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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


天狗の『保護者』ができるまで。


 伍宮の家の習わし。


 それは平安の昔から続いていると言う、ひとつの役割。
 天狗の封印の、監視。
 年に一度、欠かす事無く…封印を見守る役目。
 伍宮の祖先が封じたと言う、深悪の魔性。
 決して再び世に解き放ってはいけないと伝えられ、今日に至る。


 そして。
 特にその役割を与えられる人間は一代にひとり。
 一族の中で、特に霊力の強い者が選ばれる。
 そして今代では、明らかに一番の霊力を持っていた一族の者――伍宮神雅斗がその役目を担う事になっていた。
 …ある意味、貧乏籤とも言う。


 何故ならその、天狗を封じた封印の石。
 …それがあるのは山の中。


 そこに行くのに、あろう事か『正装』でなければならないと言うおまけまで付いている。
 もし万が一の事があった時の為、との建前だが、極々単純に、山の中では果てしなく歩き難い格好である事も確かである。
 …咄嗟に動けなければ却って問題があったりするのではなかろうか。
 神雅斗は思うが、一族の総意ともなればあまり逆らえるものでもない。
 仕方無いので、その『正装』を纏い、毎年毎年、必死こいて天狗の封印の様子を見に行っている。


 そして今年もその山登りの時が来た。


 手に数珠を絡め、取り敢えずの魔除けの為に真言を朗誦しつつ、歩き続ける。
 符は一応、様々な種類を用意して来た。…用心しろともいつも言い聞かされている。耳にタコが出来る程。


 そして。
 封印のある筈の…当の場所に着いた時。


「――」


 神雅斗は絶句した。


 封印石が無い。
 …と言うか、封印石だったと思しき残骸はあるのだが。


「な、なにっ…!?」


 封印石の霊威がきれいさっぱり消えている。
 そしてその代わりに、あやかしのものと思しき妖気が…そこはかとなく感じられ。


 これは、封印が解かれていると言う事にはならないか!?


「封印石が…っ!!」
「………………あ? どうかしたかよ?」


 何処からとも無く声まで聞こえる。
 それは妖気の源と同じ場所。
 見える場所では無いが…声だけは届く。


 その声、封印されていた天狗のもの。


 と。
 刀の柄を握り慣れているような指先が、何かを掴むよう、伸ばされる。
「お?」
 …かと思うと、きょとんとした顔の、赤い瞳に黒い髪、黒い両翼を背に負った、古めかしい着物を纏っている少年が唐突に一歩前に踏み出していた。
 何も無いところからいきなり神雅斗の前に現れている。
「…んだよ。封印、解けたのかい。か〜。久し振りだね。娑婆の空気は――って」
 機嫌良さそうに伸びをしていたその少年は急に顔を顰めたかと思うと、ぴたりと凍り付き遠くを眺めていた。
 何と言うか、途方に暮れている。
 どうしたのだろうか。
 いや、何はともあれこの妖気にこの翼。
 この少年が、封印されていた天狗で間違いない。
 やっぱり封印が解けている。


「…き、君が…こ、ここに封印されていた、天狗か?」
「…だったら何」
「…俺と一緒に来ないか」
「あ?」
「こ、このままここに居ても、仕方無いだろう? なあ?」


 言い含める。
 自分でも胡散臭いとは思うが、咄嗟の事で他にどうしたら良いのかわからない。封印が解けているとはまったく予想していなかった。…封印石の壊れ方からして近頃この辺りで進んでいる開発の余波か…。
 ともあれ、封印までされていたような天狗を野放しに出来る訳が無い。
 …だからってどう相対したら?
 逃げられてはそれこそ元も子もない。
 俺の符術は通じるか?
 …わからないなら懐柔するしかない。
 一応、会話が通じる相手ではあるのだから。


 少年の姿の天狗は神雅斗の言葉に素直に考え込んでいる。
 そしてぽつりと。


「何か面白い事ある?」
「ある。あるから」


 その問いに神雅斗は即答。
 …他にどう答えろと?


「ふーん。じゃ、一緒に行こっかな♪」


 これもまた素直に。
 にこりと無邪気に微笑んで。


 神雅斗は思わず安堵の溜息を吐いた。


「ちなみに俺は春華っての。あんたは?」
「え? あ、あ俺は――神雅斗だ。伍宮神雅斗」
「いつみやかがと? …面倒臭いな。おっちゃんでいいや」
「おっちゃん…」


 そうかおっちゃんか…。
 もうそんな年なのか俺は…。
 …ではなく。


「ま、なんでもいーや。行こーぜ行こーぜ」
「…」


 こちらが名乗ったと思ったら、自分を急かす天狗――春華の態度。
 神雅斗の肩を叩き、きしし、と悪戯っぽく笑う好奇心一杯の瞳。


 ………………妙に気さくだな?
 この天狗、本当に封印される程の悪い天狗だったのか?


 小さな疑問はその時、既に心に浮かんでいる。


■■■


 面白い事は京都にある。


 そんな事を言って騙しつつ、神雅斗は春華を連れて行く。
 京都は実家。
 一族の本拠。
 …即ち、天狗を再度封印する為の、嘘。


 だが。
 その道程で。


 神雅斗は悩んでいた。


 ………………伝えられていた話は本当の本当に本当か?


 幸福を嫌悪する深悪の魔性。
 様々な悪戯を繰り返し、都を混乱と恐怖に陥れた、と。


 ………………この、乗り込んだ新幹線が動き出すなり、こんなでけえ箱が動いてる、と目を輝かせて窓に張り付き大騒ぎしている子供がか?


 我らが偉大なる祖先が成し遂げた大事。
 天狗を封じた救い主。


 ………………今、春華はこちらの要求を聞き入れ、翼を隠してまでいる。


 伝承に言われる程の悪い天狗が、そんな…他人の言う事を素直に聞くか?


「なぁなぁなぁ、これって走ってんだよな、何もしなくとも移動すんのか…」
 外見えるのに風感じられねえのが難点だけど、凄えよな…。
 春華は窓の外を見ながらしみじみと感心している。
「おいありゃなんだ!?」
「…ん? …鉄塔の事か?」
「なんか封印されてんのか? それとも帝の墓か何かなのか?」
「………………いや、あれは…送電の」
 いや。
 説明してもわかりそうにない。
「そうでん? そんな名前の帝がいたのか」
「違う。封印でも墓でも無い。…少し先に行けばまたあるぞ。それ程珍しいものでもない」
「…珍しくねぇって…あんなもんがいっぱいあるってのかよ…」
「今の世ではな」
 へー、と心底感心し、まじまじと窓の外を見続ける春華。


 ………………まるで、姿の通りの子供だ。


■■■


 やがていつしか、騙していた事がバレていた。
 同じような田舎の田園風景――春華にとってはそろそろ珍しくない――景色が続くようになり、つまり春華が外の景色に飽きてきた頃。
 ついに言い訳が出て来なくなってしまった。


 まぁ、言い訳が出て来なくなったのは…漸く、この天狗と確り話してみる気になった…と言う理由もあるか。
 どうにも、この春華の態度を見れば見る程、話せば話す程…伝承通りの性悪な天狗とは神雅斗には思えない。


 ………………だから、自分の目で、春華本人を見極めたいと思ったのだ。


「…一緒に付いて来ないとなると…これから、どうする気だ?」
 神雅斗は静かに問う。
 春華は神雅斗の顔を見上げた。
「さぁ? なんか面白い事探すよ。どーもおっちゃんのとこも色々鬱陶しい事があるみたいだし」
 この走る箱が止まったらどっか行く。
 春華は詰まらなさそうに宣言する。
 神雅斗は春華の顔を見下ろした。
「…面白い事ってな。…悪さをするならまた封印するぞ?」
「するならすれば? …勿論、抵抗するけど」
 ごく、軽く。
 窓の外を見ながら。
 何も大した事では無い、とでも言うように。
 黙り込む神雅斗に、視線をちらりと流す春華。


 途端、神雅斗には全部わかってしまった。


 自分を見る瞳。
 そこにあったのは何も期待していない無表情。
 何も恨んでいない、殺気も敵意も何も無い、初めから、諦めているような孤独の色。
 痛ましくさえ思えるくらい空虚な瞳。


 ああ


 そう言う事かと神雅斗は理解する。
 長の間、封印されていた。
 と、なれば――当然だ。
 ………………春華は今まで、ずっとひとりだったのだ。


 神雅斗に大人しく付いて来た理由。
 それは、ただ、寂しかったからなだけなのだ――と。


「春華」
「…んだよ」
 拗ねたような態度の春華に神雅斗は神妙な顔でこいこいと手招きする。訝しげな顔をしつつも、春華は何事かと招かれるまま神雅斗の前に素直に出た。
 と、神雅斗は妙な顔をしている春華のその身体をそっと抱き寄せた。
 小さな子供にするように。安心させるように、柔らかく。
「なっ、なにし…」
 焦ったように声を上げかけた春華のその頭を、神雅斗は優しく撫でた。
 かぁっ、と春華の顔が真っ赤に染まる。
 その顔を隠すように俯いた。
「やめろってば、ちょっと、おっちゃん………………」
 春華の声が小さくなる。
 やがて黙ると、春華はそのまま――神雅斗に大人しくされるがままで居た。


「封印なぞさせないから安心しろ」
「…」
「約束だ。…な?」


 途惑う春華。


 そんな事を言われた事は無い。
 そんな優しく接された事は。


 春華はその言葉と態度に停止している。


 神雅斗はただ、小さな子供にするように慈しみをこめて抱き締めた――それだけの事。
 けれど。


 ずっとひとりであった春華にとっては、それは物凄く大きな事で。


■■■


 …そして結局春華を連れて訪れた伍宮の実家で――ちょっとした大騒ぎ。
 封印し直すべきと騒ぐ親戚一同を、春華に約束した通り――神雅斗は意地で説き伏せて。
 御役目であった自分がこれからは監視役となり、封印されていた天狗こと春華を引き取る事で、一族の石頭たちをどうにか納得させた。


 まぁ、『監視役』――とは言っても。
 現代社会の常識がまったく通じない天狗に対してのそれ、まだ幼ささえ残る子供に見える外見と態度である春華当人を見る限り、結局――実質的には『保護者』とも言える訳で。
 つまりはいきなり子供がひとり出来たようなもの。


 ………………そこから伍宮神雅斗の苦難の日々が始まる事になる。


■■■


「…なーなーおっちゃん、さっき部屋から向こうのビルに飛んでったらさー、なんかいきなり悲鳴上げられたんだけどなんでだ?」
「…飛んでって、春華な…」


 当たり前だここは東京だ。
 こんなところでいきなり翼出して飛ぶんじゃない…!


■■■


「…これ持ってろ」
「何コレ?」
「携帯電話だ。…着信したら取れよ」
「…ちっこい丸いのがいっぱい付いてるなぁ。あ、面白えこの絵、何だろ? 押すと変わる♪ …おおっ、音が鳴るんじゃん! すげー」
「………………頼むぞ」


 ああこれで何処に居ても春華と連絡が取れる…筈。


■■■


 が。


「…何故電話を取らない」
「なんかくるくる変わって面白ぇけど使い方よくわかんねーもん。鳴っても話せないし」
「………………そうか…じゃあ教える。…ここのボタンを押して、」
「ボタンて何? あ、このちっこいのの事?」
「そうだ。後は耳に当てれば聞こえる」
「…こうか?」
「違う…それは逆様だ…」


■■■


 少し…は慣れて来たのか、だがそれでもまだまだ現代の常識が足りない春華のとんでもない行動の数々。
 そして時折実家に顔を出せば、そんな春華の件でまたぐちぐちと騒ぐ石頭が複数…。


 きりきりきりきりきり。


 …どうもそんな音が身体の中から聞こえてくる気がする。
 神雅斗は無意識の内に胃の辺りを押さえている。


 ………………頼むから…これ以上騒ぎを起こさないでくれ…。


【了】