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【庭園の猫】言えない思い
何時しか、忘れ得ぬことがあった日の事も忘れて――……しまうのだろうか?
人とは忘却の生き物である、と。
だからこそ様々な事を繰り返し、言葉を繰り返し……嬉しかったことを中々思い出せなくなるのは、哀しかったことより心に影響が響きにくいからだ、とも言われる。
ならば。
――忘れてしまうのであれば。
何故、行き過ぎるのだろう――?
思えども答えは出ないまま……時だけが過ぎる。
◇◆◇
「……貴方は本当に突拍子もない人ですね」
やや、呆れたようにセレスティ・カーニンガムは目の前の人物へと言葉をかけた。
こちらにも都合と言うものがあるのだと目の前の人物は解っていないのかもしれない。
……いや。
「もしかしたら面白いことがある、と言いたいのかもしれませんがその手には乗りませんよ?」
そう言ってみるも、まだ答えは返らない。
その人物はゆったりとしたロッキング・チェアに身体を預け、優雅に足を組んだままだ。
「……ポウの大鴉でさえ問いには"またとない"と返しましたよ? …何時まで私一人に声を出させるつもりです?」
「さて?」
「…開口一番が"さて?"ですか……全く持って、貴方と言う人は……!」
何を考えてらっしゃるんですか?と言おうとしたのを相手に手で制され、言葉が止まる。
「……先に言われてしまっては言葉が出ない」
「は?」
「だから、先に言われてしまっては言葉が出ないので黙ってしまったんだよ」
「えー…ですから、……つまり」
面白いことがある、と言うのを言いに来たと言うことだろうか?
呆れよりも笑いが何時しか、こみ上げ――くつくつと微笑うと相手は憮然とした表情を浮かべ、
「…笑うのなら大声で笑ってもらった方が嬉しいんだが」
と言う。
…ますますもって、らしい返答に笑いは声にならないものとなる。
「い、いや…大変、失礼致しました。…では、そんな憮然とした表情にさせてしまったお詫びとして付き合わせて頂きますよ。…今度は何があるんですか?」
瞳に浮かんだ涙を指で拭いながらセレスティは目の前の黒尽くめの青年――猫へと問う。
憮然とした表情から幾分、いつもの笑みを取り戻した表情で「うん」と言いながら。
「…舌はあれども音の出ない風鈴が」
――あるんだよ、とだけ呟いた。
◇◆◇
この私室から、彼はどのようにして出て行くのだろう?
「では行こうか」と言われた時にセレスティの脳裏に浮かんだのはそれだった。
……素朴な疑問と言うよりも真っ当すぎるほど、真っ当な疑問である。
が、猫自身、何時の間にかセレスティの私室に人の姿で入って来てしまっているのだ……もしかしたら入ることより出ることの方が楽に出来るのかもしれない…等と思う。
(…まさか、此処から私を抱えて連れて行くということは無いでしょうし……)
幾ら力があろうとも庭園まで、かなりの距離がある。
この考えは却下して、差し支えないだろう。
では――正面突破、だろうか?
(いちいち、ウチの使用人や警備員たちに自分を紹介して歩くと言うことはしなさそうですねえ……)
…これも却下だ。
考えるのを止め、セレスティは猫へと直接聞くことにした。
「あの……どのようにして行くと言うのですか?」
猫の手がセレスティの車椅子にかかる。
セレスティは見上げるように猫を見、銀の瞳が楽しそうに瞬くのを見た。
キィ……。
車椅子が、室内の中軽く軋む。
「こうやって行くんだよ。…渡る時に酔わせてしまったら申し訳ない」
「はい?」…と言えないまま、部屋の空間が歪んだ。
猫はセレスティの車椅子を押しながら、狭間を渡り歩く。
マーブル模様の風景が通り過ぎる空間をセレスティは、ただ……不思議な気持ちで見ていた。
◇◆◇
渡り歩くのは長かったのか――はたまた短かったのか。
時間の感覚がつかめないまま、セレスティは庭園の風景を見渡した。
……どうやら、この場所はまだ昼下がりの麗らかな時刻であるようだ。
陽はまだ高く暖かさを放ち――何処かで鳥が鳴いている声がした。
「…気分はどうかな?」
猫が気遣うようにセレスティへと問う。
セレスティは、先ほどしていたように振り向き猫を見上げると、
「悪くは無いですよ、ああいう能力があるのでしたら御用があるときはあの道を辿るのも悪くは無いかもしれませんね」
と、答え、猫を少し笑わせた。
「…さて、音が出ない風鈴の元へと連れて行って頂きましょうか……。とは言え、その風鈴はどのようなものなのですか?」
車椅子を押し、道なりに歩いてゆく猫へと聞く。
…流石に先ほどの室内では聞けなかった問いだっただけにこれだけは最初に聞いておきたい事でもある。
「封じの風鈴、と言うんだよ」
「封じの? …何か秘密でも詰め込んでおく風鈴ですか?」
「秘密……近いね。言えない思い、言えなかった言葉…それらが詰まった風鈴だ」
「ああ、だから」
「そう……だからこそ、舌があっても鳴らない。彼らは沈黙することが己の仕事だと解っているから」
何か苦々しげな思いを告げるように猫は言う。
セレスティは、そんな猫の言葉に疑問符のような言葉をぶつけ、聞く。
「まるで風鈴が人であるかのように言いますね、貴方は」
「…おかしいかい? だがね…見てみれば解ると思うが、それぞれの思いがあるあの風鈴は正しく人のようにしか、私には見えないんだよ」
「なるほど……見るのが本当に楽しみになって参りました」
地面へとセレスティは視線を向ける。
手入れの良い芝は青々とした光で――今が本当に"春"と言う季節なのだと実感させた。
……車輪は時折、道に負けるように軽い軋みをあげて回る。
◇◆◇
「ほう……これは……」
「中々、凄い光景だろう? 鳴らない風鈴しか、此処にはない……」
ずらりと並ぶ風鈴は、ひとつの場所に多くあればある程、異様な雰囲気を醸し出す。
特にそれらが鳴らない風鈴となれば、一層異様と言うべきか不思議と言うべきか迷う。
様々な色と柄の百花繚乱。
……なるほど、これならば先ほどの猫が言っていた「まるで人のように見える」と言う言葉にも大いに頷けると言うものだ。
――……沈黙する、黙される。
黙することは辛いけれど、無用な心配を抱かせるくらいなら言わない方が楽だったりするものだ。
要らぬ心配を、こちらの勝手な我が儘で他者へとかけてはならないのだから。
そのような事を考えていたら、どうした事なのか、猫がセレスティの掌へ風鈴を持って来て見せる。
…風鈴としては、いくらか風変わりな……花弁の重なりあった形が作られ、色はほんのりと淡い桜の色をしていた。
白いけれども白ではない、薄い紅を散らしたような……決して自然でしか作れないような微妙な色合いが綺麗に出されており、セレスティは掌の中でその風鈴を転がすように回す。
…音は、当然の如く出ない。
「……中々綺麗な風鈴ではある」
「ええ。ただ、どうしてこれを持って来て下さったのですか?」
曖昧な表情で微笑む猫を見ることはなく、風鈴の持つ冷たさを感じつつセレスティは掌で弄ぶ。
「何か、言いたいことはないかと思ってね」
…此処に来ると、不思議と色々なことを思い返す人が多いようだから。
猫の言葉を聞き返すまでもなく、確かにセレスティも様々な事を思い返していた。
――言えなかった、言葉と共に。
◇◆◇
言えない思い――。
言えない、思いは……春が廻って来るとその芽吹きと共に何か誰かに聞いて欲しいと思う言葉たちだ。
けれど、聞いて欲しいと思う、その思いは自分勝手な我が儘でしかならず、相手にはつまらない時間を過ごささせてしまうのかも知れないと考えると、そのまま……また心の中へとしまってしまうのだ。
…私自身の言葉や話が、その方にとって有益であるかどうかは解らないし知る事も出来ないから。
だから、沈黙する。
出す予定のない言葉や思いであるのならば、誰も受け取りはしないし考えもしない。
……私以外には。
そしてこれらは、人との別れにも通じるものがある。
私はある程度長い――人よりも長い時間を過ごしてきた。
その分、色んな方にお会いし……共に過ごして。
また、楽しい時間を共有する方も居て、その中で好ましいと思う人も無論、居た。
だが、通常の時間軸を生きる方は、大概私が見送る事になってしまう。
消えてしまう。
…儚くなってしまう。
…日常の中から消えてしまい――何時しかそれが当たり前になるほど長い時間が過ぎる。
それが嫌で、悲しい思いをする事に慣れる事さえ出来ず、ある程度の交流しか出来なくなってしまう。
(きっと私は、人より数倍も長く生きているくせに)
様々なことが怖いのだ。
…特に別れや、自分自身の言葉や思いに関しては――どう、対処して良いかわからなくなる時がある。
――……私が何よりも好ましく思った方たちだったから余計に。
ただ、その中で今は救いとなる光がある事が嬉しい。
明るい微笑、こちらに向けてくれる心地よい言葉の渦……。
(ああ……、そうだ)
セレスティは風鈴を持ちながら微笑を深くする。
(このように考えていても辛くなくなったのは――)
同じ時間を過ごす、救いとなる光――愛しい人が居るからこそだ。
別れや言葉に対しての考えが怖いのだと知っていても……まだ、大丈夫。
(思いとは――)
………不思議な、ものだ。
◇◆◇
カラン………。
その考えに到達した瞬間――風鈴は、強度を増したように乾いた、音を立てた。
「おや……綺麗に言葉や思いが入ったようだね」
「見ていたら本当に様々なことを考えてしまっていましたよ……ふふ、でも本当に」
「何かな?」
「…貴方も人が悪い。いや、人じゃありませんけどね――あえて、こう言うことを許してもらえるのなら人が悪いと言う言葉が本当にしっくりと来る……」
「…何と言うか、かなり心外なことを言われてる気がしないでもないが――どう言う意味で人が悪いのかな?」
解ってるくせに聞く猫へとセレスティは呆れた目を向けつつも微笑んだ。
「私は誤魔化されませんよ? 面白いことがあると聞いたのに――結局貴方にとって面白いことでは無いではないですか」
逆に、これでは面白くないのではないかとさえ思う。
こちらは風鈴を見、言えぬ思いを言えるから、まだ良い。
だが、猫にしてみたら――何もない。
……こちらの思いを垣間見れるだけだ。だが猫は未だに笑ったまま、何も言わない。
「また、最初の時のようにだんまりですか?」
「いや、そうじゃないよ? 人が悪いと言うからどのような攻撃をされるかと構えていただけでね」
「……失敬な」
「失礼。まあ……そうだね、此処にそう言って連れて来たことが人が悪いと言うのであれば」
「何でしょう?」
「……この後、ご一緒できるだろうお茶の時間が楽しみだったんだよ――と、言っておこうかと思う」
しゃがみこみ、セレスティに視線を合わせ首をかしげる様に猫は、さらりとそう言い――セレスティはと言うと。
「……全く本当に貴方という方は……!」
こみ上げてくるおかしさを隠すことなどせずに――彼にしてはかなり大きな笑い声を立てていた。
まるで春、そのものの様に――明るい笑顔を見せながら。
―End―
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■ 登場人物 ■
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【1883 / セレスティ・カーニンガム / 男 /
725 / 財閥総帥・占い師・水霊使い】
【NPC / 猫 / 男 / 999 / 庭園の猫】
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■ 庭 園 通 信 ■
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こんにちは。
ライターの秋月 奏です。
前回のゲーノベに引き続き、今回のゲーノベにもご参加本当に有難うございました!
…そして一番に参加していただいたのに、今回はラストを飾って頂きまして
大変申し訳ありません(><)
セレスティさんと猫をどの辺りで逢わせようか色々と考えてしまい
このような逢わせ方になりましたが……少しでも楽しんで頂けたら良いのですが。
中々、憮然とする猫と言うのは見れないなあと思いつつ、私自身は
凄く楽しんで書かせていただいたので(^^)
それでは、また何処かにてお逢い出来ますことを祈りつつ……。
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