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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


春めく街にて

●町並み
 海の青まで続く赤い屋根と白い壁。踊る木々の緑。塔の黒が浮かぶ青の空。
 丘から見えるそんな景色と一行を、穏やかな日差しと軽やかな風が包む。
「ようこそ、我らが町へ」
 犬を乗せた案内ペンギンの大仰な一礼に合わせるように、汽笛が一つ響いた。

 隙間なく並べられたレンガ道を塔に向かって歩く。行き交う人々の大半は黒を基調に着飾り、爆ぜるような熱気に狂気の彩りを添えていく。
「大したものね」 「祭りは街の誇りですからな」
 どこからか振り来る鮮やかな紙ふぶきに目を細める碇麗香に、通り過ぎた機械馬車に手(?)を振る低学年児童大のペンギン。
「なにせ『祭りを増やす』で評議員ですしな」
「出る?」 「惨劇の宴でええんやったら」
「いいの? もっと適任がいるようよ」
 同行の軽口に悪戯っぽく笑う。ここに来た理由。それはこの祭りの魔王役としてだった。魔王と言っても参加者の挑戦を受けるだけとのこと。
「充分ですとも。それに」
 駆け寄ってくる子供に応じつつ、ペンギンが片目を瞑った。
「あくまで市民の祭り、ですからな」

●街歩き
 レンガ造りと言っても、現実東京のある世界のレンガとはやや違うらしい。少し前を歩くペンギンの革靴が立てる足音を聞きながら、ふとそんなことを思ってみる。
 とは言え。
(なんとなく‥‥すちーむぱんくか、はたまた大正浪漫に〜‥‥なんて)
 つい、くすりと笑ってしまう。
 明らかに東京とは違う場所。しかし、ここと東京とを往復しても10分とかからない。
「どうかされましたかな、榊船様?」
 頭に犬所長を乗せたペンギンが不思議そうに見ている。
「なんでもないです♪」
 そう言うと、榊船亜真知は微笑んだ。

「ういい〜。あげないってばあ」
 見ればペンギンの頭の上の犬所長に休憩中の機械馬が顔を伸ばしていた。お目当ては途中の屋台で買った潰した芋の揚げ物らしい。
「食べるの?」
「何をおっしゃいますやら。馬ですぞ?」
 不思議そうな麗香にペンギンが肩をすくめて見せる。
「や〜、ごりごりするうう」
 よほど欲しいのだろう。馬が犬所長に顔を摺り寄せる。
「明らかにきんぞくだよう」
「はいはい。ほら、泣かない泣かない。ほんとだ」
 そんな犬所長を抱えると亜真知は、馬の表面を撫でてみた。滑らかとは言えないその表面だが、確かに手触りは金属っぽい。その亜真知の言葉に触発されてか、ついて来た編集部の面々が争うように馬の顔を撫ですさる。
「触らないの?」
 そんな中で動かなかったのは二人。麗香と五色。
「こ、子供じゃあるまいし」
「子供ならええんか? あ、噛まれたら腕がなくなるから気をつけろよ」
 その言葉に飛びのくように口元を触っていた編集員が手を引っ込めた。
「‥‥じゃあ、ボク危なかったの?」
「うむ。所長ぐらいやったら三匹まとめて『バキッ、シーン』ってとこやな」
「お、脅さないでよ」
 ケケケとわざとらしく笑う五色に、犬所長がぎゅっと亜真知にしがみつく。
「大丈夫、その時は絶対に助けるから。馬なんて一撃で‥‥」
「倒さんで欲しいものですな。まだ馬車は貴重な交通手段なのですし。そもそも冗談がすぎますぞ、技師殿?」
 やれやれとペンギンが首を振る。
「どこの世界に所長様のような犬が三匹も居られると言うのですかな」
「「腕がなくなる方じゃないのか?」」
 ぼそりと、だが一同の声がそろう。
「はっはっはっ、お恥ずかしい限りですが、先日も厩で世話をしている者が二人ほど」
「聞きたくないし」
 ますますしがみつく犬所長の背中をぽんぽんと叩きながら亜真知。
「まあ、そう言わず。では『飼い馬に腕を奪われる』という教訓をご存知ですかな?」

「うい〜、馬怖いいいい」
 馬車が通るたびに顔を伏せる犬所長を抱っこしたまま、街を歩く。
 麗香や編集部の面々とは途中で別れた。『市民の祭り』と、気楽そうにペンギンは言っていたものの、祭りの中心ともなると、それもその主役級ともなれば、それ相応の準備が必要になるらしい。
「元々、時間的な設定はありませんしな。あるのは『かの者が現れる。それこそ祭りの終局なり』と伝わるだけで」
「じゃあ、現れなかったら?」
 同行のペンギンに意地悪く尋ねてみる。
「祭りが終わりませんな」
 あっさりと返された。
「終わらないの?」
「終わりませんとも。以前にもあったことなのですが‥‥」
「あれ、なんの屋台?」
 さすがに新たな恐怖を植え付けられるのは、と考えたのか。急に犬所長が素っ頓狂な声をあげた。
「黒い‥‥マント?」
 高い二本の棒に何本ものロープが渡され、そこに夥しいまでの黒い布がかけられている。と、客らしき一人が一枚を取り、まとうと傍らの姿見を覗き込んでいる。
「黒をまとうことは正装ですからな」
 会釈する仮面をつけた店主らしき男に挨拶を返しペンギン。
「少し見ていきますかな?」

「でも、何故に黒?」
 街に着いたときからの疑問を亜真知は尋ねてみることにした。
「だね。春の祭りなんだから、白でもいいと思うけど」
 スカーフを店主に巻いてもらいながら犬所長も頷く。
「あんたら馬鹿言っちゃいかんよ。この祭りは黒だから意味があるんだから」
「意味‥‥十二色の祭りとか言わないよねえ?」
 冗談めかして犬所長。が。
「なんだ知ってるんじゃないか。それとも彼に聞いたのかい?」
 店主がにこりと笑う。
「月に浮かぶ色それぞれ。今月は新月だからね。黒ってわけさ」
「月って、空の? 色、変わるの?」
「当たり前の事じゃないか。もしかしてお家が厳しくて夜は外に出られないとか?」
「そんな感じです」
 通告されたわけではないが、さすがに東京の話をするわけにもいかないと思い、亜真知はそのまま笑って流すことにした。
「そうだろう、そうだろう。彼はともかく犬が話すわけ無いし。しかし久しぶりに見たけど、まだ姿変えの使える術者は残ってたんだなあ」
 少し涙声になりながら、店主は何度も何度も頷いていた。
(すごく怯えてるけど‥‥大丈夫だよね?)
 正確には手を出せなかったのだが。

●まつり
 漆黒の時計塔がそびえるその広場は、集う人々の服の色もあって塔と同じく黒く染められていた。そしてそこに渦巻くは静かなる熱気。
 祭りの終焉を呼ぶもの。
 そう、魔王の現れる舞台は整っていた。

「あいかわらず暇な奴らやな」
「あいかわらず?」
 広場を囲む屋敷の一つ、控え室として使うように指示された部屋の窓からも、その光景は見て取れた。
「ん? いや、年中祭りのことを考えてる奴らやろ? あいかわらず暇やろなあ、なんてふと思ってみただけなんやけど」
亜真知もふと呟いてみただけなのだが。 
「ほほう。その割にはなつかしそ〜に見てたねえ?」
 部屋のテーブルの上で蹲っていた犬所長が急に元気を取り戻す。
「いやあ、俺の故郷も似たような奴らが多かったと言うか‥‥なんやねん、その眼は」
「べ〜つ〜に〜っ♪」
「飼い主! ちゃんとしつけなアカンやろが」
 びしり、と亜真知を指差す。何か言い返そうとも思ったが、よく考えれば。
「飼っていいの! わ〜い♪」
「いや、ちょいと待て。タバコ一箱で手を打とう」
「安っ! ボクの価値はその程度か!」
 と、文字通り犬所長が吠えた時。
「安いのですかな? 技師殿が吸われていた葉巻モドキは」
「そうね‥‥新聞がニ部買えるわね」
「ほう、新聞が! 上流階級の仲間入りですな!」
 ペンギンと麗香が部屋に入ってきた。
「魔王というより‥‥悪徳カジノのディーラーやな」
 麗香を見た五色がへらりと笑う。黒のスーツに黒のマント。首もとの棒タイを止める石とティアラの石だけが藍く、静かな光を湛えている。
「悪徳、ね。じゃあ、賭け率も高めにしたほうがいいかしら」
 涼しい顔で麗香が返す。メガネをしていないため、いつもより目が怖いが。
「好きにすりゃええやん。今日は魔王なんやし」
「そうですよ。わたくしもしっかりさらわれてみせますし」
 ぐっと拳を作り亜真知は言った。
麗香が魔王を演じると聞いたとき、亜真知は密かに企んでいた。それは。
「いや、榊船さん? あんた、いきなし何かすさまじい方向にかっとんでませんか?」
「やっぱり囚われのお姫様も必要じゃないですか」
「魔王四天王の魔女宰相やなくてか?」 「パーンチ!」
 すかさず五色を蹴る。蹴り応えは充分でスネを押さえた五色がのたうつ。
「と、言うことで、宜しくお願いいたします、ね?」
 にっこりと。承諾はすぐに出た。

 その姿にざわめきが起きる。ざわめきはどよめきに変わり、いつしか歓声になった。

 特別にこしらえたと言うステージ。その中央には金色に耀くある意味すさまじい趣味の玉座があり、麗香がそこに座っている。
「そう言えば、挑戦って言ってたけど?」
 さすがに姫役のことは考えていなかったらしい。魔王の後見人として玉座の脇に控える五色と並ぶことになった。
「ま、挑戦は挑戦や。要は『何者にも負けない』ことを証明するっていう趣旨でな」
 前口上を述べ、よく分からないテンションで観衆を煽り始めた司会者に苦笑。
「今から適当に何人かをここに上げる。そして一人ずつ自分の得意なことで魔王に挑戦する。勝てば良し、負けても、まあ、良しかな」
「賞品とかないの?」
 あまりの歓声に顔をしかめつつ犬所長。
「若干の賞金がでるんやとさ。時には希望するモノを叫ぶ奴もおって、希望が叶う率はたかいらしい。もっとも、重要なんは勝った自分であって何らかの物やない‥‥はずやったんやがなあ」
 そこでちょうど出た煽り文句は「賞金が欲しいかあっ!」。
「じゃあ、もしも挑戦者が『姫様を嫁に』なんて言ったら‥‥」
「ちょいと、のしを探してくる」 「も一度パーンチ!」
 今度は本当にパンチ。それも立位置の関係上右のわき腹に。

 選ぶのが適当なのは、ステージに上がった顔ぶれを見ればよく分かった。年も性別もバラバラな七人が来たからだ。
 一人目は十歳ぐらいの少年だった。種目は腕相撲。家では強いと言われたそうだが、いいところ無く負けた。二人目は老紳士。が、彼は上がれただけで満足です、と麗香と握手をしただけで帰っていった。

「大丈夫か、この祭り」 「次がヤマやろな」
 半眼の犬所長をよそに五色が呟く。次はかなり体格のいい男だった。
 やはりと言うべきか当然と言うべきか、男が選んだのは力勝負。そして「勝ったら、あの姫君とやらを頂く!」と吠えたのだ。
「いやん♪ ピンチ?」
「喜ぶな、犬。ま、大きなのしをつけてもええんやが‥‥一応、おしとやかな姫様役なんやろ? 拳で語るな‥‥代役を立てる」
「立てられるの? まさかわたくし自身で、とか」
「元々、魔王役は女がやるもんでな、ようあるんや。で、まあ、あるやろ? 魔王と言えばの口実が」
 へらりと笑うと五色は大きな声で異議を唱えた。
「貴様の相手など魔王様自らがするまでも無い! そう、四天王を、一人四天王を倒してからにするが良かろう!」
 そして。ステージに一人の編集員が上げられることになった。そう、彼の名は。

「まさか残り五人に全勝するとはなあ」 「美貌でまで勝ったのには呆れたけどね」
 四天王を立てた以上、その者が負けるまでは魔王が出るわけにもいかず。これもまた一つの偉業として伝承になるのだと言う。
 紅に染まる空の下、最初に見たときと同じように街を眺める。
 海まで続く町並みと空。そして、そこにいる人々。
風が吹いていた。穏やかな風が。

「ところで来月は『紅の姫君』が必要なのでしてな。ご協力願えませんかな?」
「やめとけ。マジで惨劇の宴にな‥‥」

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 整理番号 / PC名 / 年齢 / 性別 / 職業 】
1593 榊船・亜真知(さかきぶね・あまち) 999 女 超高位次元知的生命体・・・神さま!?

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■         ライター通信          ■
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 どうも、平林です。このたびは参加いただき、ありがとうございました。
 今回はちょっと寂しい状況でしたが、いかがでしたでしょうか。町についてや魔王についての説明は、OPだしてから「忘れてた!」と思う始末。今までで一番無謀な話かもしれません。ただこの街はずっと抱えていた町なので‥‥どうすっかなあ、と。
 
 では、ここいらで。いずれいずこかの空の下、再びお会いできれば幸いです。
(暁を覚えぬ頃に/平林康助)

追記:納入が遅くなりすみません。個人的には括弧書きのツッコミ(?)がヒットです。え? 魔女じゃないんですか?