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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


=呪いのお雛様=神城心霊便利屋事件簿:参


 3月3日の夜、神城家では家政婦の彰子が雛飾りを片付けていた。
桃の節句を過ぎても飾ったままにしておくと、
その家の女の子達は全員”行き遅れる”と言われている。
そう言ったことを信じている彰子は毎年必ずきちんと日付変更前に片付けている。
 神城家の一人娘、由紀はもう24歳。
雛人形なんて年齢ではないのだが、嫁に行くまでは飾らなくてはならないという、
これも彰子のこだわりから今年も飾っていた。

 その依頼が舞い込んだのは、今年の桃の節句から一週間後の事だった。
神城便利屋に1人の男性が訪ねてきた。
男性は婚約者の事を相談にやってきたのだが、その相談というのが…なんとも怪奇な内容だった。
「という事は行方不明という事ですか?家出とか旅行とかじゃなく?」
「まさか!5日に結婚式の予定だったんですよ!?それが4日に姿を消したんですから!」
「マリッジブルーという事もありますし…誰か友達の家にいらっしゃる可能性は…」
「調べましたよ!当たり前じゃないですかっ!探偵にだって頼みました!!
―――あ、いや…怒鳴ってすみません。僕の説明が足りませんでしたね。
警察にも行かずに…今日、わざわざこちらに来たのには理由があるんです!」
 ずれた眼鏡の位置をくいっと直しつつ、男性は徐に大きな鞄の中から木箱を取り出す。
なにやら年月を感じさせるその木箱をテーブルの上に置いた瞬間、
そこから流れてくるただならぬ気配に由紀をはじめとした式霊達の間にピリっとした空気が張り詰めた。
 そんな空気には微塵も気付かずに静かにその木箱の中から、何かを取り出す男性。
それはぱっと見れば何の変哲もない雛人形…俗に言うところの、お雛様だった。
しかし、少しでも力のある者ならソレの異常さに気付いた事だろう。
「見てくださいこの雛の顔…まるで生きているようでしょう?なんか温かい気もするくらいで。
それどころかこれ見てください。これが僕の彼女の写真なんですけど…そっくりでしょう?
この雛人形、前はこんな顔じゃなかったはずなんですけど…気味悪くってね」
 写真と雛人形を交互に指差しながら言う男性の説明をほぼ聞き流しながら、
由紀は目の前のその雛人形をただじっと見つめていた。
「僕は信じてないんですけど、彼女の祖母が、彼女がいなくなったのは雛人形の呪いだって言うんですよ。
それで、ここの便利屋に相談してみなさいって言うもんだから…来たんですけど?」
 苦笑いを浮かべつつどこかバカにしたようにそう説明する男性だったのだが、
どうにも真剣な由紀達の様子にやがてその表情を凍りつかせていった。


〓壱〓

 はじめてやってきた場所で、みなもは迷っていた。
確かに姉との待ち合わせとして指定された、彩色町のバス停で下りたのだが…
予め渡されていたメモとはどうにも周囲の風景が明らかに違っている。
 目の前には、『神城神社前』と書かれたバス停と、小高い山というか丘のような場所へ続く、
いかにも神社と言った感じの石で出来た階段だけだった。
「どうしよう…」
 みなもは不安げに瞳を揺らして、小さく呟く。
『うちに何か用か?』
 その瞬間、今まで気配すらなかった背後から声をかけられ、驚いて振り返った。
コンビニの袋を手にした、同い年くらいの活発そうな日に焼けた少年が訝しげに見つめていた。
「え、えっと…その…道に迷ってしまって…」
『道に?見せてみろよ』
みなもが手にしていたメモを、半ば強引に引っ掴んで少年はそれに目を通す。
少し態度がきついものの、どうやら道を教えてくれそうだな…とみなもはほっと安心した…のだが。
『これ、違うんじゃねえ?オレはこの辺に長く住んでるけど…見たことねえぞ?』
 そんな…と、みなもは声をあげそうになる。
しかしそれよりも先に、その少年はみなもの腕を問答無用で掴むと…その手を引いて階段へと向かった。
「あ、あのっ?」
『うちの連中だったら誰か知ってるだろうから聞いてみればいい』
「でもそこまでしていただかなくても…」
『交番は近くにはねえぜ?それに手っ取り早いんだからこいよ』
 少年はみなもの言葉に耳を貸さずに、手を引いたままで階段を駆け上って行く。
なんだか強引だな…と思いながらも…とりあえず道を聞けるのならばと大人しくついて行くことにした。
「…あなたはこの神社の住人なんですか?」
『ああ。オレは宇摩(うま)…この神社で世話んなってる式霊だ』
 人間じゃなかったの?と、みなもは少し驚いた顔で宇摩を見つめたのだった。


〓弐〓

「あら…みなも様じゃございませんか?」
「え?あ、撫子さん!」
「って、嵐ッ!?なんでおまえがここにいるんだ!?
「それはこっちのセリフだ…蓮こそ仕事中じゃないのかよ」
「おや?皆さん、お知り合いですか?」
 神城便利屋の一階にて、揃った面々は偶然にも面識のある者同士だった。
天薙・撫子(あまなぎ・なでしこ)と海原・みなも(うなばら・みなも)は友人同士であるし、
相澤・蓮(あいざわ・れん)と向坂・嵐(さきさか・あらし)は呑み友で遊び友で…いわゆる親友で。
それぞれ驚いた顔で言葉を交わし合うのを、冠城・琉人(かぶらぎ・りゅうと)が楽しそうに見つめていた。
 とりあえず、偶然の出会いの後、改めて初対面同士で自己紹介を交し合う。
そんな5人の様子をまるでじっと見つめているかのように、ひとつの雛人形が机の上にあった。
「これがその…先ほど聞いた問題のお雛様なんですね?」
「うわあ…これはまたいかにもっつーか…いや、生きてんの?まさかこれ、生きてる?」
「わたくしの見た限りでは、生きていると言うよりは生きた霊が憑依している様子ですね」
「生霊、ですか…確かにそのような感じですね」
「俺にはさっぱりだけど…とりあえず調べるんだよな?聞き込みだろ?」
 嵐は由紀に顔を向けて問い掛ける。由紀は曖昧に頷いて答えた。
仕事を頼んだ後は、その仕事の遂行に関しては当人達に任せようと言うのが由紀の考えなのである。
それは手伝ってくれる者達を信頼しているからに他ならないのだが、
時折、依頼人からは無責任に命令しているだけと取られる事もあるらしいのが少し悩みの種らしい。
「そうですね…あの、由紀さん…依頼人の方は男雛に関しては何か仰ってませんでした?」
「あ!そっか!そうだよな!普通男女ワンセットだもんな!」
「男女って言うか、なんだっけ…三人官女…だっけ?そういう他のもあるんじゃないのか?」
「依頼人の三木さんはその事については何も」
「ではやはりその…お祖母さんに聞いてみましょうか?私はそれが一番と思います」
 琉人の意見に反対する者は無く、四人は揃って頷いてすぐに多香子の実家へと向かう事にした。
今回、彼らのサポートとして、子の式霊の子々(ねね)、亥の式霊の瓜亥(うりい)、酉の式霊の翼(つばさ)、
そしてもしも何かがあった時の戦闘要員として申の式霊の焔(えん)が同行する事になった。



 三木に聞いて訪れた多香子の実家は、五人の予想に反してえらく近代的な建物だった。
雛人形だとか、呪いだとかの話をする祖母がいると言うことから、和風で古風な建造物のイメージがあったのだが、
どちら勝つと言うと最先端と言った感じのガラス張りの壁面に四角く長方形なデザインの変わった家だった。
 予め連絡を入れておいた事もあり、五人が訪ねると多香子の母親がすぐに奥の和室へと全員を通す。
撫子とみなもは、娘が行方不明になっている割には…やつれた様子も心配げな様子も無い母親がどうも気にかかった。
「よくぞいらしてくださいました…私は多香子の祖母の善美(よしみ)と申します。あなたが神城由紀さん?」
 和室に入ると、畳の上にきっちりと綺麗に正座した小柄で細身の老婦人が座って待っていた。
そして撫子を見るなり、そう声をかける。その隣には、同じように正座している三木の姿が見えた。
「あ、いえ…わたくしは天薙と申します…神城本人は現在神社の仕事にかかっておりますので…」
「そうですかそうですか…先代も先々代も不在ですからね…さあ、お座り下さい」
 喜美はほぼ人数分用意してある座布団に座るように言うと待ちかねていたのかすぐに口を開いた。
「それで、皆さんがこうしていらして下さったという事は、孫の呪いを解く方法を見つけたんですね?」
「あ、いえ…今回は詳しいお話を伺いに来ただけで…呪いという事だそうですが…」
「あら?もしかして三木さん…きちんとお話してないのかしら?」
 思いっきり眉間に深くシワを刻み込んで、明らかに不快な表情をする。
三木は「すみません!」と慌てて頭を下げると、喜美にはわからないように不満そうな視線をぶつけた。
「わたくし達の見解としまして、雛人形にはなにがしかの”生きている者の魂”が宿っているように思えます…
それが誰のものであるのかははっきりと断定致しかねておりますが…」
「初めまして、海原といいます…ですので何かご存知の事があればお伺いしたいと思って来ました」
「まったくお話差し上げてないんですか?三木さん!?どういうことかしら?」
 驚いた顔で喜美に射抜くように見つめられ、三木は方を丸くして何度も「すみません」と頭を下げる。
それを見た限り、婚約者の三木はあまり好感を持たれておらず、立場も低いらしい事が見て取れた。
「ええ…私が呪いと申し上げたことに根拠はありませんの…ただ…
3日を過ぎても雛飾りを出したままにしておくと、嫁に行き遅れるという話をご存知でしょう?
当家は代々この事を信じておりまして…今まで一度も仕舞い忘れることなど無かったんです…それがあの嫁と来たら!」
 憎らしげに呟いて、部屋の壁越しに、家に来た時に会った多香子の母がいるであろう方向を睨みつける。
「言いつけてあったのに…近所の奥さん方とカラオケに行ってたとかで…よりにもよって仕舞い忘れたんですよ!
私は友人の入院している遠方に急遽泊り掛けで行っておりまして、帰ってみればこの有り様。嫁入り直前に多香子は行方知れずに…」
 無関係だと思うなと言うには無理があるでしょう?と、喜美は告げて全員に縋るような視線を投げかけた。
「ども、相澤と申します!…と、言うことはその仕舞い忘れが原因だって思ってるわけですね?」
「ええ!きっと雛様がお怒りになったんですよ…」
「その雛様がこちらのお雛様なんですね」
 言いながら、徐に琉人がコートの下からあの木箱を取り出す。
どこに仕舞っていつの間に持ってきていたのか知らないが、一瞬、全員がぎょっとした顔で琉人を見つめた。
その箱を喜美は手にすると、大事そうに蓋を開いて中から女雛を取り出して恭しげに持ち上げる。
感じる事の出来る者達は…そこから流れてくる”気配”に神経を尖らせた。特に”呪い”や”邪気”といった類の気配に。
「きっと多香子はこの女雛様の中に閉じ込められてしまっているんです…早く助けてください!」
 そうは言うものの、はっきりとした原因がわかっているわけでもなく、五人は顔を見合わせた。
「あの、三木さんには何か心当たりはないんですか?」
「いいえ…と言うのも、僕も実は多香子がいなくなった日は仕事で海外出張してたもので…」
 済まなそうな表情で頭を掻く三木。つまりは、挙式直前まで海外出張だったという事になる。
みなもはまだ結婚だとかそういう年齢ではないのだが…例え仕事と言えども、結婚前に婚約者が不在というのはどんなに不安だっただろうと、なんとなくそう思った。
「それからもう一つ、他の…男雛とか三人官女とか五人囃子とかを見せてもらいたいんだけど?」
 嵐が気になっていた事を喜美に問う。喜美はすぐ脇にある押入れに視線を向けた。
「ではとりあえず少しこちらの家を調べさせていただきますが…宜しいですか?」
「ええ、ええ…宜しく御願いします」


〓参〓

多香子の実家では、とりあえず二手に別れる事になった。
巫女である撫子にはみなもと嵐…そしてサポートに子々と焔が、
神父である琉人に蓮と、瓜亥と翼のサポートがついて捜索を開始する事になった。
「俺ひとりの力じゃ何もできないと思うから…子々ちゃん…宜しく頼むな?」
『はい。私にできることなら何なりと』
 子々の頭にぽんと手を乗せて微笑む嵐を、子々は見上げて同じように微笑み返す。
「ではわたくし達は他の雛人形を調べて見る事に致しましょう…」
「そうですね。なにか手がかりがあるかもしれませんから」
 とりあえず何かあってはいけないと喜美には和室から退室してもらい、三人並んで押し入れの戸を開く。
綺麗に片付けられた押入れには、下段に衣類や雑貨が置いてあり上段には木箱がいくつも並んでいた。
その木箱は、あの雛人形が入れられていたのと同じ作りと年代のもののようで…。
「とりあえず開けてみるか?」
『あ、待っ…』
 木箱の一つに手を伸ばす嵐を、子々が止める。
しかし僅かに遅く、木箱を開くと同時に…一瞬にしてその場の空気が変貌した。
慌てて手を引っ込めた嵐の目の前には、まるで生きている人間のように見える…雛人形達が次々と箱からその姿を現し始めた。
「えっと…なんだかまずい事になっちゃいましたね…」
「ご安心下さい…先ほど、簡単ですが結界を貼りましたからこの和室だけはほぼ異空間のような存在です…
何かあっても喜美様や多香子様のお母様には危害は及びませんから」
 その長い黒髪の中に、結界を張ったりする為に使う”妖斬鋼糸”を忍ばせていた撫子は短い時間のうちに咄嗟に行動していたらしい。
仕事の早さに嵐とみなもが感心するのも束の間、
『危ねぇ!!』
 押入れの中から飛び出してきた”人形”がみなもに向かいその小さな刀を突き出してきたのを、焔が弾き返す。
明らかに攻撃対象とされているらしく、三人は身構えてじりっと数歩後退した。
 焔に弾かれ、壁に叩きつけられたのはいわゆる左大臣。壊れる様子もなく、床に落ちると再び立ち上がり刀を構えた。
押入れの中では右大臣や五人囃子もそれぞれ攻撃色をにじませた瞳を輝かせている。
奥まった場所にいる三人官女も…男どもが倒れたら自分達が、という雰囲気をはっきりと滲ませていた。
『我らは主を護る者…何人足りとも手出しはさせぬ』
「喋った!?今、こいつ…」
「そうですね…人形ですけど、魂が宿っているんですよ」
 さもあたりまえのように言うみなもの顔を、嵐はまじまじと見つめる。
自分より何歳も年下なのだろうが、なんとなく踏んできた場数はどうにも比にならないくらい多そうな気がした。
「わたくしは天薙と申します…危害を加える気などありません…どうか落ち着いてわたくしの話を聞いて下さい」
『我らは主を護る為に存在している…立ち去れ!』
「わかりました。すぐに立ち去ります。ですがその前に少しだけお聞かせください…
この家の娘である多香子様の居場所をご存知ありませんか?」
『我らは主の命を受けて動くのみ』
「………どうやら聞く耳持たないって感じだな…」
「できるならお話する事で解決したいのですが」
「あたしもそれを望みます…お人形さん達に危害を加えたくないですから…」
 呟くように言葉を交わし合う三人。
『立ち去れ!!』
 そこへ左大臣と右大臣が同時に刀を抜き襲い掛かる。
手で弾く事はできる上に、そう大した攻撃力は無いのだが…こちらもこちらで本気で攻撃するわけにもいかない。
何度叩き落しても立ち上がり仕掛けてくる”人形”を、ただひたすら弾くことしか出来ない。
その間も、もちろん話を聞いてもらおうと話し掛けはするのだが…聞こうとする様子は皆無だった。
「なあ子々ちゃん、確か悪霊の浄化の能力が得意とか聞いたけど…?」
『はい。確かに私は得意です…けれどそれはあくまで”悪霊”と思える者達に対してだけ…」
「そっか…人形に宿っているだけの悪意の無い魂の浄化はできないんですね?」
『そうです、みなも様』
「彼らは悪意から動いているのではなさそうですから…主の命に忠実に従っているだけ…」
「主って事は要するに…男の雛人形って事、だよな?」
「ええ、たぶん…」
「その主って奴はこの奥に居るって事か?」
『気配はあります』
「じゃあそいつをなんとか話の場に出す事はできないか?」
「確かにそれが一番の方法ですね。でも…」
 押入れの奥にいるであろう”主”を呼ぼうにも、その前には他の人形達が自らで盾を作っている。
これだけの面々がいるのだから、問答無用で突き進めば簡単に辿り着けるではあろうが…
『呼んでみるしかないんじゃねえかな』
 三人が相談している間、ひたすら防御にまわっていた焔がふと顔を向けて呟く。
攻撃も出来ない、護衛の人形とは話も出来ない、近づく事も出来ないのなら、手段は確かにそれだけしかない。
初歩的な事なのだが、三人は揃って頷いた。
「聞こえていますか?なんとお呼びすれば良いのか存じておりませんので…男雛様と呼ばせていただきます…
貴方様は貴方様の奥方様である女雛様が不在である事は心配ではないのですか?」
「あのっ…少しでいいんです、お話を聞いて下さい…多香子さんと女雛様の間になにがあったんですか?」
「部下に護衛任せて引っ込んでないで男だったら出てきて話をしようぜ」
「お願いします…少しでいいのです…貴方様に何かわたくし達に望む事があれば申してください…」
「そうですよ!あたしにできることがあれば、なんでもします!」
 みなもが力をこめて、感情に動かされるまま一歩前に進み出る。
その接近を許す隙など護衛の人形達にはなく、瞬間的にみなもへと切っ先を向けた。
「海原っ…!」
 すぐ横にいた嵐が慌ててみなもの腕を引き、その勢いのまま代わりに自分が前に出る。
小さいとはいえ、それなりに鋭い刀がその嵐の背中へと突き立てられ―――
『やめなさい』
 凛とした、年配の男性の声が響き…人形達がぴたりと動きを止める。
刀は嵐の着ていたジャケットをかすかに切り裂いているようだったが…怪我はどうやらしていなかった。
『…そなた等は我の話を聞いてくれそうに思える…』
 先ほどの声が再び聞こえ、撫子たち三人の視線は押入れの奥へと向けられる。
先ほどまで攻撃態勢を取っていた人形達は、いっせいにその場に控え…恭しく頭を下げていた。
その前を、ゆっくりとした動きで一人の…いや、一体の人形が進み出てくる。
誰もが馴染みのあるあの風貌のそれは、確かに”お内裏様”だった。
『家来が失礼をした…そこに座りなさい』
 言われるまま、三人は顔を見合わせながらその場に腰を下ろす。
焔はもしもの事を考えて、その三人の後ろに子々と並んで立ちながら様子を見る事にした。
「お話をお聞かせ願えるのですね?」
『…その代わり、我の願いを聞き届けて欲しい』
「願い…ですか?」
『後々話す…先にそなた等に話しておかねばならぬ事がある』
 静かな口調で話し始めた男雛の話は、女雛のと、そして多香子に関係する事だった。


―――それは、多香子が行方をくらました日の朝の出来事。
 21歳というまだ若くて遊びたい盛りの年齢ですでに結婚する事になった多香子。
その事は幸せだったし嬉しかった。しかし、それと同時に不安も大きく、所謂、マリッジブルーに陥ってしまっていた。
本来なら、そう言った娘は母親に相談したりできるだろうが、多香子の今の母は、本当の母親では無い。
本当の母は多香子が幼稚園児だった頃、事故で亡くなって。
多香子が中学に入ってから父親が連れてきた新しい母親なのだが、母親らしいことは何もせず、多香子にも大して興味も抱かずに遊んでばかりだった。
 もう一人、相談できそうな祖母は、多香子の婚約者の三木・和成の事を心底嫌っていた。
付き合い始めてから1年で結婚すると言う事を祖母は断固として許さなかった。
 多香子は和成を愛していた。だから、認めて欲しかった。祝って欲しかった。
ほんの一言でいい。母と祖母から「おめでとう」と言って欲しかった。
 多香子は自分の感情を表に出さない性格で、誰も彼女の内に秘めている鬱蒼とした深い森の存在には気付かなかった。
―――抱えていたのだ。色々なものを。感情を。
唯一、話せる存在であるはずの婚約者も、仕事ばかりで…結婚式前だというのに海外に出張で、多香子は孤独だった。
「ねえ、あなたは幸せ?」
 目の前にある雛壇の、一番上の雛人形を見つめながら多香子は呟いた。
「何年も何十年も何百年も…ずっと旦那の横にいて、召し使い…家族…と一緒にいて…幸せ?」
 問い掛けても返って来るはずもない、多香子はそう思っていた。
「ねえ…お願い…私を人形にして…?私を…どこかへ連れてって?出来ないならいっそ殺して…」
 本当に思いつめた顔をして、今にも自分から死んでしまいそうな顔をして…止まらない涙を拭う事もせずに。


『その時だった…我の隣にいつも微笑んで座っていた桔梗が立ち上がったのは…』
 桔梗というのは、女雛についている名前なのだろう。男雛は静かに話を続ける。
『我が見守る中、桔梗は多香子に囁きかけたのだ…”ならば、わらわと入れ替わろう”と…
多香子はその言葉に頷いた…その後、桔梗は多香子の身体を手に入れて我の元から去って行った』
 切なく瞳を揺らし、男雛が呟く。
『桔梗と入れ替わった多香子はしばらくは我の隣に座していたが…
やがて多香子の祖母がいずこかへと連れて行った…それ以来、我は二人とも見たことは無い』
「そうだったんですね…」
『桔梗は我と共にいる事が嫌だったのかもしれない…そうは思いたくは無いのだがな…
我が話せる事はそれだけだ…さあ、では我の願いを聞いてくれるか?』
「ありがとうございます。それでお願いと言うのは…」
 丁寧に頭を下げ撫子が問い掛ける。
男雛は静かに首を動かし、後ろに控えている家臣達に視線を向ける。
頭を下げていた家臣達はその視線を感じて、ただでさえ下げていた頭をさらに下げた。
『ここにいる者、皆の願いなのだ…』
 ゆっくりとかぶりを振って、男雛は撫子とみなもと嵐の三人の顔を順番に見つめ。
『……我等全ての魂を極楽に届けてほしい』
「―――!?」
『我等が魂を宿してから、もう充分すぎるほどの年月が流れていった…
もう充分なのだよ…桔梗も居ない今、我等はここに留まるつもりはない』
「それは…」
 思いがけない”願い”に、全員が驚きの表情を浮かべた…瞬間、嵐の携帯が着信音を奏でる。
ビクッと驚きに肩をふるわせる三人。
慌てて嵐が電話を取るとその相手は別行動をしていた蓮で…内容は多香子を発見したとの報告だった。


〓四〓

 五人が雛人形の依頼を受けてから、一週間ほど時間が流れていった。
個々に過ごしていた五人の元に、由紀から一通の手紙が届く。
それは神城神社で行われる神前式結婚式と披露宴の案内と、多香子から預かった招待状だった。



 それからしばらくして、神城神社で一組の恋人達が無事に挙式をあげた。
招かれた者達はみな一様に祝福をして、これからの幸せを祈った。
 花嫁である多香子の実家には、季節外れの雛飾りが今も飾られている。
優しく二人を見守る人形達の姿がそこにはあった。
「これからもずっと見守っていて欲しい…」
 それが花嫁の願いだった。
そして、その人形達の願いは花嫁が末永く幸せでいられること、だった。
 少し離れた場所から様子を見つめていた五人の元に、花嫁が花婿と共にやってきて丁寧に頭を下げる。
「まだまだ家族の事でちゃんと解決しなければならない事はあります…けれどそれは私自身が乗り越える事ですよね」
「僕も多香子の気持ちをもっと考えられるような夫になります」
「おめでとうございます…月並みですが、幸せを願っております」
 着物をきっちりと着こなして、撫子は微笑む。
「三木さん!ちゃーんと幸せにしてやらねえと人形達に刺されちまうから気をつけろよ!?」
 急いでクリーニングに出してきたスーツの蓮がからかいながら言う。
「とっても綺麗ですよ、多香子さん!…いいな…あたしもいつか…」
 どこかうっとりとした顔で頬を赤らめながらみなもは呟いた。
「えっと…俺なんかを招待してくれてどうも…」
 照れくさいのか、あまり視線を合わさずに嵐はそれだけ言って頭を下げた。
「色々と大変かと思いますが、お二人で頑張って下さいね?そうそう、美味しいお茶を用意してますからいかがですか?」
 琉人に薦められて、「いいですね」と微笑みながら移動する花嫁と花婿。
二人のこれからを祝福しようと、五人で用意したお茶とちょっとした手作りのお菓子。
ここから始まる二人の人生に幸あれ…と、五人は誰もが願いながら笑みを交し合ったのだった。



 雛人形を仕舞い忘れると嫁に行き遅れるという話は、ある意味真実ではあったのかもしれない。
確かに、最初の予定よりは遅くなったのだから。
しかしだからと言って、それが不幸な事だとか呪いなのだとか言うのは間違いなのだ。
人形に宿る魂は常に見守ってくれているのだから。



<終>


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【0328/天薙・撫子(あまなぎ・なでしこ)/18歳/女性/大学生(巫女)】
【1252/海原・みなも(うなばら・みなも)/13歳/女性/ 中学生】
【2209/冠城・琉人(かぶらぎ・りゅうと)/84歳(外見20代前半)/男性/神父(悪魔狩り)】
【2295/相澤・蓮(あいざわ・れん)/29歳/男性/しがないサラリーマン】
【2380/向坂・嵐(さきさか・あらし)/19歳/男性/バイク便ライダー】

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■         ライター通信          ■
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 こんにちわ。この度は『神城便利屋』第三回に参加いただきありがとうございました。
季節的にちょうどひな祭りの時期でしたのでそれ関係のお話にしてみたのですが楽しんでいただけましたでしょうか?
今回、皆様のプレイングを拝見して、極端に二通りのお話が生まれてきて、
どちらにするか最後の最後まで悩んだのですが…やはりハッピーエンドがいいだろうと思いまして、
ハッピーエンドなお話で展開させていただきました。
 ただその事で少し展開的に盛り上がりの無い短調な内容になってしまったのは否めません。(^^;
まだまだなライターではございますが、またどこかでお会い出来るのを楽しみにしております。

 今後も、神城便利屋のエピソードをご用意していきますので、
宜しければまたご参加いただけると嬉しいです。

>海原・みなも様
こんにちわ。こちらでは初めまして。
異界へのご参加、どうもありがとうございました<(_ _)>
初の異界参加と言う事ですが、異界の雰囲気を楽しんでいただけていたら…と思っております。
またお会い出来るのを楽しみにしております。


:::::安曇あずみ:::::

※誤字脱字の無いよう細心の注意をしておりますが、もしありましたら申し訳ありません。
※ご意見・ご感想等お待ちしております。<(_ _)>