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【庭園の猫】言えない思い
長い人生、見つめてしまえば永遠に純粋であるのは難しい。
裏切られるのが嫌だ、とかそう言う生易しい言葉は言うつもりもないし、多分この先も言うことなど無いだろう。
「純粋に」とモーリス・ラジアルが言うのは別の意味での「純粋」さであり清らかさだ。
人が生まれ出でた時のままに何も知らないままに、ただ生き――老いることが出来ぬように、必ずしも自分自身と言うものを上手く見せられるか?と言えば、これまた難しい。
(見せないものだからこそ)
価値があるか?
いいや、違う。
(見せていたとしても見せてなど居なくても)
価値などは無い。
価値を決めるのは「他者」だから。
……自分自身ではないところに、この面白さがある。
見せているところと見せていないところ――さて、誰が中を見たいと思うのか。
(追いかけても)
決して見せることなど無いけれど――ね?
◇◆◇
パチン、パチン……と。
乾いた音を風に乗せながら庭に植えられた花々から余分な枝を落とす作業をモーリスは続けていた。
春が近いこの時期、特に庭は一日でも作業を怠れば恐ろしい事になるのを熟知しているからであり、また余分な枝を落とさなければ花々が美しく咲くことも不可能だと知っているからでもある。
…それに、これが「庭師」であるモーリスの仕事だ。
常に一定のバランスを保たねば、雇ってもらえている意味も無かろう。
(この仕事をさせて貰うべく、私は此処にいるんですし……)
パチン、パチン。
乾いた音がひたすら響いては、はらはらと……葉が落ち、小さな枝が音も無く芝へと落ちる。
ひらひらと、舞うような優雅さではなく――落とされて、落ちていることに気付いてるような…そんな、速さで。
「……剪定作業かい?」
突如、声がしてモーリスは鋏を構えたまま、振り向く。
此処の庭には似合わない、夜が来たかのような黒い猫が其処には居た。
「まあ、そうですね……一日でも作業を怠れば取り返すのに、また大きな作業をしなくてはならなくなる」
何か?とも、挨拶さえせずにモーリスは呟く。
実際話は作業をしながらでも出来るものだし、用があるのならば彼自身が話してくれる筈だろう。
彼――そう、相手は猫の姿を持つが、もう一つ人の姿を持っており、その姿を……いや、性格をと言うべきか……モーリスは気に入っていた。
逢ったのは一度きりだったけれど、気に入る入らないはその時だけで充分に判断できるものだし、一杯のお茶を貰った時の会話から、彼の性格に興味深さを覚えてしまっていた。
やれやれ、と言うかのような溜息が耳に届いたがあえてそれさえも、モーリスは無視する。
「音の鳴らない風鈴に興味はないかい?」
「……? 舌、の部分が無い風鈴ですか? 鳴らないのなら鳴らせるべく舌を付けてみればいい。…違いますか?」
「違うね。舌も無論ある――こちらにある風鈴は全て完成品だから。だが、音が鳴らない……いや沈黙してる、と言うべきかな」
「ふむ……良いでしょう、お付き合いしますよ。ただ」
「何かな?」
「この作業が終わるまで待っていてくださいませんか? これが私の仕事なのでね」
「お安い御用だ…だが、終わる時間次第では急がせて貰うよ?」
猫は月の色をした瞳を細めると、にゃあ……と風に向かい、鳴いた。
◇◆◇
狭間を渡れば、庭園へは近い、と。
猫は青年の姿へと変化を遂げると、やがて紺青の夕闇が訪れるだろう空を見上げながら言い始めた。
不意に、モーリスの瞳が翳る。
「…其処まで急がずとも良いでしょう。夜は長い、それこそ貴方の独壇場ともなる」
「確かに夜は長い。――だが」
少しばかり急ぎたい、と猫は言葉を返した。
モーリスの翡翠の色より深い緑の瞳が怪訝そうに歪み――強い力を放つ。
(一体、この人は私へ何を見せたいと言うのだろう?)
鳴らぬ風鈴、と言った。
鳴る筈の風鈴が鳴らない――音が封じられている、風鈴だとも。
考え込むモーリスの思考を遮るように、猫はモーリスの手を掴み――
「……申し訳ない、急がせて欲しい」
ぐにゃり、と視界が歪む。
様々な風景が色とりどりに浮かんでは消え、浮かんでは消えを繰り返し……何時しか、以前来たことのある庭園へと辿り着いていた。
……不思議とこちらの世界はまだ、陽の光が強く夕暮れはまだ訪れては居なかったが。
以前、聞こえた筈の風鈴の音さえも何も無い――静けさだけが其処にはあった。
自然と、モーリスの手が考え込むように自らの細い顎を数回、撫でた。
「……以前に鳴っていた風鈴は、どうしたんです?」
「今は無い」
「今は? …と言う事は、先日まではあったんですか?」
「少女が直す、前まではね。……今は音が鳴らない風鈴しかない――封じの風鈴、と言うのだけれど」
「封じの……風鈴?」
「そう、言わない言葉を封じ込める風鈴。…いや、それは正しくないな。ある意味保管されてると言っても過言ではないかもしれない」
「言えずに居た降り積もった言葉が風鈴になる訳ですが」
「ああ、そう言うと綺麗なんだね……そう、そう言うことだよ」
「ふむ……」
猫が歩き出したのを見、モーリスも焦る事無く同じ速度で歩きながら、その風鈴のことを考えていた。
もし言わずに居た言葉が降り積もり風鈴になると言うのなら自分の風鈴はどのような色合いで、どのような形をしているのだろう。
そして。
言わなかった、秘めた思いの声無き声は自分自身に何を示すのだろうか……。
目の前の人物が歩く速度が速くなっていく。
(本当に何をそんなに急いでいるんですかね?)
此処の世界の陽は暮れる事など無い様に、未だ陽は高く頭上にある。
それはまるで。
猫が急いでることを陽が笑っているようでもあり、また――猫が、此処の陽に逆らっているかのようでモーリスは笑って良いものかどうか悩みながらも、道々に植えてあるマリーゴールドの明るさに、陽のようだ、と唇を微笑の形へと、――変えた。
◇◆◇
風鈴が鳴らずに立ち並ぶ様は壮観だ。
存在感があるゆえに、また鈴は鳴るものであると考えてるがゆえに鳴らずに並ぶ様々な形は、それだけで死んだ何かを思い出させるのに充分だった。
「これは……」
「結構凄い眺めだろう? 幾つあるか、は数えた事がないから解らないけれどね。それでも年を追うごとに少しずつ増えていっては消えていく……」
まるで人のようだ。
と、彼は言いたいのだろうかと思いながらもモーリスはとある風鈴に目をとめた。
それは、まるで夏の空のように涼しげな青い色を宿した風鈴で、形はまるで昔の南部風鈴を思い出させるような鐘の形をしていたが、酷く心を揺り動かされモーリスはその風鈴を食い入るように見つめた。
モーリスの緑の瞳に、ただ青い風鈴だけが映る。
まるで主の色のような、青さだけが――ただ、瞳に映り続ける。
訴えかけてくる色合いが直接心に問い掛ける……"何を考えている?"と。
くるくると回るような風鈴に、モーリスは言葉さえ紡がずに見続けることで思考を伝えるように考えた。
封じられている言葉、言わずに居た秘め続けた思い出を。
――……秘めた想いを人に言わないのは……多分、心の中にある弱さを見せたくないからだからなのだろう。
人を観察して、その人の良さを見つけ仲良くなるまでは良い。
からかったりする事があるのも――まあ、ご愛嬌だ。
だが、自分の弱さだけは見せたくない。
天邪鬼なのは百も承知だし、それを知られて笑われれば笑いたくば笑えばいい、とも思う。
決して見せたくなどは無い――……この性格だけは変えようがないし変える必要性も求めない。
(ただ、前よりはこれでも柔和になったと思いますけれどね)
以前はかなり、冷酷だった。
人を人と思えず、ただの固体であるとしか思えなかった時――。
命は限りなくあると思え、その人その人の生命が失われようと、また同じように命が生まれるのだからと考えても居た。
殺される理由がそちらにあるのだから死んでもいい固体なのだと、そんな風にさえ。
かなりの命を殺してしまったし簡単に扱ってしまった過去は消そうとしても消せないが……武器の扱いが得意なのはその頃の名残でもある。
無論、武器を使えると言う事に越したことは無いだろう。
今も昔も物騒な所は変わりなく血の匂いに溢れているし、様々な局面で武器を使い分けること、自らの身を護る事は必要不可欠でもあったのだから。
…人についての考え方が変えられたのは今の主人に逢う事が出来てからだ。
何故か、彼と出逢ってから不思議なほど人が興味深く思えた。
多分、車椅子の彼と一緒に居ることが多かったからだろう。
観察し続けていると「固体」はそれぞれに特徴があり、表情があり……各々で考えが違い、また見ているものさえも違うことに気付いたのだ。
(飽きない…と言うとおかしいかもしれませんけれど……)
その言葉が一番しっくり来るだろう、人と言う生き物。
不意に手の中へと風鈴が落ちる。
おや、と猫の声。
「どうやら、その風鈴はモーリスさんの風鈴のようだ」
◇◆◇
風が吹く。
花々が夕闇の中で微かな音を立て、揺れ――暖かな部屋の中、漸くこちらにも夕暮れが来たのかとその風景を見ながら、モーリスは言葉を切り出した。
「……中々、興味深い風鈴でしたよ」
「だろう? 陽が無ければ色が解らなくなる…形だけではいまいち不完全なモノになる…焦ったよ」
「その為だけに急いだんですか?」
「ああ。音が出ない風鈴なら色と形が完全に読み取れるうち――とね」
「……成る程。貴重な昔を思い出させて頂きました」
今日は何故か、以前貰った茶ではなく、湯飲みに粉末の抹茶が溶いてあり……温かさがあるうちにモーリスはそれを飲み干す。
喉に残る苦みばしった後味が先ほど見、考えていた映像と重なるようで笑みも苦笑を含んだものになってしまいそうだが、あえて表情には出さず猫を見た。
…彼は美味しそうに、抹茶を飲んでいる。
…何気に日本のものが好きなのかもしれない、と思う。
「そうだ、少々お聞きしたいんですが」
「何かな?」
「私が風鈴を眺めている間――貴方は何をしてらしたんですか? まさか一緒になって風鈴を眺めていたわけではないでしょう?」
「…いや? 私は私の風鈴を眺めていたよ。あれを見ていると様々なことを思い出し…二度と同じ過ちなどしたくはないと…思うからね」
「成る程……それぞれに、秘めたるものがあると言うわけですか」
秘めたるもの。
心の中の奥深くにある――決して誰にも言えはしないだろう一番の"秘密"。
誰が覗いても誰が問い掛けても。
決して言わない。
価値のあるなし等も人が決めることだ……そのような物を求められたとして何になろう?
だから、決して。
言わないし見せない――あの、風鈴以外には。
いずれ、更に言葉が降り積もり想いが変化して風鈴の形を変えることがあろうとも。
―End―
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■ 登場人物 ■
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【2318 / モーリス・ラジアル / 男 / 527 /
ガードナー・医師・調和者】
【NPC / 猫 / 男 / 999 / 庭園の猫】
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■ 庭 園 通 信 ■
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こんにちは、秋月です。
モーリスさんには前回、異界に引き続いてのご参加ですね♪
ゲームノベルで出会える事が出来まして、大変嬉しく思います(^^)
さて、今回は少しではありますがモーリスさんの過去に触れる事が出来、
ご主人様と出会い、彼は様々な思いを持ったのだな…と考えさせられました。
前回もそうでしたが今回も深いプレイングを読ませていただけて
本当に感謝しております、有難うございます♪
最後の部分はモーリスさんが猫や風鈴に対して何かを言っていても
ただでは起きないと言う意味を込めてます(笑)
モーリスさんは奥深く覗けない何かがあることがとっても似合うと思ってますので♪
では、また何処かにて逢えますことを祈りつつ……。
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