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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


『第一話 スノーホワイト ― 人間に恋をした雪娘の物語 ― 』
 しんしんと雪が降る世界の中で彼女は公園のブランコに座って一面の銀世界を見つめていました。
 身も凍るような寒さの中でだけど彼女がとても小さく見えるようなのは決して寒さのせいではないのは彼女の心に咲く花を見る事ができるその人にはわかっていました。
 その人の名は白。人の心に咲く花を見る事ができる樹木の医者。
「こんにちは」
 突然、声をかけてきた白に彼女は怯えたような表情をしました。その怯えは突然に見知らぬ者に声をかけられた怯えではなく、何か人に言えぬ失敗などをしてしまった子どもがそれが知られてしまうのが怖くって隠れていたのだけど、しかし親に見つかってしまったかのようなそんな感じ。
 そんな彼女に白は周りの世界を染める色と同じような銀色の髪の下にある顔にやさしい表情を浮かべました。
 やわらかに細められた青い色の瞳に彼女は何かを感じたようで、その怯えを少しだけ和らげたのです。だけど白がした事といえば・・・
「これは?」
 彼女は白から渡された花を見つめながら抑揚のない声を出しました。白はやさしく微笑んで言葉を紡ぎます。
「その花はスノードロップと言うのですよ。花言葉は【希望】。冷たい雪に優しくした花。故に雪の世界でも咲ける花。世界で一番強い想いは優しさなのだと想います。だからどうか希望を捨てないで。そう、世界の扉は開くから」
 彼女は白に渡されたスノードロップを見つめながら呟きました。
「希望…やさしさ……だけど、私は………」
 辛そうに口をつぐんだ彼女。そして彼女が手の中のスノードロップから顔をあげると、だけどもうそこには白はいませんでした。
 もう一度彼女は「スノードロップ」と呟き、
 ――――そして世界に舞う雪がいよいよ激しくなり、異界の東京はより深い雪に沈んでいきます。


 この銀世界でスノードロップと言えども咲く事はできるのだろうか?


 この物語は12月24日の東京が始まりなのです。
 しんしんと白い雪が降る夜に東京に一人の雪の精が舞い降りました。
「ああ、なんて今夜は世界が愛に溢れているのでしょう」
 雪の精は東京の夜に溢れる愛にうっとりと眼を細めて楽しそうにワルツを踊りながら歌うと、戯れに雪人形を創りました。
 純粋な雪の結晶を集めた雪人形を。
 そうして雪の精は朝日が昇る頃、ひとつの雪人形を東京の街に残して、雪の世界に帰って行きました。
 だけど雪の精は知らなかったのです。戯れに造ったその人形に命が宿っていたのを。
 雪人形は朝日が昇ると同時に瞼を開きました。銀色の髪に、剃刀色の瞳。雪のように白い肌。白のワンピースドレスに白のロングコートに白のブーツ。
 初めて見る世界に彼女は喜び、母親が自分を創ったように小さな雪だるまや雪うさぎを作りました。
 そんな彼女の前で新聞配達をしていた男が雪に滑って転び、そしてその光景にきょとんとした彼女はくすくすと笑い、その出会いは当然のように恋へと変わりました。
「名前は?」
「………小雪。小雪です」
「小雪か」
 雪のように白い君にぴったりの名前だね、と彼は優しく微笑みました。
 男は新聞配達の青年で、御堂秋人と言う名前でした。
 だけど季節は無常にも過ぎていきます。東京の街は冬から春に………。
「大丈夫? 最近、顔色がすごく悪い」
「あ、うん。平気だから」
 平気な訳はありません。彼女は雪人形なのですから。

 別れたくない。彼と別れたくない……

 小雪は心の奥底からそう想い、だから東京を永遠の雪の世界にしてしまいました。永遠に彼と一緒にいられるように。


 そう、ここはとある作家が書いたその物語に縛られた世界なのです。
 この物語に縛られた東京に住む人々は苦しんでいます。
 そして本当は彼女も…。
 私、白亜は泣きながら東京に雪を降らせる彼女を救いたいと想います。
 ああ、だけど深い雪に閉ざされて彼女も彼も不幸にしかならないこの物語に縛られた世界で私も、そして物語を書き換える力を持つカウナーツさんもどうする事もできません。

「だからお願いします。この物語のラストをあなたのイマジネーションと能力で書き換えてください。あなたがイマジネーションした物語をカウナーツさんが書きます。それとあなたの能力が加わればこの物語は変わるのです。どうか、この物語をハッピーエンドにしてください」

 ******
「くすくす。バカな娘。自分とカウナーツがこの【悪夢のように暗鬱なる世界】でどうしてあえて一欠けらの真実を渡されているのかまだわからないのだね。くすくす。さあ、おいで。そのために私は扉を用意したのだから。だけどね、これだけはお聞き。物語を書き換えようとするのならば、自分が書き換えられる事を拒む物語の修正能力に襲われる覚悟をするのだよ。覚悟ができたのなら、扉を開けてやっておいで。私の知らぬ私の物語の新たなる登場人物たち。くすくすくす」

【actT 廃虚の少女と扉】
 誰ぞ彼? 黄昏時の時間。俺は趣味の廃虚の探索をしていた。
 世界を包み込むのはやわらかな橙色の光りのカーテン。冬の夕方は無闇に心寂しくなると言うけど、俺はそんな心寂しくなるような時の一瞬さえいとおしく感じられる。
 だけどこんなにも美しい音色を奏でる彼女はこの廃虚で過ごす夕方と言う時間をどう想うのだろうか?
 ―――そんな考え事をしていたので俺の足は小石を転がしてしまう。その音はスタッカート。音楽はどこにも繋がらない。
「こんばんは」
 リュートを奏でながら、その音色に合わせて彼女は俺に挨拶をした。
「こんばんは」
 挨拶した俺に彼女はくすりと笑う。
「あなたはなぜにここへ?」
 それはお互いがお互いに抱く疑問。
「廃虚巡りが趣味なのですよ」
「それはなぜ?」
「商売柄・・・かな?」
「商売柄?」
「そう。俺は時計屋さんなんです。時計は時を一時も休まずに刻んでいく。だけどここは時から置いていかれた場所。日本の首都、東京と言う街を見て御覧なさい。その景観は常に変わっていく。ほんの一時目を逸らしただけでもその景観は逸らす前とは全然違う。そう、変わっていくのは時だけじゃなくそこの姿もそこに住む人も。だけどこの廃虚という奴は世界から時間から取り残されて…そしてそこに変わらずにあるがままに存在する。それはどんなに素晴らしくそして進みいく時の中でどんなに奇跡でしょう。確かに建物はそれでも刻一刻時の影響を受けていますが、それでも目まぐるしく変わっていく都会の街中に比べれば心が休まる。俺はそういう感じが好きなのです」
 リュートを弾く手を止めた彼女は夕方の風にその黒い髪を舞わせながら綺麗に微笑んだ。
「とてもロマンチックな思考ね。そのイマジネーションならばきっと素敵な物語を紡ぐ事ができるのでしょう。そう、だからあなたはここに来た。偶然と言う名の必然によって」
 ―――その言葉の意味はその時にはわからなかった。俺は聞き流してしまっていたんだ。だけどその数分後に俺は彼女の言っていた意味を知る事になる。
「あなたこそ、なぜここでリュートの演奏を? 聴く者が誰もいないここで弾くにはもったいない音色なのに。本当にこんな綺麗な音色は聴いた事がありません。できるならうちの二人にも聴かせてやりたいですよ」
 俺が至極当然の意見を言うと、彼女はにこりと微笑みながら顔にかかる髪を掻きあげた。それはおそらくは照れ隠しで、そしてほんの少しだけそんな態度をとった彼女を俺は意外に思えた。
「ありがとうございます。そう言ってもらえると嬉しいですね。でも、聴く者ならちゃんといます。あたしはこの廃虚にリュートの旋律を聴かせていた。それをこれが望んだから。あたしが音色にしていたのはかつてこの地にありし頃のこの建物で過ごした人の想い。それが時という怪物に飲み込まれて消えてしまう前にと想い、それを演奏していたのです」
 そして彼女は「あたしもロマンチックなんです」と言って笑った。その彼女は左手の手首につけた腕時計に目を落として…だけど少し不快そうに顔をしかめた。
「どうしました?」
 塾の時間にでも遅れたのだろうか?
「いえ、時計が止まってしまっていて。これは手巻き式の腕時計で先ほどネジを巻いたばかりだから…どうやら壊れてしまったようです。とても大事にしていたのに」
 残念そうに言う彼女に俺は肩をすくめる。
 ―――先ほど俺の職業を言わなかっただろうか?
「貸してください。よろしければ直しますよ」
 右手を出しながらそう言うと、彼女はにこりと笑った。どうやら先ほど言った俺の職業は忘れてはいなかったようだ。つい俺は苦笑いを浮かべてしまった。
「あたしは綾瀬まあや。あなたは?」
「ユーンです」
 そして俺たちは少し遅い自己紹介を済ませると、俺が腕時計を直し、その横で彼女はリュートを弾き始めた。時計の簡単な修理のための道具はいつもポケットの中に入っているので俺はそれらを使って腕時計をいとも簡単に直してしまう。まあ、この程度の修理などお手の物。
「ありがとうございます。ユーンさん」
 彼女は腕時計に目を落とし微笑んだ。
「ちょうど時間に間に合いました。物語に縛られたもう一つの東京…【悪夢のように暗鬱なる世界】へと続く扉が開く時間に」
 無論、俺は突然に彼女が言い出した言葉に絶句し、だけどすぐにそんな衝撃などその光景の前に吹き飛んだ。そう、俺の前にはいきなり空間から掻き現れるようにして大きな扉が現れ、そしてこの閑散とした廃虚に相応しいここを吹き渡る風が奏でる荒涼とした音楽に合わせて歌うかのようにしてその扉は不吉な蝶番のメロディーを奏でながら開いた。
 そしてそこに立っていたのはだぼだぼの服を着た銀の髪に紫の瞳の門番。
 その出来事にただただ愕然とする俺の横で綾瀬さんがくすりと笑いながら言った。
「さあ、物語を紡ぎましょう」

【actU 時計のように精密な物語を】
 扉の向こうは小さな部屋だった。
 うず高く積まれた本の塔。その本の塔の向こうから鉛筆を書き殴るような音が絶え間なく聞こえてくる。
 空気は古い紙とインクの匂いでいっぱいでどこか歴史の長い古本屋にいるような感じがした。
「それで今回の物語はどんな物語なのかしら?」
 綾瀬さんは別段ショックを受けた風でもなくごく平然と白亜と名乗った少女と話をしている。彼女の話によれば半透明で宙にふわふわと浮いているこの白亜という少女と本の塔の向こうで何やら鉛筆で書き綴っているカウナーツ・イェーラという人物だけが唯一この物語に縛られた街でそれを知っているらしい。
 そしてあの廃虚からこの部屋に繋がっていた扉の門番が冥府。彼もまた謎の人物だと。
 俺は頭を掻きながらため息を吐いた。綾瀬さんと白亜さんは戸惑う俺をよそにどんどんと話を続けていく。
 この世界のルール。
 物語を書き換えようとする時に起きる弊害。
 そして雪の精の戯れの末に生まれた雪娘と青年の切ない恋物語。この異界の東京は永遠に雪に囲まれた街なのだそうだ。
 ―――哀しい物語だな……。
「ん?」
 俺が眉根を寄せたのは腕を組んで壁に背を預けながらただ話を聞いていただけの俺を綾瀬さんと白亜さんが同時に見たからだ。俺はわずかに小首を傾げる。
「ユーンさん。お願いします。どうかこの物語をあなたが書き換えてください」
 白亜。髪も肌も白い…かげろうを連想させるような容姿の少女は俺に懇願した。正直俺は戸惑ってしまう。
「いや、でも……」
 俺は助けを求めるように綾瀬さんを見た。だけどその彼女の黒髪に縁取られた美貌に浮かぶ表情は、ユーンさん、あたしからもお願いするわ、という表情だ。
 俺は肩をすくめる。
「書き換えろと言われても……勝手が分からない」
 顔を横に振った俺の手を白亜さんが握った。半透明の彼女の手はしかし感触があった。俺はうちの二人を思い出す。そして深くため息を吐いた。こういうのは本当に俺の弱点のようだ。
「どうすればいい?」
 白亜さんはにこりと微笑む。
「物語のラストをイマジネーションしてください。二人が幸せになれるラストを」
 ―――俺は言われた通りに二人のラストをイマジネーションする。
 すると俺の目の前に広がる空間にまるでホワイトボードに水性ペンで文字を書き綴るように俺がイマジネーションした物語のラストが綴られていく。俺はもちろん、絶句した。
「ユーンさん、ありがとうございます」
 にこりと笑った白亜さんの上に向けた両の手の平の上に文章が集まり、そしてそれはそこで蝶となって、カウナーツさんがいる方へと飛んでいった。
 だけど再び見た白亜さんは俺にとてもすまなさそうな顔をしていた。
「すみません。カウナーツさんが書き換えられるのは物語のラストだけ。そこへ到達するまでの文章は、その物語のラストをイマジネーションしたユーンさんの行動でのみ書き綴られます。だからユーンさんは……」
 とても言いにくそうに口をそこで噤んでしまった彼女の頭を俺は手で撫でた。
「大丈夫。大丈夫だよ。物語の修正能力を撥ね退けて俺がこの物語のラストを書き換える。俺だって小雪さんと御堂さんには幸せになってもらいたいから。だから安心して、白亜さん」
「ありがとうございます」
 俺はこくりと頷いた。
 もう俺の物語は始まっているのだ。
 さあ、時計のように精密な物語を書き綴ろう。

【actV 修正能力】
「なるほど。これはすごいな」
 ―――物語に縛られた異界の東京。そこは一面の銀世界で、雪が激しく舞っていた。いや、激しく舞うというレベルじゃない。これは……
「これは明らかに俺たちに敵意を持っている。これが物語の修正能力?」
「そう。これが物語の修正能力。だけどこれは本当に雪がひどすぎるわね」
 ほんの少し前すら見えない。視界は最悪で、体力は寒さの前にどんどん奪われていく。今、俺はものすごく眠い。
 そんな俺の耳朶に届いたのはあたたかくなるようなリュートの音色だった。激しく吹雪いていた雪がほんの少し緩やかになる。これなら動ける。
「綾瀬さん?」
 俺は後ろにいたはずの彼女を振り返る。果たして彼女はリュートを弾いていた。彼女はどう表現していいか自分でもわからないであろう表情を浮かべている俺にとても爽やかににこりと微笑んだ。
「このリュートの旋律で吹雪を緩やかにできるのはあと1時間程度。その間に物語をラストに導いてください、ユーンさん」
 俺は彼女に何かを言おうとしてだけど言葉を紡げなくって、だから代わりに彼女に力強く頷いた。俺を信頼して、この雪に覆われた異界の東京の街で少しでも動けるようにしてくれた彼女のためにも一刻も早くこの物語のラストを迎えねばならない。
「さあ、ユーンさん。私が御堂秋人さんのいる所に案内します」
「ああ、白亜さん。頼む」
 俺は御堂さんを目指して雪の中を走り出した。

【actV 時の代価】
 わからない。小雪はどうしたのだろう?
 彼女は最近とても悲しそうな顔をしている。今にも泣き出しそうなそんな迷子の子どもかのような表情。
 一体何があったのか訊きたい…。
 だけどそれを訊くのが怖い。
 嫌われてしまった?
 ―――小雪に……。
「くそぉ」
 御堂秋人は暖房ががんがんに効いた部屋でベットに寝転んで天井を見上げた。そして数秒そうしていて寝返りを打つ。その彼の視線の先にある二人で写した写真。コルクボードに貼られたそれを見つめていた彼はそんな時間的には少し前の…しかし、感覚的に言えばもう何十年も前に感じられる二人幸せだった頃の写真を見て、なんだか泣きたいような気分になった。
「くそぉ」
 もう一度何かに向って毒づく。
 だけどその時に彼は気づいた。部屋の温度が低くなっていく事に。
「さぶ。暖房が壊れた?」
 ―――ったく。
 秋人はベッドから立ち上がり、暖房に触れようとして…その指先がそれに触れようとした瞬間に、
「御堂さん、しゃがんで」
 耳朶を誰かの声が打ったと想った瞬間に誰かに押し倒された。しかしもしもそうされていなければ窓ガラスを突き破って外から撃ち込まれた氷弾に全身を貫かれていたはずだ。
 秋人は目を大きく見開くばかり。
「大丈夫ですか、御堂さん」
 そう言ったのは先ほど警告してくれた声と同じだ。
 ―――誰だ、こいつ? それにどうして俺の名前を?
 銀色の髪に青い色の瞳。格好は黒詰め。命を助けてくれたとは言え、怪しいには違いない。
「あんた一体何者? それにどうして俺の名前を知っている?」
 だが彼には答えるつもり…いや、正確的には余裕が無いらしい。
 秋人はその彼の青い色の瞳が見据える先に視線を向けて…それで、
「なぁ…」
 絶句した。
 そこには蒼銀色の長い髪の女がいた。よく昔話に出てくるような雪女のような女…いや、雪女なのだろう。彼女の周りを舞う雪の結晶が目に見えるぐらいに大きくなり、そしてそれは氷弾に変わり、その蒼銀色の髪に縁取られた美貌が嫣然と微笑んだのがトリガーであったかのようにそれらが再び部屋に撃ちこまれる。
「ちぃぃぃ」
 そしてその彼はポケットから銀鎖の時計を取り出した。どくんと一瞬、その時計がある空間が脈打ったかのように見えたのは果たして秋人の目の錯覚であったのだろうか?
 彼の手にはなぜか薙刀が握られている。
「だぁぁぁぁーーーー」
 そして彼はその薙刀を軽やかに操って、撃ち込まれた氷弾を弾き返した。
 それに雪女も身構えた。
 ―――ただこの常識では考えられないような異常な事態に秋人は戸惑うばかりだ。そんな秋人に薙刀を操って今度は部屋に飛び込んでくる氷の狼と戦う彼が言った。
「御堂さん。俺はユーンと言います。おそらく今あなたはこの状況が理解できてませんね」
 ―――当たり前だ。
「しかしこれはあなたと、そして小雪さんの現実であり壁です」
 ―――突然出された小雪の名前に秋人は驚いた。
「ど、どういう事だ?」
「それは」
 言いかけたユーンはしかし他の氷の狼を囮に使ってその瞬間に出来た死角から襲いかかってきた氷の狼に右腕を噛みつかれて、服ごと肉を食い千切られた。
「うぐぅあわぁぁぁぁーーーー」
 耳を塞ぎたくなるような悲鳴をユーンが口から迸らせる。
 ユーンの足は後ろにたたらを踏み、膝が震えた。そしてそうなったら軽やかに捌かれていた薙刀も動きがぎこちなくなり、そこに氷の狼たちが襲いかかってくる。
 ―――このままではユーンが……。
 秋人は震える全身を叱咤して握り締めた木刀を振るった。無論それで氷の狼などという化け物をどうこうできる訳はないのだが、しかしユーンが体勢を整えるには充分だったようだ。
「ありがとう、御堂さん」
 ユーンは的確に薙刀を振るって、氷の狼を全て撃破し、秋人の手を引っ張って、その部屋を飛び出した。
 秋人はユーンに引っ張られるままにマンションのエレベーターに飛び込む。ケージは7階から地下へと降りていく。
「はあはあはあ」
 ケージの壁にもたれながらユーンは右腕の傷に左手をあてた。しかしその手の下から血はどんどんと溢れ出す。
 秋人は慌てて自分の服の袖を破ると、それでユーンの傷口の少し上をきつく結んだ。
「すぐに病院に行った方がいい。じゃないと腕を切り落とす事になる」
 それは脅しでも何でもない。新聞会社のやっている奨学金制度を利用して秋人が通っているのは四年制の大学の看護学部なのだ。そこで教わった知識を総動員して出した診察結果がそれで、そしてそれは正しかった。しかしユーンは顔を横に振った。
「ダメだ。あと24分以内に俺はあなたと小雪さんの物語をハッピーエンドにせねばならないのだから」
 その言葉に秋人は眉根を寄せて、再び緊張し出した。
 ―――果たしてこいつを本当に信用してもいいのだろうか?
 そしてそんな秋人に苦笑しながらユーンは、この街を縛る物語のルールなどは隠したまま、小雪の事を話した。彼女は実は雪の精が作り出した雪人形で、秋人の事が本当に好きでだからこの街を深い雪に閉じ込めてしまって、だけど本当は彼女がとても苦しんでいる事を。
 もちろんそれに秋人は大いにショックを受けた。言葉も発せられない。
「どうしますか、御堂さん。小雪さんは人間ではありません。だからもうあなたは彼女を嫌いになりますか?」
 ユーンは真っ直ぐに秋人の目を見据えてそう言った。そしてそれに秋人はむかついたようにユーンの服の胸元を鷲掴んだ。
「ふざけろ。誰が小雪を嫌いになれるかよ。そうだよ、それが何なんだよ? 関係ねーよ」
 ―――関係ねーよ、その言葉にユーンは微笑んだ。そして何かとても眩しい物でも見つめるかのように青い色の瞳を細めながら秋人を見据えて、言う。
「わかりました。俺が協力します。だからあなたは小雪さんを説得してください。雪でこの街を覆うのをやめるようにと。そうしてくれさえすれば後は俺がやります」

 ******
 ちーん。ケージが地下に到着した。案の定、待ち構えていた雪女が扉が開いた瞬間に氷弾をケージに撃ち込んでくる。
 そして上がった絶叫。
 ケージの中は血の海で、そこに沈む二つの死体。
 雪女はそれを確認するとその場から消えた。
 ・・・。
「ユーン、これは一体?」
 ケージの上からそれを見下ろしていた御堂さんは気持ち悪そうに言った。
「俺は時計が持つ刻を代価にあらゆるモノを創造できるんですよ」
 俺は説明すると、ケージから降りて、まだ自分の偽者の死体を眺めている御堂さんに言った。
「さあ、行きますよ。小雪さんの所へ」

 ******
 スノードロップ。
 希望と言う言葉を花言葉に持つ花。
 だけど自分にはそんなモノは無い。
 そう、所詮自分は雪人形。春には溶けて消えてしまう儚い存在。だからこの街を深い雪で覆った………
 しかし辛くないはずがない。この街を雪で覆っていくたびに……何か大切なモノまで凍り付いていくようで………
「小雪」
 自分を呼ぶ声に小雪は振り返った。そこには自分を創った雪の精。彼女は自分が作った雪人形に命が宿ったのを知り、ならばそれは自分の娘だとかわいがってくれた。なんとなくそれは何かが前とは違う気がしたのだが、しかし記憶があるのだからそうなのだろうと小雪は想う。
 ―――それこそがユーンのせいで起こった物語の修正能力なのだが彼女は知らなかった。
「何ですか、母上」
「いえ、何でもないわ。そう、何でも」
 雪の精は小雪を抱きしめた。とても冷たい体……前に握った秋人の手とは正反対の温度。
「小雪。母は人間界でおまえを創った罰で雪の世界を追い出された。だけどそれはね、どうでもいいの。だっておまえがいるのだから。そう、おまえが」
「母上…」
 ―――自分はあなたのためにこの世界に存在しているのではない。自分の存在の理由は秋人のため。
 しかし雪の精はそれがわかっていたかのように言った。
「そしておまえももう私だけ」
 小雪の中で何かがざわめいた。
「母上、それはいったい……どういう…意味ですか?」
 雪の精はにんまりと微笑んだ。
「私の大事な娘に手を出すような愚かな男は私が殺してきました」

 秋人が殺された?

 その瞬間、小雪の中で何かが壊れ……
 そして…
「いやぁぁぁぁあああああーーーーーー」
 彼女は顔に両手の爪を立てて悲鳴をあげた。
 異界の東京に吹く雪はそれに呼応するかのように激しく激しく……

 そう、それが修正能力が働いた物語のラスト。
 娘を自分から奪おうとした秋人へ嫉妬した雪の精は秋人を殺してしまい、そしてそれを知った小雪は、悲しみのあまりに壊れ…二人の思い出の街を雪の下に沈めてしまおうとする。
 で、どうするんだい、ユーン? この物語を書いた私の知らぬ登場人物よ

 ******
 だがその修正された物語のラストは俺が阻止した。御堂さんは生きている。彼ならば悲しみに狂ってしまった小雪さんにも声を届けられるはずなんだ。
 そして俺と御堂さんは激しく雪が舞う中で、小雪さんに辿り着いた。
 その俺たちに激しい敵意。俺はそちらに視線を向ける。そこには雪の精。
「御堂さん、あなたは小雪さんをお願いします」
「ュ、ユーン。だがあんたは・・・」
「俺は彼女の相手をします。だからあなたは早く」
「すまない」
 そう言って、彼は小雪さんの方へと走っていった。
 そしてそれを追いかけようとする氷の狼。だけど……
「やらせるかよ」
 俺は銀鎖の時計を取り出した。そして能力を発動させる。その瞬間にその時計の刻は止まり、代わりにその代価を使って創造した薙刀が俺の手の中に現れる。
 雪の大地を蹴って俺は虚空に飛ぶと、薙刀を一閃させる。それによって生じた真空の刃は氷の狼を粉砕した。
 そして雪の精と対峙する俺。
 彼女は感情もあらわに俺に呪詛を吐き出す。
「この、よくもこの私の邪魔を。私の大事な娘を薄汚い人間の男などにくれてやるものかよ」
 俺は肩をすくめる。
「子離れしなよ、雪の精。小雪さんはもう充分に苦しんだんだ。その苦しみの時を代価として彼女は御堂さんとの幸せな時を手に入れても俺はいいと想う。あなたもそうは想わないのかい?」
「想うかよぉーーーー」
 彼女は氷の刃を手に出現させると、俺に肉薄する。
 俺はため息を吐き出す。
 ―――俺は己の道を邪魔する者に対しては徹底的な排除の姿勢を取る。だけどそれは好意的な物理的妨害行為。そう、俺はたとえそれが敵でも誰かが泣いたり傷ついたりするのは見たくない。だからこそ、いっきにケリをつけるのだ。体の傷も心の傷も今以上にひどくなる前に。
 氷の刃を振り上げて俺に肉薄してくる雪の精に、俺も薙刀を構えて一直線に飛ぶ。
 突き出される氷の刃を、薙刀の一撃で払うと、空いた雪の精の顎に薙刀の柄を叩き込み、さらには軽やかに操った薙刀の横薙ぎの一撃を、その雪の精の横腹に叩き込んだ。そしてその一撃によって雪の精は氷の園を削りながら700メートルほど吹っ飛びそこで止まった。おそらくは数時間は動けない。
 ―――そして俺は、吹雪の中を、その中心にいる永久氷壁の中に閉じこもってしまった小雪さんに向って歩いていく御堂さんに視線を転じた。
「さあ、あとはあなたの番ですよ、御堂さん」

 ******
 一目惚れだった、と言ったら君は笑うだろうか、小雪。
 あの初めて出逢った日に俺は転んだだろう?
 あの時はね、恥ずかしいんだけど、小さな雪うさぎを作っている君に目を奪われて…それで、さ。
 ちらちらと舞う粉雪の中でいつも軽やかにステップを踏んでいた君を俺はいつも抱きしめたいと想っていた。
 小雪と一緒ならいつもずっと外だった雪の中のデートも苦じゃなかった。
 やりたい事、見せたい物、伝えたい言葉はたくさんある。
 春、夏、秋…色んな季節や時を一緒に過ごしたいし、
 俺の田舎の風景だって見せたい…
 そして伝えたいんだ……この言葉を………
「小雪、俺は君が何だろうがかまわない。雪人形? それがなに? そんなのは関係無いよ、小雪」
 俺は氷の棺の中に閉じ込められているかのような小雪に抱きついた。どんどん体温を奪われていくし、剥き出しの肌が低温火傷をしていくけど、それだって構わない。そう、小雪はずっとひとりで苦しんできたんだから。
「小雪、もう君は独りぼっちじゃないよ。俺が側にいるから。だからもう泣かないで」

 
 ―― その花はスノードロップと言うのですよ。花言葉は【希望】。冷たい雪に優しくした花。故に雪の世界でも咲ける花。世界で一番強い想いは優しさなのだと想います。だからどうか希望を捨てないで。そう、世界の扉は開くから ――


 奇跡は起こる。
 冷たい雪の世界の中で希望と言う名の言葉を持つスノードロップのつぼみが花開くかのように、秋人と小雪、氷の外側と内側で同時に零された涙によって絶望と言う氷は溶けて……
 そして二人はお互いを抱きしめあった。


【ラスト 硝子の華】
 その瞬間に世界を覆う雪は消え去り、冬で止まっていた季節が動き出す。
 小雪さんの体が溶け出してしまい、それに御堂さんは泣きそうな表情を浮かべ、小雪さんは優しく微笑んだ。
「そんな顔をしないで、秋人。私の体はこの日差しの前に溶けて消えてしまうけど、だけどあなたの心の中にいる私はいつまでもいるのでしょう。それは私にとってどんなに嬉しい事でしょう」
「嫌だ。そんなの嫌だ。小雪」
 溶けていく小雪さんをぎゅっと抱きしめる御堂さん。
 ―――その彼に俺は言う。
「大丈夫。小雪さんの躰を創ればいいんですよ」
 あ、という顔をして振り返った御堂さんに俺は力強く頷いた。
「御堂さん、あなたの腕時計を俺に預けますか?」
 そして俺の手には彼の腕時計。
 ―――俺は二人の幸福を祈りながら能力を発動させた。


 ――― 御堂秋人と小雪は二人苦しんだ時間を代価にして、二人が一緒にいられる時間を得て、いつまでも二人一緒に幸せに過ごしました ―――


 それが俺がイマジネーションした二人の物語のラスト。

 ******
 扉は耳障りな蝶番の音を奏でて閉まった。
 俺は物語に縛られた異界の東京の街から帰ってきた。
 あれが現実だったのか、それともほんの一瞬という時に見た幻であったのか…
 ―――俺はそれを判断しかねた。
 しかし、俺の手の中には白亜さんやカウナーツさん、それに冥府さんや綾瀬さん、小雪さんに御堂さんと確かに出会ったのだという証拠があった。それは…
「【雪娘の涙】か」
 俺の手の平の中には小さなガラスの瓶があって、そしてその瓶の中身は一滴の【雪娘の涙】だった。
 白亜さん自身も戸惑っていたのだが、それを俺に渡すのも彼女の役目らしい。だが一体これは?
 そんな時だった…
「こんにちは、ユーンさん」
 その人が俺に話し掛けてきたのは。
「あなたは?」
「僕は白と言います」
「白さん?」
 その人は青い色の瞳をやわらかに細めて頷いた。
 そして静かに俺に右手を差し出した。その彼の手の平に乗っているのは小さな花のつぼみだった。その花の名前は俺にはわからなかった。
 花の名前を訊くとその人は静かに優しく微笑んだ。
「これは虚構の世界に咲く【硝子の華】。もしもユーンさん。あなたがこの【硝子の華のつぼみ】を咲かせる事ができたのなら、そうしたらこの【硝子の華】の香りがあの物語に縛られた異世界の東京の街に住む人々を夢から覚まさせるのです。さあ、どうぞ」
 ―――俺はそれを受け取っていた。
 手の平の上に置かれた【硝子の華のつぼみ】から視線をあげるとしかしもうそこにはその人はいなかった。
「・・・」
 俺は疑問符の海に溺れている。
 そしてその俺は自分でもよくわからないのだが、白亜さんからももらった【雪娘の涙】を【硝子の華のつぼみ】に無意識にかけていた。するとその【硝子の華のつぼみ】はほんの一瞬だけ頑なに閉じたつぼみを震わせた。

 夕暮れ時の廃虚の中にいる俺はただしばらくの間、橙色の光りを反射させるその【硝子の華のつぼみ】を見つめていた。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】


 2829 / シン・ユーン / 男性 / 626歳 / 時計職人

 NPC / 綾瀬・まあや

 NPC / 白・―
 
 NPC / 白亜・―

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■         ライター通信          ■
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こんにちは、ユーンさま。はじめまして。
このたび担当させていただいたライターの草摩一護です。

まずはお礼を言わせてください。
草摩の異界【悪夢のように暗鬱なる世界への扉】最初のお客様になっていただきありがとうございました。
この異界の設定はなかなかに難産で、ユーンさんを書きながら、決まっていった設定もじつはあったりします。
そういうわけでして、本当にこのノベルは僕自身にとっても印象深い作品となりましたです。^^

物語の導入部分に廃虚を持ってきて、彼が廃虚探索を趣味としている理由をこちらで勝手に想像してつけてしまいましたが、すみません。
設定を拝見させていただいてあまりにもこの部位がツボでしたので、どうしても書きたくなってしまいました。^^
彼ならばこういう感覚で、廃虚探索が好きなのではないのであろうか?と想ったのですが、ユーンさんはどんな理由で好きなのでしょうね?

それと時計の刻を代価にしてモノを創造できるという能力もカッコよいですよね。
なんかもう何もかもがツボのPCさまでしたので、書いていて楽しかったです。

そしてプレイングなのですが、本当に素敵すぎてどうしようかと想いました。^^
そうかー、そういう手があって、そしてユーンさんならではのやり方だなと想い、
そしてそこら辺をどう上手く魅せて描写するのかに精力を注ぎ込んだのですが、どうだったですか?
ユーンさんのイメージしていた通りの出来上がりとなっていましたら、嬉しい限りでございます。^^
それにユーンさんの考え方とかもまた彼らしくって素敵で、書いていて楽しかったです。

それでこれは一応白さんから渡された【硝子の華のつぼみ】を咲かせる事がまずの目的となっております。
よろしければ咲かせてやってくださいね。^^

それでは今日はこれで失礼させていただきますね。
本当にご依頼ありがとうございました。また僕でよろしければユーンさんを書かせてやってください。
失礼します。