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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


夕暮れ。〜Two persons of twilight〜


 そろそろ季節も変わるのだろうか…そう思いながら芹沢・青は空を見上げた。
ついこないだまではこの時間帯の空はすでに真っ暗になってしまっていて、
都会の明かりに消された星が薄っすらと見える程度だったのだが、
今はまだ夕陽が残っていて、やがて来る黒い世界と混ざり合っている様子だった。
「と言ってもまだ冷えるよな…早いところ帰ろう」
 ぼそりと呟いて、青は帰途につく。
今日はアルバイトの便利屋で、かなりの肉体労働を要した事もあり…
なかなかどうして疲れきっていると言っても過言ではない。
早く帰って、ゆっくりと休みたい…そんな気分だった。
 しかし―――そう思うように事が運ばないのは、バイトの所為かさてまた自分に流れる”血”の所為か。
真っ直ぐに伸びる目の前の道に漂う異様な空気に足を止めた。
「殺気くらい消すくらいの小細工はほしいよな…」
 苦笑いを浮かべて、青は身構える。
それと同時に明らかなる敵意や殺気を隠す様子もなく、”それ”は姿を現せた。
あきらかに人とは違うその風貌は、ホラー映画やドラマに出てくるゾンビや悪霊といった類に似ている。
人の形をとる事が出来ないという事を考えても、かなり低級の魔に属する者であろう事ははっきりとわかる。
しかし、こういった類の連中は…決まってお約束の手を使ってくるのだ。
『ぎゃははは!また会ったなァ!!!』
 下品な叫び声を張り上げる、”それ”は…青の知らぬ顔だった。
もっとも、誰もこんな低級魔族とは知り合いにもなりたくはないだろうが。
『てめえに恨みはねぇが…死んであの世で恨むんなら、雇い主を恨むんだなァ!!』
 ”それ”はそう叫ぶと同時に、自分よりさらに低級の悪霊たちを使役して、
青へと攻撃をしかけたのだった。
「あいにく…俺は誰も恨む気はないけどね」
 青は迫り来た悪霊の第一波が彼に触れる寸前、右手を天空へと挙げて…素早く振り下ろす。
まるでその指先から何かが放たれたかのように”青い光”がその場にはしったかと思うと―――
『ぎゃあああ!!』
 断末魔の悲鳴をあげて、低級な悪霊たちは一気に霧散…いや、消滅した。
目の前に怒った出来事を驚きの表情で見つめる悪霊たち。
しかし、攻撃の手を休める事はなく…再び青へと迫る。
「何度来ても同じ事だぜ!」
 再び腕をさっと挙げる。
見る者が見れば、その瞬間に…彼の頭上に”雷”が発生した事に気付いた事だろう。
しかしこの場にいる悪霊達も魔族たちも、低級すぎてそれには気付かない。
そして、青が腕を振り下ろすと同時に―――彼の頭上に発生した”雷”がその場に落ちた。
再び消え去る…悪霊たち。
 低級であればあるほど、数で攻めてくる…予想通りの展開に、
青は疲れながらも地道に倒していくしかないか、と大きく息を吸う…と、その時。
「ちょっと買いすぎましたですー…」
 突然、すぐ脇の路地から…重そうなスーパーの買い物袋を下げた少女が歩み出てきて驚きに目を見開く。
その少女も青の存在に気付いて顔を上げると、見知った顔だった事が嬉しかったのか、
にこっと微笑みを浮かべて。
「こんばんわですぅ!先輩はここで何してるですか?」
「何って…」
 のんびりとしたその少女…高校の後輩の鈴木・天衣のあまりにも場に合わない挨拶を聞いて、
青は一瞬拍子抜けする。しかし―――
『余所見してる場合かァ!?』
 あの低級魔族の叫び声に、すぐに我に返った。
「逃げろ!」
「え?え?逃げるですか?」
 事態が把握できない天衣は、戸惑ってその場に立ち竦む。
そこへ、対象を無差別に切り替えた悪霊たちが再び襲ってきた。
「くっ…」
 青は天衣の前に立ち、彼女をかばいながら悪霊へと雷を落とす。
そのままじりっと後退していって、なんとか天衣だけでも逃がす事ができれば…と思ったのだが…
『ぎゃはは!美味そうなお嬢ちゃんだなァ!』
 あの魔族が、天衣の後方へと隙をついて回り込んでいた。
「きゃー!なんなんですかー!?」
 天衣は持っていた荷物をぶんぶんと思いっきり振り回して応戦する。
そんな事をしても無意味だろうと思いきや、意外と魔族はそれにたじろいている様子だった。
「鈴木さん、今のうちに逃げろ!」
「せ、先輩!?」
「いいから早く!」
「わ、わかったですぅ!!」
 かなり真剣で必死な青の表情に、天衣も現在の事態の深刻さをなんとか察する。
そして隙を突いて全力疾走して逃げようと…したのだが。
「きゃー!!」
「?!」
 彼女がどこかトロいのか、それとも悪霊が素早いのか…
本人はいたって必死で逃げようとしているのだろうが、行く先、行く先で悪霊に回り込まれていた。
その度に無茶苦茶に腕を振り回してなんとか攻撃は避けているのだが…。
「美味しくないですぅ!!私、美味しいお料理は作れますけどー…
わ、私は食べても全然美味しくなんかないですぅ!!だからやめてください―――!!」
「鈴木さん…!!」
 青は両手を頭上に上げて、特大の雷を呼び出すと…目の前の悪霊たちに一気に落とす。
かなり体力を消耗するものの…そうも言っていられない。
そして相変わらず頑張って応戦している天衣の元に駆け寄ると、再び雷を落とした。
「先輩!怪我してるです?!血が出てるです!」
「いや、ちょっと掠っただけだから…そんな事よりも今は…」
『死ね死ね死ね!!』
 自分が呼び寄せた悪霊たちをことごとく撃退され、低級魔族はかなり激怒している様子で、
再び他の低級霊達を呼び寄せる。
 使役されるままに攻めてくる悪霊なのだが、天衣を庇いながらもなんとか応戦する青に、
落雷を喰らって消え去っていく。
 天衣は青の後ろに隠れるようにして目をぎゅっと閉じながら、
目の前で繰り広げられている出来事を見ないように見ないようにとしているようだった。
「何度やっても同じ事だ…」
『黙れ人間がァ!!』
「人間…か…俺が人間に見えるのなら…お前も本当に大した事ないな」
 苦笑い、いや…むしろもっと苦々しい笑みを浮かべて、青は呟く。
今まではそれでも力を抑えていた彼だったのだが…
「これで最後だ」
 静かに目を閉じ、再び開いた彼の瞳は…それまでの青褐色から、鮮やかな青へと変わっていた。
まさに、彼の名の通りの…神秘的な青い色へ。
『なっ…てめ…』
 魔族が何かを言おうとし、言い終らないうちに…青が振り上げた腕がゆっくりと下ろされる。
一瞬、天衣は目蓋越しに青い光を感じて、再びその目を開いた時には…
すでにもうそこは何事もなかったかのような…通り慣れた町の夕暮れの風景だった。
「い…いなくなったです?」
 恐る恐る、自分がぎゅっと腕にしがみついている相手…青へと声をかける。
青は天衣を振り返り、少し見下ろしながら「ああ」と短く答えた。
「良かったですー…でも、私びっくりしたですよ?」
「鈴木さん、怪我は?」
「私の事は天衣でいいですよぅ?私は平気です!でも先輩こそ…」
 天衣は心配そうに、頬から少しだけ血がにじんでいる青の顔を覗き込んだ。
こんなものは男にとっては怪我のうちには入らないのだが、天衣には少し心配だった。
ポケットの中に何か入っていないかと手を突っ込んで探ってみるのだが…無い。
しかし、そう言えばさっき買い物した時に新しいバンソコを買ったことを思い出し。
「待ってです。バンソコ貼るですから」
 にこにこと微笑んで、買い物袋を持ち上げ…
「あ…」
「ああ!」
 声をあげたのは二人同時だった。
あれほど重そうだったスーパーの買い物袋だったのだが、手提げの部分を残し…
下半分が綺麗サッパリ無くなっていたのだ。
 そこではじめて周囲を見て、地面に散乱しているあらゆる物に目が行く。
卵がぐちゃぐちゃに割れていたり、落雷の餌食になったのか、真っ黒にこげた食パン、
さらに、元々はレタスかキャベツだったと思われる緑の物体が地面にしっかりと貼り付いていた。
 呆然とした表情で立ち尽くす天衣。
青は巻き込んでしまった所為で…と、慌てて彼女に深く頭を下げた。
「……ごめん!俺の所為だ…」
「え?え?違うですよ!先輩のせいじゃないですぅ!悪いのは、あのお化けたちです」
「いや、だけど…」
「そんなことより…ごめんなさいです…バンソコ…見当たらないです…」
「え?」
 天衣は済まなそうにそう呟いて、肩を落とした。
どうやら、先ほど呆然としていたのは…買い物が滅茶苦茶になった事ではなく、
バンソコが見当たらなかった事に関してショックを受けていたらしい。
「…先輩、痛いですか?バンソコ…持っていれば良かったです…」
「あ、いや…痛くは無いさ…全然」
「ほんとうですか?」
「ああ…」
「それは良かったですぅ!あ、それじゃあ私はまたお買い物に行って来ますね」
 天衣はにこっと微笑んで、青にぺこりと頭を下げる。
遅くなる前に、夕飯の買い物を全部やり直さなければならない。
簡単に挨拶をして、青に別れを告げた天衣だったのだが…
「あ、待って…あの…」
 青は少し戸惑いながら呼び止めた。
確かに天衣の言うように、さっきの出来事は自分が悪いという訳ではない…
けれど、自分に原因が無いという訳でもない。
「良かったらその…買い物手伝うよ…」
 こういう場合、どうすればいいのかわからない青。
咄嗟に出てきた言葉がそれだった。しかし、天衣にとってそれはとても嬉しい申し出で。
満面の笑みを浮かべて、しかしどこか恥ずかしそうに。
「はいです!私、お買い物好きだから…嬉しいです」
「そ、そっか…」
「誰かと一緒にお買い物するのも好きです…楽しいです」
「俺はいつも1人だけど…」
「そうなんです?じゃあ、今度から私と一緒にお買い物すればいいです」
 至って純粋に、深い意味も無く天衣はにこにこと言う。
しかし、青は思わず顔を赤くして「いや」と短く、そして小さく答えたのだった。

 嬉しそうに鼻歌混じりで歩く天衣。
その隣を、少し頬を赤く染めながらついて行く青。
 知らない人が見れば、恋人同士に見ることも出来るその二人の様子を…
沈んだ太陽と浮かぶ月が優しげに照らしていたのだった。





【おわり】


※互いの呼び方はイメージで設定させていただきました。(^^;
※誤字脱字の無いよう細心の注意をしておりますが、もしありましたら申し訳ありません。