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<東京怪談・PCゲームノベル>


【庭園の猫】言えない思い

 永遠が無いと気付くのは……何時からだったろうか。
 小さい頃は怖いものなどは無く――ただ、不思議なだけだった。
 空は、いつも同じ色をせず、時に降り続く雨……しんしんと、音も無く降り積もる雪……全てにおいて、同一の景色は無く。

 静かに、静かに。
 掌に降り積もる。

 ……降り積もる、雪。
 降り続ける花びらと――洗い流すような、雨が、ただ。

 告げぬ言葉を自らの内に降り積もらせるように降り注ぐ。


                       ◇◆◇


 言葉は決して不用意には紡ぐまい、と斎・悠也は決めていた。
 それは自分が発する言霊が相手にどのような効果を及ぼすのか考える故でもあり――、また必要な言葉がきちんと言えるのであれば装飾は不要と思う故でもある。

「……不思議な場所、ですね……」

 鳥が囀り、陽は明るく芝生へと降り注いでいる。
「庭園」と呼ばれる、この場所へ――自分の居る場所から、能力を使い空間を渡り歩いて悠也はやってきた。

 目的はただ一つ。

 ……告げられぬ想いを封じる風鈴があると言うから此処へ来た。
 どのような形と色をしているのか、悠也自身に解る筈は無く……ただ、今は歩いている。
 庭園に敷かれている、道を。
 何処へ向かえばいいのか考えつつも真っ直ぐに。

(……普通、客人が来たら迎えに来てくれるものじゃないでしょうか……)

 そんな事を、ふと考えながらも此処の住人の事を考えた。
 確か、此処の住人は……一人の少女と一人、と言うべきなのか一匹と言うべきなのか迷う「猫」が居ると言う――。
 記憶の底にある風鈴や思い出を売り歩く少女と、それらを持って逃走する猫の奇妙な空間であるとも。
 ……普通を求めてはいけないような気分になり、暫し考え込んでしまう。

 すると。

 ……はらり……と。

 薄い紅を差したような白い花びらが掌に舞い落ち――落とさぬよう、悠也はそっと花びらをつかまえたその時……、頭上で声がした。

「…おや、櫻の花びらをつかまえると……幸福になれるという話を知っているのかな?」
「……いえ、知りはしませんが……貴方は?」

 黒猫に「貴方」と呼ぶのはどうなのだろう――と、一瞬考えたが言葉を話せるモノに呼び捨てはどうかとも思いながら悠也は問い掛ける。
 …樹の上に居る猫は楽しげに、その問いに瞳を細めた……銀の光が、一瞬強くなる。
 とん…と、樹から飛び降りる時、猫の形から人の姿へと変わり――。

「私は猫だよ。此処の住人。そして――多分、君が探している人物の片割れだ」
「ああ……! そうでした、猫か人か判別しかねる――貴方がそうでしたか」

 にっこり、悠也は猫へと微笑む。
 ……はらはらと……歌うように櫻は舞い続ける。

 言えない想い――

             言わない想い――

  ――……告げなければいい。

         ――……言わなければいい。

                  ――……永遠などない。


 ……そう、思っていても望んでしまうのだ。

 閉じ込めてしまいたい、と。
 この想いごと――想いが宿った、その刹那ごとに……と。

「…良ければ封じの風鈴を見せていただけませんか?」

 ザァ………ッ。
 その言葉に反応したかのように、櫻がまるで何かを止めたいと願うように無慈悲なまでに吹く、風に揺れる。


                       ◇◆◇


「貴方の風鈴があるといいのだが」

 猫に案内された場所は、先ほど歩いていた場所より若干離れた所にあった。
 庭園内に風鈴を作る工房がある、と言うのにも驚きだが、それよりもまず驚いたのは……封じの風鈴の数の多さだ。
 無数に吊るされているそれらは様々な形があり、色があった。
 …やはり、風鈴と言う物は音が鳴ってこその風鈴であると、悠也は大量に吊るされている風鈴を見て思う。
 舌があり、風が吹けば容易く大音量の音が迎えるだろうそれらは決して鳴る事は無く……。
 ただ、其処にあるばかり。

「……此処に来た時も思ったんですが」
 髪をかきあげ風鈴を満遍なく捜すように見ながら悠也は猫へと呟く。
「何かな?」
「…不思議な、場所ですね……こんなに風鈴があるとは考えてませんでした」

 悠也自身が封じたいのは、愛しさゆえにある想いだった。
 だから、逆に……もし自分が持つのであれば綺麗で儚い色合いの風鈴だろうとも考えていた。
 ……口には出して言えぬ愛しさがあるように、その色合いが見えるようなものであれば良いと。

 だが…この中から見つかるだろうか?
 見つからねば来た意味も無いのだが――少しばかり、困ってしまう。

「…中々、多いように見えるかもしれないが…何、心配は要らないよ。…すぐに見つかる」
「すぐに、ですか? これだけあるのに?」
 風鈴を探す行動を止め、悠也は猫へと振り返る。
 猫は相変わらず、笑ってるような表情を浮かべるばかりだ。
「そうだよ? ……自分の風鈴であるのなら、何であれ解る様に出来ている」
「………」

 猫の言葉に「なるほど」とは言えぬまま、再び風鈴を探す。
 告げれない想いだからこそ大事なのだ。
 ……封じれる言葉があり、その形があるのなら幾年でも耐えられよう。

(全てが消えないように溶けない様に、散りゆく櫻の様に)

 ――全て、儚いものだと知っている故に。

(告げれば消える今在りし処)

 今、居る場所をあえて消そうとは思わない。
 ……このまま時を重ねれば、貴女は必ず先に儚くなるだろう。
 それでもその先に続く命は永く………終わりある永遠。
 永遠にと願いこそすれ、儚くなってしまう貴女を何で繋ぎとめられようか?

 …全ては櫻が持つ幸せと似ている。

 散る櫻であるからこそ人はその美を尊ぶ……終わりある美しさと知っているからこそ褒め称えるのだ。
 散る花弁淡く積もりゆくよう、想いも降りつもってゆく……。
 …音も無くはらはらと。
 心の中に、ゆっくりと染み渡っていく……何時から入り込んだのか解らぬほどに、がんじがらめの甘い想いだけが。

 そして、それらは一転して……心の中へ微かに射す光ともなる。
 絶望ではない淡い希望。
 光と言う名の闇。
 一つにつき、二つの色。
 決して相容れず共に在る――二つの想い。

 まるで湖底に揺れる白い焔の様な光と……、ディープブルーの昏い水底に沈み――眠る欲望。

 言えぬ言葉だけが、貴女を思うたびに降り積もっていく。

 "貴女が、欲しい"

 過去も現在も未来も全部――欲して奪えるものならば……貴女の全てが欲しい。


 ――……ちりん。

 愛しい人物の事を思いながら探していた所為だろうか。
 何故か、此処では聞こえない筈の風鈴の音が聞こえたような気がして――悠也は振り返る。
 すると、其処には。

 宵闇が持つ紺青の色の中、金色の今にも折れてしまいそうな下弦の月と……散り行く櫻の花びらが描かれた風鈴があった。

「……見つけた」

 …呟きはあまりに小さく、猫でさえ何を言ったか聞き返す程だった。


                       ◇◆◇


 ……この想いは沈めた方が良いのだろう。
 沈める想い。
 沈黙する。
 ……黙される。

 許されぬ願いなら叶わぬ想いなら……いっそ――。

 そう思った事も二度や三度では無いのだから。

 工房から、「ずっと立ちっぱなしでは疲れるだろう?」と四阿(あずまや)へと猫へ案内され、悠也は風鈴を手に様々な言えぬ想いを自らの風鈴へと沈めている。
 流れ行く水のように溢れていく想いだけが、真実なのだから。


「……ちょっと聞いて良いかい?」
「何でしょう?」
「…君は何と言うか…幸福に見えるんだがね、違うのかな?」
「……幸福ですよ。ただ――……どう足掻いても共に寄り添えない運命が」
 …憎い、だけだ。
 いや、憎いなんて言う言葉では足らないのかもしれない。
 …それらを静かに見つめている自分も居る。
 冷たく、暝い視線でいつも、何時でも――"お前は本当に幸せなのか?"と問い掛けてきては、嗤う。
 決してかみあわないと知っているくせに幸福などと言うものじゃない、と。
「だから、言わない想いを封じるんだね?」
「……ええ、おかしくは……無いでしょう? 俺は…幸福ですが、それ以上を求めようとは思いません」

 言葉は決して発せれないのだ。
 言えぬ言葉がある――無論、彼女は誰も知らぬ悠也の出生の事も知っている。
 だが、それらが何になるだろう?

 理解していたとしても、何時かは別れる。

 だから、それ以上は求めない――今が幸福であれば、はす向かいに微笑む表情があれば良いとさえ思う。
 ……微かに。
 猫の表情が微妙に曇ったような気がして、悠也は金の瞳を細めた。

「……おかしくはないがね。言ったら喜んでくれるかもしれないよ?」
「…俺には絶対に言えない言葉があるんです。これらの想いは、その言葉に該当してしまう……っ!」

 喜ぶかもしれない、等と言って欲しくは無かった。
 決して、決して、言えはしない言葉たち……不用意に言葉紡げば、どうなるか解っていて……何故言えよう?
 言葉には霊が宿る。
 ……呪と同等の言霊が。
 気持ちを認めずに居れば、それらの言葉を発せずとも済む――から。
 あえて……認めず、気付かないふりをして。

(きっと……この想いは重傷だから)

 認めずに居ようとも、己の心にだけは嘘がつけない事も解っている。

 手の内にある風鈴を見れば、微動だにせず微かな手の温もりが硝子製の冷たさとはまた違うものを反映させているようで苦笑が浮かぶ。

 この手が、彼女を幸せに出来ると良いのだけれど。
 何時の日も彼女を護るためだけに在れるなら。
 幸せに出来れば良いと望み、壊してしまいたいと望む――相反する感情……だがそれさえも同一で、変わらぬ想いなのだ。

(言えぬ想いがあるとしても、言えぬ言葉があるとしても、それさえも跳ね除けて、ただ幸せにすることが出来るなら……)

 悠也を気遣うように見る猫は、再び考え込むように言葉を選ぶ。

「……言えぬ言葉、か。正しく風鈴と同等の想いな訳だね……もし、もう一つ想いを言うのなら君は何にする?」
「え?」
「まだ入れていない想いがあるように見えるよ……私にはね」
「…一つ、質問があるんです」
「何かな?」
「この風鈴は持ち帰っても…良いんでしょうか?」
「勿論。……見つけてもらえて風鈴も喜んでいると想うしね…持ち帰って眺めるも良し、壊してしまうのも―― 一興かもしれないよ?」
 猫の言葉に悠也は「まさか」と笑む。
 自分の奥にある大事な想いを壊せる訳が無いではないか……が、ふと目の前に座る猫はどうしたのだろうと考え、
「…壊しはしませんが…貴方は…ご自分の風鈴を壊したんですか?」
 と、聞く。
 驚いたような表情を猫は一瞬浮かべたが、すぐに表情を変え、
「さて……どうだったかな……壊したかもしれないし、後生大事に何処かへしまってるかもしれない…宝物のように」
 と、何処か哀しげに遠くを見据えた。
「なるほど。……では、最後の想いだけ……」

 願わくば―その時を止めて桃色に百歳千歳の時をどうか共に――……夢と知っていても、望む。
 願って、叶うのならば共に、と。

 俺はきっと貴女を――

                 『愛してる』


 何時の日も何時までも変わりなく。
 永遠など無いと知っていても、その生命すら愛おしい。

 ……最後の言えぬ言葉を封じ込められた風鈴は、まるで瑠璃の石の如く、光沢のある光を放ち――きらきらと悠也の手の中、まるで悠也自身の金の瞳を映したように輝いた。






―End―

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■   登場人物                  ■
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【0164 / 斎・悠也  / 男 / 21 /
 大学生・バイトでホスト(主夫?)】
【NPC / 猫 / 男 / 999 / 庭園の猫】
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■        庭 園 通 信          ■
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こんにちは、秋月です。
斎さんは、3度目の出会いになるでしょうか……こちらの
ゲーノベの世界にいらして頂けて、本当に有難うございます!

今回頂いたプレイングは本当に綺麗で……私がこれを書かせて頂いて
良いのか悩みましたが、読ませていただくごとに斎さんが
お相手の方の事を思ってらっしゃるのだな…とじんわり来てしまいました。
本当に、素敵なプレイングを預けていただけたことに感謝です……。
また、もし斎さんが良ければ猫に逢いに来ていただけたら幸いです。

では、また何処かにて逢えますことを祈りつつ……。