コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


春和望

 外の空気に、春の香りが混じり始めた、ある日の夜。
 極端に寒がりな守崎 北斗(もりさき ほくと)は布団の中で鼻をすすりながら、身震いをしていた。
「…さむ…。ったく、早く温かくなれよな…」
 そう、自然に向かっての文句を、独り言に変換しながら。
 どう寝返りをうっても、温まらない。温まらないまま、夜明けが来てしまいそうな錯覚まで、引き起こしてみたりもする。
 そしてそう思い始めると、どんどん体温が布団に吸い取られていくような感覚に陥り、北斗は勢いよく身を起こした。
「う、寒ぅ〜っ!」
 勢いよく起きたものの、冷え切った部屋の空気に、自分の身体を両腕で抱く北斗。背中から大きな震えがなぞる様に首筋へと湧き上がり、思い切り首を振った。
「兄貴、まだ起きてるよな…」
 もそ、と動き、掛け布団から素足が空気に触れると、北斗の身体はまたも震えた。そしてそそくさと自分の部屋を後にして、小走りで自分の双子の兄である、守崎 啓斗(もりさき けいと)の部屋へと向かう。
「…うわ、つめてーっ」
 廊下もまた冷え切っていて、今の北斗には、かなり辛いものになっていた。足の裏全面を床につけないように歩き、自分を抱きかかえながら、目的地である啓斗の部屋の前まで辿り着く。
「………」
 障子の向こうからは、明かりが漏れていた。北斗の読みどおり、啓斗はまだ起きているようだ。
(…また本でも、読んでんのかな…)
 心の中で呟いた後、一旦は足を止めた北斗だったが、明かりを確認した後は歩みを再開させ、すたすたと突き進み、遠慮も無く障子の前に立った北斗は、間髪要れずに行儀悪く足で障子を開けた。スパンッ、といい音をさせながら。
「…北斗。どうした?」
 その北斗に、啓斗は別段驚いた様子も見せずに、片手に本を持ったままで、彼を振り返った。デスクスタンドの明かりだけで、読みかけの本に目を通していたらしい。ここでも、北斗の読みは当たっていた。
「寒いから一緒に寝る」
(ほっといたら明け方まで本読み耽るしな、兄貴は)
 北斗はそう言い、心の中でもさらにぶつぶつと、独り言を言いながら、後ろ向きで障子を閉め、ズカズカと啓斗の部屋の中へ入り込んで行く。そして啓斗の手の中から本を奪い取り、呆れ顔の彼を無視して、机から引き離した。半ば、彼を引きずるような、形で。
「まったく、お前の寒がりはいつになっても直らないな…」
 啓斗の言葉を背に背負いつつ、お構い無しに兄の布団を敷く北斗。てきぱきと敷き終え、素早く寝る準備を整えた彼は、上掛けを捲り上げ、ぽんぽん、と啓斗の為に開けたスペース部分を叩き、『隣に来い』と仕草で表した。
 それに、溜息と苦笑で応えて、啓斗は言葉無く北斗の隣に滑り込む。
「…あったけー…」
 そう言葉を漏らす、北斗。
 既に身体を布団の中に仕舞い込んでいた北斗は、隣によく知った暖かさを感じて、ほぅ…と息を漏らした。じんわりとしたその暖かさに、安心したのかそれから数分も待たずに、欠伸を漏らし、うとうとし始めている。
 幼い頃から感じていた、一番落ち着く、暖かい存在。安心できる、場所。
「…おやすみぃ…兄貴…」
「ああ、おやすみ。……北斗?」
 北斗は、そろそろと限界が来たらしい。
 彼の言葉に、啓斗が静かに声を掛けると、それが合図になったのか北斗はすとん、と夢の中へと入り込んだ。直後、『んが』と口から漏れた言葉が、名を問いかけた啓斗の笑いを誘う。
「まったく…大の大人、しかも野郎二人が…」
 ぽつり、と独り言を漏らし、啓斗は溜息を漏らした。
 そんな彼をよそに、北斗は満足な顔で、寝息を立てている。時折、鼾もおまけにして。
「…これだけ豪快に横で寝られると、かえって眠れないよな」
 続けて独り言を漏らした啓斗の表情は、苦笑いに変わっていた。
 その笑みは、どこかしら物悲しげにも、見て取れる。
 結局、極度の寒がりな北斗に付き合わされた形になったのだが、それも今に始まった話ではない。読みかけの本の続きはまた、後日に持ち越されることになりそうだ。
 そこで啓斗の表情が、緩いものになっていき、微笑みと変わる。
「う〜…ん」
 もぞもぞ、と北斗は身動きをした。啓斗が身を起こしているために、上掛けと彼の身体の間に隙間が出来、北斗に冷気が舞い込んでいるらしい。ぐいぐいと、眠りながら北斗が上掛けを引っ張り始めた。
「子供と変わらないな、北斗…」
 再び溜息をもらし、北斗へと上掛けを直してやりながら、小さく呟く。
「………」
 言葉で伝えても、きちんと『それ』が伝わるかどうか。
 自分と同じ、鳶色の髪をゆっくりと優しく、撫ぜながら。
「お前の存在が、どれだけ俺の助けになっているか…お前は知りもしないんだろうな、北斗…」
 啓斗の小さな言の葉は、眠る北斗には届いたのだろうか?
 言葉の後には『…むにゃ』と言いながら、寝返りをうつ、目の前の弟。
 啓斗はそんな北斗の寝顔を眺めつつ、自分も布団へと潜り込んだ。そして改めて、間近で弟の顔を、見つめる。
 だらしなく口を開いて、今にも涎を零しそうになっている、北斗。
 たった一人の、自分の半身。
 振り回されることが多い。今のように、寝るときまで騒がしい。そして一人満足して、啓斗を残し、眠ってしまう。…それでも、ぽつん、と残されているわけではない。
「…大丈夫だ…」
 言い聞かせるような、言葉。起きている北斗に聞かれれば、また色々と文句を言われるだろう、不安を引き寄せるような、言葉の音だ。
「……兄貴ぃ…弱気になってんにゃ、ねーぞ…」
「!」
 むにゃむにゃ、と口をもごもごさせながら、北斗はごろりと寝返りをし、啓斗に背を向けた。
 夢でも、見ているのだろうか。ほぼ日常的な、兄とのやり取りの場面でも。
 それは寝言、なのだが。
 啓斗はそれでも内心、飛び上がるような思いに、一瞬だけ心臓を高鳴らせた。
 日々、北斗には驚きがある。『斬新』ともとれる、行動や、言葉。そして双子である為か、北斗は啓斗の『読み取り』が、早い。自覚は、まったく無いようなのだが。おそらく本能で、解り切っている範囲、なのだろう。
「……まったく、北斗のやつ…」
 そう言いながら、啓斗は苦笑した。そして自分の心の中が妙に温まったことを、直で感じ取る。
 本当に、この『弟』の存在が、何より自分の『救い』。
「………」
 いつまでも、共に。
 『双子の片割れ』と言う言葉の音では、あまりにも簡潔すぎる。もう既に、否、最初から。簡単な言葉などでは言い表せない、半身。
 おそらくお互いに、救って、救われて。
 これからもそれは、ずっと続いていくのだろう。
 いつまでも、共に。
 ほんの些細なことから、思いもしない事までも。

 いつまでも、共に在りたい、と。

 北斗も啓斗も、望むものは、おそらく同じもの。同じ位置。そして同じ空間。
 新しい生命(いのち)を芽吹かそうとしている木々が、春の和みを、今か今かと、待ち望むかのように。
「北斗、…おやすみ…」
 啓斗は再びの言葉を北斗の背中にかけ、自分も静かに、瞳を閉じた。
 それから程なくして、啓斗にも眠りの誘いがあり、二人は静かに暖かい夜を過ごすのであった。


-了-


==============================
守崎・北斗さま&守崎・啓斗さま

初めまして、ライターの桐岬です。ご依頼有難うございました。
過去に多くのシチュノベがあるお二人でしたので、とても緊張しながら書かせて頂きました。
このような新参者にお声掛けを頂けただけで、大変嬉しかったです。そして楽しい時間でした。

この度はありがとうございました。

※誤字脱字はチェックをかけておりますが、見落としがありましたら、申し訳ありません。

桐岬 美沖。