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<東京怪談ノベル(シングル)>


FIELDS OF DESOLATION

「――――」
 続いた言葉は良く聞き取れなかった。
 別に隊長の声が小さかったのではない。
 予想外の内容に聴き手である幸四郎の思考が麻痺してしまったからだ。
「―――るか?」
「あ、――」
 隊長の重く、鋭い声に我に返って瞬きする。
「応仁守、貴様聞いているのか?」
 怪訝な、嗜めるような声音。しかし上司のその眼差しは心配するような気遣いも含んでいる。それに気づかないほど幸四郎は愚かではない。
「…すみません隊長。あの…動揺が激しかったようです。っ…それでその話――おじ…応仁守家の方にはもう伝わっているのでしょうか?」
 祖父の名を口に出しそうになり、慌てて修正したのは公私を分け隔てる為。
 上司から語られた事件の概要――、
 それは五島列島の無人島でとある宗教団体が合成半人半狼を作っているという突拍子も無い話。しかもその調査に向ったのは民間の異能力者二人で、そのどちらともが消息不明となったこと。――うち一人は姉であるという。
 幸四郎の所属する自衛隊の対異能力テロ装備「仮称・重防護服」実験小隊、其処に緊急命令が下ったのは其れからまだ間もない。
「それについて、お前に重要な話がある」
 隊長は先程よりも一際重い口調で切り出した。
 青ざめた顔で硬く緊張する幸四郎。
「僕に…?」
「そうだ、これは応仁守の方から要請され、自衛隊が承知したことだが――」
「………」
 じっと隊長の顔を見返す幸四郎、青ざめつつも既に救出を固く決意していた。

*****

 五島列島の無人島――その海岸に、警察・自衛隊合同の対異能力テロ特殊部隊が姿を見せたのは、砂浜を照らす光がオレンジから闇へと変わって2時間程後だった。
 海自の特殊作戦用潜水艦、及び最新鋭の中型揚陸艇を使用し、島を挟むように二手に分かれ上陸する。
 勿論隠密を前提とした非公開な作戦行動。訓練でも演習でもない。
 故に失敗は絶対に許されなかった。
 幸四郎の部隊が目指すのは、事前に情報を得ていた変電施設らしき建物であった。
 此方は人数は少ないものの、自衛隊の誇る特殊部隊。隊長の静かな指示とともに迅速に動き出す隊員たちは其々が実験部隊とはいえ猛者である。
 幸四郎も例に漏れず、月明かりのみの砂上を走り出す。
 彼が駆る其れは、普段使用している一号機とは大きく異なっていた。
 
 ――原型機改ORG―A(オーガ)。
 
 この鬼鎧は応仁家の御神体であり、誇りかつ最高機密である。即ち応仁家の要請で自衛隊、幸四郎へと託された代物。厳しい祖父がそれを委ねた意味を思うと、自然彼の心も覚悟が決まる。
(姉さん――)
 が、踏み出した最初の一歩から、不快な違和感に支配された。
 唐突に動きを止める幸四郎。
 否、機体そのものが操縦者の意思に反して停止したのだ。
「――!?」
 島に踏み出して僅か一歩、鬼鎧『ORG―A』は幸四郎の制御を離れるように、動くことを拒絶していた。
(な――此処まで来て何故っ?)
 突然すぎる原因不明の機能停止。
 動揺が彼を襲う。
 が、こんな場所で立ち止まるわけには行かない。
「焦るな」
 幸四郎は自身に暗示をかけるように言い聞かせると、異能力によるシンクロ制御から外付けサブシステムによる筋肉制御に切替える。
(よし、動いて…動いてくれ)
 滑らかな動作、とは行かないまでも、何とか歩行機能を取り戻したらしい。鈍いながらも再動するORG―A。
 冷たく響く波の音を背に、鬼鎧は走り出す。
 この時既に、反対側の海岸から上陸した別働隊は、敵との戦闘を開始していた…。

*****

 仄かな月明かりに、カーキー色の装甲を淡く照らされながら施設へと進む小隊。
 幸四郎も鈍いながら何とか仲間に続き、施設に突入した。
 変電施設自体の破壊はさしたる妨害も無くスムーズに行われる。
 勿論「それなり」の対応はあったが、幸四郎の小隊を阻めるほどの存在ではなかったのだ。あるいは敵の主力は反対側から上陸した、警察を主体とする特殊部隊と交戦しているのかも知れない。脳裏には依然姉の姿がちらついて離れなかったが、それでミスをするようでは却って姉に申し訳が立たない。
 施設に侵入すると散開する部隊。幸四郎も例に漏れず敵を駆逐する為に散る。
 小隊が施設を制圧する過程で、明らかに殺傷目的と分かる武装で施設を巡回する敵と遭遇。幸四郎もその二体ほど叩きのめした。相手の防衛装備自体は貧弱だったので、鬼鎧を纏う幸四郎ならば素手で行動不能に出来る。
 やがて部隊の仲間が変電施設の機能を停止させることに成功すると、如何なるわけか、今まで鈍かったORG―Aの動きが回復する。
 まるで戒めが解けたような開放感を感じる幸四郎。
 錯覚ではない。
(まさか…?)
 怪訝に思いながらも今一度、異能力によるシンクロ制御へと戻してみる。
 今度は正常に作動するかと――、
 ある種の確信を持ち、腕、指先、脚部と動かしてみたところ、結果は、予想通り動いてくれた。
 ならば、筋肉制御に頼ることは無い。
 と、特殊無線を使った隊長の言葉が耳に響いた。
「想定時刻通り変電施設の制圧を完了したな。よし――どうやら反対側からの上陸組みは敵の主力との交戦中らしい――何機か連れて応援に行く…志願しろ」
 別働隊と通信を交わしていた隊長からの言葉。隊員数名が直ぐさま反応した。一人、二人、三人と隊長機の回りに集まっていく。施設の何処にも姉の姿を見つけられず、焦燥感を大きくしていた幸四郎は当然四人目に志願した。
「隊長、僕も行きます――」
 聊か上ずった声ながら、短く。
「よし――応仁守で最後だな。応援はこの人数で十分だろう。急ぐぞ、どうやら情報通りマトモな相手では無いらしいからな」
 通信によると警官隊を主力とする別働隊は苦戦しているらしい。
 ある程度の数を施設に残して、再び闇に乗じる小隊の面々。
 幸四郎は力を取り戻した鬼の体を急がせて隊長機の直ぐ後へと続く。
 月が灰色の雲に隠れたのが理由か、厭な胸騒ぎを覚えつつ。

*****

 小さな雑木林を素早く駆け抜けて、風下から交戦地帯へと到着した小隊。
 が、そのまま勢いに任せて突撃するのではなく、一旦状況を確認すべく林の入り口付近で立ち止まって注意深く様子を伺う。
 微細な音と共に高性能カメラが作動し、数十メートル先の景色を鮮明に映し出した。原型機改ORG―Aのカメラ・アイは、スターライトスコープを数段上回る性能を誇る。故に闇夜に行われている戦闘だろうとつぶさに目視できる。
「あれは…!?」
「………」
 息を呑む幸四郎と、無言の隊長。
 共に目にした光景は、夜の迷彩色で身を固めたはずの警官隊の劣勢だった。幸四郎たちの視線には迷彩色も非常によく目立つ。加えて一つに固まって規則的に対応する彼らの動きも、こういう場合はマイナスにしかならない様子。
 それに対し警官隊を相手に異常な動きを見せる黒影が複数。此方は人間離れした動き、その俊敏さ故か幸四郎たちの視覚でも捉え難かった。
(――あれが敵?)
 秒速の鉛弾を物ともしないまるで飛燕のような敏捷性。
 別働隊の誇る強力な火器をあざ笑うかのように、黒影は皆一様に素手であった。
 敵は火器など必要ないのだろう。寧ろ強靭な脚力と腕力が銃器を上回る強力な武器。
「全員予定通り対人銀弾を装填しろ。――が、あの速さでは敵に避けられる恐れもある、ロングレンジでの攻撃は控えろよ?」
(っ――あの動きを接近戦で封じるのか?)
 隊長の言葉に心中驚く幸四郎。
 が、その驚愕を声に出すことは控え、予め用意されていた銀弾を銃へと装填する。効き目があるかどうかは未知数だが――残りの隊員も彼や隊長に習った。
「よし、連中はまだ此方に気づいていないな、行くぞ!」
 敵の持つ人を超えた嗅覚も、風上から吹きつける濃い潮風のせいで鈍っているらしい。
 静かに、併し迅速に風下から姿を現した幸四郎たち。
 第二ラウンド開始と時を同じくして、奇しくも月は雲に隠される。

*****

 最初訊いた時は半信半疑だった合成半人半狼の存在も、現実に目視するにいたっては肯定するほか無かった。敵の背後から素早く忍び寄る幸四郎は、近づけば近づくほどに、つくづく出鱈目な敵の容姿に嫌悪を覚える。それは忌まわしい実験に対してか、人外に落ちた存在そのものに対してか定かではなかったが…。
 小隊が扇状に十数メートルの距離まで接近すると、敵も背後からの奇襲に気づいて迎え撃ってきた。幸四郎にも間髪入れずに一体襲い掛かってくる。
「――っ」
 煩そうに、それでも細心の注意を払って銃口を向ける幸四郎。
 至近距離ならばいかに素早く動こうとも外さない自信があった。
 隊でも射撃には定評がある。
 間合いにして3メートル、獰猛に顎を開く人狼に狙いを付けると、トリガーを引く。
 その僅か手前で、標的がサイトから消失する。
「――くそっ、思った以上に素早い」
 忌々しげに唇を噛んだ直後、側面から軽い衝撃。
(―――!!)
 素早く機体の横に廻り込んだ人狼が飛び掛ってきたらしい。が、衝撃の度合いは案外軽く、銃を握る右手を一振りするだけで敵を弾き飛ばせた。
 吹き飛ばされて距離を開けたはずの敵を再びその視界に捉えようと首を廻す。それをタイミングよく他の隊員が捉え、銀弾の餌食にする。偶然のコンビネーション。どうやら対人銀弾の効果は期待できるらしい。倒れ伏す人狼を視界に入れつつ、幸四郎は次なる獲物を探す。
 すると外装を掠める銃弾。味方の放ったものか、額から流れ落ちる汗は冷たいもの。慣れない実戦に幸四郎は高揚とも恐怖ともつかない感情を覚え始め。
(こんなところで動揺するな――敵、敵は?)
 意識的に四肢に力を入れて、再び周囲の戦場を伺う。
 と、
「―――!?」
 自らの網膜に偶然その光景が入り込んだ。
 他の敵とは違い、一際体の大きな人狼の威容。
 その近くで痛々しく膝を折る、どう見ても場違いな、黒髪靡かせる女性の姿――。
 彼女こそ件の民間人であろう。
 三度風が鳴り、雲の合間から月が姿を現す。
 闇夜が淡い光を取り戻した瞬間。
 月光を浴びる女性の横顔が鮮明に伺えた。それは――幸四郎の良く知る存在。
 彼女が折った膝、その下には鮮明な赤。
 凛とした顔立ちは青褪め、唇からは薄い朱。
 赤と朱は、即ち鮮血――そうと知れば、幸四郎の体は自然と動いていた。
 硬かった動きは、柔らかく。
 ぎこちなかった足取りは、舞を踏む、あの滑らかさを取り戻し。
 今まさに女性へと一撃を加えようとする人狼の威容まで、約十メートルをどの様な手段を講じたのか一速に駆ける。
「貴様――っ!!!」
 普段幸四郎からは想像出来ない怒声。
 巨大な人狼は思わぬ伏兵の襲来に驚愕し、慌てて迎え撃とうと幸四郎に振り向く。
(―――!!!!!)
 型も業も関係ない、右拳から放たれた渾身の一撃。
 それはあまりにも見事に人狼の顔面を捉え、その強固な頬骨を容赦なく破壊した。
 続いて銃を握ったままの左拳が炸裂。拳銃弾程度ならば弾き返すはずの人狼の腹部も、抉る様に打つ。鈍い音と共に浮き上がる巨体は苦しそうに呻き声一つ。
 力なく項垂れふらつく敵に、それでも幸四郎は気が納まらないのか、再び渾身の右拳を叩きつける。
「――Guuuaa!」
 奇妙な叫びは、苦悶。
 重なるように凄まじい爆発音。
 バズーカ砲の様なORG―Aの右拳によって完全に鼻骨を叩き折られ、脳を激しくシェイクされた人狼。衝撃に数メートルを泳ぐように吹き飛び、地面に大きくワンバウンドしてみせ、一回転して大地に激突する。
 盛大に舞う土煙。
「っ!!」
 まさに瞬殺。
 反撃すら許さない幸四郎の連撃だった。
 が、それでも人狼の生命力は異常であり、痙攣しながらも立ち上がろうともがいていた。
 幸四郎は自然な動作で左手に握る無機質な銃を、大地に伏す人狼へと向ける。素早くトリガーに掛けた指を引けば、既に装填済みの銀弾が発射された。
 単発――まるで退魔の杭を打ち込むような感覚に撃った幸四郎が息を呑む。
 弾丸は人狼の胸の真ん中へと吸い込まれ、問題なく目的を果たした。
 立ち上がりかけていた人狼は大きくよろめき、地響きを立てて背中から地面に崩れ落ちる。
 気づくと機体の内部の幸四郎は荒い呼吸で、肩で激しい息をしていた。
(―――っ、倒したのか?)
 半ば無意識で修めた戦果。相手は普通の人狼ではなかったはずだが…、幸四郎は深呼吸をするように大きく息を吐き出す。と、はっとして後方を振り返った。
 同様に、少しだけ離れた場所で膝を曲げ、此方を見つめる女性。
 互いの視線がぶつかった一瞬。
 彼女の少し疲れたような、それでいて此方を労わる様な微笑を目に留める。
 安堵を覚える幸四郎、思わず「姉さん!」と…。

 ――戦闘も終焉に向かいつつあった。
 周囲に響き渡っていた重火器の音も漸く消え、闇夜を跳梁していた人狼も悉く地に伏した。
 原型機改ORG―Aの中で、もう一度呼吸を整えると、傷を負ったらしき彼女の元へと歩み寄る。
(無事で――良かった)
 心から、そう紡いで。