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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


go out

「やあ」
「あら」
櫻疾風と真迫奏子は出会い頭、思わぬ出会いへの感動詞を挨拶に代えた。
 所は街角、申し合わせもしていない、不意に知人と出会すというのは兄妹であっても嬉しいものだ。
 だが、開口一番、胃のあたりを押さえながらの疾風の言は、その感慨とはほど遠い。
「なんか、奏ちゃんの顔見たらお腹空いたなぁ」
百花繚乱たる花柳界の中でも、花王である牡丹に喩えられる売れっ子芸者を前にどういった感想だ。
「美味しい物でも食べに行こうか、奏ちゃん」
丁度、昼時だ。
 疾風の提案に、さり気なくお腹の空く顔ってどんな?と頬に手をあてて表情を確かめていた奏子はすかさず返した。
「おごりなら。でも、安い物ならいらないわよ」
疾風の家が近い事もあり、そう釘を刺す。
 家庭料理が嫌いなワケではないが、成功の可否すらアヤシイ男の手料理を饗されるのはまっぴらゴメン、である。
「だいじょぶ、だいじょぶ。いい所知ってんだー」
にこにこにこと、笑みかける疾風の腹はその時点で何を食べるか決まっていた。
 今がまさに旬な牛丼である。
 売れっ子芸者である奏子が言う所の安くない、は京懐石やコース料理を言うのだが、疾風にとって、話題性に富み、且つレアなそれは十分高価だ…食べれる場所が限定される上、嘗ての価格より200円も高価い。
 あれならば奏子も満足するに違いない…と、そこはかとなく庶民的な価値観に満足し、行こっか、とぽんと肩に置かれた手を奏子はさり気なく払い除け、疾風の横に並ぶ。
「奏ちゃん、最近どう?」
「何に対しての質問か、質問の主題は明確にして」
客商売ながら、否、客商売故にかオフ時に、しかも疾風に話術を発揮するつもりは皆無な奏子のビジネスライクな物言いに、けれど兄は懲りない。
「そっかー、僕はまぁぼちぼちかなー。そうそう、この間三丁目のアパートから火が出てねー、その原因が凄い! 寝煙草だよ! 今時、家庭内で喫煙を許されているお父さんってどれだけいるんだろうねぇ」
のほほんととりとめなく、天職(と思いこんでいる)の消防士の日常を語る疾風は活き活きと楽しそうだ。
 喩え奏子が耳栓をしていようが眠っていようが、嬉々として話し続けるだろう…何がどう楽しいのか、奏子は理解に苦しむが本人が幸せならいいか、と諦め混じりに「そう」とか「へぇ」とか適当に相槌を打ってやる…うちに、ふと気付く。
「疾風、何処に行くの?」
連れ立って歩く内、住宅街の端、児童公園の前まで来ていた。
 飲食店があると思えない雰囲気に、最もな問いを向ける奏子に、疾風は「あーッ!」と大きな声とオーバーアクションに、片掌を拳で打った。
「バイク取りに戻るつもりだったんだった! 家戻ろ。もー、奏ちゃん早く言ってくんなきゃ」
自宅へ戻る道筋から大幅に離れた場所に誘導され、あまつさえ責任を転嫁されるに、奏子の黄金の右が疾風の鳩尾にめり込んだ。


「うぅぅ、酷い奏ちゃん……」
空きっ腹への一撃はそこはかとなくよく効く。
「いいからさっさとなさい」
そして空きっ腹は人間を荒ませる。
 疾風がバイクを引き出してくるのに、ご立腹な奏子は腕を組んで仁王立ちに待ちかまえる。
「じゃじゃーん♪」
けれど建物の影から出て来た時には、疾風は満面の笑みで奏子に愛車を披露する。
 黒い車体を水のように光らせる、ゼファー。
「こんな日はバイクが良いんだ」
ほいと放られたヘルメットを胸に受け止め、奏子は盛大に眉を顰めた。
「ちょっと……」
「はい、乗って乗って」
ドルン、と腹の底に響くエンジン音に、フルフェイスのヘルメット越しに声を張る疾風に奏子は慌ててバイクに跨る…今日の奏子は春を堪能しようと街を歩くつもりで活動的にパンツルックなのだが…これがスカートだったらどうするつもりなのだろう、否、それでも構わずにバイクに乗せるに違いない、と自問自答しつつ、自らの先見の明に感心する。
「……くから!」
ヘルメットの中で声が籠もる上、バイクの振動に声が消される中、疾風がどうやら行き先を告げたらしい。
「何!?」
奏子も精一杯に声を張り上げた。
「ナ・カ・ヤ・マ!」
一音区切りに中山まで出る予定、を認識した途端に走り出したバイクに、奏子は疾風の背から胴へと回した腕に力を込めた。
 中山には競馬場が存在する…競馬場内の飲食店舗は商品によって出店の登録許可を取る為、幾ら牛肉が品薄であろうと値段が高騰していようと、牛丼店は牛丼以外を商品として販売出来ない…苦肉の策に、オーストラリア産の牛肉と和牛とを使って大盛りにする事で平常より価格の高さを補っているが、それが限定という言葉に弱い日本人の購買意欲をそそるのか、競馬場の入場料+割高にも関わらず、盛況であるという。
 そして疾風もそんな国民性に踊らされている一人か。
 最も、行き先は解っても何を奢られるのか知らない奏子にとって、只今現在の懸念はバイクである。
「途中で壊れないでしょうね」
信号待ちの間に一度エンジンが止まったりなぞし、走行中、右折左折の折に車体が傾けばカラカラカラと異音がするに、奏子は不安を訴えるが疾風は何処吹く風にただ前を向いている。
「アホか」
試しに言ってみるが、これも全く耳に届かず、青に切り替わるに、一瞬浮くような加速にバイクは走り出す。
 無言の背中が妙に癪に障り、奏子は抱き付く腕に力を込めた。
 それによって、豊満な奏子の胸が潰れそうな程に押しつけられるが、それに対しても無反応。
「……コドモ」
運転中には止めておいた方がいいだろうちょっかいも不発で、奏子は諦めに大きく息を吐いた。
 ちなみにヘルメットに遮られて表情は見えないが、疾風は「気持ち良いなぁ」などとのほほんとしていた。
「寒いわね」
奏子は疾風の前に回して組んだ手をすり合せた。
 春とはいえど、絶えず打ち付ける風は体温を奪う。
 凍える手に痛みを覚えて洩らした呟きが聞こえたかのように、ライダーグローブに包まれた疾風の手が重ねられて風を阻む。
 暖かさを感じる筈はないが、それでも直接風に晒されるよりは大分マシで、奏子が礼を言おうと口を開く。
「疾風……」
その折、正面から真っ赤な車体に自己主張も激しい消防車がサイレンも高らかに姿を現した。
 途端。
 疾風はアスファルトに接地しそうな勢いでバイクを反転させ、反対車線に入ってそのまま、消防車について爆走し始めた。
「炎が僕を呼んでいる!」
呼んでねーよ。思わずやさぐれ口調のツッコミが入ってしまう…狼男は月を見れば変身するが、消防バカは赤を見ただけで火がつく上に導火線が短い為、一瞬で爆発する。
 背後に乗せている奏子の存在を忘れきって、消防車を追う疾風の運転に、奏子は最早必死にしがみつくしか出来ない…救いは火事場が遠くなかったという事か。
 一階の窓から大きく炎を吐き出す民家、野次馬の外側にバイクを止めるのももどかしくヘルメットを外した疾風は、視認して漸くタンデムしていた奏子の存在を思い出したのか、安全度外視の運転に命の縮む思いに息をつく奏子の両肩をがっしと掴んだ。
「奏ちゃん。キミはここで待ってて」
「疾風……」
潤んだ眼差しで見上げる奏子に、疾風はぐっと親指を立てて笑顔に白い歯を光らせた。
「大丈夫、きっと戻ってくるから!」
言い置いて颯爽と、疾風は野次馬を掻き分けて地元消防士の邪魔…じゃない、手伝いをする為に炎逆巻く家屋へと駆け去った。
 奏子は見送るその背に一言。
「バカバカしい」
ヘルメットをバイクのハンドルに引っかけ、風で乾いた目が保護に分泌した涙を指の端で拭い、電柱で現在の所在を確かめつつ、仕事柄、携帯電話に登録してあるタクシー会社の番号をアドレスから呼び出す。
「もしもし、大至急、タクシー一台回して下さい」
当然の如く。
 奏子は疾風を待つ気など皆無であった。


 漸く火が鎮まったのは、夕刻になってからである。
 それは家一軒が全焼し、もう燃えるものがなくなったから、なのだが、炎が収ったという事実だけですっかり満足した疾風は、ご機嫌で自宅駐車場にバイクを止めた。
「人の役に立つっていいなぁ」
にこにこと笑顔の疾風だが、現場消防士には「もう手伝ってくれなくていいから」ときっぱり固辞されていた。
 最も、善意の本人は「そんな遠慮しなくていいですよ♪」と、甚だしい曲解にあれやこれやと手を出していたのだが、その成果は全焼という言葉が告げる事実に割愛するとして。
 ふと、疾風は周囲を見回した。
「あ、奏ちゃんがいない」
漸く妹の不在に気付き、疾風は携帯電話を取り出した。
 コールは4回で留守番電話に繋がり、吹き込まれた奏子の音声が淡々と…聞く者によっては怒りを含んで押さえた声音でまさしく機械的に告げる。
『はい。私は只今電話に出る事が出来ません。何故なら出会い頭に拉致同然に人を連れ回した挙句、犬と同じで火事で騒ぐのが大好きなバカに捨て置かれ、この美貌が仇となり捕まって置屋に居る為です。御用の方は、発信音の後、お名前、ご用件をお話の上、バカを煮るなり焼くなり好きになさって下さい』
ピーッと甲高い発信音が続くが、疾風は何のメッセージも残さず二つ折りの携帯をパチンと音を立てて閉じた。
「可哀想だなぁ、奏ちゃん」
憂いに満ちた表情で、一番星を見上げる疾風……メッセージを聞いた人間に問いつめられ、奏子の贔屓の客に夜襲をかけられる、そんな騒乱の夜に向け、夕は刻一刻と暮れ行くのであった。