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<東京怪談・PCゲームノベル>


【庭園の猫】言えない思い

 逢えば逢ったで嬉しくて、けれど何処かで戸惑うような……そんな思いはどうすれば良い?
 捨ててしまうべきだろうか――それとも捨てずに抱き続けるべきか。
 どちらでも答えとなる。
 だけど。

(それらは僕自身の答えではない)

 答えとするのは――僕以外の人々。
 僕以外に悩み惑う人たちへの答えにしかなり得ない。
 答えてしまえば……決して、僕の思いについて言われる事、問い掛けられる事は無いのだ。

(何故、人の気持ちは移り変わる)

 変わらないものなんて有りはしない――あの人は、そう言うだろうし、僕もまたその答えを信奉する者の一人だ。
 ――いいや。
 信奉、ではなく――確信、とも言えるかも知れない。
 何よりも僕が一番……良く、知っている。

(変わらないものの不確かさを)

 唯一、親友とも呼べた友人が消えた、あの日から……。

(変わらないもの等無いと思うのに、この考えだけが僕の中で変わらない)


                       ◇◆◇


 ふぅ、と御堂・譲は息をついた。
 立っている場所は東京とは思えぬ、周りに何の風景も無い――道が一本続くばかりの場所。
 この場所に在る門がとある庭園への入り口になっている。
 其処に居るのは、風鈴を売る少女と風変わりな猫だとも。
 どちらも滅多に人前に姿を見せず、時として様々な風鈴を訪れた人に見せるとも聞くが――、
(…僕の、風鈴は在るのだろうか)
 人づてに聞いた「封じの風鈴」の話に惹かれ、譲は此処に来た。
 音鳴らぬ封じられた思いのみの色で動く風鈴。
(何を、僕は考えている?)
 ……後悔はしないと決めた筈だ。
 その為に此処に来た。
 風鈴に惹かれ、思いに惹かれ――……何の為に、と思う事すらせずに。

 足を一歩踏み入れれば庭園の中へと入れるだろう。
 だが、それを押し留める足の力が在ることも、また事実なのだ。

(何も思い悩むことはない)

 もう、決めた。
 もう、決めたのだから――後悔は、しないと。

 ……譲は何も見ないように瞳を閉じると。
 今までの思いを振り切るように、一歩を踏み出した。


                       ◇◆◇


 庭園。
 いつものように四阿(あずまや)で猫と少女は風鈴の手入れをしつつ吹く風の声に耳を寄せていた。

「……お客様が、来られるようですね」
「ああ、そのようだね。……今回のお客さんはどのような人だろうか」
「…とても、繊細な人のように見受けられます」
 少女がポツリともらした呟きに猫は眉を顰め、
「珍しい」
 と、苦笑いとも取れるような笑みを浮かべた。
 きょとん、と少女は瞬きを繰り返し………。
「何が、ですか?」
 と猫へ逆に問い返した。
 やれやれと猫は肩を竦め……今度は苦笑ではない、いつもの何処を見ているか解らない笑みを浮かべた。
「少女がそのように言う事が、だよ。誰か来ても言うことは無かっただろう?」
「ああ、それは――」
 この、風鈴の所為でしょうと少女は呟く。
 まるで触れられることを拒むような、その形。
 来る人物が周囲に気を使い、また自分自身にさえ何かを御してくることが伝わってくるようで。
 だから、なのだ。
(…この風鈴が音を鳴らすことが出来たなら)
 どれだけ、素晴らしい音が出るだろう……とも思い、残念な事、と顔を伏せてしまいたくなってしまうから。


                       ◇◆◇


 逢えない時は……色々と考えていた。
 彼女に逢えた時は話を沢山しよう、とか。
 確か…そう、学園に行って来た時にあるものを買ってきたからその時の騒動の話や本当に様々なことを面と向かって話したかったように思うのに――。

(逢えた瞬間に、その考えは――全て、消えた)

 言葉でさえ寄せては返す波のように満ちては溢れていくようだったのに。
 瞳を見れば、言葉は不必要で。
 行動を見れば、言葉よりも雄弁で。

 解って――しまう事が、これほど苦しいことだと誰が告げてくれたろう?

(本当に……鏡のようだった)

 何故、彼女がそう言う行動を取るのか。
 似ている者同士ゆえに理解してしまう……望むと望まざるに関わらず。

 いいや…始めは望んでいた筈だ。
 彼女の事を解りたいと望み、辛いと思うことは何でも話して欲しいと願っていた。
 だが――どの様にしたとしても。

(すり抜ける――何も無かった様に、笑顔さえ見せずに)

 彼女自身思うことがあったのだろうが、譲にとっても彼女が取った行為は何よりも辛かった。
 辛い彼女の姿は…もう、見たくは無かった。
 なのに何故、自らを痛めつけるような真似ばかりをする。
 痛いなら痛いと言えばいい。
 辛いなら辛いと言えば良いのに、自分自身を責め苛んで。

 何か、してあげたかった。
 彼女を守ることで僕自身の何かが守られるような気がしていた――だが。

(……もう、全ては)

 ――遅すぎた、遅すぎたのだ。

 譲にとっても、彼女にとっても――等しく、同等に。


                       ◇◆◇


 ちりん……。
 鳴らぬ筈の風鈴が――音を、立てる。

 少女は驚いたように、その風鈴を見る。
 鳴らぬ筈だ。
 鳴れば良いだろうとは思っていた――けれど。
 鳴らない筈の風鈴が鳴る等とは――ありえない。

 りん……。

 だが、風鈴は鳴る――聞いて欲しいのだと言う様に鳴り続ける。

「どういう、事なのでしょうか」
「何、不思議なことなど世の中に一つも無いよ少女。鳴らない筈の風鈴が鳴る…と言う事も幾分かの確率であるかもしれない」
「ですが……」

 微かな、聞く者の心を締め付けるような妙なる、音。
 …少女自身の思い出せぬ昔を思い出させるようで胸が痛む。

「……この持ち主は色々と考えることが多くあったのだろうね」

 猫が呟いた言葉は――少女の耳には届かず、微かに鳴る風鈴の音にただ瞳を伏せていた。


                       ◇◆◇

 譲は一旦歩を止め、辺りを見た。
 草は春を待つように青さを増し、近くにはどの様な名の花なのか……空を映したような水色の、本当に小さな花が風に揺れている。
 その中で、微かではあるが耳に届く音があった。

(…風鈴の、音……?)

 微かだが、確かに聞こえる。
 低すぎず高すぎず、正しく鈴のような、綺麗な音。

(…あちらだと、呼ばれているのだろうか……)

 案内人さえ居ないところを歩くのだ、風鈴の音で人を呼ぶこともあるのかもしれないと譲は考え、再び歩み始めた。
 切れがちになる風鈴の音だけを頼りに耳を澄ませながら。


                       ◇◆◇

 りん。

 ――音が、止んだ。

 同時に、譲は少女と猫の居る四阿へと辿り着く。

 目の前には少女と、黒尽くめの青年が一人。
 なら、これらが「少女と猫」なのだろうと譲は認識しつつ、四阿の中へと入っていった。

「初めまして。…こちらに鳴らない風鈴が有ると聞いたんですが……」
「初めまして。確かに、その風鈴は……有るには有るよ? だけど、その前に良ければ自己紹介でもしておこうか。私が"猫"。そしてこちらが風鈴を売る"少女"。――君は?」
「……本当に猫と少女って言うお名前なんですね……僕は…御堂と言います、御堂・譲」
「二人しかいないからね、何時しかこの呼び名が定着してしまった」
 猫が笑みを浮かべながら譲に椅子を勧め、譲はそれに礼を言いながら座るとテーブルの上にある、とある風鈴が目に入った。

(…赤い、風鈴……? いや、これは……)

 まるで幼馴染みが持っている刀を風鈴にしたような、その形。
 鋭い刃と赤の色が持つ血のような赤さと、それらに反するかのように硝子が氷のような冷たさを醸している。

「…気になるかな?」
「何が…でしょうか?」
「その風鈴が。中々変わった形だろう?」
「ええ。これを見ていると僕は……幼馴染みを思い出します」

 ふわりと譲は微笑を浮かべながら、件の風鈴に触れようと手を伸ばしたが、「だがね?」と言う猫の声に拒まれ、手を押し留めた。

「この風鈴には問題がある」
「……?」
「鳴らぬ筈の風鈴が鳴る……ならばそれは、どう言う時だと君は判断する?」
 なぞなぞのような問いかけに譲は、ホンの一瞬、気付かれぬ程度に蒼の瞳を顰め少女と猫を見た。
(何故、そんな事を聞く?)
 鳴らない筈の風鈴が鳴る――それなら、それは封じられた風鈴ではなく、ただの風鈴ではないか。
 風にそよぎ、音を奏で人が「良い音だね」と評する……ただの。
 だが、彼等とてそのような事を聞きたい訳では無いだろう。
 何故、と聞くのであれば僕に求める答えがあるということだ。
 そして、それは――………。
(僕自身の言葉でなくてはならない)
 例え、言いたくない言葉だとしても誰かにとって必要な言葉であれば……言わなくてはならないのだ。
「鳴らない物が鳴るのなら――……それは、まだ想い、悩むことがある時です」
「……良いだろう」
「――?」

 納得した、と言うような猫の声と同時にパンッと、紙袋が破裂したような――乾いた音が聞こえた。
 風鈴が譲の目の前にふわふわ、浮き上がり……不思議な光を放つ。
 赤ではない、また氷の冷たさでもない、どのような色でもあり、またどの色でもない光。

 見続けていると本当に様々な想いが溢れていくようだ。

 悩み続けていたこと、もう遅いと感じ悔やみ続けていたこと――全て、全て。
 色は映し出し風鈴へと入っていく。


                       ◇◆◇


 恐らくこれから先も告げることはないだろう。
 好きだとか――嫌い、だとか……そんな、想いは。

(だから、迷った……気持ちは変わるものだとも知っていたから)

 僕には彼女のその考えを覆すことさえ出来ない。
 似ているからこそ、何故その考えに辿り着いたか解ってしまうからだ。
 喪失と裏切り。繰り返された日々の中で培われていった殻。
 けれど「今」、僕が彼女を思っていたことも変わらない事実であるのも確か。
 本当に、この気持ちごと封じていいのか悩み、尚、言い聞かせて……――だけど、もう僕には。

(何もしてあげられることがない)

 彼女は僕の手を必要としない。
 僕の想いを知れば必ず離れていく……あの日、笑って別れた時のように。

 だから僕は――………。

(自分の為じゃなく、彼女の為に)

 想いを封じる事を決めた。
 これは僕だけの――想いなのだから。



                       ◇◆◇

 ちりん。
 風鈴は最期に一つだけ音を立て、譲の手に落ちた。

「……終了です、全て封じ終わりました」
 少女は譲へそう告げると、うっすら微笑む。
 人形のような笑いに譲も少しばかりの笑顔を見せながら、
「…あれ? …言葉、話せたんですね」
 と、少女に聞いた。
 猫が、「それはだね」と口を挟む。
 ……譲は少女に聞いているのだが…困った、猫である。
「風鈴の事が心配で少女は喋れなかっただけだから、心配することは無いよ」
「……なるほど。ところで、少女さん?」
「はい?」
 ぴくりと指を震わせ少女は譲を見た。
 少しばかり緊張させてしまってるのだろうか……と考えながら出来るだけ柔らかく、譲は問い掛ける。
「この風鈴は――持ち帰ってもいいんでしょうか?」
「勿論です、どうぞお持ち帰りくださいませ。……貴方の、想いですから」
 それだけ言うと少女は瞳を伏せ、頷いた。
「……ありがとう」

 掌で赤く光る風鈴は硝子の冷たさと相まって掌に心地よい冷たさを与える。
 幼馴染みに、これを見せたらどの様に言うだろうか譲は考えながら、鳴り渡っていた風鈴の音色を思い返す。

 まるで――自分の声にならない声であるような、あの音。

 りん、りん、りんりん、と。
 鳴らない筈の風鈴が鳴っていた、音だけが――まだ譲の耳に深く、深く……鳴り響いては消えていった。




―End―

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■   登場人物                  ■
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【0588 / 御堂・譲  / 男 / 17 / 高校生】
【NPC / 猫 / 男 / 999 / 庭園の猫】
【NPC / 風鈴売りの少女 / 女 / 16 / 風鈴(思い出)売り】
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■        庭 園 通 信          ■
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こんにちは、秋月です。
いつもお世話になっております。
今回、御堂君に逢えて凄く嬉しいやら驚いたやら……後ろで
猫や少女と同じように私も出せ!と鈴夏が言い、諌めるのが
凄く大変でしたが(汗)
こちらのゲーノベへのご参加、本当に有難うございました♪

御堂君と御堂君が思ってらした彼女の事につきましては
私自身が書かせて頂いた事もあるだけに、プレイングにはとても
切なくなってしまい……御堂君が少しでも、本当に少しでも
幸せになってくれればな、と今は祈るばかりです……。

では、また何処かにて逢えますことを祈りつつ……。