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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


ブラッディ・バレンタイン −再夜−

●プロローグ

 ゴーストネットに次のような書き込みがあった。

***

タイトル:私、バレンタイン・デイに殺される
投稿者:NOZOMI

 こんな書き込みをしてしまってゴメンナサイ。
 迷惑かと思ったけれど、いえ、書き込んですらいけないことだけれど、どうしても自分の恐怖心に耐え切れませんでした。
 実は、私は未来予知ができます。私は2月14日に死にます。殺されます。
 決して、助けに来ないでください。
 誰もアイツを止められず、守ってあげると言ってくれたあの優しい人たちも次々とアイツに切り裂かれていって‥‥。イヤ!! やっぱり書き込んでしmうのね私――
 ビジョンの私も書き込んでたこんな風に。誰かとめて、

 それでも、それでももし希望をもっていいのなら、
 でもお願いします‥‥誰も巻き込みたくない。こないd

***

 一緒にリンク先がありつけてあり、そこには取り壊し寸前の洋館の写真と地図、そしてその夜にはこの場所にいるとの内容が付記されていた。

 この書き込みを見て真っ先に浮かんだ言葉、それは
 ――――死のバレンタイン。



●悪夢、再び


 辺りは暗闇に包まれた果てのない廊下。


 見慣れた廊下のはずなのに、出口が無く、館の外に出られない。

 大勢の人が死んでいった。

 きっとここは館の形をした牢獄なんだ。

 私はただ走り続ける。

 何も考えない。

 何も考えられない。

 廊下に大きな穴が 開いていた。うつろな瞳で無意識のうちに壁にできた、洋館の外へと開いた壁の穴を乗り越える。

 ――――あれ?

                     そこは、 吹き抜けの礼拝堂が広がっていた。

 外ではなく洋館の中に戻っている――、
 空間が捻じ曲がっているのか。私が惑っているのか。
 見慣れた礼拝堂を進み、聖母像の前に立つ。

           目の前にあるのは  等身大の鏡。

 鏡に映っている、鮮血に染まった槍を持ち、不気味で、可憐な微笑みをむける私の姿――。

 私じゃない。

                      これは  こんなの私じゃない。


紅色の穂先が向けられた。

鏡の向こうで 槍を持った自分に、
                     私の胸は   貫かれていた。

 ‥‥。

 ‥。


 令嬢は跳ねるように飛び起きた。そこはいつものベッドの上だ。
「――――また、あの夢か」
 見渡せば、いつもの少し古めかしいが自分好みに模様替えされた部屋。いつものようにネグリジェを着て、いつものように一人で寝るには大きすぎるベッドの上で上半身を起こしている。
 ――――いつものように、自分たちの殺されるという『悪夢』で目を覚まして。
                                 紅い世界。鮮血の飛沫。殺されていくヤサシイ人タチ。
 自分でも気がつかなかったのか息が激しく乱れて、白く真新しいシーツを千切り取らんばかりに強く握り締めていた。全身も寝汗で濡れている。
 でも、これもいつものこと。決して慣れる事のない無限の悪夢という、また繰り返される私の狂った日常の一部に過ぎないのだ。
 たった一人自分にしかわからない、無貌の牢獄。
 チッチッチッ。
 時計の音が鳴っている。
 チッチッチッ、チッチッチッ。
 枕元に置かれた時計に目を向けると日時表示は2月13日を示していた。ふわりと揺れたカーテンの隙間からはまばゆい朝日が差し込んでいて。柔らかで、何もかもを優しく包み込んでくれるような光。それでも私の時間は止まったまま。
 思わずシーツに顔を埋めた。
「だれか、たすけて・・・・」
 消えるような声で呟くと、声を押し殺しながら嗚咽を上げた。

                            ○


「なんだ、この書き込み・・・・あの時の夢と同じ・・・・何なんだ!?」
 不城 鋼(ふじょう・はがね) はパソコンのディスプレイに釘付けになった。
 以前に鋼は不思議な夢を見ていた。
 ――――助けを求める書き込みに導かれて訪れた古めかしい洋館で、バレンタインデイの夜に自分が殺されてしまうという生々しい悪夢を。
 助けたかった令嬢も、彼女を助けようとした仲間たちも次々と切り裂かれ、貫かれて、鮮血の海に沈んでいった。

 ――あの忌まわしい闇――。

 ――呪われた紅夜――。

 だが、こうして自分は生きている。だからあれは夢だと思った。
 いや、思い込もうとしただけだ。
「・・・・まさか、あれは夢じゃないっていうのかよ」
 見なかったことにすればいい。もう、関わるな。あれは惨劇だ。終わらない悪夢だ。俺が行っても行かなくても、誰も救われない話。
「――――だが、それでも」
 鋼の足はあの洋館へと向かっていた。
「ああ、そうさ。俺は真実を掴まなくてはいけないからな」


 書き写した地図通りにその場所を訪れると、写真とそっくりそのままの今にも崩れ落ちそうな洋館があった。
 周辺はうっそうとした森に囲まれて暗く陰鬱な雰囲気で、何羽もの数え切れない黒い烏が澱んだ空を飛んでいる。
 まるで巨大な墓所を思わせる館。

 ただ呆然として公立高校2年生ミステリー同好会の 榊杜 夏生(さかきもり・なつき) は赤錆びた門を見上げた。
「――――あたし、夢で同じのを見た!」
 数瞬遅れで驚きの声をあげると周囲をもう一度念入りに見渡す。よし、異常なし。
 こんなにも面白そうな事件に黙っていられるわけがない――と掲示板を見てやってきた彼女だが、それは夢の中での話だったはず。
 そう。夏生は助けを求める掲示板の書き込みを見て、好奇心からその館を訪れて、予告の夜に惨劇を体験した――という夢を見たのだ。

 ――――でもユメじゃなかった――――。

 夢でしかなかったはずの掲示板の書き込みとまったく同じ書き込みをネット上で見つけた。夢の中での記憶でしかなかったはずのあの忌まわしい書き込みを。
「あれは‥‥予知夢なの? そうすると当然この後って‥‥」
 鍵が壊れて半開きになっていた門から恐る恐る中に入る。蔦の絡まった大きな正面扉は、まるで暗黒を閉じ込めた封印のようだ。
 夏生が手をかける前に、扉はギィッと鳴り自分から開いた。
 中から伸びる白い手。
「‥‥来てしまったのね。やはり‥‥」
 扉の奥から現れた白い服の少女は、清楚な令嬢といった雰囲気を漂わせていた。亜麻色のやわらかい髪が揺れている。
 夢の中で見た通りの姿で――――。
「キミがNOZOMIさん? あたし、あの掲示板の書き込みて来ちゃったんだけど」
 まるで自分の声が、用意された脚本を読み上げているように聞こえた。
 でもそれじゃいけない。
「ええ、そう。私は‥‥」
「わかってる。羽見 望(はねみ・のぞみ)さんでしょ?」
 令嬢――望は一瞬だけ困惑するが、また来た人なのね、と冷たい表情で答えた。
「榊杜夏生。あたしが見た夢の話だけど、聞いてくれないかな」


 2月14日は、無事何事もなく訪れた。
 豪奢な調度品で飾られた大広間に通された 尾神 七重(おがみ・ななえ) はソファに深々と腰掛けた姿に目をとめる。
 女性のような容姿をしたガクラン姿の少年だ。
「――あなたも『また』来ていたのですね」
「ああ、逃げるなんて言葉は知らないからな。俺がこの悪夢を終わらせてやるよ」
 銀髪赤眼の少年に 不城 鋼(ふじょう・はがね) は不敵に答えるとテーブルの向こう側に座った夏生に夢琴 香奈天(ゆめこと・かなで)を親指の腹で指差した。
「――それに『また』来たのは俺だけじゃないしな」
「やっほー。また会っちゃったね〜」
「こんにちは。ここまでくるとご縁、というよりも腐れ縁かしら」
 七重は頭痛を抑えるように額に手を当て、やれやれと頭を振った。
「‥‥僕もあなたと同意見ですよ。再挑戦するつもりです。‥‥正直このまま引き下がるのでは悔しいですから」
「ふふ。ということは勝算でもあるのかしら?」
 わざと挑発する香奈天に、七重は微笑で返した。
「もちろん。計画的に建てられた洋館らしいので、設計者の意図がわかればこの生贄の結界を打ち破る方法も見つかるのでは、と思います」
 残っていた夢の記憶から洋館の不動産登記や設計者の人となり、どんな種類の神秘主義に傾倒していたかなどを調べて来ていた七重は、その収集してきた情報を披露した。

 館の設計者は、望の父親である羽見英一(はねみ・えいいち)。
 いくつもの会社を所有していた富豪の家系に生まれ本人も才覚ある経営者だったようだが、この洋館はそんな彼自身により造られたのだそうだ。
 彼に知人たちの話によると栄一氏自身、欧州文化に造詣が深く歴史や神話伝承の類、文明論にも詳しかったらしい。詳しくは語らなかったそうだが、錬金術や魔術など裏の歴史にも精通していたようだ。
 栄一氏は彼の友人に漏らした話があった。この館は、欧州のとある地方で手に入れたある物を納めておく器なのだ、と。

「そのあるものって、まさか望さん‥‥?」
「さあ、それはなんとも。酒の席にわずかばかり漏らされた妄言、らしいですからね。真相は不明ですよ――それにしても、あの夢が現実だとして、前の夢と比べて人数が少ないみたいだけど」
 案内をしてくれた望に向き直った七重だが、望からの返答は突き放すような冷たい口調だった。
「――それが普通よ。この繰り返される時間に訪れる人たちは常に同じというわけではないから。あんな目に遭って、またこの洋館を訪れるあなた方がどうかしているだけ」
「つまり、僕たちは歓迎されない客でしたか」
「そうね‥‥これだけは言えるわ。私の夢の記憶は曖昧で、だけれど‥‥誰が何回きてくれても結果は一緒、これまでずっと何も変わらなかった‥‥ただ犠牲者と恐怖が続いていくだけ‥‥そんな絶望の夜を私はずっと繰り返し続けてきたのよ」
 まるで、またこの洋館に来たことを責めるような瞳ですらある。
 望の態度に反応したのは鋼だった。
「助けを求めてきたのはそっちじゃないのか? その言い草はないだろ」
「夢での話は確かに聞いたわ。これから何が起こるのか、私が覚えていないようなことまでを詳細に。ですが、それはこれから起こる未来が変わらないというだけのことではありませんか」
「望、どうしたんだ? 今回はやけにナーバスだな‥‥」
「そう? 今回、ね――」
 望は自嘲気味に苦笑する。
 話の流れから、どうやら鋼や夏生は早めに洋館に来て、様々な調査や夢の話を望に聞かせていたことを察した七重だが、ふと納得するように一人頷いた。
「望さんの気持ちがほんの少しわかったような‥‥気がします」
「気持ちか? 気持ちって何だよ」
「‥‥僕もこのここに来る前に出来るだけこの洋館や羽見家について調べてきたのですが、夢で見たことが現実とつながればつながるほど不安な気持ちが募ったものです。これから起こる出来事に対処しようとするなら、その内容を深く吟味し、検証していくことになります。それはつまり、夢が現実であったことを検証作業――惨劇の発生を確信していく作業でもあるんです」
 夢が現実であることを確認する行為は、そのまま望にとっては自身が死に近づいている確認作業でもある。
 そんな気持ちはわからない。誰にも解りようがない――。
 繰り返される死が実感へと近づいていく心境など、どう理解すればいいのだろうか。
「――ごめんなさい。私、頭ではみなさんの善意を解っているつもり、だけれど‥‥」
 重い空気が部屋を支配した。
 カチャ。
 その時、音もなく大広間の扉が開かれた。
 姿を現したのは青い外套を身にまとった少年。

「――――問おう。君の望みは生か死か?」

 部屋に入ってくるまで誰もその存在を感じられなかった。静かに立ち上がると望が少年に訊ねた。
「あなたは‥‥どなたですか?」
「 時 守(とき・まもり) ――と呼んでもらおうか。殺さない事‥‥六千年そうでした。この時代に帰れるその日まで。故に『守』とは、偽名であり生き方の名前でもある」
 守は音もなく部屋に入る。
「君の声に導かれてここに来た」
「――私の、声?」
「そう、ネットで書き込んだ君の悲痛な声だ――声は生を望んでいたように思えた。それが本当ならこの手をとれ」
 求める人の前に姿が見え、約束をかわすと実体化し、終わると消えてしまう――約束をした間だけ実体化する奇妙な亡霊。
 それが私だ、と言い守は皮肉げな笑みを浮かべる。
「私のことは気にするな。君が無ければ此処にはいられない。‥‥道具と思えば気も楽だろう」
 望は、守の前に立った。
「私は――――生きたい」
 そう言って祈るように差し出された彼の手を握りしめた。


●紅い夜

   覚えていることがある。
   それはあたたかい手の温もり。母なのか、父なのか。
   ‥‥私は、いつから一人だったのだろう。

「どうしたの? ぼーとしてたけど、何か気がついちゃった感じ?」
 そこは洋館の二階にある書斎だ。本や書簡を漁りながら夏生がむーとにらみつけている。いや心配してくれているのだろう。
 ざっと見た感じでは、外観の寂れた様子と比べて洋館の中は意外ときれいで、それはこの書斎も同様だ。
「ん〜、屋敷にまつわるいわれみたいなものがないか、ご両親の残した日記みたいなものが残ってないか思い出してくれれば何か解決の糸口が見つかるかもしれないのにね」
「それでしたら、私の両親が亡くなり――」
「あ、それ知ってるから。五周忌の今日2月14日まで洋館を離れられないんだよね、望さん。それ以外で」
「‥‥そうですか」
 望は納得いかない表情を浮かべる。未来が共有されているというのは――案外、面倒なのかもしれない。
「何か決定打がほしいですね。この館と望さんの能力についての謎を解き明かすような有力な情報が――ここでめぼしい発見がない場合は、早急に大聖堂の方へ合流しますから。祭壇に何かがあることだけは確かですので」
 本棚を調べながら七重が促す。夜は全員で洋館の中心で貫くように存在する吹き抜けの大聖堂で敵を迎えよう――それが一致した意見だった。『アイツ』の正体が判然としない以上、直接対決する場合は相手の懐に飛び込むという意味で聖堂を決戦の場に選んでいたのだ。
「祭壇?」
 不思議そうな顔で守が七重に訊ねた。
「そうです。館の見取り図を見てもらえると分かりますが、この洋館自体が魔術的な生贄の儀式を執り行う結界になっているんです。その機能を果たしている重要な場所が、館の中心にある大聖堂――そこが生贄を捧げる聖なる祭壇です」
 見た目はただの洋館にすぎないが、中央の礼拝堂を中心にした儀式を執り行う場になっている。
 各部屋の配置比率となる数字に神秘数が使われていたり、方位に対してもきわめて霊的な配慮が見て取れる。
「その生贄が‥‥」
「言いにくいことだけど、望さん、だと思われます」
 一瞬、体を固めた望の肩をぽんぽんと夏生と叩いた。
「夢の中では気の早いせいで予告日前に来ちゃったけれど、今日は違うんだよ。今夜への対策に1日早く来て、夢で得た体験や知識からいろんなことも出来るだけ事前に調べているんだしさ。だから、きっと大丈夫だよ」
「‥‥夏生さんは前向きなのね」
「そうだよ。だって前を向いてないと、前に進めないでしょ?」
 さも当たり前のように言われて逆に戸惑う望だが、時計を見て七重が呟いた。
「しかし、拙いですね。思ったよりも時間がありません。守さん、望さんを大聖堂まで連れて行ってもらえませんか。僕たちもすぐに行きますから」
「‥‥ああ、引き受けよう」
 もうすぐ夜がやってくる。
 望のガードを守に任せて夏生と七重はぎりぎりまで書斎の調査を続ける。
 七重がポツリと呟いた。
「さっきの言葉ですが、夏生さんは怖くはないのですか? もしも、今度も惨劇が繰り返されたとして、もう一度僕たちの時間が戻される保障はないのに」
「うん、それも考えたけど一応準備は万全だからね。あたしだってネットやミステリ研のOBの先輩達の情報網を使っていろいろと調べてきたんだから。小さいけれど天使の瞳研究のサイトもあったし先輩も――あ、そうだ」
 と、自分で話しながら夏生は何かを思い出したようだ。
「そういえば、天使の瞳への指摘で気になることがあったよ。望さんは自分の力を『予知のビジョン』と表現していたけれど、今となってはそれはどうだろうって」
 そういうことか、と七重も気がついた。望の能力が未来を見ているのならば、何度も同じ夜を繰り返している、という説明は間違っている。現実を繰り返していることを予知だというには無理があるはずだが、しかし望は「前回は」未来のビジョンだと表現していた。「今回は」無限に繰り返している夜を自覚している。ある瞬間を境に『未来を視る能力』が『現実を繰り返す能力』に変わっているというパラドクス。
「先輩によるとさ、これって能力の中身が変わったんじゃなくて、能力を理解するあたしたち自身の側に認識が変わった原因があるんじゃないかとかなんとか‥‥う〜、難しいことを言われちゃったよー。何よそれーて月に向かって叫びたいかんじ」
「つまり、僕たちは彼女の能力を本当の意味でまだわかっていない、ということでしょう。能力の起こしている現象の一面は体験していても、それを正しく説明できる理解をしていないので、正しい解釈ができないでいる――」
 夏生の言葉に七重は何かを猛烈に考えている。
「解釈って、そんなこと言われたらこの事件についてだって何もわかってないよ、あたしたち。天使の瞳や館の生贄なんて1日やそこらじゃ調べ切れないって」
「そうか、それです――」
 突然に鋭い語気で指摘されて夏生は逆に驚いた。思わず積み上げられた本を崩してしまうが、構わず七重は話を続けた。
「今回の事件は、つまり二つの怪異が――異なる二つの怪奇現象が同時に起こっているんです。『生贄の館』という魔術儀式と『天使の瞳』という能力を――同一の事件と考えるから訳が分からなくなってしまう。つまりは別々に進行されていた事件。生贄を捧げる洋館があった、という事件と、望さんに天使の瞳という未知の力が発現した、というまた別の事件が同時に起こってしまったために引き起こされた怪異現象――別々の独立した解釈を並列させることによってはじめて事件の真相が見えてくる、そういう類の事件なんです」
 感心する夏生は、崩れた本の向こうの壁に隠された小棚を見つけた。棚の中には数冊の古びたノートが入っていた。
 ‥‥フィアルーンの魔槍、と書かれたノートが‥‥。


 吹き抜けの礼拝堂で、鋼はあるものを探していた。
「あの槍だ‥‥あれはきっとここにある」
 館の中心はこの大聖堂であり、さらに聖堂の中心、正面に立つ聖母像が見守るこの壇上。まさに祭壇だな、と鋼は思った。
「‥‥あの、何か見つかりましたか?」
 扉の開く音と同時に聞こえた声に振り返ると、入り口から望と、彼女の影のように青い外套姿の守がそこにあった。
「隠されたものとか、魔術に関する何かならさっぱりだな。‥‥それよりもそろそろだから気をつけてくれよな」
 夜、そう。最早、謎の切り裂きの怪異が現れてもおかしくない時刻。
 聖堂内は恐ろしいくらいに静寂が支配していてまるで世界から切り離されてしまったようにすら感じられた。
 鋭い殺気に鋼は体を捻った。すぐ脇を白銀に光る閃光が走る。圧倒的な存在感をまとわせた槍――。
 振り返ったすぐ真後ろに不気味な人影を確認した瞬間、鋼は全力で跳躍し距離をとった。
「来たか、望――!!」
 鋼の叫びより早く槍を持った人影は望に向かって失踪した。
 何メートルという距離を一瞬で0にして令嬢に槍が突き立てられようとした瞬間、乾いた金属音が聖堂中を響き渡った。
「‥‥躯は鋼に‥‥」
 守の力で鋼に変えられた望が彫像のように立っている。それに通らない槍を突き立てているもう一人の望――望の姿をした何か。
「敵は館の中にいたわけか‥‥」
 存在に対して言い聞かせることで変化させる『変成』の力により洋館の外壁に『魔を通すな』という命を与えていた守だが、中に敵がいたことでこの出現に納得する。
 鋼がゆっくりと長い槍を構え直している人影へと歩み寄った。
「さて、これで初めましての御対面だな――っと!」
 特殊な歩法による高速移動で間合いをつめて鋼は正面に立った望の映し身へと攻撃を放つ。
 前回の夢のこともあり様子を見るつもりだったが、やめた。敵が目の前にいるのならば、戦うだけだ。
 瞬間、耳をつんざくような高域音と共に望の姿がぶれ、よく見知った姿になる――朝に鏡などを覗き込んだ時に出会う見知った顔、自分自身の姿に。
「面白いことやってくれるじゃないかよ!」
 自分と同等、いやそれ以上とも思える力を返してくる相手に対して「倒す」のではなく「殺す」つもりで渾身の攻撃を繰り出す鋼。
 だが、槍の動きが突然停止し、その隙に鋼の拳が見事に決まった。吹っ飛んでいくもう一人の鋼。
「――ありがとよ。だが自分を殴り飛ばすっていい気しないな」
 鋼の映し身は手足が鉱物に変換させられていた。守の能力による現象だ。起き上がろうとする映し身に近づくと。守はただ一言、耳元で囁く。

「――――君の闇眠れ」

 絶叫を上げて影と化していく映し身は、その最後の力を振り絞り鉱物化した体で魔槍をステンドグラスへと投げつけた。一筋の光条となり闇空へと槍が消えていき、同時に映し身は完全な影となり霧散し、消滅した。
「みんな、無事!?」
「‥‥無事、のようですね」
 遅れて駆けつけた夏生と七重に鋼が苦笑した。
「ああ、終わったよ。にしても結局今回の騒ぎは一体何だったんだろうな」
「ここで行われている生贄の儀式は、『今夜に行われる』んじゃなくて『今夜まで捧げられ続けていた』という解釈が正しいんだよ」
 鋼に向けて夏生が複雑な表情を向ける。
「望さんがこの洋館に居続けることで封印の力を供給し、今夜で儀式は完成して望さんも自由の身になるはずだった。でも、そうはならなかった‥‥」
「――そうは、ならなかった?」
「そう。あたしたち、能力者という別の生贄が来てしまったから」
 封印を完成させるための結界に対する捧げられた巫女が望だとしたら、封印を破ろうと力を求める魔槍の格好の生贄となるのが能力者たち。
「その切っ掛けになったのが、偶然による天使の瞳への覚醒‥‥か?」
「そんなことじゃないんですッ」
 噴出したような望の叫び声に全員が振り返った。
「‥‥ごめんなさい、でも、これだけ入っておかないと――」
 元の姿に戻った望はどこも見ていない。見ているとすればそれは聖母像か。
 ‥‥私、時間に閉ざされていました。何度も何度も繰り返される夜。とても怖かった。助けを求めても来てくれたやさしい人たちもみんな切り裂かれて傷ついていく。それでも私は、自分の恐怖に負けて、いつも助けを求めてしまう――。
「――――私は、罪人なんです」
 それは望の心からの懺悔なのだろう。
 紅い夜が終わる。

 そう、紅い夜はようやく終わりを告げたのだ。



●季節 〜エピローグ

 2月14日から一ヶ月ほどの時間が流れた。

 不城 鋼は望の洋館を訪れていた。
 赤錆びた門も蔦の絡まった壁面も何も変わらないのに、明らかに空気は春のあたたかさで満ちている。
 過ぎ去った夜を思い出しながら白いカードを取り出した。
 ――――羽見望から届いた1枚の招待状。
 春の風に導かれるまま鋼は門を潜って広い庭を歩く。この洋館の庭はこんなにも広かったのか、といまさらながらに思う。
 さて、この角を曲がると招待状で指定されている中庭のはずだけど。角の向こう側に広い視界が開ける・・・・。

 そこには、満開に咲いた桜の樹があった。

「こっち、こっちです――!」
 あの大人しい望が人目をはばからずに大きく手を振っている。はじめて出会った時と同じ白い服を着ながら。
 一面を桜色に染め上げる桜吹雪。
 桜の下のは、望以外にもあの夜を共にした仲間たちが待っている。
 澄み渡る空を淡い雪のように舞い散る桜のはなびら。
 改めて実感した。
 あの夜、赤い惨劇を繰り返し続けてきた館は、もはや消え去ったのだ。



 もう、この館で時間が止まることはない。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【0017/榊杜・夏生/女性/16歳/高校生/さかきもり・なつき】
【0623/時・守/男性/17歳/実体を持つ亡霊?/とき・まもり】
【2239/不城・鋼/男性/17歳/元総番(現在普通の高校生)/ふじょう・はがね】
【2557/尾神・七重/男性/14歳/中学生/おがみ・ななえ】

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、雛川 遊です。
 またもや執筆が遅れてしまい申し訳ありませんでした;;
 世間は入学式だというのにバレンタインデイ――季節のイベントは特に時間の移ろいを感じさせてくれますね。きっと東京怪談のキャラクターたちはお花見を楽しんでいる季節でしょうか。でもお酒は二十歳になってからですよ。禁止を破る楽しみは禁止されている間だけ――なんて不謹慎なことを考えてはなりません。こほん。
 あらためて、シナリオにご参加いただきありがとうございました。
 前夜との兼ね合いで関連の描写が増えてしまいましたが、そのためか謎解きの詰め込み風味が強くなってしまったような――(汗)
 「天使の瞳」については次回シナリオ「龍の縛鎖」に引き継がれます。ですが今回の繰り返される赤い夜という事件については無事解決ですので。ご安心してネット巡りを楽しんでください。
 ‥‥でも怪しいサイトほど覗いてみたくなるのはどういうわけでしょうね。
 また、今回の情報も異界の受注用個室にてアップしていく予定です。例の如く更新が遅れるかもしれませんが‥‥がんばるです。
 それでは、あなたに剣と翼の導きがあらんことを祈りつつ。


>不城鋼さん
 こんにちは。前夜からのご参加ありがとうございました。
 前作と読み比べてみるといろいろ面白いかも‥‥でも粗探しはお奨めしません〜(汗) 香奈天も裏で活躍してますよ。きっと。ええしているんですっ!(ぎゃふん)