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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>


夢追い葛篭に巣食うもの

------<オープニング>--------------------------------------

 母の形見なんです。
 そう言って細くしなやかな色白の女は、持って来た葛篭をそぅっと撫でた。長く鋭い爪を立てないように、指の腹で労わるようにして、何度か。
 それから蓮に向き直って、小さなバッグから長細い封筒を取り出すと、机の上を滑らせた。
「売りに来たわけでも買いに来たわけでもございません。ただ、これを修理していただきとう存じます」
 蓮は女の前で無遠慮に封筒の中身を確かめた。中には一万円札が、ざっと百枚は入っている。蓮は煙管を咥えたまま口角を上げて笑んだ。
「もちろん、これが“そういう”意味での修理なんだとしたら、引き受けないこともない」
 曖昧に言葉を濁して蓮は席を立った。葛篭は見たところ痛んではいないし、第一痛んでいたとしても、こんなものをここで直せるはずがない。つまり修理というのは、そういう意味のことなのだ。
 女は黙って煙管を吹かしている蓮に、新たに財布から出した金を幾許か差し出した。折り目のいっていないピン札は、何の躊躇いもなく蓮に向かって伸びている。神妙な面持ちをした女が滑稽に思えて、蓮は笑いを堪えるのに苦労した。
「……わかった。それで、その葛篭には一体どんな傷があるんだい?」
 引き受けて貰えたと知り、女は安堵の息を漏らし、肩の力を抜いた。
「この葛篭は以前は“夢追い葛篭”と呼ばれていたんですけれど」
 ――夢追い葛篭。女の説明に寄ると、この中に入れていた着物を寝る前に着ると、よい夢が見られる、ということだった。そして夢は必ず現になるのだ、とも。
 それが女の母親が亡くなり、それが女の手許にやってきてしばらくすると、よい夢は悪夢になり、それが必ず現実に起こるようになったのだという。悪夢に切り替わったことに心当たりはなく、とにかく一刻も早くこの事態をなんとかして欲しい、と女は言って、店を出ていった。
「夢追い葛篭、ねぇ」
 蓮は女が支払っていった修理代を横目で見て、葛篭を開けた。中には薄手の浴衣が何枚か綺麗に畳んで入れてあった。恐らく女が用意したのだろう、男物も女物も揃っている。
「随分いい夢が見られるみたいじゃないか」
 蓮はくくっと喉の奥で笑うと、自分の代わりに修理できそうな人物を思い浮かべていった。


------<本文>--------------------------------------

 座敷の方に通された男女3人は、蓮が持って来た葛篭を見て話を止めた。葛篭は見たところ何の変哲もないように見えるが、見る者が見ると微かに薄紫の気を帯びているように見える。
「そう言えば、その方の亡くなられたお母さんは、何か他に残していた物とかはないんですか?」
 凪砂がそう尋ねると、蓮はさあね、と肩を竦めた。
「どうも家族には内緒で来てるみたいだったよ。お宅訪問は諦めな」
 さも面倒臭そうに煙草を吹かし始めた蓮に、凪砂は諦めの溜息を吐いて、再び葛篭に向かった。
 男性2人は既に葛篭を開けて中の物を探っているところだった。といっても中身は全部浴衣で、色や柄はばらばらだが手触りからしてどれも上質の絹で出来ているようだ。そしてそのほとんどが伝統的な藍染めのものだった。
「これ着て寝てみなきゃ始まんねぇってことか」
 萌黄色の浴衣を肩にかけ、嵐が言った。浴衣を選ぶと着ている服の上から羽織り、そのまま無造作に帯を結んだ彼は早くしてくれ、というような目で残る二人を見遣る。それから柱に凭れかかり、腕を組んで軽く目を閉じてしまった。
 そういえばただの客間として設計されているこの座敷は、6畳ほどの広さしかなく、葛篭を中央に持って来て中の浴衣を出している今、この部屋に3組もの布団を並べる余裕はない。用意されている布団は今、3組とも部屋の隅に折り畳んで重ねてある状態だ。
 続いて由代が紺色の浴衣と肌襦袢と裾除けを手に、一旦座敷を出て行った。どうやら彼はちゃんと浴衣を着て来るつもりらしい。まあ彼はきっちりと濃いグレーのスーツを着こんでいたため、当然だったが。
 嵐が薄目を開けてちらりと凪砂を見、それで凪砂は慌てて目に映った水浅葱の浴衣を持って、蓮と共に奥の部屋へと向かう。
 一人残った嵐は文句を言いながらも散らかったままの葛篭と浴衣を片付け、自分の分の布団を部屋の隅に敷き、一足先に眠りに就くのだった。

 横になると同時に凄まじい睡魔に襲われて驚いた。まだ昼間だということから眠りに就くまでに時間が居るかな、と思っていたが、これも葛篭の魔力か何かなのだろうか。
 だが、深く思索する間も与えず睡魔は嵐の意識を飲み込んでいった。



 そこは目を開けたのかどうかもわからないほどの、暗い世界だった。
 いっそ黒いと言った方がいいかもしれない。闇の中では自分の姿を確認する事もままならず、握り締めた掌だけが自分がここに存在するのだということを主張している。いっそ、それさえ感じなかった方が楽かも知れなかったが。
「またか……」
 呟いて、その声が思いの外反響したことに驚いた。これが夢だと頭の隅では強く警告が出されているのに、気付けない。意識は今いるこの空間に捕われて、ただ光を渇望してしまう。
 とそこで、いつもとは違う展開に陥った。光が現れたのだ。少し遠く、そして1人の女性と共に。
 その女性の姿を認識して、嵐は息を飲んだ。
「母さん……」
 呼ばれて、女性はにこりと微笑む。残酷な笑み。幼い頃に見たのと同じ。
 手を振り上げられて、咄嗟に身構えた。頭上にやった腕の隙間から見える母親の顔。屈み込んでいる自分に気付いた。
「嘘だ……これは夢だ」
 目を閉じて、嵐は呟く。母親の動きがぴたりと止まるのを感じた。
「あんたは、死んだ」
 目を開く。もう母親の姿はない。元の暗闇がやがて崩壊し始め――

 世界が、開けた。



 その先には残りの2人が待っていた。悪夢のあとだからだろうか、表情は苦い。
 開けた後の世界は、葛篭を取り巻いていた薄紫の空気が蔓延していた。暗くはないが薄ら寒い光景だ。足元には僅かにではあるが水が流れている。裸足の足をそれは纏わりつくように撫でていった。
 遠近感の取り難い空間に不意に火が灯った。かと思うとそれは小さな鬼の姿をとって3人に襲いかかって来る。
「な、んだってんだ!」
 言いざまに嵐が上段蹴りを繰り出すと、子鬼はいとも簡単に霧散した。拍子抜けしたのも束の間、空間には次々と火が浮かび、鬼となって襲い来る。だがそれはどれも然程の力を持ってはおらず、手応えを感じない。
「どうも本体は他にあるみたいだね」
 すっと伸ばした2本の指先で、宙に絵文字を綴りながら由代が言った。声にあまり緊迫感はなく、文字を綴るために振り動かされる腕の動きといい、傍から見ると楽しんでいるようにしか思えない。だがその動きのあとに出てくるこれまた小さな火の鼠は、何もない虚空を走り回り、その火の体に子鬼を取り込んでは浄化し、一定の大きさになると自身も煙のように消えてなくなるのだった。
「どこに根源があるんでしょうね……」
 凪砂が溜息を吐く。彼女は今右腕だけをフェンリルの力を持つ狼のものに変化させ、子鬼に次々と触れて行ってはそれを消し去っていた。彼女の内なる魔狼・フェンリルは、物足りないと言った風に右腕をしならせる。それに伴った風圧で、近くにいた子鬼は粗方消し飛んでしまった。

「水源には魔が巣食う物なんですよ」
 屈んで、足元を流れる水と思しきものを掬い上げながら由代が呟いた。怪談話は水場で起こるものが多いでしょう?と問い掛ける。
「つまり、この水の流れに逆らっていけば……?」
「憶測に過ぎませんが」
 尋ねた凪砂に、由代は柔らかい口調で返した。曖昧だがほぼ確信を得た響きに、凪砂は相手に合わせて屈めた身を起こし、立ち上がる。
 視線の先では、既に嵐が水源に向かって歩いているところだった。彼は2人の目が自分に向いていることに気が付くと、不敵に笑って声を張り上げた。
「行ってみなきゃ始まんねぇだろ!?」
 確かにその通りだったので、凪砂と由代は顔を見合わせて苦笑した。



 由代の推測ははずれていなかったようで、水の流れに逆らって進めば進むほど周囲の空気は重苦しさを増し、不穏になっていく。ここへ来るまでに散々相手をさせられた子鬼の類も徐々に数を減らし始め、今は目の届く範囲には出てこなくなっていた。けれども3人は緊張を解かず四方に気を配りながら歩いていく。
 その後前方に大きな焔が浮き立ったかと思うと、それは餓鬼の形となり、3人に対峙した。鬼は痩せ細った腕で苦しそうに頭を抱えうめいている。その姿に3人が攻撃を躊躇していると、それは口元に笑みを浮かべ、猛スピードで攻撃をしかけてきた。
「…っぶねぇ!」
 反射的に凪砂の前に出た由代の更に前に嵐が出で、鋭い蹴りでそれを退けた。実戦による勘と反射神経の為せる技だがヒットする前に横に反れた鬼はさほどのダメージを受けていない。飛び退ったままにまた空間に溶けこんだ鬼に、3人は背中を合わせる陣形を取り、反撃に備えた。
 どこからともなく、鬼の声が聞こえる。
「私のねぐらを荒らすのか……!ここに巣食う悪し物は放って置けば霧散されるというから住み付いたのに……」
 それを聞いて3人は顔を見合わせた。鬼は、消えたがっているのか――?
「もう何もしませんから、少し出てきて貰えませんか?話を」
 凪砂の呼びかけに答えて、鬼は彼女の前に姿を現した。由代と嵐もそちらへ向き直り、酷く頼りなげな鬼の姿を見つめる。
 鬼は、落ち窪んだ目でじぃっと自分の足元を見つめていた。
「渇きと飢えは辛い……私はもう解放されたい」
 随分弱々しい声は、注意して耳を欹てていないと聞き取れないぐらいの大きさだった。疲れが滲み、それが切実な願いなのだということを、聞く者に訴え掛けるような声だ。
「どうもこの葛篭は、中に入れた物の悪い部分を取り除いて溜める力があるみたいですね。しかも定期的にそれらは霧散される――」
「だが彼が外側から直接葛篭の裏側まで入って来たことにより、少々問題が生じたようだね」
 頷き合う凪砂と由代を交互に見て、鬼は困惑した。そこへ嵐がずいっと前に出て言う。
「つまり、だ。あんたは俺らが直接消してやる。そうすりゃ葛篭も元に戻るだろうし、一石二鳥ってこったな」
 安心した様子を浮かべた鬼の前に凪砂が立ち、その黒い気を帯びた右腕をそっとそれに向かって伸ばした。
 鬼は、一瞬にして影に食われ、跡形もなく消滅した。



 目が覚めると木目の天井があった。夢の中の名残か、微妙に遠近感を掴めずにいる。ゆっくりと身を起こすと、残る2人も同じように額を押さえているところだった。
「上手くいったようで何よりさね」
 蓮が盆に水の入ったコップを3つ載せて部屋に入って来た。相変わらず煙管を咥えたままで、よくそれで喋れるものだと変なところを感心してしまう。
 そういえばと思い、部屋の隅にやった葛篭を確認すると、取り巻いていた薄紫の気は消えていて、変わりに白い靄が微かに見えた。
 水を配りながら、蓮が満足そうに笑って言った。
「どうもこれを依頼した女、いろいろと人に言えない悪さをしてるみたいでね。先代の奥さんとは大違いだと専らの噂らしいよ。この分だとまたここに来る日もそう遠くはないんだろうねぇ」
 さぞ可笑しそうに笑う蓮を尻目に、3人は思い切り深い溜息を吐いた。てこずるような仕事ではなかったが、如何せん体力の消耗が激しい。それに寝ている間に疲労が溜まるというのは決して良い気分ではない。
 そんなことはお構いなしといった風に、葛篭は部屋の隅で白い靄を放ち続けている。実は現在の持ち主に不満が余りある葛篭が、密かに悪しき物を呼び寄せているのだということは、誰も知らないままで……。



                       ―了―



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【2839/城ヶ崎・由代(じょうがさき・ゆしろ)/男/42才/魔術師】
【1847/雨柳・凪砂(うりゅう・なぎさ)/女/24才/好事家】
【2380/向坂・嵐(さきさか・あらし)/男/19才/バイク便ライダー】
(※受付順に記載)


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■         ライター通信          ■
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 はじめまして、ライターの燈です。
「夢追い葛篭に巣食うもの」へのご参加、ありがとうございました。

>向坂嵐様
 きっと嵐さんはもっとクールなんだろうなと思いながらも書いてみました。複雑な過去をお持ちのようでしたが、今回は敢えて淡々と。文章の隙間から心情を読みとっていただければいいんですが……。
 戦闘、蹴りばかりです。長い足があれば纏めて子鬼の2、3匹は倒せるだろうと思いまして……字数の都合で描写少ないですが(汗)

 それではこの辺で。ここまでお付き合い下さり、どうもありがとうございました!