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<東京怪談ノベル(シングル)>


ゲーセンファイター

『今話題の格闘ゲーム、ファイターズ・ヘヴン!ついに続編であるファイターズ・ヘヴンUが上陸!本日入荷!』
「え、嘘!」
 ふと通ってしまったゲームセンター前で、相澤・蓮(あいざわ れん)は思わず声をあげてしまった。でかでかと貼られているポスターは、間違いなく蓮がずっと前から楽しんでいる格闘ゲーム、ファイターズ・ヘヴンのものに間違いなかった。だが、良く見ると今まで出ていなかったはずのキャラクターが描かれており、下の方には新たに追加されたらしいシステムの説明が書かれていた。
「……間違いない、続編だわ……これ」
 蓮はごくりと喉を鳴らした。そして自分の格好をウインドウに映す。茶色の髪に、銀の目、びしっと決めているスーツ姿。
「困ったな、俺仕事中だっつーのに」
 大して困ったようでもなく呟き、蓮は考え込む。
「……待てよ」
 小さく呟き、蓮はにやりと笑いながらポスターを再び見つめる。
「ちょっとくらい見るのは別に問題ないんじゃないか?ほら、これも一種の社会勉強だし」
 蓮はそう言い、にっこりと笑って自動ドアの前に立った。ザーっと音をさせ、景気良く開かれた自動ドア。そして、真正面にそれはあった。でかでかと看板を掲げ、新入荷であるのにも関わらず、運良く対戦台が空いている状態のものが。
「おお、本当に入ってるんだ」
 蓮は小さな感動すら覚えながら台に近付いた。前作よりもなめらかになっている動き、前作よりも種類の増えた攻撃パターン、前作からのキャラと今回からのキャラ。そのどれもに心が惹かれてならない。
「うう、やりたいな」
 蓮はそう呟き、ポケットを探った。ちゃりん、という100円玉の感触があった。
「……どうだろう、ワンコインだけというのは」
(大体、こんな所で俺がファイターズ・ヘヴンUをやっているなんて誰が思うよ?)
 画面では、新キャラクターの女の子がひらりとミニスカートを翻している。
(ほら、誘ってるし)
 蓮は画面を見つめ、100円玉を握り締める。画面の中の女の子は、蓮に囁く。ミニスカートを翻し、その綺麗で長い足を惜しげもなく見せて。『一緒に、遊ぼう?』と。
(いや、俺ってば一応営業中って事になってるし?)
 蓮が心の中で言うが、女の子は『えー』と不満そうに声を漏らす。
(俺だって、遊びたいのはやまやまなんだけどさー)
『大丈夫よ。ここに会社の同僚や上司が現れる事って無いんだから』
 頭の中で、女の子が微笑む。
(そうかな?大丈夫かな?)
『大丈夫!いざとなったら、あたしが一緒に謝ってあげるから。ね?』
 上目遣いで蓮を見上げる女の子。うるんだ瞳、さらりとした髪、その愛らしい仕種。蓮は小さく笑う。
(分かった分かった!じゃあ、ワンコインだけ、な?)
『きゃー!素敵、蓮さん』
「素敵、かぁ」
 蓮はそう呟き、にへらっと笑った。蓮の脳内での会話は、蓮を対戦台に誘うのに充分だった。
 ちゃりん。
 100円玉を入れると、画面がスタートのものに変わった。蓮はとりあえず前作自分が使っていたキャラクターを選択する。
『えー、あたしを使ってくれないのぉ?』
 脳内に響く、先ほどの女の子。
(最初だからさー。ほら、次はちゃんと使うから)
『絶対よぉ』
「えへへ、仕方ないな」
 蓮は脳内での会話を済まし、画面に向かった。操作性が多少変わったくらいで、特に大きな変更は無い様だった。そのため、最初の方はさくさく進む事が出来た。
「……てい!」
 途中から中々難易度が上がってきた。ワンコインのつもりが、何枚もの100円玉が出動する事となる。
「……おもしろすぎ!」
 会社のことなど、すっかり蓮の頭から消え失せてしまっていた。


 同じゲームセンター内で、不穏な動きがあった。
「だから、ちょっとでいいって言ってるじゃねーか」
 チーマー風の男3、4人が、中学生くらいの少年を取り囲んでいた。少年は「え」と口をあけたまま、青ざめて立ち尽くしていた。
「そうそう。ほんのちょこーっとだけ、俺らに貸してくれたらいいんだって」
「で、でも……」
 おろおろとしてもどかしい少年に、ついにチーマー達がきれた。ぐいっと襟元を掴み、眉間に皺を寄せて凄む。
「ああん?いいから金を出せって言ってるんだよ。金だよ、金!」
「……で、でも僕……!」
「ごちゃごちゃうるせーんだよ!」
 チーマーが拳を握り締め、少年を殴りかかろうとして……それは阻まれた。殴ろうとした拳が、ぴくりとも動かなくなったのだ。
「何してんだ?お前ら」
 少年の襟元を掴んだまま、チーマーは振り返った。そこには、にこにこと笑うサラリーマン……蓮の姿があった。
「ああん?何だよ、オッサン」
(オッサン?)
 蓮のこめかみが、ぴくりと動く。だが、それに気付かずチーマー達は蓮を取り囲んだ。
「こんな所で何やってるんだって聞いてるんだ」
「黙れ、オッサン!」
「うっせーんだよ、オッサン!」
 蓮のこめかみがぴくぴくとひっきりなしに動いた。が、それにチーマー達は気付かない。そして、少年の襟元を掴んでいたチーマーが、少年の襟首からナイフへと持つものを変えて凄んできた。
「引っ込んでおけよ、オッサン!」
「あのなぁ……金っていうもんは」
 蓮はそう言い、にやりと冷たく笑う。
「そうやって得るもじゃないだろ?」
 蓮の笑みに、チーマー達の何かが切れた。突如「うおおお」と叫び、蓮に遅い架かってきたのだ。蓮は「やれやれ」と小さく呟きながら頭を掻き、それをひょいっと軽々と避ける。
「全く……口で言っても分からないならしゃーねーなぁ」
 蓮はそう言い、地を蹴ってチーマーの背後に回りこむ。
「大体なぁ、金は自分が汗を流して涙を流して時には血をも流して得るもんだろ?」
 チーマーのナイフを手刀で簡単に落とし、腕をねじりあげる。
「な、なんだよこいつ!弱そうな癖に強いじゃねーか!」
 腕の痛みに顔を歪めながら、チーマーが唸るように言った。
「どうでもいいようなそれこそ風に残り少ない毛が飛ばされてそうな、脂こってりのそれこそオッサン相手にへこへこして得るもんなんだよ!」
「ちっ……おい、あいつらも呼べ!」
 チーマーがそう叫ぶと、呆然としていた他の仲間がはっとし、蓮に襲い掛かってきた。その中の一人が、携帯片手に「早く来い!」と叫んでいた。蓮はぱきぱきと指を鳴らし、にやりと笑う。
「よっしゃ……今こそ、あの技を試す時だ!」
 蓮はそう言って殴りかかってくるチーマーの懐に入り込み、腰を落として飛び上がった。そして勢い良く頭上から肘で殴りかかった。
「くらえ!白龍牙!」
 先ほどまでやっていた、ファイターズ・ヘヴンの技である。見事に決まり、チーマーが倒れる。
「なるほど、中々の破壊力だ」
 ふっと口元に笑みを浮かべる。その間にも他のチーマーが二人同時に襲い掛かってくる。そこで、今度は地を蹴ってチーマーのすぐ横に着地し、勢い良く拳を突き出す。
「鼓動拳!」
 一人には見事に決まり、横向きのままチーマーが勢い良く飛ばされていったが、もう一人は膝を折っただけで、完全には決まらなかった。
「これは結構な至近距離じゃないと決まらないなー」
 ファイターズ・ヘヴンの技の弱点まで分かり、蓮はこくこくと頷く。
「いたぞ!あいつだ!」
「おい、あのサラリーマンのオッサンだ!」
 後からやってきたチーマー達が口々にそう言いながら蓮に襲い掛かってくる。
「だーかーらー!だーれがオッサンだ!」
 蓮はそう言い、次々とファイターズ・ヘヴンの技を決めていった。
「……凄い……」
 最初に絡まれていた少年がぽつりと言葉を漏らすのも気付かない。
「ええい、止めだ!手裏剣!」
 蓮はそう言い、懐に入れてある名刺を次々と投げた。勢いを増した名刺は、しゅっとチーマーの頬の横を通り過ぎていった。チーマーの頬を、すうっと切れさせて。
「……ま、参った……」
 ばたり、と最後のチーマーがその場に倒れた。蓮はふっと笑い、上着の乱れを直してポーズを決める。蓮の持ちキャラの勝ちポーズである。
「残念だったな……天国には程遠いぜ!」
 勿論、持ちキャラの勝ち台詞である。思わず、ゲームセンター内にいた全員が手を叩いてしまった。蓮はその声援に「どうもどうもー」と答えていたが、不意にはっと気付く。時計を見ると、帰社時間をとっくに過ぎていたのだ。
「げ、やばい!」
 蓮はそう言い、慌ててゲームセンターを出ていった。最初に絡まれていた少年は、ふと何かに気付いてそれを手に取った。最後に蓮が投げた、手裏剣という名の名刺だ。
「……相澤、蓮さん……?」
 少年はそう呟き、名刺をポケットにしまった。誰にも気付かれぬように、そっと。


 後日。蓮は会社で受付に突如呼び出され、首を傾げながら応接間に向かっていた。
「中学生が来てるって言われてもなー」
 蓮はそう呟きながら応接間のドアをノックし、中に入る。そこには、先日チーマーに絡まれていた少年がちょこんと座っていたのだ。
「あー!何だ、あの時の……」
「どうしたんだね?相澤君」
 蓮がぽんと手を打って納得した瞬間、上司が背後に現れた。蓮の元に訪れた珍客を見に来たのであろう。
「え!ええと、彼はですねぇ……」
 何か上手い事を考える蓮に、少年はぺこりと頭を下げた。
「先日は、ゲームセンターで恐い人に絡まれていた所を助けて頂いて……有難う御座いました」
 これ、つまらないものですけど……と言いながら少年はそっと菓子折りを差し出した。折しも、蓮の勤めている製菓会社のライバル会社のものであった。
「……なるほど。うちの相澤が君を助けたと」
「はい!本当に助かりました」
「それは、いつの事かね?」
「先日の夕方です」
 上司はちらりとカレンダーを見て、蓮に向かってにっこりと笑った。
「相澤君。……少し、話があるのだが」
 蓮はにっこりと笑みを浮かべたまま、背中につう、と汗が流れて行くのを感じた。手にはライバル会社の菓子折り。にこにこと嬉しそうな少年。笑みが恐ろしい上司。
(……天国には程遠いぜ……)
 心の中で、蓮は呟く。新キャラの女の子が『ファイトー』とにっこりと微笑むのすら、悲しく思いながら。

<今から小一時間の説教が始まり・了>