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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


狐の名誉

近頃、狐が町を荒らしているらしい。草間探偵事務所の近所に鳥居を構える稲荷の仕業だと誰もが噂している。だが、稲荷自身は自ら探偵事務所を訪れ無実を主張している。人間がなにかを狐と見間違えているのか、それとも狐が人を騙そうとしているのか。
果たして、どちらの主張が正しいのだろうか。

「お稲荷サンが悪いことするはずないじゃない」
「動物に罪を押しつけるのは、よくないと思いますが」
「うーん・・・・・・町を荒らしているのって、本当にお稲荷さんなのかしらね?」
「私は狐の言い分を信じましょう」
お前ら、という言葉が言葉にならない。初瀬蒼華、綾和泉汐耶、シュライン・エマ、そしてセレスティ・カーニンガムから立て続けに反論され草間武彦はうめいた。
「どうしてそう狐の味方ばかりしやがる」
「別に味方をしているわけではありません。これから事実を調査して客観的に究明するだけです」
「ただ人間は嘘がつけるから、動物の立場が弱くなるのはどうしようもないのよね」
「お稲荷サンが悪いことをするとしたら、絶対アタシたちのほうが悪いのよ」
「・・・・・・だからってなあ・・・・・・。全員が全員、狐を信じてどうするんだよ、なあ」
逃げ道を狭められた武彦は残されたセレスティに逃げる。だが、セレスティも穏やかに微笑みつつ、口調は厳しい。
「私は断然狐の味方ですが」
セレスティの本性は人間ではなく、むしろあやかしに近い。青い瞳は冷酷に人間を突き放すことができる。徹底的にはねつけられて、武彦の唇も根性もへの字に曲がる。
「わかった、俺は一人で調査する!俺は狐が怪しいと思ってんだ。そいつが稲荷かどうかなんて関係ない、でも絶対捕まえてやるからな!」
孤高の探偵事務所長はそう息巻いて、事務所を飛び出していった。開いたままの扉が物悲しく、少しの間だけそれを見守っていたのだがやがて四人は事務所に残された稲荷の牝に視線を向けた。
「聞きたいことがあります。あなたのご主人は、もう一匹の稲荷はどこですか?」
質問を投げられ、狐はセレスティの顔を見上げた。鼻先を細かく動かし、それからなにかを確かめるようにセレスティの指先をほんの少し舐めた。
「・・・・・・番は、隠れております」
「どうして出てこないの?お稲荷サンはなにも悪いことしてないんでしょ?」
すると狐は細い目をさらに細く伏せて、こんなことを言っても信じてもらえるかはわかりませんがと言いながら告白した。
「犯人は狐ですが、狐ではないのです」
「どういうこと?」
「番は、毛皮を盗まれてしまったのです」
「・・・・・・盗まれた?」
剥がれた、のではなく盗まれたという意味がわからずシュラインと蒼華は顔を見合わせる。セレスティも怪訝な表情を浮かべる。唯一、汐耶だけが頷いていた。
「ああ、本で読んだことがあるわ」
中国の怪異集にこんな話が載っていた。ある日男が道を歩いていると、見知らぬ男が藪の中へ入っていくのを見つけた。こっそり覗いてみると藪の中の男は懐から狐の毛皮を取り出し、それを頭からかぶったのである。すると毛皮は男の体にぴたりと張りついて、男は一匹の狐に変じたという。年を経た狐の毛皮というのは着脱可能になり、誰でも狐になることができるのだ。
「番が毛皮を盗まれる以前、若い男が神社を歩き回っておりました。そして私共の体をしきりに撫でていたのです。思えば、あの男が毛皮を盗んだのかもしれません」
「あなたのこと、撫でたの?」
咄嗟に蒼華が狐に触れた。なにをするつもりなのか、と汐耶が首を傾げている。汐耶だけでなく、他の二人も蒼華に手の平から過去の記憶を読み取るサイコメトリー能力があることは知らなかった。
「えっと・・・・・・」
蒼華は、手の平に集中した。
「男の人が見えるわ。サングラスをかけた、若い男」
それから、まだなにか浮かんでくる。
「変な・・・・・・人形が見える。大きくて、変な形」
「変な形ですか」
言われてセレスティはセレスティの、シュラインはシュラインの頭に「変な人形」を思い浮かべる。口に出して形には描かないけれど、二人の頭に湧いた人形は色も形も全然違っていた。
「どんな人形?」
シュラインは紙とペンを蒼華に手渡す。絵のあまり得意でない蒼華だったがそれでも曖昧で弱気な呟きを漏らしつつどうにか頭に浮かんだものを形に為し終える。完成した絵を見たセレスティは反応を示す。
「この人形なら見覚えがあります。神社の裏辺りにある、雑貨屋の店先に立っている人形ですよ」
「それじゃあ今からこの雑貨屋へ行って・・・・・・あら」
ソファから立ち上がりかけた汐耶、しかし再び腰を降ろしてしまう。外の天気がいつの間にか雨に変わっていたからだ。天気予報では降らないと言っていたのに、突然だった。
「うち、傘がないのよね」
濡れた窓ガラスを裏側から指でなぞりつつ、シュラインはどうしようかと全員を見渡す。蒼華もセレスティも汐耶も、当然狐も傘を持たない。しかしこの雨の勢いでは傘無しには出かけられない。
「仕方ありませんね。雨が止むまでお茶でも頂いて待ちましょう」
「でも」
狐の名誉を早く回復してやりたい。そう思いつつ蒼華がちらりと狐のほうを見る。しかし狐は自分のために誰かが濡れるほうをむしろ厭うようにソファの隅へ飛び乗って体を丸めてしまった。シュラインが用意した紅茶が運ばれてきたときは少しだけ耳を動かしたが、それ以外はぴくりとも動かずひたすら眠っていた。
セレスティは渡された紅茶の水面をじっと見つめていた。しかしその目は赤い色を見ていたのではない。雨を伝って流れてくる外の情景を、その小さなティーカップの中に映し出していたのだった。本性を人魚とするセレスティはかつて水から出られなかった頃、こうすることで遠くの情報を得ていた。
「・・・・・・おや。神社の近くに、サングラスをかけた若い男がいるようです」
「本当!?」
蒼華がテーブルを鳴らして立ち上がる。咄嗟に汐耶が手を繋ぎ止めなければ、恐らく濡れながら雑貨屋へ向かったに違いない。
「待って。今はまだ早すぎるわ」
「そうよ」
シュラインの言葉を追って、蒼華の手を掴む汐耶も頷いた。
「その男が本当に狐の毛皮を盗んだのなら、毛皮を取り返さないと。男がどこに毛皮を隠しているか、突き止めましょう」
「・・・・・・」
本当なら今すぐにでも飛び出したかった。けれど蒼華は長身の汐耶を見上げ、それからシュラインを見つめセレスティに視線を移し、そしてこくりと子供のように頷いた。
「とにかく、二三日待ってみましょう」
「あなたがそう言うのなら、なにか確信があるのですね」
シュラインの心中を詳しく読み取ることはできないが、セレスティは気配で感じる。応えるようにシュラインはにこりと笑ってティーカップに唇をつけた。

そして三日後。蒼華が左手にお気に入りの傘を携え、探偵事務所に飛び込んできた。
「ねえねえ、またサングラスの男がいたらしいわよ!」
蒼華はついさっき雑貨屋のほうを回って、噂を聞いてきたところだった。事務所の中にはシュライン、汐耶、セレスティと全員が揃っていて蒼華を振り返る。だが三人の表情に驚きの色は見えず、むしろ唇に笑いをこらえているような含みが感じられた。
「・・・・・・どうしたの?」
「いえ、ね。ちょっとこれ見て頂戴」
手招きをしながら汐耶が蒼華のために場所を空ける。そこにいたのは三日前よりさらに仏頂面を極めた探偵事務所長であった。その顔といわず手といわず全身傷だらけ、おまけに服も破れ放題で乱暴に足を投げ出していた。
「どうしちゃったの!?」
「野良猫にひっかかれたそうですよ」
武彦は眉間に皺を寄せて喋ろうとしないし、シュラインはその武彦に傷薬を塗っていたので代わりにセレスティが答えた。
「なんだ、若い男って武彦サンのことだったんだ」
サングラスをかけた若い男なら、確かに武彦もあてはまる。
「あれ、だけど武彦サンは最近あの辺りをうろついていたのよね」
それでは狐の見たサングラスをかけた若い男とは時期が合わない。
「こんなこと、信じてもらえるかはわかりませんが」
いたずらっぽく喋る汐耶の後をセレスティが狐の口真似をして続ける。
「犯人は彼ですが、彼ではないのです」
「見ろよ、これ」
武彦はシュラインの治療を振り払うと体をかがめテーブルの下に手を突っ込み、じたばたともがいている妙な生き物を引っ張りだした。それは縄でがんじがらめにされた一匹の狐だった。
「やっと捕まえてやった。やっぱり俺の言う通り、狐が犯人だったんだ」
この三日、武彦は被害に遭った住民から話を聞きまわり狐の現れそうな場所を歩き回っていたのだった。途中不審人物に間違えられたり暗闇から野良に飛びかられたりもしたが、今朝ようやく小さな雑貨屋の店先で狐を捕獲するのに成功した。
「さすが武彦さんよね」
「さすがだわ」
「さすがです」
「さすがね」
三日前は全員から口を揃えて反論されたくせに今日は全員から口を揃えて感心され、なにやら武彦はくすぐったいような不思議な気持ちになる。
だが武彦が本当に不思議な気持ちになったのは、いや面食らってしまったのは牝の狐が捕まえた狐の尻尾を捕まえ思い切り引っ張ったときだった。狐が引っ張るとその毛皮はずるりと脱げてしまい、狐であったはずの縄に縛られた生き物はサングラスをかけた若い男に変わってしまった。
「彼が犯人ね」
汐耶が頬杖をついて、ため息を吐く。恐らくどこかで狐の毛皮について書かれた本を読み、不埒な考えを起こしたに違いない。全く浅はかな人間だ。
「狐の崇りは怖いですよ」
「アタシたちの崇りとどっちが怖いかな」
くすくすと笑いながら恐ろしいことを言うセレスティと蒼華。ぽかんと口を開けた武彦は理由を求めるようにシュラインを見上げる。腕組みをしていたシュラインは武彦があんまり間抜けな顔をしていたものだからほんの少し肩をすくめると、その額を指先でついて目を細めた。
「なに狐に化かされたような顔してるの」
まさしく、そのとおりの顔をしていた。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

0086/ シュライン・エマ/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
1449/ 綾和泉汐耶/女性/23歳/都立図書館司書
1883/ セレスティ・カーニンガム/男性/725歳/財閥総帥・占い師・水霊使い
2540/ 初瀬蒼華/女性/20歳/大学生

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■         ライター通信          ■
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明神公平と申します。
最初は狐側と人間側とに分かれて対立を予定していたのですが
皆様狐の味方をされるので草間武彦氏が登場する話になりました。
顛末は、予想通りだったでしょうか。
セレスティさまにはいつも、長く生きている不思議な感じと
人間ではない感覚を味あわせていただいています。
水を利用した遠見というのは実際能力としてお持ちなのかどうか
不安ではあったのですが。
またご縁がありましたらよろしくお願いいたします。
ありがとうございました。