コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


困った大人の協奏曲(コンチェルト)


 その日、アトラス編集部はいつものように騒がしい。
 例に漏れず締め切りがどうとか、誰それが居なくなっただの三下の原稿が却下されたりして賑わっていた。
「大変そうね」
 声をかけた後で、辞めればよかったと後悔する。
「リリィちゃん、ちょうど良い!」
「お願いがあるの!」
 三日月リリィは夜倉木有悟と碇麗香に肩を叩かれ後ずさるが、逃げる事も出来ない。
「な、なにがあったの?」
 まあ、予想はしていた通りの事では有った。
「りょうが居なくなったんだ」
「この忙しい時にっ!」
 最近仕事が立て込んでいるらしく、ここ三日ばかりろくに寝ていないらしい。
 だからこそ、りょうが逃げた事で苛立ちに拍車をかけて居るのだろう。
「なにか逃げ込み先知らない? 最近巧妙になってきて……夜倉木君でも解らないらしいの」
「りょうとナハトが一緒で解らない訳無ですから、結界でも張ってるのかも知れませんが……そう言う事が出来そうな人には全員引き渡せと連絡していますし」
「そういえば、最近よくケーキとか買って出かけてるけど」
 その一言で麗香と夜倉木の動きが止める。
「……解った」
「ええ、彼しか居ないわね。何で気付かなかったのかしら」
 ここ、アトラス編集部にいるのだ。
 ひょっこりと顔を出しては、編集部にてお茶や甘い香りのケーキを楽しんでいる人物。
 ユリウス・アレッサンドロ。
 若くしてにまで上り詰めた経歴の持ち主であるが……何時も飄々した表情でそこにいる。
 アトラスの備品の紅茶やクッキーを美味しそうに食べながら。
 その姿は、今はない。
 ユリウスとりょう。
 接点など有りそうで無そうだ。
 例えば同じ年だとか、大人とは思えないような性格とか、周りに迷惑をかけている所とか……。
 けれど実際の所は聖職者のユリウスと、あまり行動のよくない男である盛岬りょう。
 年齢程度しか接点はなさそうだが実は他にもある。
 二人とも甘い物がとても好きだという点だ。
 解ってしまえば簡単な事である。
 ユリウスならりょうとナハトを匿う様な結界を張るぐらい容易い事だろう。
「きっとそこです」
「捕まえましょう、二人まとめて」
 かくして、秒読みは始まった訳である。

【光月・羽澄】

 今日の用事は編集部への届け物。
 とは言ってもアトラス編集部にではなく、その上の階での事だ。
「ありがとう、助かったよ」
「どういたしまして」
 中身をチェックしているとなにやら下が騒がしい。
「またあの部署か」
「アトラス?」
「毎月お約束だから」
「じゃあ、私帰りに様子見てみますね」
「巻き込まれるなら気を付けて巻き込まれてください」
 巻き込まれるの前提である会話に苦笑してから、小さく頭を下げて退室し階段を下りる。
 予想通り騒がしい編集部の扉を一応はノックしてから開く。
 中は、想像以上の光景だった。
 パッと見では到底理解できる状況ではない。
「どうしたの、これ?」
 とりあえず死屍累々と言わんばかりにバタバタと倒れているアトラス編集部の面々。
 いつものように原稿を没にされ投げていている三下だけはいつもの通りの光景だが、細かい事をあげればきりがない程だ。
 ここがアトラス編集部でなかったら間違いなく救急車か警察を呼んでいただろう。そんな光景を前に言葉に出来る事は限られている。
「あっ、羽澄ちゃん」
「こんにちは、リリィちゃん」
 彼女も少々立て込んでいたようだが、会話が出来る数少ない相手がリリィである事にホッとしてから、何があったかを尋ねる。
「この惨劇は何?」
「えっと……少し前にみんな来てて、羽澄ちゃんと入れ違いになったんだけど」
「とりあえず、一つずつ説明してくれる?」
 これを全部まとめて説明するのも理解するのも至難の技だろう。
「例えば、変わった趣味が発覚した夜倉木さんとか?」
「違う、盛岬と一緒にするな」
 違うと言われても、ドアを開け時に見た光景の中の一つが、大の大人が少女に詰め寄ってり、あつまさえずっと肩に手を置いたままならそう思われても仕方ないかもしれない。
「そう言う人なのね」
「誤解だ……」
 頭痛でもするのか、眉間にシワを寄せてデスクへと手を付く。
「冗談よ、解ってるから」
 どうやら本当に体調が優れないらしい。
「他は?」
「えっと……いつもみたいにりょうが締め切り破りなんだけど。他にも同じような事してる人が居たり……なんだかタイミングが悪い事が重なって普段より忙しくなったのよ」
 三下の呪いかも知れない。
「それで……夜倉木さんも?」
「俺の場合はもっと酷いかも知れない」
「他の仕事も重なって、ここ一週間で8時間ぐらいしか寝てないんだって」
「それは具合も悪くなるわね」
 近くに転がっている栄養ドリンクや何かの錠剤を見て居ると心配になってくるほどだ。
「だから、頼む……早く連絡を」
「それでさっきみたいな事になってた訳ね」
「うん、今回りょうが逃げたのってどうも夜倉木さんが脅かしすぎたみたいで」
 見せられた写真は、りょうの車が垂直に地面に突き刺さっている写真。
「僕が撮ってきたんですよーーー、何で没なんですか〜」
「怪奇事件じゃないじゃない! 大体犯人も被害者も身内じゃないの!!!」
「そんなぁ、十分怪奇じゃないですか〜」
 そんな一幕は置いといて。
「……これ」
「本当に殺されかねないと思ったみたいで」
 これを見たら確かにそう思うだろう。
 まるで次はお前がこうなるぞ的な、警告としては締めきりに追われた作家にとっては効果てきめんだったのだろう。
「夜倉木さん……」
「ストレスが堪りすぎてまして、もう何でこんな事になったか記憶がないんです」
「お酒でも飲んでたの」
「………少し」
 軽く眉間を押さえてから、これ以上この件を聞いてもろくな話は出てこないと踏んで線を移し、グッタリとしている編集部一同を見渡す。
「本当に大丈夫なの?」
「みんなは……少し前まではもの凄く元気だったんだけどね」
「差し入れに持ってきて貰ったケーキを餌にがんばって貰ったんだけど……がんばりすぎたみたいね。まあ、もう少ししたらまたがんばって貰うけど」
 グッタリしている面々の中から、呻くように『おにー』だの『人でなしー』と言った声が挙がる。
「なんとでも言って頂戴、ただし原稿が上がらなかったら今の言葉言った人は覚えておきなさい!」
 途端に野次がピタリと止まる。
「とまあ、こういう訳だから。盛岬君の原稿だけでも何とかしないと行けないのよ」
 ため息を付くように麗香が訴え、羽澄の肩にポンと手を置く。
「あなたも盛岬君探しに参加して頂戴」
「それはいいですけど」
 どっちにしろこの状況で拒否権なんて無いだろう。
「ちなみに盛岬君が居る見当は付いてるのよね」
 だったら話は早い。
 そう思ったのが麗香にも伝わったのか、ため息を付きつつ。
「どうもユリウスさんに結界張って居場所を解らなくしてるみたいなのよね」
 確かにおっとりとした印象の人物だが、枢機卿と言う立場であるのなら匿う様な結界を作り出す事ぐらいは可能だろう。
「リリィちゃんがいるのに逃避行なんて酷いわね」
「本当よね」
 二人してクスクスと笑い会う。
 それはともかく、早く何とかしないと編集部が危なそうだ。
「しょうがないわね、まあユリウスさんはケーキで買収するとして……」
 色鮮やかなイチゴのシャルロットケーキ、本当は差し入れ用のケーキだったが、ここに置い居たら数が足りないから争奪戦は必死であるから仕方ない。
「リリィちゃん、りょうは私が渡した鈴とかは持ってた?」
「どうかな? 普通だったら居場所がばれそうなのは持ってないとは思うけど……そこはほら、やっぱりりょうだから」
 理由になってないのだが、納得できる言葉だ。
「とにかく捜してみるしかないわね」
「そう、それじゃあ……リリィちゃんもここは良いからから盛岬君を迎えに言ってくれるかしら」
「手伝わなくていいんですか?」
 このままほおって置いたら大事だろう。
「リリィちゃんを手放すのは痛いけど……」
「ああ……」
 大体考えは読めた。
「囮にでもするつもりですね」
 りょう相手なら、それも可能な手かも知れない。
「それから、夜倉木君も連れて行ってくれる。もう使い物にならないから」
「………」
 つまりは厄介払いだ。
「じゃあ、行ってきます」
 アトラス編集部を後にして、なんとなく羽澄の脳裏に過ぎった事は……あのりょうが本当に車をああされたからと言って怖がって逃げるかという事だった。
 例え締め切り前で精神的に疲れていたと考えてもどうしても違和感を感じる。
 むしろ逆ではないだろうか?
 例えば、今も逆襲の方法を考えて居るとかの方が、ありそうな気がしたのだ。



 町中にでて、気配を探りながらりょうが行きそうな場所を幾つか尋ねて見る事にした。
「リリィちゃん、電話やっぱり繋がらない?」
「さっきから繋がっては居るみたいだけど……無言のままなのよ」
 一応最低限の安全は確保してあると言う事か。
「私にも聞かせてくれる?」
「もちろんよ」
 借りた携帯に耳を澄ませると微かな鈴の音色。
「大丈夫、鈴は持ってる見たいね」
 後は気配を辿ればいいだけである。
 そうなると……。
「夜倉木さん、心当たりはない?」
 前にも一度失そう騒ぎを起こして、その時は夜倉木が酔って自宅の裏にある土蔵に放り込んでいたという過去があるのだ。
 車をああするぐらいだから、似たような事があっても不自然ではない。
「今回は無いです、実家にはここ一月ほど立ち寄ってませんから」
「証明できる?」
「もちろん、念のためと思って家に帰ったかを確認したら、俺は帰ってないと言いましたから」
 既に疑っていたと言う事だが……。
「………『俺は?』」
 妙な言い回しが気になったのは、果たして気のせいか?
 前の事があったせいかもしれないが、普通なら帰ってないで済むはずなのだ。
「………?」
「そう言えばそうね」
「……りょうって夜倉木さんの家知ってるの」
「そりゃ、もちろん……」
 嫌な予感というのは、得てして当たるものなのだ。
「でもまさかそんな……?」
「こういう事だけには知恵が回るのよ」
 実際に、気配がする方向は夜倉木の実家だ。
 もし何か隠したい物があるとすれば、自分の机に隠すのが一番安全だが……もっと安全な場所は実は相手の机の下なんて言う話もあるのぐらいなのだから、有り得ない話ではない。
「確認してみる……」
 再度携帯を取りだした途端、三人の携帯にほぼ同時に着信音が鳴り響く。
 相手はシュライン・エマからで、その考えをまさに裏付けると言うもの。つまり、夜倉木の実家である。
「………後で殺そう」
 ぼそりと呟いた言葉はかなりの勢いで殺気立っていた。
 携帯を切りながら、リリィ。
「何でこういう時だけ無駄に頭が回るのかしら、そんな暇あったら仕事終わりそうなのに」
「多分嫌がらせだと思うわ」
「……きっとそうね」
 車を壊されてただで引き下がる訳無いと思って居たのだが、その報復がこれなら、嫌がらせとしてはなかなかに効果が高いだろう。
「本当に二人ともどうしてこう大人げないの?」
「……俺に聞かないでください」
 気持ち的には怒りたいようだったが、その気力もないようだ。最も今は体力を温存しているだけかも知れないが。
「とにかく行ってみましょうか」
「そうね、車……は無理だからタクシー呼ばなきゃ」
 今の状態で夜倉木に運転させるには流石に無理がある。
 急いでタクシーを拾い、向かった頃には既に先に他に何人か来ていると言う事だった。
「何で教えてくれなかったんだ……」
 母親、だろう。
 一言で表すなら、町中であったら印象に残りにくい人だった。
「聞かなかったでしょう」
「……何処にいるんだ?」
「道場の方よ」
 場所を聞くなり、スタスタと先に行ってしまう。
「お二人ももどうぞ上がってください」
「それじゃ、おじゃまします」
「おじゃまします」
 急いで夜倉木の後を追い、向かった先は道場の入り口前。


 すでに結構な数が揃っていた。
 悠と也の二人に海原みあお、綾泉匡乃と天薙撫子。
「大変そうね」
「はい、なかなか出てきてくれないものですから……ここでお茶でもしようと言うことになったんです」
 それだけで、大体伝わってしまうのは非常に簡単で良いのだが……いかがなものだろう。
 不透明な結界の向こう側には、りょうとユリウスだけでなくシュラインエマとヨハネ・ミケーレとナハトも一緒だ。
 物事を正確に解釈するのなら、三人は巻き込まれただけだろう。
「結局どうするの?」
「そうよね……」
「みあおテーブルとイス借りてくるねー」
 着々と長期戦の準備を始めているが、もちろんそんなつもりは無い。どうせすぐに業を煮やして出てくるだろう。
 このままで居る訳にも行かないのだ。
「………もう疲れた、後で殺す」
 深々とため息を付いて廊下で寝込む夜倉木に悠と也が駆け寄り一緒に座り込む。
「お昼寝ですねー☆」
「ねむねむでーす♪」
 限界だったのだろう、物騒な言葉は気になったがここはそっとしておく事にして……。
「貸してくれるって」
 許可を貰って戻ってきたみあおに、匡乃一緒にテーブルとイスを取りに行く。
「一人じゃ無理でしょうから僕も運ぶの手伝います」
「そうね」
「わたくしもお手伝い致します」
 羽澄と撫子も手伝い、人数分のイスとテーブルが庭に設置された。
「さて、お茶にしますか」
 匡乃の一言でちょっとした駆け引きが始まった訳である。
「いいんでしょうか……」
 支度をしながら撫子が道場の方へと視線を移す。
「何で迷惑ばっかりかけるのっ」
「閣下っ!」
 麗花とリリィに怒られている横で、入れたばかりの温かいお茶を一口。
「シュラインさんとヨハネ君は解放したら?」
「ん、ああ。出るのは自由だからな」
「……そうなんですかっ!?」
「あら、本当」
 ヨハネもシュラインも出れるとは思っていなかっただけに驚きだ。さっそくと試してみたシュラインは、あっさりと外へと出る事が出来た。
「って、あーーーー!!!」
「油断大敵ね」
 ケーキの箱を手にシュラインがニコリと微笑む。出る時にちゃっかりとケーキの箱を持って出ていたのである。
「……あ、じゃあ僕も……」
 一緒になって出ようとしたヨハネを麗花が止めた。
「もう少しそこにいて貰えます? 二人を放って置いたら何するか解りませんから」
「……はい」
 可哀相にとは思うが、二人と一匹だけだったら何するか解らない。
「おや、ヨハネ君はどっちの味方ですか?」
「脅さないでくださいよ師匠っ!」
 そんなやりとりは置いといて。
「ちょうど良かったわ、シュラインさんどうぞ」
「ありがとう」
 一緒に席について、シュラインもティーカップを手に取った。
「出てらしたらどうですか?」
「うっ……」
 撫子の言葉にたじろぐりょうとユリウス。
「……今の内に出たほうがいいかも知れませんね」
「裏切るのかよっ!」
「ケーキを食べたいだけ何では……」
「ヨハネ君」
 ニコニコと言う視線に肩を落とし視線をそらす。
「板挟みって辛い………」
 もはや内部分裂も秒読み段階と思われる道場内部をよそ目に、ケーキを切り分けて並べていく。
「美味しそうなケーキですね」
「いただきまーす」
「リリィちゃんと麗花ちゃんもこっちに来て一緒に食べましょう」
「そうね」
「ではいただきます」
 席に着いたリリィに続き、麗花もその方が良いと考えたのだろう。一緒に席についてケーキを一口。
「美味しい」
 色鮮やかなケーキの数々。
 イチゴとラズベリータルト。
 イチゴのシャルロット。
 チョコレートケーキ。
 カステラ。
 その他にも色々とケーキがテーブルの上に置かれている光景は、ケーキ好きでなかったとしても目を奪われる光景だ。
「沢山手に入ったから、遠慮せずに食べてね」
「お、俺が買ったのに……」
 シュラインの言葉に思いっきりうなだれるりょう。
「ちょうど良い甘さですわね」
「本当、こっちも美味しい」
「これを食べれないなんて……もったいないわね」
 それは幸せそうにケーキを食べながら、視線を送る。
 五分経過。なかなかよく持つものだ。
「無理よ、出てこないって」
「残念だねー」
 非常に華やかな会話だが、想像以上にケーキの減っていくペースが早い。
「無くなってしまいますよ」
 止めとばかりの匡乃の言葉にユリウスが飛び出しかける。
「待て、早まるな!!」
「離してください、ケーキが呼んでるんです」
「聖職者がそう言う事していいと思ってんのか!!!」
「それとこれとは話が別です!」
「ヨハネ君、助けてください!」
「師弟揃って裏切るのか!!」
「えっ、あの、その……」
 ヨハネは助けを求めるような視線を外に送るが、どうしようも出来ない。
「ふと思ったんですけが、盛岬さんは締め切りがどうしようもないから立てこもっている訳ですよね」
「こんな事してる間に終わらせたらいいのに」
 ズバリなみあおの言葉に羽澄。
「それができないからこんな事してるんでしょ」
「……出来れば苦労しねーよ」
 ぼそりと呟くりょうに、匡乃がヒラリと紙の束を見せる。
「ここにまだ碇女史に提出していない心霊レポートがあるんですけど」
「………えっ!?」
「いい条件じゃないですか、出ましょうよ」
 ネタさえあれば、立てこもる理由もないだろう。
「でもここで出たらろくな事にならないと第六感が……」
「出ていかなかったらもっと酷い事になると思いますけど」
「私もそう思います、ですから早く外でケーキを……」
「うう……どうしよう、どうすればいいんだ……」
 ナハトの方を見たが、現在のナハトは犬である。
 どうしろと言うのか。
 本格的に悩み始めた所で、羽澄が麗花に耳打ちする。
「ちょうどいいから、ナハトとヨハネ君に中から出して貰うって言うのはどう。切っ掛けさえあれば出れると思うし」
 早く終わらせてしまおうという提案だ。
 二人はうなずいてから声をかける。
「ナハト!」
「ヨハネ君!」
 二人、もとい一人と一匹が反応する。
「外に出しちゃって」
 出てこないのなら、中から出して貰えばいいのだ。
「……出ましょうか」
「はい」
 元からでるきがあったヨハネとユリウスはともかく。
「おい、ちょっ、まっ!!!」
「大丈夫よ、ナハト。悪いのはりょうだから」
「………ワン」
 僅かに迷った物の、結局……。
 ドンッ。
「お、お前って奴は……」
 こうして立てこもり事件は解決した訳だが……やる事はまだ残っているのだ。



 すぐ側でユリウスが怒られていたり、ナハトが洗われているその近くで……。
「手が止まってるわよ」
「……うう」
 まったくと言っていいほど進んでなかった原稿を、ここで上げる羽目になったりょうを見張っている訳である。
「ここの文法おかしいですよ」
「誤字発見」
 お茶を飲みながら、匡乃が指摘したのに続き羽澄もプリントアウトした記事をチェックする。
「うううう……」
 遊び倒したツケを支払うにはこれぐらいがちょうどいいのだろう。
「もう少しかかりそうだから、お茶のお代わりいる?」
「ありがとう、リリィちゃん」
「いただきます」
 取り分けたケーキを食べながらお茶を飲む。
 同時進行でうめき声が聞こえてなければ、とてもいい時間だ。
「りょうさん、ナハト洗ってしまって良いですか?」
 声をかけたのは、後から合流した悠也。
 作業中だったから、一言。
「……俺が許す」
「ワ、ワン!!」
「さあ、始めましょうか」
 引きずられていくナハトを見送っていたが、それも一瞬の事。
「手が留守になってますよ」
「わーかーってーるーー、つーか俺もケーキ……」
 言いかけた言葉はキッチリと匡乃に途中で中断させられた。
「終わった時に残ってたらどうぞ」
「くっそーー!!」
 まったく甘くないが、これぐらいやったほうがいいだろう。手は動いているのだから、むしろ有効な手段だ。
「単純だけどいい手ですね、これは」
「ても後で凄い事になってたわよ」
 解りやすく説明するなら、燃え尽きる前のろうそく。ここに来る前に羽澄はまさにそんな状態に陥っている編集部を見ているのである。
「まあ大丈夫よね。後でナハト触らして貰おうかな」
「私も、洗い立てだと凄い気持ちいいんだよ」
 ナハトのシャンプーも、りょうの作業ももう少しすれば終わる事だろう。
「そろそろ、連絡入れておきますか」
 匡乃が連絡を入れたその一時間後、ようやく一息吐いたころには、ケーキの類はあまり残ってなかったのはまた別の話。
「もう終わったの?」
 心なしか疲れているようではあったが、洗い立てのナハトは実に触り心地が良さそうだ。
「こっちも終わったから、後はりょうを編集部に運んで貰いましょうか」
「何でだよ!」
「当たり前でしょ、迷惑かけたんだから。ナハト、お願いね」
 フワリと撫でてから、洗い立ての毛並みが気持ちよくて抱き締める。
「良かったわね、ナハト」
「………ワン」
 立ち上がったナハトに、みあおが待ったをかける。
「記念写真取ろうよ!」
 取りだしたカメラに準備が良いものだと思いながら、集まり始める。
「夜倉木様は?」
 悠と也の三人で、現在熟睡中である。
「そいつ写真嫌いだから、そのまま撮ろうぜ」
 相変わらずだと思いながら、全員居並んだ姿を写真に納める。
 14人と1匹の大所帯。
 これもきっと良い思い出になる筈だ。



     【終わり】

□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0086/シュライン・エマ/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【0164/斎・悠也/男性/21歳/大学生・バイトでホスト】
【0328/天薙・撫子/女性/18歳/大学生(巫女)】
【1282/光月・羽澄/女性/18歳/高校生・歌手・調達屋胡弓堂バイト店員】
【1286/ヨハネ・ミケーレ/男性/19歳/教皇庁公認エクソシスト・神父/音楽指導者】
【1415/海原・みあお/女性/13歳/小学生】
【1537/綾和泉・匡乃/27歳/男性/予備校講師 】

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

参加していただいた皆様、大人げない大人と困った大人二人に構ってくださってありがとうございました。
書いてて思ったのは本当にこの二人は大人なのかと(酷)

今回は大きく分けると、
■シュラインさんとヨハネ君。
■みあおちゃんと撫子さんと匡乃さんと悠也君。
■羽澄ちゃん
と言った具合です。

後は……おまけとかを付けてみたり。


 その後。
 ナハトに引きずられてアトラスへと戻ったりょうとユリウスは麗香を初めとした編集部の面々を手伝う羽目になった。
「何処の世界に作家に編集させる編集部があるんだよ!」
「いえ、それよりも枢機卿何ですけどね、私は」
「関係ないわ、ここにいる人間は動くのなら使うのよ」
 その表情は危機感を感じ、背筋が寒くなるほどだ。
「……仕事増えた、眠い」
「夜倉木君の変わりに働いてね」
「うう……」
 初めにあった仕事は終わったが、夜倉木の変わりをさせられているのである。
「アンティークの鑑定と言われましても……」
「暇なんでしょ」
 ちょうどいいと手渡されたのは以下にもないいわく付きの品々。
「ほら、きりきり働く!」
 隅々まで目を光らせる麗香に、ため息を付くようにユリウスが一言。
「他にもお手伝い呼びましょうか」
「………いいな、それ」
 反対意見はでよう筈が無く。
「許可します」
「よしっ!」
「ではさっそく」
 喜々とした表情で携帯を取りだしたりょうとユリウスによって、同居人やら弟子やらが集められたのは……もう少し後の事。


 今度こそ終わり、お粗末様でした。