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<東京怪談ウェブゲーム 神聖都学園>


午前2時の集い

 ***オープニング***

 風の強い日だった。
 廊下の掲示板に貼り出された紙がパタパタとはためき、画鋲1本で留められていたその内の1枚がついに風に煽られてはがれてしまう。
 パラパラパラ……と音を立てて宙を舞ったそれは、丁度階段の踊り場で立ち話をしていた響カスミと庭園海南(にわその・みな)の足元へ滑り落ちた。
「あら……何かしら?」
 拾い上げてチラリと目を通し首を傾げるカスミ。
「何ですか、先生?」
 海南はカスミの手元を覗き込む。
「午前2時の集い……?」
 用紙の一番上の文字を読み上げてから、カスミは海南を見た。
「午前2時?」
 その下に続く文字を、2人は目で追った。

  *********************************************

  来たれ幽霊部員!
 
  日頃の幽霊振りを皆で話し合おうではないか!!
  参加費無料。但しおやつは持参の事。

   於 :生物室
  時間:○月×日 午前2時

  **********************************************

「冗談でしょうか?」
 海南は自分より少々上にあるカスミの顔を見た。
「さぁ……冗談なら良いけれど、本当なら困るわね。午前2時だなんて……」
 良い子は寝ているべき――起きているとしても家にいるべき――時間だ。
「困るわね。他の先生に相談してみた方が良いかしら……」
 面倒な事が起こらなければ良いけれど、とため息を付くカスミ。
 にんまりと海南は笑った。
「ね、先生。参加してみません?幸い海南は茶道部の幽霊部員なんですよ。冗談なら良いけど、本当だとして、問題になったら大変!先生と海南とで他の人にばれないよう丸く収めましょう!」
「ええ!?ダメよ庭園さん。午前2時だなんて!」
「先生、実は夜中の生物室が怖いんじゃないですか?幽霊が出たらどうしよう、なんて?大丈夫、海南が付いてますから!他にも数人に手伝って貰って……ね、怖くなんかないですよ?」
「怖がってなんかいないわよ。幽霊なんて。時間が問題なのよ、教師として、許すワケにはいかないわ」
「怖くないなら、そう堅い事言わないで。ねぇ、先生!他の先生にばれて可愛い生徒達が困った立場に立っても良いんですか?」
「そんな……、庭園さん……」
「大丈夫、海南は黙ってますよ。秘密厳守!こう見えても、口は堅いんです」
 ね!と、強く言われてカスミ、教師としてあるまじき事だが……つい返事をしてしまった。
「い、いいわ。他の先生方の代わりに、私が熱ーいお灸を据えてあげます」
「決まり!じゃ、海南は早速お手伝いしてくれる人を捜しますね。先生、本当に他の先生に言っちゃダメですよ?」
 念を押して、海南はカスミの手から用紙を奪うと階段を駆け下りて行った。


 午前1時45分。
 夜も更けて静まりかえった神聖都学園の前に立つ人影が7つ。
「庭園さん、ちょっと、聞いてないわよこんなに沢山だなんて。しかも部外者もいるじゃないの」
 耳元にこそこそと話しかける響カスミに、庭園海南はにこりと笑って応える。
「良いじゃないですか、もう集まっちゃったんですし。今更帰れなんて、言えないでしょう?」
「それはそうだけど」
 やはり許可するんじゃなかった。
 他の教師達に知らせて調べて貰った方が良かったと、カスミは今頃になって溜息を付く。
「あの、すみません。私、甘味処をしている観巫和あげはと言います。こちらの学校の女生徒さんがお店によく来ていて、誘われたんです。保護者と言う事で……」
 風呂敷包みを抱えたあげはが頭を下げると、カスミも慌てて自己紹介をした。
「あ、聞いてます。でも、誘った本人は今日、風邪で寝込んじゃってるんですよ。代わりに、海南の保護者って事で、お願いします」
 言って、海南は他の4人にも自己紹介をするように促す。
「知人からおやつが出ると……ではなく幽霊が出ると聞いて来てみたんだが。聞き違いだった様だ。幽霊は幽霊でも幽霊部員とは見事にしてやられたが……だが丑三つ時の集いというのもおかしな話か」
 と、白い息を吐く真名神慶悟。
「そういった行事は学校の許可がないと出来ないんじゃないのか?まして堂々と告知までしている。道理……校則のみならず……を違えたものでなければそこまで思い切った事も出来ないのではと思うんだが」
 首を傾げる慶悟に、カスミが強く首を振る。
「深夜の行事なんて、絶対に許可は出しません。今回は、その、事を大きくしない方が良いだろうと言う考えで、まぁ、私と庭園さんとの独断なんです。ですから、絶対に他言無用でお願いします」
 こんな事が学校に知れては大問題。カスミは声を殺して月影に身を隠し、周囲の様子を伺った。
 幸い人通りはなく、静かなものだ。
「夕乃瀬慧那でーす。あげはさんのお店で、お話を聞いて来ちゃいました。宜しくお願いします」
 と言ってから、慧那は小さく溜息を付く。
「幽霊部員の様子見なんて怪奇事件じゃないじゃないー!午前2時なんて言うからてっきり幽霊が出るって思ったのに。紙の式神だって10枚も切り抜いてきたっていうのに……」
 どうやらこちらも聞き間違っていたらしい。
 ガックリと肩を落として、慧那は寂しそうに人型の紙を撫でた。
「え、式神って、自分で切り抜くものなの?」
 あげはが首を傾げる。
「それは勿論。始めから人型に切り抜いた紙なんて売ってないでしょう?慣れるまでは結構難しいんですよ、これ」
 言われてみれば最もだ。
 あげはは頷いて慧那の隣の少女に目を移した。
「ああ、硝月さん」
 カスミが僅かに笑みを浮かべる。
「こんばんは、」
 と、頭を下げて少女は6人を見回す。
「硝月倉菜です。カスミ先生に頼まれました。でも私幽霊部員なんかじゃ……あ、時々吹奏楽部手伝ってるから部員届出してたかも?欠員要員で」
 剣道部と料理研究会が主だから忘れてたけど、と言って倉菜は自分の隣の少女を見る。
 長く黒い髪が闇に溶け込みそうな少女だ。
「はじめまして……、演劇部の幽霊部員で、倉石ちさとです。本当に、集まるなんて……」
 ちさとは誰に誘われたと言う訳でもない。
 カスミ、海南と同じく、偶然張り紙を見て興味本位でやって来たのだそうだ。
「冗談かと思ってました。誰も来なければそのまま帰ろうと思って」
 そう言うちさとの手を、海南ががっしりと握る。
「帰るなんて、とんでもない。結局、幽霊部員は海南と倉菜さんとちさとさんだけなの。参加資格があるって事よね。さぁ、行きましょう!」
 早速校内に入ろうとする海南を、「ちょっと待って」とカスミが止めた。
「行きましょうと言っても、どうやって入るのよ。門には鍵がかかっているでしょう?どこか開いてるところがあるかしら?」
「……ないだろうな」
 短く応える慶悟。
「ないとなれば、入る方法は一つしかありませんね……、大丈夫かしら」
 堅く閉ざされた門を見ながら、あげはが風呂敷包みを抱え治す。
「これくらいなら、何とかなるかしら。良かったわ、スカートじゃなくて」
 言って、倉菜もコートの裾を掴む。
「え、ちょっと待って?」
 戸惑うカスミの前で、慶悟とあげは、倉菜、それに続いて慧那とちさと、海南が門によじ登り、越えていく。
「先生、早く」
 促されてカスミ、仕方なく門にしがみつき、足を上げる。
「これって、不法侵入になるんじゃないかしらっ」
 どことなく不安そうなカスミの手を慶悟が引いて、漸く校内に全員が足を踏み入れると、誰かの時計が時を告げた。
 午前2時。


 それぞれの持ち寄った懐中電灯が、暗い廊下の足元を照らす。
 決して間違っても窓の方を照らさないように、と注意する事をカスミは忘れなかった。
 勿論、注意されるまでもないのだが。
「幽霊部員の合宿なんて……最近の学校事情は色々変わってきたのね。まさか、午前2時だけに部員が幽霊、なんていう事は……ないわよね……?幽霊部員、って……」
 あげはは廊下に響き渡る靴音を聞きながら小さく呟く。
「あら、可能性がないとは言えませんよ。だって、夜中の学校なんて幽霊が出てもおかしくないと思いません?静かで暗くて、何かいわくとかありそうで。なんて、こんなこと、カスミ先生には言えませんけどね」
 クスクスと笑う倉菜に、あげはは少々頬を引きつらせた。
 生きた幽霊部員の合宿が行われている事を祈るばかりだ。
「幽霊部員の合宿なんて、楽しくないじゃない?むしろ、本物の幽霊出てこーいっ!て感じ。音楽室とか、どうかな?ほら、よくある怪談。ピアノが鳴ってたり、壁の音楽家達の顔が違ってたり……、あ、カイダンって言ったら、数えてみなくちゃね。11段の筈の階段が12段になってたりするかな?」
 妙に楽しそうに学校にまつわる怪談話しを次々に挙げて行く慧那。
 声は小さくとも静まりかえった校舎内ではよく響く。
 イヤでも聞こえてくる怪談に、カスミとあげははだんだんと帰りたくなっていた。
「あ、」
 その時、ちさとが小さな声をあげた。
「生物室に、灯りが……ほら」
 第二校舎の一番奥。
 生物準備室と隣り合った教室の磨りガラスから僅かな光が漏れている。
「ほぉ。おやつの匂いをかぎつけて来た輩が他にもいると言うわけか」
「え?」
「いや、なんでもない。念の為、式神に伺わせてみるか。中にいるのが霊として、そこに飛び込んでいくのもどうかと思うからな」
 言って、慶悟が式神を放つ。
 と、式神ならば自分も準備をしてきたのに、と慧那が呟く。
「ああ、それなら校舎内に他に妙な輩がいないか調べさせてくれ」
 言われて慧那はすぐさま式神を放つ。
 これでせっせと紙を切り抜いた苦労が報われる。
「幽霊なんて、いるわけじゃいでしょう?早く注意して帰らせましょう」
「そんな、ダメですよ先生。折角おやつも持ってきたんだから、少しお話くらいしないと。ね、注意は後からでも良いでしょう?」
 見ると、それぞれ手に何かしら持っている。
 持っていないのは慶悟1人だったが、カスミの視線に気付いてポケットを漁り、ガムを取り出した。
「仕方がないわね。それじゃ、早くおやつを食べて早くお話をして、早く帰りましょう」
 カスミは生物室の扉に光を当てて、勢いよく歩き出す。
 と、そこに慶悟の放った式神が戻る。
「それ……ラジコン?」
 真剣な顔で尋ねるちさとに首を振って、慶悟は言った。
「し・き・が・み、だ」
 ラジコンと思われた式神の持ち帰った情報は。
「これは……期待した通り……いや、お約束か」
「え?と言う事は、いるんですか?」
 倉菜が尋ねる。
 頷く慶悟。
「ああ。中に、1人」
「どうしよ?先生、先に行っちゃったよ?」
 見ると、早くもカスミは生物室の扉の前。
「ま、まぁ、気付かなければ怖くないかも知れませんし……。あ、ところで生物室ってやっぱりあるのかしら?あれ……」
 あれ、と言われて一瞬何の事か分からなかったが、すぐにちさとがポンと手を打つ。
「ありませんよ。ホルマリン漬けは、隣の生物準備室」
 その言葉にあげははほっと胸をなで下ろす。
 見えるか見えないか分からない幽霊よりも、あれば絶対に目に入ってくるグロテスクなホルマリンの方が余程怖い。
「それじゃ、行ってみます?折角来て、幽霊もいると分かっているのにこのまま帰っちゃうのも勿体ないし」
「そうだな。こんな夜中に集まって何をしているのか知りたいしな」
 カスミは既に中に入ってしまった。
 悲鳴の一つも上げないところを見ると、カスミの目には見えない幽霊なのか。
「丁度良いわ。私、幽霊って見たことがないからどうしても信じられないの」
 ちさとが小さく笑みを漏らし、歩き始めた。


 4人掛け用の実験台が並ぶ生物室内は電気ではなく蝋燭が灯されている。
 教卓に一番近い机に、男子生徒が1人。
 困った様に腰に手を当ててそれを見下ろすカスミと、戸惑ったようにカスミと、後から入ってきた6人を見る男子生徒。
 机の上にはアルコールランプとフラスコとビーカーがある。
「えぇと……」
 男子生徒が口を開く。
 と、カスミがあの貼り紙を取り出した。
「これを貼ったのは、あなたかしら?学年と名前は?」
「あ、2年の岩井です」
 素直に名乗る男子生徒。
 カスミの目には、どうやら普通の人間に見えているらしいが間違いなく霊だ。
「どう言うつもりでこんな貼り紙をしたのか知らないけれど、やって良い事と悪い事の区別くらいは付くはずでしょう?こんな夜中に何を考えているの?偶々見たのが私だっから良かったものの、他の先生方の目に付いていたら大問題よ?」
 至極真面目な顔で説教を始めるカスミ。
 岩井と名乗った男子生徒は明らかに狼狽した様子で、それを見る6人は笑いを堪えるのが必死だ。
「まさか他に参加する生徒はいないと思うけれど、今後は絶対こんな事はしないようにね。幽霊部員が悪いと言う訳じゃないの、でもね、こう
言う集まりはちゃんと昼間にしなさい。教室だって、どこでも勝手に使って良いものじゃないのよ」
「はぁ、すみません……あの、でも僕たち、来られるのがどうしてもこの時間帯に限られているもので……」
 恐縮しきった様子の岩井と、まだ怒りが治まらないらしいカスミ。
 このまま放って置いても埒が開かない。
「まぁまぁ、先生。岩井さんも反省しているみたいだし、ね?折角お茶もおやつもあるんですから、ゆっくりお話を聞きましょう?」
 海南が言い、椅子に座るよう促すと、カスミは大人しく近くの椅子に腰を下ろす。
 そこで他の6人も腰を下ろした。
 机の上のアルコールランプ類は、化学実験室から借りてきたものだと岩井は言う。
 見ると、フラスコの中には湯が沸いていて、ビーカーには温かそうな紅茶。
「あ、消毒してありますから、綺麗ですよ。どうぞ、皆さんも」
 と、岩井は紅茶を振る舞おうとしたが、倉菜はやんわりとそれを断った。
「珈琲を持って来ているの。それから、おやつも」
 言って、倉菜は紙コップと料理研究会で作ったのだと言うショートブレッドを出した。
「私はお湯を頂いて良いですか?煎茶のティーパックを持ってきたんです。良かったらどうぞ。それから、お菓子も……お店の残り物で申し訳ないですけど」
 あげはは風呂敷を解いて中から団子と桜餅をとりだした。
 慶悟はポケットに残っていた数個のガムを机に置いてから、倉菜の珈琲に手を伸ばす。
「慶悟さん、本当は幽霊じゃなくておやつが目的だったんじゃ……」
 ぼそりと言いながら、慧那はばっぐに手を入れてなにやらごそごそしている。
「どうかしたんですか?暗いなら懐中電灯を貸しましょうか?」
 スナック菓子の箱を数個机に出したちさとが首を傾げて慧那を伺う。
 と、慧那は慌てて手元を隠した。
「あっううんっ良いの!気にしないで!」
 実はお供え用のお菓子の詰め合わせと近所の葬式で貰った落雁を持ってきた慧那。
 目の前の幽霊になら出しても問題なかろうが、他の5人に差し出したのでは少々まずい。慌てて『御霊前』の貼り紙を剥いでいるところだ。
「ところで、どうしてこんな時間に集まろうなんて思ったんです?」
 机に並んだお菓子の数々とお茶と珈琲。
 午前2時と言う時間を考えなければ小さなお茶会のような和やかな雰囲気が漂う中で、倉菜が口を開く。
「いや、ですから、僕たちが来られるのがこの時間帯なもので。決して悪さをしようとか考えている訳じゃないんです」
「おかしいじゃないの、学生がこんな時間にしか来られないなんて。昼間があるでしょう、昼間が」
 憮然とした顔で珈琲を啜るカスミを宥めてあげはが話しの続きを促すと、岩井は小さな溜息をついて話し始めた。
「僕はあまり部活ってものに興味がなかったんです。でも、入っていないよりは入っていた方が良いと言われて生物部に入ったんですが、ずっと幽霊部員だったんですよ。ところが、まあ、ある日事故でこんな事になってしまって……。僕の人生短かったなー、何か損した気分だなー、同級生が部活だ勉強だ恋に遊びだと大騒ぎしているのに、僕はこうなっちゃったのかー、つまんない人生だったなーと思うと、無性に学校とか部活と言うものが恋しいと言うか、懐かしいような気持になったんですよ」
 そこで、考えついたのが幽霊部員部。
「幽霊部員として存在感なく暮らしていた生徒達を集めて、お茶会でも開こうかな、と。2〜3ヶ月に1回の割合で開いていて、何人か参加者がいる訳ですが、多分今回は僕が貼り紙を剥がし忘れた所為でこんな事になってしまったんだと……」
「そう、貼り紙よ!堂々と掲示板に貼ったりして、何を考えているの!」
 目の前の岩井が幽霊だと気付いていないカスミはどうも話しが噛み合っていない。
「ほぅ、参加者がいるのか?俺達のような参加者ではなく?」
 カスミを無視して慶悟が尋ねると、岩井は頷いた。
「いますよ。今日はまだ来ていないようですが。ああ、良かったら後で夜の校内を案内しましょうか?友達も紹介しましょう」
 この言葉に、慧那と倉菜は顔を見合わせた。
 幽霊の友達と言う事は幽霊。
 この校舎内にまだ他にも幽霊がいるのか。
「そう言えば、あなたの放った式神はどうなったの?まだ戻っていないみたいだけど?」
「あれ?そう言えばどうしたんだろう?まさか迷子になったりしてないと思うけど……」
 探しに行った方が良いかと考える慧那に、慶悟が尋ねる。
「迷子になるのか、あんたの式神は……」
「うん、時々」
 あっさり頷く慧那に、ちさとが顔を輝かせる。
「ああ、分かった。式神って、ペットなのね。マイクロペット?小さなカメラとかが付いてるのかしら」
「ちっがーうっ」
 まだ怒りが治まらない様子のカスミの横で、ちさとは小さく首を傾げた。


 2時半になったらお開きにする、と宣言したカスミを放って、深夜のお茶会は和やかに続く。
「……別に悪さをする訳でもなく、ずっとここで迷っている訳でもない。手を貸す必要はないと言うことか」
 桜餅を食べる慶悟に、岩井は「ええ」と頷く。
「うーん、確かに分かると言えば分かるなぁ……、やり残した事があると死んでも死にきれないもんね」
「幽霊って、可愛らしいものなのね」
 倉菜作のショートブレッドを食べながら、慧那とちさとが頷く。
 岩井が言うには、夜の学校には卒業する事なく死んでしまった生徒達が集まってくるのだそうだ。
 勉強をやり残した者は思う存分静かな学校で勉強をして、部活をやり残した者は部活に打ち込み、もっと青春を謳歌したかった者は集まった霊達と心ゆくまで青春を謳歌して、そして、心が満たされた時に、旅立っていく。
「僕も、小さな集まりですけど、部活らしいことが出来て満足しています。あと2〜3回やったらあっちへ行くつもりです」
 そう言って、岩井はにこりと笑う。
「こんな不良みたいな真似しちゃダメだって言うつもりで来たんだけど……そんな必要なかったんだぁ。もしも幽霊だったら、お爺ちゃんの数珠を鳴らして行くべき所に行くのよ!って言ってみたかったんだけどなぁ……」
 残念そうに溜息をついて、慧那は人型の紙を指で撫でる。
 大人しく集まった理由を薄情しなければ、式神にくすぐり倒させるつもりでいたのだが、そんな必要もなく、折角切り抜いてきた式神はサッパリ活躍の機会がない。
 しかも、校内の捜索に放った式神は帰って来ない。
 と、その時。
 コンコン、と扉がノックされた。
 カスミは他の教師がやって来たのかと身を竦めたが、考えてみれば教師が御丁寧にノックなどする訳がない。
 どうぞ、と言う岩井の返答に、扉を開いたのは1人の女子生徒だった。
「こんばんはぁ」
「やあ、こんばんは!今回も来てくれたんだ!」
 岩井が笑顔で出迎える。
 どうやら幽霊部員部の一員らしい。
「あらぁ、今日は沢山来てるんですねぇ。あ、もしかして、この子の持ち主さんがいないかしら?」
 言って、少女は両手を差し出して見せる。
 中には、半ば焦げた紙。
「あーっ!!」
 慧那の式神だ。
「ごめんなさいねぇ、丁度、ガスに火を付けたところで飛び込んで来て、すぐに火を消したんだけど間に合わなくて……」
 聞けば、この少女は調理室にいる霊らしい。
 元々は調理部に所属していたのだが、幽霊部員。
「折角調理部に入ってたんだから、料理のひとつでもしてからあの世に行こうかなーなんて思って」
 夜な夜な学校の調理室に現れては、思いつく限りに料理を作る。すると今度は、料理が楽しくなって少しずつ難しい料理に挑戦したくなってくる。
 つまらないのは、試食してくれる人もアドバイスをしてくれる人もいない事だそうだ。
「あら、それなら私が一緒に作りましょうか?料理研究会に入ってるのよ」
 倉菜が言うと、少女は大層喜んで倉菜の手を取った。
「是非お願いするわ!こんな機会滅多にないもの!一緒に作って、他の皆さんに試食して貰いましょう!」
「それなら私もお手伝いしたいわ。何を作るつもりなの?」
 あげはが言い、3人が盛り上がる。
「ちょっと、勝手な事はしないでちょうだい!お開きと言ったらお開きよ、あなた、クラスと名前は?」
 ただ一人、分かっていないカスミに一同が深い溜息を付く。
 まぁまぁ、と海南がカスミを宥めると、岩井が小さく手を打つ。
「そうだ、この中に演劇の出来る方と数学の得意な方はいませんか?あと、音楽の好きな方は……」
「何なんだそれは」
 慶悟がガクリと肩を落とすと、岩井が苦笑して応えた。
「講堂で1人でロミオとジュリエットの練習してる子と、ずっと数学の問題と格闘してる子がいるんです、それから、音楽室でピアノを弾いている子が。ジュリエット役と教師と聴衆がいれば満足だと言ってたのを思い出して……」
「教師ならいますよ、ここに」
 ちさとがカスミを指すと、カスミは慌てて首を振った。
「何言ってるの?私は音楽教師で……」
「でも、ちゃんと大学も出ている訳でしょう?高校生の数学なら教えられるんじゃないですか?」
 まさか教えられませんとは答えられない。
 返答に困るカスミに、倉菜が追い打ちのように言った。
「数学の問題が解ければ帰ると言うんですから、手伝ってあげれば良いじゃないですか、先生」
 カスミは少々頬を引き攣らせたが、問題を解いて家に帰るならば、と納得する。
 教える相手が幽霊だとは、誰も言わない。
「私、演劇部ですけど……、幽霊部員ですけど……、ジュリエット役なら多分、出来ると思います」
 ちさとが手を挙げて言うと、「決まりだな」と慶悟が頷く。
「俺はピアノでも聞きに行こう。真夜中の演奏会と言うのもなかなか趣があるかも知れん」
「海南は勉強はちょっと……ピアノ聞く方が……」
「私もピアノー。数学なんか絶望的だし、劇なんて出来ないし」
 慧那が溜息を付きつつ焼け焦げた式神をバッグに仕舞いながら言うと、全員が立ち上がる。
「案内しましょう。ああ、良かった。多分これで満足する生徒達が沢山いますよ。貼り紙を剥がし忘れたのは、むしろ良かったのかも知れないなぁ……」
 岩井は嬉しそうに言って、アルコールランプの火を消した。


 誰かの時計が午前3時を告げる。
 生物室の前に立った7人と岩井と女生徒に、あげはが記念撮影をしようと提案した。
 合宿の様子を撮ろうとデジカメを持って来ていたのだが、幽霊の集まりだと分かった今、記念撮影でもしなければ持ってきた意味がない。
「撮りますよ。あ、もう少し中に寄ってください」
 言って、あげははシャッターを切る。
 フラッシュで一瞬だけ校舎内が明るく照らされた。
「写真なんて久し振りだなぁ」
 と喜ぶ岩井にあげはは申し訳なさそうに言った。
「ポラロイドなら、差し上げる事も出来たんですが……」
「幽霊に写真をあげると言うのも妙な話だな……」
 笑いながら慶悟が岩井の後について歩く。
 普段なら撮った写真をすぐに確認するあげはだが、岩井の後について歩く方に気を取られ、今日はそうしなかった。
 6人+2人で撮った筈の写真に、沢山の生徒が映り込んでいる事に気付いたのは、翌日になってからだった。
 

end


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
 2129 / 観巫和・あげは / 女 / 19 /甘味処【和】の店主
 0389 / 真名神・慶悟  / 男 / 20 /陰陽師
 2521 / 夕乃瀬・慧那  /女 / 15 /女子高生/へっぽこ陰陽師
 2194 / 硝月・倉菜   /女 / 17 /女子高生兼楽器職人(神聖都学園生徒
 2837 / 倉石・ちさと  /女 / 16 /高校一年生

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■         ライター通信          ■
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 初・神聖都学園です。
 ほんのちょびっとでもお楽しみ頂ければ幸いです。