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２．インサイダー・アイドル ――彼女は光の夢を見る
■鹿沼・デルフェス編【オープニング】
「あたしねっ、向こうの世界に行ってみたいんだ★」
「向こうの世界？ ――と、言いますと？」
「決まってるじゃない！ 光の世界よ」
「ひ、ひかりのせかい……ですか？」
「知らないの？ ここは闇の世界なのよ。そしてこの闇の世界の外には、光の世界があるの。その２つは１本の細〜い通路で繋がっていて――」
「いて？」
「最近ね、そっちの世界から来てる人が何人かいるんだって！」
「……それが今いちばん流行っている怪談ですか？」
「違うの。これは怪談じゃなくって、現実よ★」
そのアナウンサーは、困った顔をしていた。
（当たり前だ）
と探偵――少年探偵は思う。
アナウンサーがインタビューをしている相手はＳＨＩＺＵＫＵ。オカルト系アイドルとして有名な彼女にそんなことをする理由は１つ。その手の話が聞きたいからだ。
（それなのに）
彼女は”現実”の話をした。アナウンサーが困るはずだ。
「――しかし彼女、一体どこから情報を仕入れているのでしょうね？」
傍に立って一緒にＴＶ(といっても電波が飛んでいるわけではなく、有線である)を見ていた助手――青年助手が首を傾げる。
”ＳＨＩＺＵＫＵがどこから情報を仕入れているのか”
確かにそれは気になる問題だった。何故なら普通ゲルニカに生きている者は、知るはずもないのだから。
（この世界が闇なんて）
その闇の外に、光があるなんて。
「それを知っている誰かと、繋がりがあると考えた方が良さそうだな」
探偵が口にしたその時、事務所のチャイムが鳴った。
助手が返事をする前にドアは開き――
「やっほ〜★」
やって来たのは――ＳＨＩＺＵＫＵだった。
■呼ぶ声が聞こえる【アンティークショップ・レン：店内】
空耳などという人間的なものは、わたくしにはないはずでしたのに。
『誰か……ここへ来て……』
聞こえる声に、わたくしは耳を傾けました。
『……教えて……』
ここアンティークショップ・レンの商品は、その多くが”曰くつき”と呼ばれる物。よってそんな呼びかけも、珍しいことではなかったのですが。
「――外、ですの？」
驚いたことに、その声は店内の商品から聞こえているものではなさそうだったのです。
わたくしはその声に誘われるように、店の外へと出ました。レン自体不思議な空間の中にあるお店なのですが、声をたどってゆくとどんどんと細い通路へと入ってゆくのです。
見覚えは、ありません。
いえ、確かにその通路に見覚えはなかったのですが、たどり着いた建物には見覚えがありました。
（――そう）
草間興信所だったのです。
（でも、おかしいですわ）
辺りがやけに暗いのです。そしてわたくし自身、ここは”現実”ではないと、何故か悟っています。
（ここは――ここは”ゲルニカ”？）
どうしてそんな聞いたこともないような世界のことを知っているのか。わたくしは戸惑いました。
（なんですの、これ……）
ゲルニカは、”あいつ”と呼ばれるお方が作り出した世界。その”あいつ”様は、少年探偵様が苦しむことを喜んでいる。
それがこの世界の構図のすべて。
何故かそれを、わたくしは瞬時に理解していました。
この草間興信所に、その探偵様がいらっしゃることも。
「――！」
そして不意に、わたくしの横に現れた人影。
「――こんにちは。ゲルニカは初めてですか？」
■移動の法則【ゲルニカ：草間興信所】
車椅子に乗った美しい男性は、そう告げるとわたくしに微笑みかけました。そうしてわたくしはまた驚くのです。
（お名前が……）
話し掛けられただけで、相手のお名前がわかるのですから。
「ええと、セレスティ・カーニンガム様……ですわよね？ やはりここはゲルニカという世界で合っていたのですか」
するとわたくしのその言葉から、セレスティ様はお気づきになったようで。
「ああ、急に色々なことがわかるから、戸惑っていらっしゃるのですね。大丈夫ですよ、ここはそういう世界ですから。知る必要のあることは、自動的に知れるようになっているのです」
「まあ、なんて不思議なのかしら！ ではわたくしが”呼ばれている”と感じたのも、その必要があったからなのですね」
「呼ばれた？ ――それは男性の声でしたか？」
少しだけ鋭さを増したセレスティ様の視線を不思議に思いながらも、わたくしはその声を思い出しておりました。
「いいえ？ 女性の声だった……と思いますわ」
はっきりとしないのは、その声自体がはっきりとしないものだったからだ。
「そうですか。ではもしかしたら、ＳＨＩＺＵＫＵ嬢の声なのかもしれませんね」
そう告げられてから、わたくしの脳裏には再び情報が。
（そうですわ……）
わたくしは光の世界へ行きたいと切望するＳＨＩＺＵＫＵ様に呼ばれて、きっとこちらへやってきたのでしょう。そしてそれはセレスティ様も、きっと同じ。
「ええ、わたくしもそう思いますの」
頷くと、セレスティ様は頷き返して下さいました。
「さて――それでは中に入りましょうか。少年探偵にお話を聞きましょう」
「はい。……あ、宜しくお願い致しますね、テレスティ様」
「こちらこそ」
互いに微笑を浮かべたまま、ドアは開かれました。
「――なんだ、今回はずいぶんと足並みバラバラだな」
中へと入ってきたわたくしたちをご覧になって、探偵様は普段草間様がいらっしゃる位置からそんな声をかけてきました。
「つまり他にも、こちらに来ている方がいるということですね？」
その言葉から的確に情報を読み取ったセレスティ様が問うと、探偵様は表情を変えずに。
「まあ片手に足りないくらいはね」
６人以上ということのようです。
わたくしはその隙に素早く事務所内を見回してみましたが、どうやらここにはＳＨＩＺＵＫＵ様はいらっしゃらないようでした。
「あの、ＳＨＩＺＵＫＵ様は今ここにいらっしゃいませんの？」
確認する意味で問うと、探偵様は足を組み椅子の背もたれに体重を預けたまま。
「ふん、帰らせるのに苦労したのだ」
そう鼻を鳴らしました。
「外から人が来ましたらお呼びしますからと言って、無理やり学校の方へ帰らせたのですよ」
横からフォローをするように言葉を挟んだのは、探偵様の脇に控えている、青年助手様です。
「ではＳＨＩＺＵＫＵ様を呼んでいただけるのですね？」
再度わたくしが訊ねると。
「呼ばずとも勝手に来るだろう」
探偵様は吐き捨てるようにそう告げてから、真っ直ぐにセレスティ様の方を見ました。
「先に訊きたいことがありそうだね？」
そしてその言葉は当たっていたようで、セレスティ様は頷いて口を開きます。
「ええ。そのＳＨＩＺＵＫＵ嬢と、キミがどんな会話をしたのか」
「…………」
探偵様は少し考え込むように腕をお組みになってから。
「……いいだろう、そこに座りたまえ。助手、テキトーにお茶の用意を」
「わ、わかりました」
何故か戸惑いを見せながら、助手様は奥の台所の方へと消えてゆきました。
言われたとおりわたくしたちがソファに座ると、探偵様は助手様が戻るのも待たず喋り始めます。
「――さてと。君が知りたいのは、ＳＨＩＺＵＫＵが僕との会話の中で、彼女にそれを教えた人のことについて何か言っていなかったか、ということなのだろう？」
「ええ、そうです。キミなら些細なヒントからでも推測できるのでは？」
（確かに）
この世界の者ではないわたくしたちよりも、この世界の一員（一因？）である探偵様の方が、すべてにおいて有利なはずなのです。
しかし探偵様は皮肉った笑みを見せると。
「どんなに世界に精通していても、そのヒントすらなければね」
そんなことを告げました。
「そのことについてお訊きにならなかったんですの？」
光の世界へ行くために、一度は探偵様を訪ねたはずのＳＨＩＺＵＫＵ様。そんなＳＨＩＺＵＫＵ様にそれを訊かないことは、極めて不自然であった。
すると探偵様は肩をすくめて。
「かなーり単刀直入に訊いたがね、どうやら口止めをされているようだった。何と引き換えにしても、言いそうになかったよ」
「口止め、ですか」
穏やかな表現ではありません。
（何故なのでしょう？）
ＳＨＩＺＵＫＵ様がこんなふうに、光の世界へ行きたいと騒いでも、誰かが困るわけではないと思うのですが……
（ただひとつ、言えることは）
「ではやはり、それを教えた方はＳＨＩＺＵＫＵ様にとって、信頼に値する方なのでしょうね」
少なくとも、ＳＨＩＺＵＫＵ様が口止めを了承するくらいには。
「ああ――そうか」
探偵様はわたくしが言いたいことを的確に読み取ったようで。
「たとえ彼女が重度のオカルトマニアだとしても、信じられることと信じられないことがあるだろう。彼女が光の世界のことをこれほどまでに信じているのは、その情報源を彼女が信用しているから、というわけか」
そうわかりやすくまとめて下さいました。
そしてちょうどその発言が終わった頃。
――ぴんぽーんっ
不意にチャイムの音が聞こえ、開かれたドアから２人の人物が現れたのです。
「こんにちはー！」
「お邪魔しますよ〜」
買い物袋を下げた男性がお２人。また自動的に、お名前がわかります。アイン・ダーウン様とヨハネ・ミケーレ様。
どうやら２人とも、既に何度かゲルニカへ足を運んでいるようでした。
★
「色々買ってきたんですけど、物は向こうに持って帰れるんですか？」
空いている方のソファに座ったアイン様は、まずそれを口にしました。ヨハネ様はと言いますと、探偵様より台所をお借りして何やら作っているようです。
探偵様はアイン様らが買ってきた物に一通り目を通してから。
「――残念だが、君たちが買ってきた物はほとんど、持ってはいけるが似た物質で代用されるという部類の物なのだ」
「えー？」
「存在しない物質は、互いに持ち込むことができない。持ち込もうとしてもその世界で最もそれに近い物質に変換されてしまうのだよ。ただ例外はあって、それは持ち込んだ物質が本人にしか扱うことのできない物質であること」
それは少々遠回りな説明でした。今度はわたくしがわかりやすく言い直そうと、口を動かします。
「つまり、その人でなければ動かすことのできない人形……などですか？」
わたくしの例えに、探偵様は頷くと。
「そう、その場合は、例え人形の素材がゲルニカに存在しない物でも、こちらに持ち込むことができる。ただし他のことに利用しようとした時点で、何らかの制限がかかるだろう」
それはとても、デリケートな世界。
「ＳＨＩＺＵＫＵ嬢があちらの世界へ行くことは、可能なんですか？」
ズバリ問い掛けたのは、セレスティ様です。
（！ そうですわね……）
わたくしたち人間にも、物移動の原理が当てはまるのなら。もう１人のＳＨＩＺＵＫＵ様といえる瀬名・雫様が既にあちらの世界に存在している以上、移動が可能ということになるのです。
すると探偵様は首を傾げて。
「理論的には可能だろうな。ただし実際に行くとなると別問題だろうが」
「何故？」
「彼女が行きたいと望んだ時点で、”あいつ”が許してさえいれば彼女はもうこの世界にはいないはずだからさ」
わたくしたち３人は、顔を見合わせました。
（結局わたくしたちにはどうすることもできませんの？）
ほんの少し、空気が重くなってしまいました。
それを破るように、再びやってくる訪問者。
――ぴんぽーんっ
「やっほ〜★ また来ちゃった♪」
「…………」
また２人。１人は問題のＳＨＩＺＵＫＵ様。そしてもう１人は、無表情で頭を下げた巽・千霞(たつみ・ちか)様でした。
■バトルのあと【ゲルニカ：同所】
「お口に合わなかったらすみませんけれど……」
ヨハネ様はそう告げながら、わたくしたちに今作ったばかりのチーズケーキを振る舞って下さいました。
「珈琲と紅茶も買ってきたんで、飲みたい方に手をあげて下さいね」
そうして手の数を数えてから、また流しの方へと向かいます。助手様がそれを手伝うために追っていきました。
（いつの間にか）
草間興信所内は人であふれています。
そんな中。
「折角だからサイン貰ってもいいですか？」
とどこからか色紙を取り出していたのはアイン様でした。
「えへへ〜もちろんいいよ★」
ＳＨＩＺＵＫＵ様は喜んで頷くと、それを受け取ってピンクのペン（サイン用に持ち歩いているようです）でサインをしています。
それを見ていた探偵様は、アイン様に。
「ＳＨＩＺＵＫＵのサインのままがいいなら、向こうへは持っていかないことだな。向こうに持っていった時点でそれは向こうのＳＨＩＺＵＫＵのサインになるのだ。僕は向こうのＳＨＩＺＵＫＵなど知らないが、向こうのＳＨＩＺＵＫＵは別にアイドルではないのだろう？」
少々わかりづらいですが、先程までの会話を思い出すと理解できました。つまり向こうにはＳＨＩＺＵＫＵ様自身は存在しないため、ＳＨＩＺＵＫＵ様のサインはそれにいちばん近いサインである瀬名・雫様のサインになってしまう、ということなのでしょう。
「あ、そうか。じゃあここに置いていきますから、探偵さん事務所にでも飾って下さいよ」
「断る」
「はい、できたよ★」
当のＳＨＩＺＵＫＵ様はサインを描くのに夢中になっていたようで、お２人の会話など耳に入っていないようでした。それは可愛らしいイラストがたくさん入った色紙を見ればよくわかります。
それからＳＨＩＺＵＫＵ様は、皆様の分の飲み物を運んできたヨハネ様に向かって。
「ねね、キミは？」
「えっ？ 僕？ サインですか？ えっと……」
ヨハネ様は戸惑いながらも助けを求めるように視線を泳がせましたが、誰も上手くかわす言葉を持っていなかったようで。
「……あ、じゃあお菓子の本にでも、サインしてもらおうかな」
そう呟くと、見ながら作っていたのでしょう、再び流しの方へと戻っていきました。
ＳＨＩＺＵＫＵ様はその後ろ姿を見送ってから。
「他の人は――」
「そこまでだ」
探偵様は声を遮ると。
「折角の温かい飲み物が冷めてしまうだろう？」
とても真っ当な言葉を口にしました。
ＳＨＩＺＵＫＵ様は一瞬きょとんとした表情をしましたが。
「言われてみればそうだねぇ。ケーキだって作りたてがいいし★ じゃあヨハネちゃんが戻ってきたら先に食べようか♪」
（助かりましたわ）
どうやら探偵様は、ＳＨＩＺＵＫＵ様の上手な扱い方を知っているようでした。
「じゃあ麻雀で勝負して、ＳＨＩＺＵＫＵさんが最下位になったら喋るというのはどうですか?!」
そんなアイン様の提案から、唐突に始まった麻雀大会は、アイン様・ヨハネ様ペアの優勝で幕を閉じました。麻雀などやったことのないわたくしはセレスティ様とペアを組ませていただいて、教えてもらいながら勝負を見守っておりました。
ちなみに２位はＳＨＩＺＵＫＵ様・千霞様ペア、３位はわたくしたちのペア、最下位は探偵様（・助手様のペア？）でした。
「――しかしこれで、ＳＨＩＺＵＫＵ嬢の口からは情報を聞けなくなりなりましたね……」
十分に麻雀を楽しんだ後の、セレスティ様の言葉。
（――そう）
もしもＳＨＩＺＵＫＵ様が最下位になったら”喋る”と言っていたのは、どなたがＳＨＩＺＵＫＵ様を口止めしているのか？ もしくはＳＨＩＺＵＫＵ様に真実を告げたのか、という問題なのでした。
するとＳＨＩＺＵＫＵ様はそのことなど忘れていたようで。
「ああ、そう言えばそんな約束してたね★ 別に教えてもいいんだよ、あたしは。邪魔が入らなかったらね♪」
「?!」
皆さんの反応から、わたくしも薄々気づきました。
（この世界の動きを握っている）
”あいつ”様の邪魔が入らなかったら……ということなのでしょう。
「直接、聞いたのかね？」
探偵様の低い問いに、ＳＨＩＺＵＫＵ様はいつもの調子で答えました。
「んーん。あたしはあいちゃんとは会ったことないもん。あいちゃんの話はヒミコちゃんから聞くの。で、ヒミコちゃんは沙耶さんから聞いてるのね。なんか伝言ゲームみたい★」
「…………」
その内容よりも、ＳＨＩＺＵＫＵ様が”あいつ”様のことを”あいちゃん”と呼んでいる事実の方が、皆さんは気になったようです。
「――ってことはぁ〜、ゲルニカの外に本当の世界があることってことを、”あいつ”から聞いた沙耶さんから聞いたヒミコちゃんから、ＳＨＩＺＵＫＵちゃんは聞いたってこと？」
不意に聞こえた聞き覚えのない声に、皆さんの動きがとまりました。声のした方へ視線を向けますと、千霞様の手元にある犬のぬいぐるみが目に入りました。
（あら……？）
「ホント、インタビュアーさんって腹話術うまいよね★ でも違うんだ。その思想を展開してるのは、ヒミコちゃん自身なの。で、あたしもそれに共感しちゃって、だったら外の世界に行きたいなぁって」
どうやら千霞様はＳＨＩＺＵＫＵ様と２人でいた間中腹話術で過ごしていたようで、ＳＨＩＺＵＫＵ様には少しも不思議そうなご様子はありませんでした。腹話術だとわかったところで、皆さんも安心して会話を進めます。
「それならどうして、口止めなんてされていたんですか？」
問い掛けたヨハネ様に、ＳＨＩＺＵＫＵ様は首を振ると。
「口止めされてたんじゃなくて、あたしが勝手にしてたんだよ。だってそんなこと言ったら、探偵ちゃんの興味があたしからヒミコちゃんに移っちゃうでしょ？ でもあたしはヒミコちゃんに迷惑をかけたいんじゃなくて、そっちの世界に行きたいだけなんだもんっ」
少々滅茶苦茶な言い訳ではありますが、ＳＨＩＺＵＫＵ様のヒミコ様には迷惑をかけたくないという気持ちだけはよく伝わってきました。
「ああ、全部話せちゃった★ ねぇもういいでしょ？ 光の世界への行き方を教えてよ〜」
甘えるような声を出すＳＨＩＺＵＫＵ様を、探偵様は厳しい眼差しで見返しています。
「……探偵？」
その不可思議な様子に気づいた助手様が、呼びました。
「――おかしいな。外へ出たいという希望を植えつけたのも、出すまいとしているのも、”あいつ”だというのか？ ならば何のために……」
探偵様のその言葉に、思い出したよう問い掛けたのはセレスティ様です。
「探偵くん、もし仮にＳＨＩＺＵＫＵ嬢が向こうの世界へ行けたとすると、ゲルニカにはＳＨＩＺＵＫＵという存在がいなくなるわけですよね。そうなると、新しいＳＨＩＺＵＫＵ嬢が生まれたりするんでしょうか？」
（面白い考え方ですわ）
もしそうならば、ＳＨＩＺＵＫＵ様が再びゲルニカへと戻ってきた時に、”ＳＨＩＺＵＫＵ”が２人存在することになるのです。
すると探偵様は首を振って。
「それはないな。君たちだって、向こうに帰った時もう１人の自分に会ったなんてことはないだろう？ そういうことなのだ」
「待って下さい。そもそも俺たちがそのままの状態でゲルニカへ来ていること自体、おかしくないですか？ 最初の探偵さんの話だと、ないものは似たものに変換されるって話でしたけど……」
首を傾げながら問うアイン様。それには助手様が答えました。
「それは、皆さんがこの世界に既に存在しているからですよ」
「え?!」
「すべてが今の皆さんとは違うかもしれませんが、存在としては同じ方がいるはずです」
そう言われても、すぐには信じることができません。
「……つまりね、先程のサインの話を例に出して言うと、ＳＨＩＺＵＫＵ自身が自分のサインを持って向こう側に行くならば、そのサインはＳＨＩＺＵＫＵのものであり続けるのだ。それともう１つ、”行く”という条件と”戻る”という条件は違う。”戻る”条件は”行く”行動を起こしているだけでいい」
「少しこんがらがってきましたけど……つまり戻るには、特別な条件はいらないということですのね？」
わたくしがまとめると、探偵様は頷いて。
「帰りたいとさえ思えば、ね」
■夢語り【ゲルニカ：怪奇探険クラブ部室】
「”あいつ”の意思なしに、光の世界へ行くことはできない」
探偵様からそう聞かされたＳＨＩＺＵＫＵ様は、とても落ち込んでいらっしゃいました。
「あたしあいちゃんには嫌われてるみたいだから、きっと無理だね……」
そんなふうに、肩を落とします。
（どうやら）
ＳＨＩＺＵＫＵ様が”あいつ”様に嫌われているというのは本当のことのようで。ＳＨＩＺＵＫＵ様の自由な行動が時として”あいつ”様を邪魔してしまうのが真相のようでした。”あいつ”様にも、ＳＨＩＺＵＫＵ様の突飛な行動をすべて予測するのは不可能なようです。
わたくしと千霞様は、落ち込んでいるＳＨＩＺＵＫＵ様を元気付けようと、一緒に学校へ行きオカルト談議に花を咲かせることにしました。
「ここが部室だよ★」
驚くほどに広い神聖都学園の敷地内。その片隅を指差したＳＨＩＺＵＫＵ様でしたが、そこは様々なクラブの部室が入っているような建物ではありませんでした。
「この建物１つが、ですの？」
「そそ。ここのガッコ、クラブ１つに建物１つずつあてがわれてるの」
さすが、というしかありません。
千霞様は一度ここに来ているようで（おそらく興信所へ来る前でしょう）。
「まだヒミコちゃんいるかな？」
手元のぬいぐるみが、そう告げました。
「どうかな？ ――ただいま〜」
元気な声をあげながら、ＳＨＩＺＵＫＵ様は部室のドアを開けます。どうやら現実の世界の話を聞けるということで、元気を取り戻しつつあるようです。
（よかったですわ……）
中に入ると、女性が１人いらっしゃって。
「あら、おかえりなさい、ＳＨＩＺＵＫＵちゃん、インタビュアーさん。あと……」
「初めまして、鹿沼・デルフェスと申します」
わたくしが挨拶を挟むと、彼女はにこりと微笑んで。
「アンティークショップの店員さんですね」
と続けました。
「ごめんねーヒミコちゃん。皆にヒミコちゃんの思想のこと教えちゃったの」
「あら、そんなこと構いませんよ。信じてくれる人が増えるなら嬉しいし……でも皆さんがこうしていらっしゃったということは、やっぱり当たっていたんですね」
ＳＨＩＺＵＫＵ様の謝罪にそんなふうに返すと、ヒミコ様はわたくしたちに椅子を勧めて下さいました。
「ヒミコ様は、そのことを高峰様からお聞きになったわけではないそうですね？」
確認の意味も込めて、わたくしは問い掛けてみました。
ヒミコ様は頷いて。
「ええ、違います。私、沙耶さんに保護される前の記憶がないんですけど、この思想だけは忘れてなかったみたいで。ずっと覚えていたんです」
「！」
それは思いがけない言葉でした。
（でしたら鍵を握っているのは）
過去のヒミコ様？ ――そして高峰様、ということになります。
それ以上はヒミコ様に訊ねても何もわからないようでしたので、今度は千霞様がＳＨＩＺＵＫＵ様に振りました。
「ねね、ＳＨＩＺＵＫＵちゃんはなんで、光の世界に行きたいの？」
するとＳＨＩＺＵＫＵ様は大真面目な顔で。
「だって、外に光の世界があるってことは、ここって闇の世界ってことなんだよね？ 闇の世界のオカルトアイドルなんて、なんか嫌じゃな〜い？ どうせなら光の世界のアイドルになって輝きたいもん！」
「………………」
実にＳＨＩＺＵＫＵ様らしい答えと言えたけれど、少し脱力してしまったのは何故でしょう？
「それより早くオカルトの話しよーよ！ 向こうの世界のこと教えてくれるんでしょ?!」
瞳を輝かせたＳＨＩＺＵＫＵ様に倣って、隣のヒミコ様も瞳を輝かせます。
（そう）
彼女たちにとって”オカルト”とは、わたくしたちにとっての現実のこと。それはわたくしたちにとってこの世界そのものが、”オカルト”の対象であるように。
その後あちらの世界の様々なことを話して聞かせたわたくしたちは、満足そうなＳＨＩＺＵＫＵ様たちに満足して、ゲルニカをあとにしました。
（いつか）
来ることができたらいいですわね。
そんなふうに祈りながら――。
■終【２．インサイダー・アイドル】
■登場人物【この物語に登場した人物の一覧：先着順】
番号｜Ｐ Ｃ 名
◆◆｜性別｜年齢｜職業
2266｜柚木・羽乃（ゆずき・はの）
◆◆｜男性｜１７｜高校生
0164｜斎・悠也（いつき・ゆうや）
◆◆｜男性｜２１｜大学生・バイトでホスト（主夫？）
1883｜セレスティ・カーニンガム
◆◆｜男性｜ 725｜財閥統帥・占い師・水霊使い
2151｜志賀・哲生（しが・てつお）
◆◆｜男性｜３０｜私立探偵（元・刑事）
2086｜巽・千霞（たつみ・ちか）
◆◆｜女性｜２１｜大学生
2525｜アイン・ダーウン
◆◆｜男性｜１８｜フリーター
1286｜ヨハネ・ミケーレ
◆◆｜男性｜１９｜教皇庁公認エクソシスト(神父)
2181｜鹿沼・デルフェス
◆◆｜女性｜ 463｜アンティークショップ・レンの店員
■ライター通信【伊塚和水より】
この度は≪闇の異界・ゲルニカ ２．インサイダー・アイドル≫へのご参加ありがとうございました。そして大変遅くなってしまって申し訳ありませんでした_(_^_)_ その割にはあんまり長くないんですが……分岐が激しく多いのでよろしければ他の方のノベルもご覧になって下さいませ〜。
途中の麻雀に関しては、他の参加者様の方に詳しく載っておりますので、気になりましたらどうぞ。その分こちらには後半のオカルト談議が入っております。
ゲルニカ、大人しく隔月に変えようかなと思っております。色々と変更点が多くご迷惑をおかけしておりますが、今後ともよろしくお願い致します_(_^_)_
それではこの辺で。またこの世界で会えることを、楽しみにしています。
伊塚和水 拝
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