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<東京怪談ノベル(シングル)>


紅のハムスター

3月。
花兄、梅が東京でもほころびはじめ、初春のぬくもりを感じさせるある日。
あやかし荘の縁側には小さな座布団が一つ。
その上には、小さな影も一つ。
「春はやっぱりひなたぼっこにかぎるわい…。」
ほのかなぬくもりの玉露。そばには好物の船屋の芋羊羹とあんこ玉。
芋羊羹を口いっぱいに頬張る。そして、玉露をゆっくりと喉へ。
柔らかな甘さが身体全体に染みとおるかのよう。
「至福、至福ぢゃあ…。」
根っからの和風好みの嬉璃はふうっと深〜い息をついた。幸せ色の時…。

それから約10分後、あやかし荘に絶叫が響き渡る。
「わしの大好物!芋羊羹とあんこ玉はどこにいったああああ〜〜〜!!!」

おでん屋台蛸忠、ただいま仕込み中の札が下がる午後3時。
日本共通、お茶の時間である。
「ふう、やっぱりお茶には、ようかんに限るのお。」
本郷・源はふう、と深い息をついた。暗いため息ではない。あんこ玉を口に落とし玉露をひとすすり。
そしてつく息は幸せ、と言外に語る。良くぞ日本に生まれけり…。
「邪魔をするぞ。源……!」
「おお、嬉璃殿。まだ仕込み中じゃが、一緒に茶でもどうじゃ、丁度いい茶菓子が…。」
だが、旧知の常連はその言葉に思った反応は返さなかった。俯いた嬉璃は静かな声で聞く。
「それは…どこで買ったか聞いても良いか?源」
「悪いが知らんのじゃ。あやかし荘の縁側に落ちていたので貰ってきた。美味いのでどこで買ったかわしも知りた…?」
あれ?源は首を捻る。不思議なデ・ジャヴ…。あの時は確か…顔を上げたとき…
ご・ご・ご・ごおぉぉ…。 そう、こんな風に闇が舞い上がって…
「み〜な〜も〜と〜〜〜!」
「ぎしぇえ〜〜!嬉璃殿〜〜。」
「おんし、また凝りもせずわしの芋羊羹とあんこ玉を〜〜〜。」
「ひえ〜〜〜っ!」
源は頭を抱え蹲った。
また異次元に吹き飛ばされるか?はたまた鍋が飛ぶか?
固くした身体と頭に
ぱさっ。何か柔らかいものがぶつかって落ちる。
「…えっ!?」
おそるおそる頭から手を離し、足元を見る。そこ見えるのは…
「…手袋?」
「決闘ぢゃ!おんしには何度言っても解らんと見える。女の菓子への執念と、プライドを賭けて、勝負してもらうぞ!」
「…嬉璃殿。」
頭を揺らし、源は考える。謝るのは容易い、菓子を買いなおすことも難しくは無い。だが…。
「解った。この勝負、受けてたとう。条件は?」
真っ直ぐに相手の目を見据える源に、嬉璃は微笑と苦笑、入り混じった複雑な笑みを見せて言った。
「おんしが勝ったら今日のことは不問にしてやる。じゃが、もし、わしが勝ったら…。」
「勝ったら?」
「まる一日屋台を閉めてもらう。そしておでんをすべてタダであやかし荘の皆にふるまうのぢゃ!」
「げっ!!」
その時始めて源の顔色が変わった。タダ働き。しかも強制されてのボランティア。銭儲けを愛するあきんどとしては、身を切られる思いである。
「よ〜し、解った。その勝負受けてたとう!」
見届け人は足元の二匹の猫。 
幼き少女達の戦いの幕が、今、開かれた!

「と、いうわけで〜、今回の決闘の案内役を務めます。謎の美少女Sで〜す。そして、彼が解説の…。」
「Mということにしておいてください。」
「あ、二人の名前をくっつけちゃあダメですよ。今回は話とは関係ない、偶然ですからねえ。」
「言わなけりゃ、誰も、そんなこと考えないんじゃ…(パシーン!ハリセンで叩かれたらしい。M氏が頭を抱えている。)」
「…(知らん顔)今回の戦いは空中戦となります。二人はどんな戦いを見せてくれるのでしょうか?おっと、今二人が入場してまいりましたあ!」
どこからともなく、現れた見物人、解説人、トトカルチョ屋までいるようだ。
「ずいぶんな騒ぎじゃのお。」
「お祭り騒ぎになってしまったようじゃ。」
二人は、それぞれの機体から降りると、向かい合った。
源の背後には真紅に塗られた機体が見える。変形屋台【蛸忠】FX−04である。
「嬉璃どのは、戦闘屋台をお持ちかの?」
「あるわけなかろう!!」
相談の後、源は黒猫に命じ【鳳凰】DXを貸し出すことにする。カラーリングは眩しいまでの青。
審判の前で二人はにらみ合う。腕組みをした嬉璃はふん、と鼻を鳴らした。
「謝り、負けを認めるなら今のうちぢゃぞ。今なら、ローストポーじゃない、ローストハムスターにならずにすむぞ。」
源は髪をかきあげ、腰に手を当てる。
「ふっ…飛ばないハムスターは、ただのハムスターじゃ…。」(おぃおぃ…。)
『発進15秒前、乗員は持ち場についてください。』
二つの影が同時に走りこみ、サムズアップのサインをきる。
「かっこいいですね〜。」
M氏が息を呑む。
『5、4、3、2、1 発進!!!』
旗が振られ、あやかし荘の屋根を滑走路に、二台の戦闘屋台が飛び上がっていく。
ここからは、解説者に任せよう。これは、断じて作者が空中戦描写が苦手であるためではないのあしからず。

「お〜っと!これは素早い展開、青い機体、嬉璃さんの【鳳凰】が上をとったあ!下の源さんの【蛸忠】に爆撃!」
「あ…。受けに回った【蛸忠】…高度をとれませんね。」
「今、頭を上げたらかえって危険です。だが、このままで終わるとは思えない…。ん?あ〜っと、【蛸忠】回転?いや、捻りこみ!【鳳凰】の後ろに回りこんだあ!」
「でも…攻撃しない?」
「ホントですね。攻撃しません!何を考えているのか、【蛸忠】!」
「ポイントを…狙っているのかも…?」
「なるほど、相手を傷つけない。自分の屋台も傷つけない為?なかなかカッコいいぞ!【蛸忠】!
でもそれで【鳳凰】に通用するのかあ!」
「あ、【鳳凰】は攻撃を始めてませんか。」
「おっと、【鳳凰】の機銃掃射!空薬莢の雨が降る〜〜!」

観客達が逃げだし、解説者達も頭を庇うように抱く。
バラバラバラ…あやかし荘の古すぎる屋根に強い衝撃が走る。
それを感じて、一人の少女が箒を持ったまま、ゆっくりと縁側に出て、空を見つめた。
溶けそうな青い空に、赤と青の木製戦闘屋台が飛び交う。
少女は手近な新聞紙を手に取りメガホン形に丸めて空に…向けた。

「初めてとは思えんぞ、嬉璃殿。」
「そなたもな、さすがぢゃ、源よ…。」
だが、二人の呼吸は流石に荒くなってきている。
次のドッグファイトが…勝負を分ける!
「行くぞ!」
「おう!じゃ!!」
二つの機体が回転し、空を舞う。正面対決!皆が目を閉じた…。二機は激突したのか?
ドオォン!
耳を劈く爆音は、…響かない。代わりに耳に届いたのは…声?

「嬉璃!源さん!!あやかし荘がこわれちゃうでしょ!!いい加減にやめなさ〜〜〜い!!」

機銃掃射も、ドッグファイトも、乱闘も…起きなかった。二機の戦闘屋台はまるでトンボのように回転しながら地面に、いやあやかし荘の闇の奥に吸い込まれて行った…。
「まったく…もう。二人ともご飯抜きにしちゃうわよ。」
腰にてを当てた彼女の言葉が二人の飛行屋台乗りに届いたかどうかは定かではない。


その夜のおでん屋台【蛸忠】(ノーマルバージョン)
「結局、あのお方にはかなわんということかのお。」
「あいつ、声だけでわしらを落すとは…見かけによらず只者ではないのかもしれんなあ。」
ほんの数時間前まで、空中戦を繰り広げていたとは思えない緩やかな空気の中、二人は酒を酌み交わす。
「ふうっ、なんか気がそがれた。今回のことはあいつに免じて許してやるが、二度とするなよ。源よ。」
「あいわかった、すまぬのお。」
「次にそなたが持ち出したらその皿の団子は、ホウ酸だんごかもしれんと思いおくがいい。」
嬉璃の『本当はまだ怒っているぞ。』の揶揄を込めた脅迫に、源は苦笑と微笑を足して2で割った笑顔で頷く。
「しかし、わしらのケンカなど本当の『大人』の前では子供の遊びに過ぎんのかもしれんのお。」
鍋をかき回していた源の呟きに、カタン、という椅子を蹴る音と、フッと高いところから浮き上がり落ちてきた笑みの言葉が重なって答えた。
ん?お客は嬉璃一人…だったはず。でも高いところから笑みが落ちる??顔を上げた源が見たものは?
「まい…ど…!!ん?な、なんじゃ嬉璃殿!ちょっと!ちゃんと姿をみせるのじゃああ〜〜〜!」
夢かはたまた幻か?
駆け出し追った外に、残るは銀の気配のみ。
投げ出された菜ばしは、二匹の猫達が一本ずつキャッチしていた。

ゴーストネットの書き込みをしばし賑わせ、アトラスに「UFO出現?」と評せられた赤と青の謎の機体の正体を知る者は少ない。
その二人のパイロットの、本当の姿を、知るものも…。

「嬉璃殿〜、芋羊羹でも、あんこ玉でも、なんでも奢るから、もう一度あれを見せておくれなのじゃ〜〜〜!」

【とりあえず、終】