で思い出したように、女性は本棚の中を探り始める。しばらくして、一冊のアルバムを取り出すと、二人にあるページを開いて見せた。
 そこには空に咲く、色とりどりの大輪の花が浮かんでいる。
「花火…ですか?」
「はい。昨年の夏に末期であるという事を知らされた後
 しばらく旅行がしたいと…。
 おそらくその時のものだと思うのですが」
 アルバムは数ページに渡って花火ばかりが写されている。その他には海や空といった風景写真。
 素人の手による物のためか、きれいな写真ではなかった。だが、本人にとっては思い出を切り抜いたものと同じような物であったのだろう。
 二人はさらに数ページを捲り、同時にひとつの写真に目を留めて互いに顔を見合わせた。
「みなもさん…」
「すみません。この写真は?」
 アトリの促しにみなもは強くうなづくと、女性へと呼びかける。
 みなもの呼びかけになんでしょうと答えると、二人が手にしたアルバムを覗き込んだ。
「…そ、それは…」
 写真には、庭に咲いているのと同様の彼岸花が写されている。ただ、写真に刻まれている日付からすると、まさしく彼岸の頃に咲いたものである。
「こんな写真があったなんて知りませんでした…。
 ……部屋を見るのも辛くて、しばらくは立ち入らないようにしていたので」
「この写真、調べさせていただいても良いですか」
 女性が小さくうなずくのと同時にアトリは、アルバムからその写真を抜き出す。
 撮影されたのは夜だろうか。背景は暗い。闇夜の中に、花だけがぼうっと浮かんでいる。
 写真を裏返すとそこには、性格が見て取れるような几帳面な文字で短い文が書かれていた。
『あの人に』
 アトリとみなもの二人は異口同音に、その文を読み上げると確信を持った表情で顔を見合わせ、ゆっくりと頷いた。


[ 4 ]

 庭に降り立った武田とアールレイの二人は、花に圧倒されたように立ち竦んでいた。
 花は、庭を埋め尽くす勢いで咲いていた。おそらく花壇のあったであろう場所や、飛び石が置かれていたのであろうと思われる場所も占拠している。
「なんてぇか…、これはすごいな」
 武田は、思わずそう漏らすとガサゴソと仕事道具の用意を始める。
 これは絵になる。カメラマンとしての長年の感覚もそう告げていたし、また、『何か撮れる』と、これまでの経験もまた同様にシャッターを切るべきであると告げている。
 絞りを合わせ、ファインダー越しに見る風景は、武田が普段目にしている物と変わらない。けれど、カシャカシャと規則正しく軽快な音が続いていくと、時折不思議な気分になる事がある。
 そんな時は必ずといっていいほど、『何か』が写っているのだ。自分が望んでそうしている訳ではない。
 今回も、シャッターを切ってる内にそんな感覚に襲われた。これは…きたな。それは確信に近い予想だ。
 レンズを下げ、武田は一息吐くときょろきょろと周囲を見渡す。アールレイが満足げな表情をして立っている。
「綺麗だよね」
「あ、…あぁ、そうだな」
 いきなり掛けられた言葉の真意が汲み取れず、武田は生返事を返した。アールレイは、それに対しても気にしたような素振りを見せずにうんうんと頷く。
 もし、気に入らなかったらどうしようかと思ったけど。いい暇つぶしにはなったし。
「うん、満足。気に入った。
 これなら、協力しても…いいかな」
 そういうとアールレイはあどけない表情で満面の笑みを浮かべる。
「じゃ、一仕事しようかな」
 言うや踵を返し、アールレイは家の中へと入っていく、武田は事態が飲み込めず首を傾げただけであったが真っ赤な花の中で微笑むアールレイの姿に惹かれて、思わずシャッターを切っていた。


「ずっと、生臭い匂いがしていたんだよね〜」
 そう言うや、アールレイはいきなり女性とアトリ、みなもの三人がいた息子の部屋へと乱入した。
「生臭い?」
 女性はアールレイの言葉の意味を汲み取る事が出来ず、鸚鵡返しに返答する。
「そう、潮臭いっていうのかな…。
 そこのオネーさんからも、近いものは感じるけど
 それはさほどでもないんだ」
 みなもはアールレイの言葉にわずかに動揺した。潮の匂いというものに、心当たりはある。けれど、それが今、この状況にどう関係するのかが分からなかった。
 アールレイはうんうんと一人だけ得心がいった様子でうなづくと、部屋の中央に立ち、小さく鼻をひくつかせた。
 しばらく、それを続けるとおもむろに本棚をガサゴソと探り始める。それが何段目かになると、ようやく手を止めた。
「何か…あったのですか?」
 やはりアールレイの行動の意図が読み取れないでいたアトリは、そっと様子を探る。
 振り向いたアールレイの手の中には、小さく光る物の入った小瓶が収められたいた。
「はい、こんなのがあったよ」
 本棚の奥にしまわれていた小瓶。おそらく、人の目に触れさせないためであろう、その前には幅の狭い本が並べられ、目隠しの役割をしていた。
 手渡された小瓶をアトリと女性は様々な角度から見ている。けれど、虹色をしたそれが一体なんであるのか、心当たりがないようであった。
 二人から一歩離れた所で見守っていたみなもは、それが一体なんであるのか。おそらく、それを探り当てたアールレイよりもよく知っていた。


 帰宅後、一人現像のために暗室に篭った武田は現像液の中で、ゆったりと浮かび上がってくる画像を見つめていた。
 何枚目かの写真の現像に入った時に、撮影した時の確信が現実の物となった事に武田はやはりと言う思いと同時に困ったような笑みを浮かべた。
 心霊カメラマンってのは、うれしくないんだけどなぁ。
 とは言え、写真に写したものに嘘がない事は自分自身が証明出来る。ならば、これは本物だ。
 草間への報告には、外す事は出来ないだろう。
 最後の一枚の現像を終え、部屋を出ようとした武田はアールレイを写したはずの写真に予想外のものが写っていた事に、再び困ったような笑いを浮かべた。


[ 終 ]

 後日、草間興信所へと集った四人は所長である草間に、依頼の途中経過を報告していた。
 調査の結果、発見した物品を借りてきている。それらを、草間の前に一つ一つ提示していく。
 依頼人の息子が取ったと思われる彼岸花の写真に、その裏の一文。そして、小瓶に納められた小さな光る物。
 最後は、武田以外の者はまだ目にしていない、彼岸花を撮った写真のうちの一枚だ。
 そこには真っ赤な花に重なるように、長髪の女性の姿があった。
「…これが、心残りってやつか」
 ポツリと草間が呟いた。


 今だ花は咲き続けている。
 彼岸へと旅立った者が此岸へと寄せる想いを伝える花が。
 想いは、まだ果たされてはいない。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)   ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

 1252/海原・みなも/女性/13歳/中学生
 2797/アールレイ・アドルファス/男性/999歳/放浪する仔狼
 1466/武田・隆之/男性/35歳/カメラマン
 2528/柏木・アトリ/女性/20歳/和紙細工師・美大生


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■         ライター通信          ■
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こんにちは。それから、はじめまして。
新人のシマキです。

この度は、初依頼への参加ありがとうございました。
さて、いかがでしたでしょうか?
私にとって皆さんが正真正銘、初のお客様となります。
少しでも記憶に残る物になっていればよいなぁと思ってます。

今回は解決には到っていませんが、後篇が随分楽になる展開になりました。
もし、気が向かれましたら『散花-後篇-』への参加お待ちしております。