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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


beast of beauty.


 威吹玲璽(いぶき・れいじ)が勤めているのは裏通りの胡散臭いバー。
 何が胡散臭いって、集まる客も胡散臭ければ、美人ママと名高い雇い主である店主も、そしてとてつもなく不本意であるがバーテンダーである自分もきっとこの店を一言で形容する“胡散臭い”に含まれる1人であることは間違いない。
 人に言わせればこの世のものとも思えない人外魔境な美貌の店主はそれと同じくらい、とてつもなく……あくどい。
 そして、あくどいけれどもその人外魔境に自分が勝てないのもまた事実で―――だから、またこうして厄介事というよりは寧ろ厄介モノというか厄介そのものと言うか、とにかく、折角の休日だと言うのに、人外な店主は躾の悪いクロい野良猫を押し付けられた。

「私は用があるからあんた今日は一日あの子はあんたに任せたからね」

 俺には気ままな休みもないのか!
 休暇にそんなモノを勝手に任されてたまるか!

―――そんな台詞を言えるモノなら言ってみたかった。
 まぁ、言った直後に喰われてしまうかもしれないが。
 そんな玲璽の気も知らず、世間知らずの野良猫は今日も相変わらず玲璽に噛み付きまくる。

「レージ!」

 そう玲璽の名前を呼ぶ躾の悪い野良猫は黒鳳(へいふぉん)という新参者だった。
 最初、女主人が黒鳳を抱えるようにして店に現れた時、一瞬玲璽は本気で女主人が喰らうために拾ってきたのだと思うくらいぼろぼろで、まさに野良猫と言うに相応しい有り様だった。
 その野良猫は、洗ってみれば見た目は立派に女性で、それも上等の部類にはいるのだろう。
 気性の激しさに似合った赤い赤い髪と瞳。
 日本人が意図的に焼いたのとは明らかに違う小麦色の肌は彼女の中に異国の血の流れを表しているのだろう。
 女主人の気紛れで拾ってきた単なる新しい女給くらいにしか思っていなかった。
 だが、黒鳳の左肩から二の腕にかけての刺青と体躯を見て玲璽はその考えを改めた。
 それは明らかに、普通の女性のそれとは一線を隔している。

―――ただの野良猫じゃねぇ事は確かだが……俺もババァもまっとうじゃねぇしお互い様だしな。

 あくまで店は玲璽曰くの『ババァ』のモノであるし、その女主人が拾ってきたものに玲璽が口を挟む理由もなく、大歓迎、友好的にとはいかないがシンデレラの継母のようにいびるつもりも全くない。
 しかし、黒鳳の方はそうではなかった。
 黒鳳は自分を拾ってくれた女主人に一方ならぬ恩義を感じているらしく、何かと店主に逆らい平然とババァ呼ばわりする玲璽が気に入らず、初対面からすでに喧嘩腰でそれは現在でも続いている。
 見た目とは違い黒鳳の中身が、世間一般から見れば幼いことは明らかだったが、それを許容できるほど大人でもなく、売られた喧嘩を買って口論が絶えない。
 そんな黒鳳と玲璽の仲を知っていながら休日に黒鳳を自分に託す店主の意図が玲璽には判らなかった。
 判るのは玲璽に今日一日の拒否権がないということだけだった。


■■■■■


「こら、クロ! どこでも勝手に行くんじゃねぇよ!」
 玲璽は今日何度目になるか判らない台詞を口にしたが、それを向けられている黒鳳は聞いているのかいないのか―――まぁ、聞いていたとしても大人しく玲璽の言葉を聞くたまでないのは確かだが―――バーの近所の表通りの商店街を歩くだけでもほぼ10メートルごとに何かに興味を引かれてはどんな店にも入ってしまうため全く先に進めない。
 パン屋を見れば、自分が食べたいと思ったパンをいきなり鷲掴みにして口に頬張った。
「お、おい、お嬢ちゃん―――」
 なまじ外見はちゃんと分別のある大人である為に、パン屋の主人の驚きは大きいようだ。
「すんません、オヤジさん。あいつ、実は外国育ちで―――」
 玲璽は黒鳳の出自をでっち上げながらパン屋の主人に黒鳳が食べた倍額のお金を渡す。
 そうしている間にも、気付けば今度は本屋に入り込み、成人男性むけの女性のさまざまな裸体の写真が載っている雑誌を冴えない中年サラリーマンやら血気盛んな若者の間に座り込んで何やら頷きながら感心したように堂々と眺めている。
 主に周囲の男たちがその座り込んだ黒鳳と彼女の細身ながらも豊満な肉体をにやつきながら見下ろしているし、主婦らしい女性たちは眉を顰めて見ていた。
「クロ! 何やってんだお前!!」
 そう言って首根っこを捕まえて本屋から引き剥がす玲璽に、
「離せ、離せよレージ! 俺はまだ見てるんだぁ」
と大暴れする。
 かと思えば、怪しげな露店の前に座り込んで、
「コレが欲しい!」
と駄々をこねてみたり。
 パチンコ屋の騒音に引かれるのか、何をするところかも全く判らないくせにパチンコ屋に入ろうとしてみたり。
 挙句の果てには、
「レージ! 腹減った!」
「お前、アレだけパン食ったり横暴の限りを尽くしてきたくせにまだそんな事を言うのか!?」
「はーらー減った――――!!」
と、回りの目を気にすることもなく地団太を踏む黒鳳。
「……―――――」
 玲璽は大きく溜息をついて無言で黒鳳を手近な喫茶店へと引っ張っていった。
 適当に黒鳳の為にいくつかをフードメニューから注文し自分は珈琲を頼む。
 一通りのものを食べ終わった黒鳳は、玲璽のカップに目を止めて、
「俺もそれ飲む」
「ぁあ!?」
「レージが飲んでるの俺も飲む」
 そして、黒鳳の希望通り珈琲を頼めば案の定―――
「これマズイ!!」
と、店中に響く大声で叫んだ。
 慌てて玲璽は自分の手で黒鳳の口をふさいだが、時すでに遅く……店員の冷たい視線が何故か玲璽に集中していた。

「恥じかかすな!」

 我慢の限界に達して結局、最終的にはその場で今にもつかみ合いに発展しそうな口論―――というよりも子供同士の喧嘩に近い罵り合いが始まった。
 結果、2人は営業妨害だと喫茶店を追い出されて2度と来店してくれるなと出入り禁止になってしまった。


■■■■■


 そんな1日もようやく終わりをむかえようとしていた。
 すでに玲璽は精も根も尽き果てたようにぐったりしていたが、黒鳳の口から出たのは
「あー、楽しかった」
という言葉だった。
 子供よりも手におえず、動物よりも始末が悪い。


―――もう、絶対2度と!こんな休日は御免だ!!


 玲璽は最後にそう固く誓った。


Fin