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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


調査コードネーム:車が欲しいっ
執筆ライター  :水上雪乃
調査組織名   :草間興信所
募集予定人数  :1人〜4人

------<オープニング>--------------------------------------

 草間興信所の社用車は四輪が一台と二輪が二台である。
 四輪の方はワゴン車で、陸上自衛隊技術部が改造を施したなかなかのレアものだ。
 性能的にはまったく問題ないのだが、自動車が八人乗りワゴンしかないというのもちょっと近い勝手が悪い。
「ふむ‥‥」
 午後の事務所。
 デスクの上に散乱するパンフレット。
「んむぅ‥‥」
 そして、草間武彦の唸り。
「ぷふぅ‥‥」
「変な声を出さないでください。気色悪い」
 お茶を運んできた義妹が言った。
「気色悪いとはひどい。せめて気持ち悪いにしておいてくれ」
「どっちでもたいして変わりません」
「しくしく‥‥零が冷たい‥‥」
「はいはい。で、決まりましたか?」
 軽く見捨てつつ訊ねる零。
 赤ペンで丸をつけてあるパンフレットの上に、視線が留まる。
「ユーノスロードスター‥‥?」
「格好いいだろ」
「二人乗りのオープンカーなんてどうするんですか?」
 心の底から、零が問いつめた。
 こんな目立ちすぎる車で尾行などできるはずがない。しかも二人しか乗れず、荷物を積むスペースも少ないのだ。
 デートに使うならともかく、探偵が仕事で使うには、かなり向いていないだろう。
「ビートってのも考えたんだけどな」
「‥‥どうして二人乗りにこだわるんですか?」
「いやぁ」
 ぽりぽりと頭を掻く草間。
 呆れたように、零が余計なパンフレットを捨てる。問答無用だった。
 この際、おしゃれな車を買っても仕方がない。
 もちろん二人乗りなど論外だ。
 軽自動車でもかまわないが、四人から五人くらい乗れるのが望ましいだろう。
 車種を決めたら、次は販売店との交渉になる。
 虚々実々の駆け引きをおこない、可能な限り安く手に入れるのだ。
 そう。
 一円でも安く。
 ぐっとパンフレットを握りしめる零。
 黒い瞳の輝きは、まさに戦中派のそれであった。






※特殊シナリオです。
 社用車を一台、購入します。
 希望の車種をお教えください。値切りテクニックも。
 ここで買った社用車は、(壊されるまで)草間興信所で使います。
※水上雪乃の新作シナリオは、通常、毎週月曜日にアップされます。
 受付開始は午後8時からです。


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車が欲しいっ

 春の一日。
 草間興信所は、喧々囂々たる討論の渦中にある。
 話題は天下国家のことでもなければ、国際情勢のことでもない。
 あるいはこの家族経営の小さな探偵事務所にとっては、ニッポン国の行く末よりもはるかに重要な話題である。
 社用車を購入するのだ。
 ついに、というべきか。
 やっと、というべきか。
 またも、というべきか。
 いずれにしても四台目の四輪車だ。
 もともと事務所には三台の自動車があった。
 セダン車が一台。軽自動車が一台。ワゴン車が一台。
 このうち生き残ってるのはワゴン車のハイエースだけである。
 軽自動車は、ハンターたちとの戦いのとき爆弾として使用された。
 セダン車は、ヴァンパイアロードとの戦いのとき爆弾として使用された。
 所有者たる草間武彦としても、その妻たるシュライン・エマとしても、溜息のひとつくらい吐きたくなるような末路といえる。
 が、軽自動車の最後には蒼眸の美女も深く関わっていたりする。
「やっぱパジェロだよ。パジェロ。パワーもあるしさ」
 守崎啓斗が言った。
 じろっとシュラインが睨む。
 どうしてパワーが必要なのか、と、冷たい視線が語っていた。
 ニンジャボーイの頬を汗が伝う。
 まあ、前科者としてはつらいところだ。
 じつは啓斗はセダン車を爆弾として使用した張本人なのだ。さらにまずいことに、彼が壊したのはセダンだけではない。
 シュラインのお気に入りだった赤黒のカタナを壊したのも啓斗なのである。
 蛇に睨まれたカエルみたいに小さくなりつつ、
「じゃあボルボ‥‥」
 それでもやっぱり頑丈で破壊力がありそうな車種を提案している。
 見事だった。
「いっそウニモグとかどうよ?」
 笑いながら巫灰慈が提案した。
「灰慈までなにいってるのよ」
 憤慨するシュライン。
 どうしてこいつらは、ぶつけることを前提として考えるのだろう。
「ナンシーより緊急連絡じゃあるまいし」
「何ですかそれは?」
「タワゴトだから気にしないで。判る人には判るのよ」
「はぁ‥‥」
 曖昧に頷いたのは柚品弧月という大学生だ。
 彼もまた興信所に出入りする特殊能力者のひとりである。
「ところでウニモグってなに?」
 啓斗が訊ねる。
「メルセデスベンツの‥‥」
 説明しようとする巫。
 遮って、
「ベンツかっ」
 瞳を輝かせる草間。
 きっとすごい格好いい車を想像したに違いない。
 赤いジャケットを着た大泥棒が乗り回しているようなヤツとか。
「最後まで聞けよ。ウニモグってのは多目的作業車だ」
「作業車?」
「そう。いろんなオプションをつけられて、いろんな作業をする車だな。なんと線路を走ることもできるぞ」
 ようするに特殊車両なのである。
 工事現場から戦場まで、どんな場所でも活用できる。
「エリアなんとかっていう漫画にも登場していましたね」
 けっこう自動車に詳しい柚品が付け加えた。
 まあ、ものすごく頑丈でパワーがあって、ちょっとした装甲車みたいな車だ。
 頼もしいことこの上ない。
 ただし、日本の公道でそんなものをどうするんだ。という説もある。
「説じゃないでしょうが‥‥」
 げっそりとするシュライン。
 特殊車両ならハイエースで充分だ。
 戦術コンピューターまで搭載した、超ハイテク指揮車なのだから。
「でも、ハイエースはぶつけられないじゃん」
「ぶつけるなやっ」
 シュラインの俯角四五度からの音速ツッコミが、啓斗にヒットした。


「低公害車なら、税金が安くなりますね」
 柚品が言った。
 安くなる。それはまるで天啓のように、探偵夫婦の脳裏に木霊する。
「そのかわり、本体価格は高いんですけどね」
 とは、黒髪の大学生は口にしなかった。
 桃源郷を彷徨っている夫妻を、わざわざ呼び戻す必要もあるまい。
「プリウスだな」
 と、啓斗が提案する。
「セルシオだろ」
 と、巫も譲らない。
 このあたりは、趣味の問題であろう。
 どちらも低公害車。エコカーというやつだ。
「俺がガキのころはさ。二一世紀になったら、車で空飛べるとか思ってたもんだけどな」
 ふと、草間がそんなことを口にした。
 エコカーから、エアカーでも連想したのだろうか。
「そうね。二一世紀になって三年くらい経つけど、いまだ宇宙旅行なんて夢のまた夢だもんね」
 苦笑いを浮かべるシュライン。
 新婚旅行は火星へ! みたいな時代がくると思っていたのだ。それこそ子供の頃は。
 だが相変わらず宇宙は一部専門家のもので、一般人が触れることはできない。
 未来は未来のまま。
「なんかの歌みてぇだな」
「ずっと未来は現実的ってやつ?」
 巫の言葉に、啓斗が笑った。
 何年か前の流行歌だ。
「文明の連続性ってやつですよ」
 きまじめな顔で、柚品がコーヒーをすする。
 どんな技術でも、それが生まれる母体として科学力と技術力が必要だ。
 蓄積の力という言い方もできる。
 たとえば、戦国時代に飛行機が発明されるはずがない、というのとおなじなのだ。
「夢がないね。お前さん」
 草間がぼそりという。
 現実として、柚品のいうことは判るが、なんとなくつまらない。
 未来はもっとバラ色でも良いはずだ。
 くすりと黒髪の大学生が微笑する。
「じゃあもっと夢のある車の話にしましょうか」
「なんだそりゃ?」
「夢のある車?」
 巫と啓斗も食いついてくる。
「ええ。すごいですよ。さすがに空は走りませんが、水の上を走ります」
『はぁ?』
 草間やシュラインを含めて、素っ頓狂な声を出す四人。
 水の上を走るとはどういうことだろう。
「まさか、水たまりの上なら、とか言う気じゃねぇだろーなー」
 胡乱げに問う巫。
 この事務所には、真面目な顔で冗談を飛ばすつはものが揃っているのだ。どんなオチなのか、油断できるものではない。
「いいえ。正真正銘、水上です。川でも海でも湖でも」
 くすくすと笑う柚品。
 あんぐりと口を開く四人。
 そんな自動車があるのだろうか。
 疑問に思うというより呆れるといった面持ちだ。
 水陸両用、というのは軍用車両としてならべつに珍しくない。第二次大戦中のアメリカ軍の戦車だって水陸両用だった。
 いま現在で考えるなら、耐水仕様でない車両型兵器なと果たして存在するものかどうか。
 とはいえ、それらはあくまでも水に絶えられるということであって、水に浮くわけではない。
 水に浮くものは、昔から船と相場が決まっているのだ。
「船と車を合体させたようなものかなぁ?」
 想像する啓斗。
 あんまり格好良くなかった。
「英国のギブズ・テクノロジーズという会社が開発した、アクアダというやつです」
 柚品が説明する。
「‥‥いぎりす‥‥」
 ぼそりと呟くシュライン。
 どうもあの国は、やることが突拍子もない。
 さすがは爆弾娘が留学していただけのことはある。
 あるいは、殺人許可証を持つスパイがいるだけのことはある、というべきか。
「外観は‥‥ああ、あった。こんな感じです」
 かたかたとインターネットで検索した大学生が、くるりとディスプレイを回して全員に見えるようにする。
「格好いい‥‥」
「ボンドカーみてぇだなぁ」
 啓斗と巫が呟く。
 それは、川面をモーターボートよろしく疾走するアクアダだった。
 左右のタイヤをたたみ込み、水しぶきをたてて駆ける。
 たしかに見栄えがする絵だ。
 ぽわわんと想像力を逞しくする草間。
 脳内で、あの有名なテーマ音楽が流れていた。
 颯爽とアクアダを駆るタケヒコ・クサマ。
 横に乗るのは、当然、クサマ・ガールたるシュラインだ。
「うひひひひひ」
 なんか笑ってる。
 ざざーっと潮が引くように離れてゆく巫、柚品、啓斗。
 このバカが何を想像しているかはだいたい判る。ということは、こいつの近辺は今、非常に危険だということだ。
「タケヒコ・クサマは二度死ぬ‥‥」
「むしろ二度死ねっ!!」
 がす。どが。と、音が二つ。
 一つ目は踵落としが脳天にヒットした音。
 二つ目は顔面からデスクに突っ込んだ音である。
 被害者はむろん草間。加害者はもちろんシュライン。
 まあ、いつものじゃれ合いだ。
「なあ、シュライン」
「あによ?」
「ひとつリクエストしていーか?」
 巫が笑いながら言った。
「だから、あによ?」
「スラックスじゃなくてミニスカートを履いてくれ。そしたら読者サービスに‥‥」
 浄化屋という裏の顔を持つ青年は、それ以上自説を展開することができなかった。
 シュラインに蹴られたからではない。
「‥‥‥‥」
 無言のまま、草間がこちらを見ている。
 何の表情も浮かべず。
 腕を真っ直ぐに伸ばして。
 手に握られているのは、懐から取り出したオートマチック拳銃。
 ポインターの赤い光が瞬きもせずに浄化屋の額に映っている。
「‥‥続きをいわないのか? 灰慈」
「冗句だってばよ〜」
「シュラインのパンツを見て良いのは、俺だけだ。シュラインのヌードを見て良いのも、俺だけだ。シュラインとえっちしていいのも、俺だけだ」
「せからしかっ!!」
「ぐぺっ!?」
 思いっきりハードボイルドな口調でくだらないことを言っていた怪奇探偵が、真っ赤っかになった細君にいじめられている。
 自業自得だ。きっと。
 なんだか想像を絶する光景。
 声もなく見守る柚品。
 その肩を、啓斗がぽむぽむと叩いた。
「じきに慣れるから☆」
 満面の笑み。
 それはフォローなのだろうか?
 深刻な疑問を抱く大学生であった。


 結局のところ、アクアダの購入は見送られた。
 草間などはかなり欲しがっていたが、いかんせん値段が値段である。
 三〇〇〇万円近い金額など、草間興信所が賄えるはずがない。
 それに、よしんば買えたとしても水陸両用車など使いようもない。
「振り出しに戻っちゃったわねぇ」
 皆にお茶をだしながらシュラインが言う。
 目移りもすれば、欠点も見える。
 これがいいっ! というのはなかなかないものである。
「いっそ自衛隊からジープでも払い下げてもらうとか? 頑丈だから長持ちするぞ」
 いい加減飽きてきたのか、巫が適当な意見を述べる。
「悪くないけど、冬つらそうね。あれ」
 指揮ジープはシュラインも乗ったことがある。
 富士演習場での戦いの時だ。
 あの激戦の中を駆け回って壊れなかったのだから、頑丈さは折り紙付きである。
 が、なにしろ屋根がないので冬や雨の日が厳しい。
 幌ではさすがに心許ないというものだろう。
「おおっ! みんなちょっとこれ見てくれ!」
 不意に啓斗が呼んだ。
 ディスプレイを指さしている。
「なんですか? 掘り出し物てもありましたか? 啓斗さん」
 ティーカップを持ったまま近づく柚品。
 そして彼もまた驚いた。
「日産シルビア。二〇〇一年モデル。ブラックボディ。ここまでは良いとして、この値段は‥‥」
「いくらなんだ?」
 巫の質問。
「〇.一万円です」
「‥‥‥‥」
「‥‥‥‥」
 あんぐりと口を開ける怪奇探偵と浄化屋。
 なにをどうトチ狂えば、そんな値段になるのだろう。
「えっと‥‥千円?」
 呆然と問うシュライン。
「はい」
 いっそ荘厳に、柚品が頷いた。
「怪しいっ! 怪しすぎるっ!!」
 わめく啓斗。
「ま、事故をおこした車か、曰く付きの車か、どっちかでしょうね」
 大蔵大臣は意外と冷静だった。
「でも、巫さんがいるんですから、なにか憑いていたとしても浄化できるんじゃないですか?」
 柚品の一言で、
「それだっ!!」
 草間が手を拍つ。
 考えてみれば、その手があったのだ。
「シュライン。その千円カーを押さえろ!」
「えせそうに‥‥」
 ぶつぶつ言いながらも、中古屋と連絡を取る蒼い目の美女。
「こういうことで頼られてもなぁ」
「まあまあ。俺も手伝うし」
 なんだか憤慨している巫を、啓斗が慰撫する。
 元が千円だから壊してもあんまり怒られないかもしれない。
 前科二犯の少年は、そんなことを考えていた。


  エピローグ

「かしこみかしこみ申す」
 柏手をうつ巫。
 一〇〇〇円で購入した黒のシルビアが、興信所の入っているビルの地下駐車場に鎮座ましましている。
 登録料だのなんだので、結局は三万円くらいの買い物になった。
 それでも自動車を買うという視点で考えれば無料のようなものだが。
「よーし。四体目浄化完了」
 啓斗が汗を拭う。
 さすがこの値段で売られるだけあって、すごい事になってる。
 憑いてる霊はざっと一〇体。
 これまでの持ち主が、ことごとく死んで取り憑いているのだ。
 なんというか、
「霊のデパートって感じですか?」
 くすくすと笑っている柚品。
「ま、全部祓えば、採算は黒字よね‥‥」
 なんとなく釈然としない表情で、シュラインが言った。
 怪談話に登場しそうな呪いの自動車も、草間の欲望の前に屈しようとしている。
 大昔の伝説で、強大な力を持った悪竜が人間に退治されるように。
 もしかしたら竜を退治した勇者も亭主のように強欲でケチだったのかもしれない。
 ぼーっとそんなことを考えるシュラインだった。
 春の日差しが、燦々と降りそそいでいる。
 ドライブのシーズンがやってくるのも、もうすぐだ。












                         おわり


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

0086/ シュライン・エマ /女  / 26 / 翻訳家 興信所事務員
  (しゅらいん・えま)
0554/ 守崎・啓斗    /男  / 17 / 高校生
  (もりさき・けいと)
0143/ 巫・灰慈     /男  / 26 / フリーライター 浄化屋
  (かんなぎ・はいじ)
1582/ 柚品・弧月    /男  / 22 / 大学生
  (ゆしな・こげつ)

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■         ライター通信          ■
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お待たせいたしました。
「車が欲しいっ」おとどけいたします。
これからは、このシルビアが社用車として登場します。
関東はもうドライブのシーズンでしょうねぇ。
楽しんでいただけたら幸いです。

それでは、またお会いできることを祈って。