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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


雪に閉ざされた小屋
 どことも知れない山の上の、雪に閉ざされた奥まった場所に小さな小屋があった。
 そこにはゆきむすめがひとりで住んでいて、望む者には過去を見せるのだが――
 今、小屋は凍りついていた。
 巨大な氷が小屋を包み込み、そのまわりにはいくつもの巨大な氷の塊――中に人間の閉じ込められた氷があった。
 どうやら、何者かの手によって、自分はここに閉じ込められてしまったらしい――小屋の中から氷越しに外の様子を見て、雪白は小さくため息をついた。
 自分には、この氷を溶かす力も、外の人間たちを助ける力もない。
 となると、誰かに助けを求めなければならない。雪白はそっと手を組み合わせると、雪でできた小さな鶴を作り出した。
 その中に助けて欲しいと言の葉を載せて、一瞬だけ氷をとかして外へ出してやる。
 鶴が外へ出るか出ないかといううちに、氷はまた元通りにふさがってしまう。
 だが、鶴はなんとか外へ出た。
 雪白は空へと舞い上がる鶴を見つめながら、誰かが鶴を受け取って助けに来てくれることを祈った。

 事務所で仕事をしていた圭織のデスクに、窓のそとから雪でできた小さな折鶴が舞い降りた。
「あら、なにかしら?」
 不思議に思って触れてみると、氷に閉ざされた小屋の様子や、助けを求める雪白のメッセージが鮮明に圭織の中へ再生される。
「……こりゃあ、大変そうね。さっさと行かなくちゃ!」
 と、立ち上がって早速こうもりの姿に変身しようとした圭織だったが、ふと山小屋の様子を思い出して動きを止めた。
「そのままだと……寒そうね」
 もう春だから、冬服は既にしまってあるのだけれど、コート類ならばかろうじて出したままにしてあるはずだ。行くならそういったもので厚着をしてからにしようと、圭織はコートの置いてありそうな場所へと足を向けた。

「あら、あなたも鶴に呼ばれて来たの?」
 亜真知が小屋の前にたどりつくと、既に先客がふたりいた。ひとりは長い黒髪の勝気そうな女性、もうひとりは鮮やかな赤毛の元気そうな女性だ。
 そのうちの、黒髪の女性の方が、亜真知に声をかけてくる。
「ええ、もしかして、あなた方もですか?」
「そうなのよ。あたし、寒いの苦手だけど……氷を溶かすとかだったら、得意分野だから!」
 赤毛の女性が胸を張って答える。
「まあ、そうなんですのね。わたくし、榊船亜真知と申します。よろしくお願いいたしますね」
 亜真知は頭を下げた。すると、それにつられたかのように、黒髪の女性も軽く頭を下げる。
「来城圭織です。こちらこそよろしくね、榊船さん」
「あたしは赤羽根希っていうの。よろしくね」
 赤毛の女性はそう名乗ると、亜真知に向かって手を差し出してきた。亜真知はその手を握り返すと、やわらかく笑む。
「それで、今、赤羽根さんとどうしようか相談していたところなんだけど……どうしたらいいかしらね? やっぱり、試しに溶かしてみたほうがいいのかしら」
「わたくし、念話が使えますから……雪白さんにお話をお聞きしてみようと思いますの」
「あ、それいいわねぇ! やっぱり、本人に話を聞くのって、大事よね」
 希がぱちぱちと手を叩く。手放しに誉められるとなんとなく照れくさいような気がして、亜真知は口もとに手を添えて笑った。
「それじゃあ、その間にとりあえず、私と赤羽根さんで凍ってる人たちの方を溶かしておきましょうか? このままにしておくのもなんだかかわいそうだし」
「そうですわね。お願いいたします」
 亜真知はうなずく。そして小屋のすぐそばまで歩いて行くと、念話で小屋の中にいる雪白へと語りかけた。
『雪白さま、助けに上がりましたわ。わたくしの声が聞こえますでしょうか』
『……ええ。ありがとう。助かるわ』
 雪白の声は思ったよりもずっとしっかりとしていて、亜真知はほっと胸をなでおろす。
 念話は心で会話をするものだから、相手が弱っていたりすれば声の調子でてきめんにわかるのだ。
『あの、雪白さま。早速で申し訳ないのですが、状況をお教えいただけませんか?』
『状況……。そうね。ここしばらく、吹雪が続いて……気づいた頃にはこうなっていた、というところかしら』
『それでは、これは自然現象ということでしょうか?』
『いえ。どうやら、術によるもののようよ』
『犯人に心当たりはございませんか?』
『あるといえばある、ないといえばない、といったところね。……人にうらまれることも多いから』
 そうやって雪白と会話しながら、亜真知は氷を霊視する。
 小屋をおおう氷が術によるものであるなら、必ず、術者の気が残留しているはずだ。術者がわかれば、亜真知には理力変換で術をそのまま返してしまうこともできる。
『……わかりました』
 亜真知はうなずくと、氷の霊視に集中する。
 氷から出ている気の残滓は、糸のように術者へとつながっているのだ。亜真知はそれを、ゆっくりとたどっていった。

 一方、それと同じ頃、圭織と希は小屋のまわりで氷漬けにされてしまった人間の救出作業にかかっていた。
 氷漬けになっているのは、男性が3人と女性が2人だ。
「さて、溶かすって言っても……どうしましょうか? 私は持ち前の力を使えば大丈夫だけど」
「あ、あたしも大丈夫よ! どぉんと任せてちょうだい。がんばっちゃうわ!」
 圭織の問いかけに、希はドンと胸を叩いた。それを見て圭織が微笑む。
「そう。だったら、そうね。がんばりましょう」
 言うが早いか、圭織の身体を薄い炎の膜が包む。そしてそのまま圭織が氷の塊に手を触れさせると、氷はみるみるうちに溶けはじめた。どうやら、こちらの氷は戻ってしまうこともないらしい。
 自分もがんばらなくてはと、希は手から炎を出して、氷の塊へと近づけた。
 威力を調節して、中にいる人間にダメージを与えないようにしなくてはいけないため、炎を操るのにはいつもと比べてかなり体力を消耗する。氷が溶けて水となって流れ出すと、希の額にも汗が浮かんだ。
「赤羽根さん? どうしたの、顔が真っ青よ」
 隣の圭織が心配げに声をかけてくる。
「大丈夫……」
 希は首を振った。
 本当は大丈夫などでは全然ない。
 けれども、せめて人の役にたちたい――そんな思いが希の中にはあった。
 炎の力なんて、人から怖がられるばかりの能力なのだ。そんな能力なのだから、せめて人の役にたたなければならない。希はそう思っている。だから、いつでも希は明るく笑うのだ。
「大丈夫なわけないじゃない。ムリ、しない方がいいわ」
 圭織がいったん手を止めて、希のほうへとやってきた。だが、希は頑として首を振る。
「大丈夫、ムリじゃないから」
「でも顔が真っ青よ。疲れてるなら休んだほうがいいわ」
「……でも」
 言い募る希の頭を、圭織がぽんと撫でた。
「大丈夫よ。その間は私がやっておくわ。私が疲れたら、今度は赤羽根さんが変わってくれるかしら? その方が私も助かるわ」
 圭織が浮かべたのは大人の笑みで、希は、なんとなく、わかってもらえているような気分になって鼻がつんとしてしまった。
 自分の事情なんて、話していないのだから、わかっているはずはない。それは当然そうなのだろうけれど、でも、それでも、希はなんだか嬉しかった。
「……じゃあ、少しだけ甘えさせてもらっちゃってもいーい?」
「ええ、もちろん。その代わり、私もあとでちょっと甘えさせてもらっちゃうわよ」
 希にそう答えると、圭織はぱちりとウインクした。

 そして、そうやってふたりが1人めを救出した頃に、亜真知はやっと相手の居所を突き止めた。
 本当ならばこれくらいのこと、亜真知にとってはそう難しいことではない。けれども、相手も慣れているのか、少々手間取ってしまった。
『雪白さま、相手に術は返しましたわ。術者はどうやら、この近くに住んでいる方のようでした。あとは、小屋の氷を溶かしますから、少し待っていてくださいね』
 亜真知がそう声をかけると、雪白はかすかに眉を寄せる。
『この近く……なるほど』
『どうなさいましたの?』
 亜真知は氷を溶かしにかかりながら、軽く首を傾げる。
『術者の正体は、どうやら近隣の雪女の誰からしいの』
「まあ……」
 亜真知は目をぱちくりとさせた。
 なにしろ、雪女だ。見たところ雪白も雪女であるに違いないから、とすると、同族間の争いということになる。
『……もともと、私は特殊な能力を持っているから……そのくせ、普通の雪女なら必ず持っているはずの能力を持っていないから。きっと、疎ましいのね』
 こともなげに口にする雪白を見て、亜真知はなんだか自分まで悲しくなってきた。
 同族から疎外されるというのは、とてもつらいことなのではないだろうか。なにか自分にも力になれることがあったら――そう思った。
『すぐに、お助けいたしますわ。少々、お待ちくださいね』
 亜真知は元気づけるように、雪白に声をかけた。氷の中にいる雪白は、亜真知の言葉に、少し微笑んだようだった。

 しばらくして、ふたりが全員の氷を溶かし終わった頃、亜真知も小屋の氷を溶かし終えていた。
 氷漬けになっていた人間たちはまだ眠ったようになっているため、とりあえずはその辺りに寝かせておいて、圭織と希は小屋へと駆け寄る。
「無事にすんだのね」
 圭織が亜真知に声をかけると、亜真知は振り返って優しげな笑みを浮かべる。それがあたりの光景とあいまって、とても幻想的だ。
「ええ……もう、大丈夫ですわ」
「でもすごいのねぇ。こんな小屋をひとりで溶かしちゃうなんて!」
 希は感嘆の声を上げた。すると亜真知は照れたようにほんのりと頬を桜色に染める。
「それほどのことでは……」
「そうかなぁ? すごいと思うけど」
 希の言葉に、亜真知はふふ、と笑みを返す。
 そうしたやりとりをしているうちに、小屋の戸が静かに開いて、中から雪白が顔を出した。
「あ、あなたが雪白さんね。はじめまして」
 圭織がしゃがんで雪白に視線をあわせて言う。
「ええ。ありがとう」
 あまり表情を変えずに雪白が答える。
「あなたたちも……助かったわ」
 そして圭織に言ったあとで、雪白は亜真知と希の顔を見ながら言った。
「なにかお礼をしなくちゃいけないかしら」
「お礼だなんて……。もしよろしかったら、わたくしとお友達になっていただけませんか?」
 亜真知が、小さく可愛らしい手を雪白に向かって差し出す。
 しばらくの沈黙ののち、雪白のさらに小さな手が、亜真知の手を握り返した。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【1593 / 榊船・亜真知 / 女 / 999 / 超高位次元知的生命体・・・神さま!?】
【2313 / 来城・圭織 / 女 / 27 / 弁護士】
【2734 / 赤羽根・希 / 女 / 21 / 大学生/仕置き人】

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、お久しぶりです。4度目の発注、ありがとうございます。浅葉里樹です。
 今回は圭織さんにはアネゴ肌なところを見せていただいて、お姉さん役にまわっていただいたのですが、いかがでしたでしょうか。きっと圭織さんは頼れるお姉さんであるに違いない、と思っておりますので、今回はこのような感じに書かせていただきました。お楽しみいただけていれば、大変嬉しく思います。
 もしよろしかったら、ご意見・ご感想・リクエストなどがございましたら、お寄せいただけると喜びます。ありがとうございました。