コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


怪奇現象、生中継!



<序章>

それは雫がチャットをしていた時のこと。

:怪奇現象!>雫

突然表示された意味不明のメッセージに、雫は目を白黒させる。
「ど、どうしたの! 何かあったの?」

:人魂?
:不思議な光の玉が今モニターから出てきた!
:驚いたら窓から出て行った

その言葉が書き込まれた途端に、他の参加者の発言が次々起こる。

:う、うわ! 俺んとこも今!
:きゃー 私も

「ちょ、ちょっと待って!」
今日はとある地域限定のチャット大会だった。ということは、皆が見ている怪奇現象は局地的のはず。現に雫は慌ててメールソフトを立ち上げたが、同じ現象の報告は他には届いていない。
 雫は手を強く握った。 ――恐怖で? それはちがう、もちろんこれは

雫:あたしの家はみんなの近所じゃないけど
雫:今知り合いがその辺にいるはず、調査してもらおう!

 ――事件にめぐり合わせた、悦び。
「さあ、事件の始まりね!」
雫は一人ごちると、傍らの携帯電話を手に取った。




<怪奇現象、生中継!>


「……もしもし?」
 気だるげにベッドから起き上がった宝生ミナミは、見覚えのない着信番号に怪しみながらもケータイをとった。
途端にマシンガントークが耳に注ぎ込まれてきて、思わずウッときてしまう。
「もしもしっ、宝生ミナミさんですか! うっわー、お久しぶりです雫ですっ! お元気でしたかツアーは終わったんですよね、もしかしてもう次の新曲のレコーディングに入ってたりするんですか、今度の曲ってどんな曲ですっ?」
「……もう少し落ち着いて話してくれると助かるんだけど」
 あ! ごめんなさい、あたしってばいつもの調子で、と話す雫に、ミナミは思わず苦笑してしまう。
 
 時計を見れば、日も暮れ気温が下がり始めた頃合。開けた窓からは涼しい風がカーテンを揺らしている。
就寝前は洗濯や買い物や、いろいろやりたいことを思い浮かべていたが、気がつけばもうこんな時間だ。
 ――オフだからって、少しばかりもったいなかったかしらね。
ぼんやりとそう考えてから、目覚まし代わりとなった雫の声に改めて耳を傾ける。
「ごめん、それで何?」
「もう、だから! 怪奇現象なんですっ! ミナミさん、解決に協力していただけませんか?」
「怪奇現象?」
 雫から簡単に事態のあらましを聞いたミナミ。しばし逡巡していたが、やがてベッドから立ち上がる。
「やってくれます?」
「……曲のネタ探しも兼ねてね」

 自分の力を役立たせることが出来るかもしれない。そう思えるのは決して悪い気はしなかった。
ケータイに詳細をメールしてくれるよう雫に頼むと、ミナミはクローゼットを開いた。




 まずは現地調査。
現象のあったパソコン本体を調べようと、ミナミはメールを頼りに現象の報告があった家へと向かう。
と、愛車をそう走らせないうちに目的地である古いアパートへたどり着いてしまい、わざわざバイクスーツ着てこなくてもよかったかな、とちらりと思う。久々のオフで愛車を乗り回せることに、どうやら自身が思っている以上にミナミははしゃいでいるようだった。

『そこの3階に住む山下さんです。本人にはもうお話してありますから 雫』

 ケータイのメールを確認し、ミナミは該当する家の戸をノックする。
「こんばんは。宝生といいますが……」
 言い終わらないうちに、ドアがものすごい勢いで開けられる。と、そこには頬を赤く染めた少年が立っていた。
「ほ、ほ、ホンモノだ……」
「ん?」
「い、いえ! ぼ、ぼくは山下智樹です! し、雫さんに聞いてます、どうぞ!」
 なぜか少年はどもりつつ、がちがちの仕草でミナミを家に招き入れる。
「……じゃあ、お邪魔します」
 礼をし顔を上げると、智樹の食い入るような視線とかち合う。一瞬迷った後ミナミがフッと笑って見せると、途端に智樹はこれ以上ない、というほど赤くなり、今にも倒れそうにフラフラした。
 ――一体、何?
 ミナミは髪をかきあげる。気に障ることをしたわけではなさそうなのだが。

 
 理由は、智樹の部屋に入ってすぐに分かった。
 壁全面、これでもかとポスターがはりめぐらされていた。四方はもちろん、天井までも。
そのどれもが、髪を乱し汗を四散させながら熱唱するミナミ――そう、自分だ――の姿で、思わずミナミは部屋の入り口で足を止めてしまう。
 等身大ポスターなど、むしろ自分自身はあまり見たことのない代物だ。ポスターの向こうから強い視線を投げかけてくる『自分』に、思わずミナミは「無愛想……」などと呟いてしまった。
「あ、あの! ご、ごめんなさい、散らかってて!」
 ミナミが驚いている理由を別の意味にとったらしい智樹は、床に散らばったCDを慌てて片付け始める。……よく見れば、それも自分の歌ばかりだった。
 ――この子、緊張してたのね。
「悪い、それよりもパソコンを見せてくれると嬉しいんだけど」
 努めて穏便に語りかけると、智樹はやっとちらりと笑顔を見せ「はいっ!」とうなずいた。
 
 

 D社製、256MBで80GB、デスクトップ。色は黒。
 ……見たところ、普通のパソコンだった。これといった不審な点は見受けられない。
 画面は雫たちとのチャットが映し出されている。
「悪いけど、何か文字を打ち込んでみて」
ミナミの頼みに、すぐキーボードに指を走らせる智樹。

 :今、ミナミさんと一緒にいます!
 
 すると、リロードするたびにレスが伸びていく。
 
 :いいなー。
 :雫さん、本当に知り合いだったんですか?!
 :ねえねえ、ミナミさんってどんな人?
 :ばーか、カッコいいに決まってるよ!
 
 
 ……そのやり取りにミナミは思わず苦笑する。もちろん悪い気はしないが、なんとなしに落ち着かない。
と、その時だった。
「う、うわ! また出た!!」
 二人が見つめる画面から、ぽぅ、と淡く光る玉が生まれたかと思うと、ふっと浮かび上がりミナミの胸の中へと消える。
……あっという間の出来事だった。
 痛みや不快感など、これといった異常は感じられなかった。思わず自分の体をまじまじと見つめてしまったが、別に体が光りだすといったこともない。
「み、ミナミさん大丈夫ですか! 痛くないですか?」
「……別に」
 何も変わらない。
 パソコンを改めて調べてみたがやはり異常はなかった。これ以上光が出てくる気配もなし、となるとここにいる意味はもうないかもしれない。
「じゃあ、あたしはこれで」
 身を翻しかけたミナミだったが、ふと思い至ったことがあって智樹を見る。
「よければ、サインしようか?」

 その言葉に、智樹はそれはそれは嬉しそうに顔をほころばせて「はいっ!」とうなずいたのだった。
 
 


『どうでした?』
「……さっきと同じね。光の玉がディスプレイから出てきて、体の中に入った」
『それだけですか? 痛みとか、体の変調は?』
「ない。これといって」

 ――智樹少年の家を辞した後も数軒回ったが、どれも事件解決の糸口になるようなものはなかった。同じような現象に出くわすだけだ。
 人気のない公園に愛車を止めミナミは雫と相談していた。通り過ぎる風が気持ちいい。
「……そういえば」
『はい、なんですか?』
「今日あなたたちがやってたチャットって、何?」
『……あ、もしかして熱烈歓迎受けたりしました?』
 電話の向こうに、笑いをこらえているようなふしがある。
 ――怪奇現象よりも、むしろどこの家でも自身のポスターが貼ってあることにミナミは辟易していた。
「等身大ポスター」など、ミナミにとっては一日に何度も見たい代物ではない。
『ローズマーダーファンの集いですっ』
「……やっぱり」
 分かっててあたしを呼んだのね、と問い詰めると、雫はえへへと照れたように笑う。
『でも、ミナミさんだってそんなに悪い気はしなかったでしょ?』
「そりゃ、ま……ね」
 照れくさくはあったが、正直なところ嬉しかった。ライブ中ファンの絶叫を聴くことはよくあるが、自分たちへの好感を言葉にして伝えてくれる機会はメジャーになりつつある今でもあまりないのだ。
 いや、メジャーになりつつあるが故に、機会はむしろ減っているかもしれない。

『チャットを主催したのはもちろんあたしですけど。みんなの声を聞いてるうちに、ミナミさん本人に直接伝えてあげたくなっちゃって』
「雫……」
『あたしだってミナミさんの歌、大好きです。だから、もっともっとがんばってほしいんですっ!』
「……ありがとう」
 友人の嬉しい言葉に、そして画面で見た自分へのエールも一緒に思いだし、ミナミは胸がいっぱいになる。
どちらも自分の活躍を素直に喜び、励ましてくれる温かい言葉ばかりだった。
 と。
 ケータイから光の玉がぽぅ、と浮かび上がったと思うとまた一つ、ミナミの胸に吸い込まれた。
驚きはもうなかった。

『じゃあ、ミナミさん。次の家に行きます?』
「……もう、いい」
 え? と疑問をなげかけてくる雫に、見えないながらもミナミは笑いかける。
「原因が分かったから。あたしだったようね……嬉しいことに」




 公園の奥、誰もいない野外ステージ。
 夜の闇の中、ざわざわと音を立てる木立を観客に、ミナミは舞台に立った。
 握り締めたケータイはずっと雫とつながったままだ。ミナミの思いつきを聞いた雫は驚きつつも、即座に手配してくれた。
『ミナミさん、OKですっ。いつでもこのケータイの声をネット配信出来ますよ!』
 雫の声に、ミナミはそっとケータイを地面に置く。
 
 
  ――あたしには、これだけだから。

 ミナミは歌い始めた。自身が一番大事に思っている、情熱的な愛の歌を。
 この歌を作った時は、自分自身の思いを言葉にしただけだった。だが、言葉をメロディにのせ、仲間たちが奏でる音と共にすると、信じられないほど歌が輝きだした。
 ミナミが一番大事に思っているこの歌は、もう既にミナミだけの歌ではなかった。
 ――そう、あたしだけじゃない。
 うら寂しい公園の小さなステージで、ミナミは歌った。他に誰もいない、アカペラのみ一人だけのコンサート。
 ――あたしだけじゃない。

  
 ケータイから一つ、光の玉が生まれた。ふっと浮かび、そのまま天へと昇っていく。
 それを契機としたかの様に、光は次々と生まれ宙に漂いだす。ミナミの声に合わせ、光はくるくると舞ったり、明滅をくりかえしつつ、夜空へ昇華していった。

 ――ホントウニ? 
 胸の奥から聞こえる、もう一人の自分の声。
 ――ホントウニ ヒトリデハナイ?
 途端、脳裏に思い出されるもの。先ほどのチャットの画面に残っていた会話ログ。
 
 :だけどさ、ローズマーダーってもう終わりじゃん?
 :そうそう、オレ飽きちゃったよ

 少しだけ、ミナミの声のトーンが落ちる。と、なぐさめる様に寄ってきたのは小さな光の玉。
他のものより小さいそれは、ミナミが顔を上げるとそっと胸の中に落ちた。――そして感じた、あたたかさ。
 ミナミは一つうなずくと、再び豊かな声量で歌い出した。
もう、自分の中からの声は聞こえなかった。


 ミナミは歌う。
 夜の闇に浮かぶ輝く波。いまや奔流となった光が天へと流れていく様は、今まで見知ってきたどんな世界よりも幻想的で、美しかった。その合間に漂うミナミは、声もあらん限りに歌い続ける。

 ――望むなら 伝えよう 歌おう あたしの想いを
 
 そんな歌詞が、今ひときわ届いて欲しいとミナミは願う。
 
 
 

『ミナミさん、素敵でした! あたし、感激しちゃいました! チャットも今カキコの嵐ですよ!』
「……ありがとう」
 ケータイの声に応じるミナミの息は荒い。だがライブをやりとげた後のような、すがすがしい充実感で全身が満たされていた。
「あ、解決もありがとうございました! 大変なことにならなくてなによりです、それで」
「雫。チャットのみんなに伝えておいて。『感謝してる』って」
 雫の会話を遮ってミナミはそう言い、そして人知れずかすかに笑う。
「それと。『新曲のネタありがとう』って、ね」




□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【0800 / 宝生ミナミ / 女性 / 23 / ミュージシャン】


□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

初めましてつなみです。この度はご依頼いただき誠にありがとうございました。
一年ぶりのプレイングとのことで、張り切ってお出迎えの準備をさせていただきましたが、
さて楽しんでいただけましたでしょうか?

今回は宝生さんお一人のご依頼でしたので、そのカッコよさを掘り下げる方向で書き込ませていただきました。宝生さんは歌っている時が一番素敵なんじゃないか、なんて思ったのですがどうでしょう?

あと、鋭いプレイングありがとうございました。正直驚きました(笑)
そのため、実は予定していた展開と違う方向へ行ってしまったんです……なんてことはここだけの話。
でもおかげで、より面白い話が書けたと私自身は思ってます。感謝です〜
あとは宝生さんご自身にご判断いただくばかりですね。

ご意見ご感想などありましたらお聞かせいただけるととても嬉しいです。
何かありましたらどうぞお気軽にお寄せ下さい。


それでは、またお会い出来ますことを。つなみりょうでした。