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<東京怪談・PCゲームノベル>


いぬのおさんぽ


 おおむねでたらめに思える彼の能力も、慣れれば多少の法則めいた事は解る。
 ようするに、自己防衛本能なのだ。
「………はあ」
 力の使いすぎで倒れている飼い主事、りょうと自分の手を交互に見比べる。
 今のナハトは人の姿だ。
 前と違うのは彼女が居る事。
「せっかくだから、出かけてきたら?」
「いいのか?」
「うん、ただの使いすぎだし、寝てれば治ると思うから」
 確かに、今のりょうは休めば治るだろう。
「それなら……」
「ついでに買い物もお願いね、これ財布」
「……わかった」
 出かけては見た物の……大してやることがないのに気付いたのは、すぐ後だった。
 すぐにでも買い物を済ませて戻る事も考えたが、気配はどうしても違うらしく時折勘のいい人は気付いている様で、何度か目があったりもする。
 そんな時だった。
 人混みの中で一際目を引く、軽く揺れる青銀の髪と鮮やかな緑の色彩の瞳。
「ナハト」
 良く通る涼やかな声がナハトを呼び、目の前まで真っ直ぐに歩いてくる。
「なにかあったの?」
 ナハトを見上げ、羽澄は柔らかく微笑んだ。



 その少し前。
 簡単な使いの帰りだった羽澄は良く知った気配が近くにある事と、流れる人混みの中から頭ひとつ分飛び出た、金の髪を揺らす人を見つける。
 前もこんな事があった事を思い出す。
 気配もそうだが、外見からして悪目立ちしている事にどうして気付かないのだろう。
 居心地が悪そうにしていたが羽澄を見つけ驚いたように目を見開くのを見つけ声をかける。
「ナハト」
 人型であると言う事は、何かしら起きたと考えて間違いないだろう。もめ事を起こすのが、日常になりつつあるのだ。
 とはいっても、こうして普通に歩いている以上は大きな事件には発展はしないだろう。
「なにかあったの?」
 返されるだろう答えを予想しながら、羽澄はナハトに問いかけた。
「………りょうが力の使いすぎで寝込んだんだ」
「良く倒れるわね」
「何時も無理をする」
「そう……」
 視線が集まりつつある。
「場所変えたほうがいいわね」
「―――っ!」
 ナハトの手を引いて走り、人並みが途切れた所で立ち止まってポケットから取りだした鈴をリンと鳴らす。
 上に降りそそぐ光りのかけら。
「これは……?」
 ナハトはすぐに何があったか解ったようだった。
「一時的にだけどね」
 今のナハトの気配は、普通の人の物と変わらない。力を押さえれば何とかなると思って居ただけに上手くいって何よりである。
「負担はかからないのか?」
「大丈夫よ、これぐらい」
「……そうか、まるで魔法の様だな」
 ほんの少し目を細め小さく笑うナハトに羽澄も微笑み返す。
「行きましょ、ナハト」
 並んで歩きながらこうして話す機会が少なかった事に気付く。
 いつものように犬の姿ではなく、人の姿は見かけるがそれは事件があった時が多い。
「りょうがダウンしたって、また何かあったの?」
「今回も知人が事件に巻き込まれて、それに首を突っ込んだんだ」
「何時もと同じね」
「無茶ばかりしてる」
 その光景が容易に想像できたのは苦笑するしかないだろう。
 自分が原因で起こす事件も多いが、誰かに関わって事件に巻き込まれたりすると言うパターンも多いのだ。
 ナハトも同じように考え、眉を寄せてため息を付く。
「大変そうね」
「もっと俺を使えばいい、そのための力なのだから」
 ナハトの本音めいた言葉に羽澄がそれは違うと首を振る。
「りょうは、そのために居て欲しいと思ってる訳じゃないと思うわ」
 望んでいるのは、共存だ。
 きっとそう。
「……解っているつもりだが、ああも頻繁に目の前で怪我ばかりされるとな」
「それは解るわ」
 何かあった時だけではなく、日常的に死にかけているのだから見ている方は気が気ではないだろう。
「昨日も犯人と確認した挙げ句、逃げた相手を追いかけて車に轢かれかけた」
「今年に入ってから三回目よ」
「返り討ちにしようと戦ったのはもう少し多い」
「些細な事を大きくしてって言うのも多いわよね?」
「……夜倉木とのケンカが一番厄介だな」
「どうしようもないわね」
「本当に……」
 どうしようもない日常だと笑ってしまう。
 本当ならどれも笑えないものだが、それを笑い話にしてしまえるのは……もしかしたら凄い事かもしれない。
「今頃くしゃみでもしてるかも知れないわね」
「そうだな。羽澄はどうしてるんだ?」
「私も何時もと変わらないわ」
「仕事か?」
「そうよ、よく解ったわね」
 まだ言ってなかったのだが、勘の良さはりょうとよく似ている。
「なんとなくな……危なくないのか?」
「たまにそう言う事もあるわね、何か飲まない?」
「俺が出そう」
 途中見かけた店で飲み物をテイクアウトしてから話を再開する。
「ありがとう、ナハトはコーヒーブラックで良いの?」
「その方が好きなんだ」
 羽澄も受け取ったコーヒーに砂糖とミルクを入れゆっくりとかき混ぜてから、少しだけ喉へと流し込みその温かさにホッと息を付く。
「さっきの話だが……」
「……?」
「俺は、羽澄も無理をしていないかと思ってな……」
「心配してくれるの? ありがとう」
 柔らかく微笑んでナハトを見上げる。
「……………ああ」
 何とも言えない表情である事に気付いて首を傾げた。
「ナハト?」
「何かあったらいつでも言ってくれ。何時も助けて貰っているから、絶対に行く」
「気にしなくても良いのに、でも……そうね、呼ぶ時は犬笛でいい?」
「歓迎しよう」
 苦笑しては居たが、本当にそう思っている事はすぐに解った。
「そろそろ帰らなきゃね」
「そうだな、買い物を頼まれていたんだ」
「私も手伝うわ」
 一人では何を買ったら解らないに違いない。



 買い物帰りに見上げたのはあの場所。
 羽澄が歌ってくれたビルの、すぐ近くだ。
「ちょっと寄り道しよっか」
「は、羽澄!?」
 ナハトの手を引き、あのビルではなくりょうが住むマンションの屋上。
 ここの屋上は意外に良い景色だ。
「ナハト、何かリクエスト有る?」
「……リクエスト?」
「好きな曲唄ってあげる」
 風になびく髪を直しながら、微笑む表情はとても優しい。
「……羽澄が好きな歌がいい」
 そう言ったら何を唄ってくれるかを知りたかったのかも知れない。
「いいわ」
 一呼吸分の後、そっと紡がれるスローテンポの優しい歌。
 それは羽澄が歌う曲の歌詞。
 けれど音色は今まで聞いた事の無いのは感情をそのままに乗せている、今だけの歌だからだ。
 羽澄だけが歌える、この時だけの歌。
 隣にいる人間が違ったなら、きっとまったく別の音を作り出すのだろう。
 だから、忘れる何て事ある訳がない。
「……ありがとう」
 小さくそう、呟いた。


 帰る途中。
「俺はここに来て色々な物を貰って、甘やかされてるような気がするんだ」
 ナハトがそう言ったのは突然だったが同時に理解もする。
 きっとこれまでの事と今まで知り得なかった感情の所為だろう。最近は、前よりずっと雰囲気が柔らかくなった。
 羽澄が少しだけ変わったように、ナハトも絶えず変化している。
「何時も大変そうだから、ご褒美よ」
「……ご褒美?」
 犬の姿をしていたらきっと撫でていたに違いない。
「そう、今日のこの姿もきっとそうよ」
 姿は違っても、普段と変わらない扱いである事は思っても言わない事である。
「早く元気になると良いわね」
「そうだな」
 扉を開けるとかけられるお帰りの声。
 それは、きっと幸せな事だ。
「ただいま」
 少しだけ違う日常の出来事。



【おしまい】


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【1282/光月・羽澄/女性/18/高校生・歌手・調達屋胡弓堂バイト店員】

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■         ライター通信          ■
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プレイングが届いた時にナハトが羨ましく思ったりしました。
普段まったく報われていないだけに今回はさぞかし幸せだった事かと。
ええ、彼の幸せはこれで良いのです(断言)
「それはそれで幸せ」とか言う単語が似合う所は飼い主とそっくりです。
書かせていただいてありがとうございました。