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<東京怪談・PCゲームノベル>


ありふれた惜別


  ――お誕生日、おめでとう。


 視界が赤く染まっている。
振り返れば、水平線の向こうに日が落ちようとしていた。雲ひとつない暮色の空に血の色を連想してしまうのは、先ほどまで渦中にあったからだろうか。

 とある貿易港。
船はほとんど出払っていて寂しい限りだった。はるか向こうに見える異国のタンカーが一回きり、頼りなげに汽笛を鳴らす。
 そんな港の片隅。無人倉庫が立ち並ぶ一角に、綾和泉汐耶は草間と2人で佇んでいた。
草間は胸元からマルボロを取り出そうとし、煙草の箱がくしゃくしゃになっていたことに眉をしかめる。
「畜生、最後の一本が折れ曲がってやがる」
「派手なアクション、なさいましたからね」

 返事をしたのは汐耶ではなくましてや草間でもなく、新たに現れた人影だった。
――彼女は今回の事件の依頼人。歳は汐耶より二、三上だと本人が言っていた。
「この度は誠にありがとうございました、本当に、本当に、感謝してもしきれません」
「俺だけじゃなくて、こいつにも礼を言ってやってくれ」
あごをしゃくられ、汐耶は少しだけむっとする。
「何? 協力してあげたのにその態度は」
依頼人はぷっと軽く吹き出すと、にっこり笑って頭を下げた。
「綾和泉さんにも、とても感謝してます。本当に……ありがとうございました」
「あの」
「はい?」
汐耶が問いかけると、彼女は軽く首をかしげ笑った。肩にかかった長い髪を軽くかきあげる。
「……ごめんなさい、なんでもない」
その仕草に、汐耶は何かを思い出しそうになり慌ててふっと視線をそむけた。
「それでは、私はここで失礼します」
「もう帰るのか。…ああそういえば、待ってる人がいるんだったな」
草間が何気なく言った言葉に、依頼人は予想外の笑顔を返した
「はい!」


 依頼人が軽い足取りで去っていくのを、汐耶は引き止めるでもなしにぼんやり見送っていた。
と、煙草をくわえた草間がもの言いたげに視線を送ってくる。
「あっけないな」
「え?」
「引き止めなくていいのか」
ふぅ、と草間は煙を吐き出した。紫煙が立ち昇り、宙へとにじんでいく。
「お前、あいつのこと気に入ってたんだろ?」
「……どういう意味?」
「別に意味なんてないさ、ただお前にしては……ちょっと珍しいなと思ってたんでね」
 ぺっと短くなった煙草を吐き出し、草間は火を踏み消した。
「あの依頼人。似てたもんな、あいつに」

 誰に似ていた、とは草間は言わない。しかし汐耶にとってはそれで充分だった。
なぜなら今まさにその人のことを考えていたから。



「言っておくけど、ちょっと似てるなって思っただけなのよ。年齢とか背丈とか、そんなのがちょっとだけ」
軽くムキになった汐耶に、草間は肩をすくめるばかり。
「だけどそう思ったままじゃ、彼女とあの人との違う点をあら探しして自分勝手に失望でもしかねないと思って。
そんなの、格好悪いしみっともないわ」
「格好悪いかねぇ。さっきも何か言いかけただろう」
飄々とした返答に、汐耶はついカッとした。
「今更言いたい事なんてあるわけないでしょう! だいたい、あの依頼人は違う人なのよ、そうよ違うの!
お姉ちゃんじゃないの!」
 ついカッとして、叫んだ。……その自分の声に、汐耶ははっと我に返る。
「ごめんなさい。私、もう充分格好悪いわね」
「ん? いや。『お姉ちゃん』、ね」
 けなしているのか褒めているのか分からない淡々とした口調も、草間なりの慰めのつもりなのかもしれない。
「笑ってもいいわよ」
「そういう意味じゃない。……お前たち、本当に仲が良かったんだな」
 吸うか? と胸のポケットを探ってから、あ。と草間は小さく呟く。
「そうか、さっきのやつが最後の一本だった」
「いいわ、私は煙草なんて吸わないから。その代わりコレ、もらうわよ」
 汐耶は素早い動作で近づき、草間のコートのポケットに手を滑らせた。
「お、おいそれは」
「20年物、でしょう?」
戦利品の小瓶を掲げ、にっこりと勝ち誇ったように笑ってみせる汐耶。
やれやれ、と草間は天を仰いだ。
「事件後に飲もうと思ってたとっておきだったのに」
「だったら取り分8:2で手を打ちましょうか?」
「それこそ零に怒られちまう!」
 だったら文句言わないの、と汐耶が言うと、草間は軽く両手を挙げて『降参』の身振りをした。
「だいたい、持ち歩いてるのが悪いんじゃないの?」
「事務所においてると零に捨てられちまうんだよ」

 名を出したことで思い出したのか、草間は歩き出した。
「俺は先に行く。遅くなるとうるさいからな」
「私はもうちょっといるわ」
「お前もさっさと帰れよ」
「言われなくったって分かってるわよ。今日は私のこと特に待ってるはずだから」
「今日は何かあるのか?」
「私の誕生日」
 つかの間足を止めた草間は再び歩き出した後、振り向かないまま軽く手を振った。
「そりゃ、おめでとう」



 遠ざかる背中を見送ってから、汐耶は西の空を見上げた。
暮れる空は、もう随分と紺色が強くなっていた。辺りはすでに薄暗い。
 ――さっき、私は依頼人に。
 ふと記憶がよみがえり、汐耶は軽くうつむいた。
 ――私は依頼人に、とっさに『ごめんなさい』と言おうとした。
 
「私はずっと、謝りたかったのね……」

 分かっていた。あの人はそんなことを望まないだろうことを。
身を呈し汐耶を守り、最期を遂げたあの人。二度と会うことはないけれど、もしも。
もしも会うことがあったら自分はきっとそう伝えたい、どこかでそう思っていたのだろう。
 だが、そうではない。そうではなくて。
 
 
 ――お誕生日、おめでとう。


 耳の奥でふと聞こえた声。いつか幼い頃、あの人は汐耶にそう言った。
今日と同じ日に、姉と慕ったあの人は汐耶に笑いかけてそう言ったのだ。
「ありがとう……。『お姉ちゃん』」
 ――そう、伝えたい言葉は『ありがとう』だから。

 汐耶はコンクリート造りの岸に寄り、手のウイスキーの小瓶を開けた。
もはや既に色の判別も出来ないほど辺りは暗かったが、その半透明の液体はかすかにきらめきつつ海へと吸い込まれていく。
「ハッピーバースディ、私」
 そして汐耶は、フッと笑った。
 
 
 
 人は生きる中で、出会いと別れを繰り返す。
だから今日の別れも、長い時の中で見たならばありふれたものなのだ。……ちょっとだけ、思い出すことが多かったけれど。
「もしまた出会えたら、今度はいい友人になれるわよね」
 明日はきっと、あたらしい出会いがある。
そう、思いたい。

 汐耶は海に背を向け、歩き出した。彼女には、帰りを待っている人がいるから。
温かくぬくもりの満ちた部屋で、恐らくケーキの大きな箱なんかを前にしつつ、汐耶のことを待ちわびているに違いなかった。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1449 / 綾和泉汐耶 / 女性 / 23 / 都立図書館司書】


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■         ライター通信          ■
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初めまして、つなみです。この度はご依頼いただき誠にありがとうございました。

私事ではありますが、今回のこのご依頼が私にとっての初仕事となります。
若干緊張しつつ、汐耶さんの格好よさをうまく表現出来たらと思いながら執筆しました。いかがでしたでしょうか?
ご意見やご感想がありましたらお聞かせいただけると嬉しいです。

それでは、またお会い出来ますことを。つなみりょうでした。