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2.インサイダー・アイドル ――彼女は光の夢を見る
■巽・千霞編【オープニング】
「あたしねっ、向こうの世界に行ってみたいんだ★」
「向こうの世界? ――と、言いますと?」
「決まってるじゃない! 光の世界よ」
「ひ、ひかりのせかい……ですか?」
「知らないの? ここは闇の世界なのよ。そしてこの闇の世界の外には、光の世界があるの。その2つは1本の細〜い通路で繋がっていて――」
「いて?」
「最近ね、そっちの世界から来てる人が何人かいるんだって!」
「……それが今いちばん流行っている怪談ですか?」
「違うの。これは怪談じゃなくって、現実よ★」
そのアナウンサーは、困った顔をしていた。
(当たり前だ)
と探偵――少年探偵は思う。
アナウンサーがインタビューをしている相手はSHIZUKU。オカルト系アイドルとして有名な彼女にそんなことをする理由は1つ。その手の話が聞きたいからだ。
(それなのに)
彼女は”現実”の話をした。アナウンサーが困るはずだ。
「――しかし彼女、一体どこから情報を仕入れているのでしょうね?」
傍に立って一緒にTV(といっても電波が飛んでいるわけではなく、有線である)を見ていた助手――青年助手が首を傾げる。
”SHIZUKUがどこから情報を仕入れているのか”
確かにそれは気になる問題だった。何故なら普通ゲルニカに生きている者は、知るはずもないのだから。
(この世界が闇なんて)
その闇の外に、光があるなんて。
「それを知っている誰かと、繋がりがあると考えた方が良さそうだな」
探偵が口にしたその時、事務所のチャイムが鳴った。
助手が返事をする前にドアは開き――
「やっほ〜★」
やって来たのは――SHIZUKUだった。
■突撃★いんたびぅ〜【ゲルニカ:怪奇探険クラブ部室】
「――さて、今日はゲルニカ内の神聖都学園に来ております。目的はひとーつっ。オカルトアイドル・SHIZUKUさんに突撃インタビューをするためです!」
マイクを持ってそんなリポートをしているのは、私の手の中にいる犬のぬいぐるみだった。
今日の主役だ。
(またゲルニカへ行きそうな気がする)
そう感じた時、私はそれを手に取っていた。
感情を表に出さないため、かもしれない。
強い何かに耐えるためには、私にはまだ道具が必要だった。
「えっと……怪奇探険クラブの部室はここかな? ではちょっとノックをしてみましょう」
――トン トン
軽く2回、マイクをぶつける。
すると内側から「はーい」という声が聞こえて、やがてドアが開いた。
「あれ?」
「こんにちはー! インタビューに来ました〜」
「わあ、可愛いお犬さん★ でも今日取材の予定は入ってないはずだよ?」
対応してくれたのはSHIZUKUさん本人だったので、ここが彼女の所属する怪奇探険クラブの部室であることは間違いないようだった。
「ごめんごめん、突撃★インタビューだから、アポなしが基本! なんです」
「そっかぁ。じゃあいいや、入って〜」
意外とあっさりと、SHIZUKUさんは私を中に入れてくれた。それから。
「腹話術、だよね? すんごい上手だねぇ」
そう言ってくれたので、ぺこり小さく頭を下げる。
部室にはもう1人女性がいて、それが影沼・ヒミコさんであることをすぐに理解した。
「こんにちは、インタビュアーさん」
「こんにちは! よろしくね〜」
犬の砕けた口調にも、2人は気分を害することなく応えてくれる。
「じゃあインタビューどうぞ★」
「あ、はい」
SHIZUKUさんに急かされて、私は直球で訊いてみることにした。
「SHIZUKUちゃん、テレビで光の世界に行ってみたいって言ったらしいですけど、そもそも光の世界があるなんて誰に訊いたんですか?」
すると2人は顔を見合わせて。
「えっと……もしかしてインタビュアーさん、向こうの世界の人……?」
SHIZUKUさんはそんなふうに問い返してきた。
(どう答えようかしら?)
少し迷ったけれど、ここは正直に答えておいた方が、向こうも正直に答えてくれそうな気がする。
「……そーだよ」
「きゃー! じゃあ向こうへの行き方教えてっ、ね?!」
「教えてって言われても……ボクらは帰ろうと思えばすぐ帰れるみたいだから」
「じゃあどうやってきたの?」
「来たいと思えばすぐこれるから」
「…………」
「…………」
残念ながら、お互いなんの解決にもなっていないようだった。
「ねぇ、インタビュアーさん以外にも誰か来てるかな?」
「と思うけどなぁ」
今回は皆でまとまってきたわけではない。けれど情報を得られるタイミングは皆同じはずだから、きっと誰か来ているならば同じタイミングで来ているだろう。
「探偵ちゃんの所?」
「普通はそうですね」
安定しない口調で答える。
それからSHIZUKUさんは、唸り始めた。
「うーん……」
「どうしたんですか?」
「探偵ちゃんがね、誰か来たら呼んでくれるって約束したんだけど、連絡こないんだもん。勝手に行ってもいいかなって」
探偵さんのことだ、きっと最初から連絡するつもりなんてなかったのかもしれない。
「じゃあ一緒に行きましょうよ♪」
私が誘うと、SHIZUKUさんの表情が一気にぱぁっと明るくなった。
「わ、ホント?! 行く行くっ。向こうの人と一緒に行ったら、探偵ちゃんも追い返せないはずだもんね★」
どうやら一度追い返されているようだ。
「ヒミコちゃんはどうしますか?」
隣で黙って話を聞いていたヒミコさんに振ると、彼女は考える仕草をしてから。
「んー、私はここにいようかな。部室閉めちゃうと他の部員が困りますし」
「じゃあ戻ったら、訊いてきたこと報告するね!」
「お願いします」
にこりと微笑んだ。笑顔がとても印象的だった。
「んじゃインタビュアーさん、早速! 早速!」
また急かされて、私は部室をあとにする。
(……あれ?)
結局誰がSHIZUKUさんに情報を流したのか、はぐらかされたままだ。
(ま、いっか)
どうせ草間興信所へ行ったら、探偵さんあたりが聞きだしてくれるだろう。
(とりあえず今回の私の目的は)
楽しむこと。
これに尽きるのだから。
■白熱麻雀バトル!【ゲルニカ:草間興信所】
――ぴんぽーんっ
一応チャイムは鳴らすものの、返事を待たずにSHIZUKUさんはそのドアを開けた。
「やっほ〜★ また来ちゃった♪」
「…………」
そして少しのためらいもなく入ってゆく。私もそのあとに続いた。
事務所には探偵さん・助手さんの他に、セレスティ・カーニンガムさん、アイン・ダーウンさん、ヨハネ・ミケーレさん、鹿沼・デルフェス(かぬま・−)さんがいて、何やらほんの少しだけ暗い空気が漂っていたようだった――けれど、SHIZUKUさんのおかげでそれが一気に吹き飛んだようだった。
★
「お口に合わなかったらすみませんけれど……」
ヨハネさんはそう言いながら、今作ったばかりらしいチーズケーキを振る舞ってくれる。
「珈琲と紅茶も買ってきたんで、飲みたい方に手をあげて下さいね」
そうして手の数を数えてから、また流しの方へと戻っていった。助手さんがそれを手伝うためかあとを追っていく。
草間興信所内は、人であふれていた。
そんな中。
「折角だからサイン貰ってもいいですか?」
とどこからか色紙を取り出していたのはアインさんだ。
「えへへ〜もちろんいいよ★」
SHIZUKUさんは喜んで頷くと、それを受け取ってピンクのペン(サイン用に持ち歩いているようだ)でサインをする。
それを見ていた探偵さんは、アインさんに。
「SHIZUKUのサインのままがいいなら、向こうへは持っていかないことだな。向こうに持っていった時点でそれは向こうのSHIZUKUのサインになるのだ。僕は向こうのSHIZUKUなど知らないが、向こうのSHIZUKUは別にアイドルではないのだろう?」
私はそれまでの話を聞いていないためよくわからなかったけれど、どうやらこちらの物を持ち帰ると、向こうにあるそれといちばん似ている物に変換されるらしい。
「あ、そうか。じゃあここに置いていきますから、探偵さん事務所にでも飾って下さいよ」
「断る」
「はい、できたよ★」
当のSHIZUKUさんはサインを描くのに夢中になっていたようで、2人の会話など耳に入っていないようだった。それは可愛らしいイラストがたくさん入った色紙を見ればよくわかる。
それからSHIZUKUさんは、皆の分の飲み物を運んできたヨハネさんに向かって。
「ねね、キミは?」
「えっ? 僕? サインですか? えっと……」
ヨハネさんは戸惑いながらも助けを求めるように視線を泳がせたけれど、誰も上手くかわす言葉を持っていなかったようで。
「……あ、じゃあお菓子の本にでも、サインしてもらおうかな」
そう呟くと、見ながら作っていたんだろう、再び流しの方へと戻っていった。
SHIZUKUさんはその後ろ姿を見送ってから。
「他の人は――」
「そこまでだ」
探偵さんは声を遮ると。
「折角の温かい飲み物が冷めてしまうだろう?」
とても真っ当な言葉を口にした。
SHIZUKUさんは一瞬きょとんとした表情をしたけれど。
「言われてみればそうだねぇ。ケーキだって作りたてがいいし★ じゃあヨハネちゃんが戻ってきたら先に食べようか♪」
(助かった……)
どうやら探偵さんは、SHIZUKUさんの上手な扱い方を知っているようだった。
(見習わなくちゃ!)
SHIZUKUさんのペースに流されまくっていた私は、密かにそう思った。
「――ポン!」
別に何かが弾けたわけではない。アインさんがそう声をあげて、捨て牌を拾ったのだ。目の前には真四角の卓がある。――そう、麻雀だ。
(それにしてもどうして、”これ”なんだろ?)
ヨハネさんの作ったチーズケーキを食べながら話をしていたのだけど。SHIZUKUさんが”情報源”について口止めをされているらしい(だから私にも言わなかったのかな?)というくだりを聞いたアインさんが、突然こう言い出したのだ。
「じゃあ麻雀で勝負して、SHIZUKUさんが最下位になったら喋るというのはどうですか?!」
「待て、何故麻雀なのだ」
すぐに異議を申し立てたのは、もちろん探偵さんだ。するとアインさんはその言葉を予想していたようで。
「あれ? 探偵さん麻雀できないんですか? 俺、探偵さんならきっとできるんじゃないかなーって思ったんですけど。あ、自信なかったらごめんなさい」
にこやかな笑顔で告げた。それは答えではなく、挑発だった。
探偵さんもそれに気づいていたのだろうけれど。
「いいだろう。では麻雀で勝負だ!」
もう誰も、何故麻雀なのか突っ込む者はいなかった。
「――おっと、チー!」
探偵さんが捨て牌を拾う。手元に皆の視線が集中する。
1人で卓に向かっているのはアインさんと探偵さんだけで、他はペアになっていた。私とSHIZUKUさん、セレスティさんとデルフェスさんだ。私とデルフェスさんが麻雀初心者だったので、そういうことになった。ちなみにヨハネさんと助手さんは、食べ(飲み)終えた食器を片付けに行っている。
「じゃああたしはカンしちゃうもんね★」
SHIZUKUさんは言いながら、同一の4牌を卓の隅へとやった。
(あれがカンっていうんだ)
よくわからないけれど、見ているだけでもそれなりに面白かった。要所要所では、SHIZUKUさんも解説を入れてくれるし。
(それにしても……)
SHIZUKUさんが麻雀を打てるというのも驚きだけれど。
麻雀は点数制のようで、1回では勝敗(決着?)がつかない。普通は全員が2回以上親をやった時点で終わりということなのだけど、今回は短くすませるために、1回以上親をしたら終わり、というルールにしているそうだ。
「――おや、次で最後ですね」
セレスティさんが告げる。次の親は、そのセレスティさん。それで全員が1度は親をやったことになるようだ。
「得点を確認しておくかね」
探偵さんがため息混じりに告げたのは、探偵さんの成績が芳しくないから。一言で言うなら、ビリである。それくらい点数を聞けば私にもわかった。
1位はなんと私たちのペアで38,900点、2位はセレスティさん・デルフェスさんペアで25,000点、3位はアインさんの20,100点、そして4位が探偵さんの16,000点だ。探偵さんは2局目に私たちのペアに持っていかれた11,900点がかなり響いているのだと、SHIZUKUさんが自慢気に教えてくれた。
「そろそろ結果が出るんですか?」
台所から戻ってきたヨハネさんと助手さん。手には再び珈琲やら紅茶やらが載っているお盆が。
するとアインさんはヨハネさんを手招きして。
「そんなのいいですよヨハネさん。最後くらい一緒にやりましょうよ、麻雀」
「えっ? でも僕麻雀なんて全然わかりませんから……」
「俺が教えるから大丈夫ですよ。ほらほらっ」
「えっと……じゃあお邪魔します(?)」
それでもヨハネさんはしっかりと皆に飲み物を配ったあと、おずおずと席(アインさんの隣)についた。
「助手、君は僕の後ろに立っていろ」
残された助手さんが所在なさげにしているのを見て、探偵さんが口を出す。
「そうします……」
これでちょうどペアが4つ完成した。
(私たちを最下位にするのは)
多分ほとんど不可能だっただろう。けれど誰もそのことを口にしない。諦めていた――のではなく、忘れて麻雀に没頭していたと言った方が正しいようだ。
「――では、最後の戦いを始めましょう」
セレスティさんの言葉に、皆の眼が鋭く光った。
★
「り、りーちっ!?」
微妙な疑問形混じりで最初に声をあげたのは、ヨハネさんだった。おそらくアインさんに急かされて告げたのだろう。そのアインさんは、すかさず何かの棒を卓の上に出した。
(リーチということは)
あと1つで上がりということだ。
(うわー、ドキドキするなぁ)
ほとんど参加しているとは言えない私でもそうなのだから、実際にやっている皆はもっと楽しいのだろう。
「ここは慎重にいかないとね★」
私にだけ聞こえる声で呟いたSHIZUKUさん。……けれど。
「来たぁぁああ!!」
「うわっ」
SHIZUKUさんが捨てた牌に、反応したのはアインさんだった。その声に驚いて、ヨハネさんは卓の上に珈琲をこぼしてしまった。
「あ、すみませんっ」
そしてそれを拭こうと、今度は自分の牌を倒す。
「わわわっ」
「ま、ロンするなら見えちゃっていいんじゃないのぉ?」
「むしろ見せてくれないかね」
SHIZUKUさんと探偵さんに言われて、ヨハネさんはアインさんと顔を見合わせてから、倒れて珈琲が付着してしまった牌を拭きつつ脇に並べ始めた。
「これは凄いですよ。教えた俺もびっくり!」
アインさんが興奮したように告げたけれど、私にはまだその興奮がわからない。
「一盃口・翻牌・立直・一発、ドラで3翻――全部で7翻だな。得点は……」
「12,000点!!」
そこまで聞いて、納得した。これまででいちばん点数が動いたからだ。思わず「おお〜」と普通に声を出してしまった。
(初心者なのに凄いなぁ)
「び、びぎなーずらっく、というやつでしょうか」
本人もずいぶんと驚いているようだ。
「ああーんっ、これでSHIZUKUはマイナス12,000点でしょ〜? アインちゃんとヨハネちゃんのペアに抜かれちゃった★」
そう言うSHIZUKUさんがあまり悔しそうではないのは、麻雀が十分に楽しめたからかもしれない。
「では最終的な結果は――」
探偵さんが律儀に発表する。1位はアインさん・ヨハネさんペアで32,100点、2位は私たちのペアで26,900点、セレスティさんとデルフェスさんペアは3位に落ちるも点数は変わらず26,000点、探偵さんは結局最後まで最下位で16,000点だった。
(……本当に苦手だったんだ)
思わず苦笑する。
「――しかしこれで、SHIZUKU嬢の口からは情報を聞けなくなりなりましたね……」
思い出したように告げたのはセレスティさん。そう、皆は私たち――SHIZUKUさんを最下位にできなかったのだ。
しかしSHIZUKUさんはあっけらかんとした様子で。
「ああ、そう言えばそんな約束してたね★ 別に教えてもいいんだよ、あたしは。邪魔が入らなかったらね♪」
「?!」
その言葉で、何人かはきっと気づいただろう。
(まさか……)
「直接、聞いたのかね?」
(”あいつ”から?)
探偵さんの低い問いに、SHIZUKUさんはいつもの調子で答える。
「んーん。あたしはあいちゃんとは会ったことないもん。あいちゃんの話はヒミコちゃんから聞くの。で、ヒミコちゃんは沙耶さんから聞いてるのね。なんか伝言ゲームみたい★」
「…………」
その内容よりも、SHIZUKUさんが”あいつ”のことを”あいちゃん”と呼んでいる事実についてつっこみを入れたかったのだけど、誰もそんな勇気のある人はいないようだった。
(でもこれで)
少しずつだけど前進はした。
「――ってことはぁ〜、ゲルニカの外に本当の世界があることってことを、”あいつ”から聞いた沙耶さんから聞いたヒミコちゃんから、SHIZUKUちゃんは聞いたってこと?」
久々にインタビュアーに戻ると、皆が不思議そうな顔でこちらを振り返った。SHIZUKUさんだけは、変わらない表情で答えてくれる。
「ホント、インタビュアーさんって腹話術うまいよね★ でも違うんだ。その思想を展開してるのは、ヒミコちゃん自身なの。で、あたしもそれに共感しちゃって、だったら外の世界に行きたいなぁって」
皆はそのSHIZUKUさんの言葉で腹話術だと気づいたようで、そのまま会話は進んだ。
「それならどうして、口止めなんてされていたんですか?」
問い掛けたヨハネさんに、SHIZUKUさんは首を振ると。
「口止めされてたんじゃなくて、あたしが勝手にしてたんだよ。だってそんなこと言ったら、探偵ちゃんの興味があたしからヒミコちゃんに移っちゃうでしょ? でもあたしはヒミコちゃんに迷惑をかけたいんじゃなくて、そっちの世界に行きたいだけなんだもんっ」
少々滅茶苦茶な言い訳ではあるけれど、SHIZUKUさんのヒミコさんには迷惑をかけたくないという気持ちだけはちゃんと伝わってきた。
「ああ、全部話せちゃった★ ねぇもういいでしょ? 光の世界への行き方を教えてよ〜」
甘えるような声を出すSHIZUKUさんを、探偵さんは厳しい眼差しで見返していた。
「……探偵?」
その不可思議な様子に気づいた助手さんが、呼ぶ。
「――おかしいな。外へ出たいという希望を植えつけたのも、出すまいとしているのも、”あいつ”だというのか? ならば何のために……」
探偵さんのその言葉に、思い出したように問い掛けたのはセレスティさんだ。
「探偵くん、もし仮にSHIZUKU嬢が向こうの世界へ行けたとすると、ゲルニカにはSHIZUKUという存在がいなくなるわけですよね。そうなると、新しいSHIZUKU嬢が生まれたりするんでしょうか?」
(わ、面白いかも)
もしそうならば、彼女が再びゲルニカへと戻ってきた時に、”SHIZUKU”が2人存在することになるのだ。
すると探偵さんは首を振って。
「それはないな。君たちだって、向こうに帰った時もう1人の自分に会ったなんてことはないだろう? そういうことなのだ」
「待って下さい。そもそも俺たちがそのままの状態でゲルニカへ来ていること自体、おかしくないですか? 最初の探偵さんの話だと、ないものは似たものに変換されるって話でしたけど……」
首を傾げながら問うアインさん。それには助手さんが答えた。
「それは、皆さんがこの世界に既に存在しているからですよ」
「え?!」
「すべてが今の皆さんとは違うかもしれませんが、存在としては同じ方がいるはずです」
そう言われても、すぐには信じられないけれど。
「……つまりね、先程のサインの話を例に出して言うと、SHIZUKU自身が自分のサインを持って向こう側に行くならば、そのサインはSHIZUKUのものであり続けるのだ。それともう1つ、”行く”という条件と”戻る”という条件は違う。”戻る”条件は”行く”行動を起こしているだけでいい」
「少しこんがらがってきましたけど……つまり戻るには、特別な条件はいらないということですのね?」
デルフェスさんの短いまとめに、探偵さんは頷く。
「帰りたいとさえ思えば、ね」
■夢語り【ゲルニカ:怪奇探険クラブ部室】
「”あいつ”の意思なしに、光の世界へ行くことはできない」
探偵さんからそう聞かされたSHIZUKUさんは、とても落ち込んでいた。
「あたしあいちゃんには嫌われてるみたいだから、きっと無理だね……」
そんなふうに、肩を落とす。
(どうやら)
SHIZUKUさんが”あいつ”に嫌われているというのは本当のことのようで。SHIZUKUさんの自由な行動が時として”あいつ”を邪魔してしまうのが真相のようだった。”あいつ”にも、SHIZUKUさんの突飛な行動をすべて予測するのは不可能なようだ。
私とデルフェスさんは、落ち込んでいるSHIZUKUさんを元気付けようと、一緒に学校へ行きオカルト談議に花を咲かせることにした。
「ここが部室だよ★」
驚くほどに広い神聖都学園の敷地内。その片隅を指差したSHIZUKUさんにそう告げられて、驚いているのはデルフェスさんだ。
「この建物1つが、ですの?」
私も最初は驚いた。それは部室がたくさん入っているような建物ではなく、完全に1つだったから。
「そそ。ここのガッコ、クラブ1つに建物1つずつあてがわれてるの」
それを聞いて、デルフェスさんは「ほぅ」とため息ともつかない息をもらした。
「まだヒミコちゃんいるかな?」
犬が告げる。
「どうかな? ――ただいま〜」
元気な声をあげながら、SHIZUKUさんは部室のドアを開けた。どうやら現実の世界の話を聞けるということで、元気を取り戻しつつあるようだ。
(よかった……)
中に入ると、ヒミコさんはまだいて。
「あら、おかえりなさい、SHIZUKUちゃん、インタビュアーさん。あと……」
「初めまして、鹿沼・デルフェスと申します」
デルフェスさんが挨拶を挟むと、彼女はにこりと微笑んで。
「アンティークショップの店員さんですね」
と続けました。
「ごめんねーヒミコちゃん。皆にヒミコちゃんの思想のこと教えちゃったの」
「あら、そんなこと構いませんよ。信じてくれる人が増えるなら嬉しいし……でも皆さんがこうしていらっしゃったということは、やっぱり当たっていたんですね」
SHIZUKUさんの謝罪にそんなふうに返すと、ヒミコさんは私たちに椅子を勧めた。
「ヒミコ様は、そのことを高峰様からお聞きになったわけではないそうですね?」
確認するようにデルフェスさんが問うと、ヒミコさんは頷いて。
「ええ、違います。私、沙耶さんに保護される前の記憶がないんですけど、この思想だけは忘れてなかったみたいで。ずっと覚えていたんです」
「!」
それは思いがけない言葉だった。
(それなら鍵を握っているのは)
過去のヒミコさん? ――そして沙耶さん、ということになる。
それ以上はヒミコさんに訊ねても何もわからないようだったので、今度は私がSHIZUKUさんに振ってみることにした。
「ねね、SHIZUKUちゃんはなんで、光の世界に行きたいの?」
するとSHIZUKUさんは大真面目な顔で。
「だって、外に光の世界があるってことは、ここって闇の世界ってことなんだよね? 闇の世界のオカルトアイドルなんて、なんか嫌じゃな〜い? どうせなら光の世界のアイドルになって輝きたいもん!」
「………………」
実にSHIZUKUさんらしい答えと言えたけれど、少し脱力してしまったのは何故だろう?
「それより早くオカルトの話しよーよ! 向こうの世界のこと教えてくれるんでしょ?!」
瞳を輝かせたSHIZUKUさんに倣って、隣のヒミコさんも瞳を輝かせる。
(そう)
彼女たちにとって”オカルト”とは、私たちにとっての現実のこと。それは私たちにとってこの世界そのものが、”オカルト”の対象であるように。
その後あちらの世界の様々なことを話して聞かせた私たちは、満足そうなSHIZUKUさんたちに満足して、ゲルニカをあとにした。
(いつか)
来ることができたらいいね。
そんなふうに祈りながら――。
■終【2.インサイダー・アイドル】
■登場人物【この物語に登場した人物の一覧:先着順】
番号|P C 名
◆◆|性別|年齢|職業
2266|柚木・羽乃(ゆずき・はの)
◆◆|男性|17|高校生
0164|斎・悠也(いつき・ゆうや)
◆◆|男性|21|大学生・バイトでホスト(主夫?)
1883|セレスティ・カーニンガム
◆◆|男性| 725|財閥統帥・占い師・水霊使い
2151|志賀・哲生(しが・てつお)
◆◆|男性|30|私立探偵(元・刑事)
2086|巽・千霞(たつみ・ちか)
◆◆|女性|21|大学生
2525|アイン・ダーウン
◆◆|男性|18|フリーター
1286|ヨハネ・ミケーレ
◆◆|男性|19|教皇庁公認エクソシスト(神父)
2181|鹿沼・デルフェス
◆◆|女性| 463|アンティークショップ・レンの店員
■ライター通信【伊塚和水より】
この度は≪闇の異界・ゲルニカ 2.インサイダー・アイドル≫へのご参加ありがとうございました。そして大変遅くなってしまって申し訳ありませんでした_(_^_)_ その割にはあんまり長くないんですが……分岐が激しく多いのでよろしければ他の方のノベルもご覧になって下さいませ〜。
今回途中から麻雀ノベルになっております(笑)。詳しく説明しすぎるのもウザイと思ったのであまり説明入れませんでした。ただ麻雀の楽しさが伝わればいいなぁと思っております。そんな私もかなりビギナーですけれど。
ゲルニカ、大人しく隔月に変えようかなと思っております。色々と変更点が多くご迷惑をおかけしておりますが、今後ともよろしくお願い致します_(_^_)_
それではこの辺で。またこの世界で会えることを、楽しみにしています。
伊塚和水 拝
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