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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


kizuna −絆−


 油と金属の匂いが同居する場所。そんなところで可憐な金髪の少女が汚れを気にせず作業をしていた。この工場はすべて自分に尽くしてくれる彼女のためのもの。そして自分が彼女に尽くしてあげる場所。ここで整備される彼女のことを少女はいつもいとおしく思っていた。

 ここはファルナの整備工場だ。整備されているのは自らを護衛するために生み出したメイドゴーレムのファルファである。彼女はファルナの目の前で一糸纏わぬ姿で横たわり、その一切の動作を止めていた。地味な色のツナギを着たファルナは股の外側や手の関節などを入念にチェックする。特に腕は普段からよくロケットパンチに使用するので整備の目も厳しくなる。もし発射時に問題が起きたならそのまま重火器モードのファイ・ファルファになって主人以上の大暴れをしてしまう危険もあるので、あらゆる意味でここが要だった。整備に必要な数値はすべて記憶しているファルナだが、腕の整備をするときだけは必ず設計図で正しく細かな数字を確認する。それは自分が迷惑に遭遇したくないからではない。ただその時のファルファが思い通りに動けない時に一瞬だけ見せる困った顔や悩んだ顔を見たくない。ただ、それだけだった。
 すべてのチェックを終え、武器が出現する部位をひとつひとつ閉じていく。その作業も動作もスムーズだ。正確な接続を意味する小さな「カチッ、カチッ」という音が工場に響く。そのたびにファルナは少しずつ安心していくのだ。整備する時はいつものやることだが、やはりなんでも最後の瞬間が一番緊張するものだ。すべては彼女のために……無意識に自分の愛情を彼女の中に忍ばせながら、そのいくつもの扉を丁寧に閉じる。そして最後に腕をはめ、いつものファルファに戻った。ここまで来てやっと彼女は手に持っていたレンチを机の上に置き、安心を意味する小さなため息をつく。そして眠っているファルファに呼びかける。

 「ファルファ、もういいですわよ〜。」

 母のやさしい言葉に起こされる子どものように、ファルファはゆっくりを目を覚ます。ファルナはその様子を見るといつものように嬉しそうに微笑んだ。ファルファは視線の先にある主人の顔を見ると一声発した。

 「マスター……」
 「おはよう、ファルファ。」

 そう言いながら真っ白い薄布を身体にかけてあげると、自分は大きく伸びをしてわずかな時間だけ充実感を味わう。ファルファは身を起こすとバスタオルのようにそれを全身に巻き、修理の台座から立ち上がる。そして主人からの言葉をしばし待った。

 「わたくし、今からいつものようにシャワーを浴びますわ。ファルファはゆっくりしててくださいね。」
 「はい、わかりました。」

 ファルファがどう内容を理解したのかはわからない。だが彼女を信用しているファルナは何も考えず、工場の中にある浴室に向かって歩いていく。彼女はツナギのファスナーを下げながらゆっくりと伸びをしていた。そしてこの部屋の匂いのない別の場所に入ろうとしていた……


 ファルファの修理を終えた彼女は誰もいない浴室で鼻歌を響かせていた。そこは屋敷にあるものよりかは少し狭いが、それでも一般家庭に置いてあるものと比べれば格段に広い。そこにはファルナが大好きな香りがほのかに舞うシャンプーやリンス、ボディーソープがきれいに並び、そして彼女の身体をやさしく洗うブラシも吊るされている。これらはすべてファルファが準備して置いたものだ。彼女の普段の顔はファルナを守護するゴーレムというよりも身の回りの世話をするメイドである。ファルナの私生活に関しては屋敷の誰よりもよく知っている。だからこんな心配りができるのだ。まさに人間顔負けである。
 ファルナは十分に汗を吸ったシャツやツナギ、そしてかわいらしい小さなパンティーを脱ぎ去り、生まれたままの姿で浴室に入る。もちろんお湯を出す前でも空調で室内の温度はご主人様が寒くないようにある程度のぬくもりが漂っている。彼女はいつものようにシャワーのお湯を出すためにコックをひねった。
 シャワーのノズルは彼女の望み通り、いくつもの穴から温かなお湯と湯気を湧き出させる。それを頭から浴びたファルナは少し首をすくめ目をつぶる。その一瞬がいつもの彼女だ……そしていつものように油などを落とすための特殊な石鹸を手に取り、黒くなった両手を洗い始める。さすがは特注といったところか、みるみるうちに油汚れは石鹸の成分によって浮き上がらせられ、薄黒いシャボンとなって手のひらに広がっていく。その様を見て彼女は思わず声を上げる。

 「あっ……」

 心の隙間からあの寂しく辛い過去が顔を覗かせた。さすがのファルナもその時ばかりはいつもの笑顔を保てずに表情を固まらせてしまう。シャワーは彼女から過去を思い出させまいとがんばったのか、その汚れたシャボンをなんとか排水溝にまで追いやった。しかし、彼女の気持ちは晴れない。いつになく真剣な表情で濡れた手のひらをじっと見るファルナ。そこにはファルファの修理のためにずっとレンチやドライバーを握った痕があった。彼女はそれを見てどんどん沈鬱になる。
 彼女の傷跡はそれだけではなかった。自分の身体に存在する能力を求めて、大人たちがファルナのいろいろなものを傷つけた。そして今も彼女はその傷を背負って笑顔で生きているのだ。そんなファルナの姿は、まるで誰もいない街の中で冷たい雨に打たれ失望しているようにも見える。足元からは静かに水の精が白い煙を自由に舞い上がらせていた。
 ふと彼女はドライバーを握っていたあの時を思い出す。ファルファはどれだけ傷ついても自分がきれいにできる。元通りにしてあげられる。だけど自分は彼女と同じようにはいかない。どうがんばってもきれいな身体に戻れない。彼女がファルファを自分が生み出した単なるゴーレムではなく自分に近いお友達のような存在と思うからこそ、逆に自分の存在が空しくなっていく。もし自分にこんな能力がなければ、もっときれいなままでいれたのかもしれない……不意に生まれた弱気な心はどんどんファルナから笑顔を奪っていく。瞳を伝って流れるのは降り注ぐシャワーのお湯なのか、それとも……


 そんな表情のまま、ファルナは突然振り返る。その表情はさらに固くなり、何かに怯えているようだった。その反応は決していつもの彼女らしくない。しかし彼女の目の前に立っていたのは、さっきの薄布をまとったままのファルファだった。彼女は何かに怯える主人の顔を見て答える。

 「私は……マスターのために存在します。何があっても、私はマスターを守ります。」

 彼女の表情を察してその言葉が自然と口から出たのだろう。これは主人に仕えるゴーレムが発する当然の言葉だ。普段なら何気なく聞けるその言葉も、今のファルナにはぐっと来るものがあったのだろう……彼女はゆっくりとファルファの元へと向かうとそのままそっと腕を後ろに回して抱きついた。抱きつかれたファルファは表情こそ崩さないもののどうしていいかわからず、とりあえず主人と同じように小さな背中に手を回す。その間、ファルナの背中とファルファの手には水の粒が当たっていた。
 ファルナは自分と同じようなぬくもりを持つファルファの胸の中でじっと笑顔になれる時を待った。彼女の気持ちを受け止めることで自分が自分らしくなるために、いつもの自分になれるようにがんばった。いつものようにやさしくなれることに努めた。ファルファはそんな主人の気持ちを理解しているかどうかはわからない。だが主人をじっと受け止めた後はそのまま動こうとはしなかった。

 少しは気が晴れたのだろうか。湯煙に包まれた浴室の中に元気な声が響く。もちろん響かせたのはファルナだ。彼女はファルファに呼びかける。

 「ファルファが守ってくれるんでしたら……今からでもお風呂をご一緒してほしいですの!」
 「入浴を…………わかりました。」

 護衛とはあまりの関係ないことを言われ一瞬戸惑うファルファだったが、主人の希望ならばと一緒にシャワーを共にすることとなった。すかさず後ろに回るファルナは彼女の背中を押して、お湯の一番よく当たる場所へと押し出す。予想だにしなかった主人の行動でファルファは景気よく頭からずぶ濡れになってしまう。そしていつもならファルファがすべきことを先手先手でファルナが実行する。浴槽に設置されたボタンを押すと、広い浴槽にお湯があっという間にたまる。勢いよく流れ出すお湯を見て嬉しそうに何度か頷くと、今度はスポンジブラシを取って十分にボディーシャンプーを染みこませ、あわあわになったのを確認した後でファルファに抱きつくような格好で彼女の背中を洗い出した。

 「マスター、私が先とは順序が違います。私が先に……」
 「構いませんですわ。今日はわたくしからやらせてほしいですの。」

 ご主人様にそう言われては仕方がない。さっきと同じように抱き合うようなポーズで主人に背中を洗ってもらうファルファ。ファルナは彼女の身体をじーっと見ては埃がないか汚れがないかをチェックして、それがあったらそこを重点的にこすってあげた。もう彼女を自分の悲しい過去の瞳で見たりはしない。明るい気持ちでファルナはふたりだけのバスタイムを心から楽しんでいた。
 しばらくしてファルファが泡のローブを着飾ったところで、今度はファルナが洗われる番となった。主人をきれいにしようと丁寧にブラシを動かすファルファ。ところがファルナは人間だ。痛いとか痒いとかいう微妙な刺激に敏感である。過去のデータと照らし合わせながらそれを計算しつつ、ファルファは主人が気持ちよくなれるようにと自分なりに懸命にブラシを動かす。今のファルナにはそんな心遣いがなくとも喜ぶとも知らず、いつものように忠実に働くファルファ。彼女が洗い終えたことを主人に報告すると、それを一気にコックを全開にしてふたり一度に泡のローブを洗い落とした。

 「さ、これできれいになれましたわ。ファルファ、一緒に湯船に入りましょ♪」
 「はい、マスター。」

 そして片足からゆっくりと波立てないようにしてお湯の中に身体を沈めるファルナ。その後をファルファが入った。ふたり仲良く横に並んで肌をほてらせる。主人のファルナが気持ちよさそうに一息つくと、改まってファルファの方に向く。そして少し顔を近づけて囁く。

 「これからも……よろしくお願いしますね、ファルファ♪」

 そう言いながらファルファの肩を引き寄せ、そっと軽くくちづけをした……戸惑っているファルファに対して屈託のない笑顔でファルナが答えた。ふたりの間に言葉はいらない。この後もふたりにとって楽しい時間が続いていく。辛く、悲しい時もきっとふたりなら……そんな気持ちを大切にしようとファルナは再び心に誓った。