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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


同飾思

 朝はいつでもやって来る。それが至極当然の理である事を重々承知している。しかし、その日の朝は何故だかいつもとは違うように思えてならなかった。
「……ああ、朝ですね」
 そのような至極当然な言葉すら出てくるほど、その朝という時間が待ち遠しくてならなかった。
 セレスティ・カーニンガムはそっとベッドにすわり、薄く光が差し込む窓を青の目で見つめた。
(どんなにこの日を待ち望んでいたか)
 セレスティはそう思い、小さく笑った。まるで遠足前日にうきうきと楽しみにしている、小学生のようではないか。だが、セレスティの心情はそれと似たものだった。否、実際には全く同じといっても過言ではない。
(やっとあける事の出来た、一日なんですから)
 セレスティは小さく笑う。カレンダーをみると、しっかりと赤い丸が付いている。そして、今日に至るまでにバツ印が続いていた。全ては今日という日の為に、全ては今日という日が確かに来るために。
「さあ、今日が来ましたね」
 セレスティはそう言い、窓の方を再び見て、にっこりと笑った。


 事の発端は、セレスティがヴィヴィアン・マッカランに言った一言であった。丁度セレスティの家でティータイムを楽しんでいた時の事である。
「ヴィヴィは、いつも素敵な服を着ていますね」
 そう言った瞬間、ヴィヴィアンの大きな赤い目は、さらに大きくなった。口に持っていこうとしていたティーカップは、そのままの位置で固定されてしまっている。
「本当ですか?セレ様!」
「ええ。本当ですよ」
 にっこりと笑みながら返すセレスティに、ヴィヴィアンはティーカップをそっとソーサーに置いた。かすかに震えているようにも見える。
「嬉しいです、セレ様……!きゃー!あたしの服を、セレ様が誉めてくださるなんて!」
 ヴィヴィアンはそう言って両手を頬にあてて赤面した。ヴィヴィアンが好んでいつも着ているのは、黒と白を基調とした、フリフリのレースがたくさんついたゴシックロリータの服である。それは流れるような銀のストレートの髪と、赤く大きな目をしたヴィヴィアンに、あつらえたかのように似合っていた。
「セレ様、これ、ゴスロリって言う服なんですよ」
「ゴスロリ、ですか」
「そうなんですっ。あたし、日本に来た時にこの服のことを知って。もお、あたしにはこれしかないなって思ったんです!」
「そうだったんですか」
「ええ!ほら、あたしにぴったりだなぁって思ったらやっぱりぴったりだったんしぃ」
 ヴィヴィアンはそう言って嬉しそうに自分の服を見た。セレスティはそれを微笑みながら見つめる。ヴィヴィアンはそれに気付き、少しだけ恥ずかしそうに笑った。
「でも、セレ様だって素敵ですっ。というより、セレ様はきっと何を着ていても素敵なんです」
「有難う御座います。ヴィヴィがそう仰るのなら、本当に嬉しいです」
 セレスティとヴィヴィアンは顔を見合わせ、にっこりと笑い合った。そして、ヴィヴィアンが「あ」と小さく呟いて手をぽんと打った。
「あたし、いい事を考えちゃいました!」
 ヴィヴィアンは名案だといわんばかりに身を乗り出す。
「セレ様も、ゴスロリを着ましょう!」
「ゴスロリを、ですか?」
「そうです!お揃いで着て、一緒に街を歩くんです!」
 ヴィヴィアンはその光景を思い浮かべているのか、うっとりと目を閉じた。
「似合うでしょうか、私に」
 セレスティが言うと、ヴィヴィアンは目をぱっちりと開き、ぐっと握りこぶしを作りながら力説する。
「何を言っているんですかっ!セレ様に似合わないわけが無いじゃないですか!」
「そうでしょうか」
「そうですよ!……そして、二人で一緒に歩くんです。きっと誰が見てもお似合いのカップルだって言われちゃいますね!……きゃー!嫌だ、あたしったら!」
 ヴィヴィアンはそう言い、テーブルに人差し指でぐるぐると円を描いた。顔を赤くし、嬉しそうだ。
「きっと、ヴィヴィアンがそう言うのならば、私に似合うでしょうね」
 そっとセレスティは微笑む。
「勿論です!あたしが保障しちゃいますよ!」
「では、今度時間を作りますので、その時に一緒に行きましょうか」
 セレスティがそう言うと、ヴィヴィアンの動きがぴたりと止まった。目をぱちぱちと何度も瞬きし、セレスティをじっと見つめる。
「セレ様、それってあたしとデートするって事ですよね?」
「ええ。……ご迷惑でしょうか?」
 ヴィヴィアンはものすごい勢いで首を横に振った。ぶんぶんと勢い良く振った為、銀の髪がかなりの範囲で揺れる。
「そんな事、絶対にありえません!あたし、セレ様とデートできるのならどんな事も差し置いちゃいますし」
 ヴィヴィアンはそう言い、ちらりとセレスティを上目遣いに見つめた。その様子が、なんとも可愛らしい。思わずセレスティの顔が綻ぶ。
「それは嬉しいです。では、予定が空き次第、ご連絡しますから」
「はいっ!セレ様、絶対に絶対ですよ?」
 念を押すように言うヴィヴィアンに、セレスティはにっこりと微笑む。
「ええ。勿論です」
 その言葉に、ヴィヴィアンはにっこりと笑った。セレスティも嬉しそうに微笑み、紅茶を口に持っていった。
 紅茶は冷めてしまっていたが、胸のうちは仄かに熱を帯びているのだった。


 そうして、調整に調整を加え、微調整に微調整を加えた結果……一日の休みを得る事が出来た。ヴィヴィアンに日にちを告げると、電話の向こうで嬉しそうに何度も「絶対行きます!」と繰り返していた。
(声が何度も上下した事を思うと、もしかしたら電話口で何度も礼をしていたのかもしれませんね)
 何度も礼をするヴィヴィアンを思い、セレスティは微笑んだ。幸せという言葉が、自然と出てくる。
「尤も、私もそうですけどね」
 誰に言う事なく呟き、セレスティは微笑んだ。出かけるための支度は、既に終わっている。まだ約束した時刻よりも2時間も早いというのに。
(ちょっと、早すぎましたか)
 セレスティは思わず苦笑した。こんなにも時間が過ぎるのを遅く感じてしまうなんて!仕事をしている時やヴィヴィアンと会っている時は、どうしてこんなにも時がたつのは早いのだろうと苛々するくらいなのに。
「これも……あなたのお陰でしょうね。ヴィヴィ」
 そっとセレスティは呟き、部屋を後にした。部屋で考えるよりは、ヴィヴィアンを迎えに行ってしまったほうが幾分かマシな気分のように感じたからだ。
 そして待ち合わせの場所に辿り着いたのとほぼ同時に、ヴィヴィアンが現れた。セレスティは思わず車から飛び降りるように杖を掴みながら出て、ヴィヴィアンを迎えた。
「ヴィヴィ!どうしたんですか、こんなに早く」
「セレ様こそ!あたし、すっごく早くに目が覚めちゃって。きっと、セレ様にすっごく会いたいからだなって思って来ちゃったんです」
 セレスティは思わず吹き出した。ヴィヴィアンが「セレ様ってば」と言ってほんのりと赤くなった。
「違うんですよ、ヴィヴィ。余りにも、私と同じだから」
「セレ様も?」
「ええ」
 ヴィヴィはにっこりと笑い、セレスティが杖を持っていない方の腕にそっと手をかけた。
「じゃあ行きましょう、セレ様!あたし達がこうして早く会えたのも、運命だしぃ」
「そうですね」
 セレスティは微笑み、歩を進めた。ヴィヴィアンが隣にいて、にっこりと笑っている。それだけで充分だと思いながら。


「セレ様、素敵です!」
 ヴィヴィアン行きつけだというゴスロリの服専門店で、ヴィヴィアンはうっとりと声をあげた。
「そうですか?」
「ええ、本当にお似合いですよ!その服、セレ様の為にあるみたいだしぃ!」
 ヴィヴィアンは「ほら」と言って試着室の鏡を指差した。黒と白を基調としたゴスロリの服は、確かに銀の髪を持ったセレスティに良く似合っていた。
「私はこういう服に関しては全くの無知ですから、ヴィヴィに任せて正解でしたね」
 セレスティはそう言って微笑んだ。この店に入ってから、セレスティはヴィヴィアンが勧める服だけを身につけている。そのどれもが悉く似合っているから不思議だ。
「それにしても、ヴィヴィは凄いですね。私に似合う服を、ちゃんと分かっているのですから」
 セレスティが感心したように言うと、ヴィヴィアンは「ふふふ」と笑う。
「知りたいですか?セレ様」
 少しだけ悪戯っぽく、ヴィヴィアンが笑う。セレスティは微笑みながら「ええ」と答えた。すると、にっこりとヴィヴィアンは笑って口を開いた。
「あたしはセレ様の事をずっと見ているんです。だから、セレ様がどんな風なものが似合うのかなんてお見通しなんですっ!」
 胸を張って言うヴィヴィアンに、セレスティは口元をほころばせる。愛しくて仕方が無いといわんばかりに。
「それは嬉しいですね」
「本当ですか?だとすると、あたしもすっごく嬉しいんですけど」
「本当ですよ」
 セレスティの言葉に、ヴィヴィアンは「きゃー」と言いながら頬に両手をあてた。ほんのりと赤い頬が、さらに赤みを増す。
「ヴィヴィのその服も、素敵ですね」
「本当ですか?」
 セレスティが着替える間、ヴィヴィアンは何気なく服を物色し、気になったものを手にしていた。セレスティは試着室から出て、そっと微笑む。
「是非、着てみてください」
「え、でも今日はセレ様の……」
「私が見たいんですよ、ヴィヴィ。その服を着たヴィヴィを、見たいんです」
 セレスティが言うと、ヴィヴィアンは頬を赤らめ「じゃあ、ちょっとだけ」と言って試着室に入っていった。セレスティはその間に、傍に置いてあった姿見に自らの姿を映してみた。
(これは……)
 ヴィヴィアンがいつも着ているゴスロリの服。それを、今自分も着ているのだ。セレスティの口元が自然と綻んでくる。
(まるで、これは)
「セレ様、お待たせです!」
 試着室から、新たなゴスロリ服に身を包んだヴィヴィアンが現れた。セレスティは思わず目を大きく見開いた。
「どうですか?セレ様」
「……驚きました」
「え?」
 セレスティは微笑む。
「余りにも、お似合いですから」
 セレスティの言葉に、ヴィヴィアンは顔を真っ赤にして「やだ!」と叫んでセレスティを軽く小突いた。
「セレ様ってば!照れるじゃないですか」
「いえ、本当にお似合いですよ」
 セレスティはそう言い、会計をそっと済ませた。
「ヴィヴィ、そのまま一緒に行きましょう。その服を脱いでしまうのは勿体無いですから」
「じゃあ、あたし達お揃いですね!」
 ヴィヴィアンの言葉に、そっとセレスティは微笑んだ。
「そうですね、私とヴィヴィアンで同じ服ですね」
「あたし達、一緒ですね」
「ええ」
 ヴィヴィアンはそっとセレスティの腕に手をかける。セレスティもそれを自然に受け止める。そうして二人が並び、店のウインドウに姿を映した。
「……セレ様、あたし達、お似合いですよね」
 ヴィヴィアンがぽつりと言い、ちらりとセレスティを上目遣いに見上げた。セレスティはウインドウを見て、それからヴィヴィアンを見つめてにっこりと微笑んだ。
「ええ。勿論です」
 セレスティの言葉に、ヴィヴィアンはにっこりと笑った。そして、少しだけ強くセレスティの腕をぎゅっと抱き締める。
「じゃあ、一緒に行きましょう!本当に、セレ様ってば何でも似合うんですもの」
「ヴィヴィの見立てがいいからですよ」
 セレスティは微笑み、ヴィヴィアンと顔を見合わせてにっこりと笑い合った。
「まずは、何か飲みましょうか」
「はい!」
 セレスティはヴィヴィアンをエスコートしながら、ちらりと横目でウインドウを見た。同じような服を身に纏った、セレスティとヴィヴィアン。その姿にそっと微笑んだ。
(お揃い、ですね)
 セレスティはそっと微笑み、ヴィヴィアンをちらりと見てから前を向いた。ずっとこうして、共に歩いていく事を思いながら。

<同じ速さで同じように歩んでいき・了>