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<東京怪談ノベル(シングル)>


仄かな震えを、静めるもの。

「こんな所でまで、とは。よっぽど焦っておいでなのか。…しかし、お前達如きでは私に傷一つつけられないぞ? 私が誰だか分かっているのか?」
 ゆらり、と空気が揺れた。静かに、冷静に言葉を放った季流 白銀(きりゅう しろがね)に、返事はなく。異様な風と、静けさの中、白銀は誰かの所業で送り込まれた『刺客』相手を見据えて、余裕の笑みを見せた。


「急用…?」
 下校時間。『すぐ戻ります』との伝言のみ残され、そこにいつもいる筈の白銀の付き人は、姿を消していた。
 白銀が通っている学校は良家子息が通う名門で、付き人には控え室なるものが与えられる、白銀の付き人も、例に漏れず下校時間までそこで控えているのだ。
「………」
 控え室の管理をしているものから付き人不在の知らせと、走り書のメモを受け取った白銀はその場で手で口元を隠し、眉根を寄せた。…何か、違和感を感じる。いつもつかず離れずでいてくれる『彼』が、こう言う形でいなくなるなど、考えてもおかしいことではないだろうか?
 『すぐ戻ります』―――つまりは、『私が戻るまで、そこにいてください』と深読みしても、おかしくはない。彼の速記を見れば、解りそうなものだ。
「…ああ、そうだ。『王子』くん」
 立ち尽くしたままの、白銀に。
 管理人が、思い出したように声を掛ける。『王子』とは、白銀の渾名らしい。
「その『王子』…やめていただけませんか」
 白銀は眉根を寄せたまま、管理人にそう応えた。どうやら、『それ』をあまりお気に召している様子では、ないらしい。…当然といえば、当然の話なのだが。
「いやいや、すまない。気分を害したなら許してくれ。一度言ってみたかっただけなんだよ。…それより、言い忘れがあったんだ」
 管理人は苦笑いをしながら、そう言った。それで白銀も表情を柔らかいものに戻し、にこりと笑いかける。――『余裕』を、崩しては、いけない。
「…護衛さんが、『校内駐車場でお待ちしています』って後付で言ってきたんだよ」
「…!?」
 管理人は、彼が残した走り書きのメモの内容を、知らない。ますます、おかしいではないか。
「そうですか、わざわざありがとうございます」
 そう、管理人には悟られぬよう、『完璧な笑顔』で答えながら、白銀はその場を後にする。
 粗方、読めたらしい。白銀はうっすらと笑みを浮かべて、足早に伝えられた校内の駐車場まで足を運ばせた。
 『引き離された』のだ。彼の付き人は。差し詰め、白銀の祖母の差し金だろうとあたりをつける。おそらく間違いではないだろう。
「…俺の命を、奪いたいのか…? そんなこと、出来もしないことくらい解っておいでだろうに…」
 独り言を小さく呟きながら、普段は使われていない駐車場へと、行き着く。途端、彼を庇護する精霊の一体、『風』の凰(おう)が鳴き、『水』の汀(みぎわ)が白銀の身体に薄く強固な結界を張った。『土・水・火・風』と白銀には精霊が庇護についているが、特に相性のいい凰と汀は、彼の命なしに、守りの行動に移ることが多かった。今も、そうである。
 白銀は軽く溜息を吐いた。駐車場に踏み入れた途端に周囲に張られた結界と、異様過ぎるくらいの静けさ。
「…皆、頼む…。烙(らく)は動かなくていい…」
 精霊の四体のうち、三体に命を下した。『火』の烙(らく)以外だ。白銀は普段から、烙をあまり遣いたがらなく、今回も、命を下すつもりは無いようだ。
 一度は止めた足を、再び前に進める白銀。その先には重い空気と、禍々しい気配を放つ存在が、彼を待ち受けていた。


 ヒュン、と白銀の頬を、何かが掠った様な音がした。
 それにも動じずに、目を閉じたまま、彼は彼らの攻撃をよけている。それは優雅なほどに。相手の攻撃全ては、白銀の周りには汀の結界が常にある為、彼の身体に触れることは出来ずに居る。戦闘は、圧倒的に白銀有利、の形だった。
 ただ。
 その有利な状況のはずの白銀の表情が、時折、豊かではなくなる。精霊達が刺客を傷つけるたびに、自分にもその痛覚があるかのように、端麗な顔を歪ませていた。
 汀が心配そうに、白銀を抱きしめ、相手からは見えないようにしている。
「垤(てつ)…!やりすぎるなよ…!」
 地の垤が、土を巻き上げ敵を飲み込もうとしているのを見て。
 白銀は少し慌てたように、制止の声を掛ける。すると垤は、素直にそれに従った。どの精霊も、従順だ。
 白銀は、相手がどんなものであろうとも『止めを刺せ』と、命を下したりはしない。ある程度傷を負わせたら、そこで強制的に、終わらせようとまで、する。
「!!」
 安堵の溜息を漏らした、その一瞬の隙をついて、白銀に向かい、炎の矢のようなものが飛ばされてきた。それも、連続に。
 それでも、それらはすべて白銀には届かずに。
 傍に居た汀がいち早く反応し、白銀の前へと出、水柱を作り上げる。バシュ、と火が消し去られる音が、白銀の頭上で続いていた。
「………」
 白銀はそこで、深い溜息を吐く。
 腕を上げて、水を払うような仕草をすると、それに習うかのように、水が一気に引いていった。姿勢を正し、傷を負いながらもこちらを見ている刺客に、余裕の表情を突きつける。それは壮絶なまでの、美しさを兼ね備えたもの。
 どんな状況であっても、敵と見なしたものに、『隙』を作ってはいけない。 
「…まだ、続けるつもりだろうか? 私に傷はつけられないと、身をもって体験できただろう?」
 白銀の髪が、ふわりと舞う。そして、口の端だけで笑って見せると、『彼ら』は怯み、後ずさった。
 強い、一陣の風が渦巻く。凰が起こしたものだ。これで最後、と言わんばかりの行動である。刺客は舌打ちをしながら、白銀を諦め、その場を離れていった。
「………」
 直後、瞬時にして結界が解かれる音。それから視界が晴れ、何事も無かったのように、駐車場の風景が現れる。
「…すまない、お前達。こんなことをさせるために、傍に置いているわけじゃないのにな…」
 精霊達は白銀の周りに静かに集まり、それぞれ、主人を気遣いながら静かに消えていく。彼の髪に間隔を置いて輝きを放つ銀の髪飾り。それに、戻っていくようだ。
 最後に汀が消え、体に張られた結界も、水の泡となって消えていった。
 …今に始まったことではない。しかし、慣れるものでもない…。
 白銀は精霊達を遣い、人やものを傷つける行為を、極端に嫌っているのだ。だからと言って自分が傷つくわけにもいかず。そして汀と凰のように、自分を慕い、率先して守りに徹してくれている彼らが居る限り、避けては通れない現実だと、解ってはいるのだが。
「……なんで、こんな事に、なるんだろうな…」
 小さく、呟きを漏らした白銀の身体は、震えていた。
 どこまでも苦しめる、存在が居る。それを、本能で解っていながらも、認めたくはない。それに望みはなくとも、僅かでいいから、信じるものが欲しい。
 …自分は、まだ『甘い』のだろうか?
 そう心の中で呟くと、白銀は自嘲気味に笑った。目の前に広げた自分の手のひらが、震えている。それを握り締めても、震えは取れることは無かった。
「…ったく、俺にこんなことさせるなんて、職務怠慢だぞ…」
 姿を消したままの、付き人の彼を脳裏に思い浮かべて、白銀は再びの独り言を漏らす。おそらくは今ごろ、必死に自分を探していることだろう。彼の申し訳無さそうな表情が、目に浮かぶ。
「……早く…」
 一度は緩めた、表情を。
 震える手を自分で握り返し、口元に持っていった頃には、苦渋の表情に戻ってしまう。
「早く…来い…」
 独りになって、感じる『怖さ』。
 白銀は、空気のような存在の『彼』を、たまに『弱点』になるのではないかと、思ってみたりもする。傍にいないと言うだけで、これだけの孤独感。
 こう、狙われたりした後になど、よく考えてしまう。
 独りが怖い、と。
 空虚感と焦燥感にも似た、それ。

『大丈夫ですか?白銀様』

 彼の最初に出る言葉など、想像するまでも無い。
 それでも、それを言ってもらいたくて、待っている。
 程なくして彼の付き人は、白銀を見つけ、此処に辿り着くだろう。それも、解っているのだ。それでも、『早く』と願ってしまう。
「……早く」
 白銀は付き人が辿り着くまで、その場で立ち尽くしていた。
 彼自身にとっては、とても長い、時間の中で。


-了-



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季流・白銀さま

ライターの桐岬です。今回もご依頼有難うございました。
またもや余計な脚色ばかりをしてしまったのですが、大丈夫だったでしょうか…?
精霊さんたちなどは、すっかり私の中で具現化が出来てしまっていました。
なので、勝手に動かしてしまったのですが…。

毎回、楽しい時間を与えてくださり、有難うございます。
今後も頑張ります。
※誤字脱字がありました場合、申し訳ありません。

桐岬 美沖。