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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


Special Whiteday


 3月14日。
 全国的に2月14日においしい思いをした男たちがそのお返しとして大枚をはたかされる日。
 日本経済は不景気といわれてはやウン年。バレンタインデーの相場下がっているが、ホワイトデーはバレンタインの3倍返しがまだ根強いのか、小銭で済まされるわけもない。
 それにサラリーマンともなれば女子社員一同名義でもらったチョコレートでも、お返しは1人1個という理不尽極まりない不公平な徴収制度となっている。
 その点、真名神慶悟(まながみ・けいご)の職業である陰陽師は良く言えば一匹狼の自由業だ―――ちなみに悪く言うと根無し草ともいうが―――もらうチョコレートの量も高々しれている。
 更に言うなら、くれる相手も大体腐れ縁だとか腐れ縁だとか腐れ縁だとか……とにかく、気のおける連中ばかりで色っぽい意味合いは全くないといって差し支えない。
 それに、まぁ、慶悟の場合問題なのはもらう量より、3月14日前後の収入にあるのだが。
 そんなわけで、例年そんな大したお返しはしていないのだが……一応、お返しくらいはしておくべきかとチョコレートをくれた相手の顔を次々と浮かべていく。
 数年間、大して代わり映えのない面々の顔がいくつか浮かび―――そして、最後にある顔が浮かんだ。
 最近、慶悟の押し掛け弟子となった夕乃瀬慧那(ゆのせ・けいな)の顔だった。
 慧那の家は祖父の代までは代々続く陰陽師の家系であったが、慧那の父はそれを拒みサラリーマンとなったらしく、数年前祖父を亡くして以来慧那はずっと師事する陰陽師を探していたという。
 そこに飛んで火に居る夏の虫―――もとい、慧那に言わせると“運命的な出会い”でもって慶悟と出会い、押し掛け弟子となったのである。
 どうも、不出来な子ほど気にかかるらしく、慶悟も上手く制御が出来ない為につい暴走気味になる慧那を放ってはおけず、すっかり慧那という弟子の存在も慶悟の日常の一部として馴染んでしまっていた。
「……」
 しばらく、慶悟は何かを考え込んだ。


■■■■■


 毎度の事ながら、週に1回の修練の練習として慧那と落ち合った慶悟は、
「ホワイトデーのお礼と言ったらなんだが、食事でもどうだ?」
と慧那に告げると、慧那はただでさえ大きな瞳を更に丸くさせた。それこそ、思わず目がこぼれ落ちるのではないかと心配になるくらいに。
「え、い、良いんですか?」
「あぁ、ちょっとした収入もあったし。それに修練も努力している様だしな」
 慶悟は先日のバレンタインデーで“あの”慧那の式神が慧那にとっては不本意だろうがかなりの重さであったチョコレートを運ぶ姿にかなり感動したということも、お誘いの理由の一つではあった。
 やはり、教育の基本は『飴と鞭』だろう。
 そんな飴を目の前に翳されたというのに、慧那は一瞬そんなに目を丸くして喜んだものの、その後少し黙り込んだ。
「?」
 慧那が考え込む時に少し黙り込むということは慶悟ももう知っていたので、
「別の何かの方が良いか?」
と尋ねると、慧那は束の間逡巡した後、慶悟の顔を下から覗き込むようにして、
「遊園地とかでも……いいですか?」
と答えた。
 遊園地……と聞いて、今度は慶悟が逡巡する。
「俺はあんまりそういう類の場所には詳しくないが……それでもいいか?」
「もちろんですっ!」
 今度こそ、慧那は満面の笑顔を浮かべた。


 その週末の土曜、さっそく慶悟は慧那と都内のとある遊園地に来ていた。
 慶悟は『あまりそういう類の場所には詳しくない』と言ったが、実はあんまりどころかほとんど全く知識がなかった。
 なぜなら慶悟の人生の中で、実際遊園地に来たのは1回だけ―――更に言うなら、その1回は仕事の依頼で来ただけだったから。
 だから、実質的には全く予備知識がないと言っても過言ではなかった。
 どっちかといえば、慶悟は今まではビール飲み係りだったと言う慶悟に、
「今回は必ず乗ってもらいます」
と、慧那は笑いながら言う。
 そして、乗り物の1つを指して、
「師匠師匠! あれ、あれからいきましょう!」
と、慶悟の腕を引っ張る。
 その時、知識のない慶悟は知らなかった。
 女子供と言う生物は、大抵遊園地に来たりするととてつもなく行動的な動物になると言う事を―――
「きゃぁぁ――――!!」
 俗に言う絶叫マシンと呼ばれるコースター系に乗っている時は耳を劈かんばかりの叫び声をあげるわりに、降りるとそんな事はキレイに忘れてしまったかのようにけろっとした顔をしている。
 そして、次々に落差何百メートルが売りだの、速度何十キロが売りだのいう恐ろしい乗り物に懲りもせずに次々と誘うのだ。
 今思えば、1番最初に乗った回転させ過ぎだったコーヒーカップですら、慧那にとってはまだまだ序の口だったのだろう。
 方や慶悟がコースター系に乗った経験は依頼が絡んでいた1度だけた。
 その時は、仕事のため意識を集中させていたために特に問題はなかったが……
 純粋に楽しむ為に乗った今回は―――真名神慶悟20歳陰陽師、絶叫コースターに惨敗という結果だった。
「師匠、大丈夫ですか?」
 すっかり悪酔いしてしまいベンチで青い顔をしつつぐったりした様子の慶悟を慧那が心配そうな顔をしている。
 慧那が買ってきた冷たいお茶を差し出されるままに慶悟は飲み干す。
「ごめんなさい私、いくら嬉しくてもはしゃぎすぎでした……」
 今日1日ずっと笑顔だった顔から笑みが消え、慧那は具合の悪そうな慶悟を見てかなり後悔したらしく、すっかりしょんぼりとしてしまった。
「いや、まだ大丈夫だ―――いくらでも付き合う」
 本音を言うとあんまり大丈夫ではないのだが、あまりにも慧那がしょげてしまっているので慶悟はなんとか笑顔を浮かべた。
 慧那はぶんぶんと首を横に振る。
「もう、コースター系は充分楽しんだし、次はもっと違ったものにしましょう、ね」
 そういって当たりを見まわした慧那は、ある建物に目を止めた。
「あ、師匠、次はあれにしましょう。私、あれが良いです」
 慧那が指差したのはお化け屋敷である。
―――あれなら、きっと大丈夫だな。
 慶悟にもお化け屋敷の内容くらい心得ている。
 贋物のお化けやあやかしの類で入ってきた客を驚かすというそれだ。
 本物を見慣れている慶悟にしてみればいかにも子供騙しだったが、慶悟は慧那の気遣いをありがたく受け入れることにした。
 まぁ、またそこでもまたちょっとした事になったのだが。


■■■■■


「うわぁ、キレイ。見てください、ほら、人とか車があんなに小さくっておもちゃみたい」
 慧那は最後に乗った観覧車から下界を見下ろしてそう言った。
「それにしても、師匠ってばお化け屋敷のお化けにまで呪符を貼ろうとするのにはビックリしました」
 職業病というべきか、お化け屋敷で慶悟は子供騙しの偽者だとわかっているのに物陰から突然現れる機械仕掛けのお化けに反射的に呪符を貼ろうとして慧那に止められるということを何度か繰り返した。
「……条件反射だ」
 少しばつが悪そうにそう言う慶悟に慧那は声をあげて笑う。
 無邪気な笑顔を浮かべる慧那に慶悟はらしくなく微笑んだ。
「俺は幼少の頃ってのは躾が厳しくてな、子供の遊びはほとんど知らないで育ったようなもんだったんだ……」
 唐突に呟くように語りだした慶悟の声に慧那は黙って耳を傾ける。
「己の目だけで見える世界は狭いんだと改めて感じたよ。遊園地というありふれた物でさえ、今日初めて芯より経験したんだからな―――だから、慧那には感謝している」
 これからも宜しく頼む―――と続けて、慶悟はクッキーと一緒に、深い深い緋色の数珠を慧那に渡した。
 観覧車を降りた慧那の手首にはその数珠が夕日に照らされて煌いていた。
 

 蛇足だが、このご褒美の遊園地デートの模様を目撃されたが為に、一部で慶悟のロリコン疑惑がまことしやかに流れることになった―――