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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


東京怪談 remix FAITH-FATALITY ■ 01.『探偵』の来訪


■オープニング■


 暖色のライトに照らされた店内。
 黒服の男がふたり、カウンターに着いていた。
 彼らの前にはグラスが置かれている。
「………………どうして『ここ』なんだ、ディテクター」
「…嫌ならお前まで来る事は無かったんだが?」
「俺が手前のお目付け役だって事忘れてんじゃねえだろうな…」
「…それもお互い様の話だろう? 狂犬染みた男と付き合わにゃならんのは俺も大変でね」
「…ンだとぉ!?」
「…騒ぐと追い出されるぞ? 俺はそれでも構わんが。…仕事で無い時くらいはお前の姿が無い方が落ち着ける」
「くっ…何考えてるかわからねえような…いつ裏切るとも知れねえ野郎を放置出来ると思ってンのかよ…」
 その何処か筋者風な男の方は、ち、と舌打つと、じろり、とカウンターの中にいる小柄な男を睨め付けるよう見上げる。睨まれた小柄な男――赤みを帯びた金、と言う異形の双眸を持つバーテンダーは、素知らぬ顔でグラスを磨いていた。
 一方、ディテクターと呼ばれた男はその発言を聞き、ふ、と呆れたように笑う。
「…それもお互い様なんだがな。お前も下手に放置しておいたら危険な男だろうよ、鬼鮫」
 そして、無造作に煙草を一本銜えた。
 と。
 当然のようにカウンターの中、グラスを置いたバーテンダーが店の名の入ったマッチを取り出した。
 それを見て、ディテクターと呼ばれた男は少々意外そうな顔をする。
「…今日は『手品』は見せてくれないのか?」
「…すみません。今後はやらない事に決めたんですよ」
「…そうか」
「期待して下さっていたのなら、申し訳ありません」
 バーテンダーの手許で、擦られたマッチの先端に小さな火が灯る。
 ディテクターと呼ばれた男は当然のようにそこに煙草の先端を近付けた。点火する。
 黒いグラスの奥に透ける瞳が満足そうに細められると、煙が吐かれた。
「…いや、構わんさ。これで充分だ」
「…有難う御座います」
 バーテンダーは、すぐさまマッチの火を消すと、静かに目礼。
 ディテクターの隣に座る鬼鮫と呼ばれた男は、それを視界に入れるなりこれ見よがしに、ふん、と鼻を鳴らすと顔を背けていた。
 それを宥めるように、バーテンダーはオーダーされていた次のグラスを鬼鮫と呼ばれた男に差し出している。

 …とある日の『暁闇』の風景。
 そこに、からんとドアベルを鳴らし、入ってきたのは――。



■君には帰る場所がある事を、お忘れなく:セレスティ・カーニンガム■


 その時はもう、夜の帳が下りる時間帯になっていました。
 窓から外を見れば、見知った街並みが続くところ。ネオンがそろそろ明るくなって来ています。
 先程のお店で…随分と、時間を浪費してしまったようで。
 やはり色々と見ていると、時が経つのは早いです。
 とは言え、じっくり見なければ、良い物も手に入らないのですがね。

「…その辺りで止めて下さい」

 そろそろ、近い筈。
 ロールスロイスでは少々無理のある場所。
 ふと、行ってみたいと思いました。
 ………………後になって考えれば、それは何か虫の知らせのようなものだったのかもしれませんが。

「…少し知人の勤める店で飲んで行きたいと思いますので、待っていて頂けますか?」

 私の言葉は問う形でも、それを聞く誰からも否やはありません。
 まぁ、主人は私なのですから、当然なのですけれど。

 丁寧にドアが開けられ、行ってらっしゃいませと声が掛けられます。
 私は柔らかなシートから降りると、ステッキを突いて立ち上がりました。
 そのまま、狭い道にゆっくりと足を運び、目的の店に向かいます。
 程無く、小さな看板に、『暁闇』と。
 …そこが、真咲君の勤めるお店、です。

 アンティーク調のドアを、開けました。
 からん、と柔らかくこもった音のドアベル。中の様子も、落ち着いた、暖かみのある色彩で統一されていて趣味が良いところ。特に構える事も無く、私は足を踏み入れました。

「…いらっしゃいませ。カーニンガムさん」
「こんばんは。真咲君」

 丁寧に迎えてくれる声に軽く会釈し、私は中へと進みます――進もうとします。

 が。

 入口に近い方のカウンター席、そこには。
 …この場の雰囲気にはそぐわぬ、何処か荒々しい気配を纏ったままの黒服の方が、御二人。
 その気配と格好、隙の無さから――IO2エージェントの方と、お見受けします。
 お仕事帰りでしょうか?

 ………………と、思いはしますが、それ以上に。

 手前の方はともかく、ひとつ奥に座るその方は。
 明らかに以前からの顔見知りの。
 …草間興信所の所長さんであるとすぐにわかりました。
 格好や雰囲気はがらりと変わってしまっていますが、間違いはないものと思われます。
 自分も…能力者の端っこくらいには居ると認識しておりますので、元々IO2の動向に目を配ってはいました。
 ディテクターと言う名も、確かめてはいました。…細かいプロフィールまでは確かめられないにしろ、写真を確認してもいました。それは視覚を使っても私の場合は良くわかるものではありません。けれど背格好や、上手く言えませんが…深い部分にある何かは、不吉なくらい似ていると感じました。草間君が黒いサングラスを掛け、黒いコートに身を包めば、こうなりそうだとは思いました。
 けれどそれでも…まさかと言う思いが強かったのです。
 ですが今、事ここに至っては…認めない訳には行かないようで。…直に同じ空間に居合わせれば、視覚以外にも頼れますから。
 カウンターのまた更に奥、やや離れた位置に座っていた天薙(あまなぎ)君の態度からも、その事が確認できたと言えましょう。

 …彼が姿を消して、もうどれくらいになるでしょうか。
 私は、思わず足を止めてしまいました。

 こんなに近くに顔を出す事もあるのですね。
 零嬢の事を、今でも、例え少しだけであったとしても…気に懸けているのでしょうか。
 それとも、また別の理由なのでしょうか。
 …私は、零嬢の元に、彼を帰してあげたいだけなのですが。

 ただ、彼の今の、この気配は。
 ………………明らかに何者かの命を屠ったばかりとお見受けします。
 それも、ひとつやふたつなどと、生易しいものでも無い。
 …今のこの態度を見れば、今日のこれが、初めてと言う訳でも無いでしょう。

 あの、草間君が。

 少し意外でしたが…それもまた有り得る事なのかと思いました。一度は決して何処にも行かないと零嬢に誓った草間君が、その誓いを翻してまで、姿を消してしまったのですから。
 余程の事が――どうしても譲れない、何かがあったと言う事なのでしょう。
 ならばそれを解決するまで、草間君は戻る事が出来ない。

 ………………私はその『何か』の解決の為なら、協力を惜しむつもりはありません。
 例え、草間君御本人から、協力を拒否されるとしても。

「お隣、構いませんか?」

 私が手を伸ばしたスツールは、草間君の隣。

「…ああ」
「有難う御座います。では、失礼させて頂きますよ」

 連れの方とは反対側の隣に当たる場所。そこのスツールに私は腰掛けます。この位置ならばちょうど天薙君の側。彼女とも幾らかは近くなる。彼女が草間君たちふたりをひどく気遣い、気に留めているのが今来たばかりの私にもわかる程。…それでも直に話す事は出来ませんか。それ程の違和感を覚えますか。…ならば私をクッションにお使い下さい。
 君は彼に対しそんなに気を遣って、離れて座らなくても良い方である筈です。

「天薙君ですね。お久しぶりです」
「…御無沙汰しております。カーニンガム様」
「こんなところでお会いするとは思いませんでした」
「真咲様に御招待頂いたのです」
「そうだったのですか。私は少し顔を出してみようと思ったところだったので…奇遇ですね」

 微笑んで見せてから、私はカウンターの中のマスターを呼びました。
 確か紫藤と仰いましたか、中々に腕の良いバーテンダーさんで。

「ラスティ・ネールを」

 かしこまりました、と静かに頷き、マスターはウイスキーとドランブイのボトルを取り出しています。…ドランブイはゲール語で『心を満たす飲み物』と言う意味を持つもので。こんな時ですが、いえ、こんな時だからこそ頼んでみたくなったと言うべきでしょうか。その気持ちをわかって下さっているのか、マスターが取り出したウイスキーのボトルは、アイリッシュウイスキーの銘柄でした。
 オーダーを入れてから、私はまた天薙君の方を見ます。
 と。

「そちらに…移動したら如何です?」

 直接、天薙君の方を見ながら、草間君。
 その表情には、特に迷惑そうな色も無く。
 極力、無表情無感動を装っているようでしたが、その科白は、明らかに天薙君を気遣っているのだと私にはわかりました。…自分が天薙君の側に居る事が出来ないから、せめて私を、と。

 目が殆ど見えないだけ、他の感覚には自信があるんですよ。
 …違いますか、草間君?

「お邪魔でしたか?」
「…いや、邪魔じゃありませんが…その方が話し易いのではないかと思いましてね」
「お気遣い有難う御座います。…そうですね、でしたら天薙君がこちらに来ては下さいませんか? 見ての通り私は少々足が弱いもので一度座ると移動するのも大変なのですよ。
 …年寄りの我侭を聞いて頂けると嬉しいのですけれど?」

 天薙君に微笑んで見せました。
 これは、ちょうど良い話の流れです。
 …席を近くにした方が、彼女も草間君と話し易い筈ですから。
 天薙君は少々慌て、困惑したようでした。

「え、あ、はい。…ではお隣に失礼致します」

 けれど来て下さるようです。
 …まぁ私も、狡い言い方をしたとは思っていますがね。
 それでも、そのくらい言わないと天薙君は今、移動してくれなかった気がしますし。

「どうぞ」

 春めいた淡い桜色。美しい柄が映えるその着物を纏った彼女が、やや遠慮がちに私の隣のスツールに座りました。…お持ちのカクテルグラスの中身は、着物の色に合わせているようですね。

「こちらの我侭を聞いて下さって有難う御座います」

 君はそれ程遠慮する必要はありません。
 草間君の態度を見れば、私にはそう思えてしまうんですよ。

「…それから、お優しいんですね。君も」

 今度は草間君に振ります。
 私も、少し安心しましたので。
 まったく変わってしまっているように見えても、君が、君のままで在る事が良くわかりましたから。

「…優しい?」

 彼もまた困惑気味に、私の声に答えます。
 意味がわからないとでも言いたげな顔ですね?
 …それとも、敢えて無視しているのでしょうか。

「ええ。…『変わってらっしゃらない』ようで安心しましたよ」
「…何のお話でしょう?」
「わからないと仰るのでしたら、問い詰めない方が良いのでしょうね」
「…」

 少し、態度が硬化しました。
 やはり、ストレートに協力を申し出ても、拒否されそうですね。
 まぁ、元々、私の協力を素直に受け入れるようなら…はじめの時点で興信所から姿を消し、IO2などを頼る事はしませんか。
 …肝心なところはひとりで動きたい、そう言う事なのでしょう。
 ならば、私も私で考えがありますがね。

「…御仕事帰りなのですか?」
「何故?」
「いえ、御連れ様がいらっしゃるようですので。…それに」
「ああ、この気配のせい…ですか」
「…真咲君の居るこのお店にいらっしゃるのなら、御一人である方が自然では、と思いましてね」
「…そうでもありませんよ」
「そうなのですか?」
「ですが…まぁ、今回は貴方の仰る通りでもあります」
「………………おい、ディテクター」

 御連れの方が咎めるような口調で口を挟んできます。確かに、今の場面で私の問いに肯定は拙いかとも思いますからね。IO2は秘密主義ですから。何処で仕事をしたのなんだのと、部外者に大っぴらに話してはいけない筈です。
 けれど、草間君は彼を遮るように煙草を持った手を翳していました。
 その時点で私は心底、草間君は何も変わっていないと思いました。
 …巧妙に、変わっているように装っているだけで。

「いい。問題無い」
「…それは手前が決める事じゃねえ」
「お前が決める事でも無い。…今のIO2の方針を忘れたか?」
「…勝手にしろ」

 草間君の連れの彼は、言われるなり、不貞腐れたように再度オーダーを入れています。
 …カウンターの中の真咲君にも、この彼は含むところがあるのでしょうか? どうにも…真咲君への態度がいちいち、毛を逆立てた猫のように思えます。
 そう言えば真咲君は昔IO2に籍を置いていたと仰っていましたか。その関係なのでしょうかね。この彼とは顔見知りと言う事なのかもしれません。

 草間君は連れの彼を抑えてから、再び言葉を紡ぎます。

「仰る通り、仕事帰りですよ。…貴方も、お帰りの際は気を付けた方が良い。ひとまず始末は付けましたが…それでも、まだ予断を許さない状況ではありますから。
 …連中が、狙う場所に再び来る可能性は否定出来ない」
「御忠告、有難う御座います」
「いえ、いずれリンスターの御力を借りる事もあるかもしれませんからね。…名を知られた財閥としての力が物を言う事もある」
「その場合は、喜んで御協力させて頂こうと思いますよ。…それが君の為になるのなら」
「そう言って頂けると、IO2は大変感謝致しますが」

 …君は仮面を被る事に慣れているようですね?
 IO2のエージェントと言う仮面を、ここまで使いこなそうとしている。
 それで、私と言う一個人を突き放しているつもりなのですか?
 甘いですよ。

 …これを私の宣言の場にしましょう。
 君が今ここで、IO2エージェントと言う立場をわざとらしいまでに宣言するように。
 私は今、君が真に求めている事を解決する為だけに助力を惜しまないと。
 君だけの為に、協力しようとね。
 IO2と敵対するつもりも無いですが、そちらはやはり二の次で。
 君がそこに立場を定めるに至った根本原因を解決する事を宣言しましょう。
 私は私なりに、動きますから。
 …早く零嬢のところに、戻ってあげて下さいね。

 私と草間君の話が止まると、次には誰も口を開こうとしませんでした。
 草間君もそれっきり黙り込んでしまっています。
 …ちょうどその沈黙の間を縫って、私の前にラスティ・ネールのグラスが供されました。

 やがて、暫くの無言を通した後、ひどく抑えた声で、草間君が口を開きました。
 私の方を見るでもありません。…前を、カウンターを向いたまま。
 ほんの僅か、気のせいかと思えるくらい僅かではありましたが、思い切ったような感じも、ありました。

「…本当に『変わっていない』と思いますか」

 抑えた声で発されたその科白は、今この場で――初めて見えた彼の本音のような気がしました。
 IO2エージェントと言う仮面を被ったままで言える、精一杯の。

 …違いますか?

 君は変わる事を恐れている。
 そして、既に変わってしまっていると思い込んでいる。
 態度の端々に、何処か自暴自棄なものが感じられるのは、そのせいではないですか。
 君は何も変わってはいないのに。
 草間興信所所長と言うのも君の持つ仮面の一枚に過ぎない。
 今の君が被っている仮面と、大差無い。
 …とは言え、一番素顔に近い仮面は、草間興信所所長ではあるのでしょうけどね。

 ともあれ、君と言う本質は、それらとはまた別の、だがかけがえの無い…『どうあっても変えようのない』一枚であるのだと。
 自覚して下さい。草間武彦。

 ――――――君は、君以外の何者にもなり得ない。

「ええ」

 だから私は肯んじました。
 即座に。
 彼は私を見もせず、何か考えるように…煙草を唇に挟んでいました。
 相変わらず肘を突きカウンターを向いたまま、今度は、もう何も言おうとはしません。
 けれど私は続けました。

「…ですから、決して二度と戻れないとは思わないで下さい。君の本質は何も変わっていない」

 瞬間。
 目に見えて、草間君の動きがぴたりと停止したのがわかりました。
 御連れの方も、天薙君もわかる程の、反応でした。

「すべてが終わったなら、帰る場所がある事はお忘れ無きよう。…どうも今の君はそこからして忘れてしまいそうに思えます。すべてが終わった時に、最早…『草間武彦』と言う人間は存在しない、と思い込んでしまいそうな程に」
「…」

 草間君は何も答えずに灰皿に煙草の火を押し付けていました。
 誰も、何も言いません。
 …それでも構わないとは思いましたけどね。もう。
 今の草間君の反応、それだけで私にはよくわかりましたから。

 ………………これで、元の場所に戻ると言う選択肢も、頭の中に置いて下さいますね?

 結論は今すぐでなくとも構わない。
 今は否定していても構わない。
 今はただ、君の頭に刻み込めればそれで良い。
 その選択肢の存在を、忘れなければ構いません。

 ………………忘れさえしなければ、君は最後には必ずこちらを選ぶ。

「…草間様」

 と。
 唐突に天薙君の声が聞こえてきました。
 思わず目を瞬かせます。
 彼女のその顔を見ると…どうも目が据わっていました。

「…」

 草間君は無言。

「…誰だって?」

 代わりに、呆れたように訊き返して来たのは、草間君の御連れの方。
 草間と言う名で、ディテクターが呼ばれた事が気になったのでしょうかね。
 …天薙君は恐らく、草間君ではない、ディテクターとも面識はあるのでしょうから。
 ならば彼女は、彼の事を元の名では呼ばないでしょう。
 意識がまともであるのなら。
 …彼女の前にあるカクテルグラスが、いつの間にか空でした。
 つい今し方までなみなみと満たされていたような気がするのですが。

「………………零様の事、放っておくつもりだったのですか」
「…天薙?」

 やや困惑したように、草間君が声を掛けます。
 が、天薙君は止まらない様子。
 …まぁ、彼女に説教されるのも、良い薬でしょう。
 と言う訳で私は、止めません。

「草間様が急に居なくなって、どれ程心を痛めているのか想像も付きませんか。わたくしは詳しい事情は存じませんが、貴方様が興信所から姿を消した、そこまではのっぴきならない事情があったと、仕方無いとしましょう。…ですがそれっきりでもう二度と帰らないつもりだったとなれば話は違います。そんなつもりで姿を消したのですか。それは自分が手を汚すとわかっていたからですか。以前の自分とはどうしても変わってしまうと思えるからですか。…そんな事は何も関係無い筈です。貴方様が居る事、それが零様にとっても皆にとっても一番かけがえの無い事だと草間様はわかってらっしゃる筈です。手を汚したの勝手をしただのそんな事は何も関係無いんです。勝手に決め付けて動かないで下さい。わたくしたちはずっと待っております。例え貴方様がどれ程手を汚そうと関係無いんです。わたくしたちを巻き込まない為に姿を消したと仰るかもしれませんが、勝手に消えられた方が残されたものが追い掛けてくるとは思わないのですか。今のままでは、草間様のわからないところで零様や皆様が巻き込まれる可能性は増えますよ」

 まったくその通りです。

「…あの、天薙さん?」

 こちらもまた、困惑したように真咲君。
 けれどその声も気にせずに、天薙君は今度は草間君の御連れの方をじっと見ていました。
 その彼も…不審げな顔でその視線を受け止めてはいますが…その実、どうも、たじろいでいる様子です。
 明確な敵ならばともかく、彼女では…相手がし難いからでしょうかね。
 それも、酔った相手ともなれば、色々と、色々と対処に困るでしょうね。
 IO2のエージェントと言えども。
 ですが、勿論これも私は止める気はありません。
 君は先程から、グラスの空け方が勿体無いですよ。
 …もっと味わって飲まなければ、折角のお酒がかわいそうじゃないですか。
 それに、そんな飲み方をしていては…その荒々しい気配を落ち着かせる事など出来ないのではないですか?

「鬼鮫様も鬼鮫様です。貴方様はもう不惑にもなると伺いました。それで超常能力者だ人間だと区別を付けいちいちこだわり意地を張る…他ならぬIO2にいらっしゃる方がそれで良いんですか。普通の表の機関に居られる方ならそれは仕方無いと思います。ですが貴方様は違いますでしょう。法に則る組織であるならそれらしく、外見では無く内面で善良な市民か犯罪者か区別して動くべきでは無いのですか。超常能力者や人外だと思ったら問答無用で殺す程子供のままで宜しいのですか。わたくしに対する態度だってそうです。わたくしの、『天薙』の存在が不愉快であるならそれで構いません。ですがそれに対し御自分の半分以下の年の小娘でもすぐに拙いとわかるような態度を取るのは如何かと思います。…違いますか」

 ふむ。
 …確かに、正直言ってこの御二人では草間君の方が年上に見えました。
 外見、と言うより態度がです。…年齢を見るのに外見は何の基準にもならない事は、私自身がよくわかっていますからね。
 天薙君はこのお連れの方…鬼鮫と仰るのですか、この方の事もある程度御存知なのですね。

「…」

 いきなり長々と叩き付けられ、鬼鮫も面食らったように黙り込んでしまっています。
 一方の草間君は、ゆっくりと煙を吐きながら、ぽつりと口を開きました。

「…真咲」
「…はい?」
「…天薙は未成年だ」

 一瞬の沈黙。
 真咲君は少し、驚いたようでした。
 これも今私が思った草間君と鬼鮫の年齢差と同じような感覚で、どうやら真咲君は天薙君が未成年だとは思っていなかったようですね? …確りしてらっしゃるお嬢さんですから。

「…それは大変失礼致しました」

 一旦驚いたようではありましたが、それ以上は特に動じず、真咲君は手早くグラスに水を汲み、天薙君の前に置いてから気遣うようにカウンターテーブルを回って表に来ます。私たちの後ろを通って天薙君の元まで来ました。大丈夫ですかと問うていますが、肝心の天薙君の方は…どうも、こちらがわかっているのか、怪しいです。
 随分グラスの中身を空けるのがお早いようでしたがと私が言うと、気付きませんでした申し訳ない、と真咲君。
 まぁ、場合が場合だったと言う事もありますが。
 天薙君が早々にグラスの中身を空けてしまった理由も、恐らくは他に気を取られてしまったが故でしょうから。

「…どうする?」

 気遣うように、草間君。
 …こう言う、特に険呑ではない予想外の事態には、さすがに地が出るんでしょうかね。
 IO2のエージェントさんでは無く、草間興信所の所長さんがそこに居ますよ。

「どうもこうも…何も知らずにお誘いしてしまったのは俺ですから。責任持ってお送り致します」
「私が部下に送らせても構いませんが?」
「お客様に御迷惑をお掛けする訳には参りませんよ」
「そうですか?」

 …それに天薙の神社と言えば、帰宅の途中の道にあった気もするのですが。
 まぁ、あまりはっきりしない以上、差し出口はしない方が良いかもしれませんね。

 真咲君はマスターに車お借りして宜しいですか、と問うていました。鍵はいつものところだと言われると、すぐに奥に引っ込んで行ってしまいます。そして暫く戻ってきません。
 ひとまず、倒れるような事は無さそうですが…天薙君の様子はやはり普段と違います。何やら呂律が回らなくはなっていますが、呟くようにずっと話しているらしく…時折草間君と零嬢の名前が判別出来る事もありました。

 その様子に、草間君の口許から、小さく息が吐かれています。
 参った、とでも言いたげな、何処か、笑みの混じった印象の。

「…まったく、な」
「何なんだその娘っ子は」

 顔を顰めて問うのは鬼鮫。
 けれど、本気で不愉快…と言うような感じではなく、困惑の方が強そうな印象です。
 草間君もそれに対し軽い口調で答えていました。

「…随分鋭いところを突かれたんじゃないか?」
「そりゃ手前だろ。『草間様』?」
「…お前こそ、『忘れ物』を思い出したんじゃないのか?」
「…黙りな」
「…同じ事をそっくりそのまま返そう」

 軽い揶揄の応酬。
 真咲君が裏から戻って来ました。
 ベストにボータイと言う今までの格好の上に、咄嗟に羽織って来たらしい黒のハーフコート。

「天薙さん、帰りますよ」
「…真咲様?」
「はい。…どうぞ確りなさって下さい」

 丁寧な所作で真咲君は天薙君をエスコートしています。天薙君の方も天薙君の方で足取りが覚束無いと言う訳ではないようなので、出来る事ですが。
 天薙君が立ったのを確認してから、真咲君は私たちを見ました。

「では、先に失礼します」

 そう声を掛けて来た真咲君は天薙君の手を引き、彼女を気遣いつつ裏へと向かおうとします。が、肝心の天薙君が、草間君の後ろを通ろうと言うところで、立ち止まりました。

「…天薙さん?」

 真咲君は一旦天薙君の顔を下から覗き込むよう見ますが、その表情を見た途端、引いて行こうとした手の力を緩めたようです。歩くのを促す事も止めました。
 天薙君は草間君を見ていました。
 草間君が振り返ります。
 それを、確認してから。

「お早いお帰りを、お待ち申し上げます」

 毅然と。
 真っ直ぐに草間君を見て。
 深々と頭を下げます。
 そして、天薙君は頭を上げません。

 何処か痛そうな目で、草間君は天薙君を見ていました。
 やがて、もう、良いでしょう? と真咲君に背をさすられ、天薙君は今度こそ促されるまま裏へと姿を消しました。
 程無く、車が発進する音が店の外から聞こえます。

 再び、店に静寂が訪れました。
 草間君の前で、ずっと放って置かれていたグラスの中身も、漸く干されます。

「…俺たちも出るか」
「だな。…何だかあの嬢ちゃんに毒気が抜かれちまったよ」
「…確かに御二人とも、気配が落ち着かれたようにお見受けしますよ」

 私が入ってきた当初あった、御二人の荒々しい気配が。
 いつの間にか、落ち着いているようです。

 私はラスティ・ネールのグラスを、漸く…静かに傾けられるようになっていました。

 それから彼らがスツールを立とうとするまで、最早それ程の時を要する事も無く。
 スツールから立ち、去ろうとする草間君はさりげなく私を見ます。
 その顔は、再び当初のように、無表情、無感動を装ってはいましたが。

「…また、お会い出来ます事を」

 さりげなく渡した私の別れの言葉。
 それに対し、素直に静かに頷いた彼の態度に、私は一体何を見たものでしょうか。
 …少なくとも、私の一番言いたかった事は確りと届いた風である事に、ひとまず安堵しはしましたよ。


【了】



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    登場人物(この物語に登場した人物の一覧)
×××××××××××××××××××××××××××

 ■整理番号/PC名
 性別/年齢/職業

 ■0328/天薙・撫子(あまなぎ・なでしこ)
 女/18歳/大学生(巫女)

 ■1883/セレスティ・カーニンガム
 男/725歳/財閥総帥・占い師・水霊使い

 ※表記は発注の順番になってます

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 ※以下、関連NPC

 ■ディテクター:草間・武彦(くさま・たけひこ)
 男/30歳/IO2エージェント:草間興信所所長

 ■鬼鮫(おにざめ)
 男/40歳/IO2エージェント ジーンキャリア

 ■真咲・御言(しんざき・みこと)
 男/32歳/バー『暁闇』のバーテンダー兼、用心棒(兼、草間興信所調査員)

 ■紫藤・暁(しとう・あきら)
 男/53歳/バー『暁闇』のマスター

 ■草間・零(くさま・れい)
 女/?歳/草間興信所所長代理、探偵見習い

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          ライター通信
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 いつもお世話になっております深海残月です。
 何やら手が出し難かったかもしれない(汗)異界にまで御参加下さり有難う御座いました。
 何かお仕事があった、と見て下さるのは鋭かったです。
 …実は次に出す予定のOPはその『お仕事』に関連して話を動かすつもりもありましたので。
 へなちょこ、なんて事はありません(^^)

 今回は…諸々の都合により、二名様の御参加になりました。
 視点はPC様完全一人称で。
 …とは言え財閥総帥様の一人称となりますと…このWRで真っ当な事が書けたとはあまり思えず(苦)お見苦しいところがありましたら申し訳無い(汗)
 二名様参加になったのは、頂いたプレイングから考えた結果です。
 同時参加になりました他の方のノベルを見ますと、PC様がどう見られていたのかがわかります。

 と、それから、いつもプレイングにひとこと添えて下さって有難う御座います(礼)
 お返事らしき事が全然出来ず申し訳ありませんでした。
 …ノベルが最大のお返事になっていれば幸いなのですが(汗)

 他、内容について語るべき事は特に何も無く…(と言うか今の時点では何も語れないとも/汗)
 当方異界こと『東京怪談 remix』では、色々な路線を御用意させて頂く予定ですので、お気が向かれましたらまたどうぞ。
 基本的には、何処から手を出しても構わない話にするつもりですから。
 ちなみに異界窓口に関しては、後三回は連続で「FAITH-FATALITY」からOPを出す予定です(実際の受注は間に他の依頼系を挟みますが)

 では、また気が向かれましたらその時は…。

 深海残月 拝