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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


お菓子の家

 オープニング

「結婚相手の身元調査ですか?」
 根元近くなった煙草をもみ消して、草間は少しイヤな顔をした。
 目の前の男は僅かに首を振って応える。
「身元調査と言うのは大袈裟です。それに、調べて頂きたいのは彼女ではなく、その母親の方だ」
 男の名は八木一也。現在、3才年下の女性、白石美冬と婚約中だ。
 八木は婚約者である美冬の母・明代について調べて欲しいと言う。
「婚約と言っても2人だけの口約束で、彼女のお母さんに許可を貰ったわけでも、私の両親に紹介した訳でもありません」
 美冬の父親は、彼女が子供の頃に失踪。以来、彼女が大学に入るまでずっと母親と2人きりの生活だったそうだ。
 大学入学後から現在までは、マンションで一人暮らしをしている。
「母1人子1人となれば、母親にきちんと結婚を認めて貰わなければと思うんですが、どうしても彼女の方が私を母親に会わせるのを嫌がっているようで……」
 以前、夏休みに帰省している彼女に手紙を書いた事があるので、実家の住所は分かっている。
 彼女がイヤだと言っても、結婚となれば親に話しを通すのが筋。1人ででも出向いて挨拶を、と思うのだが。
「以前彼女が妙な事を言っていたのを思い出しまして」
「妙な事?」
 あれは確か、母親が酷い風邪を引いたとかで看病に帰ろうとする美冬が言った言葉だ。
―――あそこはね、お菓子の家なのよ―――
 お菓子の家と聞いて、一也は「ヘンゼルとグレーテル」の話しを思い出した。
「お菓子の家に住んでいるのは、魔女でしょう?彼女と母親の親子関係が酷いもののようには思えないのに、そんな事を言うなんて妙だと思いましてね」
「お菓子の家、ねぇ……」
 呟いて草間は首を傾げる。
 お菓子の家に住む魔女は、家を食べた兄妹を捕らえて食べようとしたのではなかったか。
 実家を指して言う言葉ではないだろう。
「何か揶揄していった事なのか、全然関係がないのか計りかねて……何となく、挨拶に行くのを躊躇っているんです」
 とは言え、彼女とは結婚したい。
 勿論、彼女の母親にも自分の両親にも祝福して貰って。
「どうか、お願いします」
 一也は深々と頭を下げた。

 3日後。
 草間興信所を再び訪れた八木一也は応接室で5人の男女を紹介された。
 シュライン・エマ、赤羽根希、真名神慶悟、観巫和あげは、ウィン・ルクセンブルクだ。
「この5人が白石明代さんの調査を行います。出来れば、もう少し詳しくお話を伺いたいのですがね」
 と、草間に言われて一也はぺこりと頭を下げる。
「あ、はぁ、宜しくお願いします。ええと、私に分かる事ならば、何でも聞いてください」
「まず第一に、白石母子の親子関係かしらね?自宅の事を『お菓子の家』と呼ぶ理由が分かるかも知れないし……。童話じゃ間引きされた子供達が森をさ迷い発見した家で、人食い魔女が住んでたのよね。確かに魔女の家ではあるけれど同時に魔女が死んだ家でもあるわけで……その場合、魔女は誰を指してるのかしら」
 シュラインが全員に紅茶を振る舞いながら口を開く。
「『お菓子の家』……。不思議なことを言うのね。私はドイツ人ですもの、グリム童話は幼い頃から親しんだわ。白石母子はヘンゼルとグレーテルのお話と何処か共通したところでもあるのかしら?でも、休み中帰省しているって事は、美冬さんとお母さんの仲は悪くないと思うの。風邪を引いたときも看病しに行ったのでしょ?むしろ……仲が良すぎて困るってことはないのかしら。たとえば、結婚することで一也さんに美冬さんを取られてしまうとお母さんが考えてしまうとか……?お父さんが失踪したからどうしても母子の仲が密接になることはあると思うわ」
 シュラインから紅茶のカップを受け取りながら、ウィン。
「お菓子の家ねえ。何だか美味そうじゃない?一度入ったら出られない家、そんなイメージよね。それからあの童話ってお兄ちゃんは太らされて妹は働かされて……ってもしかして男の人にはやたら食べさせる家とか?だから彼女は婚約者を連れていきたくないとか?そりゃあ太られたら嫌よねえ」
 そんな訳ないか、と笑う希に、横で慶悟が口を開く。
「お菓子屋と言う訳ではないのか?本当は菓子屋で婿を求めている……だとか。本職が別にある八木氏に気遣って……だとか。或いは、『お菓子』と口頭で告げたのだとしたら『オカシ』と言う響きが『お菓子』ではないのかも知れないしな。……と言っても他に該当する言葉も思いつかないんだが……」
「『お菓子の家』ではなくて、『おかしな家』と言ったなんて事はないでしょうか?」
 尋ねるあげはに、一也は頷く。
「ええ、それは間違いありません。『え?お菓子の家?』と聞き返したら、頷きましたから」
 言って、一也は紅茶を一口飲む。
「そうですね……、母子関係は良い方だと思います。休暇にはよく帰省していましたし、病気の看病は勿論、電話なんかもよくしていたみたいです。私との会話の中にも母親の事は時折出て来ていましたから……」
「例えばどんな?」
 問うシュラインに、一也は答える。
 他愛もない事だ。例えば明代が旅行先から送ってきたメールの事や、明代の仕事の事。
「喧嘩をした、なんて話しはないの?短所の話しとか?」
「特に聞いた事はありません……、ただ、以前に母親の仕事があまり好きではないと言っていたような覚えがあります」
 一也が言うと、希が首を傾げる。
「母親の仕事って?ああ、父親が失踪しちゃってるんだっけ。だったら、母親は結構忙しく働いてるのかな」
「いえ、母親は画家なんです。私はそう言った方面に疎いので有名かどうかは分かりませんが、個展を開いたなんて話しも聞いた事があります。母方の実家が資産家で、余所で働いた事がないと言っていました」
「お菓子の家で母親が画家……、」
 何か関連があるのか、それとも全く関係はないのかと首を傾げるウィン。
「お菓子の家の魔女は目が悪かったそうですけど……。思い出をお菓子に喩えている、とか……子供達はお菓子の家そのものは喜んで食べたのですし……。ああ、失踪したと言う父親の事は何か御存知ありませんか?」
 実家を『お菓子の家』と例えるのであれば、そこに住む母親は魔女。では父親はどうなのかと、あげはが尋ねる。
「さあ……、父親に関しては何も。名前も聞いた事がありません。彼女が子供の頃……本当に小さい頃らしいですが、居なくなってしまって以来帰っていないとしか。ただほら、失踪して何年か過ぎると離婚が成立するでしょう?もう20年も前に失踪したので、離婚が出来るのですが、母親の方が頑として離婚しないんだと言うのを聞いた事がありますよ」
 ふぅむ、と慶悟が小さく溜息を付いた。
「実家を『お菓子の家』と称する娘に失踪した旦那と離婚せずに1人で暮らしている母親か……。」
 その横で希が突然立ち上がる。
「とりあえず住所が分かってるなら突撃あるのみよ!もし危ないことがあっても大丈夫。あたしの炎で何とかしてあげるわ。任せといて!」
 こんな場所で何も分からないままグズグズ話し合っていても仕方がない。
 分からないことは直接実家を尋ねて聞けば良いと言う希を、まあまあとシュラインが制す。
「勿論実家を尋ねてみなければ話しにならないけれど、あまりにも情報が少なすぎるのよ。母子関係にしても、八木さんが美冬さんから聞いた事だけでしょ?第三者から見たらどうなのかしら?失踪したままの父親の事も気になるわね。どこかで情報収集出来れば良いけど……」
「実家の近所で評判を聞いてみましょうか?ただ外国人の私が聞くと目立つから誰か代わりにやって下さらない?」
 と言うウィンに、シュラインは頷く。
「そうね。明代さんの在宅確認はアンケート装った電話なんてどうかしら?……答えてくれるか分からないけど、いっそ母娘の意識調査ですと娘との関係や結婚について聞いてみるのも手かしら?」
「了解!それじゃ、あたしが近所に情報収集に行く。その間に他の人に電話でアンケートでも取って貰って、後で実家を尋ねる。どう?」
 言って、4人を見回す。その後に一也にも目を向けてみる。
 誰も反対する者はいないようだ。
「あ、それでしたら」
 ふいにあげはが立ち上がった。
「写真を撮らせて頂けませんか?参考になると思うのですが……」
 言って、デジタルカメラを取り出す。
 白石美冬と近い立場にある分、もしかしたら何か手がかりが撮れるかも知れない。
 一也の許可を得て、あげはは続けざまに3枚の写真を撮った。
 その際、一也に美冬の事を強く思い浮かべるように頼む。そうする事で、多少なりとも念写の手助けになればと思ったのだが……。
「……子供?」
 1枚目の写真に映ったのは、小さな少女だった。
 横向きの状態で、何かを一心に見ている。
「ああ、これは美冬の子供の頃だと思います。以前アルバムを見せて貰いましたが、そっくりだ……」
 2枚目は、絵。それも、随分巨大な。
「壁画……かしら?紙に描いたものではないわね。でも、なかなかの腕だわ」
 とウィンが評する絵は、確かに立派なものだ。
 壁のような場所一面に描かれるのは、力強い赤とオレンジの男女。
 3枚目は、その壁画の前に蹲った人。
「男だな。まだ若そうだが……。見覚えは?」
 慶悟に問われて、一也は首を振る。見覚えと言っても、顔がハッキリ見えないので返答しようもないのだが。
「もしかして、失踪した父親じゃないの?」
 希が呟き、その場にいた全員が頷く。
「子供の頃の美冬さんに壁画に、失踪した父親……」
 3枚の写真を小さな画面でスライドさせながら、シュラインは小さく溜息を付く。
 初めて間近で見る念写に少々驚いているらしい八木一也と、既にそんな方には目も呉れず、自分の机で話しを聞いているのかいないのか、大きな欠伸をする草間。
 何となく、先が読めたぞ。
 と、5人が心の内で思ったのは言うまでもない。

 画家の母親と失踪した父親を持つ娘が、実家を『お菓子の家』と称する。あげはが撮った写真には幼い頃の彼女と、失踪した父親と壁画が映った。
 夫婦不仲(?)→母親が父親を殺害→壁画のある場所に遺体を埋葬(或いは遺体を埋葬した場所に壁画を描いた)→それを見ていた子供の頃の白石美冬→恐らく子供の思考能力で母親を魔女と想像→実家をお菓子の家と記憶。
 ……と言うパターンが簡単に描けてしまう。とは言え、突然美冬の実家を尋ねて母親にそんな話しをする訳にはいかない。
「母子の意識調査……、でも良いし、結婚に関する考え方でも良いわね」
 言いながら、シュラインは電話元にメモの用意をする。
「結婚に関する考え方の方が良いんじゃないかしら?娘の結婚とその相手についてどう思うかとか、同居の問題とか」
 答えるウィンは素手に受話器を握っている。
「良いわ、なら、そうしましょ」
 シュラインは八木メモした白石家の電話番号をウィンに渡す。
 シュラインとウィンが興信所で白石明代に直接電話を掛けての情報収集、他の3人は自宅近くでの聞き込みをする事になっている。
「こう言う内容だと、何だかもう結果は決まってるようなものだけど、証拠がないと話しにならないものね」
「でも、結果が私達の予想通りだった場合はあの彼、どうするのかしら?破局になったらイヤねえ」
 そんな事を言われると、シュラインも少々不安になってくる。
 何か分かり次第報告すると言う事で、今日は引き取って貰ったのだが、心構えをそれなりに聞いておいた方が良かったかも知れない。
「そうねぇ……、随分しっかりした男性だし、結婚に関して随分きちんとした考えを持っているようだから、彼女の方に問題があった場合はそうなる可能性も……」
「実は私、最近婚約したばかりなの。両方の親から祝福されたいって一也さんの気持ちは分かるのよ。ただ、焦らない方が良いときもあると思うわ。そう八木さんに伝えた方が良かったわね」
 お菓子の家は美味しかったけれど、中には怖い魔女がいた。焦って飛びつくと悪い結果になる事だってあるのだ。
 そっと溜息を付くウィン。
 しかし、だからと言って受けた依頼を今更断る訳にもいかない。そして、既に出掛けていった3人は3人で調査をしているのだからこちらがサボっている訳にもいかない。
「仕方がないわね」
 ウィンはメモに書かれた通りの番号をダイヤルする。
 静かな部屋に呼び出し音が響き、やがて女性の声で応対があった。
「もしもし、」
 呼びかけるウィンの横で、シュラインはペンを握った。

 翌日、再び興信所に集まった5人は八木を前にして少々戸惑っていた。
「ええっと……、皆さん、一体どうしたんでしょうか……?」
 微妙な雰囲気の漂う応接室で、八木が口を開く。
「うーん……一体何から話せば良いのか……」
 希が頭を抱えて他の4人を見る。
「まあ、順を追って話す意外ないでしょうね。或いは、結論から話すか……」
 と言うのはシュライン。
 3時のおやつのチーズケーキと珈琲を振る舞いながら小さく溜息を付く。
「結論から言って……」
 ちらり、と八木を見て慶悟が口を開いた。
「あんたの婚約者は……虚言癖か妄想癖でもあるんじゃないのか?」
「は?」
 ポカンと口を開いて、八木は慶悟を見た。それから順に4人の顔も見る。
「ええと……つまり、私達が八木さんからお聞きしたお話と、昨日の調査の結果がとても食い違っていると言う事で……」
「白石美冬さんの父親は、失踪なんてしていないのよ」
 あげはとウィンの言葉に、八木はかなり惚けた顔をした。
「あたし達、昨日美冬さんの実家周辺で白石母子に関する聞き込みをしたんだけど、父親が失踪してるなんて話しは、全然なかったわけ」
 希とあげは、慶悟の3人が主婦達から聞いた話しによると、白石家は正真正銘の3人家族。途中で旦那が家を出たと言う話しがなければ、他の男に変わったと言う話しもない。白石夫婦の仲は上々で、2人で庭いじりをしている姿はしょっちゅう近所の者に確認されている。
「そ、それは一体……」
 どう言う事なのかと尋ねる八木に、それはこっちが聞きたいと返す慶悟。
「電話アンケートを装って調査もしてみたけれどね、白石家は夫婦と子供1人の3人家族。結婚に関しては子供の意志にまかせるつもりだし、結婚後の生活についても、子供の意志に任せる……つまり、同居でも何でも構わないと言う返事だったわ」
 ウィンが適当に考えた質問に、娘が選ぶ男性ならばまず間違いはないだろうし、例え失敗したとしてもそれはそれで娘の人生。親が関わるのは娘が泣きついて来たときだけだと、白石明代は答えた。
 試しに親の夫婦関係についても尋ねてみたのだが、結婚以来喧嘩の一つもしたことのない親密且つ愛し合った夫婦だと言う。
「父親の名前は白石ミツルと言って、実在だ」
「これが、一応証拠です……」
 言って、あげはは1枚の写真を八木に見せる。
 昨日主婦の1人から借りた町内旅行の集合写真だ。
「この一番前の女性が明代さんで、その隣が父親のミツルさん」
 希が指差して教えるのを、八木はまだ信じられないと言った顔で見る。
 しかし、見れば見るほどその姿形があげはの撮った写真の男に似ているような気がする。
「つまり私は……、美冬に騙されていたと言うことですか?しかし何故こんな嘘を……?」
「それは、お二人で話し合って貰わないことには何とも言い兼ねるわね……。何か理由があっての事なんでしょうけれど……。ここに呼び出してみたらどうかしら?『お菓子の家』発言の理由も分かるんじゃないかしら?」
「はあ……」
 溜息とも返答とも付かぬ声で、八木は電話に手を伸ばした。

 どうしても聞きたい事があるからと言って呼び出された白石美冬は、呼び出された先が興信所である事にかなり戸惑っているらしい。
 一体どこからどう説明したものかと調査を任された5人は少々悩んでいたのだが、八木は素直に母親の身元調査をしたのだと美冬に告白し、詫びた。
「し、信じられない……」
 そんな話しをされて気分を害さない訳がない。美冬はかなり立腹した様子で八木はおろか調査をした5人にまで睨みを利かす。
「そもそも、君が『お菓子の家』なんて言うからじゃないか。お母さんを紹介もしてくれないし」
 別に自分を正当化している訳でもないのだが、言い訳をする八木。
「お怒りの気持はよく分かるけれど、やはり結婚となると慎重にもなるし、相手の事が酷く気にかかるはずよ。きちんと説明をしないあなたにも落ち度があるんじゃないのかしら?」
 ウィンに言われて、美冬は小さな溜息を付いた。
「お父様が失踪されただなんて仰ったのは何故なの?『お菓子の家』と言う言葉の意味も是非お聞きしたいわ」
 シュラインが美冬の為に入れた珈琲を差し出しながら問うと、美冬は嘘を吐いた事には悪かったと感じているようで少し肩を落とす。
「私……、一也さんとは結婚したいと思っています。それは本気なんです。でも、どうしても私の両親を一也さんに紹介する事に抵抗があって……。特に父の方は」
「何か問題が?ごく普通の人間のように見えるが……?」
 実はこの世のものではないとか、妖怪だとか、そんな事実があるのだろうか。
 尋ねる慶悟に、美冬はテーブルの上の写真に目を落とす。
「ええ。普通の人間と言えば普通です。ただ、ダメなんです……父は……」
「と言うと?」
 重ねて尋ねる希。
 美冬は珈琲を一口飲んで話しを始めた。
 美冬の両親は、かなり熱烈な恋愛の末に結婚した。揃って資産家だった為に、それぞれ懸命になって働かずとも生活に不自由はない。母・明代は絵の世界に没頭し、父・ミツルもまた、元々好きだった料理の世界に没頭した。
 問題はそこだ。
 母の絵は全く問題ない。問題なのは、父の料理だ。
「もしかして、お菓子作りが趣味、とか……?」
 あげはの問いに、美冬はパッと顔を上げて叫んだ」
「そう!そうなんですっ!!」
 ミツルは兎に角お菓子を作る事がなによりも好きなのだ。放っておくと一日中お菓子を作っている。その腕は大したもので、店でも開けば儲けられそうなのだが、本人はそれを仕事にするつもりが毛頭ない。
「毎日毎日お菓子ばかり作っているせいで、家中甘い薫りが染みついてもう胸が悪くなるの。お客様が来た日には張り切ってしまって、お土産に持って帰って貰っても余るほど。ご近所に配っても全然なくならないんです。一度、お菓子作りを止めたら、母のアトリエに1ヶ月も籠城してしまって……、全然手に負えないの」
「つかぬ事を聞くけど……、アトリエってもしかして壁画があったりする?」
 あげはの写真を思い出して尋ねる希。
「ええ、あります。母が壁一面に絵を描いたので……」
「父親が籠城したのはあんたが子供の頃だったりするのか?」
「ええ、まだ小さい頃でした……」
 限りなく深い溜息が、応接室に響き渡る×5人分。
「何だかもう確認するまでもないような気がするけれど……、『お菓子の家』と言うのはそう言う意味なのかしら?」
 シュラインが頭を抱えながら尋ねる。
「一也さんを連れて行ったら、父は多分大喜びでお菓子を振る舞うと思うんです……。一也さんは優しいから、きっと断らないでしょう?そうしたら、父は調子に乗って次々お菓子を作る……。私、太った一也さんなんて耐えられない……!実は私、高校を卒業するまで酷く太っていたんです。それもこれも、父のお菓子のお陰で!一人暮らしを初めて漸く痩せたのに、あの家に帰るなんて真っ平御免だわ!一也さんが太るのも耐えられないの!……それならば、いっそ最初から父はいないものとして、紹介しなければ良いんだと思って……。でも、ばれてしまったのなら仕方がないわ。ちゃんと紹介します。でも、お願いよ一也さん。父の作ったお菓子、呉々も食べ過ぎないで頂戴ね」
 そんなアホな……。
 口にこそ出さないが、5人は心の中でどうしようもない虚しさと共に呟いていた。
 こんなばかげた調査にお金を払った依頼人・八木一也の虚しさはもっと深いだろう。
「……でも、丸く収まった訳ですし……」
「そ、そうよねー……、一応、依頼は果たしたと言うことで……」
 何とか場をフォローしようとするあげはと希。
「あんたの予想は当たっていた訳か……」
 呟いて、慶悟は煙草に火を付ける。
「さて、一件落着したところで次の依頼次の依頼っと……あら?武彦さんは何処に行ったのかしら……?」
 書類を手に草間を捜し始めるシュライン。
「……何だかグリム童話を馬鹿にされたような気がするのは……私だけなのかしら……」
 ウィンは深々と溜息を付いて冷めた珈琲を飲み干した。




end
 




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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
 0096 / シュライン・エマ    / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
 2734 / 赤羽根・希       / 女 / 21 / 大学生/仕置き人
 0389 / 真名神・慶悟      / 男 / 20 / 陰陽師
 2129 / 観巫和・あげは     / 女 / 19 / 甘味処【和】の店主
 1588 / ウィン・ルクセンブルク / 女 / 25 / 万年大学生

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■         ライター通信          ■
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 年中無休で暁を覚えない佳楽季生ですこんにちは。
この度はご利用有り難う御座います。
本の少々でもお楽しみ頂ければ幸いですv