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【庭園の猫】言えない思い
意味なんて――無いんだろうね、きっと……。
一ノ瀬・羽叶はそう思いながら蒼く高い空を見上げた。
東京では、ある程度薄青くとも、それらは「青い空」と言われる。
だが、昔様々なところを渡り歩いていた時に見た、青い空――あれこそが本来の「青」ではないかとも。
青にかかる緋色の夕焼けがとても綺麗で、何故だろうか…大声で笑いたくなったのを覚えている。
(あの色は私)
皆に染まりきれない――私自身。
壁を作り、笑顔で誤魔化してきた私の色。
羽叶は、強張った顔のまま、とある門の前に立ち――、息をつく。
(永遠なんて無いよ)
何もかもが変わってしまう――そんな物に何を求める?
ふっ……と笑顔が羽叶の顔に浮かぶ。
だが、それもホンの僅かの間。
意を決したように羽叶は門ををくぐりぬけた。
羽叶が立っていた後には……風に揺れる樹木のさやぎだけが、ただ残った。
◇◆◇
午後。
少女と猫は庭園内にある四阿(あずまや)にて、とある攻防を繰り広げていた。
「…駄目だったら駄目です!! 一体何回、私の変わりに風鈴を持ち出す気なんですか……!」
「そうだねえ、私の気が済むまで…かな?」
猫の返答に少女は唖然とし、声すら出せぬまま口をパクパクと数回開いた。
あまりと言えばあんまりである。
少女にしてみれば、出逢えた人に風鈴と言う思い出を売るのが仕事であり、しなければならない事だ。
なのに、猫は涼しい顔で「気が済むまで」と言ってのけてしまう。
ふぅ。
少女の口から、意識しない溜息が漏れた。
「……本当に今日ばかりは静かになさってくださいませんか? お客様がいらっしゃる筈ですから」
「おやおや。随分珍しいお客人もあるものだね。…少女に直接コンタクトを取ってきたのかい?」
猫の表情がホンの少しだけ楽しそうな微笑に変わるのを見て、少女は首を振った。
そうではない。
そうではなく、ああ…このようなことが起こるだなんて初めてだ。
「私じゃありません。こんなことは初めてで私も戸惑っているのですが……風鈴が、望んだのです」
「風鈴が?」
自然、猫の表情が楽しげなものから思考する表情へと変わり、
「……中々、今日のお客人は色々な意味で手強そうだね」
と、少女へと告げた。
……音鳴らぬ風鈴はただ――持ち主を待ち続けている。
◇◆◇
私が、起きて一番にしたこと……それは顔から表情を無くすことだった。
笑って防御していた私、いつも心を見せぬように愛想だけは人一倍良かった私……そんな殻は全て脱ぎ捨てた。
でも、変わってしまった私でも、じっと見つめてくれる瞳がある。
(お願いだから見ないで)
空っぽなのだから。
何も――私には無いのだから。
(そして……空っぽ、だからこそ)
好意は持たれるのも――持つのも嫌い。
好きだと言う気持ちは何時まで続く?
私が生き続ける限り続くの?
(そうじゃないでしょう?)
気持ちなんて変わる。
自分を育ててくれた人たちが何度も何度も変わっていったように「何時までも」なんて……有り得ない。
(有り得ると言うのなら)
――証拠を。
不変だと言うモノを見せてから私に言って欲しい。
桜だって散る。
形あるものはいつか壊れるのに――どうして、皆。
(疑いもせず、信じられる?)
……解らない……解れる、筈もない。
かさかさと葉擦れの音が羽叶を呼び止めるように響いた。
樹木も花も、思いつめたような表情の彼女を心配して風に揺れる――少しでも、気持ちを違う所に向けて欲しいと言っているかのように。
だが、羽叶は、道を何の迷いも無く歩く。
自分を呼ぶ、何かの存在がどんどん近づいてきているのを確かに感じながら。
◇◆◇
「……ああ、何故こうも人と言うのは面白いのか」
少しばかり伸び始めた前髪を弄びながら猫は、「困った物だけれどね」と笑うと、少女は瞳を丸くする。
「…猫? また何か……」
覗いているんじゃないでしょうね、と言うより先に、猫は視線だけで少女の言葉を止めた。
「覗いているわけじゃない。こちらへと――流れて来るんだよ」
強い、強い気持ちがね。
「……本当、ですか?」
「本当だとも。ねぇ? 一ノ瀬・羽叶さん?」
少女ははっと振り返り後ろを見る。
其処に立つのは一人の――不思議なほどに表情の無い、少女。
その少女の唇が、猫に名前を呼ばれた所為か、ゆっくり動き――幾分、表情に柔らかさが生まれた。
「……驚いた」
「何がだい?」
「…名前。名乗る前に呼ばれるとは思わなかったから」
「ああ。時折、風が教えてくれることがあるんだよ――来る人の、名前をね」
「そう……」
座っても大丈夫?と問いかけ、少女が頷くのを確認すると羽叶は四阿の中へと入り、少女と猫、双方が見える場所へと座った。
そして、
「……此処にあるんだよね?」
と、どちらに聞いてるとも取れる言葉で聞き……少女と猫は曖昧に、微笑んだ。
「何が、でしょうか?」
「…私は何かに凄く呼ばれてる……そしてそれは――」
此処にあると言われる、封じの風鈴なのだと思うから。
羽叶は顔を伏せ、言葉を言う事を悩むように自らの両手で頭を強く抑えた。
(どうして、こうも人と話す事は億劫なんだろう?)
一人、考える時は本当に様々な言葉や思いが溢れるのに。
……人と面を付き合わせるということは、この億劫さと戦わねばならないと言うこと。
(……面倒だね……)
いっその事、何も想わなければいいのに。
言葉など出さず、想い等、記憶しない――そんなものになれたなら………。
だが、そんな羽叶の考えを読むかのように猫の手が羽叶に触れた。
抑えていた手を解き、羽叶は顔をあげる。
……少女も猫も、羽叶が急に取った行動に困ったような顔さえ浮かべておらず、それが不思議と羽叶には有難かった。
「…ゆっくりで良いから、君のペースで喋っておくれ。私たちは――何処にも行かないから」
「……うん」
頷き、羽叶は少しずつ、少しずつ、自分自身の言葉を紡ぎ始める。
誰に言うでもない、自分自身の言葉を。
◇◆◇
言わなくても良い想いは――沢山ある。
例えば、想われてると解っていても応えられない想いとか……。
だけど思い出だけは溜まっていくから……辛い。
いっそ日々を思い返すことなんて無ければいいのに。
思い出せば、「何故」と悔やむ。
どうして私はこうなんだろうって、考えてしまう。
考えても考えても仕方が無いんだと言う、沢山の事を――思ってしまう。
友達にもその度、怒られる。
何かに走ろうとする私を止めようとする手も。
でも私は、それさえも振り払って――走り抜けたくなるんだ。
……優しく、ないよね。
誰にも応えられない……私は私の事だけで本当に、いっぱいいっぱいで……。
だから、かな。
此処に想いを形にする風鈴があると聞いて…そして、確かに呼ばれている自分自身を感じて。
見たいと、思ったんだ。
その……風鈴を。
想いが本当に……風鈴として形をとるのなら、その想いを閉じ込めて壊してしまおうか…。そうすれば少しは気が晴れるだろうかって……。
羽叶は、此処まで話すと微笑とも苦笑とも取れる笑みを浮かべた。
壊してしまいたい。
けれど、壊れて欲しくない。
どちらともつかぬ、感情の揺れ――本当に私がしたいのは、どちらなのかと思いあぐねているようでもあり……また決別したいのだと心の何処かで決めているようでもあって、少女は羽叶を見かねたようにひとつの風鈴を差し出した。
普通にある風鈴より幾分小さな――コロンとした丸みを帯びた風鈴が羽叶の掌で揺れる。
「……何?」
「……貴方の、風鈴です。お気づきになられた様に……沢山の想いが貴方を呼びました」
「うん」
「ただ本当に、それらの想いが貴方に届いていたのか……」
「――え?」
少女が呟くのを待っていたように風鈴が一斉に鳴り出した。
風も吹かずに、ただ鳴り渡る音は硝子が叩きつけられるように不協和音を奏で……その音の中で、羽叶は。
――自分自身が一番、見たくなかったような想いを見せられた気がして瞳を閉じた。
◇◆◇
『本当に壊したいのかな?』
猫の声が穏やかに羽叶へ問い掛ける。
人から受けた思いを。
自分の中にある思いを壊したいと望むなら――どうして。
『なら、何故――貴方は壊さないのでしょう?』
猫の声に重なるように少女の声が問う。
一人で居た方が楽でしょうに、何故?
(……やめて)
『失うこと、変わることが――怖いかい?』
『それとも――貴方はご自身の思いの強さを知らないのでしょうか』
こんなにもしっかりとした形で風鈴があるというのに。
貴方を呼んだ、貴方だけの思いが此処にはある。
(だって、怖いんだ)
期待、なんてしたくない。
期待して――裏切られたら傷つくのは自分。
裏切った人じゃない……私自身が傷つくから。
だから言葉なんて信じない。
言葉だけなら幾らでも言える。
嘘だって本当だって、同じ口から出るじゃないか……!
(今まで変わり続けてきたように)
永遠に不変、なんて有り得ない――私の思いだって変わる。自分自身がそんな不確かなものなのに………。
「……どうやって、私自身の思いを信じられる……ッ!」
バン!
強くテーブルを叩き、羽叶は風鈴を割ってしまったのではないかと驚き、掌を見た。
だが…少女に手渡された筈の、風鈴は既に掌にはなく。
「……確かに受け取りました」
何を受け取ったのだろう……不思議な、少女の呟きだけが、いやに耳に響き――何時しか、少女の姿は最初から居なかったかのように、消えていた。
◇◆◇
少女が消えた後、四阿の中には羽叶と猫だけが残り……猫は先ほど少女が行った非礼を、羽叶へと詫びた。
「……中々、不快な思いをさせてしまったようだね。申し訳ない」
「……さっきの、あれは一体何だったの……?」
「少女は風鈴で人の思い出を垣間見る。その一つで不愉快な思いを見ることも出来るんだ」
「……私は何も見たくなかったんだ」
何も知りたくなかった。
自分自身の叫びなども聞きたくもなかったのに。
「――そうだろうね」
困ったように猫は苦笑を浮かべると少女が先ほど手渡してくれたように、風鈴を羽叶へと差し出した。
あたたかな夕焼けの色を思い浮かべるようなオレンジの小さな、小さな風鈴。
……先ほど少女が渡してくれたのとは幾分形が違うようにも見え、羽叶は瞳を瞬かせ、
「…この風鈴は?」
何なの、と問う。
「君のだよ。……正確には君を呼んでいた風鈴が取った形、と言うべきかな」
羽叶は風鈴を掌で転がす。
懐かしい、夕焼けの色。
青に染まらなかった、夕焼け色の風鈴は誂えたかのように羽叶の掌に馴染み転がっていく。
「…本当に音、鳴らないんだね……」
「思いを封じてあるからね。……封じられているものは全て、沈黙と言う形を取る」
「…貴方や、あの女の子も?」
沈黙と言う形を取るのなら。
彼等も同じように封じられているのだろうか、と羽叶は考えた。
だが。
猫は、その問いかけに楽しそうに微笑うと、
「さて――それは……どうだろう?」
その判断は君に任せようか……と言い、猫は器用に――片目を閉じた。
―End―
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■ 登場人物 ■
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【1613 / 一ノ瀬・羽叶 / 女 / 18 / 女子高生】
【NPC / 猫 / 男 / 999 / 庭園の猫】
【NPC / 風鈴売りの少女 / 女 / 16 / 風鈴(思い出)売り】
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■ 庭 園 通 信 ■
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こんにちは、秋月です。
いつも、本当にお世話になっております。
一ノ瀬さんとは、初めて依頼やゲーノベで逢えたなと思いつつ
今回は逢えて本当に嬉しく思いました(^^)
有難うございますv
ただ今回羽叶さんには本当に色々と辛い目にあわせてしまったような……
少女が、羽叶さんの話ではかなり出張っておりますが、これも「風鈴」ゆえと
言うことでご容赦いただければ幸いです(汗)
羽叶さんにとって、色々と悩むことが多い時期かとも思いますが、少しでも
彼女の想いが、音の出ぬ風鈴と共にあるよう祈るばかりです。
では、また何処かにて逢えますことを祈りつつ……。
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