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<東京怪談ノベル(シングル)>


『聖ヴァレンティーヌスの悪戯の日 ― 嘉神先生のたまには幸せな日々 ― 』
 2月29日。日曜日の真輝は通常ならば昼まで寝ている事が多いのだが、今日はキッチンで何やらやっていた。
 部屋には香りよいハーブの匂いが漂っている。
 そんなハーブの香りを含んだ空気を揺らしたのは電子レンジの音。椅子に足を組んで座りながら料理雑誌を見ていた真輝はその音にご機嫌そうに電子レンジの前まで走っていった。

 ******
 3月1日。卒業式。
 神聖都学園高等部の敷地内では写真を撮りあう生徒や父兄。俺はそれを職員室の自分のデスクに座りながら頬杖ついて見ていた。
「あ、いたいた。まきちゃん」
 がらりと開いた職員室のドア。その音の余韻を打ち消す元気そうなソプラノ。
「おー、どうした?」
 今日ぐらいはまきちゃん、と呼ぶのを許してやろう。
「ねえねえ、まきちゃん。写真撮ろうよ。写真」
「それと卒業アルバムの寄せ書きページに寄せ書き書いて。寄せ書き」
「あー、いいよ。ちょっと待ってて。髪型を整えるから」
「やだぁー。まきちゃん。今のまんまで充分にカッコいいって♪」
 俺は肩をすくめて、職員室を出て行く。
 卒業式。生徒としても教師としてもこの行事を何度もやってきたがやっぱりこの感じに慣れる事はできない。巣立つ鳥を見るのはやはり嬉しくもあるが同時に寂しい物だ。
「あ、そうだ。まきちゃん。空手部の生徒がまきちゃん、探していたよ。卒業生を追い出す会の準備ができたからって」
 俺は苦笑い。
「追い出す会じゃなくって、送り出す会だろう?」
 卒業生二人は顔を見合わせて、けたけたと笑った。

 ******
「先生、先生。先生はどうなると想いますか? やっぱりまきちゃんを狙うライバルとしては気が気じゃないですか?」
「うーん、どうだろう? どきどきの方が強いかな? だけど・・・あの人、鈍感だから、ね」
「「「「「・・・・・・・・はぁ〜〜」」」」」
 神聖都学園高等部の武道場は空手部&剣道部が使っている。
 美術教師に空手部の女子四人は剣道部の防具置き場に隠れながら武道場の中に好奇の視線を送っていた。
 武道場の中では制服の左胸に真紅の薔薇をつけた三年生の女子がいる。俯いた彼女の頬はほんのりと赤い。
 そしてそこへ真輝がやってきた。
 武道場に入ってきた彼は道場内を見回して不思議そうな顔をしながらも女生徒に軽く手を上げて、それで・・・
「うわ、まきちゃん、スーツから何かを出した」
「おわぁ。OKなの? OKなの、まきちゃん? OKなのね。わぁー」
「やぁー。なんかこっちが恥ずかしい」
「っていうか、もしもまきちゃんが先輩をここに連れ込もうとしたらどうする?」
 後ろにある体育の柔道の授業で使う投げ込み用のマットを見ながら声を揃えて「「「「きゃぁー」」」」と顔を真っ赤にした四人の女生徒たちに美術教師は唇の前に人差し指を立ててにこりと大人の笑みを浮かべた。
「こらこら。静かになさい。気づかれるわよ」
「「「「しぃーーー」」」」
 そして五人は道場内の二人に視線を向けて・・・・・だけど、
「先生のばかぁ」
 次に上がったのはほぼ五人が想像していた通りの音。道場に景気のいい音が上がった。女生徒は涙を零しながら武道場を飛び出していく。
 そして真輝といえば鳩が豆鉄砲を喰らったかのような顔でピンタされた左頬を押さえながら突っ立っている。
「「「「「はぁ〜〜」」」」」
 五人は大きくため息を吐いた。

 ******
 嘉神真輝をオモチャにする会 会員番号4番 空手部A君の証言。
「ああ、まきちゃん。あ〜、そうだね。あの人は性格もいいし、空手も強いし、教師ぶらないからほんといい先生だと想うよ。だけどさ、あの人、背が低い事に実はコンプレックス抱いてるし、後は鈍感だよね。だってまきちゃんってば先生のきも・・・ぴぃー」

 嘉神真輝をオモチャにする会 会員番号44番 科学教師の証言。
「そ、そうですね。まきちゃん先生はどどど、鈍感だと想います。ぼ、僕のこんなにも熱い気持ちに気がついてくれなくって。せ、先生もそうでしょう。お、お互いライバルですが、フェアプレイ精神でって、どこに行くんですかぁーーーー!!!」

 嘉神真輝をオモチャにする会 会員番号 7、8、9番 小娘ズの証言。
「まきちゃんの何が面白いってあの性格だよね」
「そうそう。すぐにムキになるしね」
「子どもだよねー、ほんとに」
「それにさ、何が面白いって鈍感なところ。あの人ってさ、人の事には敏感なくせに自分の事はさっぱりだよね」
「ほんとにね」
「先生も苦労するよね。同情するわ。ちなみにあたしは先生が他の人に告白されてまきちゃんを捨てる方に千円かけ・・・」
「「わぁーーーー」」
 ―――二人でひとりの口を押さえています。それでものすごぉ〜〜〜くイイ笑み。
 そしてダッシュで逃げていく小娘ズ。
 ただ風景だけが映る画面に入っている音は舌打ち。

 ******
 なんなんだ、一体?
 俺は意味もわからず殴られた頬を押さえながら呆然としていた。すると、
「おわぁ」
 突然がらりと開いた剣道部の防具入れから女子生徒と女教師ズのリーダーである美術教師が出てくる。
「まきちゃんのばかぁ」
「鈍感」
「にぶちん」
「さいてぇーーー」
 女子生徒たちは口々に俺の悪口を言ってなぜか泣きながら駆け出していった卒業生を追いかけていく。
 そして俺の前に立った美術教師は長い髪を掻きあげながら切れ長な目を細めて深く深くため息を吐いた。
「まったく。何をやってるんですか、あなたは?」
 ―――呆然としてるところです。
「ほんとぉ〜〜〜〜に女心がわからないんだから」
 そしてなぜか腰に両拳をおいた彼女に思いっきりくどくどと説教をされる俺…。
 一体俺が何をした?
 本当に何が何だかわからない。
「で、彼女になんと言われて、何を言ったのですか?」

 ******
 人には何をされようが何を言われようが笑って許せるご機嫌な日があるものだ。俺、嘉神真輝にもそんな日はある。誕生日とヴァレンタインだ。
 2月14日。それはかつて国の法律に反抗してこっそりと戦地に赴く兵士とその恋人の結婚式を祝福していた牧師が殉教した日。はっきり言ってチョコレートとはまったく関係は無い。ヴァレンタインにチョコレートを贈るってのは完全なお菓子会社の陰謀だ。クールでナイスガイなイケてる俺は本来なら誰かが作った流行なんかに流されるのは冗談ではないのだが、ヴァレンタインは別。本当に楽しみなイベントなのだ。
「さーてと」
 俺はプレゼントされたチョコレートの包装紙を丁寧に剥がしながら中身を取り出す。美味しそうな手作りのチョコレートだ。
「こっちは、と。おお、マーブルケーキだ」
 形はちょっと歪だが、ものすごく美味そうだ。俺は机の引き出しを開けて包丁を取り出すと布巾でそれを拭いて、マーブルケーキを切った。
 そしてフォークで刺して、それを口に頬張る。
「美味い」
 なんだかもう今日は本当に幸せだ。何度注意しても俺をまきちゃんと呼ぶ生徒も最近できたらしい【嘉神真輝をオモチャにする会】も、身長が縮んだ事ももうどうでもいいと思えるようなこの至福の瞬間。本当に最高だ。
「あらあら、すごい収穫ですね。せんせぇ」
 振り返るといつの間にか美術教師がいる。
「あげませんよ。俺のチョコレート」
「・・・・いりませんよ。それよりもはい、チョコレート」
 ん? 彼女からはもうもらったはずだが。10円のチョコを(そのくせホワイトデーには何か美味しい物をおごれとかほざきやがった)。
「生徒からですよ」
「生徒から?」
 彼女が教えてくれたのは三年生の女子生徒の名前だった。
「彼女、ずっとそこにいたんですよ。顔を真っ赤にして」
「へ? 入ってくればよかったのに」
「せんせぇ・・・」
 彼女は額に拳をあてて頭痛を堪える表情をしていた。
「とにかくちゃんと食べてあげてくださいよ。そのチョコレート、せんせぇのメッセージが書かれているらしいですから」
「そりゃあ、食べますよ♪」
 ・・・と、俺はにこりと彼女に笑ってみせたのだが、いつの世でも不幸な出来事は起こるものだ。
 その晩、俺の部屋には妹たちがまた来ていた。しかもひとりは子ども連れで。案の定、お酒のおつまみを作らされる俺。
 そして・・・・
「うわぁー。ちょっとちょっと、やだぁーーー」
 と、妹の悲鳴が。また何をやった?とげんなりと想いながら行ってみると、なんと・・・
「あ・・・・」
 思わず俺は呆然としてしまう。妹の子どもがチョコレートを食べていたのだ。小さな口の周りと紅葉のような手をチョコレートでべたべたにして。
 普通ならそんな子どもの格好を見て、かわいいな〜とほのぼのするのかもしれない。しかし食べられたのはメッセージが書かれたチョコレートだったのだ。
 ・・・。
「うーん、ダメね。綺麗にメッセージだけ舐められてる」
「ごめん。大丈夫?」
「ああ、なんとか大丈夫だと想う。今度の卒業式の時にお返しにハーブ入りのクッキーをお返しするつもりだから、その時に何が書いてあったのか聞いてみる・・・って、なんだよ、おまえら、その何か信じられない物を見るような半目は?」

 ******
 そしてチョコレートのメッセージの返事を聞かせてくれと言われた俺は素直にあった事を言った。俺としては彼女は笑って書いてあった事を聞かせてくれると想ったのだが、しかし彼女は瞳に涙を滲ませると俺の頬を叩いて、出て行ってしまったのだ。
 ・・・・・そして女教師もやっぱり妹たちと同じような半目で俺を見ている。実に信じられぬ物を見るような嫌な目で。はて?
「あー、なんて言っていいのかわかりませんが、とにかく彼女を追いかけてください。それでちゃんと彼女に答えをあげてください」
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・こんな事を言うとすごく怒られそうで怖いのだが、俺は言った。
「あの、答えってなんですか?」
 案の定、ものすごく怖い目。今にも俺は往復ビンタを喰らいそうだ。だけど彼女は深く深く深く…ほんとぉ〜〜に深くため息を吐くと、無闇にとても優しい笑みを浮かべながら言った。
「彼女ね、せんせぇの事が好きなんですよ。だから彼女のためにもちゃんと答えを伝えてあげてください。このままではあまりにも残酷ですよ」
「え、あ、えっと、だって俺・・・教師」
 自分の顔を指差してそう言った瞬間に彼女はさらににこりとやさしく笑ったので、俺は回れ右をした。

 ******
 校舎裏。
 卒業式の興奮が収まらない校舎とは違って、なんだかお祭りの後の時かのようにものすごく寂しい空気が流れている。
「あー、えっと、なんだ・・・」
 そう、声をかけると彼女はものすごい目で俺を睨んだ。なんだか物凄くばつが悪い。俺はとりあえずスーツのポケットから取り出したハンカチを彼女に渡した。
 彼女はほんの少し躊躇ってからそのハンカチを手にとって、そして上目遣いに俺を睨んだまま・・・・肩を小刻みに揺らし始めたかと想うと、いきなり嗚咽を上げ始めた。
「んなさい・・・・ごめんなさい、先生。ごめんなさい」
 そして必死に泣き声を押さえた声にならない声で、俺にそう言う。
 俺はそんな彼女の頭をそっと撫でた。
「ありがとう。本当にありがとうな。俺を好きになってくれて」
 そして俺は彼女をぎゅっと抱きしめる。
「ありがとう。俺を好きになってくれて」
 俺の腕の中で頭を横に振った彼女は俺を上目遣いに見上げる。そして瞼を閉じた。
 数秒躊躇って、俺は彼女の額を覆う前髪を掻きあげた右手を彼女の頬に添えると、唇を彼女の額にあてた。
 そして唇を離す。
 彼女は涙に濡れた顔にとても綺麗な笑みを浮かべると、
「先生」
「ん?」
「あたし、先生に告白した事も、先生を好きになった事も後悔しません。逆に今以上にイイ女になって先生を悔しがらせてやりますから」
「覚悟しておく」
 俺はにこりと笑ってそう言った。
 彼女が俺のスーツの第二ボタンを欲しがったので、俺は千切ったそれを彼女に渡した。そして俺と彼女はどこまでも突き抜けるような青い空の下で笑いながら別れた。

 ******
 生徒が教師に恋をする。
 俺もそうだったからそれが教師への淡い憧れとか恋のはしかとか、恋に恋をしているだけとかとは言わない。それもちゃんとした恋だ。
 しかしよくもまー、憂鬱だらけな俺の人生にこんな予想外のイベントがあったもんだ。
「まさか生徒に告白されるとはな」
 俺は校舎にもたれてスーツからくしゃくしゃの煙草の箱を取り出すと、それを口につけて煙草を一本口にくわえて、前髪を掻きあげながらくわえた煙草に火をつける。
 そして紫煙と一緒に笑いを零して、俺は今日の日を命名した。
「聖ヴァレンティーヌスの悪戯の日、かな」
 見上げた空の青をバックに赤い薔薇の花びらが風に舞って踊っていた。

   ― end ―

 **ライターより**
 こんにちは、嘉神真輝さん。いつもお世話になっております。
 ライターの草摩一護です。
 今回はものすごく良い一日だったようですね。
 美味しいチョコレートに、女子生徒に告白されてと(ちょっと怒られてましたけど)。
 たまにはこんな日もありませんとね。
 でもなんかこの次はものすごぉ〜〜く酷い目に遭いそうな予感がするのは僕だけでしょうか? 
 たとえば【嘉神真輝をオモチャにする会】の襲撃を受けるとか。
 ちなみに草摩もその会に属しているらしいです。(笑い

 でも普段のシチュノベのノリもすごく好きですが、今回のような感じもいい感じです。お洒落でクールな文体は似合いますから、まきちゃんには。
 それにしてもまきちゃん、鈍しですね。鈍すぎです。きっと妹たちや美術教師は本当に心のうちでぼやいていた事でしょう。^^
 その声をぜひに彼に聞かせてやりたいものですね。

 今回のノベルもお気に召していただけてましたら作者冥利に尽きます。
 それでは今日はこの辺で失礼させていただきますね。
 失礼します。