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『お花見×温泉+子狼=大パニック☆』【前編】
●プロローグ
「神聖都学園の裏山から発掘された温泉が発掘されたらしくて、立派な露天風呂が出来たんだってさ」
自分は認めないが周りは認めている怪奇探偵・ 草間 武彦(くさま・たけひこ)の切り出しに、義妹の 草間 零(くさま・れい)は掃除していた手を止めた。
「お兄さん、温泉がどうかしましたか?」
「ああ、気が早いことにこの露天風呂、もう桜が満開だそうで今が見頃だそうだ。骨休めと物見がてらに行ってみるか‥‥と思ってな」
ついでだから普段から世話になってる奴等も呼んで大勢で行くか、とかなり乗り気だ。
「え? フュリースちゃんも連れて行くの?」
フュリースとは興信所に居候中の子供の狼のことだが、話に聞くと山の動物も入りに来ているという自然にもやさしい温泉なのでその点はきっと大丈夫だろう。
「男湯に女湯に混浴――あ、カラオケに食事も完備だなんて、豪勢な露天風呂ですね」
「まあ、神聖都学園が整備に金を出してるらしいからな。とにかく呪いの温泉なんてこともないだろうし、静かに楽しませてもらうだけさ」
●みんなで温泉にいこう!
「ところで、皆‥‥温泉に興味はあるか?」
草間武彦からの唐突な一言に、その日草間興信所に立ち寄っていた人々がそろって怪訝な顔を向けた。
「温泉‥‥もしかしてあれの事かしら?」
細身に眼鏡をかけたクールな印象の女性、 綾和泉 汐耶(あやいずみ・せきや) は資料から顔をあげる。
「神聖都学園の裏山から見つかったという例の温泉‥‥そういえばもう完成している頃ね」
「あら、なにやら事情に詳しそうじゃない、汐耶さん」
興味深々に訊ねながら興信所事務員の シュライン・エマ (しゅらいん・えま) が運んできたお茶を渡していく。
赤字経営でも来客はそれなりにあるのだ。
「ええ、この温泉が発見されるきっかけになった神聖都学園の学校行事――というよりもイベントの一種かしら、それには私もボランティアで参加していたから」
「ひょっとしてあのゴーストネットOFFと神聖都学園でやったっていう、例の雪合戦のこと? あなた、あんな無茶なイベントに関わってたのね」
シュラインが苦笑するのも無理はない。なにせ超常能力の使用が許可されたらしいなど、色々と物議をかもし出したイベントで、それなら『 イベントを開いたら、温泉が見つかっちゃいました 』という、頭が痛くなりそうな説明も理解できなくもない。ちなみに「自分はボランティアで運営を手伝っていただけ」と述べる汐耶も、実は自分も選手だったりしたのだけど――それはまた別の話。
「そういえばあの会場、確かに桜の木もあったわね。そう‥‥こんな時期にあの桜が咲いてるんだ。お花見をしつつ温泉に入る、と理解すればいいのかしら?」
思い出すように遠い目をする汐耶。
「ま、そういう事。普段から世話になってるお礼も兼ねてな」
「要件は理解したわ。でもこのパンフレットによると、思った以上に立派な温泉設備になったようだし――せっかく施設が至れり尽せりなんですから、私も行こうかしら?」
同じくパンフレットを見ながらシュラインも感心した。
「凄いのねぇ。山の動物たちと一緒にお風呂だなんて中々出来ないわよ」
「わんこが行くなら俺も行くー!」
と勢いよく わんこ こと子狼フュリースを抱いた鎌鼬三番手の 鈴森 鎮(すずもり・しず) も駆け寄ってきた。
「その温泉って動物が入ってもいいんだろ! わんこと広い温泉にはいるー!」
な? わんこ。ときらきら顔を輝かせた鎮と一緒に、会話の意味がわかっているのかいないのか子狼のフィリースも並んで期待(しているように見えなくもない)の瞳をじーっと武彦に向ける。
「いや、さすがにそれはどうかと‥‥」
「それはって?」
「(じー)」
「待て、パンフに書いてあるだけであってだな、常識的には、ほら‥‥」
「常識的には?」
「(じー‥‥‥‥)」
「お兄さん、じー」
「零まで増えてるし、おい!?」
もうどうにでもなれ――と、いわんばかりに武彦は諦めたように両手を挙げた。
「ああ、勝手にしろ。ただし俺は知らんからなッ」
「やったー! わんことおんせんー!」
鎮とフュリースは勝利の咆哮を上げるのだった。
一方、お茶を受け取りながら、これまで静かに会話を聞いていた和服の美しい女性―― 天薙 撫子(あまなぎ・なでしこ) は隣に座った零に微笑んだ。
「そう、零さんの言っていた温泉とはこの事だったのですね」
「はい。お兄さんが露天風呂のことを知ってから温泉温泉とうるさいもので」
撫子は事前に知り合いである零から神聖都学園の温泉へのお誘いを受けていたのだ。
ほのぼのと笑顔で応える零の言葉を、武彦が耳ざとく聞きとがめる。
「零、ちょっと待て。それじゃまるで俺が、温泉に行きたい口実として皆を誘っているように聞こえるじゃあないか――断じてそんなことはないからな、ほら、わかるだろ?」
などと、必死で否定しようとする武彦の姿にシュラインがふっと笑う。
「――――強く否定される言葉には常に真実が隠されている、とも言うわね?」
「‥‥これは本当に違うッ」
「ふふ、それはどうかしら‥‥ねえ、撫子さん?」
シュラインに振られて、撫子は片頬に手を当てて考える。
「真偽の程は定かではありませんが、うろたえるという事は自身の正しさを信じられないでおられるのでしょうし‥‥」
部屋の片隅でいじける武彦――興信所内での女性優位は健在のようだ。
武彦に救いの手が伸ばされるように、撫子がおっとりと話を戻した。
「温泉にはその内に行こうと考えていたところだったので‥‥渡りに船のタイミングでした」
是非お願い致します、と撫子は静々と頭を下げた。
「温泉でお花見ですか‥‥ノイはどう思います?」
美しいアッシュグレイの銀髪を揺らして 如月 縁樹(きさらぎ・えんじゅ) は肩に乗せた人形――ノイに話し掛けた。
50センチ位の男の子の人形『ノイ』は何故か動くし喋るし口悪いし性格悪い‥‥不思議な人形なので。
『んー、一緒に入ってほしい?』
「それは何の冗談ですか?」
にっこりと笑顔で返す縁樹。
温泉について詳しい話を聞こうと興信所にやってきていた彼女だが、温泉とお花見で草間興信所の慰安会なる噂はどうも本当のようだ。
縁樹が幸せそうに温泉へ思いを馳せていると、同席していた女性が声をかけてきた。
「その人形、言葉を話しているみたいですけど――」
「ええ、ノイは僕の友達ですから」
『友達? こっちとしてはぼんやりしている誰かさんのお守り役のつもりなんだけどさ』
黒髪をポニーテールにまとめてその女性―― 牧 鞘子(まき・さやこ) は興味深そうにまじまじとノイを観察する。
「ノイが‥‥どうかしましたか」
「いえ、気に障ったらごめんなさい。私、人形師の見習いをしているものでつい――」
「‥‥人形師の、見習い?」
『それはまたヘンテコリンな職業だね』
縁樹はノイの頭をツンと小突いた。
「こらノイ。はぁ、ごめんなさい。この子、本当はいい子なんだけど口が悪くて」
「ううん、気にしてないから」
鞘子は慌てて首を振った。
最近、お店に客が来ないので人形作りの修行に打ち込んでいた鞘子なので、人形についてはつい気になってしまう。草間興信所で温泉とお花見が行われるという話もそんな修行の最中に聞いたのだ。
「その、鞘子さんも温泉の話でこちらに?」
「‥‥温泉か‥‥うん、そうですね。久しぶりにのんびりするのもいいかも、なんて思って‥‥」
「温泉だって?」
突然、横から快活な男性の声が割って入った。
「俺も仕事で疲れてるし、参加させていただこうかな」
小麦色の肌をしていくつものアクセサリーをつけた彼―― 工藤 卓人(くどう・たくと) だ。卓人は正面に座るとウインクをしてみせる。
『あらら、これは新手のナンパなの?』
「そうさ! 美の追求者であるジュエリーデザイナーとしては、美女二人の歓談に興味をそそられずにはいられなかったもので。――おっと、お邪魔してしまったかな」
鞘子は思い出したように声をあげた。
「あ、ひょっとして、あのシルバーアクセサリーで有名な工藤卓人さんですか? いくつものジュエリーデザイナーコンテストで優勝されてる――」
「お見知りおき頂き光栄だ。で、あなたたちも温泉にはいかれるのかい」
「ええ、少なくとも僕とノイはそのつもりで来ましたから」
縁樹の微笑に我が意を得たりと卓人は指を鳴らした。
「それは良かった。向こうでお会いした時は是非よろしく!」
「はい」
「え?」
「うん?」
鞘子、縁樹、卓人の間に微妙な空気が流れる。
それは何というか形容しがたい違和感というか、簡単に同意することがためらわれる微妙なニュアンスが存在する、そんな空気。
『会場は混浴ってことでしょ』
「ああ、そういうことだが――」
「そういう話になっていましたね」
頷きあう縁樹、卓人に鞘子は言葉を反芻する。
今、混浴って言った?
混浴‥‥こんよく?
叫び声こそ上がらなかったが、鞘子は頭の中が真っ白になって硬直した。
そんなドタバタしたいつもの風景を見つめながら汐耶はポツリと呟やく。
「‥‥何も起きないと良いんだけど」
そして、一人冷静にお茶をすするのであった。
●地獄?極楽?パラダイス☆
湯煙の中を勢いのある水音が響き渡った。
「うわぁ、スゴイや! 人がいっぱい来てる!」
子狼フュリースを連れてグルッと見回した鎮が声を上げる。
温泉は露天風呂になっていて想像以上に広く、自然の趣を残しながらきれいに整備されていて、周囲は満開に咲き誇る桜の木々が立ち並び桃源郷すら思わせた。
「だがこの時期に桜が咲いてるなんて不可解だな。他の場所ではまだ咲いてないらしいし、花見のシーズンには早いだろ?」
「いいんじゃないか。温泉のせいで周りが暖かくなったからそのせいだろ」
頭にタオルを乗せてなごみながら岩状の縁に背もたれて、武彦と卓人はハラハラと舞い散る桜を眺め、ふぅと脱力の息を吐いた。
「こら、わんこ! 大人しくしてよ!」
体を振って抵抗するフュリースの全身をお湯で洗い流しながらはしゃいでる鎮に武彦はやれやれと肩をすくめた。
「鎮、お前も少し大人しくした方がいいぞ」
「だが狼って主人にしかなつかないんだろうなぁ‥‥。我が家のジョンと違って賢そうに見えるよ」
飼い犬のジョンを思い出しながら呟く卓人に、鎮はフュリースにお湯をかけながら難しい顔をする。
「うぅん、そうでもないって。わんこだって最初は誰にも心を開いてくれなくて大変だったんだから。それに俺とわんこは飼い主の関係じゃなくて、友達!」
「おっと、そいつは悪かったな」
苦笑しながら近寄った子狼の頭を撫でてみると、フュリースは抵抗しない。体をぷるぷるっと振ると気持ちよさそうに撫でられるまま身を任せている。
今度はジョンと一緒に来てみてもいいかもな、などと卓人が思っていると、楽しげなはしゃいだ声が聞こえてきた。
「‥‥あ、こちらにいらしたんですか。遅れてしまいました」
「準備に手間取ってしまったわね。他の人たちも後から来ますから」
ぼーぜんと卓人と武彦は、その歩いてくる二人の美女に言葉を失ってしまう。
「申し訳ないが、――どちら様で?」
「それは冗談ですか? 私は綾和泉汐耶ですし、こちらは牧鞘子さんだけれど。もうのぼせましたか」
と言って水着の女性――汐耶が、自分と隣のバスタオルを巻いた彼女――鞘子を順番に指差してみせる。
鞘子が気付いたように小さく両手を合わせて言った。
「あ、きっと今は二人とも眼鏡を外しているからかもしれませんね。特に私は髪までほどいてしまっていますから」
「確かにそうかもしれないわ。――鞘子さん、普段の姿もいいけれど髪を下ろしても似合うんじゃない?」
「そんな‥‥汐耶さんこそお綺麗で‥‥!」
微笑して眺める汐耶にぱたぱたと手を振る鞘子。
うっすらと白い湯煙の向こう側で楽しそうに話す美女二人に、卓人と武彦には印象の変化した理由が眼鏡のないだけではないような‥‥と思ったその時。
「こーら、なに鼻の下伸ばしてるの? デレデレしちゃって」
心臓が飛び上がりそうな勢いで武彦が振り返る。
そこにはクスクスと笑った水着を着たシュラインと縁樹が立っていた。
「――驚かさないでくれ、シュライン‥‥!」
『それって心にやましい気持ちがあったせいでしょ。美女に囲まれた気分はどうなの? 教えてよ、色男のお二人さん』
「またそうやって人を困らせることを言う――ノイ、そういう口の利き方はいけないでしょう」
からかうようにマシンガントークを放つノイ。注意をしながら、縁樹が卓人のもたれかかる岩縁の隣の部分に座って足だけを浸した。
「それで温泉のほうはちょうど良い湯加減ですか?」
「‥‥ん、ああ。まあまあだな」
曖昧に頷きながら、卓人は緊張を隠しつつ返事をしたが、顔を上げるとそこには満開な桜を背景にして水着姿のスレンダーな縁樹が白い湯煙で見え隠れしている。
縁樹はにっこりと笑いかけた。
「足をつけた感じだと、少し熱めのようだけれど。これ位の熱さも嫌いではありませんね」
「そうか。はは、まあ時期に慣れるだろうさ!」
頭がくらくらするのは温泉の魔力だろうか。
そこへ丁度いいタイミングで撫子の声が全員にかけられた。
「草間様関係の方も全員おそろいされたようですね。それでは楽しい宴にいたしましょう」
湯着をまとった撫子と、バスタオルを巻いた零が豪勢な手作り料理を運んでくる。
それは手作りというにははばかられる多種多様な料理の数々で、気づいた鎮は嬉しそうに走りよってきた。
「うわー! この料理って全部二人が作ってくれたの!?」
「はい、零さんと私が腕によりをかけて作らせて頂きました。皆様に喜んでいただけるかと思いますわ」
「あ、でもお酒は用意しなくてもいいと聞いているんですけど‥‥」
零の問いに、まず汐耶がお酒を取り出して見せた。
「一応、私のほうでも日本酒を用意させていただいたわ」
「私からは酒屋のお姉さんから譲りうけた大吟醸です。皆さんで飲んでください」
あ、私も頂きますけど――と日本酒を見せる鞘子に続いて、縁樹はノイの背中のチャックを開いてワインや日本酒を次々と取り出してみせる。
「とっくりなどもご要望があれば言って下さい。いくらでも取り出せますから」
「俺も銘酒を持ってきたんだから! 草間さん、一緒に花見酒しような」
鎮も全員に見せるように自慢の銘酒をお酒の列の最後に加えた。
人間としては小学四年生ほどにしか見えない鎮だが、実際は500才近い年齢なので問題はないのだ。
「これだけあれば、アルコールの心配はありませんね」
並んだお酒を見ると、撫子は満足そうに頷いた。
そんなお酒の中から早速、移し変えたお銚子を持ってシュラインが温泉に入ると、武彦の傍によって小声でささやく。
「で、武彦さん。美女達に囲まれた感想は本当はどうなの?」
「‥‥お前、絶対俺をからかってるだろ」
武彦たちの温泉の一番近い桜の下に料理を並べて宴会のセッティングを終えた撫子は、一息ついて浴場を見渡した。
いくつもの浴場に自然と調和した景観。
それは本当に広くて、想像を越えた豪華さだ。
「露天風呂の整備の事は知っていましたが、これほど豪華とは思いませんでした‥‥」
撫子が通う大学と神聖都学園大学部は姉妹校関係なので、よく図書館などの施設を利用している関係でこの温泉のことを聞いていたが、まさに百聞は一見にしかず。
零がお猪口から口を離すと、耳を澄ました。
「この歌声は縁樹さんですね。何の曲でしょう――」
「ちょっと前に流行った桜の歌ですね。さらば、友よ――って。女性の歌声で聞くとまた印象が違うかも」
鞘子が思い出すように歌声に合わせて歌詞を口ずさむ。
縁樹の歌は声が良く伸ばされていてしっかり音の響いたスローテンポな曲調が心地よく聞こえるのは酔いのせいだけではないだろう。
「それにしても不思議な空間ではありませんか? ‥‥カラオケの歌っていうと普通のお花見の席だと、上手下手に関わらず他の席には気になってしまったりもするはずなのに」
撫子には鞘子の言わんとする意味がわかった。
離れて存在している別の温泉でも団体客が騒いでいるのはわかるが、それがちっとも苦痛にならない。騒がしさを宴会の楽しさとして享受しつつ、自分が望めば静かでおだやかな空気に包まれることができる。
周りの騒がしさすら遮断される、静寂と桜と水の楽園――。
「ここのような場所を楽園というのかもしれないです」
「私は、ずうーっとこうしてくつろいでいたいな」
一瞬、撫子は怖さを感じてしまった。
完全な楽園を知ってしまった時、人はどうなってしまうのだろう‥‥。
「次は俺が歌うからー!」
鎮が歌い終わった縁樹からマイクと受け取ると、流れ始めたメロディーはアニソン系。きんぐ♪ きんぐ♪ と腕をふりふり踊っている。
「それじゃ僕はこの子に抱きついちゃいます♪」
幸せそうにきらんと瞳を輝かせて子狼フュリースに抱きつく縁樹。動物などの可愛いものが大好きなので、子狼ちゃんも一目見たら抱きつきに掛かるということはすでに縁樹は興信所でも実証済みだ。
「ん〜、フュリース洗ってあげたいかも」
準備しておいた犬用の色々なシャンプーを構えて、汐耶もジリジリとにじり寄った。
「私も一緒に洗っていいですか」
「勿論よ、一緒にシャワシャワしてあげましょう。うふふ」
汐耶と縁樹の二人はにやりと示し合わせたような頷きあうと、抵抗するフュリースに構わずあっという間に泡まみれにしてしまった。
泡ダルマにされてしまうフュリース。
「あぁ、ズルいよ! 俺もわんこを洗うんだからっ」
『これは大人気だね、可愛い愛しのわんちゃんかい。ボクはゆっくりと滑稽な喜劇を拝見させてもらうよ』
高みの見物を決め込んでいたノイがからかってみせる。人形の彼はお湯に浸かると濡れてしまうために温泉に入ることは丁重に辞退していたのだが、一瞬だけ抜け出したフュリースに捕まって、一緒に泡ダルマに取り込まれてしまった。
『ま、待って! ボクは濡れちゃうと困るんだって、乾燥も大変なんだから!』
「こうなったらついでです。あなたも一緒に楽しみなさい、露天風呂の宴を」
『や、やめてー!! 助けてー!』
「ふふ、こうなっては無礼講ですよ。汐耶さん、この後で女風呂のほうにもいってみませんか? せっかくの温泉ですし水着なしでも堪能したいですから」
「ええ、そうね――それじゃ今からいきます? フュリースちゃんを連れてね」
意地悪そうに見つめる汐耶に、鎮はブンブンと腕を振る。
「ダメー! 俺いけないじゃん!」
「では、私が次に一曲歌うまで待ってあげましょう」
「やだー! やだやだー!」
賑やかな汐耶と鎮。
縁樹は濡れた髪をかき上げた。
お花見好きです。お酒好きです。温泉――大好きです。
――――こんな日がずっと続いたらいいのに。
シュラインと卓人、それに武彦は露天風呂から少し離れて、一帯の桜を見て回っていた。
「不届き者が現れないかなんて心配したのだが杞憂だったようだな。誰もが宴に酔いしれていて、これでは俺の出番はなしだな」
卓人は拍子抜けで桜咲く一面の園を眺め回す。
不自然なくらいに美しく、満開に咲き誇る桜の園を。
「しかし、今の時期に桜が満開だなんて不思議ね。地熱のせいかしら?」
「俺もそう思っていたが、こうして目の当たりにすると違和感を覚えずにはいられないな。それもこうして宴から少し離れてようやく気づけたくらいだけどな」
卓人は嘆息する。
桜の色は、
桜は刹那のもの。 だからこそ美しい。
しかし、これではまるで、永遠の桜――。
「人好きの桜が皆が集まり楽しそうなのが嬉しくて咲いた、とかなら良いなぁ‥‥だって、ねぇ。温泉の発掘で何らかの封印が解けた余波、とかじゃ折角の骨休めなのに妙な不安感じるもの」
「はは、心配性も大変だな」
シュラインの不安を武彦は軽く受け流す。
悩みつつも、シュラインは満開の桜周辺に石碑や文字等ないかチェックしていった。お花見がてらの、ほんの息抜きのつもりだった。
「んー‥‥我ながら気にし過ぎだけどね」
酔いが回っているのだろうか。正しい観察力が働かない、そんな気がする。美しいだけで、桜の木に異常は見られない。
「さて、と。また零ちゃん達や皆と食事楽しみますか。早咲き桜さん――無理はしないでね」
と桜の幹をひと撫でし、その場を去ろうとしたシュラインに武彦が言った。
「知ってるか? 桜の美しさってのはな、怖いんだぜ」
温泉でのお花見の宴が最高潮に達したと思われた瞬間、露天風呂で異常が始まった。
「みなさん、気をつけてください! 霊力の異常な高まりを感知しました」
●桜の妖精アイドル『ブロッサム娘。』の挑戦!!
イルミネーションのように虹色光のスポットライトが乱舞する。
ゴゴゴゴ‥‥という振動音。桜に囲まれた温泉の中央から石造りの舞台がせり上がると、その舞台の上には派手な衣装を着た7人の精霊がいた。
マイクを握りしめてそれぞれにポーズを決めて――。
「ドナ」「レナ」「ミナ」「ファナ」「ソナ」「ラナ」「シィナ」――――
『7人そろって桜の妖精アイドル「ブロッサム娘。」参上☆』
かぽーん。
‥‥唖然と動けないでいる一同にウインクしながらリーダー格らしいファナが指差した。
「私たちは桜の園を司る精霊! この地から無事に帰りたいのなら――私たちとの宴会勝負で勝たなくてはいけません」
「勝てなかった場合はね、桜の園の住人として、永遠にここで宴会に戯れる魂として生きていっていただきますから♪」
「逆にいうと、わざと負けて永遠の楽園で桜の住人になってもいいということだけど‥‥」
「ま、わたしたちの演目が負けるなんて、ぶっちゃけありえなーい☆」
「つまり勝負といっても、あなた方がこの世界の住人になるための儀式みたいなものですわよ?」
「‥‥桜の呪い、です」
「さあ、命を賭けて貴方の芸を見せなさい!」
し〜ん。
得意げに胸をはったファナだが、次の瞬間には、温泉にいる全員は今の事をなかったかのようにやんやとまた温泉を楽しみ始めた。
「私たちってまさかシカトされちゃってますかー!?」
桜の楽園に囚われてしまった能力者たち。
そして、桜の妖精アイドル「ブロッサム娘。」
‥‥気が向いたら相手をしてあげてね?
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【0086/シュライン・エマ/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【2320/鈴森・鎮/男性/497歳/鎌鼬参番手/すずもり・しず】
【1431/如月・縁樹/女性/19歳/旅人/きさらぎ・えんじゅ】
【1449/綾和泉・汐耶/女性/23歳/都立図書館司書/あやいずみ・せきや】
【0825/工藤・卓人/男性/26歳/ジュエリーデザイナー/くどう・たくと】
【2005/牧・鞘子/女性/19歳/人形師見習い兼拝み屋/まき・さやこ】
【0328/天薙・撫子/女性/18歳/大学生(巫女)/あまなぎ・なでしこ】
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■ ライター通信 ■
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こんにちは、雛川 遊です。
シナリオにご参加いただきありがとうございました。そして、またもや大幅に遅れてしまいました‥‥;;
只今スケジュール調整を行っておりますので、何卒ご容赦ください。参加頂いた皆様には大変ご迷惑をおかけしました。
今回は女性率が高く、男性陣を圧倒する展開となりました。興信所関係の女性がパワフルという噂もありますし。がんばれ武彦!
お花見のシーズンも終わろうとしていますけれど、後編は桜の妖精と温泉宴会バトル(?)です。といってもこのまま温泉を楽しまれても問題はなさそうですが‥‥。あ、湯上り牛乳は腰に手を当て、らしいですね。
では、明らかになった情報の一部も異界の受注用個室にてアップしていく予定です。
あなたに剣と翼の導きがあらんことを祈りつつ。
>シュライン・エマさん
ノベルの作成が遅れてしまい大変申し訳ありませんでした;;
男女と混浴で慰安会って素で考えると凄い世界だったかもしれませんね。こういう微妙な線引きは今の世の中失われつつある粋な世界かも――というわけで草間探偵と混浴してしまいました。
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