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『第一話 スノーホワイト ― 人間に恋をした雪娘の物語 ― 』
しんしんと雪が降る世界の中で彼女は公園のブランコに座って一面の銀世界を見つめていました。
身も凍るような寒さの中でだけど彼女がとても小さく見えるようなのは決して寒さのせいではないのは彼女の心に咲く花を見る事ができるその人にはわかっていました。
その人の名は白。人の心に咲く花を見る事ができる樹木の医者。
「こんにちは」
突然、声をかけてきた白に彼女は怯えたような表情をしました。その怯えは突然に見知らぬ者に声をかけられた怯えではなく、何か人に言えぬ失敗などをしてしまった子どもがそれが知られてしまうのが怖くって隠れていたのだけど、しかし親に見つかってしまったかのようなそんな感じ。
そんな彼女に白は周りの世界を染める色と同じような銀色の髪の下にある顔にやさしい表情を浮かべました。
やわらかに細められた青い色の瞳に彼女は何かを感じたようで、その怯えを少しだけ和らげたのです。だけど白がした事といえば・・・
「これは？」
彼女は白から渡された花を見つめながら抑揚のない声を出しました。白はやさしく微笑んで言葉を紡ぎます。
「その花はスノードロップと言うのですよ。花言葉は【希望】。冷たい雪に優しくした花。故に雪の世界でも咲ける花。世界で一番強い想いは優しさなのだと想います。だからどうか希望を捨てないで。そう、世界の扉は開くから」
彼女は白に渡されたスノードロップを見つめながら呟きました。
「希望…やさしさ……だけど、私は………」
辛そうに口をつぐんだ彼女。そして彼女が手の中のスノードロップから顔をあげると、だけどもうそこには白はいませんでした。
もう一度彼女は「スノードロップ」と呟き、
――――そして世界に舞う雪がいよいよ激しくなり、異界の東京はより深い雪に沈んでいきます。
この銀世界でスノードロップと言えども咲く事はできるのだろうか？
この物語は12月24日の東京が始まりなのです。
しんしんと白い雪が降る夜に東京に一人の雪の精が舞い降りました。
「ああ、なんて今夜は世界が愛に溢れているのでしょう」
雪の精は東京の夜に溢れる愛にうっとりと眼を細めて楽しそうにワルツを踊りながら歌うと、戯れに雪人形を創りました。
純粋な雪の結晶を集めた雪人形を。
そうして雪の精は朝日が昇る頃、ひとつの雪人形を東京の街に残して、雪の世界に帰って行きました。
だけど雪の精は知らなかったのです。戯れに造ったその人形に命が宿っていたのを。
雪人形は朝日が昇ると同時に瞼を開きました。銀色の髪に、剃刀色の瞳。雪のように白い肌。白のワンピースドレスに白のロングコートに白のブーツ。
初めて見る世界に彼女は喜び、母親が自分を創ったように小さな雪だるまや雪うさぎを作りました。
そんな彼女の前で新聞配達をしていた男が雪に滑って転び、そしてその光景にきょとんとした彼女はくすくすと笑い、その出会いは当然のように恋へと変わりました。
「名前は？」
「………小雪。小雪です」
「小雪か」
雪のように白い君にぴったりの名前だね、と彼は優しく微笑みました。
男は新聞配達の青年で、御堂秋人と言う名前でした。
だけど季節は無常にも過ぎていきます。東京の街は冬から春に………。
「大丈夫？ 最近、顔色がすごく悪い」
「あ、うん。平気だから」
平気な訳はありません。彼女は雪人形なのですから。
別れたくない。彼と別れたくない……
小雪は心の奥底からそう想い、だから東京を永遠の雪の世界にしてしまいました。永遠に彼と一緒にいられるように。
そう、ここはとある作家が書いたその物語に縛られた世界なのです。
この物語に縛られた東京に住む人々は苦しんでいます。
そして本当は彼女も…。
私、白亜は泣きながら東京に雪を降らせる彼女を救いたいと想います。
ああ、だけど深い雪に閉ざされて彼女も彼も不幸にしかならないこの物語に縛られた世界で私も、そして物語を書き換える力を持つカウナーツさんもどうする事もできません。
「だからお願いします。この物語のラストをあなたのイマジネーションと能力で書き換えてください。あなたがイマジネーションした物語をカウナーツさんが書きます。それとあなたの能力が加わればこの物語は変わるのです。どうか、この物語をハッピーエンドにしてください」
＊＊＊＊＊＊
「くすくす。バカな娘。自分とカウナーツがこの【悪夢のように暗鬱なる世界】でどうしてあえて一欠けらの真実を渡されているのかまだわからないのだね。くすくす。さあ、おいで。そのために私は扉を用意したのだから。だけどね、これだけはお聞き。物語を書き換えようとするのならば、自分が書き換えられる事を拒む物語の修正能力に襲われる覚悟をするのだよ。覚悟ができたのなら、扉を開けてやっておいで。私の知らぬ私の物語の新たなる登場人物たち。くすくすくす」
【シーンT バス停】
「・・・ません。すみません。あの、ちょっと、すみません」
女神信仰と南極のエスキモーのバナナ伝説についての思考をしている僕の肩を誰かが揺さぶった。普段ならばそれでも深い思考の海の底にいる僕の意識というものを浮上させる事はできないのだが、しかしその時にバスが止まる感触も僕の体を揺さぶったのでそれで僕の意識は思考の海から浮上した。
「あの、すみません。降りるんですけど」
「え、あ、すみません」
僕は慌てて席から立ち上がり、隣に座っていた女性に道をあける。
彼女は僕を横目でひと睨みしてからバスを降りていった。
（はぁー。失敗。失敗。いかんな。つい思考にふけってしまった）
僕には悪い癖があった。思考に集中すると周りが見えなくなってしまうのだ。こういう場所では極力思考にふけるのは避けるようにしているのだが・・・。
「はぁー」
と、大きくため息を吐くと、僕が座る座席の隣に立つ女子高生が口元に軽く握った拳をあててくすくすと笑っていた。
「ふぅー」
そしてまた大きくため息を零してしまう。
そう言えば・・・今、バスはどこを走っているのだろう？
何やら突然にそれが気になった。
僕は座席から少し腰を浮かしてバスの電光掲示板を見る。そして絶句してしまった。次のバス停は僕が降りるはずだったバス停よりも遥か後の場所であったのだ。
「しまった〜ぁ」
僕は慌てて下車ブザーを鳴らした。
停車したバスから降りると僕はため息を吐いた。
そして財布の中身と手に持つ本とを見比べる。今日は都内にある古本屋で掘り出し物の魔道書を見つけた。それ一冊の値段は僕の財布の中の金額のおよそ3分の２。しかし今のバス代で僕は残りの全金額を出してしまった。
「はぁー。もうバスには乗れないぞ」
自業自得と言ってしまえばそれまでなのだが、このバス停から自宅までは約5時間は歩かねばなるまい。やれやれ。
僕は果ての見えない真っ直ぐなアスファルトの道を見据えて大きくため息を吐いた。そしてげんなりとした思考はついついこう弾き出してしまう。シジル（絵文字）で何かを召喚して、それで帰ろうか？ と。
「いやいや、それはダメだ」
僕は頭を横に振って、その甘い誘惑を必死に振り切ろうとした。
だけどやはり意識はその思考の海に沈んでしまう。僕の悪い癖。しかし今回の思考の海は浅く、そしてだから・・・
「どうかしましたか？」
と、いう綺麗なソプラノトーンの声で簡単に意識は思考の海から浮上した。
そのソプラノトーンの声は僕の背後からした。振り返ると黒い髪の女子高生がいた。
「え、あ、いえ、何でもありません」
「でも、何か深刻そうに呟いていましたけど？」
「あ、あ、いや〜、あはははは」
僕は照れ隠しに頭を掻きながら目の前にいる彼女にそう言った。本当に外で思考にふけるのは極力避けるようにしなくては。
彼女は軽く肩をすくめた。
あれ、しかしそう言えば・・・
「キミは先ほどのバスに乗るはずではなかったのかい？」
このバス停に停車するバスの路線は一本だけで、そしてこの彼女は確かに僕がバスを降りる時にはこのバス停の所に立っていた。それは明らかにおかしくはないであろうか？
すると彼女はまた肩をすくめ、そして今度はなんだかひどく小悪魔めいた笑みをその黒髪に縁取られた美貌に浮かべた。
「だってあたしが待っていたのはバスではなく、物語に縛られた異界の東京へと続く扉ですから」
眉根が自然に寄った。
そんな僕の訝しむ表情に彼女は笑みを深くして・・・
―――そしてそんな訝しみの表情を浮かべた僕を唖然とさせるような出来事が次の瞬間に起こったのだ。
「来ますよ」
彼女が言うと同時に空気がぶんと振動した。
僕の全身の毛がまるで頭上にたっぷりと静電気を帯びた下敷きを持って来られた時かのように逆立つ。
そんな感覚に戦慄しながらも弾かれるように振り返った僕の視線の先にあったのは巨大な扉だった。そしてその扉の前に立っているのはだぼだぼの服を着た男の子だった。彼がその扉の門番である事がどうしてか僕には理解が出来た。
そしてそこにある濃密な緊張を孕んだ空気を震わせて、扉が開き、女子高生はその向こうに消えて・・・そして僕も気づくと、その扉をくぐっていた。
【シーンU カウナーツの書斎】
扉の向こうは小さな部屋だった。
うず高く積まれた本の塔。その本の塔の向こうから鉛筆を書き殴るような音が絶え間なく聞こえてくる。
空気は古い紙とインクの匂いでいっぱいでどこか歴史の長い古本屋にいるような感じがした。
「まさか、着いてくるとはね」
女子高生は軽く吐息を吐きながら肩をすくめた。
「僕はこう見えても魔術師でね。ならばあんな不思議な扉はくぐらぬわけにはいかないだろう？」
ウインクした僕に彼女は肩にかかる髪を払いながらまたため息を吐いた。
「好奇心の強い猫は早死にするわ」
「それすらもまた魅力的だね、僕には。だから僕はこんな質問もする。キミも何かの能力者なのだね？ そしてだからこそこの世界の常連者なわけだ。で、この世界はどんな・・・ああ、自己紹介がまだだったね。僕は城ヶ崎由代。魔術師だ」
僕が自己紹介を済ませると、彼女は吐いたため息で前髪をふわりと浮かせた。
「人の忠告を聞かない人ね。まあ、いいわ。あたしはまあや。綾瀬まあや。人はあたしを闇の調律師と呼ぶわ。そしてこの世界はね・・・」
そして綾瀬まあやと名乗ったその闇の調律師はこの世界について教えてくれた。
「……ふうん。面白そうだね」
「そんなに嬉しそうに微笑んで。わかってます？ すごくこれは危険なのですよ」
「だからさ、上等だよ」
ウインクした僕に、彼女は顔を片手で覆ってため息を吐いた。
そして僕はこの物語に縛られた世界でそれを知っている数少ない人物のひとりである少女を見る。空中に浮く半透明の少女を。
―――ちなみに本の塔の向こうで何やら鉛筆で書き綴っているのがカウナーツ・イェーラという人物らしい。それからあの門番は冥府と。
「それで今回の物語はどんな物語なのかな？」
白亜が語ったのは雪の精の戯れの末に生まれた雪娘と青年の切ない恋物語。その悲劇。この異界の東京は永遠に雪に囲まれた街なのだそうだ。
―――哀しい物語だな……。
僕は肩をすくめながらため息を吐いた。本当にこんな物語は間違っている。物語とはハッピーエンドであるべきだ。
「よし、その物語のラストは僕がイマジネーションしよう。とびっきりの二人が幸せになれる物語をね」
胸を叩いて嘯く僕に綾瀬まあやはわずかに片眉の端を跳ね上げて、白亜は驚いたような表情を浮かべた。
そして半透明の少女は、僕の前にふわりと移動してきて、申し訳なさそうに言う。
「すみません。ありがとうございます。由代さん。どうか物語のラストをイマジネーションしてください。二人が幸せになれるラストを」
―――僕は言われた通りに二人のラストをイマジネーションする。とびきりのハッピーエンドを。
すると僕の目の前に広がる空間にまるでホワイトボードに水性ペンで文字を書き綴るようにイマジネーションした物語のラストが綴られていく。
そして空間に書き綴られた文章は白亜の上に向けた両の手の平の上に集まり、そしてそれはそこで蝶となって、カウナーツがいる方へと飛んでいった。
「すごいな、本当に」
その現象に呆然と呟いた僕だが、再び見た白亜はそんな僕にとてもすまなさそうな顔をしていた。
「すみません。カウナーツさんが書き換えられるのは物語のラストだけ。そこへ到達するまでの文章は、その物語のラストをイマジネーションした由代さんの行動でのみ書き綴られます。だから由代さんは……」
とても言いにくそうに口をそこで噤んでしまった彼女の頭を僕は手で撫でた。
「大丈夫。僕は負けないよ、物語の修正能力なんかに。それに今、小雪も御堂秋人も泣いているんだろう？ 僕はそれを嫌だと想う。そう、だから僕は皆が幸せになれる物語のラストをイマジネーションしたのだよ」
そう優しく諭すように微笑んだ僕に白亜も小さく微笑んだ。
僕はこのミッションでのパートナーとなる綾瀬まあやと顔を見合わせあって、そして頷きあう。
「さあ、物語を書き綴ろう」
【シーンV とある街の通り】
一面銀世界の街を彼、御堂秋人は走っていた。
この街のどこかにいる小雪を探し求めて。
出会ったのは12月24日。その出会いはもちろん、ただの偶然であった。だけどその偶然が彼に与えたモノはとても大きくって、そしてそれは彼女も一緒だと信じたい。
二人一緒に過ごした時間。
とてもいとおしい日々。
だけどその恋しい日々が進むに連れて、しかし小雪の表情に陰りが生まれた。
自分を嫌いになった？
―――そう思えてしまう事が哀しく、そして怖かった。
だからこそ彼はそれを音声化させた。答えを先延ばしにすればするほど、二人が不幸になってしまうような気がしたから。二人が不幸になるために出会ってしまったと想いたくないから。
「俺を嫌いになった？」
…………そして紡がれた言葉。
『秋人。ごめん。ごめんなさい。私は……私は人間じゃない。雪の結晶を寄せ集めて創った雪人形なの。ごめん。ごめんね、秋人』
・・・・。
「小雪」
秋人は雪が積もった道に前のめりに転んだ。
そして彼はそのまま動こうとはしない。
鉛色の空から降ってくる雪は秋人を覆っていく。
彼は雪に埋もれながら泣いていた。
『雪…人形。小雪が？』
『ごめん。ごめんね、秋人』
消え入りそうな声でそう呟いて消えてしまった、小雪。激しく舞った雪の向こうに溶け込んで消えてしまうように。
そうそれは物語の【雪女】と同じラスト。自分と小雪の物語も同じ悲しい別れのラストを迎えてしまった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・馬鹿な自分。
「なにを固まっているんだい、御堂秋人？」
冷たい雪の中で泣いていた秋人の耳を誰かの声が打った。
「キミは小雪の事が好きなのだろう？ 愛しているのだろう？ ならやる事があるだろう」
それはクールな響きを持つが同時に温かなバリトンで確かに秋人の中の何かを揺さぶった。
ああ、自分はこんな場所で何をやっているのだろう？
確かに小雪は人間じゃない。
だけどそれがなに？
壁があるのなら・・・
それならその壁を小雪と二人で打ち壊してでも二人一緒にその道を歩みたい。
そう、自分が彼女に抱くのはそういう想い。
秋人は立ち上がった。
そしてその彼の前に立つのは男性と女子高生だった。
男性は微笑んだ。
「僕は城ヶ崎由代。そしてこちらは綾瀬まあや。僕らがキミをサポートしよう」
＊＊＊＊＊＊
僕は戸惑う御堂秋人に微笑んだ。そして瞳を何も無い虚空へと向ける。何も無い？ いや、何かがいる。
「そろそろと出てきたらどうだい？」
僕は挑発してやる。
そして激しく雪が舞ったそこに現れた長い蒼銀色の髪の女。
「雪の精・・・なるほど、物語の修正能力はそういう風に働いたのか。面白いね」
僕は肩をすくめる。
「で、どうするのかな、キミは？」
雪の精は言った。
「私の小雪。大切な娘。それを奪おうとする人間は皆殺しだぁーーーー」
瞬間、彼女の周りにあった空中の水因子が操作されて氷狼が生み出される。それは真っ直ぐに僕らに襲い掛かってくる。鋭い氷の牙を剥き出しにして。
だけど馬鹿にしてもらっては困る。僕は魔術師。綾瀬まあやが人呼んで闇の調律師ならば僕は人呼んで魔の指揮者。
僕は虚空にシジルを描き召喚する。雪の王を。
「な、なに、たかが人間如きが・・・雪の王を召喚した？」
戦慄する彼女に僕は微笑む。
「たかが人間如きでも魔力の容量ならばキミよりも僕の方が上だ」
そして僕は雪の王に命令する。
「殲滅せよ、雪の王よ」
雪の王と氷狼…それの勝負などやる前から決まっている。氷狼は一瞬にして雪の王の前に消え去った。
だけど彼女は引かなかった。頑なな子どもかのような表情を浮かべて、ヒステリックに喚く。
「引くものか。引けるものか。私の小雪はその男に心を傷つけられたせいで自らを氷の棺に閉じ込めてしまったのだ。おお、かわいそうな、小雪。所詮は雪女と人間の男とが結ばれる訳が無いのに。ああ、小雪。だから私はこの街を滅ぼすのだ。小雪を苦しめるこの街を」
そして街は雪の精の呪いによって崩壊の道を一直線に進み始めた。
＊＊＊＊＊＊
「これは？」
「やれやれ。小雪さんはこの街の季節を止めただけですが、あの雪の精はこの街を完全に雪で覆ってしまうつもりらしいですね」
僕はやれやれと顔を横に振った。
綾瀬まあやはそんな危機感の欠片も無い僕にくすりと笑う。
そして彼女は申し出た。
「わかりました。この街を崩壊に導く音色はあたしの音色で打ち消しましょう。あとの事はあなたにお願いするわ」
そして彼女はリュートを奏でる。正位相の音楽を逆位相の音楽でノイズキャンセルするようにこの街を埋める勢いで吹雪いていた雪はしかしその瞬間に緩やかになった。だが街がそれでも崩壊への道を歩んでいる事には変わりは無い。
「やれやれですね」
僕は肩をすくめ、そしてにこりと笑った綾瀬まあやに頷いた。
「物語の修正能力が働いたこんな物語のラストなんて全然気に入らない。だから僕が綴ろう。僕好みの物語のラストをね」
【シーンW ＊＊＊公園】
「それでキミは彼女のいる場所はわかるかい？」
僕の質問に御堂秋人は頷いた。
「はい。彼女はきっと…いえ、必ず＊＊＊公園にいるはずです」
「それはなぜ？」
「二人が出会った場所だから」
「うん、わかった。それじゃあ、そこへ行こうか」
僕はにこりと微笑みながら頷いた。
そして果たして小雪はそこにいた。
「小雪ぃ・・・」
御堂秋人は氷の棺の中にいる小雪を見て悲鳴をあげる。
その彼の声を聞いて、まるですべてを拒絶するかのように激しく吹雪いていた雪の中で氷の棺の中の小雪に何かを囁いていた雪の精がぎんとこちらを振り向いて、睨んできた。それは嫉妬と憎悪。
僕は肩をすくめる。
「彼女のお相手は僕がしよう。だからキミは小雪を」
「し、しかし城ヶ崎さん・・・」
「大丈夫。僕が彼女ごときに負けるわけがない。だからキミはキミがすべき事をやりなさい」
こくりと頷く僕に彼は頭を下げると、叩きつけるような吹雪の中を小雪に向って走り出した。
そしてその彼に向けて雪の精は氷の彫像かのような氷狼たちを放つ。
それを細めた目で見据えながら僕は鼻を鳴らした。
「性懲りも無く」
僕はシジルを描く、虚空に。召喚するのは雪の王だ。
結果は何度やっても変わらない。1＋１が永遠に２なように。
だけど・・・
「おのれぇ、魔術師ぃぃぃぃーーーーー」
雪の精がぎんとこちらを向く。
彼女の意識がこちらに向くのはいたって構わない。むしろそれがこちらの狙い。しかし・・・
「くぅ。感情の力、か。彼女の魔力が上昇している？」
僕は雪の王に命令した。雪の精を倒せと。しかしその雪の王は・・・
――――雪の精の攻撃によって打ち滅ぼされる。
「ちぃぃぃ。雪の精の魔力が…いや、心が雪の王を越えた」
そして雪の王を滅ぼした彼女は凄まじいスピードで僕の前に移動すると、僕の首を両手で締め上げた。
「これで何も召喚できないだろう、魔術師」
彼女はにやりと笑う。
確かに。声も出せず、そして頭も苦しいのを通り越して酸欠のせいで痺れて苦痛を感じなくなってしまった。むしろ、脳内から分泌されたホルモンのせいで気持ちよくさえある。危険な兆候だ・・・などと真っ白になりつつある思考の片隅にある冷静な部分で考える自分に僕は苦笑いを浮かべて、そしてそれを紡いだ。
「＊＊＊＊＊」
シジルを虚空に描きながら。
鼻の頭がくっつく寸前の場所にある雪の精の美貌に酷薄な笑みが浮かぶ。
「何を言っているの？ もうまともに言葉も吐けない。私の邪魔をするから罰が当たったのよ。あの世で反省なさい」
―――ふっ。あの世で反省するのは僕ではなくキミだよ。雪の精。
「そう、人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて死んでしまえ、ってね」
「はぁ？」
と、言った雪の精の顔が固まった。恐怖の表情に。そして彼女は恐る恐る振り返る。背後を。そこにいたのは・・・
「な、なんだ、これは？ これはなんだ？」
そこにいるのは三つの眼、四対の角、三対の翼を持つモノ。
「魔王だよ」
僕がそう言ったのはソレの名前は人間には発音できないからだ。そう、ソレはそれほどまでのモノなのだ。
雪の精は恐怖に狂いながら僕の首から手を離し、そして後ずさる。
その彼女を追うソレの目。彼女は動きを止める。そう、それの眼光は敵を凍りつかせる。
ソレと雪の精の間にある雪は、ソレが吐き出す息の前に腐った水となり…大地に染み込んで……大地すらも腐らせる。
延々と白い雪を舞わせる鉛色の空が割れたのはそれが羽ばたいたから。
そしてソレは雪の精の前に舞い降り、
…………………雪の精を抱きしめた。
「うぎゃぁーーーー」
―――ソレの腕に抱かれし物はすべて砕かれる。
僕は雪の精の成れの果てを抱いたまま空間に溶け込むかのように消えゆくソレに背を向けた。
「雪の精よ、あなたの娘は幸せになるでしょう。これから。それがせめてもの救い。ごゆっくりお休みください」
そして僕は御堂秋人に視線を向けた。ここからの物語を紡ぐのは彼と彼女だ。
＊＊＊＊＊＊
一目惚れだった、と言ったら君は笑うだろうか、小雪。
あの初めて出逢った日に俺は転んだだろう？
あの時はね、恥ずかしいんだけど、小さな雪うさぎを作っている君に目を奪われて…それで、さ。
ちらちらと舞う粉雪の中でいつも軽やかにステップを踏んでいた君を俺はいつも抱きしめたいと想っていた。
小雪と一緒ならいつもずっと外だった雪の中のデートも苦じゃなかった。
やりたい事、見せたい物、伝えたい言葉はたくさんある。
春、夏、秋…色んな季節や時を一緒に過ごしたいし、
俺の田舎の風景だって見せたい…
そして伝えたいんだ……この言葉を………
「小雪、俺は君が何だろうがかまわない。雪人形？ それがなに？ そんなのは関係無いよ、小雪」
俺は氷の棺の中に閉じ込められているかのような小雪に抱きついた。どんどん体温を奪われていくし、剥き出しの肌が低温火傷をしていくけど、それだって構わない。そう、小雪はずっとひとりで苦しんできたんだから。
「小雪、もう君は独りぼっちじゃないよ。俺が側にいるから。だからもう泣かないで」
―― その花はスノードロップと言うのですよ。花言葉は【希望】。冷たい雪に優しくした花。故に雪の世界でも咲ける花。世界で一番強い想いは優しさなのだと想います。だからどうか希望を捨てないで。そう、世界の扉は開くから ――
俺は氷の棺の中の小雪に厚い氷越しの口づけをした。
【ラストシーン】
雪の中で抱き合う二人を見つめながら僕は最後の物語を紡ぐべく、シジルを虚空に描く。そう、僕が召喚するのは・・・・・・
そしてそんな僕には気がつかずに恋人たちは抱きしめあっている。
「秋人。ねえ、本当にいいの？ 私は人間じゃない。雪の精が作った雪人形なのよ？」
「そんなのは関係ない。俺は小雪が好きだから。だからそんなのは関係は無い」
「秋人。ばか。馬鹿ね。秋人は大馬鹿よ。だけどね、秋人。好きだよ。秋人、好きだよ」
「俺もだ。俺も小雪が好きだ。離さない。もう絶対に小雪を離さない。もしも小雪がいなくなってしまったらそしたら俺は世界中を探し回って君を見つける」
「秋人。私も。私も秋人がどこにいようと見つけるわ」
そして心を重ね合わせた二人は唇を重ね合わせた。
その二人の前にしんしんと雪が降る空から舞い降りた雪の精の女王。
「あ、貴女は雪の精の女王」
小雪を守るように両手を広げた御堂秋人の後ろにいる小雪が驚きの声をあげた。
そして雪の精の女王は平等に御堂秋人と小雪に視線を向けると言った。温かな響きの声で。
「御堂秋人。小雪。あなた方の想いはしかと見届けました。よいでしょう。そんなにも想いあうあなた方二人を誰が引き裂く事ができるでしょうか？ 御堂秋人。あなたを雪の世界に迎えましょう」
― 雪の精の女王の前で永遠の絆と愛を誓った二人は雪の世界に迎え入れられました。新聞配達をしていた秋人は寒気団の先頭に立ち、冬の訪れを知らせる配達夫となりました。その横には幸せそうに雪を降らせて回る小雪がいます。二人は今も世界中を駈け巡っているのです。 ―
それが僕がイマジネーションした物語のラスト。
＊＊＊＊＊＊
扉は閉まり、そして消えた。
僕がいるのは僕の自宅近くのバス停だ。どうやら冥府がサービスをしてくれたらしい。
「どうせなら僕の部屋に繋げてくれればいいのに」
僕は苦笑を浮かべながら肩をすくめる。
そして僕は左手にあるモノに視線を落とした。それは小さなガラスの瓶。その中には【雪娘の涙】が入っていた。白亜自身もよく理解できていなようだったが、しかしそれを僕に手渡すのも彼女の役目の一つであったらしい。果たしてそれに一体何の意味があるのだろうか？
思考に囚われそうになるがひとまずはそれは今は横に置いておく。そしてそんな僕の前にその人は立った。銀の髪と青い瞳の人。
「こんにちは」
「こんにちは」
その人は僕に頭を下げた。そしてその人も僕に渡してくる。それを。
「これは？」
「それは虚構の世界に咲く【硝子の華】。城ヶ崎さん。あなたがこの【硝子の華のつぼみ】を咲かせる事ができたのなら、そうしたらこの【硝子の華】の香りがあの物語に縛られた異世界の東京の街に住む人々を夢から覚まさせるのです」
僕が手の平の上に置かれた【硝子の華のつぼみ】から視線をあげるとしかしもうそこにはその人はいなかった。
「・・・」
そして僕は自分でもよくわからないのだが、白亜からもらった【雪娘の涙】を【硝子の華のつぼみ】に無意識にかけていた。するとその【硝子の華のつぼみ】はほんの一瞬だけ頑なに閉じたつぼみを震わせた。
僕はただしばらくの間、その【硝子の華のつぼみ】を見つめていた。
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■ 登場人物（この物語に登場した人物の一覧） ■
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【整理番号 ／ ＰＣ名 ／ 性別 ／ 年齢 ／ 職業】
２８３９ ／ 城ヶ崎・由代 ／ 男性 ／ 42歳 ／ 魔術師
ＮＰＣ ／ 綾瀬・まあや
ＮＰＣ ／ 白
ＮＰＣ ／ 白亜
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■ ライター通信 ■
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こんにちは、城ヶ崎・由代さま。はじめまして。
このたび担当させていただいたライターの草摩一護です。
ご依頼ありがとうございました。
このたびは本当に素敵なプレイングをありがとうございました。
本当にプレイングを読んだ時は舌を巻きました。＾＾
すごく良い物語の終わり方ですよね。
あーいう感じはやっぱり僕もすごく好きです。
ですから本当にどうプレイングとキャラとを絡めて魅せればいいのか、考えましたね。＾＾
それもすごく楽しかったです。
それと今回は城ヶ崎さんの雰囲気はこんな感じで書かせていただきましたが、よかったですか？
キャラ設定とイラストを見ながらイメージできたのがこういう感じの城ヶ崎・由代でした。
もしもPLさまのイメージ通りでしたら嬉しい限りでございます。
そして魔王さまにも今回、ご登場願いました。
すごくツボです。圧倒的な力と存在感がすごく素敵で。
この魔王さまの描写も本当に書いていて楽しかったですね。
それとこの異界のまずの目的は今回、白さんにもらった【硝子の華のつぼみ】を咲かせる事にありますので、もしもよろしければ咲かせてやってくださいね。
それでは今日はこの辺で失礼させていただきますね。
本当にご依頼ありがとうございました。
失礼します。
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