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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


困った大人の協奏曲(コンチェルト)


 その日、アトラス編集部はいつものように騒がしい。
 例に漏れず締め切りがどうとか、誰それが居なくなっただの三下の原稿が却下されたりして賑わっていた。
「大変そうね」
 声をかけた後で、辞めればよかったと後悔する。
「リリィちゃん、ちょうど良い!」
「お願いがあるの!」
 三日月リリィは夜倉木有悟と碇麗香に肩を叩かれ後ずさるが、逃げる事も出来ない。
「な、なにがあったの?」
 まあ、予想はしていた通りの事では有った。
「りょうが居なくなったんだ」
「この忙しい時にっ!」
 最近仕事が立て込んでいるらしく、ここ三日ばかりろくに寝ていないらしい。
 だからこそ、りょうが逃げた事で苛立ちに拍車をかけて居るのだろう。
「なにか逃げ込み先知らない? 最近巧妙になってきて……夜倉木君でも解らないらしいの」
「りょうとナハトが一緒で解らない訳無ですから、結界でも張ってるのかも知れませんが……そう言う事が出来そうな人には全員引き渡せと連絡していますし」
「そういえば、最近よくケーキとか買って出かけてるけど」
 その一言で麗香と夜倉木の動きが止める。
「……解った」
「ええ、彼しか居ないわね。何で気付かなかったのかしら」
 ここ、アトラス編集部にいるのだ。
 ひょっこりと顔を出しては、編集部にてお茶や甘い香りのケーキを楽しんでいる人物。
 ユリウス・アレッサンドロ。
 若くしてにまで上り詰めた経歴の持ち主であるが……何時も飄々した表情でそこにいる。
 アトラスの備品の紅茶やクッキーを美味しそうに食べながら。
 その姿は、今はない。
 ユリウスとりょう。
 接点など有りそうで無そうだ。
 例えば同じ年だとか、大人とは思えないような性格とか、周りに迷惑をかけている所とか……。
 けれど実際の所は聖職者のユリウスと、あまり行動のよくない男である盛岬りょう。
 年齢程度しか接点はなさそうだが実は他にもある。
 二人とも甘い物がとても好きだという点だ。
 解ってしまえば簡単な事である。
 ユリウスならりょうとナハトを匿う様な結界を張るぐらい容易い事だろう。
「きっとそこです」
「捕まえましょう、二人まとめて」
 かくして、秒読みは始まった訳である。

【海原・みあお】

 さっそくという雰囲気にみあおは座っていたソファーからポンと床に降り立つ。
「なんだかおもしろそう、みあおも行くっ!」
 ユリウスとりょうとナハトが結託したのだ。揃いも揃って困った大人の二人と一匹の組み合わせで何かが起こらない訳でもないだろう。
 元気のいい声に、麗香の表情がホット和らぐ。
「ありがとう、みあおちゃん。今もの凄く人手が足りないの」
「へぇぇんしゅゅゅうちょょおおお!」
 それは三下の悲鳴からもよく解る。
 視界の端には没にされた原稿がシュレッダー飲み込まれていく最中であったが、それは誰も気にとめる事もなかった。
「こんにちは」
「何時も大変そうですね」
 ざわめきの中、おっとりとした声がかけられみあおは手を振り替えす。
 大体この時期になると大変な事になっている編集部を手伝いに来た天薙撫子とレポートを持って来たのだという綾和泉匡乃の二人に麗香はいたく歓迎モードだった。
 理由は簡単、これで仕事が進むと手伝いが出来た事に感謝する表情だ。
「いらっしゃい、二人とも」
 それは怖いぐらいに営業スマイル。
「こんにちはー☆」
「こんにちはー♪」
 更に元気のいい声に麗香は怖いぐらいに営業スマイル。
「よく来てくれたわね」
 普段あまり見せない満面の笑顔は大分壊れてきているのがはっきりと解った。
 悠と也が届けてくれたレポートを確認する作業に移る麗香だが、陣中見舞いのタルトを見てニコリと微笑む。
「今やってる作業が一段落したら、差し入れ寝ケーキ食べて良いわ。イチゴとラズベリーのタルト、早い者勝ちよ」
 この言葉で作業スピードが一気に上がった。
「まだ動くじゃない」
「相変わらずの手腕ですね」
 最もこの後討ち死に確実だろう。今ここにいるメンバーの分を引いたら後少ししかタルトは残って居ないのだから。
「わたくしがお持ちしたカステラも少しここに置いておきますから後ほど食べてください」
「ありがとう、撫子さん。所でみんなには協力して貰うことになったわけだけど」
 いつの間に決定したのか?
 今の彼女にとって、ここにいるメンバーに断る権利なんて物はなく、協力する事になっているのだろう。
 まあ、麗香を初めとしてほぼ全員が何時倒れてもおかしくないような修羅場ぶりなのだから見捨てる訳にも行かないだろうしここに来た以上断るる気もない。
 話の合間を縫うように、悠と也がパッと元気よく笑いかける。
「中ぐらいの有ちゃんこんにちは〜☆」
「リリィちゃんこんにちはです♪」
「……こんにちは」
「こんにちは、有ちゃん也くん」
 対照的に返される挨拶。
「……大丈夫ですか?」
 その編集部一同の例に漏れず、疲れている様子の夜倉木を見かね流石に撫子が声をかける。無理もない、周りに空になった栄養ドリンクと錠剤が転がっていては気になるものだろう。
「体に悪そう所かすぐにでも病院に運ばれるとみあおは思うんだよね」
「………死にそうです」
「おつかれですね〜?」
「グッタリです?」
「……一週間で、8時間ぐらいしか寝てない」
 これはどう見てもやばいのではないだろうか?
 自然に麗香の方へと視線が集中すると手を口元にあて首を傾げる。
「変ね、一応睡眠時間は取ってあるはずなのに?」
「……流石に三つ掛け持ちは死ぬ」
「それがが原因ですね」
「本当に休んだほうがいいと思うのですが」
 今彼を占い師にでも見せれば、どんな三流でも死相が見えるとでも断言される事だろう。
「事情は解ったけど、これが終わるまで死なないでね夜倉木君」
「うわー、大人の社会って厳しいね」
「りょうちゃん捕まえたら一緒にお昼寝です☆」
「お昼寝〜♪」
「ナハちゃんとお風呂〜♪」
「ジャブジャブです☆」
 ほのぼのする光景だが、そう長くここで話し込んでいる時間はなさそうだと話を元に戻す。
「確認しておきたいのですが」
「どうぞ?」
 挙手した匡乃に麗香がうなずく。
「盛岬というと……あの盛岬ですか?」
 色々と妹から話を聞いている物の、匡乃にとっては始めて会う相手だ。他にも盛岬を名乗る人間はいるから確認をと思ったのだろう。
「なんでも三下さんの次に、不幸で要領の悪い大人気ないかただとか」
「その盛岬で間違いない」
 即答である。
「広まってるわね、悪い噂」
「みあおも色々聞いたよ〜」
 ほぼ全員頷いたり納得はしても否定する人間は居なかった。
 この場にいない上に、そう思われても仕方がない様な事が事件の切っ掛けなのだから仕方がない。
 一人を除いて。
「あの、どうして盛岬さんは逃げてしまわれたのでしょうか? 何かよほど辛い事が……?」
「原因と言われれば……?」
 撫子に問われたリリィが、少しだけ首を傾げた。
「何か知ってるようですね」
「夜倉木さんに今度こそ撃ち殺されるって言ってたし」
「………俺はただ、書かないから逃走できないように車を少し垂直に立てただけです」
「……車? どうやって?」
 ありがちな話では数人がかりで壁に向かって等そう言った話は時折耳にする事がある。
 だがそれだけなら逆に怒りそうなものだが……。
「少しストレスが堪ってて……」
 視線をそらすと碇が『あっ』と声を上げる。
「もしかしてこれ……三下君!」
 手を叩かれ呼ばれた彼に問いかける。
「さっき書いたレポートは?」
「こ、これですか〜」
 ヨレヨレの字で書き直されたレポートにはどこか高い所から落とされた車が、地面へと突き刺さっている写真が添えられている。
 それはさながらアメリカのトゥーンアニメのようだ。
「もしかしなくても……」
「このくるま見た事ありますー☆」
「りょうちゃんのですねッ♪」
「おもしろい事するね、怖いけど」
 呆れたようなみあおの言葉はこれ以上なく的を得た意見だろう。
「これで怖くなって逃げ出したんでしょうね、今回は」
「無理もありませんね……」
 もっともな感想を呟き匡乃と撫子は苦笑する。
「はーい!」
 一同に悠と也が元気よく手を挙げる。
「あらたな事実が判明です!」
「ヨハネ君も一緒だったのです!」
 どうやら話している間に、他にも連絡を取ってみたらしい、差し出された携帯にはしっかりと会話が録音されていた。

『はい、もしもし?』
『もしもーし、悠ちゃんでーす』
『也ちゃんでーす』
『あの、もしもしお電話変わりました、三日月リリィですけどそこにユリウスさんという方は居ますか』
『え? 師匠ですか? 師匠でしたらりょうさんと一緒に……いっ!?』

 そこで何か妨害を受けたように、電話は切れている。
 一緒だという事は解ったが、これを知った相手が何処に向かうかまでは不明だ。
「急いだ方が良さそうですね」
「不幸な目に遭ってないと良いけど……」
「夜倉木さんが来たら刺激するだけです、ひとまずここ居て貰いますか」
「ではリリィ様は……」
「お願いリリィちゃん! もう少しここに残って手伝って」
 麗花に泣きつかれては断れない。
「じゃあ私はもう少し手伝ってから行くから、りょうはよろしくね」
 リリィに任せておけばここは大丈夫だろう。
「そうですね、わたくし達で向かう事にしましょう」
「じゃあまず教会に行こう、麗花になら何か聞けると思うし」
 みあおの意見で、一同はユリウスの教会へと向かう事になった。



 麗花の証言。
「本当に困ったものです」
 教会に行って事情を話し終えた最初の言葉がそれだった。
「今日もお仕事がちっとも終わっていませんのに、ケーキに釣られて頼み事を引き受けてしまったんですよ」
「ここにも顔を出してたんですか?」
「はい、少し前はよくここで二人してお茶を飲んでたりしてたんですけど。盛岬さんが来るとお仕事はしてくれませんし、ずっと居座っているのでつい怒ってしまったら今度は外に行ってしまって……」
 ため息をこぼす麗花に、同情めいた物を感じてしまうのは間違っては居ないだろう。
「じゃあ、今二人の居場所は麗花も知らないんだね」
「はい、残念ながら」
 麗花の言葉に少し考えてからみあお。
「ここにはしばらく戻ってこないとするとどっか他の場所にいるって事になるよね」
「はーい、ケーキでおびき出しましょう〜☆」
「きっと直ぐ来ますっ♪」
「それもいいと思うけど、ただケーキ上げたらそれってユリウスを増長させるだけだよね」
 確かにと納得する一同。
「そこはキッチリしかって貰いましょうか」
「麗花がいればバッチリだね」
「任せてください」
 笑顔なのだが、これからユリウスの身に降り掛かる事を考えるとほんの少しだけ同情してしまいそうになるが仕方ない。
「でも少し可哀相ですわね」
「まあしかたないよ」
 早く何とかしないと編集部も麗花にも迷惑がかかる。
「考えられる場所としては、麗花も知らなくて、落ち着いて結界が張れそうな場所とかだよね」
 二人の行動パターンと言えば、ケーキ屋か本屋だろうが……目立つのだから普通の店にいるとは考えにくい。
 考え始めた、そんな時だった。
 それぞれの携帯が一斉になり始める。
「………?」
 一斉送信だったらしく、同じ文面。
 送り主はシュライン・エマ。
 どうやら彼女も近くにいるらしい、場所は夜倉木の実家。
 確かに、捜している相手が自宅にいるなんて考えないだろうから隠れ場所としてはなかなかの物だ。
「見つかってよかったですね」
「では行ってみますか」
 苦笑する撫子に匡乃も同じように笑う。
「そうだね」
「有ちゃんの家にゴーです!」
「始めてでーす!」



 最後の抵抗。
 改めて説明しよう。
 夜倉木の実家は純和風の日本家屋で、その庭の端に立てられた道場の中にりょうもナハトも居たのだが……まだ結界の向こう側で立てこもって居るのである。
「予想以上に強力な結界の様ですわね」
「まあ、これならぶち壊せない事もないですけど……」
「おいおいっ、過激だなあんた!?」
「僕もただじゃすまないのでやりたくないですね」
 慌てたようだが、匡乃の言葉にすぐにホッとしたようだった。
「りょうさん……」
「……無理矢理だったらこっちだって反動が来るんだ」
「だったら早く諦めればいいのに」
 透明な結界越しの会話に苦笑する。
「閉じこもっちゃいましたよー☆」
「大人げないですねぇ〜♪」
「大人げないって言うなっ!」
 むしろそうでない部分を捜す方が難しいほどなのに、よくも言えたものである。
「噂に聞いた通りの人ですね」
「どんな噂だよっ!」
 いちいち切り返すのは、ある意味律儀かもしれない。
「でも、このままと言うのもいかがなものでしょうか?」
 ユリウスの作り出した結界に、りょうが力を貸しているのだろう。これを破るのはそれなりに労力がいると思われた。
 枢機卿にその能力を増幅させる能力者が揃ってやる事としては、あまりにもお粗末な事件だが。
 これを立てこもりだと言うならりょうとユリウスが犯人で、ヨハネとシュラインとナハトが人質、そして現在甘いものを要求されている場面という所だろう。
 バカらしい、非常にバカらしい。
 何とも情けない事件だ。
「諦めて出てきたらどうですか?」
「猊下っ! いい加減に出てこないと怒りますよ!!」
 何かを言われるその度にジワジワと入口から離れた方へと下がっていくユリウス。
「もう怒ってるじゃないですか」
「もっと怒りますよ!」
 結界越しに怒る麗花を匡乃が宥める。
「まあまあ、どうせ逃げ場はないですから。お茶でもして出てくるのを待ちませんか」
「えっ?」
 そのの意見にユリウスとりょうが眉をよせた。
「そうだね、どうせ逃げ場はないしね」
「わーい、お茶〜☆」
「ケーキですー♪」
 庭にシートやらを引き始め、ほとんど行楽気分だ。
 そんな頃になって声がかかる。
「大変そうね」
 様子見て、おおむねどうなっているかの事情を察したらしい、光月羽澄もまた二人を捜して居たうちの一人だ。
 もちろんと言った雰囲気でリリィと夜倉木も一緒だった事に今度はりょうが後ずさる。
「はい、なかなか出てきてくれないものですから……ここでお茶でもしようと言うことになったんです」
 それだけで、大体伝ってしまうのは非常に簡単で良いのだが……いかがなものだろう。
「結局どうするの?」
「そうよね……」
「みあおテーブルとイス借りてくるねー」
 着々と長期戦の準備を始めているが、もちろんそんなつもりは無い。どうせすぐに業を煮やして出てくるだろう。
 このままで居る訳にも行かないのだ。
「………もう疲れた、後で殺す」
 深々とため息を付いて廊下で寝込む夜倉木に悠と也が駆け寄り一緒に座り込む。
「お昼寝ですねー☆」
「ねむねむでーす♪」
 限界だったのだろう、物騒な言葉は気になったがここはそっとしておく事にして……。
「貸してくれるって」
 許可を貰って戻ってきたみあおに、匡乃一緒にテーブルとイスを取りに行く。
「一人じゃ無理でしょうから僕も運ぶの手伝います」
「そうね」
「わたくしもお手伝い致します」
 羽澄と撫子も手伝い、人数分のイスとテーブルが庭に設置された。
「さて、お茶にしますか」
 匡乃の一言でちょっとした駆け引きが始まった訳である。
「いいんでしょうか……」
 支度をしながら撫子が道場の方へと視線を移す。
「何で迷惑ばっかりかけるのっ」
「閣下っ!」
 麗花とリリィに怒られている横で、入れたばかりの温かいお茶を一口。
「シュラインさんとヨハネ君は解放したら?」
「ん、ああ。出るのは自由だからな」
「……そうなんですかっ!?」
「あら、本当」
 ヨハネもシュラインも出れるとは思っていなかっただけに驚きだ。さっそくと試してみたシュラインは、あっさりと外へと出る事が出来た。
「って、あーーーー!!!」
「油断大敵ね」
 ケーキの箱を手にシュラインがニコリと微笑む。出る時にちゃっかりとケーキの箱を持って出ていたのである。
「……あ、じゃあ僕も……」
 一緒になって出ようとしたヨハネを麗花が止めた。
「もう少しそこにいて貰えます? 二人を放って置いたら何するか解りませんから」
「……はい」
 可哀相にとは思うが、二人と一匹だけだったら何するか解らない。
「おや、ヨハネ君はどっちの味方ですか?」
「脅さないでくださいよ師匠っ!」
 そんなやりとりは置いといて。
「ちょうど良かったわ、シュラインさんどうぞ」
「ありがとう」
 一緒に席について、シュラインもティーカップを手に取った。
「出てらしたらどうですか?」
「うっ……」
 撫子の言葉にたじろぐりょうとユリウス。
「……今の内に出たほうがいいかも知れませんね」
「裏切るのかよっ!」
「ケーキを食べたいだけ何では……」
「ヨハネ君」
 ニコニコと言う視線に肩を落とし視線をそらす。
「板挟みって辛い………」
 もはや内部分裂も秒読み段階と思われる道場内部をよそ目に、ケーキを切り分けて並べていく。
「美味しそうなケーキですね」
「いただきまーす」
「リリィちゃんと麗花ちゃんもこっちに来て一緒に食べましょう」
「そうね」
「ではいただきます」
 席に着いたリリィに続き、麗花もその方が良いと考えたのだろう。一緒に席についてケーキを一口。
「美味しい」
 色鮮やかなケーキの数々。
 イチゴとラズベリータルト。
 イチゴのシャルロット。
 チョコレートケーキ。
 カステラ。
 その他にも色々とケーキがテーブルの上に置かれている光景は、ケーキ好きでなかったとしても目を奪われる光景だ。
「沢山手に入ったから、遠慮せずに食べてね」
「お、俺が買ったのに……」
 シュラインの言葉に思いっきりうなだれるりょう。
「ちょうど良い甘さですわね」
「本当、こっちも美味しい」
「これを食べれないなんて……もったいないわね」
 それは幸せそうにケーキを食べながら、視線を送る。
 五分経過。なかなかよく持つものだ。
「無理よ、出てこないって」
「残念だねー」
 非常に華やかな会話だが、想像以上にケーキの減っていくペースが早い。
「無くなってしまいますよ」
 止めとばかりの匡乃の言葉にユリウスが飛び出しかける。
「待て、早まるな!!」
「離してください、ケーキが呼んでるんです」
「聖職者がそう言う事していいと思ってんのか!!!」
「それとこれとは話が別です!」
「ヨハネ君、助けてください!」
「師弟揃って裏切るのか!!」
「えっ、あの、その……」
 ヨハネは助けを求めるような視線を外に送るが、どうしようも出来ない。
「ふと思ったんですけが、盛岬さんは締め切りがどうしようもないから立てこもっている訳ですよね」
「こんな事してる間に終わらせたらいいのに」
 ズバリなみあおの言葉に羽澄。
「それができないからこんな事してるんでしょ」
「……出来れば苦労しねーよ」
 ぼそりと呟くりょうに、匡乃がヒラリと紙の束を見せる。
「ここにまだ碇女史に提出していない心霊レポートがあるんですけど」
「………えっ!?」
「いい条件じゃないですか、出ましょうよ」
 ネタさえあれば、立てこもる理由もないだろう。
「でもここで出たらろくな事にならないと第六感が……」
「出ていかなかったらもっと酷い事になると思いますけど」
「私もそう思います、ですから早く外でケーキを……」
「うう……どうしよう、どうすればいいんだ……」
 ナハトの方を見たが、現在のナハトは犬である。
 どうしろと言うのか。
 本格的に悩み始めた所で、羽澄が麗花に耳打ちする。
 早く終わらせてしまおうという提案だ。
 二人はうなずいてから声をかける。
「ナハト!」
「ヨハネ君!」
 二人、もとい一人と一匹が反応する。
「外に出しちゃって」
 出てこないのなら、中から出して貰えばいいのだ。
「……出ましょうか」
「はい」
 元からでるきがあったヨハネとユリウスはともかく。
「おい、ちょっ、まっ!!!」
「大丈夫よ、ナハト。悪いのはりょうだから」
「………ワン」
 僅かに迷った物の、結局……。
 ドンッ。
「お、お前って奴は……」
 こうして立てこもり事件は解決した訳だが……やる事はまだ残っているのだ。



 匿っただけじゃなく、ため込んだ仕事の事についてたっぷりと怒られているのだ。
「今回という今回こそは反省してください」
「そう怒らないでください、麗花さん」
 当然のように怒られるユリウスの横で、のんびりとみあおと撫子がケーキを食べている。
「反省しているようですから、そろそろ許して差し上げたら如何でしょうか?」
「反省してるかなぁ?」
「してないと思います」
 疑うみあおに麗花がキッパリと言い放ち首を振る。
「十分反省しましたよ、解ってくれますよね、ヨハネ君」
「………お茶が美味しいです」
 板挟みという物は実に不幸だ、これ以上ちくちくとした視線を受け続けていたら哀しすぎると撫子がフォローに回る。
「あまり強く言いますと可哀相ですから、この辺で許してあげましょう」
 フワリと微笑む撫子に、ユリウスへ不平不満はあった物の……ここは撫子に免じてと言う結論で落ち着いた。
「次はやめてくださいね、閣下」
「絶対だからね」
「ありがとうございます」
 ホット胸をなで下ろすユリウスに、撫子がお茶を勧める。
「どうぞ、ここのカステラとても美味しいんですよ」
「本当に美味しそうで……」
 満面の笑みで、今まで待ったをかけられていた反動のように進められたカステラを口へと運ぶ。
「…………っ!?」
「師匠?」
 目を白黒させたユリウスに気付いたヨハネに続き麗花とみあおが首を傾げる。
「どうしたの?」
「急いで食べるからですよ」
「―――っう!」
 バタバタとし始めたユリウスに、撫子が小さく『あっ』と声を上げて口元を押さえた。
「このお菓子、あんこが入ってるのをお伝えするのを忘れていました」
 ユリウスは、和菓子が苦手だ。
「ーっ、ーーーっ!!」
「ごめんなさい、ユリウス様」
「気にしないでください、ええ、全然」
「……天罰だね」
「天罰……」
 やっぱり報いは受けてしかるべきだったのだと納得したのは、秘密の話だ。
「もう終わったの?」
 声に気付いて振り返る。
 向こうではりょうが原稿に追われていたり、ナハトが洗われていたりしていたのだ。
「こっちも終わったから、後はりょうを編集部に運んで貰いましょうか」
「何でだよ!」
「当たり前でしょ、迷惑かけたんだから。ナハト、お願いね」
 フワリと撫でてから、洗い立ての毛並みが気持ちよくて抱き締める。
「良かったわね、ナハト」
「………ワン」
 立ち上がったナハトに、みあおが待ったをかける。
「記念写真取ろうよ!」
 取りだしたカメラに準備が良いものだと思いながら、集まり始める。
「夜倉木様は?」
 悠と也の三人で、現在熟睡中である。
「そいつ写真嫌いだから、そのまま撮ろうぜ」
 相変わらずだと思いながら、全員居並んだ姿を写真に納める。
 14人と1匹の大所帯。
 これもきっと良い思い出になる筈だ。



     【終わり】

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0086/シュライン・エマ/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【0164/斎・悠也/男性/21歳/大学生・バイトでホスト】
【0328/天薙・撫子/女性/18歳/大学生(巫女)】
【1282/光月・羽澄/女性/18歳/高校生・歌手・調達屋胡弓堂バイト店員】
【1286/ヨハネ・ミケーレ/男性/19歳/教皇庁公認エクソシスト・神父/音楽指導者】
【1415/海原・みあお/女性/13歳/小学生】
【1537/綾和泉・匡乃/27歳/男性/予備校講師 】

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■         ライター通信          ■
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参加していただいた皆様、大人げない大人と困った大人二人に構ってくださってありがとうございました。
書いてて思ったのは本当にこの二人は大人なのかと(酷)

今回は大きく分けると、
■シュラインさんとヨハネ君。
■みあおちゃんと撫子さんと匡乃さんと悠也君。
■羽澄ちゃん
と言った具合です。

後は……おまけとかを付けてみたり。


 その後。
 ナハトに引きずられてアトラスへと戻ったりょうとユリウスは麗香を初めとした編集部の面々を手伝う羽目になった。
「何処の世界に作家に編集させる編集部があるんだよ!」
「いえ、それよりも枢機卿何ですけどね、私は」
「関係ないわ、ここにいる人間は動くのなら使うのよ」
 その表情は危機感を感じ、背筋が寒くなるほどだ。
「……仕事増えた、眠い」
「夜倉木君の変わりに働いてね」
「うう……」
 初めにあった仕事は終わったが、夜倉木の変わりをさせられているのである。
「アンティークの鑑定と言われましても……」
「暇なんでしょ」
 ちょうどいいと手渡されたのは以下にもないいわく付きの品々。
「ほら、きりきり働く!」
 隅々まで目を光らせる麗香に、ため息を付くようにユリウスが一言。
「他にもお手伝い呼びましょうか」
「………いいな、それ」
 反対意見はでよう筈が無く。
「許可します」
「よしっ!」
「ではさっそく」
 喜々とした表情で携帯を取りだしたりょうとユリウスによって、同居人やら弟子やらが集められたのは……もう少し後の事。


 今度こそ終わり、お粗末様でした。