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<東京怪談ウェブゲーム あやかし荘>


狙われた許婚


<序章>


 あやかし荘に住む座敷わらし嬉璃。彼女は一人管理人室に正座し、ずずず、と日本茶を飲んでいた。
 彼女の前にあるのはちゃぶ台、そこに山と積まれるは封書。
あやかし荘管理人、因幡恵美の元に届いた『許婚』からの手紙である。
 彼らからの文面はみな、図ったように同じだった。いわく『今度の日曜日、そちらにうかがいます』……。

 どん、といくらか強い音を立てて、嬉璃の湯のみがちゃぶ台に置かれる。
「この管理人室は夢幻回廊の奥。慣れぬ人間を迷わすことなど簡単ぢゃ。
……くくく、甘い考えを持ってやってくる者どもよ。ここがあやかし荘と呼ばれる所以を、身をもって知るぢゃろうて」

 そして嬉璃はニヤリと笑った……。




<狙われた許婚>


「な、なんだこれは……」
 葉月政人はそう言ったきり、呆然とした。
 とある晴れた日曜日。広がる空はどこまでも青く、風は澄み渡り、バスケットにサンドイッチでも詰めて出かけたらきっと楽しいハイキングが出来るだろう、そんなのどかな陽気の日。
 しかし政人はハイキングではなく、とある陰気なアパートを訪れていた。門にはこう書かれている。『あやかし荘』と。
 こんな日にこんなところにやってくるのは(失礼ながら)自分だけだと思っていた。それがどうだろう。
玄関前の園庭を埋めるほどの人だかり。そして気がついてみれば、その誰もが自分と同世代の男性ばかりだ。
 も、もしかして……。
「あの」
 政人はすぐ近くの男に声をかけてみた。金髪で耳にはたくさんのピアスをつけた、少しばかり弾けた様子のその男は、面倒くさ気に振りかえる。
「あ?」
「失礼。あなたはどうして今日こちらに?」
「うるせぇな。お前と同じだよ」
「は?」
「とぼけやがって。お前も変なバァさんに声かけられたんだろ? 『ウチの孫娘と結婚しないかね?』って」



 事件に巻き込まれていた見知らぬお婆さんを助けたのはおよそ1年ほど前。強化服を着ての任務中だった。
 道端で迷っていた様子のお婆さんを、政人は手を引き目的地まで案内したことがあった。
そのこと自体は大したことではない。公僕として自分は当然のことをしたまでだ。
だから政人はその出来事を忘れてしまった。
 ――つい昨日。あやかし荘への招待状が届くまでは。
 別れる際の『アンタはええ人じゃ。どうじゃ、ウチの孫娘と結婚しないかね?』という言葉、当時は冗談と思って軽く流したが、今考えてみれば、目つきがかなり本気だった気がする。

 
「ばかな。お相手の恵美さんという方はまだ高校生らしいではないですか。今の彼女は結婚とかではなく、青春を謳歌すべきです」
「はぁ? 今更なに言ってんだお前。ここに来たってことは、お前だって許婚の座を狙ってるってことだろうが。……いや、許婚じゃなくて、その女の財産か?」
「ざ、財産?!」
「とぼけんなよ。オレだってそうだし、ここに来た奴等みんなそうだろ? ロクに恵美って女のことを知ってるやつなんか一人もここにはいねえし、なんでもこのぼろアパート、バァさんが死んだから全部その女の物だって言うしなあ」
「違います! 自分はその意思がないのでお話をなかったことにしにきただけであります!」
動揺のあまり、政人は公僕としての言葉遣いになってしまった。
 その言葉に男はハッと鼻で笑うと、じゃ、せいぜいお前が勝てばいいんじゃねーの? と言い捨て、行ってしまった。

 追いかけることもなく、政人は肩をいからせたままその場に立ち尽くしていたが、ふとあることに気づく。
「あのお婆さん、亡くなったのか……」
――異形の姿をしていた自分を恐れず、笑顔で『ありがとう』と言ったあの人。せめて一言、返事をしたかったのに。

 ところで、『勝つ』とはなんのことだろう? 
 
 

 その疑問はすぐに判明した。
 あやかし荘の奥から出てきた女性が、集まった男たちへ拡声器片手に説明を始めたからだ。
熱に浮かされた人ごみに流されそうになりながらも、政人は必死に耳を傾ける。
「勝負は簡単。この玄関から入って、一番最初に別館の管理人室におる恵美ん元へたどり着いたヤツが勝ちや」
簡単じゃん、と誰かが発した声に、彼女はニヤリと笑う。
「ただし、その間は『夢幻回廊』っちゅーバカ長い廊下になっとるで。せいぜい、迷わんように気ぃつけや」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
 思わず発した政人の言葉に、彼女はうさんくさそうな表情で振り向く。
「なんや、別に難しいことはあらへんやろ」
「そうではなくて! 恵美さんの意思はどこにあるんですか、このままでは誰が一番になるか分からないではないですか! それに、ここに集まった人たちはみんな……」
財産目当てだ、と続けようとしたが、さすがにはっきりと口に出すのはためらわれた。
 政人が口ごもっているうちに彼女は政人を無視し、視線を元に戻してしまう。
「さあ、他に質問はあらへんか? ……みんな、管理人室へ行きたいかー?!」
 おおー! と答える観衆。
「じゃあいくでー!」
 ――政人は周囲の盛り上がりを、まるで人事のように眺めていた。
ぱぁん! スタートの号砲は、そんな政人の冷めた意識に遠く響いた。


「なんや自分、まだおったんか。早く行きぃや」
 あっという間に誰もいなくなった玄関前の庭。一人立ち尽くしていた政人に、先ほどの女性がからかうように声をかけてきた。
「ああいうトコでああいうクソ真面目なこと言うたら、袋叩きに合うのがオチやで。気ぃつけな」
「僕は、別に許婚になりたくてここに来たんではありませんから」
「自分は財産目当てじゃないんか?」
 あまりにさらりと言われ、政人は絶句する。
「そんなん分かっとるで。だからこそ、こんな茶番を用意したんやないか。まったく、恵美のばあちゃんも困った遺言残すなっちゅー話や」
「……え?」
「納得出来ひんやったら、あんたが一番になればええ。違うか?」
 ですが……。と未だ顔を曇らせる政人に、彼女は「あんたカタブツやなあ」と笑う。
「あんたとはまた会えそうな気がするなあ」
「え?」
「コッチの話や。……あ、うちは天王寺綾。ここの住人や。縁があったらまたよろしゅうな」




 納得出来ないのなら、自分が一番になればいい。――確かにその通りだった。
自分が一番になって、そして他の財産目当ての男たちを黙らせればいいのだ。

 決心したら、あとは走るのみ。
幸いにして、政人は自分の身体能力には自信があった。伊達に警部を任官していない。
 出遅れた分をなんとかして取り戻すため、政人は最初から全力で走り始めた。
 
 
 ――が、そう思って既に一時間弱。
ここに至るまで、数え切れないほどの人数を抜いた。距離にして10キロ近くは走った計算になる。
 それでも未だ目的地が見えない。政人もさすがにおかしいと思い、その場に立ち止まった。

 そういえば、綾は『夢幻回廊』と言っていた。なにかしらの幻がかけられているのかもしれない。
 風にガタガタと音を立てる窓枠。昼間だというのに廊下は薄暗い。
まっすぐな板張りの廊下はどこまでもまっすぐに続き、時折表れる角を曲がればまたまっすぐな廊下が現れる。その繰り返しだった。
 いつの間にか、人影も見なくなった。大勢の人を抜き去ったのだからと思い、政人はとりたてて疑問には思わずに来たのだが……。
「た、助けてくれぇ!」
 悲鳴が聞こえた。政人が振り向くと、一人の男が背丈の何倍もある異形の者に襲われている。
ぶよぶよと皮膚を緑にてからせながら、それは男に向けて腕を振り上げる。
「危ない!」
 政人は駆け寄り、男を突き飛ばした。異形の者の攻撃は大きく空ぶる。その隙に乗じて政人は瞬時に後ろへ回ると、その頭蓋に跳び蹴りを放った。
 異形の者は悲鳴とも雄たけびともつかない、耳障りな声を騒ぎ立て、そして。
「……消えた……?」
跡形もなく、その体を宙にかき消した。
 呆然とする政人。そしてふと気づけば、助けたはずの男の姿も見えなくなっていた。
あっという間に静寂を取り戻した夢幻回廊。……あまり、ぞっとしない。

と、その時だった。
「隙アリっ!」
 突然、場違いなほどの明るい声が響いたかと思うと、政人の上に何かが落ちてきた。
そう、『落ちて』来たのだ。あまりに突然で、政人は身構えることも出来ずうつぶせに倒されてしまう。
「やったー! 一番のヤツに勝ったぞ! だからボクが一番だ!」
「き、君は何を……」
 小さい体に高い声。落ちてきたのは幼い子供に見えた。馬乗り状態で暴れられ、政人は少しばかり息が詰まる。
なんとかその子を払いのけようとするが、次の瞬間、体が起こせないことに気づく。
「無駄ぢゃ。柚葉はそう見えて強いぞえ」
 新たな声。顔を上げると、政人を見下ろすようにまた新たな人影が立っていた。
「ふむ。一番になるだけあって、なるほど精悍な顔つきをしておるわい」
「……? 一番というのは」
「おぬしがこの勝負、一番ぢゃ。他の者はみなこの夢幻回廊に迷ってリタイヤしおった。軟弱者どもめ」
 人を嘲るように話すその者は、嬉璃と名乗る。
「だが、一番になるのも当然かも知れぬか」
「?」
「……おぬし、人ではないな。あやかしか?」

――自分の顔から血の気が引くのが分かった。
咄嗟に言葉に詰まるが、政人は唇を噛み締め視線は逸らさなかった。
「違います」
「ほう?」
「……僕は人間です。何があっても、ただの人間として在りたいと思っています」

 嬉璃は政人の言葉に、一瞬眉をひそめたが、すぐにカカカ、と笑った。
「面白いヤツぢゃ」
「えー、オマエ人間じゃないの? じゃあもしかしてもっと強いの? ねぇねぇ、だったらボクと勝負してよ!」
「柚葉、その辺にしておくんぢゃ。わしはこやつが気に入った。優勝者を案内してやろうではないか」




 嬉璃と柚葉の案内によって、政人はあっけないほど簡単に管理人室へたどり着いた。
ぎぎぃ……と蝶つがいをきしませながら扉を開けると、向こうにいた人が振り向く。
 あれが恵美だよ、とスーツのすそを引いて柚葉が教えてくれた。
「おかえりなさい。嬉璃さんどこへ行かれてたんですか?」
「野暮用ぢゃ」
 じゃあお茶入れますね、と立ち上がりかけた恵美が政人に気づく。
「あら、どなたですか?」
「あ、僕は」
「もしかして、入居希望の方ですか?」
政人が答える前に、恵美は嬉しそうに顔をほころばせる。
「うわぁ、久々です。なにしろこんなところですから、なかなか入居したいって方はいらっしゃらなくて。張り切ってお掃除しなくちゃ。どの辺のお部屋がよろしいですか? 今なら南向きのお部屋も空いてますよ?」
「……もしかして、恵美さんは」
「今日のことは、なーんも知らん」
 嬉璃はそう呟くと、政人にニヤリと笑って見せた。
 
 
 自分は奇妙な人に好かれたものだ、と政人は思った。だが意外に不満は沸かない。
新たな誤解を今度はどうやって解こうかと考えつつも、もう少しだけこのままでいたいと、政人は思っていた。




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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1855 / 葉月政人 / 男性 / 25 / 警視庁対超常現象特殊強化服装着員】


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■         ライター通信          ■
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初めましてつなみです。この度はご依頼いただき誠にありがとうございました。

さて、いかがでしたでしょうか? 今回は葉月さんお一人のご依頼でしたので、その真面目なお人柄を掘り下げる方向で書き込ませていただきました。強化服を着ての戦闘が書けなかったのが心残りですが、その分葉月さんの日常を垣間見ていただけたかと思います。
あと、プレイングがあまり反映出来なくて申し訳ありませんでした。他の住人とも、何より恵美ともあまりお会いしていただけなかったのが残念です……。

プレイングから伝わってきました葉月さんの人間的『優しさ』を、反映出来なかった分もお返し出来ていれば幸いです。
書かれていたセリフに、「こんな方が警察官だったら安心だろうな」なんて思ってしまいました。

ご意見ご感想などありましたらお寄せいただけるととても嬉しいです。
何かありましたらどうぞお気軽にお寄せ下さい。


それでは、またお会い出来ますことを。つなみりょうでした。