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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


『第一話 スノーホワイト ― 人間に恋をした雪娘の物語 ― 』
 しんしんと雪が降る世界の中で彼女は公園のブランコに座って一面の銀世界を見つめていました。
 身も凍るような寒さの中でだけど彼女がとても小さく見えるようなのは決して寒さのせいではないのは彼女の心に咲く花を見る事ができるその人にはわかっていました。
 その人の名は白。人の心に咲く花を見る事ができる樹木の医者。
「こんにちは」
 突然、声をかけてきた白に彼女は怯えたような表情をしました。その怯えは突然に見知らぬ者に声をかけられた怯えではなく、何か人に言えぬ失敗などをしてしまった子どもがそれが知られてしまうのが怖くって隠れていたのだけど、しかし親に見つかってしまったかのようなそんな感じ。
 そんな彼女に白は周りの世界を染める色と同じような銀色の髪の下にある顔にやさしい表情を浮かべました。
 やわらかに細められた青い色の瞳に彼女は何かを感じたようで、その怯えを少しだけ和らげたのです。だけど白がした事といえば・・・
「これは?」
 彼女は白から渡された花を見つめながら抑揚のない声を出しました。白はやさしく微笑んで言葉を紡ぎます。
「その花はスノードロップと言うのですよ。花言葉は【希望】。冷たい雪に優しくした花。故に雪の世界でも咲ける花。世界で一番強い想いは優しさなのだと想います。だからどうか希望を捨てないで。そう、世界の扉は開くから」
 彼女は白に渡されたスノードロップを見つめながら呟きました。
「希望…やさしさ……だけど、私は………」
 辛そうに口をつぐんだ彼女。そして彼女が手の中のスノードロップから顔をあげると、だけどもうそこには白はいませんでした。
 もう一度彼女は「スノードロップ」と呟き、
 ――――そして世界に舞う雪がいよいよ激しくなり、異界の東京はより深い雪に沈んでいきます。


 この銀世界でスノードロップと言えども咲く事はできるのだろうか?


 この物語は12月24日の東京が始まりなのです。
 しんしんと白い雪が降る夜に東京に一人の雪の精が舞い降りました。
「ああ、なんて今夜は世界が愛に溢れているのでしょう」
 雪の精は東京の夜に溢れる愛にうっとりと眼を細めて楽しそうにワルツを踊りながら歌うと、戯れに雪人形を創りました。
 純粋な雪の結晶を集めた雪人形を。
 そうして雪の精は朝日が昇る頃、ひとつの雪人形を東京の街に残して、雪の世界に帰って行きました。
 だけど雪の精は知らなかったのです。戯れに造ったその人形に命が宿っていたのを。
 雪人形は朝日が昇ると同時に瞼を開きました。銀色の髪に、剃刀色の瞳。雪のように白い肌。白のワンピースドレスに白のロングコートに白のブーツ。
 初めて見る世界に彼女は喜び、母親が自分を創ったように小さな雪だるまや雪うさぎを作りました。
 そんな彼女の前で新聞配達をしていた男が雪に滑って転び、そしてその光景にきょとんとした彼女はくすくすと笑い、その出会いは当然のように恋へと変わりました。
「名前は?」
「………小雪。小雪です」
「小雪か」
 雪のように白い君にぴったりの名前だね、と彼は優しく微笑みました。
 男は新聞配達の青年で、御堂秋人と言う名前でした。
 だけど季節は無常にも過ぎていきます。東京の街は冬から春に………。
「大丈夫? 最近、顔色がすごく悪い」
「あ、うん。平気だから」
 平気な訳はありません。彼女は雪人形なのですから。

 別れたくない。彼と別れたくない……

 小雪は心の奥底からそう想い、だから東京を永遠の雪の世界にしてしまいました。永遠に彼と一緒にいられるように。


 そう、ここはとある作家が書いたその物語に縛られた世界なのです。
 この物語に縛られた東京に住む人々は苦しんでいます。
 そして本当は彼女も…。
 私、白亜は泣きながら東京に雪を降らせる彼女を救いたいと想います。
 ああ、だけど深い雪に閉ざされて彼女も彼も不幸にしかならないこの物語に縛られた世界で私も、そして物語を書き換える力を持つカウナーツさんもどうする事もできません。

「だからお願いします。この物語のラストをあなたのイマジネーションと能力で書き換えてください。あなたがイマジネーションした物語をカウナーツさんが書きます。それとあなたの能力が加わればこの物語は変わるのです。どうか、この物語をハッピーエンドにしてください」

 ******
「くすくす。バカな娘。自分とカウナーツがこの【悪夢のように暗鬱なる世界】でどうしてあえて一欠けらの真実を渡されているのかまだわからないのだね。くすくす。さあ、おいで。そのために私は扉を用意したのだから。だけどね、これだけはお聞き。物語を書き換えようとするのならば、自分が書き換えられる事を拒む物語の修正能力に襲われる覚悟をするのだよ。覚悟ができたのなら、扉を開けてやっておいで。私の知らぬ私の物語の新たなる登場人物たち。くすくすくす」


【シーンT セレスティ家】
 そこはアンティークな感じにまとめられたセンスのいい広い部屋だった。
 火が入れられた暖炉から少し離れた場所に置かれた安楽椅子に座るセレスティはひざ掛けの上で小さな体をまるめて眠っている仔猫の体をやさしく撫でている。
 そして彼の左手は安楽椅子の隣に置かれたサイドボードに乗せられた本に触れていた。彼は読書中なのだ。読んでいる本は世界名作全集の一冊。最近の彼は仮の父親が児童文学作家の元テロリストの少女と知り合いになった影響でそういう本も読んでいたりする。
 暖炉で小さく炎が爆ぜると、セレスティの足にかけられた青色の毛糸で編まれたひざ掛けの上で子猫がぴくりと体を震わせて、顔をあげた。
「みゃぁー」
 読書をしていたセレスティはくすりと小さく微笑み、瞳を仔猫に向ける。
「起きてしまいましたか」
 柔らかに仔猫の背中を撫でてやると、仔猫は気持ち良さそうに喉を鳴らした。
 暖炉の方ではばちばちと蒔きが燃えている。
「暑くはありませんか、セレスティさん」
 そう言ったのは部屋の壁にもたれながらリュートを弾いていた綾瀬まあやだ。彼女はリュートを傍らにあったテーブルに置くと、セレスティの方にやってきて、彼の膝の上の仔猫を抱き上げる。
「ええ、なんとか大丈夫です」
 セレスティは元人魚。暑いのは苦手だ。
 まあやは腕の中の小さな温もりを感じながら、それなのに仔猫のために部屋を温めている彼に微笑んだ。
 そしてその部屋の隅に置かれているアンティークなグランド・ファザークロックが時を告げる鐘を鳴らす。1回。2回。3回。4回。5回。6回。7回。8回。9回。10回。11回。12回。
 時刻は夜の12時。
「昨夜読んだシンデレラでは夜の12時にガラスの靴以外の魔法使いの魔法は解けてしまいましたが、しかし私とまあや嬢の魔法の時間はこれから始まる。まあや嬢。開きますよ。異界の東京への扉が」
 まあやはくすりと微笑んだ。
「あたし、子どもの頃は本当になぜにガラスの靴だけが消えなかったのか不思議でした」
 そしてその部屋に巨大な扉が現れた。この部屋の天井は床からずいぶんと高い場所にあるのだが、その天井すれすれの高さもある扉が。
 その扉の前にいるのはだぼだぼの服を着た門番だ。その門番はまるでこの時間にその門が自分たちの前に現れるのがわかっていたかのようなセレスティとまあやに驚いていた。
 ―――そう、実はセレスティとまあやはその扉が自分たちの前に現れるのがわかっていた。それはセレスティが優れた運命の読み手…占い師でもあるからだ。その彼がこの運命を読んだ。もっともこの扉をくぐった先にある運命まではいかに優れた運命の読み手である彼にもわからなかったのだが。
 セレスティは杖をついて安楽椅子から立ち上がった。そして安楽椅子に乗せた仔猫に包み込むように(息苦しくないように気をつかいながら)ひざ掛けをかけてやると、門を開けた門番に微笑んで、その門をくぐった。
 そうして二人は・・・そこに・・・・・カウナーツ・イェーラの書斎に辿り着く。


【シーンU カウナーツの書斎】
 扉の向こうは小さな部屋だった。
 うず高く積まれた本の塔。その本の塔の向こうから鉛筆を書き殴るような音が絶え間なく聞こえてくる。
 空気はセレスティには馴染みの古い紙とインクの匂いでいっぱいでどこか歴史の長い古本屋にいるような感じがした。
「これはすごいですね」
 セレスティは小さく微笑みながら手近な場所にある本の塔に触れる。彼の能力は情報所有物に触れる事でその情報を読み取れるというもの。さて、この本たちにはどんな事が記載されているのだろう? セレスティは子どものようにわくわくした。
 しかし・・・
「どうしました、セレスティさん?」
 まあやは眉根を寄せて怪訝そうにセレスティを見た。彼はそんな彼女に小さく顔を横に振る。
「いえ、なんでもありません」
 能力を解放して本の塔に触れたのに、しかし彼はその情報を読み取る事ができなかった。どうやらこの部屋にある本にはセレスティの能力は通用しないらしい。
「ふぅー。残念ですね」
 彼は肩をすくめると、自分とまあやの前に現れた少女を見つめる。彼女は髪も肌も白い…まるでかげろうかのような少女。彼女はふわふわと宙に浮いている。ちなみにこの本の塔の向こうで鉛筆で何かを絶えず書き綴っているのがカウナーツで、門番が冥府という名前らしい。
「それで白亜さん。私たちをここへ呼んだ理由は何なのですか?」
 冥府が自分たちを迎えに来るのは占いで前もってわかっていた。だがこの不思議な人物たちがなぜにこんな次元率の違う場所に自分たちを迎えたのかがわからない。
 しかしそれは白亜が訥々と語ったこの世界の状況やこの世界を縛る物語の法則で理解できた。
「なるほどね」
 セレスティは顎に手を当てながら考える。以前彼はこれと同じような怪奇事件に彼が存在する世界で遭遇した事がある。それは【ジャック・ザ・リッパ―事件】。あれも書いた物語を現実化できるとある作家が起こした事件であった。果たしてそれと今回の事とは何か関係があるのだろうか?
「いや、そんな事はありませんね。この世界と私がいる世界とは別次元」
「どうしました、セレスティさん?」
「いえ、何でもありませんよ。それにしても…哀しい物語ですね」
 セレスティはこくりと頷く。
 そして彼は白亜にと視線を向けた。
「よろしい。その二人の物語…この私が最高の二人の物語のラストをイマジネーションしましょう」
 そして半透明の少女はセレスティに申し訳なさそうに言う。
「すみません。ありがとうございます。セレスティさん。どうか物語のラストをイマジネーションしてください。二人が幸せになれるラストを」
 ―――セレスティは言われた通りに二人のラストをイマジネーションする。
 すると彼の目の前に広がる空間にまるでホワイトボードに水性ペンで文字を書き綴るようにセレスティがイマジネーションした物語のラストが綴られていく。 
 そして空間に書き綴られた文章は白亜の上に向けた両の手の平の上に集まり、そしてそれはそこで蝶となって、カウナーツがいる方へと飛んでいった。
「すごいですね、本当に」
 その現象に呆然と呟いたセレスティがだけど再び見た白亜はそんな彼にとてもすまなさそうな顔をしていた。
「すみません。カウナーツさんが書き換えられるのは物語のラストだけ。そこへ到達するまでの文章は、その物語のラストをイマジネーションしたセレスティさんの行動でのみ書き綴られます。だからセレスティさんは……」
 とても言いにくそうに口をそこで噤んでしまった彼女の頭をセレスティは手で撫でた。
「大丈夫ですよ。私は負けません、物語の修正能力などにね。それに今、小雪さんも御堂さんも泣いているのでしょう? 私はね、それを心の奥底から嫌だと想います。だから私はこの物語に挑むのです。ええ、私は今のあなたにも微笑んで欲しいと思うのですよ、白亜さん」
 にこりと優しく微笑んだセレスティに白亜はその白い美貌に花のつぼみが小さく綻んだかのような笑みを浮かべた。
「さあ、それでは物語を紡ぎましょう」


【シーンV とある街の通り】
 一面銀世界の街を彼、御堂秋人は走っていた。
 この街のどこかにいる小雪を探し求めて。
 出会ったのは12月24日。その出会いはもちろん、ただの偶然であった。だけどその偶然が彼に与えたモノはとても大きくって、そしてそれは彼女も一緒だと信じたい。
 二人一緒に過ごした時間。
 とてもいとおしい日々。
 だけどその恋しい日々が進むに連れて、しかし小雪の表情に陰りが生まれた。
 自分を嫌いになった?
 ―――そう思えてしまう事が哀しく、そして怖かった。
 そしてその表情はこの街の終わらない冬が始まってよりいっそうに強くなった。
 ・・・予感はあった。根拠の無い・・・しかし確実に当たっていると確信できる予感。それを音声化させるのには抵抗があった。彼は知っていたから。それと同じような物語を。それは【雪女】という昔話。


 男は妻に話してしまいました。
    その昔、自分が雪女に出会い・・・
         命を助けられ、その雪女にその事を口止めされていた事を。
             そして実はその妻は雪女で、彼女は泣きながら「もうあなたとは暮らせません」と言って、消えてしまいました。


 常識的に考えれば馬鹿げている。小雪が雪女ではないのか?なんて。
 だけど小雪を初めて見た時、秋人は彼女が雪の精に思えた。
 ―――その直感は間違ってはいなかった?
「小雪」
 秋人は雪が積もった道に前のめりに転んだ。
 そして彼はそのまま動こうとはしない。
 鉛色の空から降ってくる雪は秋人を覆っていく。
 彼は雪に埋もれながら泣いていた。


 あの【雪女】に出てくる男もこうやって消えてしまった妻を想って泣いたのだろうか?


 そう、秋人も言ってしまった。今朝、止まない雪を見上げながら・・・永遠の冬の鉛色の空を見上げながら・・・

『小雪。君は雪女なのかい?』
 と。
 そして彼女は
『ごめん。ごめんね、秋人』
 ただそれだけ言って消えてしまった。激しく舞った雪の向こうに溶け込んで消えてしまうように。
 そうそれは物語の【雪女】と同じラスト。自分と小雪の物語も同じ悲しい別れのラストを迎えてしまった。
 馬鹿な自分。
 どうして知らぬふりをしてやれなかったのだろう?
 世の中にはそういう優しさもあるのだ。

 優しさ? それが優しさ・・・

 確かにそういう優しさもあるのだろうけど、しかし彼自身はそれは違うと想った。小雪が苦しんでいるのなら、それなら自分はそんな彼女を救ってあげたい。彼女が背負う物を一緒に背負いたいと想った。
 そう、彼女に抱く想いとはそれほどまでのものなのだ。


 だけど・・・


「なにを固まっているのですか、御堂秋人さん?」
 冷たい雪の中で泣いていた秋人の耳を誰かの声が打った。それには何の温かみもないこの雪と同じような冷たいクールな感じしか受けない。だけどそれは確かに秋人の中の何かを揺さぶった。
「キミは小雪さんの事が好きなのでしょう? 愛しているのでしょう? ならば自分の足で立ち上がりなさい。キミは小雪さんの抱く秘密に気が付いた。それは確かに重い。しかしそれはそんなにも分厚い壁ですか? 二人が幸せになるための道にある」
 

 ああ、自分はこんな場所で何をやっているのだろう?
 確かに小雪は人間じゃない。
 だけどそれがなに?
 壁があるのなら・・・
 それならその壁を小雪と二人で打ち壊してでも二人一緒にその道を歩みたい。
 そう、自分が彼女に抱くのはそういう想い。


 秋人は立ち上がった。
 そしてその彼の前に立つのは杖を片手に持つ男性と女子高生だった。
 男性は微笑んだ。
「私はセレスティ・カーニンガム。そしてこちらは綾瀬・まあや嬢。キミをサポートしましょう」


 ******
 セレスティは戸惑う秋人に微笑んだ。そしてその青い瞳を何も無い虚空へと向ける。何も無い? いや、何かがいる。
「そろそろと出てきたらいかがですか?」
 彼は美しい顔にも似合わずに嘲笑うように言った。
 そして激しく雪が舞って、そこに蒼銀色の長い髪の女が現れた。
「雪の精・・・なるほど、物語の修正能力はそちらに働きましたか」
 セレスティは肩をすくめる。
 そして青い色の瞳を細めた。
「で、どうするのですか、キミは?」
 その声には何の温もり無い。触れれば切れてしまうようなそんな鋭い響き以外は。
 にも関わらずに、雪の精は言った。
「私の小雪。大切な娘。それを奪おうとする人間は皆殺しだぁーーーー」
 瞬間、彼女の周りにあった空中の水因子が操作されて氷柱が作り出される。そしてそれらは鋭利な切っ先でそこにいる秋人を串刺しにせんと弾丸かのように飛来する。
 だがセレスティは鼻先で笑った。
 そして瞬間、彼の周りの空間にも氷弾が現れる。それはまるでミサイルを迎撃する防衛ミサイルかのように正確に氷柱を撃墜した。
「なぁ、ばかな・・・」
 驚きの声をあげる雪の精。
 対してセレスティは右手の人差し指で銀色の前髪を掻きあげる。
「もう一度訊きましょうか。で、キミはどうするのですか? 私は私の敵となる者には一切の容赦はしませんよ」
 それは最後通告だ。雪の精は喉元に剣の切っ先を突きつけられているかのように唾を飲み込む。
 だけど彼女は引かなかった。頑なな子どもかのような表情を浮かべて、ヒステリックに喚く。
「引くものか。引けるものか。私の小雪はその男に心を傷つけられたせいで自らを氷の棺に閉じ込めてしまったのだ。おお、かわいそうな、小雪。所詮は雪女と人間の男とが結ばれる訳が無いのに。この母が約束を破った旦那に裏切られて強制的に雪の世界に連れ戻されたように・・・おまえも。ああ、小雪。だから私はこの街を滅ぼすのだ。小雪を苦しめるこの街を」
 そして街は雪の精の呪いによって崩壊の道を一直線に進み始めた。


 ******
「セレスティさん、これは?」
「ええ。小雪さんはこの街の季節を止めただけですが、あの雪の精はこの街を完全に雪で覆ってしまうつもりらしいですね」
 セレスティはやれやれと顔を横に振った。
 まあやはそんな危機感の欠片も無い彼についくすりと笑ってしまう。
 そして彼女は申し出た。
「わかりました。この街を崩壊に導く音色はあたしの音色で打ち消しましょう。あとの事はセレスティさん。お願いします」
 そして彼女はリュートを奏でる。正位相の音楽を逆位相の音楽でノイズキャンセルするようにこの街を埋める勢いで吹雪いていた雪はしかしその瞬間に緩やかになった。だが街がそれでも崩壊への道を歩んでいる事には変わりは無い。
「やれやれですね」
 セレスティは肩をすくめ、そしてにこりと笑ったまあやに頷いた。
「こんな物語のラストは好みません。私も綴りましょう。私がイマジネーションした物語へと続く物語を」


【シーンW ***公園】
「それでキミは小雪さんのいる場所はわかりますか?」
 そのセレスティの質問に秋人は頷いた。
「はい。彼女はきっと…いえ、必ず***公園にいるはずです」
「それはなぜ?」
「二人が出会った場所だから」
「わかりました。それではそこへ向いましょう」
 セレスティはにこりと微笑みながら頷く。


 そして果たして小雪はそこにいた。
「小雪ぃ・・・」
 秋人は氷の棺の中にいる小雪を見て悲鳴をあげる。
 その彼の声を聞いて、まるですべてを拒絶するかのように激しく吹雪いていた雪の中で氷の棺の中の小雪に何かを囁いていた雪の精がぎんとこちらを振り向いて、睨んできた。それは嫉妬と憎悪。
 セレスティは肩をすくめる。
「彼女のお相手は私がしましょう。だから秋人さん、キミは小雪さんを」
「し、しかしセレスティさん・・・」
「大丈夫。私が彼女ごときに負けるわけがない。それでもね、秋人さん・・・」そこでセレスティはとても優しい表情を秋人に浮かべた。「氷の棺の中にいる小雪さんに声を届ける事はできません。そう、彼女に声を届ける事が出来るのはこの世でただひとりキミだけなのですよ。さあ、だから早く彼女を悪い夢から起こしてあげなさい。悪い魔法使いによって眠りにつかされたお姫さまを起こせるのは王子さまの口づけだけなのですから」
 秋人はセレスティに頭を下げると、叩きつけるような吹雪の中を小雪に向って走り出した。
 そしてその彼に向けて雪の精は氷の彫像かのような氷狼たちを放つ。
 それを細めた目で見据えながらセレスティは鼻を鳴らした。
「させると想いますか、私がキミにそれを」
 セレスティは指を鳴らす。転瞬、彼の周りにあった雪が集まり…そしてそれは氷のヘビとなって、哀れな子ネズミを獰猛なヘビが丸呑みにするかのように秋人に向っていた氷狼たちをすべて丸呑みした。
 その氷ヘビはそのまま後ずさる雪の精に向う。
 そして彼女は渾身の力を振り絞って作り上げた巨大な氷柱を大きく開けられた氷ヘビの口に放った。それは氷ヘビを貫き、そして今度はその巨大な氷柱が氷狼となってセレスティに襲い掛かる。強靭な四肢で雪原を蹴って、襲い掛かってきたそれから足の不自由なセレスティが逃れる術は無い。
 雪の精は酷薄に微笑んだ。しかし・・・
「はん。逃げる気などありませんよ」
 動かないセレスティ。氷狼の牙が彼の頭など簡単に噛み砕くと想われた瞬間・・・だけど、
「な、なにぃ?」
 雪の精は愕然とした。彼女が作り出した氷狼がしかし、セレスティの顔に甘えるように鼻先を摺り寄せているからだ。
 そしてセレスティは笑う。
「クエスト能力は私の方が上だという事がこれでわかっていただけましたか?」
 ぐぅっと言葉を飲んだ雪の精。ならば・・・
「しねぇぇぇぇーーーーー」
 己が右手に氷の刃を具現化させて雪の精はセレスティに肉薄する。彼を守らんとした氷狼を斬り裂いて。
 彼女は笑っていた。あと少しで手に持つ氷の刃がセレスティを斬り裂くから。だけど・・・
「がはぁッ」
 それよりも早くセレスティの足下から伸びる巨大な霜柱群によってその身を串刺しにされる方が早かった。
 セレスティは哀しげに微笑む。
「アイデアは悪くは無かった。確かに足の不自由な私は接近戦は苦手です。でもいささかこの雪の世界は私にとって有利すぎる世界でしたね。私はすべての世界において最高最強の水の支配者なのだから」
 そして霜柱郡がすべてセレスティの指が鳴らされた瞬間に砕け散った時、雪の精の体は美しい氷の棺の中であった。
「あなたの愛した男ももしもきっとここにいたのならこれから彼がするようにそうしたのでしょう。そう、それがあなたにとっての唯一の救い。私と一緒に見届けましょう。御堂秋人と小雪の物語のラストを」
 

 ******
 一目惚れだった、と言ったら君は笑うだろうか、小雪。
 あの初めて出逢った日に俺は転んだだろう?
 あの時はね、恥ずかしいんだけど、小さな雪うさぎを作っている君に目を奪われて…それで、さ。
 ちらちらと舞う粉雪の中でいつも軽やかにステップを踏んでいた君を俺はいつも抱きしめたいと想っていた。
 小雪と一緒ならいつもずっと外だった雪の中のデートも苦じゃなかった。
 やりたい事、見せたい物、伝えたい言葉はたくさんある。
 春、夏、秋…色んな季節や時を一緒に過ごしたいし、
 俺の田舎の風景だって見せたい…
 そして伝えたいんだ……この言葉を………
「小雪、俺は君が何だろうがかまわない。雪人形? それがなに? そんなのは関係無いよ、小雪」
 俺は氷の棺の中に閉じ込められているかのような小雪に抱きついた。どんどん体温を奪われていくし、剥き出しの肌が低温火傷をしていくけど、それだって構わない。そう、小雪はずっとひとりで苦しんできたんだから。
「小雪、もう君は独りぼっちじゃないよ。俺が側にいるから。だからもう泣かないで」

 
 ―― その花はスノードロップと言うのですよ。花言葉は【希望】。冷たい雪に優しくした花。故に雪の世界でも咲ける花。世界で一番強い想いは優しさなのだと想います。だからどうか希望を捨てないで。そう、世界の扉は開くから ――


 俺は氷の棺の中の小雪に厚い氷越しの口づけをした。


【ラストシーン】
「秋人、ほんとにいいの、私は・・・私は人間じゃないのよ?」
 秋人は首を横に振る。
「関係無い。そんなのは関係は無い」
 抱き合う二人。その二人の傍らに立ったセレスティは言う。
「固定観念に縛られる必要はありません。異種族の壁など薄いものです。あなた方二人が本当にお互いを想いあっているのなら。どうですか?」
 そのセレスティの問いに秋人も小雪も頷く。そんな二人を何かとても眩しい物でも見つめるかのように細めた瞳で見つめながらセレスティはそれを紡いだ。


 健やかなる時も
 病める時も
 喜びの時も
 悲しみの時も
 富める時も
 貧しき時も
 これを愛し
 これを敬い
 これを慰め
 これを助け
 死が二人を別つまで
 共に生きることを誓いますか


「誓います」
「誓います」
 手を握り合って頷いた二人にセレスティは微笑みながら彼がイマジネーションして創り出した二枚の魔法のチケットを渡した。
「これは?」
 不思議そうな声を出した秋人にセレスティは説明する。
「この世界のどこにでも住め、この世界のどのような乗り物にも乗れるチケットです。そのチケットの有効期限は二人の愛の誓いが守られている間中です。それがルール。小雪さんが雪の世界でしか住めないというのなら、あなた方二人はそのチケットを使って季節を追いかける暮らしをしなさい。それは大変かもしれませんがでも愛し合う二人一緒ならどんな事があってもやっていけるでしょう。これからの未来の物語は自身で紡ぐのです」


 ******
 暖炉に暖められた空気を震わせて門は閉まり、そして消えた。
 セレスティは安楽椅子の上の仔猫を優しく撫でる。だけど仔猫はちょっと寒そうに体を震わせた。
「すみません。この世界ではほんの一瞬でもあちらの世界では長い事雪の中にいましたから、手が冷たくなってましたね」
「みゃぁー」
 小さく鳴いた仔猫に微笑み、そしてセレスティは左手にあるモノに視線を落とした。それは小さなガラスの瓶。その中には【雪娘の涙】が入っていた。白亜自身もよく理解できていなようだったが、しかしそれを手渡すのも彼女の役目の一つであったらしい。果たしてそれに一体何の意味があるのだろうか?
 セレスティは小さくため息を吐いて、そして視線をそこに向けた。
「あなたならばそれを知っているのでしょうか?」
 そこにいたのは銀色の髪に青い瞳をした人だった。
「今は答えられません。それでもあなたがこれを咲かせる事ができたその時はそれに答えられるでしょう」
 そしてその人はセレスティの手にそれを渡した。
「これは?」
「それは虚構の世界に咲く【硝子の華】。セレスティさん。あなたがこの【硝子の華のつぼみ】を咲かせる事ができたのなら、そうしたらこの【硝子の華】の香りがあの物語に縛られた異世界の東京の街に住む人々を夢から覚まさせるのです」
 セレスティが手の平の上に置かれた【硝子の華のつぼみ】から視線をあげるとしかしもうそこにはその人はいなかった。
「・・・」
 セレスティは疑問符の海に溺れている。
 そして彼は自分でもよくわからないのだが、白亜からもらった【雪娘の涙】を【硝子の華のつぼみ】に無意識にかけていた。するとその【硝子の華のつぼみ】はほんの一瞬だけ頑なに閉じたつぼみを震わせた。

 セレスティはただしばらくの間、その【硝子の華のつぼみ】を見つめていた。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】


 1883 / セレスティ・カーニンガム / 男性 / 725歳 / 財閥総帥・占い師・水霊使い


 NPC / 綾瀬・まあや

 NPC / 白・―

 NPC / 白亜・―


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■         ライター通信          ■
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こんにちは、セレスティ・カーニンガムさま。
いつも本当にありがとうございます。
セレスティさんのイラスト&4コマ漫画(あの某シリーズ)を見るのがものすごく楽しみなライターの草摩一護です。(笑い
笑顔で変身してくださいとお願いするセレスティさんも、猫のミーに触れているセレスティさんもどちらもセレスティさんらしくって、本当に好きですね。^^


今回も素敵なプレイングをありがとうございます。^^
本当にいつもお洒落で優しいプレイングで。
そして今回もめっさクールに書かせていただきましたよ、セレスティさん。
いかがでしたか?

ちなみにセレスティさんのプレイングを読んだ時は、むむ、確かにそうだよなー、などと納得してしまった草摩です。^^
少々アレンジをさせていただきましたが、どうったですか? 今回の物語。
気に入っていただけてましたら嬉しい限りです。^^


そしてクリエーターショップや異界の方でも載せていただいているのですがもう時期で依頼数が100になります。
これもひとえに常連客さまであるセレスティさんのおかげです。
本当にセレスティさんにはいつもご依頼していただき、そしてプレイングに嬉しいお言葉を書いていただけていて、感謝しております。
もしもよろしければ企画イベント、挑戦してやってくださいましね。^^
―――と、言うか、挑戦も何も余裕で取れてしまうかもですが。(汗


そうそう、ちなみに今回、白さんにラストで渡された【硝子の華のつぼみ】を咲かせる事がまず取りあえずの目的だったりしますので、よろしければ咲かせてやってくださいまし。


それでは今日はこの辺で失礼させていただきますね。
今回も本当にありがとうございました。
失礼します。