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<東京怪談ノベル(シングル)>


特別な存在 〜おでぃ様の一日〜

 俺の世界は、1つの恐怖から始まる。



1.内側から外側へ

 璃琉の考えていることなら、手に取るようにわかる。
(いつも怯えている)
 遠ざかる人を、もう見たくないと。
(同じものを共有している)
 だからこそ、俺たちは笑うんだ。
 せめて傍にいる時は、誰もが心地よくありますように。――俺の対象は、特に女性であるのだが。



 今日はゼミの日だ。俺の出番があることを、当然俺は予測していた。
(ってか、ゼミに行ってるの100%俺だからなー)
 ゼミ室までは、璃琉自身の意思で行く。けれど大抵そこに入る前に、俺が”外”に出ることになるのだ。
 何故なら――
「やーやーお待たせ〜。おぃちゃんの登場だよ★(きらん)」
「きゃーおでぃ様〜vv」
「今日も素敵ね!」
「ダンディだわ〜」
 俺が部屋の中へ入ると、女性たちの黄色い声が飛んだ。
(――そう)
 このゼミは、女性ばかりなのである。
 だからこそ女性が苦手な璃琉は、このゼミ室に入るという行為に耐えられないのだった。
「相変わらず人気だね、璃琉くん」
 俺に負けず劣らずダンディな教授が、笑いながら告げた。まぁダンディというよりも、ナイスミドルと言った方がいいかもしれない。
 俺の本当の名前は翡翠というのだが、璃琉が璃琉の名前で大学に通っている以上、こんがらがると面倒なのでそのままで通している。ゼミ以外でこの女性たちとの接点はないから、それでも問題はなかったのだ。
「ねぇおでぃ様〜。来年も留年してねぇん?」
「それ良いわね! そしたらまた一緒にいれるし」
「ハハハ。無茶言うんじゃないよ。……でもおぃちゃん考えちゃおうかな! その方がいっぱい勉強できるじゃん?」
「ダメよそんな理由じゃ! あたしたちと長く居れるからって言って〜!」
 部屋中が笑いに包まれる。
(実際)
 別に俺は留年しているわけではない。ただ俺が外に出ると20代後半くらいには見えるので、皆が勝手に勘違いしているだけだ。
 それでも別にそう思われることを迷惑に感じることなんてなかったし、書類上俺の経歴を知っているはずの教授も何も言わなかった。だから黙って勘違いさせておくことにしたのだ。
(そりゃあ若いお嬢ちゃん先生の方がよかったが)
 このおじさん先生もなかなかいい人である。
「――さて、雑談はそれくらいにして。そろそろ始めるぞ」
「はーい」
 いつものように楽しい雰囲気の中、ゼミは始まった。



2.心を伝えるために

 国文学科を選択したのは、もちろん璃琉だ。
 俺はその理由をよくわかっていたし、俺も知りたいと思っていたから、講義もゼミも退屈なんてことはなかった。
 1・2年の頃は日本文学――古典や近代なども含めて――も扱っていたけれど、このゼミに入ってからは日本語学を中心に勉強やら研究やらしている。
(もともと俺は)
 人に通じる言葉というものを持たなかった。
 だから誰かに感情を伝えることなどできなかった。
 それでも璃琉や、きっとどこかにいる神様は俺の声を聞いてくれて、俺はこうして自分の感情を皆にわかってもらえるよう外に出せるようになったのだ。
(やっぱり最初は、戸惑ったなぁ)
 初めから言葉を有していた璃琉さえ、どうにもできなかったように。
 自分の意思を100%他人にわかるよう伝えるのは、本当に難しいことなのだ。
(俺たちはその方法を、模索している)
 俺は璃琉の時の記憶をちゃんと持っているから、講義なんかも一緒に聞いていた。
 しかし璃琉はそうではない。
 ”違う人になっている”という自覚はあるようだが、記憶が残っているなんてことはないようだった。
(それでも、勉強するのは璃琉だからな)
 ゼミでは必要以上に、ノートを取るようにしている。何を研究するのか、考えるのも璃琉でなければならない。俺はそれを手伝って、一緒に考えるだけだから。
(だって――)
 俺は璃琉になりたかったわけじゃない。
 璃琉の役に立って、お礼がしたかったんだ。
(璃琉の幸せを)
 演出したかった。
 それが俺の幸せでもあったから。



3.わかってほしいのは

(俺は璃琉の記憶を持っている)
 だから璃琉の考えていることならわかる。
 ――目の前の”うさぎ”に、どれほどの想いを寄せてくれているのか。
(得体の知れない)
 実際には璃琉が会うことなどできない、俺のことですら。
(特別に想ってくれていることを)
 だからこそ殴りたかった。
 殴って告げたかった。

     ★

 その時璃琉は、公園で子どもたちと遊んでいるうさぎを眺めていた。1人離れたベンチに座って。
(翡翠は――僕で良いのかな?)
 そんなことを考えていた。
 考えるほど不安になることを知っていて、考えていたのだ。
(なんてバカなんだろう?)
 そうさ。
 うさぎはうさぎだけのもので、俺だって俺だけのもので。璃琉だって、自分だけのものだろう?
 そんなことは変えられないんだ。
(でも俺たちは”特別”だから)
 まだ自分だけでは、生きていけないから。
 支え合って立っているのに。
 こうして歩いているのに。
 不安を感じる璃琉を、怒鳴りつけたかった。
(でも――)
「――!」
 こういうのは、俺側の役目ではないから。
「翡翠……」
 璃琉の足元にやってきたうさぎ。理解はできても喋ることのできない”俺”の方がいい。
 やがて子どもたちがいなくなると、璃琉はやっと悟ったように問った。
「僕で良いの?」
 反応しないうさぎ。
「――僕が、良いの?」
 潤んだ瞳を璃琉に合わせた。俺も、合った。
「そっか……」
(悩まなくて、いいのさ)
 今はまだ、言葉にして伝えられないけれど。
 いつか璃琉が自分自身の手で幸せを見つけた時――一生の縁を、俺以外の誰かに見出した時。
(俺は伝えたい)
 精一杯の感謝と、死ぬまで”特別な存在”であることを――。





(終)